STI Hz Vol.3, No.1, Part.6:(特別インタビュー)情報通信研究機構 土井 美和子 監事インタビュー 産学連携とオープンサイエンスのこれまでとこれからSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00067
  • 公開日: 2017.3.25
  • 著者: 赤池 伸一、犬塚 隆志、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
情報通信研究機構 土井 美和子 監事インタビュー
産学連携とオープンサイエンスのこれまでとこれから

聞き手:科学技術予測センター長 赤池 伸一
第2調査研究グループ 総括上席研究官 犬塚 隆志
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘

 第5期科学技術基本計画でSociety 5.0がうたわれ、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新たな社会への変革が予見される中、その変革を先導する科学技術・イノベーションの創出を目指して、行政だけではなく企業、研究機関等に属する専門家、市民、それぞれの意識改革による政策形成の促進や多様な関係者間での連携が模索されている。また産学連携に寄せる期待も大きい。これまでにSTI Horizon誌では、五神東京大学総長に大学改革と新たな産学連携の可能性について伺い注1、「産学連携のHorizon」注2では学術論文や特許権の社会貢献と活用について述べ、「オープンイノベーションのHorizon」注3では大学と企業との共同研究を促進する仕組みについて報告してきた。

 今回は、産学連携の具体例やオープンサイエンス推進の観点から、企業で長年にわたって実サービスに紐付いた研究開発に従事してきた経験に基づいて産学の連携強化を積極的に推進している土井美和子氏にお話を伺い、変革の時期を迎えている科学技術・イノベーション政策の具体的方策を探った。

 

土井 美和子
1979年東京大学工学系修士課程修了。2002年博士(工学)。1979年東京芝浦電気株式会社(現 (株)東芝)総合研究所(現 研究開発センター)入社。以来、35年以上にわたり、「ヒューマンインタフェース」を専門分野とし、日本語ワープロ、機械翻訳、電子出版、CG、VR、道案内サービス、ウェアラブルコンピュータ、ネットワークロボットの研究開発に従事。2014年より情報通信研究機構(NICT)監事。

- 土井先生が長年携わっておられるヒューマンインタフェースの研究の中で、特に大切にしてきたことや信念をお聞かせください。

研究を行うに当たってニーズから開発を行うことを大切にしてきました。また、データを蓄積する重要性にも注意を払っています。例えば私は1980年代からコンピュータの発展とともに、日本語ワープロ注4の入力系やコンピュータグラフィックス(CG)、ウェアラブルデバイス用のアプリケーションの開発などに取り組んできましたが、これらの開発事例から幾つかのエピソードが挙げられます。

振り返ると、1980年代頃の東芝を含む民間企業の研究開発は、ニーズ指向ではなくシーズ指向で進められていました。例えば機械翻訳、音声認識、文字認識(OCR)、画像認識がそれに当たります。そのような中、私自身はニーズ指向を貫いていました。

東芝が世界初の日本語ワープロを発表したのが1978年です。ところが当時は下書きを別に作ってから改めてワープロに文章を入力していたのです。そこで私は文章入力を簡単に、もっと便利にしたいという自分自身のニーズ・思いから、画面で直接文書を作成する技術を開発しました。

その後、CGを用いた原子力発電所のオペレーションのシミュレーションシステムにも取り組みました。このプロジェクトは大規模なものでしたので、関係者も多く、現場に足を運ぶ必要があって、これも良い経験になりました。現場に足を運んで分かったことは、ユーザーにはお金を出してくれるユーザー(オーナー)と実際にオペレーションを行うエンドユーザーという2種類のユーザーがいて、最終的に満足できるサービスを実現するためには、それらの双方とコミュニケーションを取り、双方のニーズを理解することが必要だということです。結果的に研究者、技術者とCGを応用したシミュレーションシステムを完成させるとともに、CG技術自体についても研究開発を進めることができました。現場の声・ニーズをシステムに取り込む中で、研究は一対一(単純なシーズとニーズの提示)で行うのではなく多対多(技術者及び研究者とユーザー(オーナー)及びエンドユーザーなど立場の多様性や、ニーズ・シーズの多様性)を意識すべきであるということに気付いたのが成功の要因だったと思います。

