STI Hz Vol.4, No.1, Part.5:(特別インタビュー)政策研究大学院大学 田中 明彦 学長インタビュー-グローバルな課題解決を目指す政策研究大学院大学の挑戦-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00116
  • 公開日: 2018.03.20
  • 著者: 赤池 伸一、矢野 幸子、矢口 雅江
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
政策研究大学院大学 田中 明彦 学長インタビュー
-グローバルな課題解決を目指す
政策研究大学院大学の挑戦-

聞き手:科学技術予測センター センター長 赤池 伸一
科学技術予測センター 特別研究員 矢野 幸子
第2研究グループ 研究員 矢口 雅江

政策研究大学院大学(GRIPS)は、独立大学院大学として1997年に開学し、国内外のミッドキャリア行政官の人材育成、政策研究や政策提言において大きな役割を果たしてきた。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)とは、2008年より科学技術イノベーション政策に関する様々な協力関係を構築してきた。2017年、GRIPSの学長に就任された田中明彦氏は、東京大学教授、東京大学理事・副学長、国際協力機構(JICA)理事長等を務められ、政治学や国際関係論の分野で教育研究と組織マネジメント経験を持つ日本を代表する国際政治学者である。今回は田中学長に、グローバルな課題解決に向けたGRIPSの新しい取組や科学技術イノベーション政策との関わり、社会科学分野におけるデータベースの構築、世界情勢の展望等に関するお話を伺った。

政策研究大学院大学 田中 明彦 学長

政策研究大学院大学 田中 明彦 学長

- GRIPS学長として、今後の教育研究に対するビジョンをお願いします。

GRIPSは日本にも世界にも重要な役割を果たしてきた大学で、民主的統治の発展と高度化に貢献することを目的とした国立の大学院大学として設立され、開学して20年になります。学生は現在487人おり、66%は海外の行政府などからの留学生、残りの多くは日本の若手行政官で、仕事経験のあるミッドキャリアが学んでいます。GRIPSの前身である埼玉大学政策科学研究科創設から40年、輩出された4,528人の卒業生は、世界各国の政府幹部や局長クラスの指導的地位に就き、行政や地方自治体を支えています。この特徴を生かして、世界各国の行政やそれ以外の分野において教育を通じ貢献していくのが使命だと考えています。

今後の方向性としては、GRIPSが用意している日本語と英語の教育プログラムのうち、日本人学生にも英語の授業へ出席してもらい、世界各国の将来指導的地位に就く人たちと日本の若手行政官が一緒に民主統治の政策課題を研究しながら交流を深め、議論してほしいと考えています。今後の教育や研究で重視していきたいと考えているのは、世界共通のフレームワークSustainable Development Goals(SDGs1);持続可能な開発目標)です。これまでのGRIPSの教育対象は行政官中心でしたが、日本経済団体連合会2)が2017年に改定した「企業行動憲章3)」にSDGs達成への貢献が盛り込まれたのを受けて、民間企業やNGOなど行政官以外の人にも、是非GRIPSに来て学んでほしいと思います。企業-行政の相互作用で良い政策や市場環境が築ける人材の育成は望ましく、ネットワークを持てる利点もあります。2018年度からの教育カリキュラムに、SDGsを明示的に組み込んでいく予定です。

