STI Hz Vol.3, No.1, Part.1:(レポート)オープンイノベーションのHorizon(後編)STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00062
  • 公開日: 2016.12.20
  • 著者: 新村 和久
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
オープンイノベーションのHorizon(後編)
-戦略的提携型オープンイノベーションに対する大学の取組-

第2調査研究グループ 上席研究官 新村 和久

概 要

 現在、大学等において企業等との共同研究・受託研究等が促進される仕組みの整備・強化が求められており、大学では関係規程の整備や国の施策としてのコンソーシアム型の産学官連携が進められている。しかし、オープンイノベーションの主体は企業であり、企業がどのような目的でオープンイノベーションの提携相手として大学を捉えているかにより、大学としての産学連携への取り組み方が異なると考えられる。そこで、オープンイノベーションを自由参加のコンソーシアム型と戦略的提携型の2種類に分類し、戦略的提携型を知識の流れる方向により、更に技術探索型(インバウンド型)と技術提供型(アウトバウンド型)に分類する定義を用いて、国内での大学が関わるオープンイノベーションの最新動向について洞察を行った。

 その結果、前編において、コンソーシアム型では、共創の場を構築するためには、非競争領域と競争領域を明確化し、企業間の緩やかな連携促進と開発競争参加へのインセンティブの付与の仕組みが重要であること、本後編において、技術探索型では、企業ニーズに対して種々のアプローチがあり、国内技術シーズの活用余地が潜在的に高いこと、技術提供型においては、文系産学連携を例に、企業のシーズを活用した事業創出の可能性があること、など企業のオープンイノベーションのアプローチによって大学や研究機関の関わり方は大きく異なることが明らかとなった。

キーワード:オープンイノベーション,ユーザーイノベーション,産学連携,知的財産権,
戦略的提携型

1. はじめに

現在我が国では、組織内外の新たな発想や知識・技術を活用するオープンイノベーション1)の推進によってイノベーション力を高めることに期待が持たれている2)

前編において、このオープンイノベーションの概念と複数の定義を提示し、本レポートでは大学等の関与に着目した分析を行うため、コンソーシアム型と個別の産学連携の分離が可能な株式会社ナインシグマ・ジャパンの提唱する、自由参加のコンソーシアム型と戦略的提携型の2種類に分類し、戦略的提携型を知識の流れる方向により、更に技術探索型(インバウンド型)と技術提供型(アウトバウンド型)に分類する定義3、4)(図表1)を採用した。

図表1 オープンイノベーションの定義

出典:参考文献3

さらに、コンソーシアム型オープンイノベーションについて、企業の動機付けの観点から、大学がどのように企業のオープンイノベーションの提携相手として関与すべきかについて考察を行い、コンソーシアム型においては、共創の場を構築するためには、非競争領域と競争領域を明確化し、企業間の緩やかな連携促進と開発競争参加へのインセンティブの付与の仕組みが重要であること、大学におけるライセンス収入の最大化の指向は企業誘引の阻害要因となり得ること、大学における組織レベルでのマネジメント体制構築や共同研究等の制度の整備が重要であること、などを明らかとした5)

後編では、戦略的提携型である技術探索型(インバウンド型)と技術提供型(アウトバウンド型)について、日本国内での特徴的な取組の紹介と、それらに応じた大学の関与に焦点を当てて言及する。

2. 技術探索型(インバウンド型)オープンイノベーション

2-1 海外事例

オープンイノベーションの戦略的提携型の事例としては、企業が知識を取り入れるインバウンド型として、イーライリリーの社内ベンチャーとして始まった「イノセンティブ」や、P&G が運営する「Connect +Develop」が、課題解決募集型の事例としてよく知られている。近年では、多くの企業がビジネスアイデアやスタートアップピッチの公募型コンペを行うなど、最も活発に行われているのがこの類型と言える。

また、このシーズとニーズのマッチングに対しては、ニーズを保有する側が自社動向を把握されたくないために情報を開示しにくいことが一般的に知られている6、7)

