STI Hz Vol.3, No.1, Part.10: (ほらいずん)世界各国の科学技術予測活動 フィンランドのフォーサイト活動-市民参加を得た科学技術と社会のシナリオ作成-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00071
  • 公開日: 2017.3.25
  • 著者: 栗林 美紀
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
世界各国の科学技術予測活動
フィンランドのフォーサイト活動
-市民参加を得た科学技術と社会のシナリオ作成-

科学技術予測センター 主任研究官 栗林 美紀

概 要

 フォーサイト活動とは、現状認識等を踏まえつつ未来を展望・洞察する予測活動である。本稿では、フィンランドが行っている、国民全体を巻き込んだ大規模な合意形成に基づくフォーサイトを紹介する。

1. はじめに

フィンランドは、国土面積が33.8万平方キロメートルで(日本よりやや小さい)、人口約549万人(2016年4月末時点)であり、主要産業は、紙・パルプ等木材関連、金属・機械、及び情報通信、電気・電子機器である1)。ICT(情報通信技術)のノキアに代表される技術先進国としても有名であり、近年では、ヨーロッパにおける最大級の起業支援のためのイベントSlush(スラッシュ)が開催されるなどスタートアップが活発なことでも注目される2)。また、国際機関WIPO(世界知的所有権機関)が2016年8月15日に発表した「グローバル・イノベーション・インデックス2016」では5位と評価された(日本16位)3)

フィンランドの科学技術の特徴は、「選択と集中による資源の適切な配分」「強みのある領域への特化」「リスクをとった先導的な政策の推進」などの原則のもと、迅速な意思決定が行われることが挙げられる。

科学技術政策に関しては、早い時期にフォーサイト活動を導入したことが注目される。1993年に上院によって未来に向けた委員会(Committee for the Future)が設置され、政府は、国としての眺望、フォーサイトの基盤を形成し、産業の活性化を目的として、技術ロードマップやシナリオを作成するフォーサイトを行った。これらは、大学や研究センター(フィンランド国立技術研究センター(VTT)など)からも、技術の専門知識や方法論のサポートを受けて、進めたものである4)。現在も、科学技術予測を取り入れた国の発展をテーマとし、閣僚から専門家、市民、大学生など広く国民全体を巻き込む仕掛けを構築して、大規模な対話型のフォーサイトが行われている。最近では、持続可能な経済活動と市民の生活に焦点を当てた「未来に関する政府の報告書:持続可能な成長による幸福(2013年)」が、Prime Minister’s Office(PMO)から公表された5)。このフォーサイトの特徴としては、市民の意見を導入するため、作成作業の段階でウェブサイト上にプラットフォームを形成し、市民同士あるいは専門家と双方向のディスカッションができるようにし、これらの議論をまとめて提示し、更なる意見収集も行っていくなど市民と専門家との対話を通じて、新しいアイディアを取り入れ、未来を創造する活動を推進したことが挙げられる。

2. フィンランドのフォーサイト

(1)実施の特徴

フォーサイト活動に幅広い関係者が参画する実施方法について、前掲の政府報告書を例に具体的な取組を見ていく。

① テーマ設定

最初の準備段階として、PMOは閣僚ワーキンググループを創設し、閣僚ワーキンググループは2012年1月にフォーサイトの準備を開始した。さらに、PMOは、同年3月に閣僚ワーキンググループが管理するプロジェクトグループを設置している。プロジェクトグループでは、PMOのメンバーをチェアとして、イノベーションファンドのフィンランド国立研究開発基金(Sitra)、教育省所管で長期の研究開発基金により高度な研究発を支援するフィンランドアカデミー(Academy of Finland)、労働経済産業省所管で産業関連の研究開発及び大学や研究機関が共同で実施するR&Dプロジェクトのファンディングを行うフィンランド技術庁(TEKES)、科学技術とイノベーションのファンディングエージェンシーと、個々の研究機関の専門家や企業、NGOの代表者が共に協力し、分析を行ってフィンランドの強みを勘案しつつフィンランド社会の今後進むべき発展的な方向性を明らかにした6)。この成果に基づき、閣僚ワーキンググループは、具体的なフォーサイトを行う六つのテーマ「行政機関のオープン化」「市民の幸福と包含」「未来の働き方」「ビジネスの再構築」「北部の新しい地理学」「欠乏の中での機会」を設定した。

② 広く国民を巻き込む参加型フォーサイトの展開

上記六つのテーマについて、閣僚ワーキンググループは、2012年9月にプロジェクトのウェブサイトを開設している7)。並行して、同ワーキンググループは、2030年までの斬新で想像力のあるアイデアを盛り込んだ望まれる未来のシナリオを作ることを目的として、研究機関、企業、市民団体から個別に代表者の参加を促し、委員長を産業界及びアカデミアから1名ずつ選出した(6テーマに各2名の12名の委員長)。委員長のもとには、専門家10名による作業グループを設置し、テーマごとにワークショップを開催した。また、七つの大学都市において、閣僚先導で討論会が開催され、地域の意見や若者の見解が聞かれた。討論会で出された意見等は、各テーマの委員長が集約し、テーマ別の取りまとめ作成に取り入れられていく。さらに、これらの過程を前褐のウェブサイトに公開する形で、広く国民一般との公開討論のプラットフォームを提供している。この、ウェブサイトの運営・管理については、専門家である外部の編集長が、閣僚ワーキンググループから任命されて行った。

③ テーマ別取りまとめ

最後に、各テーマの委員長及び専門家によるグループが、これら専門家と市民のディスカッションに基づいたフォーサイトの結果をまとめ、2013年2月開催のセミナーで発表した。

