STI Hz Vol.2, No.2, Part.7: (レポート)第10回科学技術予測調査の概要と社会実装に向けた取組-環境・資源・エネルギー分野-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00027
  • 公開日: 2016.06.25
  • 著者: 村田 純一、浦島 邦子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
第10回科学技術予測調査の概要と社会実装に向けた取組
-環境・資源・エネルギー分野-

科学技術予測センター 特別研究員 村田 純一、上席研究官 浦島 邦子

概 要

当研究所が実施した第10回科学技術予測調査によると、環境・資源・エネルギー分野で重要度の高いトピックスは、鉱物資源、水資源、汚染の除去、観測・予測技術など、不確実性、非連続性が高いものは、気候変動、途上国での水の利・活用、鉱物資源の採取・採掘などが挙げられた。また次世代の水素エネルギーの生産・利用に関しての注目度が高く、省エネ技術など我が国のエネルギーマネジメント技術は国際競争力が高い。社会実装に向けては、エネルギー関連では「環境整備」、資源では「資源配分戦略」、環境では「内外の連携・協力」「人材戦略」を要するとの回答が多かった。シナリオの一つ「温暖化問題解決に貢献する、世界をリードする技術開発」では、我が国がリーダーシップを取って推進することが望まれ、その実現にはエネルギーのベストミックスに関する法的支援や社会制度の検討、エネルギーと環境の最適バランスを検討する学会間の連携などが戦略として挙げられた。

こうした予測調査の示す将来像が具現化されるには、政府による研究開発の推進が重要な役割を果たすが、例えば科学技術振興機構(JST)では、戦略的創造研究推進事業「先端的低炭素化技術開発(ALCA)」を実施している。同プログラムにおける各々のテーマと関係の深い第10回科学技術予測調査のトピックスを対比したところ、その多くは2030年までに社会実装する予測結果となった。

2015 年に開催されたCOP21 で採択された「パリ協定」は、先進国から途上国まで全てが参加する初めての温暖化対策に向けた枠組みである。今回の予測調査で示されたような技術が実現され、社会への普及時期が想定より早く実現できれば、経済効果も見込まれ、同時に気候変動に寄与できる。

キーワード:科学技術予測,デルファイ調査,シナリオプランニング,気候変動,ALCA,COP21,パリ協定

1. 第10回科学技術予測調査の概要と社会実装に向けた取組

我が国では、1971年からほぼ5年ごとに科学技術予測調査を実施している。毎回、調査内容はそのときの情勢に合わせて設定される。2014-2015年度に実施した第10回科学技術予測調査は、ビジョン、分野別技術(以下、デルファイ)、シナリオプランニングの3調査で構成した1)

ビジョン調査では、今から30-50年後の社会を様々な方面から検討し、そのときに大きな課題となっているであろう事項について、技術系だけではなく、社会科学系やマスコミの専門家を集めてワークショップ形式で検討した。

デルファイ調査は第1回から毎回実施している、技術を中心とした調査である2)。今回は、8分野トータルで932の技術をトピックスとして設定し、技術実現時期や社会実装年、実現のための施策、不確実性、非連続性、倫理性など10項目について質問した3)

シナリオプランニングは、ビジョン調査とデルファイ調査の結果を基にテーマ設定し、8つの“テーマ別シナリオ”と、全てのテーマを横断して国際的な視点でまとめた“統合シナリオ”を作成した。具体的には2030-50年頃までを考慮し、今後日本が進むべき方向性について、専門家で構成された委員会とヒアリングでの議論を行い、シナリオを作成した。

一方で、JSTは新たな科学的・技術的知見に基づいて温室効果ガス削減に大きな可能性を有する技術の研究開発を競争的環境下で推進し、グリーン・イノベーションの創出につながる研究開発成果を得ることを目指して、戦略的創造研究推進事業「先端的低炭素化技術開発(ALCA)」4)を推進している。

本稿では、第10回科学技術予測調査のうち、環境・資源・エネルギー分野の結果概要を述べ、ALCAでの取組を紹介し、技術・社会実装実現年や、実現のための戦略などを俯瞰し、COP21で締結されたパリ協定に貢献するために、今後我が国が取り組むべき施策について考察する。

