STI Hz Vol.4, No.1, Part.7:(ほらいずん)「2035 年の理想とする“海洋産業の未来”ワークショップ in しずおか」活動報告STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00118
  • 公開日: 2018.03.20
  • 著者: 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
「2035年の理想とする“海洋産業の未来”
ワークショップ in しずおか」活動報告

科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット

概 要

科学技術予測センターでは、予測活動の展開・肉付けの一環として、2016年度に続いて地域のステークホルダーとの協働による地域の将来ビジョンの検討を行った。静岡市及び静岡商工会議所と共催で海洋産業の未来をテーマとするワークショップを開催し、地元で海洋に関わる産業界、大学、行政、市民、金融機関など幅広いステークホルダーの参加を得て、将来のあるべき社会や海洋産業が担うべき役割等についてディスカッションを行った。その結果、地元の特徴を生かして人や資金を呼び込み、ユニバーサルデザインなど新たな視点も含めた海洋産業事業を推進していくというビジョンの提案がなされた。

検討に当たっては、今後起こりうる社会情勢の変化や科学技術の進展を記述した「将来予測年表」を作成し、それを基に将来社会のイメージを共有するスキャニングのステップを試行的に設けた。現在の計画を把握した上で、専門家が予測している技術の社会普及などをベースに未来を検討するには、こうした年表が有効であることが確認できた。今後、ICT活用も含めて将来社会を想起する支援ツールの開発を更に進めていくとともに、地域ワークショップでの検討結果についても、我が国の将来ビジョンの構成要素として、第11回科学技術予測調査で活用していく予定である。

キーワード:予測,海洋,静岡市,地方創生,ビジョン

1. はじめに

今後の更なる人口減少、高齢化が見込まれる我が国では、地方創生・地域活性化は「日本創生」につながるとの認識の下、ビジョンや戦略等の策定が進められている1)

こうした状況下にあって、地域の視点は、社会との関係性から科学技術の将来展望を行う予測活動に必要である。一方、欧州において地域を対象とする予測活動が盛んである2)ことが示唆するように、多様な関係者による議論を通じて様々な可能性を想定し、より良い未来をつくるための行動を支援するという予測活動の趣旨は、地方自治体にとっても有用性が高いと考えられる。

当センターでは、2016年度に「超高齢社会と低炭素社会の両立」をテーマとして4地域においてワークショップを実施し、地域視点からの未来社会ビジョン及び戦略の検討を行った3〜7)。そこでは、地域資源を生かした産業を国内外に向けて地域自らが展開し、活性化につなげる提案が多く出された。そこで2017年度は、この「地域資源を生かした産業の展開」を拡充することを目的として、静岡市を対象として将来展望の検討を行った。

対象とした静岡市は人口70万人弱で、今回特に焦点を当てた清水区は人口24万人で、清水港を中心として海洋産業により発展を遂げた地域である。そこで「海洋産業の未来」をテーマとして、静岡市及び静岡商工会議所との共催によりワークショップを開催した。

2. ワークショップでの未来検討

地元で海洋に関わる産業界、大学などの研究機関、行政、金融機関等から27名の参加により、2035年の静岡市の理想とする社会とその実現に向けた方策、また海洋産業がどのような役割を担うのか/担うべきかについて、検討を行った。ワークショップは、多様な関係者が混在するように5グループにセットし、各グループ、4ステップに従ってディスカッションした。

ステップ1では「将来予測年表」(図表1)を使用し、現在から将来起こりうる社会情勢の変化や、実現が見込まれる科学技術を確認し、将来の姿のイメージを共有した。

ステップ2では、2035年の理想とする社会の姿を各自検討し、出された意見を集約、そして集約した社会像の将来社会においての重要度と実現可能度について議論した。

ステップ3では、ステップ2での検討結果のうち、将来社会において大変重要だが実現可能性が低いと考えられる社会像について、実現した際の将来シナリオを描いた。

ステップ4では、ステップ3で描いた将来シナリオを実現させるために必要となる戦略や施策について検討した。

グループでのディスカッションの後、全体で各グループの検討結果を共有し、地域の目指すべき方向性、ポテンシャルや海洋産業が果たすべき役割など総合的な議論を行った。

図表1 ホライズン・スキャニングで使用した「将来予測年表」図表1 ホライズン・スキャニングで使用した「将来予測年表」

3. 「理想とする海洋産業の未来」検討結果

各グループ共通して、静岡、清水地区の特徴を生かして人や資金を呼び込むことの提案が多くなされた。

グループAでは、温暖で住みやすい気候を生かし富裕層を積極的に誘致する「ビバリーシミズ」構想が描かれた。そのためには現状の産業だけではなく、金融業や体験型ツアー等による観光業などの発展も必要との提案がされた。

