STI Hz Vol.2, No.4, Part.10:(ほらいずん)対談:ノーベル賞を受賞した研究の背景STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.1508/stih.00058
  • 公開日: 2016.12.20
  • 著者: 矢野 幸子、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
対談:ノーベル賞を受賞した研究の背景
組織、研究費、人的支援から考える革新的研究の条件
-大隅 良典 東京工業大学栄誉教授の研究を支えた研究基盤-

聞き手:科学技術予測センター 特別研究員 矢野 幸子、上席研究官 林 和弘

 2016年10月3日、大隅良典 東京工業大学栄誉教授のノーベル生理学・医学賞受賞が発表された。受賞の決め手となったオートファジー研究の内容や大隅先生の人物像は、連日様々なメディアで報告されている。また、大学や機関の研究力強化が議論される中、研究基盤に関する議論も活発になっている。そこで本稿では、大隅先生の研究活動を支えた組織、研究費及び人的支援に着目し、受賞研究を生み出した背景と日本がノーベル賞級の研究成果を生み出し続けるために必要な研究環境について、自然科学研究機構の小泉周特任教授と当研究所科学技術予測センターの赤池伸一センター長の対談をまとめた。小泉教授は大隅先生が1996年から2009年まで在籍した自然科学研究機構で研究マネジメントを担当し、今回大隅先生のノーベル賞受賞決定直後から基礎科学の研究資金や広報展開等に関してコメントするなど、科学技術政策にも詳しい。赤池センター長は科学技術イノベーション政策を専門とし、ノーベル賞選考プロセスや受賞者のキャリアについての研究を行っている。日本の基礎研究の現場は様々な問題を抱えているとする意見も多い中、革新的な研究成果を生み出し続ける研究環境の在り方について重点的に議論した。

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小泉 周 自然科学研究機構特任教授

小泉 周(こいずみ あまね)
大学共同利用機関法人自然科学研究機構研究力強化推進本部特任教授・統括URA
1997 年慶應義塾大学医学部卒業、医師、医学博士。
2007 年自然科学研究機構広報展開推進室、2013年より現職。専門は網膜視覚生理学、並びに、科学コミュニケーション及び研究マネジメント。

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赤池 伸一 科学技術予測センター長

赤池 伸一(あかいけ しんいち)
文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術予測センターセンター長
1992年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修了、科学技術庁入庁。以後、文部科学省・在スウェーデン大使館・内閣府等に勤務。学術博士。2011年一橋大学イノベーション研究センター教授、2016年より現職。専門は科学技術イノベーション政策、科学技術外交、ノーベル賞の授賞選考プロセスと受賞者のキャリアの研究。

 

赤池:私は以前からノーベル賞の選考プロセスと受賞者のキャリアに関する研究を行ってきました。ノーベル賞級の研究成果を生み出す背景としては、受賞者の個人的な努力・性格・才能によるところも大きいと考えられますが、その研究が生み出された環境、研究を取り巻く支援システム、研究機関のマネジメントや技術職員による研究支援なども受賞に大いに影響するのではないかと考えております。今回大きく注目されているのが大隅先生の研究内容や応用への期待です。一方、大隅先生のキャリア(図表1)を見ると、東京大学から岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所(現・自然科学研究機構基礎生物学研究所)を経て東京工業大学へと研究基盤を移動しています。我々は、研究の基盤となる大学や研究所の研究環境や研究マネジメントの中に優れた研究業績を生み出すヒントが隠れているかもしれないと考えています。

図表1 大隅先生の所属の経緯

*岡崎国立共同研究機構 基礎生物学研究所は2004 年に法人化され自然科学研究機構 基礎生物学研究所となった。

大隅先生の論文数と研究費の分析

小泉:ノーベル財団が公表したプレスリリース1)に引用されている主要論文4報のうち2報は大隅先生が東京大学時代に出したもので、残りの2報は基礎生物学研究所時代に出したものです。

赤池:私の共同研究者である政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター原泰史氏の分析2)によると、1996年以降の年当たりの論文の被引用数が急増していることが分かります(図表2)。また科学研究費補助金の取得状況及び年ごとの総配分額の推移についてグラフにしたところ、1998年以降の獲得額が増大していること(図表3)と、一般研究(C)や重点領域研究などが活用されたことが見いだされました。大隅先生は1996年に東京大学から基礎生物学研究所に赴任し、2009年に東京工業大学に移っていますので、13年間を基礎生物学研究所で過ごしたことになります。正にこの時期に多くの論文が生み出され(図表4)、業績が重ねられたと言ってもよいと思います。分析の詳細はSciREXクオータリーVol.3を御覧ください3)

