STI Hz Vol.4, No.4, Part.2: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)早稲田大学 理工学術院 山口 潤一郎 教授インタビュー-分子をつなぎ、人をつないで道を切り拓く-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00150
  • 公開日: 2018.11.26
  • 著者: 手塚 茜、荒木 寛幸、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
早稲田大学 理工学術院 山口 潤一郎 教授インタビュー
-分子をつなぎ、人をつないで道を切り拓く-

聞き手:企画課 係員 手塚 茜
第2調査研究グループ 上席研究官 荒木 寛幸
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘

ICT技術の進展に伴い、ネットワーク上における研究者同士の情報共有が盛んになってきている。ナイスステップな研究者2017に選定された山口教授(早稲田大学理工学術院有機合成化学研究室)は、化学研究における情報共有プラットフォームの先駆けともいえる「Chem-Station(以下ケムステ)」を創設され、現在はスタッフ数100名を超える著名なサイトとなっている。また、本業の研究においても、注目度の高い研究成果を継続的に生み出され、化学研究の最前線を走り続ける研究者の一人である。今回は、山口教授に、研究とポータルサイトの運営の両方を成功させてきた秘訣(ひけつ)と、教育や化学研究にかける熱い想いについて語っていただいた。

山口 潤一郎早稲田大学 理工学術院 教授

山口 潤一郎
早稲田大学 理工学術院 教授

~分子をつなぐ:目的指向から基礎指向へ~
- まず、御自身の研究内容についてお聞かせください。

有機合成には、薬剤開発につながる生理活性を持つ分子などの注目を浴びている分子を合成する目的指向と、新たな反応経路を確立する基礎指向の主に二つのテーマの方向があります。私の場合は、前者が研究のスタートラインで、天然に存在する化合物を直感的な手法で人工的に合成したい、というモチベーションで研究を始めました。

しかし今は特定の化合物の合成ではなく、新しい反応を開発する、という基礎指向の研究に力を入れています。目的の化合物を合成する際、反応によっては複数の中間物質を介さなければ最終的な目的物質が得られません。途中過程を経ず、簡便に早く合成できるようにと、新たな化学反応の開発を目指すようになりました。

その一つが名古屋大学で実施していたC-Hカップリング反応です。安定している化合物同士の反応は、活性化エネルギーが高いために反応が起こりづらいのですが、その活性化エネルギーを下げる触媒の開発を行っていました。今はエステルのC=Oのパートを切り離してエーテルにするなど、汎用の官能基を入れ替える反応とその触媒開発に取り組んでいます。もう少し一般化すると分子を「つなぐ」反応の開発、あるいは分子を「つなぐ」ためには一度結合を「切る」必要があり、「切る」側の反応開発です。教科書にない反応を創ることが今の研究の主要な方向性です。

有機合成は最小の「ものづくり」です。ものづくりは地味ですが、いろいろなことの基礎になることですし、創れなければ何も始まらないので、今後も精力的に続けていきます。

- 化学のトップジャーナルに多くの論文を掲載されていますが、注目度の高い研究成果を継続的に生み出す秘訣(ひけつ)は何でしょうか?

明確に意識してはいないのですが、強いて言うなら、キャッチーなタイトルやプレスに対する打ち出し方を考えながら新しい研究テーマを始めることでしょうか。目的指向の研究の場合、その目的物質が特定の役割を持つ分子であるなど洗練されたものであれば、キャッチーなタイトルが考えやすい一方、新反応を開発する基礎指向の研究の場合はキャッチーな表現が思いつきにくいですが、研究を進めるモチベーションの一助になるよう工夫しています。

あとは、我々の研究は一人ではできないため、研究室のメンバー(主に学生)をいかにやる気にさせ巻き込んでいけるかも大事です。考えたキャッチーなタイトルは学生にも提示し、面白いと思ってもらうように工夫しています。また、自分自身が研究対象を心から楽しみ、その姿を通じて学生に研究に対する興味を持ってもらうことも大事です。学生は様々で、研究内容を実際に楽しいという人も、何だか分からないけれどもやりたいという人もいるでしょう。自身も学生のときは恩師の言っていることがよく分からなかったですが、先生の楽しそうな姿を見て気持ち悪いけど気になったのを覚えています。ただ、それも実は意図的にやることではなく、自身が真に研究を楽しいと思っているからこそ伝わっていくものだと思います。