グループBでは、“深海”がキーワードとして提案され、海の駅型のテーマパークや、“深海のシリコンバレー”として、深海に関する学術や産業が集積される姿が描かれた。子供たちが海を正しく理解するための教育制度や、深海に関する研究開発のオープン化、また研究機関をオープンイノベーション拠点として活用するなど、研究・教育機関への期待が多く寄せられた。

グループCは「最先端防災都市」とのタイトルで、地震や津波といった災害に備え、防災・減災の研究開発、産業促進を積極的に進めていくことで、安心・安全のモデル都市化や、防災・減災の研究開発で得られた技術から製品化など産業へつなげ、また研究者たちを呼び寄せる知の拠点となるなど、ネガティブな要素を逆手にとりポジティブに変えていくための提案が多くなされていた。

グループDでは“元気になる船を持つ”というコンセプトで、船を通じて活気あふれる街となるような将来像を描いた。生活可能な船を造ること、また食事やケアといったことも常備された船を保有することで多くの人が集まり、高齢者や障害者も気軽に世界中を旅することが可能、というアイデアにより、通常の船だけでなく、揺れない船やユニバーサルデザインを取り入れた潜水艦の大量生産技術といった、日常生活では余り想像しないようなアイデアが多く出された。

グループEも、グループA同様に温暖で住みやすい気候という特徴を生かして、集客や移住、特にセカンドライフとして生活環境の変化を思慮している高齢者に対してのアプローチに関して議論が進められた。その結果、医療設備や防災拠点、文化施設など、都市計画も含めたトータルプランの重要性が提示された。

各グループの検討結果から一部抜粋した概要を図表2に示す。

図表2 グループディスカッションの結果概要図表2 グループディスカッションの結果概要

4. 考察

(1)ワークショップ結果より

地域資源には、自然(景観、気候等)、地理的特性(地形、位置等)、歴史・文化などがあるが、それらは時代の流れに伴い、特徴が失われ、一方で弱みが強みに転換する可能性もある。2016年度ワークショップを実施した4地域においては、図表3に示すように、強みの展開と弱みが強みへ転換して地域資源の価値が高まるビジョンが描かれた。

本ワークショップで挙げられた静岡市清水区の特徴を整理したのが図表4である。2016年度実施の4地域と同様に強みの展開と弱みの転換の視点が見られる。世界遺産などの知名度向上をバネに、強みである「海洋」をテーマとした観光産業を新たな柱の一つとすること、強みである「温暖な気候」と弱みである「災害」を万全の対策により転換、安全で暮らしやすい町として価値を高めて移住者を呼び込み、人口規模を保持することなどが挙げられた。

また、今回のグループディスカッションを通じて得られた結果を社会展開するための議論の継続も、参加者の多くから提言された。それには地元の自治体や企業などが、今後の方向性や具体的なプロジェクト化に向けて議論を引き継ぐことが求められる。

このように、多様な関係者による議論の重要性・有用性は認識されているが、それを一過性のものとせず現実化に向けて展開するには、ハブとなり得る組織等との初期段階からの協働が必須である。

図表3 4地域で示された地域資源の活用事例図表3 4地域で示された地域資源の活用事例

図表4 ワークショップで挙げられた静岡市清水区の特徴図表4 ワークショップで挙げられた静岡市清水区の特徴

(2)予測手法における新たな試み

今回、グループディスカッションの実施に当たり、図表1の「将来予測年表」を用意した。これは、参加者が2035年の社会像を想像できずに思考が停滞してしまうことを回避するための、これまでのワークショップの経験に基づいた策であった。年表は、現在から2035年までの社会変化、またどのような科学技術が社会実装されているかをまとめたもので、年表という形で提示することで経年的にイメージが想起されることを期待した。社会変化については、将来人口予測8)や静岡市の将来構想9~11)など、公表されている外部資料を引用し、当センターで静岡市と関連が深そうな項目を抜粋した。科学技術については、第10回科学技術予測調査で取り上げられた科学技術トピックを情報源とし12)、特に「海洋」に関連するトピックを取り上げた。その際、1,000以上のトピックを効率的に選別するために、当センターでシステム運営を行っている予測オープンプラットフォーム13)のICT技術も活用して項目の選別を以下の手順で行った。

① 海洋や静岡市に関連する行政文書を抽出(海洋基本計画14)、静岡市総合戦略10)、総合海洋政策本部参与会議意見書15)、など)