- GRIPSの科学技術イノベーション政策への参画はどのようにお考えですか。

東京大学副学長のときに、人文・社会科学系以外の分野について認識を深める機会があり、総合科学技術会議(当時)において「科学技術外交4)」の議論に参画しました。日本が科学技術で優れているならば、外交のテーマそのものが科学技術になり得ると考え、国際的な枠組みの中で様々な政策課題と科学技術を結び付けた国際貢献につながる外交について議論しました。のちにJICA理事長に着任し、日本の科学技術外交を実現させるため、外交手段として科学技術を使い、科学技術を進めることが外交につながる、という観点から、科学技術振興機構(JST)と共同でSATREPS5)(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)を推進しました。JSTと協力して国際協力援助のプロジェクトの基礎にサイエンスを用いるのは、大変大きな試みでした。これらの経緯から、私は科学技術と政策は密接に関係していかねばならないと考えており、GRIPSの研究者には、科学技術と政策課題を結び付けた研究を実施してもらい、学生には人材育成プログラムを通じて科学技術について理解を深めてもらいます。GRIPSのSciREXセンター(科学技術イノベーション政策研究センター)では、様々な科学技術イノベーション政策研究プログラムを用意しています。先に述べたSDGsは、すべて政策課題になりますので、サイエンティストやエンジニアがどう政策に結び付けていけば良いか、GRIPSの科学技術イノベーションに関する政策研究が世界に先行的な指針を示していくことは、大きなチャレンジではないかと思います。

- エビデンスに基づく科学技術イノベーション政策の推進のため、GRIPS SciREXセンター、JST研究開発戦略センター(JST/CRDS)、NISTEPの協力によりSPIAS(SciREXインテリジェント支援システム)を共同研究開発しております。このように、政策研究では、データベースが重要な役割を果たしていると思います。田中学長の御見解をお聞かせください。

データベースの扱いには、作成と利用の二面があり、日本のプレゼンスや貢献を考えた際、世界で誰が使うかを考えてデータベースを作成していくことは重要です。人文社会科学の大規模なデータベースで優れていると思うのは日本の国会会議録検索システム6)です。世界銀行で前総裁ロバート・ゼーリック(1953-)の時代から無償でデータを公開しているWorld Development Indicators7)もすばらしい。これは年に3回も改定しています。一方で、日本の政府機関のホームページでは、データがどこにあるのか分かりづらく利用しにくいものが多い。日本の統計や政策情報も、財務省、経産省、内閣府などバラバラに分散して存在し、1か所にデータベースがないので、日本について知りたいと考えても簡単に分析できない。これは、日本の行政構造をそのまま忠実に反映しているのかもしれません。

データベース作成は地道なアプローチで、ヒストリカル(歴史的)に一貫性を持つ数値データを作るのは大変で時間がかかります。一橋大学経済研究所の社会科学統計情報研究センターが行っている日本の長期経済統計(LTES)8)のような、何十年もかかる作業はとても大変で、継続的に行わねばならない重要なものだと思います。

私の研究室では、日本の外交や政策に関する基本的文書を収集した「世界と日本」9)というデータベースを作成しています。テキストデータを集めてヒストリカルに並べたもので、東京大学の研究室で立ち上げ、現在GRIPSでも継続して作成を行っています。苦労しているのは、デジタル資料が存在する以前のもの、特に戦前のものなどを忠実に集めることで、旧字体のスキャンがOCR(Optical Character Recognition)処理でなかなかうまくいかないものがあり、とても難しい。ペリー来航以来の重要な資料をできる限り包括的にデジタル化する予定です。資金は、日本学術振興会(JSPS)の研究成果公開促進費から出ており、利用者は新聞社や研究者が中心で、月約10万アクセスあります。

データベース作成で面白いところは、どの文書のアクセス数が多いのかがログから分かる点です。ほとんどの資料はネット上に存在するのですが、検索が難しい文書も多いので、役に立っていると思います。今はAIが流行ですが、ビックデータを活用するにも、データそのものがどこにあるのか分かりにくくては分析ができない。日本は、利用しやすい知的インフラストラクチャーを作っていくことが重要だと思います。

- NISTEPのSTI Horizon誌では、科学者たちから米国新政権の科学軽視に懸念が持たれていることが報告されました10)。国際政治学者というお立場から、科学技術に対しての期待や懸念について御意見をお聞かせください。

