STI Hz Vol.4, No.3, Part.2:(ほらいずん)月面農場から始まる未来の農業と産業の可能性- NISTEP予測調査とJAXA月面農場ワーキンググループ活動報告速報-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00137
  • 公開日: 2018.08.27
  • 著者: 矢野 幸子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
月面農場から始まる未来の農業と産業の可能性
-NISTEP予測調査とJAXA月面農場ワーキング
グループ活動報告速報-

科学技術予測センター 客員研究官・宇宙航空研究開発機構(JAXA) 主任研究開発員 矢野 幸子

概 要

将来社会の課題が月面農場技術によって解決に向かうかもしれない。科学技術・イノベーション政策において、オープン・イノベーションによる技術革新が期待されており、社会課題の解決が重要視されている。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は将来、人類が月面で定住することを想定し、人類の安全かつ持続的な活動を可能とする月面農場システムの概念検討を開始した。宇宙分野において最先端の農業・バイオ技術を適用して月面農場を概念検討しようという試みは世界的に見ても新しく、少子高齢に向かう日本の農業を活性化する技術としても期待されている。現在、JAXAは専門家とともに環境制御技術、無人化技術、リサイクル技術の革新的発展を目指して調査を実施中であり、その活動結果を報告書として取りまとめようとしている。世界が直面する将来社会の課題と、日本の課題を、月面農場技術検討の結果を用いて解決することが期待される。現状の地球環境にとらわれず、極限環境での食料生産や資源・労働力制約の克服等を想定している。この活動が、近未来農業、省リソース農業のアイデア創出につながっていくと考えられる。

キーワード:将来社会ビジョン,デルファイ調査,宇宙農業,オープン・イノベーション,民間企業

1. はじめに

1-1 世界が直面する将来社会の課題

人口推計が表すように世界人口は増える一方、日本では少子高齢化が進み、労働力人口の減少が予想されている。世界的には発展途上国の経済発展に伴う環境・社会問題の解決を世界共通のアジェンダとした持続可能な開発目標(SDGs)により世界共通目標が設定され、日本でもSDGsに準じて目指す目標が設定されている。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)をはじめとして様々な研究機関においても将来のGDP予測、エネルギー・食料・水の状況等、種々のデータ分析、有識者へのヒアリング及びグループワークを行うことによって予測活動がなされている。特に最近は不確実な社会情勢や急速な科学技術発展を背景に、2040~2050年の未来の社会と重点化すべき科学技術について考える「ビジョニング」が重要視されており、研究・技術開発の方向性を探るために変化の可能性を織り込んだ社会ビジョンの検討が必須となっている。そのような状況の中、科学技術予測センターは第11回科学技術予測調査の一環で、2017年度からビジョニングを実施しており、2018年度末にはデルファイ調査と呼ばれる専門家アンケートを実施予定である。当センターが実施するデルファイ調査とは将来社会のターゲット年を設定し、技術課題、重要度、実現年などについて専門家を対象に2回のアンケート形式で調査する手法である。2015年に発表された第10回の調査報告によると、農業、食料、自動化などに関する課題が挙がっている(図表1)。

図表1 デルファイ調査(第10回)で挙げられた課題と実現時期などの例*図表1 デルファイ調査(第10回)で挙げられた課題と実現時期などの例*

*デルファイ調査検索(http://data.nistep.go.jp/delphi/year/)で農業、食料、再生、再利用、自動化をキーワードとして検索した課題から、宇宙農業と関連深い課題をピックアップしたもの。
1-2 国際宇宙ステーションから月・惑星へ

デルファイ調査(第10回)1)の宇宙・地球・海洋・フロンティア分野を見ると、有人活動拠点構築、宇宙太陽光発電、宇宙エレベーターの実現など、2030~40年代に実現が期待される技術課題が挙げられている(図表2)。実際、1960年代から始まった有人宇宙探査活動は、月以遠の天体へ人類の生存圏・活動領域を広げる段階にある。他天体に人類の生存圏・活動領域を拡大することは、新たな宇宙利用産業の創出につながると期待されており、国際的にも月や小惑星の資源利用についての議論が高まっている。つまり有人宇宙探査活動は国際宇宙ステーション(International Space Station、ISS)のような地球低軌道から月を含む遠方の天体へ人類の生存圏・活動領域を広げる段階にある。今後、民間企業を含む多様な組織の研究者や技術者等が参画し、国際共同・競争により月・火星探査に向けた活動が進展することが期待されている。