この課題解決を目的に誕生したのが先述のイノセンティブ社やナインシグマ社のようなオープンイノベーションを仲介する企業となる。先述の秘密漏洩の観点に加え、企業は世界中から自社ニーズに最も適したシーズを探したい動機付けがあるが、常に世界中のシーズ情報を探すことは容易ではない。そこで、イノセンティブ社であれば、登録された世界中の研究者に対して依頼元の企業が研究開発のクラウドソーシングが可能な仲介サービスを、ナインシグマ社であれば、企業のニーズを第三者として得ると同時に、世界中のシーズ情報を集め、当該企業のニーズに最も適したシーズ情報の探索を代行することで仲介を行う。ここで重要な点は、企業のニーズに対してシーズ提供側が応募するという形式となる点である。したがって、シーズ提供側がいかに優れた技術、アイデアを所有していても、企業のニーズに合致しなければ採用されない。

また、株式会社ナインシグマ・ジャパンの諏訪氏によれば、世界中のシーズに対して企業のニーズの方が圧倒的に少なく(実感としてシーズ数十万件に対してニーズ数百件程度とのこと)、今までのマッチング事例の追跡調査の結果、成功要因としては、技術探索を行う企業にとって、技術導入の目的や技術の種類は関係なく、実施するテーマの社内での重要度・優先度が圧倒的に重要であったとの結果が得られている(図表2)。

図表2 成功率の高い探索型オープンイノベーションのテーマ

出典:参考文献3
2-2 大学との関連

一方で、大学のシーズのマッチング率という観点では、株式会社ナインシグマ・ジャパンの星野氏の分析では、日本の大学や研究機関の選考突破率は他国に比べて高いものの応募数が少ないとのデータが得られている(図表3、4)。

図表3 技術ニーズに対する提案件数の比較(フラウンホーファーvs. 産総研)

出典:参考文献3

図表4 技術ニーズに対する提案件数と採択率の比較
(国内主要大学vs. 米国主要大学;2007~2013年)

出典:参考文献3

この点は、日本の大学や研究機関の取組として、シーズの発信強化の重要性が示唆される。

また、シーズ提供側の協力関係構築により、企業ニーズへの適合性を高めるアプローチも有効と考える。例えば、参加地方銀行が地元の大学、研究機関、中小企業の保有している特許情報を三菱総合研究所との提携により評価し、さらに銀行間で情報を共有する取組が、TSUBASA(翼)プロジェクトの知財活用分野の連携として行われている8)。このプロジェクトは銀行の基幹系システムや各種サブシステムの共同化を目的に2008年3月に千葉銀行、第四銀行、中国銀行、伊予銀行、北國銀行の5行で開始し、2016年現在7行が参加するプロジェクトであるが、システムの共同のみならず上述の知財活用分野の連携など様々な連携を図っている。

本来的な目的は、地域をまたいだ既存事業の拡大、新規事業の創出支援、融資の際の審査材料であるが、大学や研究機関のシーズのデューディリジェンスを行うことは、客観的なシーズの質の担保や、シーズの活用可能性(論文、特許では研究や技術の新しさしか伝わりにくい)につながり得ると考えられる。また、医薬のような特殊分野を除き、1製品を構成する特許権は多数存在するため、複数シーズを組み合わせたパッケージ型とすることで企業ニーズに合致する可能性も有すると考える。

上述のようにシーズとニーズの需給関係を考慮すると、シーズ提供側の観点としては、どれだけ企業ニーズ情報を得られるかが重要となる。

この方法としては、ナインシグマ社のように世界中のクライアント企業のニーズ情報を有する仲介企業の活用は、特に大きな事業性を有する技術開発へのシーズ提供にとって有用であろう。その他の仲介企業としては、国内を中心に事業を展開するリンカーズ株式会社がある(現在は海外展開も活発に実施している)。

リンカーズ株式会社のケースでは、日本全国に配置される産学官連携コーディネーターと守秘義務を結び、クライアント企業等のニーズ情報を共有することで、コーディネーターの所属する地域のシーズ情報とのマッチングを実現している。地域中小企業のものづくり技術の活用に親和性が高いほか、大学や研究機関のシーズとのマッチングにも適していると考えられる。特に産学官連携コーディネーターは2001年度より文部科学省支援により人員が着実に増加しつつあり(2013年3月1,300人程度)9)、コーディネーターにとっての自身のコーディネート業務の効率を高めるための選択肢としても期待が持たれる。

3. 技術提供型(アウトバウンド)オープンイノベーション

3-1 国内事例

アウトバウンド型としては、ライセンスアウト、カーブアウトベンチャー、特許開放などが該当するが、実際の企業における取組においてはアウトバウンド型のオープンイノベーション活動はインバウンド型に比べて相対的に活発ではないことが知られている1)。チェスブロウ博士によれば、これは社内ビジネス部門が知識アイデアの外部化が自社を脅かすことを懸念するNSH(Not sold here)アレルギーによるものと言及されている1)

