STI Hz Vol.4, No.3, Part.6:(ほらいずん)Society5.0を具現化する上で世界的な課題となるデータとその価値に関するイマージング・イシューの抽出の試み-英国を拠点に国際的な未来洞察予測活動を行う非営利プログラムFuture Agendaとの国際ワークショップ「データの価値の未来“Future Value of Data”」開催報告-STI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00141
  • 公開日: 2018.09.25
  • 著者: 七丈 直弘、白川 展之
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
Society5.0を具現化する上で世界的な課題となるデータと
その価値に関するイマージング・イシューの抽出の試み
-英国を拠点に国際的な未来洞察予測活動を行う
非営利プログラムFuture Agendaとの国際ワークショップ
「データの価値の未来 “Future Value of Data”」開催報告-

科学技術予測センター 客員研究官・東京工科大学 教授、 IR センター長 七丈 直弘
科学技術予測センター 主任研究官 白川 展之

概 要

科学技術振興機構社会技術研究開発センター(JST-RISTEX)の研究プロジェクト、英国を拠点とする非営利・国際の予測プログラムFuture Agendaと科学技術・学術政策研究所(NISTEP)との共同で「データの価値の未来」(原題は“Future Value of Data”)と題してワークショップを実施した。データは資源としての特性が注目されてきており、その社会的価値が将来社会に与える影響・脅威等が関心を呼んでいる。本稿では、データの価値にまつわる未来洞察の結果に加えて、ワークショップの開催手法、国際的な枠組みのもとでの未来洞察の実施の意義について述べる。

キーワード:イノベーション新潮流,未来洞察・予測,データ,価値,ワークショップ

1. はじめに

近年、ICTサービスの発展によって大きく社会が変貌する中、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会の実現を目指す‘Society 5.0’が、我が国が目指すべき未来社会の姿として示されている。この中、しばしば「21世紀の石油」とも称されデータによる新たな価値創造に期待が集まる一方、世界的なプラットフォーム企業におけるデータ独占が懸念されている。欧州連合(EU)では2018年5月からEU一般データ保護規則(GDPR)が適用開始され、加盟国の個人情報保護における法制度や保護の共通化が行われるなど、プライバシーなどデータをめぐる事象への関心が世界的に高まりを見せている。未来洞察(Foresight)において、いまやデータは、世界的に国・企業を問わず、主要な調査対象テーマの一つとなっている。

世界における未来洞察の実施主体は、公的部門(政府・国際機関)と民間部門(企業及び市民団体)に大別されるが、近年、国際的な非営利組織によって行われる、未来洞察活動が増加している。そのような組織としては、国際市民団体機関連合会(International Civil Society Organization)やオックスファム・インターナショナル(Oxfam International)などが著名である。このような組織では、国や地域を問わず課題となる世界的事象に対して国際的な枠組みのもとに未来洞察が行われている。その一つにFuture Agendaがある。本稿では、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)で2018年4月14日に科学技術振興機構社会技術研究開発センター(JST-RISTEX)「人と情報のエコシステム」領域、非営利国際プログラムFuture Agendaと共催したワークショップ「データの価値の未来(Future Value of Data)」1)の結果を報告する。

以下では、最初にFuture Agendaの概要、データの価値と将来社会への影響・脅威等、世界各地で開催されたワークショップで抽出された今後重要となると予測される政策上の論点(イマージングイシュー)を示す。次に、世界各地で実施しているワークショップ実施運営方法等について述べる。最後に、世界的な課題に関して国・組織を超えた予測活動を行う意義・必要性及び本稿で紹介するワークショップの開催経験から得られたNISTEPの予測活動に関する含意・教訓等についてまとめる。

2. Future Agendaの概要

(1)活動内容・歴史等

Future Agenda は、英国を拠点に国際的な未来洞察・予測活動を行う非営利プログラムである。これまで世界的課題に関して様々なワークショップ等を開催し、独自の未来洞察・予測レポートを刊行してきた2)。このほか、企業・大学や英国政府等の政府機関など個々の組織をクライアントとした契約ベースでのコンサルティング活動も行っている。