図表2 論文の被引用件数

出典:参考文献2を基に科学技術予測センターにて作成

図表3 科学研究費補助金の金額

出典:参考文献2を基に科学技術予測センターにて作成

図表4 年次論文数

出典:参考文献2を基に科学技術予測センターにて作成

大隅研究室の体制の誕生

赤池:今回の大隅先生のノーベル生理学・医学賞の受賞に際して、基礎生物学研究所の文化、組織的な特徴をお聞かせください。

小泉:岡崎で過ごした13年間は大隅先生にとって黄金時代だったと聞きました。とても自由だったようです。元基礎生物学研究所長で元岡崎国立共同研究機構長の毛利英雄名誉教授の手記4)によると、東京大学時代から大隅先生は中途半端な論文を書かないことで有名だったそうです。毛利先生は東京大学の教養学部長から1995年に基礎生物学研究所の所長として岡崎に移られ、直後の1996年に大隅先生が採用されています。元々大隅先生は東京大学理学部植物学教室出身で、当時は酵母の液胞でオートファジーを研究していました。毛利先生はオートファジーという現象が酵母以外の生物、特に動物や人を対象とする分野にも広がることを予見していたのではないでしょうか。正に「先見の明」とも言える考えがあったと思います。そして関西医科大学から吉森保先生 (現大阪大学大学院教授) が助教授として赴任し、助手として東京医科歯科大学から水島昇先生(現東京大学大学院教授)が加わり、基礎生物学研究所での大隅研究室が出来上がりました。後々オートファジーがパーキンソン病の原因であることが分かったのは、このときの毛利先生の下での「先見の明」によるところだと思います。1996年、正に20年後を予見する研究室体制が岡崎の基礎生物学研究所でできたと言えるでしょう。

基礎生物学研究所の自由な環境と国際色、基盤的経費

赤池:大隅先生が当時所属していた東京大学の教養学部では授業や実習の負荷が大きく、教員は大変だったと思います。つまり、大隅先生が基礎生物学研究所に異動し、研究に集中できる環境に置かれたこともノーベル賞級の成果を得るという良い方向に働いたのではないでしょうか。

小泉:基礎生物学研究所は研究者にとって研究に打ち込める、非常に良い環境だと言われています。研究が好きな人が研究のみに集中できますし、世界最先端の機器が備わっています。また、岡崎の3研究所(基礎生物学研究所、生理学研究所、分子科学研究所)は、1970年代の設立当初から国際的な交流にも積極的で、海外からも研究者が来訪していました。研究所にはロッジが併設されており、海外からの来訪者はそのロッジに滞在できます。海外研究者と国内の研究者が1か月間集中的に実験をして作り上げた論文がNatureに掲載されたというようなこともありました。国際的な交流の下、研究に没頭できるという環境は研究者にとっては最高の環境です。

赤池:早く論文を書かないと評価を下げると言われたり、論文化をせかされたりということはなかったのでしょうか。

小泉:大隅先生に限らず、当時、岡崎の研究所では「早く論文を出さないと資金を減らす」とは言われなかったようです。当時は国立の共同利用・共同研究機関として、短期的な外部資金が獲得できなくても、基盤的な研究費によりカバーされることもありました。予算の見通しがついていると計画も立てやすく、安心して研究に没頭できる環境だったと聞いています。今では想像できませんが、うらやましい状況であったと思います。

赤池:基礎生物学に限らず、例えば高エネルギー加速器研究でも、長期的で安定した見通しのあるお金がないと、長期的な研究計画が立てられません。どの分野でも、金額の多い少ないもさることながら、予算の見通しにより長期的な計画を立てられることが研究の進展には大切です。

小泉:また装置を持っている研究室は、持っていない研究者に快く貸してくれるという良い雰囲気もありました。私がアメリカから帰国し、岡崎の生理学研究所で研究を開始したのは2007年ですが、そうした「譲り合い」の精神は残っており、アメリカ帰りで資金もない中で私自身大変助けられました。

赤池:研究装置の共用をいかに進めるかは政策的にも重要です。予算が厳しくなってくると、競争に勝つために装置やアイデアを自分だけのものとして囲い込む懸念があります。購入した装置を他者に提供し、マシンタイムをシェアし、その上で自分の研究パフォーマンスも上がる、というのが共同利用の目指すところです。学術界全体として業績を上げていこうという姿勢が非常に大切です。競争に勝つために自分の装置やデータをある程度囲い込みたくなるのは戦略として理解できますが、お互いのために提供し合えることが、結果的に優れた成果を出すことにつながると思うのです。

