STI Hz Vol.4, No.4, Part.5:(特別インタビュー)東京大学大学院情報学環/生産技術研究所大島 まり 教授インタビュー-次世代研究者の多様な未来の創出と、知の好循環のために-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00153
  • 公開日: 2018.12.20
  • 著者: 松本 久仁子、黒木 優太郎、角田 英之
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
東京大学大学院情報学環/生産技術研究所
大島 まり 教授インタビュー
-次世代研究者の多様な未来の創出と、
知の好循環のために-

聞き手:科学技術・学術基盤調査研究室 研究員 松本 久仁子
科学技術予測センター 研究官 黒木 優太郎
総務研究官 角田 英之

大島まり氏は、生体流体力学やバイオ・マイクロ流体研究において、日本を代表する研究者である。大学院生時代をマサチューセッツ工科大学で過ごし、スタンフォード大学への留学などを通じて本来のテーマのほかに研究のマネージメントも学び、日本でもそのリーダーシップを発揮している。日本機械学会の120年の歴史の中で第95期(2017年)に初の女性会長を務めた。次世代育成の活動も積極的に行っており、今後の我が国の科学技術イノベーションを担う人材育成や科学技術政策の在り方等に関するお話を伺った。

大島 まり 東京大学大学院情報学環/生産技術研究所 教授1986年東京大学大学院工学系研究科原子力専攻修士課程修了、1992年同博士課程修了(工学博士)後、東京大学生産技術研究所助手、1998年東京大学生産技術研究所講師、2000年東京大学生産技術研究所助教授、2005年同教授を経て、2006年より現職。2011年より次世代育成オフィス(ONG)室長。

大島 まり 東京大学大学院情報学環/生産技術研究所 教授
1986年東京大学大学院工学系研究科原子力専攻修士課程修了、1992年同博士課程修了(工学博士)後、東京大学生産技術研究所助手、1998年東京大学生産技術研究所講師、2000年東京大学生産技術研究所助教授、2005年同教授を経て、2006年より現職。2011年より次世代育成オフィス(ONG)室長。

Ⅰ.次世代科学技術人材の育成(STEAM教育)

- まず、これからの科学を担う若い世代に向けた取組について教えてください。
先生が室長を務められている「次世代育成オフィス(ONG;Office for the Next Generation)」は、どういった観点で次世代を育成しているのでしょうか?

科学技術人材育成に共通して言えるのは、次のイノベーションの創出という観点です。そういう意味でも、次世代で活躍できる人材の育成を念頭においた、STEAM (Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics)教育はとても重要だと思います。

ONGは、主に小中学校、高校の生徒や教員の皆様に向けて、科学技術と社会のつながり、科学技術と教科のつながりの理解を深めてもらうために2011年に発足しました。理系・文系といった枠組みにこだわらず、幅広い皆様に科学技術を理解してもらうように意識しています。

- 具体的にはどのようなプログラムがあるのでしょうか?

ふだん、学校で習った理科の知識が、私たちの生活の中でどのように活用されているのか実感する機会はそう多くありません。社会の中に、「理科」がそのまま存在しているわけではないんですね。ですから私たちは、最近では東京メトロ(東京地下鉄株式会社)や日本航空(日本航空株式会社)等と共同でワークショップを開き、車輪や機体の観察や関連した実験等を通して、理科で得た知識がどのように私たちの生活に()かされているかを学ぶ機会を作り、産業界と教育界を結びつけるようなプログラムを展開しています。

- ONGの取組を始められたきっかけは何だったのでしょう?

私が工学部の教員として着任したとき、また自分が学生のときもそうだったのですが、女子学生が少なくて、何とかしなければ、と思ったのが直接のきっかけです。工学は社会の基盤に関わる大切な学問なのですが、例えば日本機械学会は、2010年時点で3万8,000人ほどの会員のうち、女性会員は630名程度です。さらにその10年前はたったの80人程度だったかと思います。こういった危機感もあって、将来の研究者を育てるために、まずは工学という分野がどういうものなのかを知ってもらおう、興味を持ってもらおうと思い、出張授業などを始めました。

当初はほとんどボランティアで行っていましたが、しっかりと継続して取り組んでいけるようにと、オフィスを立ち上げ、産業界・教育界と連携しながら本格的な教育プログラムの開発に取り組んできました。産業界の皆様には、初等・中等教育の段階から創造性を育む教育の重要性に賛同いただいています。

今では、出張授業に参加した高校生が本学の生産技術研究所の研究者として活躍してくれているなど、うれしい成果も出てきているんですよ。

- 教材の作成で意識していることはありますか?