代表者・創設者のTim Jones氏は、ジェミニコンサルティングなどイノベーション関係のコンサルタントとして活躍した後に、2000年に新事業創出・機会発見のための民間企業向けのサービスを行うInnovaroを創業し、Shell Technology Futures programmesなどの予測・未来洞察プロジェクトに従事し、2008年に同社のサービス・ブランドを戦略コンサルティング会社Strategosに売却後、2009年に、幅広く社会課題の予測をオープンな形で行うプラットフォームとしてCaroline Dewing女史らとFuture Agendaを創設した。

(2)実績等

Future Agendaでは、2010年と2015年にグローバルプロジェクトを実施しており、成果は下記にまとめられている。独自刊行のプロジェクトのレポートでは、イシューベースで未来洞察活動に関心を持つ営利企業や公的機関等からの支援・助成を受けプロジェクトを実施してきている。国際的な関心も高く、調査レポートは英語圏以外でも翻訳出版されており、直近のグローバルプロジェクト“Six Challenges for the Next Decade”は、日本においても邦題「〔データブック〕近未来予測2025注1」としてワークショップ開催後の2018年6月に出版3)された。

  • Future Agenda: The World in 2020
  • Future Agenda: The World in 2025
  • Six Challenges for the Next Decade

なお、2016年以降は、キートピックを設定して深掘りしたプロジェクトを実施している。

  • Future of Cities (2016)
  • Future of Philanthropy (2017)
  • Future of Patient Centric Data (2017)
  • Future of Banking (2018)
  • Future Value of Data (2018)

今回の「データの価値の未来(Future Value of Data)」プロジェクトは、ワークショップ開催場所によってスポンサーが異なるが、多くはアクセンチュア、Facebookなど情報系・データ関連の企業が主要な資金提供者となっているという。データ関連のビジネスで、ケンブリッジアナリティカ社の米国大統領選におけるFacebookの個人情報の不適正利用問題などがあらわになる中でのワークショップ開催となったが、世界的な企業が、リスクマネジメントの一環でこうした予測・未来洞察を計画的に利用しようとしていたことが注目される。

3. ワークショップ「データの価値の未来」の概要

(1)趣旨・位置付け等

今回の東京でのワークショップは、国際的には「データの価値の未来(Future Value of Data)」プロジェクトで世界20か国延べ30都市で開催されるワークショップのうちの一つとして、また、JST-RISTEX「人と情報のエコシステム」領域(統括:國領 二郎慶應義塾大学 総合政策学部教授)の採択課題で田中(石井)久美子東京大学先端科学技術研究センター教授が研究代表者の「冪(べき)則からみる実社会の共進化研究-AIは非平衡な複雑系を擬態しうるか-」のプロジェクトの一環でNISTEPの客員研究官七丈直弘東京工科大学教授が主催し、NISTEPが共催としたものである。

これまでIT産業の集積地として知られるインドのバンガロールなどでワークショップを開催したほか、東京でのワークショップ開催の週末にはシンガポールで開催された。このほか、欧州のベルリン、ブリュッセル、ロンドン、マドリッド、コペンハーゲン等、米国ではサンフランシスコなど数都市、さらに南米のボゴタ、メキシコシティ、その他イスラエルのテルアビブなど、世界20か国、延べ30近い都市で開催注2される。

同じテーマでワークショップを世界各地で複数回開催する趣旨は、各国の文化的背景等によって異なる考え方を漏れなく収集するためである。

(2)ワークショップ進行・運営

ワークショップの進行を図表1に示す。ワークショップでは、全員に発言の機会を設けつつも、セッションあたり数十分と短いサイクルでリズムよく進行される。議論については、議論の詳細を深める方向ではなしに、新たな論点の探索や網羅が優先される。このため、チャタムハウスルールが適用され、参加者は会議中に得た情報を外部で自由に引用・利用できるが、発言者を特定する情報は伏せなければならない。