小泉:岡崎3研究所を含む自然科学研究機構は、大学共同利用機関法人として、全国レベルで大学を支える役割を果たしていきたいと考えています。大学共同利用機関法人も大学と同じように運営費交付金の削減の対象となっており、基盤的経費は厳しい状況にあります。それぞれの研究室は、競争的資金を獲得していないと満足に研究ができません。法人化されたのが2004年ですが、研究費の制約が年々厳しくなっているように感じます。

研究支援職員の力と技術の継承

小泉:研究活動を行う上では、技術的な側面からの研究支援職員の方々が不可欠です。基礎生物学研究所の大隅研究室には、先ほど申し上げた吉森先生、水島先生のほかに技術職員として壁谷幸子さんという方が配属されました。壁谷さんが大隅先生の実験を支えていたのです。

岡崎の3研究所では、技術職員は各研究室に配属されていますが、その技術力とノウハウがとても貴重なのです。例えば、研究室で新しい培養系を立ち上げたいという希望があると技術職員の横のネットワークを使って、確立している研究室を探し出し必要なプロトコールをシェアして実現させてくれます。研究機器開発室という部屋があり、そこでは機器を直したり、小さなものなら自作してくれたりもします。いちいち業者に仕様書を書いて依頼しなくてもすぐその場でオーダーどおりに作ってくれるので、とても助かっています。問題は、技術を蓄積した優秀な技術職員が次々と定年を迎える年齢になっていることです。技術職員の定年退職後、職員の補充は厳しくなっています。これでは技術の継承ができなくなり大問題です。

技術職員の定年退職前に、引継ぎ期間も考慮しながら新しい職員を育てていくことが必要です。これまで蓄積してきた技術を若手にどう伝承するか。機械の使い方だけなら何とかなりますが、微妙な調整が必要なところや、機械があればできるわけでもないということもまだまだ多くあります。

赤池:予算が限られてくると、事務職員を減らし、技術職員を減らし、実験補助は単価を下げてアウトソースするという傾向が出てくるようですね。

小泉:自然科学研究機構には国立天文台や核融合科学研究所もありますが、同様に技術職員のレベルが高いのです。とても専門的な技術を有しているので、安価な労働力で補うようなことはできません。

研究費をどこから確保するか

小泉:法人化され、研究費の制約が厳しくなっていく流れの中で研究者は何を要求するかというと、昔は良かったのだから「基盤的経費を増やせ」と言いがちです。しかし、現実の状況を考えると、これは難しい。以前は、基盤的経費が豊富で、競争的資金にそこまで頼らずとも、研究に専念できて、研究環境は非常に良かったという話をしましたが、これは、日本全体の財政が逼迫している時代に、そのまま当てはめるのは難しいと思います。しかも税金を財源とする公的資金を研究に使うのですから、成果に関して、説明責任を求められるのは当然です。

そうした中で、今の時代、大学や研究機関はその研究資金を様々なソースから求めるような仕組みを構築していかなければならないと思います。応用面で説明しやすい研究は評価も分かりやすいので採択されやすいですが、基礎的な研究であっても研究者が自分の研究の「面白さ」や研究にかける「情熱」を市民にアピールして理解してもらったり、企業等産業界からの資金援助を募るためにアプローチを続けたりすることは必要だと思います。また、競争的資金にしても、間接経費を大学や研究機関の中で必要とされるところに再分配する仕組みが重要と思います。

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イノベーションを生むためのダイバーシティ(多様性)の許容

赤池:大隅先生はオートファジー研究で成果を上げましたが、一般に成功の裏には多くの失敗があると言われます。この失敗を許容しないと本当の成功は生まれません。しかし失敗を許容する研究支援制度にするのが大変難しいのです。

小泉:成功をイノベーションだとすると、イノベーションを生むためには、多様性が必要という論文5)があります。図表5に示すように、突出したイノベーションを生むためには、専門分野の偏り度合いを低くする、つまり多様性を受け入れる必要があります。多様性を認めると失敗の数、つまりそのままでは論文にもならないような結果が数多く出てくることも覚悟しなければならない。失敗の数を考慮するとイノベーションの平均値が下がっていく。結局、平均が下がり、重要度が低い結果が多く出てくるのを許容するかどうかで突出したイノベーションの出やすさが決まるとされています。