NSHアレルギーの克服例としてはIBM社による半導体製造技術のライセンスによる開放が挙げられる。これは自社製造設備の能力を最大限活用すると同時に、自社技術を搭載したチップのシェアを上げることにつながり、かつライセンスにより2001年に19億ドルのロイヤルティを受け取ることに成功している1)

この半導体分野でのIBM社のアウトバウンド型オープンイノベーションでは、既に市場が形成されている分野での取組であるが、近年の国内事例では、ハッカソンを起点とする新たな事業の創出を目的としたイノベート・ハブ九州の主催や、スタートアップと大企業のマッチング促進のためのIBMBlueHubを実施し、それらのプログラムにおいて自社技術のIBM Watson API等の提供を行う新事業創出型のアウトバウンド型のオープンイノベーションにも取り組んでいる。

また、特許開放による新技術普及では、情報技術分野のオープンソース以外にも、近年では、トヨタ自動車による燃料電池、テスラモーターズによる電気自動車の特許開放の試みが行われるなど、情報通信分野以外での動きも観察される。

また、イノベーションの対象がサービス領域に拡張してきたことを受け、消費者を巻き込むユーザーイノベーションが普及してきている。ユーザーイノベーションとはエリック・フォン・ヒッペル教授により提唱された概念であり、ユーザーが直面する課題に対して、自らの利用のために製品やサービスを創造や改良することを意味する。

具体的な事例としては、レゴ社はLEGO Ideassiteを開設し、自社製品の活用について世界中からアイデアを募集し、ユーザーが投稿可能なプラットフォームを構築することで、社外のリソース活用による自社製品の更なる普及を実現している。

国内でも、ソニー株式会社のクラウドファンディングとEコマースの機能を持つ「First Flight」など、ユーザーの視点を取り入れての製品開発の仕組みや、富士通株式会社による多様なプレイヤーが交わるプラットフォーム構築によって身近な社会課題解決を目指す「あしたのコミュニティーラボ」など、ユーザーとの共創型のアプローチが普及しつつある。

3-2 大学との関連

この共創型のアプローチにおいて、大学の知が積極的に活用されたケースとして、富士通株式会社の開放特許を活用したビジネスアイデア創出が挙げられる。富士通株式会社は数万件の特許を保有しているが、そのうち大企業にとっての市場性等の観点から自社で活用されない特許も少なくない。

この未活用の特許を開放し、他者へのライセンスによる有効活用を図っているが、その中でも大学との連携に注目が集まっている。

具体的には文系の大学生が具体的な特許技術活用のアイデアを発案し、そのアイデアとともに特許技術を中小企業に示すことで、マッチング率を高める方式をとっている。

これを企画した吾妻氏によれば、「文系の学生を対象とする点は、本企画において重要な点はビジネスプランであり、出口戦略を考えること。文系の学生は損益計算書も貸借対照表も分かる。さらに96時間を単位として使って中小企業に行ってのディスカッションの実施や、優秀なチームは自らアンケートをとって市場性を調べたりもする(理系であれば研究室での実験があり時間制約的に難しいと考えられる)」。とのことであり、大企業のシーズを取り入れた大学の知の活用という点で、ユーザーイノベーションに近い新たな産学連携の形と言える。

また、中小企業等とのマッチングにおいては、「マッチングイベント開始前の水面下において、ライセンシー企業だけでなく、自治体、金融機関などと細かな点まで話を進めておいて、当日にライセンスを受けてくれる会社がいるという段階にしておくことが重要(図表5)」10)とのことであり、これは産学連携におけるマッチングでも同様と言えよう。

図表5 マッチングイベント水面下の活動の重要性

さらに大学が主体となる事例としては、先述のリンカーズ株式会社の活用事例において、大学がシーズの提供側ではなく、ニーズ保有者としてシーズを探すマッチングの成功事例も存在する。

東京藝術大学は、科学技術振興機構が実施する10年後の目指すべき社会像を見据えたビジョン主導型のチャレンジング・ハイリスクな研究開発を支援するプログラムである、センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの採択を受け、「「感動」を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベーション」の実現を目指している11)