また、運営で特徴的な点は、議論の方向を誘導する情報を冒頭に提供するようなこともなく、パワーポイントのスライドを用いず、紙や付箋等といった手触り感のあるものをあえて用いていることである。

こうした運営を行う理由は、元来企業の経営層や政治家などの朝食会がワークショップの原型であるからだ注3という。このように、自由な発想による発言を引き出すことが優先され、抽出される論点の漏れを防ぐための配慮が重視されている。

ワークショップ参加者側にとっては、共有される最終レポートによって得られる情報の質の高さもインセンティブの一つになる。これ以外にも、スポンサー企業等の資金提供者にとっては「ワークショップの実施に対しての費用を一部負担するだけでテーマに関する世界中で得られた見解・論点を網羅的に共有できること」、「Future Agenda以外にそのスポンサーの大企業や協力公的機関のブランド力によって集められた参加者間のネットワーキング」などメリットとなる副次的効果が得られる仕組みになっている4)

図表1 ワークショップ進行の様子

時 間 項 目 概     要 写 真 等
10:00 開 場 主催者挨拶 参加者間での自由な交流
10:30-11:00 趣旨及び
手法説明
参加者は各自、自己紹介の時、「これから10年で起こるデータ価値での大きな変化(big shift)」について言及
11:00-12:00 インパクト評価 これまでのWSで得られている視点をまとめたカード(Future Agenda社で作成)を壁に掲示し、ランダムに紹介。
その後、テーブルワーク。各テーブルにも同じカード(30枚程度)を配布し、「10年後のインパクトの大きさ」について30分程度で大・中・小に分類
12:00-12:45 休 憩 休憩中に、各カードに大と小が何票ずつ入ったかを集計
12:45-13:30 意見交換 全員で意見交換。皆の意見をファシリテーターが書き出していく。
13:30-14:15 論点整理 一通り議論をしたら、テーブルワーク。このカードにない視点について30分程度話し合う。
前の仕分で大に分類された視点と、追加した視点を壁に貼りだし「今後10年で最も大きな影響を与える事象」を投票(一人3票)。
14:15-14:30 休 憩 投票結果について、意見交換 コーヒーブレイク
14:30-16:00 シナリオ
作成
投票結果から、7つのテーブルを作って、テーブルごとにテーマを割り振って席替え。
テーブルワーク。テーブルごとに「変化はどのようなものか?」という問いで15分程度。その後、それぞれのテーブルで得られた視点を全体でシェアした後、更にテーブルワーク。「変化の道程はどうなるか?」で40分程度議論。
各テーブルの成果を貼り出して、それについて発表。その後質疑。
16:00 閉 会 ファシリテーターからの論点整理、まとめと振り返り

4. 得られた結果・洞察

(1)論点整理と重要度の設定

ワークショップ主催者側から示された「データの価値」に関する論点・イシュー一覧を図表2に示す。これらは、これまでのワークショップの積み重ねで得られた論点がカード形式に整理されている。これら論点・イシューは、メタファーとしての項目名と具体的な内容を示す概要のセットに紙のカード形式で参加者に示される。そこで、これらの社会的影響度(インパクト)を手順に沿って社会的影響度の高低及び重要性の評価を行った結果をもとに、重要な論点を抽出し論点別のグループワークが行われた。