図表5 専門分野の多様性とイノベーション度

出典:参考文献5

赤池:失敗を許容する文化がなくなってきているということでしょうか。

小泉:はい。現在、政府における様々な議論で失敗を減らし、研究全体の平均を上げつつイノベーションを起こそうという意見をよく聞きます。しかし、それは無理な要求だと心配しています。例えば、各種科学研究費補助金にしても「研究遂行能力」を書く欄が設けられています。そこにはこれまでの業績などを書くことになるでしょう。研究費を出してみたけど論文にならないというリスクを減らすために、ある程度論文等を出した実績がある研究者に予算を配分しようというのは審査する側の意見としては当然のことに思います。少なくなった研究費の予算を有効に、効率的に使うことで無駄をなくそう、という意図だと想像できますが、そうした無駄を許さない文化の中で、突出したイノベーションを生み出すことができるのか非常に心配です。

赤池:上記の論文の理論に当てはめると、失敗のないところに革新的な成果もないのですから、イノベーションを起こすような成果が欲しいのであれば、失敗も許容すべきということですね。新規性があってとても面白そうなテーマであるが、いざ取り組んでみたら論文にもならないような結果となった。そういう例は実はたくさんあるのです。しかしその中から思いもよらない発見があり、それがものすごくインパクトの大きい成果につながる可能性がある。研究の成功は確率なので、母数を増やさないと成功数も増えません。平均点も上げ、失敗を許容せずに大成功を期待するのは虫が良すぎるということですね。

それに加えて研究の成果が出るにはタイムラグがあります。科研費の2~3年間で最終年度の年度末に論文などの成果が出るかというと実際はそうではなく、論文の査読や審査を経ると、研究期間が終了してから1~2年経過してから出始めることも多い。同じ研究室の教授が大きなプロジェクトを持っていて、一緒にやらせてもらえている場合はよいですが、継続的に研究費が取れないと研究が全くできないことになります。競争的な環境は大切ですが、若手研究者がいきなり独立して一人で生きていきなさい、と言われても、元々の実績がない人は大変なはずです。

科学技術政策への示唆

小泉:私がアメリカから帰国した直後に経験したように、一時的に競争的資金等が途切れた際、大学や研究機関の基盤的経費によって支えられたり、周囲から機器の共用などで支えてもらえたりするのが理想ですが、それを主張するのは今の時代、難しいですね。

赤池:「一定の基盤的な資金は確保せよ」と主張すること自体は必要だと思います。多様性を許容して、失敗を許容する。このまま基盤的経費が下がり続けてゼロになるのはあってはならないと思います。その上で、経費の使い勝手を改善すべきだと思っています。大学がそれぞれの判断で学内にファンドを作って、研究者を育てるという方法もあると思います。

先に厳密な計画を立てて集中的に研究費の投資をしてきたものが、必ずしも良い成果に結び付くとは限らない。むしろ予想もしなかった分野の研究テーマが飛躍的に大きな成果を出したという例もあります。だから多様性や失敗の許容は、革新的な成果を生み出す上で重要です。

小泉:競争は必要ですが、過度な競争や「選択と集中」という言葉で分野が偏重していくのはイノベーション創出を減らしてしまいかねませんね。

終わりに

対談はノーベル賞を輩出するための研究環境の話から、イノベーション創出のための研究基盤と研究資金の議論にまで及んだ。結果的に日本の学術界で多くの研究者が安心して研究に没頭でき、優れた成果を創出するための基盤確保が重要であるとの意見で結ばれた。ノーベル賞の発表日以来、各種メディアでは3年連続の日本人のノーベル賞受賞を喜ぶ声とともに、賞に浮かれている場合ではないという指摘も多い。ノーベル賞の受賞の成果は、20年~30年前の成果によるものが多いが、単に昔を懐かしむだけではなく、財政の逼迫など現在おかれた経済的・社会的な環境の中で、エビデンスに基づいて研究システムを構築していくことが重要である。

参考文献

1)The Novel Prize in Physiology or Medicine 2016. 2016 年10 月3 日:
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2016/press.html

2)原泰史. 2016 年ノーベル生理学医学賞大隅良典栄誉教授の論文・特許および資金調達に係る予備的分析を実施しました. SciREX 事業科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」ホームページ. 2016年10月5日:http://scirex.grips.ac.jp/topics/archive/161005_625.html

3)原泰史. データから観るノーベル賞-大隅良典先生ノーベル生理学・医学賞受賞に寄せて-. 2016 年, SciREX クオータリーVol.3: 10-11.

4)毛利秀雄. 隣のおじさん-大隅良典君(ノーベル生理学・医学賞の受賞を祝して). 基礎生物学研究所ホームページ「お知らせ」. 2016 年10 月7 日:http://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/2016/10/07.html

5)Fleming, Lee. Perfecting Cross-Pollination. Harvard Business Review 82, no. 9 (September 2004): 22–24.