(2)成果

閣僚ワーキンググループは、上記フォーサイト活動の結果を一つに取りまとめ、当該プロジェクトのウェブサイトで「FORESIGHT2030」として公表した(図表)。

図表 「FORESIGHT2030」

出典:参考文献7(筆者仮訳)

その後、一連のフォーサイト活動の集大成として、閣僚ワーキンググループは、フィンランドの持続可能な成長とより良い暮らしの維持と創造のために解決と機会を提供する未来の方向性の見解を示した政府の報告書を作成した。報告書では、政府のビジョンとして「2030年のフィンランドは意義や価値のある生活で生きるのに適した場所である。フィンランドの専門的技術と経済的成長が、幸福のための基礎を創る。」と示した。

(3)今後の予定

2016年3月、PMOは、次のフォーサイトのテーマを「変革と仕事の未来」とすると発表した。これをまとめる報告書は二つのパートの構成が予定されており、最初のパートで「2036年に仕事や働き方がどのようになっているかの理解を共有すること」について2017年に報告し、二つ目のパートで「フィンランド社会において仕事の体系的な変化やインパクトに対しての能力強化」について2018年に報告することが予定されている8)

3. フォーサイト活動に関する日本とフィンランドの協力

我が国においては、当研究所がフォーサイトを実施している。1971年に技術予測調査として開始し、その後、5年ごとに調査を行い、2015年調査まで、約45年の実績を有する。特に、直近の第10回科学技術予測では、まず、将来社会のビジョンを検討し、次にビジョンの実現に向けた分野別科学技術予測をデルファイ調査により実施し、これらの結果を踏まえ、最後に将来社会の構築に向けた道筋を示すシナリオプランニングを行い、国際的観点から統合したシナリオを作成した。

当研究所では、以前より、フィンランドのフォーサイト活動に注目しており、2007年10月~2008年3月には、日本とフィンランドで、フォーサイトにおける複数の予測手法の組合せを検討する共同研究を行った9)。最近では、フィンランドの「FORESIGHT2030」においてステークホルダーをどのようにフォーサイト活動に参画させたのか、フォーサイトの実施に当たっての考え方、実施体制などの情報交換を行い、日本とフィンランドのフォーサイトの共通点や相違点の比較等から新たな知見を得ることを目的として、2017年1月19日に、駐日フィンランド大使館科学技術イノベーション担当参事官のTeppo Turkki氏を当研究所に招いてフォーサイトセミナーを開催した。

Turkki氏からは、「Finnish Innovation and Foresight System」と題し、フィンランドフォーサイトは、デザイン・シンキング(デザインコンサルタント会社IDEOやスタンフォード大学が提唱した組織、製品、サービスの開発をつなげていく過程を理解するための実践的なアプローチ)を導入し、ステークホルダーとの対話や市民のエンパワーメントを促し、参加型のフォーサイトを進めてきたことの説明があった。また、フィンランドでは、国としてのフォーサイト、地方のフォーサイト(19地域)、市のフォーサイト(317都市)のコーディネーションをPMOとフィンランド国立研究開発基金(Sitra)が行っており、研究機関、民間企業、第3セクター、市民の参加もネットワーク化している。このように有機的に結び付いたエコシステムが、フィンランドでは醸成されてきていること、フィンランド政府は、これらのネットワークの柔軟性と機能性をもって、フォーサイトへの多様な参画を迅速に進めていく戦略を取っていることが紹介された。

その後、同月23日にフィンランド教育文化省アニタ・レヒコイネン事務次官が、文部科学省の戸谷事務次官を表敬された際にも、当研究所で開催されたフォーサイトセミナーに言及があり、日本とフィンランドの科学技術関係を更に深化することの重要性が述べられた。

2017年1月23日表敬訪問

右端から戸谷事務次官、赤池科学技術予測センター長、山田科学技術・学術政策局政策課企画官、Turkki参事官、Vuorentoフィンランド教育文化省シニアアドバイザー、Kosunenフィンランド教育文化省局長、ユッカ・シウコサーリ駐日フィンランド大使、アニタ・レヒコイネンフィンランド教育文化省事務次官、Mannilaフィンランドアカデミー会長

今後、6月には、当研究所からフィンランドを訪問し、同国で開催されるフォーサイト関連の国際会議に出席するとともに、フォーサイトを中心に更なる意見交換を行うことを計画している。

日本とフィンランドは、共に急速に高齢化社会を迎えることで共通した課題もあり、フォーサイトにおいても、両国間が情報交換をはじめとする協力を進めることは有意義と思われる。

参考文献

1)フィンランド共和国(Republic of Finland)基礎データ 外務省HP
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/fi nland/data.html

2)Forbes Japan 3月,株式会社プレジデント社,2017,pp48-53.

3)グローバル・イノベーション・インデックス2016
http://www.wipo.int/export/sites/www/pressroom/en/documents/gii_2016_pr-793-j.pdf

4)第6回予測国際会議「フィンランドにおける予測活動:参画者、関係性、政策立案へのインパクト」Dr. Toni Ahlqvist(国立技術研究センター VTT)発表資料,2015年
http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/1-3_Ahlqvist.pdf

5)未来に関する政府の報告書:持続可能な成長による幸福,Prime Minister’s Office(PMO),2013年
http://vnk.fi/en/government-report-on-the-future

6)科学技術振興機構報 第1094号,2015年3月 http://www.jst.go.jp/pr/info/info1094/

7)フィンランドの予測活動 FORESIGHT2030 http://tulevaisuus.2030.fi/en/

8)フィンランド政府のホームページ http://vnk.fi/en/government-report-on-the-future

9)複数手法の統合による新しい予測調査の試み,POLICY STUDY No.13,科学技術政策研究所 科学技術動向研究センター,2008年11月 http://hdl.handle.net/11035/725