また、ウェアラブル・モバイルデバイスの領域では、ダイエットと道案内のサービス開発にも携わりました。ダイエットや道案内をテーマに選んだのは、単に仕事のためだけのサービスよりも、生活を便利に・楽しくするためのサービス、日常の生活場面で生じるニーズに密着したサービスの方を作りたいと考えたからです。ダイエットについては、LifeMinderTM という今でいうスマートウォッチに当たるデバイスとアプリケーションを開発しました。道案内については駅探というパソコン向けのサービスを携帯電話に展開しました。スマートフォンがないどころか、携帯電話自体もハードウェアやサービス、普及など様々な面で発達段階だった1990年代、携帯電話では画像が扱いにくかったので、情報をテキスト化するところに苦労しました。ウェアラブル・モバイルデバイスに関する研究を通じて分かったことは、電車の時刻表や地図など、蓄えられ、整えられた「データ」があってこそ、初めてニーズに対応したサービス開発が進められるということで、データの蓄積は非常に大切だと認識しました。

このように、苦労はありましたが、ニーズありきで考えてきたことやデータ蓄積を重視してきたことで、時代を先取りしていたという自負はあります。

現在、私は科学技術振興機構(JST)が推進するCOI(Center of Innovation)プログラムで研究アドバイザーを務めていますが、このプログラムでも“社会のニーズから開発を進める”バックキャスティング注5志向を強化することに注力しています。

- 2016年1月に発表された第5期科学技術基本計画でもSociety 5.0などサイバー社会と現実社会の融合が起きていることを踏まえて科学技術・イノベーション政策の必要性が示されています。先生は1980年代から既にこの流れに沿った開発を行っていたわけですが、研究開発方針に関して当時と現在の大きな違いはありますでしょうか。

東芝時代に、オープンラボ形式で研究を行ったときにすでに認識していたデータの重要性が、現在、局所的な認識から全般的な認識に広まってきているのが新しい傾向です。しかも、データをただ集めるだけではなく、本当に使える形式に整理して蓄積することが重要であることが認識されてきました。

2002年から2003年頃に実施した東芝とNICTとの共同研究で、生活行動のモニタリング用に種々のセンサーを家電をはじめあちらこちらに埋め込んだ住宅を使ってデータ収集を行ったことがあります。今でいうIoT(Internet of Things:モノのインターネット)ですね。ところが当時は多数のセンサーを使うと機器間で干渉が起こってしまい、正確なデータを取ることができませんでした。つまり、データが欲しいからといって単純にセンサーを多く設置すればよいということではないことが分かりました。また、当時は記録媒体の容量にも問題があって、収集したデータを蓄積することの難しさも経験しました。一方で、先ほどお話したウェアラブルデバイスの経験もあって、蓄積することの重要さも痛感していたわけです。それらの経験から、難しいと言ってあきらめずに地道にデータ取得を続け、取得したデータをいつでも使えるように維持・メンテナンスをすること、後々誰でも使えるようにすることが重要だということを認識しました。

関連して、国のプロジェクトで取得した貴重なデータが、プロジェクト終了とともに(予算の停止に伴いインフラの維持管理コストがまかなえなくなることから)使えなくなるという事例も見聞きしているところではありますが、このような状態は改善すべきです。例えば現在もIoT関連の研究で取得したデータがたくさんあると思います。これらのデータを資産として残し、新しいデータと組み合わせて別の成果を生み出せるよう、データアーカイブと維持に適したインフラを作るべきだと考えます。Googleでは豊富な資金力を背景に着実にインフラ整備を進めています。一方、大学の研究者にはこのようなインフラを整備する予算はありませんし、仮に整備しても、業績として評価されないため、研究者としてのキャリアの形成に悪影響を与えてしまうのが現状です。論文以外の業績評価についても考慮する評価システムを構築すべきだと考えます。

- 日本で生まれた科学技術を世界展開するに当たって、課題はどのような部分にありそうでしょうか。

日本は規制が厳しく、各種規制への対応にコストがかかることが課題です。先ほど紹介したLifeMinderTMの開発では、睡眠計測できるということで家電の部署で事業化することになりました。しかし医療機器となるため、たとえ家電であっても、医薬品医療機器等法(旧称 薬事法)の許可が必要であり、許可のために想定以上のコストがかかってしまいました。その結果、一般消費者用では採算が合わなくなり、保険適用も可能な医療機関向けに販売することになりました。