図表2 「データの価値」に関する論点・イシュー一覧

No. 項 目 名 概     要
1 新しい石油としてのデータ データの所有者は裕福になり権力を持つ、だが、石油のようにデータは有限ではなく、取得にかかるコストも高くない。
2 新しい通貨としてのデータ データは交換の媒体として機能し、価値も格納する。だが、通貨と表現することで、データそのものが価値を持つことが含意される。
3 データとは水のようなもの データとは、水のように豊富かつ不可欠。データは、他の大きな経済的価値を持つものを成長・発展させる。だが、データそのものが持つ価値は少ないか全くない。
4 データをめぐる政治 人々が集合化したデータの価値や、パーソナルデータの社会利用を知るにつれ、データへの政治的関心が広がる。
5 データへの課税 各国政府はデジタル経済に対して課税したいと考えており、多様なアプローチでデータの生成・使用される場所を徴税活動に結び付けようとしている。
6 データ論議の二極化 データに関する議論が先鋭化。その主体は、プライバシー・暗号化・セキュリティ・経済的自由などの問題について「全か無か」のポジションを採用してしまう。
7 オープンデータ 多くの状況で、データはオープンかつ無償で共有される傾向が継続する。オープン化による社会的便益は、その経済的損失を上回る可能性がある。
8 データの民営化 医療などの分野での公共知の私有化は、ほとんどの情報が「公共コモンズ」に属すべきだという考え方に対峙(たいじ)する。
9 データについての共有言語 データの定義と使用に関し、互いに類似する考え方が複数出現するものの、どれがより信頼できるか、より権威を有するかは明確ではない。
10 データの価値の透明化 組織は、自らが特定の種類のデータを重視する理由とその使用条件を明確にする必要がある。さもなくば、市民の信頼やサービス運営の許諾を失う危険がある。
11 交錯する目的 異なる利害関係者は、データに関し異なる視点・理解を持つ。これにより共通基盤の探求はますます困難となる。
12 データ管理責任 データの中にはその保有がユーザーに対する裏切り行為となり、信頼喪失につながりうるものがある。さらに、その所有の秘匿にかかるコストは保持するコストを上回る。
13 市民の自信向上 市民は本当に重要な問題についてより多くの情報を得る。この状況は、データの教育、透明性、選択に関する新しいアプローチとなる。
14 統合的規制 政策立案者と規制当局は、データに関する規制について、一方では成長を刺激し、他方ではリスクを最小限に抑えるという統合的対応を強化している。
15 持続可能な顧客関係 組織は、提供するサービスを通じ、長期の信頼に基づく関係性を構築することで、社会的価値に基づくより広範な生態系を形成する。
16 データ市場(の整備) データの取引に関する生態系の出現により、パーソナルデータや機器が生成したデータが公に売買される市場が形成される。
17 倫理的判断を行う機械 人間は技術的特異点(シンギュラリティ)に近づくにつれ、自律ロボットや、より賢くなったアルゴリズムは、生死に係る倫理的判断までを行うようになる。
18 データ利用への信頼 信頼はますます成功の決定要因となる。政府や市民による調達・購買を受けるために、データ使用に関する信頼が主たる差別化要因となる。
19 個人よってキュレーションされたデータ 個人によってキュレーションされたデータは、それに本人の希望が表現されていることによって、取得されたデータに基づき推定される希望しか表現しえないデータよりも高い価値を持つ。
20 デジタル化の影 デジタル世界における「真実」と真の真実を区別することは困難である。市民の間にデジタル化によって生じた負の影響を管理することが重要だ、という意識が高まる。
21 サイバーセキュリティ上の脅威 相互接続性とIoTの拡大によって、システムの弱点を悪用したりシステムを破壊したりしようとする悪人に新しい機会を提供してしまう領域が存在する。
22 自動化マシンの台頭 AIは脅威と機会を共に提供する。より高性能なAIとそれがもたらす自動化によって、低いスキルしか要さない職や管理的立場に位置する人々に対して時間的ゆとりを提供するが、同時に雇用を脅かす。
23 秘密の共有 私たちは、より良いサービスや生活の質の向上と引換えに、自ら共有してよいと考えるパーソナルデータが何であるかをより深く認識する。