教材作りや授業は大学の先生方に協力してもらっているのですが、やはり忙しい先生方が多いので、参画することのメリットを感じてもらえることを意識しています。

最近では動画などもこだわって、自身の研究が、難しい内容であっても「社会に()かされている」ことを若い世代への理解を促すことで、モチベーションにつながるような教材作りを目指しています。

Ⅱ.アカデミックなキャリア形成を目指す若手研究者に向けて

- 続いて、研究に取り組み始めた若い世代に向けて話を聞かせてください。
若手研究者が教授などの研究管理職のポジションを目指す上で、どのようなことを意識していくと良いでしょうか。

研究者としてのこれまでの経験年数やポジションに応じて、必要となるスキルや求められる責任は変わってくると思います。

ポスドクになりたての時期

まず、研究者としての道をスタートさせた段階では、研究実績を積み重ねていき、専門領域を確立していくことが必要です。そして、研究成果を積極的に発表し、周囲に自身がどのような研究に取り組んでいるのかを知ってもらうことも重要となってきます。そのためには、論文として研究成果を発表するだけでなく、学会のような研究者同士がFace to Faceのやりとりをする場に積極的に参加していくことも良いと思います。Face to Faceのやりとりをした方が、他の研究者に顔を知ってもらいやすいですし、研究者同士のネットワークが広がりやすくなります。実際、学会などを通じて、似たようなテーマに関心のある研究者同士が共同研究を始めたりと、新たな研究のつながりが生まれたりすることもあります。

ほかには、自身の専門領域に関する知識を深めていくだけでなく、他の分野に対する理解も深めていけるようになると良いですね。特に、最近の研究は学際的な傾向が強まっていますし、様々な分野の研究者と共同研究を行う機会が増えてきているように感じますので、自身の専門分野だけでなく様々な分野の研究者とコミュニケーションを取りながら、研究課題に取り組んでいけるようになると良いと思います。

マネージメントが求められる時期

自身の研究成果を積み重ねていきながら、様々な研究者とのつながりが広がっていくと、他の研究者と一緒に共同研究をする機会が増えてくるようになります。特に、自身が中心となって進めていくような研究の機会に恵まれると、今度は、研究遂行能力のほかにマネージメントの能力が求められるようになります。最近の研究では、多様な分野の研究者が集まって取り組む学際的研究や、研究期間の定められた課題解決型の研究が盛んになってきていることもあるので、研究メンバーのマネージメントや一定期間に一定の成果を出すためのスケジュール面でのマネージメント能力がより強く求められるようになっていると感じます。

- 先生御自身を振り返って、研究者としてステップアップしていくターニング・ポイントはどこにありましたか。

私の場合、大きく3つのポイントがありました。初めは助手から講師、次に講師から助教授、最後に助教授から教授になるタイミングです。それぞれの研究者としてのポジションの変化を通じて、研究活動とは別に組織を担う上で求められる責任感の違いを大きく感じました。

アカデミックなキャリア形成を目指す際、自分から積極的にチャンスをつかみにいくことも求められますが、予期していないタイミングで何らかの役割を任される機会もあります。その際は、たとえ自信がないと感じても、積極的に引き受けていくことを心掛けると良いと思います。私自身も、次のポジションの機会をいただけた際は、これまでの研究活動の実績を評価していただけたと理解して、挑戦してきました。目の前に訪れた機会は、次のステップアップのチャンスとして捉え、前向きに挑戦していくことが重要だと思います。

Ⅲ.多様な科学技術イノベーション人材の活躍に向けて

- これまでの人材育成の取組を通じて、科学技術イノベーション人材がより活躍していけるようになるため、どのような政策的支援を期待されるでしょうか。
研究者だけにとどまらない多様なキャリア形成支援を