図表2 デルファイ調査(第10回)で挙げられた宇宙分野の課題例(抜粋)*図表2 デルファイ調査(第10回)で挙げられた宇宙分野の課題例(抜粋)*

*デルファイ調査検索(http://data.nistep.go.jp/delphi/year/)で当該分野から、冒頭部分の課題をピックアップしたもの。
1-3 持続的な食料生産の要素技術

ISSは1998年に最初のモジュールが打ち上げられてから国際協力により建設が進められ、人類最大の建造物として世界平和の象徴となっている。2000年の常時滞在開始以来、主に3人~6人が滞在する有人施設として科学実験に利用されている。現状のところ、ISSへの生活用品や食料の定期的な補給は欠かすことができないが、月等の他天体に人類の生存圏を拡大するためには地球からの補給量を減らすための技術開発が必要であり、食料生産についての検討が必須である。これまで地球低軌道で実証されてきた乾燥食品やレトルト食品様の宇宙食のみに頼ることなく、持続的な食料生産を可能にする技術的課題を識別し、解決する必要がある。

持続的な食料生産のためには月・惑星の資源を利用して、空気、水、資材等を生産し再生する、いわば宇宙での地産地消型技術が必要である。食料となる作物を栽培するためには、光及び電気エネルギーの利用効率を増加させ、面積当たりの収穫量を上げること、物質循環を完結させるための廃棄物処理技術が重要となる。また宇宙飛行士の貴重な時間を節約するため、作業の自動化に関する検討も必要である。このように環境制御技術、無人化技術、リサイクル技術といった要素技術の革新的発展を目指す意味で、地球上の将来の社会課題とも類似性があることが特徴である。

2. 月面農場ワーキンググループ

2-1 宇宙探査イノベーションハブ

「科学技術イノベーション総合戦略2014」〜未来創造に向けたイノベーションの懸け橋〜(平成26年6月24日 閣議決定)の方針が示され、公的研究機関を中核としたイノベーション創出が国家重点施策として位置付けられた。これらの政策の動きに対応して、JAXAでは2015年4月、宇宙探査イノベーションハブ(宇宙探査ハブ)と次世代航空イノベーションハブを新たな組織として設置し、オープン・イノベーション型の研究活動に取り組んでいる。

宇宙探査ハブでは、研究の初期の段階から地上における企業の研究開発シーズ/ニーズとJAXAが宇宙探査で必要とする技術ニーズ/シーズをマッチングさせることで、イノベーションにつなげるような研究システムの構築を目指している。つまり、宇宙を目指す技術を、宇宙という特殊環境にだけ適応するのではなく、地球上での様々な社会課題を解決するための手段にも生かすのである。月面農場の概念を図表3に示す。

図表3 月面農場の概念図図表3 月面農場の概念図

NASA:米国航空宇宙局、ESA:欧州宇宙機関
2-2 JAXAにおける宇宙農業の歴史と月面農場技術への企業の関心の高さ

これまでJAXAにおいての宇宙農業の検討は、有人活動の目的地として火星を目指すもので、約30年前に宇宙科学研究所(ISAS、現JAXA)を中心に行われ始めた。ISAS山下雅道教授がリードして「宇宙農業サロン」活動を中心に塩耐性の高い植物の栽培、低重力でのミツバチの飛行、カイコなど昆虫を用いた食事メニューの検討が行われた。また環境科学技術研究所が2005~2007年に閉鎖型生態系実験施設(CEEF)で居住実験を行った。CEEFではコメやダイズなど23種類の植物、シバヤギ2頭、ヒト2名から構成される模擬的な生態系で最長4週間の居住実験により心理・生理学的なデータが取得された2)。JAXA有人宇宙技術部門ではスペースシャトルやISSを使って微小重力環境下で植物の生活環や重力感受機構を探究する科学実験を継続的に実施している3)

