STI Hz Vol.3, No.3, Part.10:(レポート)日本の研究開発システムにおける人材、知、資金の循環の動向と課題-「民間企業の研究活動に関する調査」からの示唆-STI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00096
  • 公開日: 2017.09.25
  • 著者: 富澤 宏之
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
日本の研究開発システムにおける人材、知、資金の循環の動向と課題
-「民間企業の研究活動に関する調査」からの示唆-

第2研究グループ 総括主任研究官 富澤 宏之

概 要

文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、「民間企業の研究活動に関する調査」を毎年、実施している。その調査結果は政策策定の基礎資料として、また、企業の技術経営やイノベーションに関する研究のための分析データとして活用されている。しかし、その多岐にわたる調査結果には、さらなる分析を深めるべき部分も多く残されている。また、本調査は、企業の研究開発活動だけでなく、日本の研究開発システムに関する貴重な情報を提供し得るポテンシャルを有している。

そこで、本稿では、これまでに得られたいくつかの集計結果を組み合わせて分析・解釈を行い、日本の研究開発システムにおける人材、知、資金の循環の動向と課題について探る。分析の結果、科学技術・イノベーション政策にも示唆的な日本の研究開発システムの課題が明らかになった。日本の研究開発システムでは、研究開発の外部化と研究開発の特定目的化が共に進展している一方で、課題として研究開発の高度化と人材の高度化が連動する動きは見られず、また、大学と企業との間の“人材”と“知”の循環が分化していることが挙げられる。

キーワード:研究開発統計,民間企業,日本の研究開発システム,第5期科学技術基本計画

1. 調査の概要

「民間企業の研究活動に関する調査」(最新版は参考文献1))は、民間企業の研究開発活動に関する基礎データを収集し、科学技術・イノベーション政策の立案・推進に資することを目的として、1968年度より文部省(当時)が実施してきた統計調査である。2008年度以降は、調査の実施主体が移管された現科学技術・学術政策研究所が毎年、実施している。

これに関連する統計調査、すなわち研究開発やイノベーションに関する統計調査には、総務省が毎年、実施する「科学技術研究調査」(最新版は参考文献2))、及び、科学技術・学術政策研究所がこれまで4回、実施した「全国イノベーション調査」(最新版は参考文献3))がある。これらは、OECD等が定めた国際標準(参考文献45))に準拠して実施されており、中核となる調査項目は、世界の多くの国の研究開発統計と共通である。

それに対して、「民間企業の研究活動に関する調査」では、研究開発の定義や組織の分類などに関してはOECDの国際標準に準拠しつつも、日本独自の調査項目が多い。本調査の調査結果は、企業の研究開発費や研究開発人材の動向、知的財産活動、研究開発に関連したイノベーションの動向、他組織との連携や外部知識の活用状況、研究開発に関する政府の施策・制度の活用状況など、多岐にわたっており、企業の研究開発や技術経営、あるいはイノベーションに関する各種の実証研究を行う貴重なデータ源となっている。しかし、その多岐にわたる調査結果には、分析が深められていない部分も多く残されている。特に、多面的な調査項目を相互に関連付けて相関・因果を探るような分析は十分になされているとは言い難い。また、本調査は、民間企業が調査対象であるものの、民間企業の研究開発活動だけでなく、データの俯瞰的な分析によって日本の研究開発システムの状況に関する重要な知見を提供するポテンシャルを有している。

2. 最近の調査結果から見えてきた日本の研究開発システムの変化

「民間企業の研究活動に関する調査」のこれまでに公表した分析結果の一部には、日本の研究開発システムの変化の方向性が示されている。以下では、探索的、仮説提示的な段階の分析で発見された注目すべきトレンドとして、「研究開発の外部化」と「研究開発者の中途採用の増加」を取り上げる。さらに、ここで観察されたトレンドを組み合わせて統合的に考察することにより浮かび上がってくる日本の研究開発システムの変化について述べる。

2-1 研究開発の外部化の進展

図表1に、社内研究開発費と外部支出研究開発費の対前年増加率の推移を示した。ここでは、研究開発費の総額でなく、各企業において売上高の最も高い事業領域である「主要業種」の研究開発費について示している。この図表に示されたトレンドから、日本の民間企業の研究開発の最近の変化を概観することができる。

対前年増加率の推移を見ると、主要業種における社内研究開発費は、2009年度と2011年度に減少している。それぞれ、2008年10月に発生したリーマンショックと2011年3月に発生した東日本大震災の影響と考えられる。一方、主要業種における外部支出研究開発費は2009年度には減少したが、2011年度は減少しておらず、2013年まで4年連続で増加している。このことから、リーマンショックからの回復期において、企業は研究開発費の拡大には慎重であったが、研究開発の外部化には積極的であったと考えられる。

