STI Hz Vol.3, No.4, Part.10:(レポート)科学技術・イノベーション政策の効果を捉えるための文献データの活用STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00109
  • 公開日: 2017.12.20
  • 著者: 池内 健太
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
科学技術・イノベーション政策の効果を
捉えるための文献データの活用

第1研究グループ 客員研究官・経済産業研究所 研究員 池内 健太

概 要

科学技術の動向を精緻に捉え、適切な政策を立案し、その効果を検証していくためには、論文や特許をはじめとする文献データの利用が不可欠であるとの認識が広がっている。一方、企業のイノベーションの動向を捉えるためのデータは不足している。そこで、筆者は2017年に公表した報告書「企業のイノベーション・アウトプットの多面的測定」において、プレスリリースや特許、商標、意匠登録などの知的財産権といった文献ベースのデータを日本の「全国イノベーション調査」の企業レベルのミクロデータに企業レベルで結びつけたパネルデータを構築し、イノベーション活動の多様性を定量的に捉えることを試み、企業のイノベーション活動のアウトプットが企業価値と生産性に及ぼす影響を明らかにした。本稿では、本論文の概要と要点を紹介するとともに、文献データから企業のイノベーション活動のアウトプットを測定することの意義や可能性について論じる。

キーワード:イノベーション,プレスリリース記事,LBIO,文献データ,政策効果

1. はじめに

様々な政策領域で、エビデンス・ベースの政策立案(Evidence-based Policy Making:EBPM)の必要性が高まる中、科学技術の動向を精緻に捉え、適切な政策を立案し、その効果を検証していくためには、論文や特許をはじめとする文献データの利用が不可欠であるとの認識は広がっている。論文(科学文献)は科学的な研究の主な成果の1つであり、論文データを分析することで科学の発展の動向が捉えられる。一方、特許は新しい技術の発明を表し、特許データを活用することで技術の発展の動向が捉えられる。さらに、論文や特許の引用文献情報、さらには科学者と企業の間の共著関係や共同発明に関する情報を活用することにより、科学の発展と技術の発展との間の関連性(サイエンス・リンケージ)を分析することも可能である。

他方、そのような科学や技術の発展が経済的にどのような効果をもたらすかを把握するためには、「イノベーション」の動向及びその科学や技術の発展との関連性を明らかにする必要がある。イノベーションは、経済の発展と成長、豊かさにとって最も重要な源泉の1つであり、イノベーションの実態を捉えることは生産性向上の決定要因やプロセスを理解することにつながる。日本では1990年代初めに始まった長期的な景気低迷と高齢化による労働力不足に直面しており、イノベーションを促進し、生産性を高めることが重要な政策課題の1つとなっている。そのため、イノベーション・プロセスの現状の正確な理解は政策立案者が適切な政策を実施するための必要条件であり、イノベーション活動の成果を精緻に捉えるためのイノベーション・アウトプットの測定は特に重要である。また、企業のイノベーション活動のアウトプットを適切に測定することは、イノベーション・プロセスを理論的・実証的に研究するためにも重要である。

これまでに行われた多くの研究では、イノベーションのアウトプットの測定方法として、「Community Innovation Survey(CIS)」と呼ばれる企業に対する質問票調査が広く使われている。日本においても、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)がCISの質問票と対照可能な「全国イノベーション調査」(J-NIS)を一般統計調査として実施しており、イノベーション・アウトプットを含め、企業のイノベーション活動の状況が定期的に調査されている。これらJ-NISやCISの質問票では、直近3年間における新しい製品やサービスの市場への導入(プロダクト・イノベーション)や新しい生産工程の自社内での導入(プロセス・イノベーション)といった技術的なイノベーションに加え、新しい組織管理の方法やマーケティング手法の自社内での導入といった非技術的なイノベーションについても調査されている1)。しかしながら、J-NISやCISの質問票に基づく現行のイノベーション・アウトプットの測定には幾つかの限界がある。図表1に示すように、新製品・新サービスの数といったイノベーション活動のアウトプットの量的な側面が調査されていないことや自社が行った製品・サービスの質の改善が質問票に記載されたイノベーションの定義に該当するのかの判断を回答企業が行う必要があり、その回答負担が大きいといった点がある。