一方、2015年に発足した宇宙探査ハブでは研究課題の探索において、広く民間企業も含めた技術提供によるオープン・イノベーションに期待して研究課題を募集している。2回目の募集となった2016年の募集では、地上の植物工場関連の企業・大学から、宇宙農場や月面農場への応用を目指した提案が多く寄せられた。しかし実際に月面でどのような技術が必須になるのか、その優先順位はどのようなものなのか、要求の詳細を系統的に説明した技術文書はない。

そこで、これまでの宇宙農業に関する日本の宇宙機関の取組と最近の企業の関心の高さに着目し、JAXAは改めて月面農場の検討を開始することとした。これが2017年3月に立ち上げた月面農場ワーキンググループである。近年特に発展した地上の最先端の植物工場技術を導入し、今一度月面農場システムを検討することを目的としている。本ワーキンググループの活動を通じて、月面農場のみならず、地上における植物工場にイノベーションを起こすような研究活動を展開していく。

前述のとおり惑星での宇宙長期滞在を実現するには宇宙での地産地消型技術を導入することが必須になる。そこでワーキンググループには植物栽培、農業機械・ロボット、センシング、リサイクル、システム工学、栄養学などの専門家を集め、必要な技術課題を整理し、開発要素の具体的な検討を進めている。我が国の最先端の工業技術と日本発の植物工場技術を融合し、他国にはないユニークな月面農場を実現することが期待されている。

3. 月面農場ワーキンググループの設置

月面農場ワーキンググループは、月面農場に関心が高い大学・民間有識者に検討委員として協力を仰ぎ、専門領域ごとに議論を行うため、環境制御、無人化、リサイクル、全体システムの4つのサブグループを設置した。検討委員を図表4に示す。サブグループ構成を図表5に示す。

図表4 月面農場ワーキンググループ検討委員図表4 月面農場ワーキンググループ検討委員

*中野委員は異動のため、2017年9月まで。

図表5 月面農場ワーキンググループのサブグループ構成図表5 月面農場ワーキンググループのサブグループ構成

4. 月面農場ワーキンググループの検討結果

4-1 検討結果報告書

本ワーキンググループの検討結果報告書を作成中であり2018年度公開を予定している。

4-2 作物栽培

日本では、1980年代に植物工場における農作物生産システムが開発され、レタスなどの葉菜類の商業栽培が開始された。最近は水耕法でイネ、ダイズなどを栽培する技術も開発されている。このような植物工場技術を用いれば、穀類、マメ類、イモ類、種実類、果菜類、葉菜類、低木果樹などの食用作物を生産できることが分かっている。

月面で栽培する作物の検討において、候補作物について図表6に紹介する。基本的に8種の作物を栽培できる栽培システムを目指すこととした。理想的な食事メニュー、豊かな食生活のためにはこれら8種に限らず、多様な作物を栽培することが好ましいことが分かっているため、将来的にはこの作物種の栽培を可能にする技術の組合せにより、他の作物種についても栽培可能となると考えられる。また動物の飼育についても将来的には検討する必要があることが認識されているが今回の範囲には含まない。また菜食のみでは不足となる微量元素についてはサプリメントでの補給が必要になる。

栽培種の選定においては三大栄養素(炭水化物、タンパク質、脂質)を効率良く得られることに着眼した。イネを選んだのは日本的遺伝資源であることを考慮した結果である。各都道府県に農業研究センターがあり、これまで日本人の主食として全国的に品種改良に力を注いできた長い歴史と遺伝資源が利用できる。これまでの品種改良の方針としては気候など外的環境の要因が大きい。例えば台風でも倒れにくい、病害虫に強い、収量、味などによる育種が進められてきたが、宇宙での栽培を考慮するとこの要因が大きく変更される。例えば月面で優先される性質として、これまでに選定されてこなかった性質を持つ品種に優位性が見いだされる可能性がある。