24 オープンデータのリンク可能性 どんなデータも匿名化すべきでない。現在の取組は、データはその発生源と連結すべきでないという誤った前提に基づいている。そのため、我々は異なる粒度でのデータ再連結が必要となっている。
25 ローカル対グローバル データは国境を尊重しないが、国家はデータに対する規制を試みる。この緊張がエスカレートすることで、国家におけるデータ利用のための、国際的な標準化がけん引される。
26 民主主義と政府 市民データは社会改革の手段として、政府によって使用・共有されるようになる。このような用途に対して、どこまでデータを利用できるか、その限界が問われる。
27 ガラスでできた家での生活 私たちは、心地よく効率的な生活の実現と引換えに、パーソナルデータを広くアクセス可能とする。
28 告知に基づく同意 データの使用に関するインフォームドコンセントは、ますます非現実的かつ実行不可能になる。透明性とデータの権利に対応した代替モデルが開発中である。
29 インドがグローバルスタンダードを決める インドは大人口国家のための革新的なデータデザインソリューションを有する。その多くは、効率を求める高所得国にも適用できる。
30 プライバシーという幻想 データのプライバシーとセキュリティに対する権利意識が顕在化している。だが、セキュリティは監視の強化なしには不可能であり、真のプライバシーは幻想である。
31 機械学習の精度向上 より多くの人々が「AIアドバイザー」のアプリケーションを使うと、より多くのデータが収集され、機械学習が大幅に向上する。よってデバイスは、より正確なアドバイスを提供するようになる。
32 データの所有権 デジタルデータに対する伝統的意味での所有権は議論を引き起こす。論点は、所有権からどのようなデータが誰に恩恵を受けているのかに移る。
33 個人情報の自己管理 人々は自らの健康・会計データのカストディアン(管理人)になることで、情報に基づく決断を行えるようになる。彼らは自らのデータのアクセス権をも制御する。
34 信頼のためのブロックチェーン まん延する不信感は、ブロックチェーンの採用をけん引し、データの整合性、標準化された監査、スマート化された契約に向けた普遍的なツールとなる。
35 保守的な規制者 立法者は、確実性を望み、変化によって何がもたらされるかに大きな関心を持っている。そのため、新しい技術やアプローチを採用する速度は遅い。
36 公共財 公共目的でのデータ活用の広がりは、システムの安定性・相互利用性、個人情報をどのタイミングで利用できるかについてのコンセンサスの形成に貢献する。
37 多すぎる情報 より多くのデータが利用可能となることで、データの量が個人のキャパシティを超えてしまう懸念がある。可視性を高めるにはフィルタリングが必要になる。
38 分散によるデータの安全 私たちは、データの安全性を高めるため、分散化しようとしている。だが、技術の進展で、分散化したデータは容易に統合されてしまう。
39 データ主権 パーソナルデータの所有権に対する意識は、国境を越えたデータの共有を制限する。とりわけ、米国へのデータ一極集中に対する抵抗が生じる。
40 データ至上主義 より多くの人が、効率化や問題解決に対するデータの力を信頼するようになる。これにより、多くのユーザーは、データセットやアプリケーションの欠点に対して盲目的になる。
41 データ帝国主義 西欧世界で構築されたドミナントなサービス群は、西欧的価値観を反映しており、他の地域からはかつての帝国主義国家が行った侵略行為を想起させ、不適切であるように見えてしまう。
42 人工共感 機械による人間の感情の模倣制度が向上することで、感情の結果発現される行動の予測不可能性といった、予期しなかった結果をもたらす。
43 偽の(フェイク)データ 不十分な収集に基づく、故意に汚染され、あるいはねつ造されたデータは、意思決定を弱体化させ、不正確かつ偏向を持つAI、不適切な統治、社会不安をもたらす。
44 子供の視点から見たデータ 現在のユーザーである(思考がビッグデータ前の世界において形成された)大人だけでなく、次の世代のユーザーである子供に向けてシステムを形成していく必要がある。
45 コモンズとしてのアプローチ 欧州はデータ革命において大きく異なる変化をけん引する絶好の位置にある。企業は市民のデータに対してアクセスするために費用を払う必要がある。
出典:Future Agenda 作成資料を筆者翻訳
(2)東京ワークショップでの議論の結果・論点

