STI Hz Vol.4, No.3, Part.4:(特別インタビュー)株式会社日立製作所技師長 武田 晴夫氏インタビュー-俯瞰的視点から語る予測と企業戦略、SDGsの取組-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00139
  • 公開日: 2018.09.25
  • 著者: 小林 百合、岸本 晃彦、赤池 伸一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
株式会社日立製作所技師長 武田 晴夫氏インタビュー
-俯瞰的視点から語る予測と企業戦略、SDGsの取組-

聞き手:第1調査研究グループ 上席研究官 小林 百合
第2研究グループ 客員研究官 岸本 晃彦
上席フェロー 赤池 伸一

2030年の世界の持続可能な開発目標(Sustainable Developmental Goals: SDGs)が2015年9月に国連全加盟国一致で採択され、2016年1月より活動がスタートした。2017年5月には日本政府においても「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」が発足し、SDGsに沿った政策が展開されている。社会におけるSDGsの達成のためには、民間企業の積極的な参画が不可欠とされ、SDGsに則した企業戦略が模索されている。

今回、日本工学アカデミーにおけるSDGsプロジェクトリーダを務める株式会社日立製作所研究開発グループ技師長武田晴夫氏に、SDGsと企業戦略、御専門の人工知能研究のSDGsにおける方向性、SDGs時代の基礎研究と人材育成の在り方等についてお話を伺った。

武田 晴夫 株式会社日立製作所技師長

武田 晴夫 株式会社日立製作所技師長

1. SGDsと企業戦略

- SDGsの推進のためには政府だけでなく、民間企業が重要な役割を果たすことが期待されています。日本工学アカデミーのSDGsプロジェクトリーダを務められましたお立場からお考えをお聞かせください。

2017年2月に日本工学アカデミーの理事会でSDGsプロジェクト設置が決まった直後に、ボストンで開催された米国科学振興協会(AAAS)年次大会の「科学技術イノベーションのSDGsへの貢献」というワークショップで、産業界を代表するような形でお話しする機会を国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)から頂きました。日本工学アカデミーSDGsプロジェクトリーダとしての所信表明演説のつもりで以下のようなお話をさせていただきました。

SDGsの達成のために科学技術への期待はもちろん絶大ですが、科学技術はSDGsに貢献するまでの道筋で、産業を何らかの形では通るのだと思います。しかし科学技術の研究をやって、産業で実装されて、社会でSDGsに示されるような有意な効果を発揮する、というのを順番に追っていては、2030年には間に合わないと思います。このために学と官と産が密に連携するSDGsプロジェクトを日本は工学アカデミーに作ったと宣言させていただきました。その中で特に産業界が学や官の支援を得ながら自ら積極的に動くようになるにはSDGsと短期中期の企業業績や中期長期の企業価値をできる限り直接に結びつける指標が重要であると主張させていただきました。

同年5月にはニューヨークの国連本部でそれに向けた産官学の具体取組をお話しする機会を外務省などから頂きました。この講演内容は海外のメジャーなメディアでも取り上げていただき1)、特に日本のアプローチは民間企業が主導してSDGsに向けて国際的な産官学連携を進めており特筆に値すると報道していただきました。

最近、私の小学3年生のときのクラス文集を偶然発見しました。将来の夢の一言に私は「みんなのためになる発明をする人になる」と書いていました。SDGsを天職と思うことにして一企業人を超えて取り組むことにしました。

- 企業の戦略と言えば、2017年科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が開催した国際シンポジウム2)において、民間企業における戦略と予測に関する講演をしていただきました。企業戦略とSDGsの関係をお聞かせいただけますか。

日立製作所にて、研究戦略統括センター長や技術戦略室長を務める傍ら、日本電機工業会にて総合技術政策委員会委員長、国際電気標準会議(International Electrotechnical Commission: IEC)の戦略のボードメンバ等を務めてきました。戦略部門や戦略会議の長と名乗るからには「戦略論を語れなければ」と考え、自分自身の30有余年の企業勤務経験を総動員して自分独自の戦略論を組み立てました。その中でも戦略を立てる上で最も大事なことは、全体を俯瞰して、できる限りこれを定量的に表現することだと思っています3)。日立では、創設以来100年間、何十万報という研究報告書が永久保存されていて、更に会社の月別製品別の売上げも相当長期にわたって保存されています。研究戦略に関する組織の長として、その「ビックデータ」から今後の研究開発の戦略を導こうとしたりしました。