図表6 候補作物図表6 候補作物

4-3 月面農場における実現性を増加させる要素

月面では農作業の自動化を基本とする。完全自動化が理想であるが、宇宙飛行士の手作業も完全にはなくならないであろう。自動化が進んだ場合、栽培様式の変更による栽培効率の向上が期待できる。一例として地上では効率の面から収穫時期に全収穫することが多いが、イモ類については規定の大きさに達したものから個別に収穫することによって単一株からの継続的な収穫を増やすことなどが考えられる。また、トマト、イチゴ、キュウリについては連続栽培が有効であると考えられる。これを可能にする栽培棚、無人化を前提とした機械の導入が容易な施設設計が考えられる。

5. 月面農場技術に期待されること

これまでの宇宙から地上へのイノベーションの例としてLEDと多段式養液栽培がある。LEDは米国航空宇宙局(NASA)が省電力に着目し、宇宙での利用を進めたことから地上での植物工場で有効な技術として広がった4)。多段式養液栽培についても限られた栽培面積でいかに収量を上げるかを宇宙用に追求した結果により、植物工場内での栽培様式として普及した。月面農場のようにリソースが限られた場面を想定した技術検討は、農業の社会的需要を先取りしているとも言える。宇宙という面積、電力、労働時間などリソースの制約がある場面で生かせる技術は、栽培設備、水、肥料などについても制約がある地上の環境での装置開発の要求を満足するものと重なる。このように制約のある状況における課題を実現する技術が、地上の社会課題の解決に及ぼす影響は大きいと期待される。現状の地球環境にとらわれず、極限環境での食料生産や資源・労働力制約の克服等を想定している。

例として、水のリサイクルや節水技術が挙げられる。日本は水資源が豊富であるためにふだんは意識されないが、水が貴重な砂漠地域、海水を淡水化して灌漑(かんがい)農法をしているイスラエルなどの地域や、欧州各国では水は貴重な資源であり、リサイクルの要求は高い。

6. 今後の活動予定

低重力での植物生理についても留意する必要がある。また装置の動作について月での重力は地球の1/6、火星は1/3であることを前提に、低重力が栽培システムに与える影響5)を部分的であってもISSで検証しておく必要がある。また米国6)や欧州7)、ロシア、中国の最新動向も把握しておく必要がある。

本ワーキンググループの活動の結果、民間企業の宇宙開発への参入が加速し、宇宙を目指した技術が地上の農業分野においても生かされることを期待している。この活動が、近未来農業、省リソース農業のアイデア創出につながっていくと考えられる。特に少子高齢が進む日本での食料の安定確保に資する要素技術のシステム化、農業人口減少に対応する新ビジネス、エネルギー・水・物資再生設備システムの実現など社会、特に産業にインパクトを与える成果を目指している。

謝辞

本稿を作成するに当たり、多大な御協力を賜りました宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙探査イノベーションハブの川崎一義副ハブ長、布施哲人主任研究開発員、新事業促進部の木村賢二参事、月面農場ワーキンググループ委員長の千葉大学園芸学研究科後藤英司教授をはじめとして、委員の皆様、東京工業大学深水克郎研究員、株式会社朝日工業社鹿島光司博士、ほか調査に御協力いただきました方々に厚く御礼申し上げます。

参考文献

1) 科学技術動向研究センター, “調査資料 No. 240 第10 回科学技術予測調査 分野別科学技術予測(2015),”
http://hdl.handle.net/11035/3080

2) 相部洋一, “閉鎖型生態系実験施設(CEEF)における居住実験, 宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 2009,”
http://www.sasappa.co.jp/online/abstract/jsasem/1/046/html/1110460459.html

3) 矢野幸子, 嶋津徹, “宇宙における植物栽培研究と求められる光技術,” 光学, 2017, Vol46. No.1 25-31.

4) Raymond Wheeler, “Agriculture for Space: People and Places Paving the Way,” Open Agriculture. 2017, 2, 14-32.

5) 北宅善昭, “宇宙での植物栽培における植物体の熱・ガス交換,” 閉鎖生態系・生態工学ハンドブック(2015) 86-92.

6) Marshall Porterfield, “NASA Bioregenerative Life Support,” ISLSWG Bioregenerative Life Support Workshop(2015) http://www.asi.it/en/node/32451

7) ESA EDEN Ground Demonstration of Plant Cultivation Technologies for Safe Food Production in Space, http://eden-iss.net/