さらにこの事例とは関係のない一般論ですが、これらの規制という問題に関連して、法的な意味での規制に閉じない問題もあります。特に日本の大企業では、全体の売上げに貢献していない小さな分野であっても、何か問題が見付かったら、同じ会社の他の事業にまで悪影響を及ぼしかねない。そこで、企業イメージ保持のため、法的な規制に加えて自己規制も強めて、事業を始めることに慎重になります。このように、事業化に際して主に法的な規制が立ちはだかり、さらにそれらが波及して心理的な障壁まで形成していることが日本の場合多いように思います。

一方、外国ではオプトアウトが基本姿勢なので、とにかく始めてみて、事業としてうまく行く見込みがついてから規制等に対応することを考えることが可能です。特に海外のベンチャーでは、スタート時の動機に投資家が興味を持てば、事業として研究を始めることができます。

こういった状況を見てみますと、個人的には、日本だけで実現を目指すよりは、海外企業との協力体制を活用すべきだと思います。そして、海外で実装への具体的活動を進めるときに日本の大企業が先に述べたような理由で協力を躊躇するのであれば、現地の人材や組織をベンチャーとして分けておき、新規開発と事業化に成功してからその利益をシェアするという方法も良いと思います。

大企業とベンチャーの連携の形として、最近では、コーポレートタイプのベンチャーキャピタルができ始めており、大企業のニーズに資するベンチャーへの投資が動き出してきています。過去に中小企業と組む際に、中小企業向けのファンドをもらって東芝とは切り離して始め、東芝からは技術を提供するといった経験もあります。国のプロジェクトでも社会実装を目指しているものがありますが、これらの背景から、知財を基幹とした研究開発型大学等発ベンチャーの役割も重要だと思います。

- 第5期科学技術基本計画にオープンサイエンスが明記されました。日本学術会議でのオープンサイエンスに関する提言はどういった経緯でまとまったのでしょうか。

私は分野的な近さという背景もあって、この提言の元となる「学術の観点から科学技術基本計画のあり方を考える委員会」の委員長を務めました。この委員会は毎月開催され、そこには多くの専門家の先生をお招きしてオープンサイエンス関連のお話を伺いました。関連して、この委員会は学術会議の第三部が中心ではありましたが、その枠に縛られず第一部の先生にも委員として加わっていただき、学際的に進めることができたのが面白かったです。また、既に日本学術会議で研究データの10年間保管義務を打ち出していたこともあり、蓄積したデータを死蔵することを避け、利活用を促進するために何をすべきかを議論しました。その議論の中で、委員で国立情報学研究所所長の喜連川先生からの示唆もあり、研究者からみて自分のデータをいつ、どこに、どのように記録して、いつ、どのような条件(ライセンス)で世の中に出すかを容易に制御できる、というデータ提供と、公開されたデータはそれを利用したい人が、容易に検索して見付けることができ、かつライセンスなどの問題も明確な状態でデータの利用ができる、というデータ利活用との両面がなるべく簡便にできるようになる仕組みを作るという研究データ基盤整備の提案につながりました。

ヒューマンインタフェースの研究分野では、ユースケースが全てで、開発者や研究者が自ら利用のイメージを語れるか、ビジョンを示せるかどうかが重要です。日本学術会議のオープンサイエンス部会の活動でもそれを意識した結果、オープンサイエンスがどういう形で世の中に受け入れられ、研究者に使われていくかを具体的にイメージするところまで議論を進めることができ、科学技術基本計画への提言ができました。さらに、2016年5月のG7科学技術大臣会合後のWGなどの議論に合わせて英語版を作成・展開できました。

提言では、公開の範囲について、非公開、限定した範囲で公開、公開といったレベルを設定しています。無理して公開しても、コミュニティ以外で使う人がいない可能性もありますし、公開に消極的なコミュニティに無理に公開を強制するものではないことを周知し、公開の範囲をコミュニティが選べるように配慮しました。

取得データの使い道、いわゆる出口を見ている人、利用者にデータを届ける人のニーズを踏まえて、データ利用を希望する研究者が簡単に公開データを検索でき、そのデータに関する問合せができるよう、データアクセスの一気通貫の環境を作り上げることが重要です。また、データを提供する側も、プライバシー保護や輸出管理等の共通的な事項について配慮する必要があります。このような共通的な事項は共通のルールで一括して対処すれば、マンパワーが限られる大学等個々の機関も安心してデータを提供できます。そうなれば、データを求める側、データを出す側の間をデータが動いていくという非常にシンプルな流れができ、この流れが科学技術・イノベーションを生み出しやすくなると考えています。