日本工学アカデミーの活動やこれが所属する国際工学アカデミー連合(CAETS)の大きな目的は科学技術イノベーションに関する国家レベルの政策の提言です。そのためにまず現在の我が国の科学技術政策の全体の俯瞰と定量化に取り組みました。日本の科学技術関係全予算の各項目とSDGsの17のゴールの対応づけを行いました。その対応づけには当然主観が入りますので、これは日本工学アカデミーのような非政府機関だからこそできる取組ではないかと考えました。また日本工学アカデミー自体を日本の工学界の強みの縮図と仮に見立て、日本の強みを仮説するようにしました。最終的にこれらを諸外国と比較することにより、日本の進むべき道を提言できたらと考えています。企業R&D戦略立案で培った経験を、何とか国のSDGs戦略への提言にも活用できたらと思っています。

2. SDGsとAI研究の方向性

- 政府や企業の意思決定プロセスにおいて、データの利活用はまさにキーワードとなっています。武田技師長はもともとの御専門はAIだったと伺っています。これまでの御経験を踏まえて、SDGs時代におけるAIの今後の方向をどのように見ていらっしゃいますか。

1980年学部学生当時、ニューラルネットワークの機械学習ソフトを囲碁を対象に書いたりしていました。ソフトの入力はパンチカードの時代です。学部もその後の博士論文も指導教官は甘利俊一先生でした。私が大学の囲碁部員だったこともありますが、上記のような先見性は私ではなく甘利先生のものです。甘利先生から受けた影響は、研究から生き方に至るまで多大だったと感じています。数年前、先生の文化功労者受賞の記念パーティで弟子代表と司会の野依先生から紹介いただいてスピーチをさせていただきました。とてもうれしかったですね。1990年代には、スタンフォード大学のAI研究所に2年間滞在させていただいたりしました。学術論文や学術講演もこの時期随分発表させていただきました。海外で100件以上引用を頂いたものもあります4)。最近は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」の新規課題採択委員長や内閣府の「人間中心のAI社会原則検討会議」の構成員などを務めさせていただいています。2018年日本経済調査協議会から出した人工知能は、経済・産業・社会をひっくり返すのか?〜大企業トップがAIに関してやるべきこと〜の報告書作成にも加わりました。

AI研究の今後の方向については、2009年に「人間を指向した研究開発」という論文を書かせていただいていて5)、これがSDGs時代にもそのまま生きると考えています。そこでは人間を指向した基礎研究の4本柱は「脳機能の計測」、「人間行動の計測」、「知能の情報処理」、「ヒューマノイドロボット」であると考えました。人間を内からと外からの両方向から観測して究明し、知覚を起点とする脳の情報処理と、運動を終点とする人間行動の機械模倣を、人間を指向した様々な応用分野の研究の求心力とするとしました。その中心が人工知能なのですが、当時はAI/人工知能は役に立たないものの代名詞とすら言われ禁句でした。そこで苦慮の上、「知能の情報処理」と書いたことを今も鮮明に覚えています。

具体的な応用研究は、その後2012年に、JSTの国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)の東アジアにおける科学技術協力推進のための枠組みであるe-ASIA JRPの研究主幹に就任させていただき、「イノベーションに向けた先端融合」という研究領域を主導させていただきました。イノベーションに向けた先端技術を融合するために、副題としてインテリジェント社会インフラを加え、これを応用研究の対象としました。今流にいえばSociety 5.0ということでしょうか。インテリジェントな社会インフラの研究対象は、特に東南アジアでは、エネルギーと、交通と、水と、廃棄物処理が4本柱であるとし、それらに共通の「社会インフラの科学」の構築に、国内外の諸大学の先生方と一緒に今も取り組んでいます。