~人をつなぐ:情報発信力・コミュニケーション力でこれからの時代を切り開く!~
- ケムステについて、着想のきっかけからこれまでの経緯を教えてください。

恩師の先生が開設したゼミがきっかけで、著名な化学反応とその原理を片っ端から覚えることになったときのことです。当時は著名な反応であっても原理が論文に当たらなければ分からなかったため、データベースの形で整理・共有できたら便利だと考えたのがきっかけです。

最初は自身の勉強用として非公開で作り始めたのですが、せっかく作成したので公開することにし、作成1年後には有機反応のデータベースのみに限らず化学の総合的ウェブサイトを作る方向に拡大していきました。自身の書いた記事を人に公開するというのは障壁が高く、最初はどきどきでした。一方で、誤りのない記事を公開するために文章を何度も推敲(すいこう)し、公表してフィードバックをもらい次に生かしていく、というプロセスが面白く、また自身が今後化学研究を進めていく素養にもなるため、どんどん記事を公開していきました。また、早い段階で運営をサポートしてくれるスポンサー企業が付き、さらにその後ケムステを見た生長幸之助さん(東京大学・現ケムステ副代表)がケムステのスタッフに応募してくれたことも転機となりました。生長さんは化学の高度な知識を持ちながら、意外に熱いので、一生の相棒です。自身は適当な性格ですが、生長さんは慎重で批判的なものの見方をする、正反対の性格のため、いい意味で化学反応を起こしながら運営を進めてきました。

しかし、立ち上げ当初のスタッフ5人前後の体制で、HTMLベースで記事のアップロードを行うには限界があり、一時はケムステの存続自体も考えたことがありました。その際、ブログツール(コンテンツマネジメントシステム)に切り替えてどこでも記事を書けるようにしたことで、運営にかかる手間の軽減につながり、続けることができました。ブログ化したことにより執筆者も大幅に増やすことができ、現在に至っています。

図表 山口教授が運営する国内最大の化学ポータルサイト「Chem-Station」図表 山口教授が運営する国内最大の化学ポータルサイト「Chem-Station」

- ケムステの運営の経験が、研究へ良い影響を与えたことがあれば教えてください。

ケムステのコミュニティはいろいろな観点で研究に役立っています。ケムステは自身のアイディンティティの一つであり、自身の研究内容よりケムステの運営の方が注目を浴びることもあります。ケムステをきっかけに会話が始まり、その流れで研究に興味を持ってもらうこともありますね。

また、自身の研究室の学生にもケムステに記事を書いてもらっていますが、日本語で化学の記事を論理的に、かつ分かりやすく執筆するいい勉強になっていると思います。全世界に公開され、時に外国語に翻訳されるため、皆真剣に記事に向き合っていますし、事実に忠実かつ読者の関心を引く記事でなければいけませんから、研究費申請書作成などのいい練習にもなっているのではないでしょうか。

自身が助教になった際にケムステ上で名前も顔も公開することにしましたが、その際「研究はやっていないくせにケムステの運営にばかり精を出している」と言われないよう研究を頑張ったという点もいい影響かもしれません。ただ、ケムステがなければ論文をあと30本くらい書けたのではないか、と思うことはあります(笑)。実際二つとも自身の求める水準まで完璧に、というのは現実的には無理です。ただし、このナイスステップな研究者の受賞もその一つですが、ケムステをやっていなければ得られないことはたくさんあったので、ケムステの運営は今後も続けていきたいと思っています。

- 御自身の研究・研究室のマネジメントとケムステのマネジメントの一番違うところはどこでしょうか?