一方、企業への質問票調査やインタビューではなく、業界誌などの文献から得られた情報に基づいて企業のイノベーション活動のアウトプットを測定する方法も提案されており、このように測定された指標は「文献ベースのイノベーション・アウトプット(LBIO)」指標と呼ばれている2)。イノベーションの量的な側面はJ-NISや標準的なCISの質問票には含まれていないが、LBIOを用いる場合、プレスリリースや業界誌に掲載された新製品・新サービスの数を集計することが可能であり、イノベーション活動のアウトプットを量的に捉えることも可能である。しかしながら、LBIOのデータの活用は、1980年代に米国におけるイノベーション活動の分析として初めて行われたものの3)、その後はCISの質問票を用いた測定に比べると余り発展・普及していない。

そこで筆者は、2017年に公表した報告書4)において、プレスリリースの記事データを日本の「全国イノベーション調査」(J-NIS)の回答企業に結びつけたパネルデータを構築することで、企業のイノベーション活動のインプット及びアウトプットに関するJ-NISの回答結果とプレスリリース記事から捉えられるLBIOの間にどのような関係性があるかを統計的に検証した。

図表1 「全国イノベーション調査」のイノベーション・アウトプットの測定の質問図表1 「全国イノベーション調査」のイノベーション・アウトプットの測定の質問

出典:「第3回全国イノベーション調査報告」NISTEP REPORT No. 156(2014年3月)1)
 http://hdl.handle.net/11035/2489

2. プレスリリース記事からイノベーションの動向を捉える利点

各プレスリリース記事には「誰が」・「いつ」・「どのような」イノベーション(例えば、新製品・新サービス)を導入したか、に関する情報が含まれている。

また、プレスリリースの中には、新製品・新サービスに関する記事のみならず、研究開発活動の成果や企業の合併・買収などの組織変革に関する記事も含まれている。図表2は今回分析に利用した2003年~2014年の「日経プレスリリース」に収録されている記事を筆者が分類した結果である注1。「新製品・新サービス」に関する記事が6割以上を占めているが、「マーケティング活動」に関する記事も約12%、組織変革に関する記事も6%、技術開発に関する記事も約5%含まれている。

プレスリリースは企業が広報活動の一環として行うものであり、自発的に記事を書いて公開するため、データの収集のために改めてコストと労力をかけてアンケート調査等を実施する必要はないという利点がある。また、仮にアンケート調査を実施してイノベーションの動向を捉えようとした場合、企業が実現したイノベーションの詳細な情報を質問することは回答企業にとって非常に負担が大きい注2。一方、プレスリリース記事には企業がアピールしたいイノベーションの具体的な情報が記載されているため、企業が実現したイノベーションについて網羅的かつ1つ1つの事例についての詳細な情報を入手することが可能である。

また、記事には他企業や大学などとの連携に関する情報が含まれていることもあり、これらの情報からイノベーションの実現に至るプロセスも把握できる。さらには、新製品・新サービスの特徴を表す文章を解析し、その企業が権利を有している特許情報との類似性を分析することによって、そのような新製品・新サービスの技術的な源泉としてどのような技術や発明が関係しているのかを特定できる可能性もある。

図表2 プレスリリース記事の分類(2003-2014年の日経プレスリリース)図表2 プレスリリース記事の分類(2003-2014年の日経プレスリリース)

3. プレスリリースによるイノベーションの測定の妥当性の検証結果

本稿で紹介する筆者の分析4)では、プレスリリースの件数によって企業のイノベーションの動向を測定することの妥当性を検証した。分析に用いた主なデータは「日経プレスリリース」に収録された記事情報(2003年~2014年)、NISTEPが3年に1度全国の企業を対象に実施している「第3回全国イノベーション調査」(2009~2011年度の3年間についての調査)、「IIPパテントデータベース」に収録された特許情報(1956年以降の出願特許)、NISTEPの「意匠権・商標権データベース」5)に収録された意匠・商標に関する情報(2000年以降に出願された登録意匠・登録商標)である。

図表3は分析結果の全体像を示している。まず、「新製品・新サービス」に関する企業のプレスリリースの件数はJ-NISで調査された同時期の「市場にとって新しいプロダクト・イノベーション」の導入有無と正の相関関係にあり、「組織変革」に関する企業のプレスリリースの件数は同時期にJ-NISで調査された「組織イノベーション」の導入有無と正の相関関係にあることがわかった。また、「技術開発」に関するプレスリリースの件数はJ-NISで調査された同時期の「研究開発支出額」と正の相関関係があり、同時期に出願された特許の数とも正に相関している。一方、「企業自身にとって新しいプロダクト・イノベーションの有無」は「新製品・新サービス」に関する企業のプレスリリースの件数とは統計的に有意な正の相関関係が検出されなかった。