その後、2014年度には、消費増税や世界同時株安、エネルギー価格の急落等の影響の下で、主要業種における社内研究開発費及び外部支出研究開発費は減少し、翌2015年度には、その反動で、共に増加に転じたものと見られる。その中で、2014年度において外部支出研究開発費は前年より減少となったものの、社内研究開発費より減少が小さかったことに加えて、それ以外の年では増加していることから、主要業種における外部支出研究費の増加は、一貫性のある変化の傾向と考えられる。

図表1 主要業種における社内研究開発費と外部支出研究開発費の前年度増加率の推移

注:各年度において前年度のデータと接合できるサンプルのみを抽出し、企業物価指数を用いて研究開発費を実質値した上で増加率を計算した。

2-2 研究開発者の中途採用の増加

研究開発者の採用は、企業の研究開発人材のニーズや研究開発の方向性がベースとなって行われていると考えられる。そのため、企業が採用した研究開発者の学歴・属性別割合の推移は、日本企業の全体的な研究開発動向の変化を示す指標となる。

図表2に、回答企業が採用した研究開発者の学歴・属性別割合の推移を示す。ここでは、採用した研究開発者に占める中途採用の割合が増加傾向にあることが主要な特徴となっている。また、学歴別に見ると、修士号取得者(新卒)の割合が一貫して最も大きいものの、2011年度を除いて減少する傾向が顕著である。直近の2年間の特徴として、学士号取得者(新卒)は2014年度と2015年度に連続して増加が見られる。なお、博士課程修了者(新卒)の占める割合は、2012年度までは増加傾向にあったが、それ以降は3%前後の数値を推移している。また、ポストドクター経験者の占める割合は全体に小さく、2011年度以降は1%未満の値で推移している。

図表2 採用された研究開発者の学歴・属性別割合の推移

2-3 日本企業の研究開発活動の変化

2-1節と2-2節で述べた研究開発費の動向と研究開発者の採用動向を組み合わせて考察すると、企業の研究開発活動の変化の方向性が浮かび上がってくる。

まず、外部支出研究開発費の増加傾向は、2009年のリーマンショック後の基調トレンドとなっている。このトレンドは、研究開発の外部化を示唆するものであり、オープンイノベーションの進展の反映とも捉えることができるだろう。また、研究開発者の中途採用の顕著な増加傾向は、従来の日本企業の研究開発人材の採用・養成の典型であった「修士課程修了者と学部卒業者を採用者の中核とし、高度な専門知識は採用後に習得させる」という形態とは異なる傾向が現れている点で注目に値する。中途採用者の割合の増加は、研究開発人材の流動化の進展を意味するだけでなく、企業の研究開発において、他の企業等で経験を積んだ人材、すなわち特定の知識を持つ人材のニーズが高まっていることを意味していると考えられる。さらには、その背景として、企業において特定の技術領域の研究開発や特定の目的に向けた研究開発の必要性が高くなっているという、“研究開発の特定目的化”というべき状況が起きていることが示唆される。

その一方で、大学において先端的な研究の経験を積んだ人材である博士・ポスドクの採用は増加していない。これは、企業が特定の知識を持つ研究開発人材を必要としても、それに大学の高度人材の育成機能が応える、という図式が成り立っていないことを意味している。以上をまとめると、研究開発の外部化と研究開発の特定目的化が共に進展している一方で、大学における高度人材育成がそれに連動し、さらにそれが企業の研究開発の高度化にもつながる、といった動きは現れていないと考えられる。

3. 政策の観点からの考察:日本の研究開発システムの動向と課題

第5期科学技術基本計画では、第4期までの基本計画と異なり、政府や公的部門だけではなく、民間企業も主体として位置付けられており、また、日本全体としての「イノベーション創出に向けた人材、知、資金の好循環システムの構築」が、主要な政策項目の一つとされている。そのため、前節で述べた民間企業の研究開発の最近の変化は、我が国の科学技術政策において重要な意味を持つ。以下では、これまでに述べた企業の研究開発の動向から日本の研究開発システムの課題を読み取り、科学技術・イノベーション政策の観点から考察する。

本調査から浮かび上がってきた企業の研究開発の変化とそれを巡る状況は、第5期科学技術基本計画が目指す人材、知、資金の好循環システムが部分的には形成されているものの、進展していない部分があることを示唆している。それを明示的に説明するために、図表3に、大学と企業の間の“人材”と“知”の循環のモデルを示す。