東京におけるワークショップでは、人々の技術的なスキル・リテラシー、プライバシーの保護、法制度上の規制などが具体的な問題点として議論された。また、オープンデータの重要性が強調された中で、データの使用価値を高めるためのメタデータが価値の源泉になっていること、さらにデジタル化に対応するスキル向上が重要となることが追加の論点として提示された。東京ワークショップで得られた主な論点は、以下図表3に示すとおりである。

正味数時間のワークショップで、Society5.0を具現化する上で世界的に課題となるイマージング・イシューについて、次の3つの次世代社会に向けたシナリオが描きうることが示された。

(1)「サイバーセキュリティの脅威」という社会課題に対して、「オープンデータ」を政策的に推進する過程で技術課題に対応することで、「データの信頼性を担保」すること

(2)データの信頼性(偽のデータ)が生まれてきている問題に対しては、「メタデータの価値」に着目した科学技術基盤整備を政策的に推進することで、「データ市場の整備」につなげること

(3)人々の個人情報流出などへの懸念にみられる「データ利用への信頼」の問題に対しては、デジタル化に対応するスキル向上を政策的に推進することで、「データへの課税」を可能にするような新たな経済循環をもたらすこと

東京ワークショップの最後では、ファシリテーターによってワークショップ全体での検討内容の振り返りが行われた。具体的なまとめは図表4「東京ワークショップで更新された論点・イシュー一覧」に示すとおりである。ここでは、「データは空気のようなもの」とするような日本的な感性を反映させたメタファーの形で、新たな論点として取りまとめられた。さらに、これらの内容は、数日後、ドキュメントが速報として参加者全員に共有された。

図表3 東京で抽出された論点(イマージング・イシュー)図表3 東京で抽出された論点(イマージング・イシュー)

図表4 東京ワークショップで更新された論点・イシュー一覧

①データは新しい石油(既出)
②データは新しい通貨(既出)
③データは樹液のようなもの:善かれあしかれ、それは導管として機能する。成長のための養分を運ぶが、同時に病気を拡散させてしまうこともある。
④データは太陽:無料であり、連続的であり、無限である。人間の介在とは無関係にそこに存在し、その力は御することが可能。
⑤データは周期律表上の元素:それらは個別で存在するものの、互いに反応して、新しい組合せを形成する。
⑥データは工具:金槌(かなづち)、ドライバー、鉄床(かなとこ)のようなもの。それそのものは静的な存在だが、それを用いられることで新しい価値を生成する。
⑦データは美:人によって異なってみえる。それを定義するのは困難であり、それは判断であり、時間によっても変化する。
⑧データは空気:それは我々の周囲に常にあり、我々の生命にとって必須なもの。それなしでは存在しえず、手に触れることができず、見ることもできない。
出典:Future Agenda 作成資料を筆者翻訳
(3)世界各国で開催されたワークショップの中間まとめ

ワークショップ参加者には、世界各国のワークショップを踏まえた最終的なレポートにまとめられてフィードバックとして共有される予定である。以下では、世界各国でのワークショップの半数を終えた段階での論点整理の結果について示す。

図表5には、東京を含む16都市注4でのワークショップの結果から得られた中間まとめを、①社会で取組が求められる重点課題、②今後の政策的論点、及び③深く調査研究すべき課題に分けて示す。