- 土井先生は35年間にわたる民間企業での研究生活を経て、2014年にNICTという公的機関に移られました。現在のNICTでの研究生活と、以前の企業での研究を比較して御意見をお聞かせください。

一番大きな違いは、裁量権です。民間ではお金と人事はトップマネジメントで制御できるのですが、公的機関ではそれが制御しにくい。また最近話題になっている運営費交付金の削減と研究定員削減の問題も危惧しています。大学や公的研究機関では、定年により退職した研究者の枠が削減され、新規研究者が補充されない傾向があり、若手の優秀な研究者を良い待遇で採用しづらい状況です。この状況が続くと研究人材が不足し、科学界自体が疲弊することになることが予想されます。結局国全体の資金が不足していることが原因と考えられますが、これを解決するには、公的研究機関でも何らかの事業活動で利益を得ることを許すというアイデアはいかがでしょうか。民間のように稼ぐ必要はないと思いますが、運営費交付金が毎年1%ずつ減っていく昨今、減った分は自己努力で稼ぐという姿勢はあってよいと思います。海外の大学は民間的な運営で、教授も経営者であり、研究もするしお金も取ってきます。日本も運営費交付金よりも競争的資金の獲得が重視され、研究者は研究だけをしていればよい時代から大きく変わりつつありますが、それならば企業から寄附を集めるなどして、より安定的に研究室を経営する努力が重要です。その意味では、日本は大学を含む公的研究機関が寄附を集めにくいところが課題だと思います。寄附を含めて税制が優遇されれば、研究開発に投資したいと思う企業は増えると思います。そのための企業から寄附しやすい制度設計が重要です。

もう一つ思うのは、知財戦略です。国のプロジェクトや大学、公的研究機関でも昨今では特許の取得が推奨されています。しかし、せっかく特許を取得しても、それをそのまま維持するだけでは、無駄に維持コストがかかるだけでもったいないです。素早く、海外にライセンスすればよいと思います。

- 最後に多様な人材の活用を推進する社会の実現に向けて、今後の課題を教えてください。

最近、フレックスタイム、サテライトオフィス、遠隔会議システムの導入などによって、ワークスタイルの多様化が進んでいると思います。ただし、育児の負担が大きいのは変わらず、長期出張や海外対応を考慮するとまだまだ改善が必要と思います。また、多様性を認めるトップの考え方が重要だと考えています。トップの方針としてメッセージが出れば組織は変わります。海外の大学だと女性が学長になることも多く、経営が得意であれば、性別や人種を問わず雇える柔軟さがこれからもっと求められると思います。

また、高齢社会になり、育児だけでなく介護にも関与が増えると思います。在宅勤務を有効活用し、男性も女性も育児や介護など家族のケアと仕事とを両立できる社会状況を期待しています。総じて、いろいろな世代が社会とのつながりが生まれる仕組み作りが必要で、女性だけでなく男性側の働き方や経営者の考え方も変わっていくことが重要です。

インタビューを終えて

土井氏は、「誰かがやったものをうまく利用し、あるものは使ってコーディネートし、最後に使えるようにする」ことが得意なのだという。土井氏はオープンサイエンスや科学技術・イノベーション政策の議論で重要視されている「デザイン力」や「コミュニケーション力」の強化に取り組んでいる。ユーザーのニーズありきの開発、データを重要視し利益を意識する民間感覚を持ち合わせた工学系研究者としての姿勢が印象的であった。

構成・編集 科学技術予測センター 矢野 幸子


注1 STI Horizon 2016. Vol.2 No.1, 3-9 http://doi.org/10.15108/stih.00010

注2 STI Horizon 2015. Vol.1 No.1, 18-28 http://doi.org/10.15108/stih.00006

注3 STI Horizon 2016. Vol.2 No.4, 60-65 http://doi.org/10.15108/stih.00061

注4 ワードプロセッサ。イメージ的には文書作成に特化したPC、タイプライターの電子版のようなもの。

注5 バックキャスト型研究開発とは、研究から生まれるシーズから実用化を発想する「フロントキャスト」型ではなく、社会のあるべき姿を出発点として取り組むべき研究開発課題を設定することである。http://www.jst.go.jp/coi/