国際社会全体を一つのシステムと考えた場合、この世界システムというのは、無秩序に動いているわけではなく、基礎に予測可能な構造があり、その中に存在する不安定要因、例えば新興国や政治経済が崩壊した国などに対処していくことで、世界秩序が維持できると考えます。20-21世紀にかけて米国は常に安定要因でしたが、トランプ政権になり、米国自体が不安定要因になってしまった。そうは言っても、米国は独裁者が何でもできるということにならない世界最古の優れた成文憲法があり、憲法体制を作ったジェームズ・マディソン(1751-1836)は、憲法を作った理由に、大統領が独走してしまうことがあるかもしれないからだと述べています。連邦制度で、中央政府が停滞しても州自体は機能する仕組みになっています。トランプ氏は、米国の中間層や下層の人たちの不満を代弁して登場したと考えられます。

ミラノヴィッチのエレファントカーブ11)というのがあります(図表1)。1988-2008年の所得上昇を表したグラフで、縦軸に実質所得の増加、横軸に世界所得分布をとると、象の鼻に似た曲線となり、世界上位1%階層と中国・インド・東南アジア諸国のグローバル中間層は所得増加率が高く(A, C)、日本を含む先進国の中間層は所得増加がほぼゼロの谷間になる(B)、というものです。世界全体からみると所得は平等化が進んでいますが、日本のように社会的なセイフティー・ネットのない米国では、より不満が蓄積してトランプ氏につながったのです。

サイエンティストたちがトランプ氏に不安を覚えるのは、「短期相対(あいたい)決算型」だからではないでしょうか。世界が良くなるから自分たちも良くなりますという発想がない。ましてやサイエンスには、サイエンスとしての独自の価値がある、というのはトランプ氏の想像を絶しているのかもしれません。すべてのものは自分の財産を増やすのにどれだけ役に立つかどうかで判断しているから、サイエンスへの投資が何に役に立つのだろうかと考えてしまうのです。サイエンスは、直ちに役に立つだけでは長期的な発展は望めません。サイエンティストの好奇心を最大限に生かすことによって、その中からある一定の確率で、とてつもなく役に立つ科学技術が生まれてくるのだと思います。

図表1 ミラノヴィッチのエレファントカーブ図表1 ミラノヴィッチのエレファントカーブ

出典:ブランコ・ミラノヴィッチ著(立木勝訳)
「大不平等」(2017)みすず書房    

政策研究大学院大学 田中 明彦 学長

- 日本が科学技術を用いて世界貢献しながら国のプレゼンスを高めるにはどうしたらよいでしょうか。

19-20世紀は科学技術力=軍事力の世界でしたが、現在の日本はいろいろな科学技術のレパートリーを持っています。世界で日本のプレゼンスが薄い理由の一つに、内閣総理大臣が頻繁に交代してしまう点がありました。安倍総理大臣以前の6年間には6人もの総理大臣がいて、世界約200か国のうち、総理大臣が外交で訪問する国は限られていました。青年海外協力隊のように、世界で貢献活動をしている日本人は100か国以上に存在していますが、総理大臣が来ないと、その活動にフォーカスが当たらない。つまり、総理大臣が訪問すると、相手国が日本の行っていることを調べて勉強し、政権の首脳部まで情報を上げ、日本が実施してきた貢献がフォーカスされて再認識されるのです。国際協力や貢献活動を地道に行い、総理大臣や外務大臣クラスが現地に訪問することで、日本のプレゼンスをより高めることにつながっていくと思います。

- 冷戦期以降の近代世界システムを分析された御著書『新しい「中世」』12)は、補章を追加した新装版13)が2017年文庫化されました。この理論的枠組みからみた最近の世界情勢はいかがでしょうか?