図表5 世界16都市でのワークショップを踏まえた中間まとめ図表5 世界16都市でのワークショップを踏まえた中間まとめ

出典:Future Agenda 資料より筆者要約・作成

5. おわりに

最後に、NISTEPにおける予測活動に関する含意・教訓等についてまとめる。

Future Agenda のユニークな点は、官民の組織の国境を越えた未来洞察活動のプラットフォームを標ぼうしていることである。具体的には、ワークショップで世界的課題の深堀・構造化よりも、国や文化的背景の差異から見逃されてしまう差異の発見に重点を置いている。さらに、そのために同じワークショップを世界各地で同じ手順で実施する単純な方法で、得られた情報の頑強性の検証をしている。この利点は、通常の予測活動では、自組織あるいはクライアントの組織の活動範囲が予測活動の起点となり、そこに含まれない課題が無意識のうちに見逃される可能性(組織的イグノランス)がある。これに対して、世界的課題を対象とし、世界各国で未来洞察活動を展開することにより、国や文化的背景に伴うバイアスを排した論点の探索が可能になる。この結果、実施主体が持つバイアスによらない客観的な立場から、情報を追加しながらグローバルな論点抽出が可能となり、信頼に値する課題抽出が可能となっている。

これに対して、NISTEPでも地域のビジョンと科学技術を結び付ける地域ワークショップ等を数年来実施してきたが、地域ごとの社会課題が異なり、得られた知見の集約につなげることは難しい点も多々あった。また、科学技術に関する新興領域の特定は、日本の専門家によって行われてきたが、真に俯瞰的な知見・情報を得るには、本来は国際的な展開が必要であった。

こうした中で、筆者の一人はシンガポールで開催されたワークショップに参加する機会を得たが、単純ながらも確実な方法論の有効性を体感できた。具体的には、プライバシーよりも技術的な利便性を重視する傾向が見られるなど日本とは異なる文脈での議論注5がみられた一方、議論の収束の方向性に関しては共通であった点などに驚きを覚え、グローバルな意見集約を通じた政策立案の必要性を痛感した。こうしたことから、NISTEPの国際的なレベルでの予測活動の展開にとって、Future Agenda のような方法論でグローバルな視座で展開していく方法論やスキーム等は学ぶべき点が多い。

謝辞

本ワークショップは、科学技術振興機構社会技術研究開発センター(JST-RISTEX)「人と情報のエコシステム」領域(統括:國領 二郎慶應義塾大学 総合政策学部教授)の成果である。また、本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(科研費)16H03782及び25518017の成果が一部含まれる。Tim Jones博士をはじめ、御参集いただいたワークショップの参加者等の関係各位に御礼申し上げる。


注1 日本語版では、2017年NISTEPで行われたTim Jones博士の講演会の内容などを踏まえ、日本向けに一部増補されている。

注2 なお、世界各地でのワークショップの運営方法・意見収束の方向性を比較するため、筆者の一人(白川)は、シンガポール国立大学公共政策大学院で開催されたワークショップに参加した。

注3 ワークショップに参加の矢野幸子特別研究員(現客員研究官:国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA))の聴取による。

注4 開催都市は、開催日順にバンガロール(インド)、マドリッド(スペイン)、シドニー(オーストラリア)、東京(日本)、シンガポール、ドバイ(アラブ首長国連邦)、ジャカルタ(インドネシア)、ヨハネスブルク(南アフリカ共和国)、プレトリア、バンコク(タイ)、ストックホルム(スウェーデン)、ナイロビ(ケニア)、ラゴス(ナイジェリア)、アブジャ(ナイジェリア)、ダカール(セネガル)、アビジャン(コートジボワール)、の計16都市。

注5 国により個人情報保護の規制の強さが異なるなど、優先度の高いとされるイシューが開催地により異なっていることから、世界レベルで事業展開を行う企業等は、各地域の特性を踏まえた未来洞察の結果に基づく戦略構築(ローカライゼーション)が求められる。

参考文献

1) Future Agenda Future-Value-of-Dataプロジェクトホームページ
https://www.futureagenda.org/news/future-value-of-data

2) 秋山ゆかり(2017)地球規模の課題に「新規事業の種」がある,Forbes Japan
https://forbesjapan.com/articles/detail/17812

3) ティム・ジョーンズ, キャロライン・デューイング著,江口 泰子訳(2018)〔データブック〕近未来予測2025, 早川書房

4) 秋山ゆかり(2018)2030年のデータ価値、美容業界は何を考えるべきか。Future Agendaの問いかけ
https://beautytech.jp/n/n5b9bca2d6e59