難しいですが、研究のマネジメントで気を付けているのは基本的には学生に任せることです。学生に言うべきタイミングには逃さず言う、言ってはいけないことは絶対に言わない、と自身の中で線引きし、学生の自主性を損なわないように気を付けています。学生をどうエンカレッジしているか?とよく聞かれますが、上から指導するのは余り好きではなく、どちらかというと自身が学生の中に入り込むイメージで、逆に学生にエンカレッジされることも多々あります。学生は一生懸命実験もしますし、化学に対しても熱い想いを持っているので、自身も常に同じような熱意と目線を持って学生をモチベートしていかなければと、いつも良いプレッシャーを感じています。

一方で、ケムステでは記事のやりとりはしても実際に会ったことのないスタッフがたくさんいるので、マネジメントという面ではケムステの方が難しいのかもしれません。現状スタッフは全部で120人ほどいますが、実働のコアスタッフは30人、定常的な連載を書いてくれている人は更に少数しかいないので、コアスタッフをいかに増やしていくかが課題です。スタッフは現役の化学の研究者がほとんどですので、皆さん忙しい中でいかに執筆を続けられる環境を作るかを日頃から考えています。

- ケムステの今後の方針について教えてください。

今後はケムステを化学の有識者が食べていける場として役立てたいという思いがあります。私は、研究は大好きですが、研究職に就くことだけが成功の道だとは思っていません。アカデミアや研究者の進路から外れた人でも、例えば博士を取った人であれば取っただけの理由があって、アカデミアや研究者以外でも活躍すべき場はたくさんあると思うのです。しかし、現状取り得るキャリアパスがそもそも少なく選択肢として認識されていないし、修士・博士までいてアカデミア以外の道を選ぶ人は「研究の花道から外れた」という印象を持たれる場合があると思います。そうではなく、専門的な教育を受けた人が活躍できる選択肢の一つとして認識してもらえたらいいなと思います。そのため、最近はスタッフを養うための資金集めも精力的に行っています。例えば、ケムステでは企業紹介を最近始めましたが、掲載企業からの掲載料を執筆者への原稿料に充てています。お金があるところからお金の入る仕組みを作り、様々なところに還元していけたらいいなと思っています。

加えて、企業紹介は企業と学生をつなぐ役割も果たしており、一般的な企業説明会でよくあるように「イノベーション」「グローバル」等大局的な言葉で企業のミッションを就活生に向け説明するだけでなく、企業における具体的な研究紹介・製品紹介を行う場所を企画し、現在は15社ほどに参加してもらっています。また、今年からはケムステに営業部隊も設置し、精力的に活動しています。

ほかにも、ケムステを仲介とした創薬実験の委託先のマッチングや、企業からのケムステ記事内容の提供依頼など、様々な依頼が舞い込んできており、ケムステの運営は過渡期にあると感じています。可能性は様々ですが、私は研究を第一に置きたいという思いがあり、時間が足りないのが実際のところです。次の一歩を踏み出すためには、勇気がいると思います。

~若手研究者に向けて~
- 御自身がアカデミアの道に進まれたきっかけと今後についてお教えください。

最初(学生時代)は人と話すために外に出る仕事をするMR(Medical Representative : 医薬情報担当者)や商社の方が性に合っていると感じていました。しかし、実は研究者(大学教員)も営業マンのように、化学の知識を使って人と会話し、自分の研究を広めるため、様々なところで講演し、人と交流し、学会活動をするのですよ。結果的に研究者の方が圧倒的に面白く感じてアカデミアの道に進み現在に至っています。昨今は様々なところでの交流が重要になってきており、研究者が天職だと感じています。

ケムステもスタッフがいなければ記事は書けない、研究も学生や共同研究者にやりたくない、と言われたらできない。つまり、何事も、一人では何もできません。チームをうまくまとめて、モチベートしていくことは下手ではないと思っています。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)での講演の際に「ベンゼン環のような結束したチームを作りたい」ということをお話ししました。ベンゼン環は共役構造といって、六角形につながった炭素の輪の中で、電子を共有して結合を安定化しています。炭素を「人」とみたてて六角形の「チーム」を形成し、電子を「これを成し遂げたいという思い」になぞらえて共有し安定化する、という例えをしましたが、今後も自身の強みを生かし、結束して安定感のある(そして実は反応もできる)チームを築けていけたらいいなと思っています。

- 若手に向けてメッセージをお願いします。

若手の頃は今が一番忙しいと思いがちですが、次の年はもっと忙しく、更にその次の年はもっともっと忙しく、その人が注目されている限りはどんどん時間がなくなってくるので、時宜を逃さず活躍できるようにとにかく頑張ってほしいと思います。目の前のことに興味を持って進めていけば、いつかいいことがあるはずです。