研究者として長期的なキャリア形成を目指すとなると、自らリーダーシップを発揮する主体的な研究活動の経験を経て、ゆくゆくは准教授・教授のようなアカデミックな責任のある役職を目指すというイメージが強いと思います。ですが、もっと研究者として多様な活躍の仕方があっても良いのではないでしょうか。例えば、研究支援者のような研究のサポート役として長期的に研究に関わっていきたいというニーズもあると思います。

大学などの教員が研究業績を上げていく上で、研究補助者・技能者(テクニシャン)は重要な役割を担っています。ですが今の日本では、現状、有期雇用での採用が多く、経済的に長期的に働き続けることが難しい環境にあります。そのため、研究支援者に対して長期的なキャリア形成ができるようなサポートの仕組みがあると良いのではないでしょうか。そうすれば、研究に携わる人材の多様な働き方を実現していくことにもつながっていくと思います。

社会人学生としてのキャリア形成支援と知の好循環の兆し

私の研究室は機械工学系の研究室になりますが、学生は修士課程を修了して就職するケースが多いです。海外では、博士号取得者であることが、研究者としての能力を見極める判断材料とみなされます。修士課程修了後に就職をした後でも、どこかのタイミングで博士号を取得することが、グローバルに活躍していく上で役立つと考えられます。しかし、現状では博士号取得を支援する制度が整っている企業は限られているように感じます。会社を辞めて、博士課程に進学する方もいますが、年齢によっては奨学金を取得しにくい状況もあるようです。そのため、社会人学生に対してキャリアの形成をサポートできる仕組みが整うと良いと思います。

私の研究室でも社会人学生を受け入れています。社会人学生は企業経験を通じて問題や課題を感じているため、目的意識を強く持って研究に取り組んでくれます。それが、研究活動の活性化につながっています。また、社会人学生の存在は、就業経験のない学生にとってロールモデルになったり、問題意識を持つきっかけとなったりと、大変刺激になっているようです。

日本の大学では、修士課程・博士課程の学生の年齢層が20代に大きく偏っているため、社会人学生を受け入れることで研究室の人材の多様性が増し、良い効果が期待できると考えられます。

企業にとっても、社員の博士号取得を支援することによって、大学との共同研究や人材の獲得の機会が生まれる可能性があるのではないでしょうか。

産学官が連携して、社会人学生というキャリア形成の在り方を推奨していくことで、社会人学生を介した研究活動の産学連携の促進にもつながっていくと良いですね。

Ⅳ.夢を紡ぎ、未来を織りなす

- 最後に、先生の今後の夢をお聞かせください。

実は、日本機械学会の会長を任せていただいていた際に「10年ビジョン」1)というものを策定しました。当時は120周年という節目の年でしたが、振り返ってみると、継続的に引き継がれるビジョンのようなものがなかったのです。そこで、120周年後を見据えた第一歩として、会長が変わっても引き継がれていくビジョンと、その実現に向けたアクションプランを作りました。これは今でも、私自身大切にしています。

このビジョンの中で、3つのⅠを掲げました(図表参照)。「Inspiration」「Inclusion」「Integration」が、その3つです。Inspirationが夢を紡ぎ未来を織りなし、Inclusionによって活性化し、Integrationによってしっかりと地盤を強化する、そういった3つの連携とサイクルがとても重要だと思っています。

ですから私も今後、研究面では、現在取り組んでいるバイオ・マイクロ流体に関する研究の成果が臨床の現場で活用されることを目指し、私自身の研究と、そして私の研究が皆様の未来を紡げるように頑張りたいと思います。教育では、創造性を育むような教育を通じて、次世代が未来を紡げるように貢献していきたいですね。

図表 日本機械学会 3つのⅠ図表 日本機械学会 3つのⅠ

出典:東京大学大学院情報学環/生産技術研究所 大島 まり教授御提供資料を基に一部科学技術・学術政策研究所(NISTEP)で加工
- 大島先生、お忙しい中貴重なお話をありがとうございました。

インタビューを終えて、大島先生の実験室にて/インタビューを終えて、大島先生の実験室にて 左から黒木、松本、大島教授、角田

左から黒木、松本、大島教授、角田

参考文献

1) 新生「日本機械学会」の10年ビジョン, 日本機械学会誌, 2017年1月, Vol.120
https://www.jsme.or.jp/kaisi/1178-04/