このプロジェクトにおいて、文化財複製や映像コンテンツの制作技術を有するものの、それを実装するものづくり技術の調達必要性があった東京藝術大学は、マッチングシステムを用いて移動美術館向け空間ディスプレーカーの試作を株式会社ロッソへ依頼した(図表6)12)

図表6 東京藝術大学を依頼主とする移動美術館向け空間ディスプレーメーカーの探索

このように、大学は必ずしも技術シーズの提供側だけでなく、概念実証を行うためのニーズ保有者としての立場にもなり得る。近年、イノベーションの種類が多様化しているように、特にサービス分野においてはものづくり力を自前で備えることは必須ではなく、産学連携においても、大学側からの企業へのシーズの提供というリニアな方向性だけではなく、研究領域によって多用な形を形成し得ると考える。

また、概念立証のための試作品の依頼先が見付かりやすくなることは、社会実装に近い段階までの到達を意味し、企業へのライセンスだけでなく、研究者が自ら創業する大学等発ベンチャーの創出増加への効果も期待されるであろう。

4. まとめ

近年の企業が推進するオープンイノベーションの対象の変遷をカテゴリに分類して俯瞰し、企業のオープンイノベーションの目的を踏まえた、大学や研究機関の組織マネジメントや特徴的な取組について言及した。前編において、コンソーシアム型では、共創の場を構築するためには、非競争領域と競争領域を明確化し、企業間の緩やかな連携促進と開発競争参加へのインセンティブの付与の仕組みが重要であること、本後編において、技術探索型では、企業ニーズに対して種々のアプローチがあり、国内技術シーズの活用余地が潜在的に高いこと、技術提供型においては文系産学連携を例に、企業のシーズを活用した事業創出の可能性があること、など企業のオープンイノベーションのアプローチによって大学や研究機関の関わり方は大きく異なることが明らかとなった(図表7)。

図表7 企業のオープンイノベーションに対する大学や研究機関の特徴的な取組

このため、大学や研究機関が企業との連携を行うに当たっては、一律ではなく、これらの企業の目的、動機付けを踏まえた組織マネジメントが重要となると考える。

謝辞

本稿作成に当たり、インタビューの御協力を頂きました、株式会社ナインシグマ・ジャパン 諏訪 暁彦氏、星野 達也氏、渥美 栄司氏、東京藝術大学 小林 克夫氏、平 諭一郎氏、富士通株式会社 法務コンプライアンス 知的財産本部 ビジネス開発部 吾妻 勝浩氏、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ストラテジーユニット シニアマネージャー 鈴木 健二郎氏、リンカーズ株式会社 坂下 理紗氏、角南 皓祐氏、藤井 彩子氏、長友 理恵氏に深く感謝申し上げます。

参考文献

1)ヘンリー チェスブロウ, 大前 恵一朗(翻訳), OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて, Harvard business school press, 2004

2)内閣府,第5期科学技術基本計画 閣議決定, 2016

3)株式会社ナインシグマ・ジャパン 諏訪氏、星野氏、渥美氏 2015.6.12 NISTEP講演会資料

4)星野 達也, オープン・イノベーションの教科書—社外の技術でビジネスをつくる実践ステップ, 2015

5)新村 和久, オープンイノベーションのHorizon(前編)-コンソーシアム型オープンイノベーションに対する大学の取組-, 文部科学省 科学技術・学術政策研究所, STI Horizon, Vol.2, No.4, 2016:
http://doi.org/10.15108/stih.00061

6)高橋 貞三, 中小企業経営者がみたこれからの産学連携推進(1) -ニーズとシーズのマッチング-, 産学官連携ジャーナル, 2005年10月号

7)経済産業省, 平成23 年度産業技術調査報告書「イノベーション創出に資する我が国企業の中長期的な研究開発に関する実態調査」

8)千葉銀行,知財活用ビジネス支援分野における< TSUBASA(翼)プロジェクト参加行との連携事業>の実施について,ニュースリリース, 2015

9)文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課, 産学官連携コーディネーター、 リサーチ・アドミニストレーターのこれまでの取組と現状について, 科学技術・学術審議会 産業連携・地域支援部会 イノベーション創出機能強化作業部会(第2回)2013/7/23

10)富士通株式会社 吾妻氏 2015.1.22 NISTEP 講演会資料

11)東京藝術大学COI 「感動」を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベーション拠点HP(最終アクセス2016/10/14):http://innovation.geidai.ac.jp/

12)リンカーズ株式会社  坂下氏 2016.2.9 NISTEP 講演会資料