図表3の(a)は、前節で述べた「民間企業の研究活動に関する調査」によって観察された状況、すなわち、現在の基本的な状況を示している。“人材”については、大学は修士や学士を中心に企業の研究開発を担う人材を供給している。その一方で、他の企業等で経験を積んだ人材の中途採用が増えており、企業が必要とする研究開発人材の育成機能のかなりの部分を産業界が担っている。また、“知”については、大学は研究の成果を論文や学会発表で発信し、それらが企業の研究開発において重要な役割を果たしており、さらに、産学連携、特に共同研究や委託研究による大学と企業の間の知の循環もある。しかし、このような“人材”と“知”の循環は分化しており、そのため、図表3(a)では、人材”と“知”の循環についての矢印が別々であり、また、いずれも一方向的になっている。このような分化については、そもそも、大学における人材育成と研究が分化しているためと解釈することもできるだろう。

一方、図表3の(b)は、(a)と対比的に、“人材”と“知”の循環が統合したモデルを示している。これは、(a)で示されたような現状と、第5期科学技術基本計画に示されている理念との比較に基づくモデルであり、同計画の目指す“好循環システム”の一つの在り方を示すとともに、現状の問題点を浮かび上がらせるものである。

この図表3(b)のモデルでは、大学から供給される人材は、大学において先端的な研究を経験した博士やポスドクが中心になるが、大学の教員や研究者の一部も産業界に異動・流動することも想定されている。また、逆方向のフローとして、最近、一部の大学/企業で見られるような企業の研究開発を大学内で実施する形態も想定されている。そして、これらの“人材”の流動を介して、大学と企業の間に“知”の循環が生じることを想定したモデルとなっている。具体的なイメージとしては、例えば、大学において人工知能やコンピュータサイエンスの先端的な研究に従事した人材が産業界に異動・流動し、そのような人材を介して、知識も産業界に移転するような形である。

さらに、このモデルでは、間接的・暗黙的な形も含めて、大学の研究と企業の研究開発が連動していることを想定しており、それを図表3(b)では「研究開発の“共鳴・共創”」と表現している。これは、広い意味で、大学の研究に産業界のニーズが反映され、また、大学における多様な研究の中から産業界に寄与する成果が産み出されるような状況を表現している。この場合、大学の研究内容と企業の研究開発の関連性が高いため、企業の研究開発の外部化の対象として大学が大きな役割を果たし、企業が大学に研究開発費を支出する傾向が高くなると想定している。

図表3 “人材”と“知”の循環のモデル

出所:参考文献6)の掲載図を改訂

4. 今後の課題と展望

ここまで、「民間企業の研究活動に関する調査」の集計結果に基づいて、日本の研究開発システムの変化を読み取り、また、第5期科学技術基本計画との関係をモデル化することにより、我が国の研究開発システムの課題を明らかにした。このモデルは、統計データと現実の状況との関連付けを明確にし、第5期科学技術基本計画の進捗状況を把握・検討する上での示唆を与えてくれる。ただし、本稿で述べたのは、調査データの基礎的な集計結果を組み合わせた推論のみに基づいた分析と考察である。今後、調査結果の分析の深化を通じて、より実態に近いモデルを構築するとともに、信頼性の高いエビデンスを提示することが課題である。今後、クロス分析や複数の調査項目を相互に関連付けた相関・因果に関する分析が有用であり、また、「科学技術研究調査」や「全国イノベーション調査」の調査結果と連動させた分析も必要になると考えられる。

参考文献

1) 科学技術・学術政策研究所, 『民間企業の研究活動に関する調査報告(2016)』, NISTEP REPORT No.173, 科学技術・学術政策研究所, 2017年5月. DOI: http://doi.org/10.15108/nr173

2) 総務省統計局, 『科学技術研究調査報告(2016)』, 2017年3月.

3) 科学技術・学術政策研究所, 『第4回全国イノベーション調査統計報告』, NISTEP REPORT No.170, 科学技術・学術政策研究所, 2016年11月. DOI: http://doi.org/10.15108/nr170

4) OECD, Frascati Manual 2015: Guidelines for Collecting and Reporting Data on Research and Experimental Development, The Measurement of Scientific, Technological and Innovation Activities, OECD Publishing, Paris, 2015.
DOI: http://dx.doi.org/10.1787/9789264239012-en.

5) OECD/Eurostat, Oslo Manual: Guidelines for Collecting and Interpreting Innovation Data, 3rd Edition, OECD Publishing, Paris, 2005. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/9789264013100-en.

6) 富澤宏之, 「民間企業の研究活動とナショナル・システムにおける人材、知、資金の循環の動向」, 第9回政策研究レビューセミナー, 科学技術・学術政策研究所, 2016年12月12日.
http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/review2016_presentation_3.pdf