次に、データの制約から上場企業のサンプルに限定して企業の経営パフォーマンスとの関係性を統計的に検証したところ、「新製品・新サービス」に関するプレスリリースの多い企業ほど、企業価値(トービンのqという指標で測られる株式市場での評価)が高いこと、「組織変革」に関するプレスリリースや特許出願件数、商標登録件数の多い企業では企業価値に加え、生産性(全要素生産性:TFP)が高いことがわかった。一方、「技術開発」に関するプレスリリースの件数や意匠登録件数と企業価値及び生産性の間には統計的有意な正の相関関係はみられなかった。

これらの結果は、プレスリリース記事に基づく企業のイノベーション活動の測定結果は全国イノベーション調査や特許データから測定されるイノベーション活動と整合的であることを示している。

図表3 分析結果の概要図表3 分析結果の概要

注:実線は統計的に有意な正の関係(5%水準)が検出された関係性を示し、破線は統計的に有意な正の関係(5%水準)が検出されなかった関係性を示している。

4. プレスリリースの活用の今後の課題

本稿で紹介した上記の分析結果は、プレスリリースから測定される企業のイノベーションの状況は当該企業に対するアンケート調査(全国イノベーション調査)の結果と論理的整合性を持つことを統計的に示している。最後に、残された課題を示しつつ、現在筆者が共同研究者と進めている幾つかの関連した研究を紹介したい。

第1に、個々のプレスリリース記事が示す企業のイノベーションは新規性や経済的なインパクトの点において質的に異なっている可能性がある。今回紹介した分析では、プレスリリースのタイトルの情報を用いて簡易的にイノベーションのタイプを識別しているものの、分析に用いる変数は各分類で単純に記事をカウントした件数であり、新規性やインパクトの大きさなどでの重み付けはしていない。そのため、現在筆者は政策研究大学院大学の原泰史氏・東京大学の鈴木慶彦氏と共同で、個々のプレスリリース記事のインパクトを上場企業の日次の株価データを用いて測定した上で、テキストマイニングの手法を用いてそのインパクトの大きさを記事の内容に基づいて解析する手法の開発に取り組んでいる6)

第2に、プレスリリースから測定される企業のイノベーションの技術的な源泉を特定する手法の開発である。NISTEPの小柴等氏と前述の原泰史氏と共同で、プレスリリース記事の内容と特許に記載された発明の文書をテキストマイニングの手法を用いて精緻に解析することにより、イノベーションのもとになっている技術(特許)を特定する手法の開発に取り組んでいる7)。個々のプレスリリースと特許の間の関連性が特定化できれば、特許から論文への引用情報などのサイエンス・リンケージを介して、科学的な発見とイノベーションへの関係性を文献レベルで捉えることも可能になり、科学技術・イノベーション政策の効果をより精緻に分析できるようになると期待される。


注1 プレスリリース記事の分類はタイトルの末語を用いた簡便なものである。例えば、タイトルの末語が「導入・展開」とある場合、「新しい製品・サービス」に関する記事と分類している

注2 筆者が以前に「全国イノベーション調査」を実施した経験では、企業のイノベーション活動全般の成果を把握している部署や人物を特定することは非常に困難である。特に、企業規模が大きくなると、その傾向は顕著である。

参考文献

1) 科学技術・学術政策研究所(2014)『第3回全国イノベーション調査報告』NISTEP REPORT No. 156.
http://hdl.handle.net/11035/2489

2) Coombs, R., Narandren, P., and Richards, A. (1996). A Literature-based Innovation Output Indicator, Research Policy, 25, 403–413.

3) Acs, Z. J., and Audretsch, D. B. (1987). Innovation, Market Structure, and Firm Size. Review of Economics and Statistics, 69(4), 567–574.

4) 池内健太(2017)『企業のイノベーション・アウトプットの多面的測定』NISTEP Discussion Paper No. 149.
http://doi.org/10.15108/dp149

5) 元橋一之・池内健太・党建偉(2016)『意匠権及び商標権に関するデータベースの構築』NISTEP調査資料-249.
http://doi.org/10.15108/rm249.

6) 池内健太・鈴木慶彦・原泰史(2017)「企業のプレスリリース情報を用いたイノベーションの価値の測定」日本経済学会2017年度春季大会(立命館大学).

7) 原泰史・池内健太・小柴等(2017)「アウトカムに基づくイノベーション測定手法の開発:特許および製品データベースを用いた類似度測定」研究・イノベーション学会第32回年次学術大会(京都大学).