2. 環境・資源・エネルギー分野の結果

2-1 本分野で検討した項目

環境・資源・エネルギー分野は、気候変動への対応やエネルギーの生産からリサイクル、水、リスクマネジメント、環境保全や生態系などを検討課題とした。図表1に本分野の細目と注目した技術を示す。

なお、今回の調査では農林水産や材料、社会インフラなどの分野にも、環境や資源、エネルギー分野に関連する内容が含まれている。

図表1 環境・資源・エネルギー分野の細目と注目した技術

2-2 デルファイ調査結果

環境・資源・エネルギー分野は、日常生活から産業を支える基盤の全てに関連し、内容も多岐にわたる。世界人口の増加、産業の発展に伴いエネルギー、資源の需要は増加し、環境への負荷が大きくなることが予想される。持続的な社会の発展を念頭に、科学技術一辺倒ではなく、コンセンサスを得るための基礎データの収集、コミュニケーション技法、制度・法律の整備なども視野に入れトピックスを設定した。なお本調査では、人の身体に直接関係するものは「健康・医療」、農林水産物や個別の生物については「農林水産・食品・バイオテクノロジー」、具体的な個別の機器については「マテリアル・デバイス・プロセス」で扱うなど、関連性を考慮しつつトピックスを各分野に割り振った。

重要度の高いトピックスは、鉱物資源、水資源、汚染の除去、異常気象に関するものであった。特に地球温暖化関連のトピックスが注目された。

環境に関しては、自然災害の減災に寄与すると思われる観測・予測技術や、放射性物質の除染、ウィルスの侵入やテロ対策のための微量物質の迅速検出などのトピックスで重要度が高い結果となった。技術的には2025年頃までに実現し、短期間で社会実装されるとの予測が多い。反面、気候変動の要因は複雑であることから、不確実性、非連続性が高いとの回答が多いことも特徴である。

エネルギーに関しては、大規模プラントでの生産とともに、再生可能エネルギーから次世代の水素エネルギーの生産・利用に関しての重要度が高い。さらに、中・小規模で地域の状況に合わせたエネルギー生産も重要である結果となった。エネルギー消費は、省エネ技術など我が国のエネルギーマネジメント技術の高さを踏まえて、重要度及び国際競争力が高いと認識されている。

資源に関しては、途上国での水の利・活用に関心が高く、鉱物資源の採取・採掘には、不確実性、非連続性が高いとの回答が多かった。

2-2-1 技術実現年と社会実装年

デルファイ調査では、技術の実現年や重要度など10の質問を設定した。図表2は、細目別に技術的実現から社会実装までの期間平均値を示した結果である。「環境解析・予測」が6.4年と最も長く、「水」は2.5年と短い。「環境解析・予測」は、長期的かつ宇宙からの観測なども含むことから国際協力が欠かせないトピックスであり、インフラ整備がキーとなること、一方で「水」のトピックスは技術実現と同時に社会実装につながる内容が多く、よってこのような長・短期の結果となったと判断される。全体的には細目のほとんどが、2025-30年にほぼ実現する結果となった。

図表2 技術的実現から社会実装までの期間

2-2-2 実現に向けた重点施策

図表3には、細目別技術実現及び社会実装に向けた重点施策の回答割合を、図表4には各重点施策別上位の細目をまとめた。この結果からはリスクマネジメントが多くの施策に関連することが示唆された。

図表3 細目別の技術実現、社会実装に向けた重点施策

図表4 技術実現/社会実装に向けた重点施策別上位の細目

2-2-3 重要度と国際競争力の関係

重要度と国際競争力の関係を図表5に示す。重要度と競争力はほぼ相関関係があるが、重要度が高いにもかかわらず、国際競争力が低い「資源」や「エネルギー流通・変換・貯蔵・輸送」への対応は、企業による開発が余り期待できないことから、政府が特に対応すべき研究テーマであることが示唆された。