安倍総理大臣が推進する「自由で開かれたインド太平洋戦略」14)の地域は、今後経済成長していくと考えられます。しかし、インド太平洋地域は、「新しい中世」の中で分類した第三圏域(国家若しくは経済が事実上機能不全に陥っている国々)が存在する地域と重なっています。高成長した国に近隣国のテロリストが潜み、世界の経済成長を阻害する可能性があります。国家が崩壊しているところは、秩序を戻せるように協力しなければならないし、これまでこういった国々に貢献するのが米国なのです。ところが米国は違う方を向いている。今後日本と欧州が協力してインド太平洋地域でフォローしていくことが重要に思います。

- 未来の世界についてお考えをお聞かせください。

SDGsについては、2030年に達成するのはなかなか難しいかもしれませんが、ある種の共通言語として世界で共有し、目標にしていくのは大事だと思います。

ある程度中期的に言えば、現在の米国政権のような方向性は長続きしないと思います。その間、世界秩序を維持するための日本や欧州の役割は重要で、米国が不安定要因から安定した構造要因へと戻ってくるまで、受皿を整えておくことが重要だと思います。中国やインドは、今後巨大な存在になるのは間違いないでしょう。東南アジアやサブサハラアフリカも成長し、今後の世界経済の重心は、アジア太平洋地域から南西に動く可能性があります。世界地図で示される日本やカリフォルニアから南アフリカにつながるインド洋~太平洋にかけての大きな海が、今後の世界経済の発展の中心=成長センターとして長く続いていくと思います。

終わりに

田中学長は、これまでの御経験を生かされて特色ある研究教育プログラムを2018年度から準備され開始すべく、産学官の協力による地球規模課題解決に向けた政策研究を先駆的に推進していかれる御意欲を熱く語られた。NISTEPとしても、GRIPSとの連携協力を今後も維持しながら、田中学長の挑戦に注目していきたい。

田中 明彦(たなか あきひこ)政策研究大学院大学学長

田中 明彦(たなか あきひこ)
政策研究大学院大学学長。専門は国際政治学。東京大学教養学部卒業、マサチューセッツ工科大学政治学部大学院修了(Ph.D., 政治学)。東京大学東洋文化研究所教授、同所長、同大理事・副学長、独立行政法人国際協力機構理事長などを経て、2017年4月より現職。2012年紫綬褒章受章。『新しい「中世」』(日本経済新聞社、1996年、サントリー学芸賞受賞)、『ワード・ポリティクス』(筑摩書房、2000年、読売・吉野作造賞受賞)など著書多数。「世界と日本」データベースを運営。

参考文献

1) SDGs:Sustainable Development Goals。国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所HP
http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sdg/post-2015-development-agenda.html

2) 一般社団法人日本経済団体連合会:http://www.keidanren.or.jp/

3) 企業行動憲章:http://www.keidanren.or.jp/announce/2017/1108.html

4) 科学技術外交:http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol164/index.html

5) SATREPS:Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development

6) 国会会議録検索システム:http://kokkai.ndl.go.jp/

7) World Development Indicators:https://data.worldbank.org/data-catalog/world-development-indicators

8) 長期経済統計検索システム(LTES):http://www.ier.hit-u.ac.jp/repo/repository/LTES/

9) 「世界と日本」データベース:http://worldjpn.grips.ac.jp/

10) 白川 展之.米国トランプ政権における科学技術政策と在ワシントンの関係者の認識.文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon.2017.Vol.3 No.2, p.36-39:http://doi.org/10.15108/stih.00082
白川 展之,矢野 幸子.“ポストトゥルース”時代のエビデンスと科学コミュニケーション−米国科学振興協会(AAAS)年次総会及び科学技術政策フォーラムにおける科学への理解増進と社会への働きかけに関する議論−.文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon.2017.Vol.3 No.3, p.40-46:http://doi.org/10.15108/stih.00093

11) エレファントカーブ:ブランコ・ミラノヴィッチ著(立木勝訳)「大不平等」(2017)みすず書房

12) 田中明彦著『新しい「中世」-21世紀の世界システム』(1996)日本経済新聞社

13) 田中明彦著『新しい中世-相互依存の世界システム』(2017)講談社学術文庫(新装版)

14) 「自由で開かれたインド太平洋戦略」:2016年8月ケニア共和国で行われた第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)で安倍総理大臣が打ち出した外交戦略。