② ①で抽出した行政文書に実際に記載されている文章と、科学技術トピックの関連度を予測オープンプラットフォーム13)の機能により機械的に紐付け

③ 機械的に「各文章と関連度が高い」と紐付けられた100程度の科学技術トピックから、重複などを排除し、また分野のばらつきやワークショップで使用するのに適切かなどをチェックし、最終的に30程度のトピックに選別

通常、膨大な科学技術トピックの中から、テーマに沿ったトピックを30程度選別するには、かなりの専門性やノウハウ、そして多くの時間が必要となる。しかし今回上記②の手順でいわゆるAI技術を活用したことで、効率的に対応できた。ワークショップのテーマや作業手順は毎回同じとは限らないため、同じ資料を繰り返し使用することはできないが、同様のプロセスを導入することで予測活動の効率化が期待できる。引き続きICT技術と専門性を融合した予測活動の高度化を目指して新たな取組を検討する。

また、今回初めて活用した「将来予測年表」も、ワークショップ参加者の将来社会を想起することに役立てることができた。ふだん長期的な未来展望を検討する機会が少ない参加者がスムーズに将来社会をイメージし、多くの将来社会像や科学技術等の構成要素のアイデアを創出するためには、こうした資料の作成・提示も効果的である。今後もどのような仕掛け、準備が有効であるか、予測手法の側面としても検討を進めていく。

5. 今後の展開

現在当センターでは、第11回科学技術予測調査を実施している。今回の調査は図表5に示す通り、ホライズン・スキャニング、ビジョニング、科学技術動向調査、シナリオ・プランニングの4つのパートで構成される。

今回静岡市で実施したワークショップも含め、2016〜2017年度の2年で計5か所、地域ワークショップを開催した。これはそれぞれの地域における将来ビジョンの構築という側面だけではなく、この第11回科学技術予測調査全体の中では、ビジョニングのパートで我が国としての将来ビジョンを描く際の一つの構成要素としても活用している。

今後、図表6のような概念で、今までの予測活動で得られた数多くの結果を活用し、将来ビジョンの構築を進めていく予定である。

図表5 第11回科学技術予測調査の実施構想図表5 第11回科学技術予測調査の実施構想

図表6 <パート2>ビジョニング 概念図図表6 <パート2>ビジョニング 概念図

謝辞

本調査に当たり、ワークショップ開催に多大な御協力をいただいた静岡市役所、静岡商工会議所の関係者の皆様、またワークショップに御参加くださった皆様に感謝いたします。

参考文献

1) 例えば、「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(平成26年12月27日閣議決定):
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/info/pdf/20141227siryou3.pdf

2) 例えば、1st EFP Mapping Report(European Foresight Platform, 2011)の p.38、Mapping Foresight (European Foresight Monitoring Network, 2009)のp.57, 59, 61

3) 科学技術予測センター、「地域の特徴を生かした未来社会の姿〜2035年の「高齢社会×低炭素社会」〜」、調査資料-259(2017):http://doi.org/10.15108/rm259

4) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その1 文献調査)」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.2 No.4(2016):
http://doi.org/10.15108/stih.00057

5) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その2 地域における理想とする暮らしの姿の検討)」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.3 No.1(2017):http://doi.org/10.15108/stih.00070

6) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その3 地域の未来を創造する科学技術・システムの検討)」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.3 No.2(2017):http://doi.org/10.15108/stih.00079

7) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その4(最終回) 総合検討)」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.3 No.3(201:
http://doi.org/10.15108/stih.00088

8) 国立社会保障・人口問題研究所、「日本の将来推計人口(平成29年推計)」:
http://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2017/pp_zenkoku2017.asp

9) 静岡市総合計画:http://www.city.shizuoka.jp/750_000004.html

10) 静岡市総合戦略:http://www.city.shizuoka.jp/000746051.pdf

11) 博報堂生活総合研究所、「未来年表」:https://seikatsusoken.jp/futuretimeline/

12) 文部科学省 科学技術・学術政策研究所、「デルファイ調査検索」:http://www.nistep.go.jp/research/scisip/delphisearch/start

13) 小柴等、「予測オープンプラットフォームの取組」、NISTEP NOTE(政策のための科学)No.22(2016):
http://doi.org/10.15108/nn022

14) 総合海洋政策本部、「海洋基本計画(平成25年4月26日閣議決定)」:
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/kihonkeikaku/

15) 総合海洋政策本部参与会議、「総合海洋政策本部参与会議意見書」:
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/sanyo/20170330/ikensho.pdf