3. 基礎研究と人材育成:幅広い視野と新たな活動への挑戦

- 基礎研究のお話が出たところですが、武田技師長は日立基礎研究所の所長も務められておられます。基礎研究のマネジメントではどのような点が重要なのでしょうか。

一流の基礎研究者の深い研究の少なくとも本質部分を「俯瞰的に」理解できないとはじまらないと思います。私の場合はそれまでの専門であったAIというサイバー世界から、電子線や放射光計測、原子やスピンレベルのシミュレーション、新材料探索、バイオ、遺伝子、再生医療、脳科学などといったフィジカル世界に180度転向したことになります。ですが、ある1分野を長く続け、世界の一流の方々と密にお付き合いし、そのような方ともgive and takeできるようになったと考える自信が、全然違う分野でも頑張れば何とかなる、それが何とかなれば次も何とかなると次第に思えてきました。何より一流の専門家に囲まれ、そのような方々と毎日議論するのがとても楽しかった。これを楽しいと思う資質が基礎研究マネージャとして最も重要ではないかと思います。大変でしたけど、有り難い人事でしたね。分野は違っていても、同じ人間なのだからどこかで真理探究の共通の方法論のようなものがみえてきて、その相乗作用で、世の中がどんどん俯瞰できていくような感覚がありました。そのような俯瞰から前述の戦略論を帰納したと言えるかもしれません。

- 日立グループでは、博士号の学位をもった集まりがあるとお聞きしております。企業の研究を支える人材育成についてお聞かせください。

博士の集まりというのは、「日立返仁会」ですね。もともとは創業者の一人で、初代CTOともいえ、その後50年以上にわたって日立の研究開発を指揮したといえる馬場粂夫博士の方針でできた集まりです。日立は日立の業務に関する専門技術を練磨する中で博士人材を自分で育てよう、という考えから、もともとは入社後に博士を取得した方々が集まり、更に後輩の博士を育てようという集まりだったようです。民間企業は大学での博士号取得者をもっと採用すべき、という意見もありますが、飽くまでその博士専門技術がその企業とどうマッチするかの議論がまずあるのがよいと思います。

- 最後に、武田技師長の多彩な御趣味を披露いただき、仕事と趣味の両立についてコメントいただければと思います。

囲碁は、国際大会の日本チームキャプテンを務めたことがあります6)

ピアノは60歳定年退職後の30年間で90歳にしてコンクールの1次予選を突破することが人生の目標だったのですが、一昨年、還暦1週間にして思いがけず達成してしまいましたので7)、目標はピアノ自作に切り替えました。発明から300年後にも、骨董(こっとう)でなく発明当時と同じ価値を持つ部品点数1万点の機械という意味で、人類史上最高の発明と思います。だから日立の技師長は作れなければと。そのために日立の電動工具を買いそろえ制作奮闘中です。

web検索でほかに出てくる映画・俳優辞典の武田晴夫8)は、趣味というより日立の仕事で取り組んだのが始まりです。山田洋次監督やハリウッドの映画監督などとのお付き合いで、コンピュータビジョンやコンピュータグラフィクスを担当させていただきました。その後「映像とは何か」で幾つかの大学で半年の講義を持たせていただきました。学生時代に「数学とは何か」という本が好きで、いつかは自分もそのように俯瞰的にものを言ってみたいと思っていましたが、これが映像で実現しました。

趣味は、異なる世界の方々、特にその道のプロの皆様とお付き合いが可能になる接点として、仕事に直接役立つことも多くありました。しかしそれ以上に、何事にも好奇心を持つこと、その中でこれはと思うものにはどんどん積極的にチャレンジすること、チャレンジしたことはとことん突き詰めようと全力で努力する姿勢などが、先ほど来お話ししている、戦略論、基礎研究マネージメント、俯瞰的ものの見方などに、今振り返ると大変役に立ったと思います。

左から赤池、武田氏、小林、岸本

左から赤池、武田氏、小林、岸本

参考文献

1) https://www.huffingtonpost.com/entry/sustainable-development-goals-beware-of-the-blind_us_591ece7ee4b0b28a33f62b2e

2) 栗林美紀. 第8回予測国際会議「未来の戦略構築に貢献するための予測」の開催報告. 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon. 2018. Vol.4 No.2 : http://doi.org/10.15108/stih.00131

3) 武田晴夫 (2013) “日立グループのR&D戦略” 日立評論、vol.95, No.06-07 420-421

4) H.Takeda, C. Facchinetti, and J.-C. Latombe (1994) “Planning the motions of a mobile robot in a sensory uncertainty field”, IEEE trans. PAMI (IEEE Trans. on Pattern Analysis and Machine Intelligence), 16(10), 1002-1017

5) 武田晴夫(2009) “人間を指向した研究開発” 日立評論, vol.91, No.4, 「人間を指向した研究開発特集号」、21-25

6) http://www.sukago.net/archives/070721hontaikai/070721hontaikai.htm

7) http://maguline.blog.jp/archives/52146451.html

8) https://www.weblio.jp/content/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E6%99%B4%E5%A4%AB