図表5 重要度と国際競争力の関係

2-3 シナリオプランニング

シナリオプランニングでは、ビジョン調査とデルファイ調査の結果を基に、全8テーマ設定した。まずはテーマ別シナリオを作成したが、「地域資源・農と食」と「レジリエントな社会インフラ」にも環境・資源・エネルギーに関するトピックスが含まれていることから、地球問題解決のための観測・評価技術、環境影響の機構解明などは「レジリエントな社会インフラ」として取り上げた。それぞれのテーマで検討した内容は、「リーダーシップ」「国際協調」「自律」の三つの視点を軸として取りまとめた。ここでは作成したシナリオのうち、リーダーシップが期待される「温暖化問題解決に貢献する、世界をリードする技術開発の推進」について取り上げ、それを実現するためのステークホルダー別の戦略について以下に紹介する。

2-3-1 リーダーシップシナリオ「温暖化問題解決に貢献する、世界をリードする技術開発の
推進」

「2030年、日本はエネルギーのベストミックスに関して世界のリーダー的存在となった。それは資源配分と人材戦略により技術的レベルを維持し、資源配分と内外連携・協力などによって社会の認知、普及に努めた省エネ技術の高度進展によるものである。固定価格買取り制度は、ICTによって最適なバランスがコントロールされたエネルギー供給システムと連動して全国展開されている。

2014年の科学技術予測調査で明示された、技術開発や社会実装における不確実性が高かった宇宙太陽発電システムや核融合発電は、基礎研究と要素技術が進展し、安全確保のためのルール作りと、経済性と雇用の試算が発表され、実現に向けた取組がなされている。

また、高効率電力変換、エネルギー貯蔵・輸送、高エネルギー密度電池、スマートグリッド・分散電源、高断熱材料など、多くの材料関係の技術は日本がリードしている。ハイブリッドシステムの更なる効率化と二次電池性能の向上によって、エネルギー効率が50%の自動車や、一回の充電で航続距離が500km以上の電気自動車が実用化し、世界に普及している。

廃棄されるパソコンやスマホなどからの金などの有価物はほぼ100%資源化されるようになった。レアメタル品位の低い特殊鋼などの使用済み製品からも有用金属を経済的に分離、回収する技術によって、海外からの鉱物資源輸入量は激減した。それでも必要な食料や資源は、CO2排出量を半減及びNOx排出量を 2015年に比べ20%程度に低減したクリーンシップによって輸入され、食料の代わりに日本の高度処理技術によって、農業に使用できる中水を輸出して外貨を獲得している。

またエネルギーや資源を回収可能な下水処理技術は国内ではほぼ100%普及し、こうした資源回収マネジメント技術は途上国でも多く実装され、更なる展開が進められている。そして新興国を中心とした経済発展・都市化が進む海外市場からの収益はますます拡大し、途上国でも実現できる技術やシステム開発は国主導で進められ、これまでの研究蓄積、課題への対処経験を途上国で展開して、日本の存在価値を高めている。

このように、日本のものづくり産業は技術の簡易化やコスト削減への対応などによって競争力を維持し、また温暖化問題解決に貢献する様々な技術開発は実現化が進み、環境とエネルギー関連技術に関して我が国は世界をリードしている。

2011年の東日本大震災がきっかけとなった、放射性物質のモニタリング技術は、日本の原発技術とともに新興国でのCO2削減に寄与する原子力発電の新設に貢献している。大気汚染等や温暖化による激甚気象現象(異常気象)発生機構の解明が進み、防災、減災の計画には人文・社会科学系との連携により、国内だけではなく、海外にも展開可能な統合的手法が広がりを見せている。こうした低炭素社会の実現に向けた、社会経済的な制度構築に関する科学技術面からの検討が功を奏して、IPCC第5次評価報告書に掲げられた2℃目標の達成は、現実的なものに近づいている。特に日本が持つモニタリング技術や、発生メカニズムの解明などといった科学的知見は、気候変動を緩和し、自然災害を低減するための技術や、環境や生態系におけるリスク要因を解明し、避けられない環境の変化への適応に向けた対策にも適用され、世界の環境問題解決に貢献している。」

2-3-2 実現するためのステークホルダー別戦略

ここで図表6に、前述したシナリオ実現のためのステークホルダー別戦略の一例を記載する。

図表6 シナリオ実現のためのステークホルダー別戦略の例

3. ALCAの概要と関連技術

予測調査の示す将来像が具現化されるには、政府による研究開発の推進が重要な役割を果たすが、例えば、JSTは温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない、世界に先駆けた画期的な革新的技術の研究開発を推進する「先端的低炭素化技術開発(ALCA)」を実施している。ALCAのテーマと、それらに関連するデルファイ調査のトピックスの一例を図表7に記載する。同プログラムにおける各々のテーマは、2030年の社会実装を目指しているが、ここで例示した予測調査における関連するトピックスの多くが2025-30年に実現する予測結果が示されている。問題解決に向けた技術の更なる早期実現を目指した研究開発が期待される。

図表7 ALCA研究テーマとデルファイ調査における実現予想年の例

4. 考察と今後の展開-COP21との関連

世界的な気候変動に関する政策の大きな節目として、2015年に開催されたCOP215)は重要な会議であり、京都議定書以降の国際合意である「パリ協定」が新たな枠組みとして全会一致で採択された。パ
リ協定は、世界196の国と地域、先進国から途上国まで全てが参加する初めての枠組みであり、中国とアメリカも温暖化対策を打ち出したことがポイントである。世界平均気温の上昇を2℃以下に抑える目標の設定(1.5℃未満目標の言及)、今世紀後半に人間活動による排出量を実質ゼロにする、先進国から途上国への資金支援を義務づけ、途上国同士でも自主的に支援する、全ての国が削減目標設定と国内対策の実施、5年ごとの目標見直しと目標達成のための適応(温暖化の被害軽減)策の強化目標設定などといった内容が示された6)。しかし、世界各国の合意を優先したために、目標達成は義務ではなく、達成できなかったときの罰則規定がなく、いずれにせよ世界の平均気温は3℃前後上昇してしまうと予測されている。途上国への資金支援についても、これまで以上により効果の高い技術支援が求められているが、実現できるか不透明である。現在実施中のプログラムを考慮すると、長期的な展望を持ちつつ、実用化までの継続的な支援が必要で、経済的にも自立できる途上国の支援の在り方についても見直すべきであろう。

世界各国で再生可能エネルギーの普及が進められてはいるが、原子力発電の停止や化石燃料の使用増加により、CO2排出量は減少するどころか増加している。長期的な視野に基づく電源の選択が必要であり、産業界のみならず、市民レベルでのCO2排出削減に向けた取組も必須である。そのためには、技術開発のみならず、社会全体を俯瞰し、システムとしての最適化を目指した施策を継続的に推進することや、市民科学といったような新しい取組もますます重要となってくる。

先端技術だけが削減に寄与するわけではなく、我が国が持つ送電技術などの既存技術を世界に展開することでも、温室効果ガス削減に貢献でき、そうした技術はたくさん存在する。もちろんエネルギー効率の改善などの推進も、持続可能な未来の構築には重要であり、高齢社会によるエネルギー消費の増加も危惧されることから、ネットワークやICTを活用したスマートシステムの普及も必須である。技術が実現された後、社会への普及がより早く実装されれば、経済効果も見込まれ、同時に気候変動緩和に寄与できる。

参考文献

1)科学技術動向研究センター、「第10回科学技術予測調査 国際的視点からのシナリオプランニング」、
2015年9月:http://hdl.handle.net/11035/3079

2)デルファイ調査検索:http://www.nistep.go.jp/research/scisip/delphisearch/start

3)科学技術動向研究センター、「第10回科学技術予測調査 分野別科学技術予測」、2015年9月:
http://hdl.handle.net/11035/3080

4)戦略的創造研究推進事業「先端的低炭素化技術開発(ALCA)」:
http://www.jst.go.jp/alca/index.html

5)COP21:http://unfccc.int/meetings/paris_nov_2015/meeting/8926.php

6)全国地球温暖化防止推進センター、第21回締約国会議(COP21):
http://www.jccca.org/trend_world/conference_report/cop21/