STI Hz Vol.4, No.4, Part.1: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 千葉 大地 准教授インタビュー-磁石の「状態」を電気的に自在にスイッチできる原理と技術の実証-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00149
  • 公開日: 2018.11.26
  • 著者: 葛谷 暢重、蒲生 秀典、梅川 通久
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻
千葉 大地 准教授インタビュー
-磁石の「状態」を電気的に自在にスイッチできる原理と技術の実証-

聞き手:企画課 課長補佐 葛谷 暢重
科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典
第1調査研究グループ 上席研究官 梅川 通久

千葉大地氏は、学生時代から磁石の原理を追求し、制御する研究を行っている。京都大学の助教時に、室温で、金属(コバルトなど)の薄い膜に電圧を加えるだけで、磁石の性質を持つ状態と持たない状態を自在に変えることを世界で初めて実証し、従来の常識を覆した。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、この成果に着目し、2017年に「ナイスステップな研究者」の一人として千葉大地氏を選定した。千葉氏の成果は、磁気書き込み電力の飛躍的なブレークスルーを起こすものである。また、第5期科学技術基本計画で示された、Society5.0の実現に必要な、IoT(Internet of Things)やAIの発展に不可欠な新たな展開も期待される。

今回のインタビューでは、千葉氏に、研究成果までの道のり、今後の展開や、キャリアパスに対する考え方、研究環境に対する改善点、若手研究者へのメッセージなどを詳しく伺った。

千葉 大地東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授

千葉 大地
東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授

- 千葉先生はどのようなきっかけで研究者の道を選んだのでしょうか。

学部3年生くらいまでは、余り深く考えないまま、就職を前提にとりあえず修士課程に進もうと考えていました。卒論や修士での研究で磁石の魅力に出会い、磁石の研究を突き詰めてみようと考えてからは、博士課程に行き、研究者になろうと思いました。

- 先生にとっては、磁石との出会いが研究の始まりということですが、磁石の魅力は何ですか。

磁石は身近なものであり、物性が明確であり、アイデアが出しやすいです。しかも、いろいろな方法で作ってから物性を制御することもできるので、様々なアプローチが可能です。原理も発見しやすく、多くの可能性を秘めたものです。磁石の研究は非常に面白いです。

- 今回、ナイスステップな研究者に選定されるきっかけとなった研究テーマは、磁石を電気的に自在に制御できる研究です。この内容について、詳しく教えてください。

鉄などの金属の磁石については、磁界を加えることで磁化の方向が変化したり、非常に高温にすることで磁石としての性質が消失したりすることが昔から知られています。この研究では、例えば、室温のまま一定の温度で、電圧を加えるだけで、磁石であったものからその性質を消したり、逆に磁石の性質を持たない状態から、磁石の性質を持たせたりといった、磁石の性質を自在に変えることができるということが一番のポイントです。最初は、半導体が磁石となっているものを用いて研究をしていました。絶縁層を介して電圧をかけることで半導体に電荷が蓄積され、それにより磁石としての性質が変わるという原理を用いていました。蓄積された電荷によって磁石の性質を制御すること自体は、金属よりも半導体の方が圧倒的にやりやすいということで取り組んでいたのですが、そもそも半導体でも磁石でもあるような材料を作るのが非常に難しいことが課題でした。そこで、鉄やニッケルなどの身近な磁石で同様の制御ができれば面白いのではないかと考え、まずは、コバルトを用いてこの研究を始めました。ただ、このような身近な磁石は金属ですので、元々内部にたくさんの電子が存在し、そこに少しの電荷を蓄えるようなことをしても、磁石の性質を制御する上では、余り効果がないのではと従来は考えられていたのです。私は、金属であっても原子1個分といった非常に薄い層では電荷がたまったり放出されたりする状況がうまく作り出せるという性質に着目しました。これを利用すれば、半導体による磁石と同様に金属磁石もその性質を制御できるかもしれません。そこでコバルトを用いて原子2個分の厚さの磁石を作り実際に試したところ、電圧で磁石の性質が制御できることを実証できました(図表1)。

図表1 電圧によって磁石の状態が制御できるイメージ図表1 電圧によって磁石の状態が制御できるイメージ

出典:千葉 大地 東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授御提供資料

- この研究テーマで難しかったところはどこですか。

現象をみるためには、まず試料(金属磁石)側の「チューニング」が必要でした。磁石が磁石であり続ける上限の温度をキュリー点と言いますが、ある一定温度(例えば室温)において電圧で磁力を消したり、もとに戻したりできるということは、その温度をまたいでキュリー点が温度変化する、ということと同じことです。ところが、実験装置でデータを取得不可能な、室温付近よりはるかに高い温度にキュリー点をもつ試料では、キュリー点の温度変化がよっぽど大きくない限り、検証を行うことができません。そこで、実験装置でうまくデータを取得できるようにするために、キュリー点の温度変化を調整(チューニング)する必要があったわけです。例えば、コバルトのキュリー点は、室温よりずっと高い(1000℃以上)のですが、実験を通じて、試料を薄くするだけでキュリー温度をチューニングできることがわかりました。これは、元々半導体磁石を用いた実験をしていた私にとっては初めて知った事実でしたが、この研究の実験で取り扱っているような2原子層程度の厚さまで試料を薄くすると、キュリー温度も室温付近まで下げられるのです。キュリー温度の電圧制御と、研究で必要とされる条件とが、試料を薄くするという点で共通していたのは、ある意味でラッキーだったかもしれません。これによって、キュリー温度を室温付近で自在に変えることができることが証明でき、その後の成果につながりました。

- 今回の研究テーマは、いつ頃に発想しましたか。

私自身工学部の電気系出身で、半導体に関する知識は学部生の頃から学んでいました。学部4年生で研究室に所属する段階ではまだ磁石について強く意識してはいなかったのですが、配属を希望した研究室では半導体量子構造や新しい半導体材料を取り扱った興味深い研究を行っており、その中で研究対象としての半導体磁石に出会いました。やり始めてみると磁石は非常に面白く、磁力を消したりもとに戻したりということだけでなく、磁化の方向を電圧で制御するという原理についても、その後東北大学での研究員のときに実証しました。その後、京都大学、東京大学での競争的資金の獲得等を経て、今では身近な磁石を使って内容を発展させています。

- この原理を用いた社会的なインパクトについて教えてください。また、どのような分野に応用が可能でしょうか。

磁力の制御はともかく、電圧で磁化の向きを制御する技術は、電源を供給しなくても記憶を保持する記録媒体の超省エネ書き込み手法としての応用が期待されます。具体的には、電圧をかけることによって磁化を制御しますが、その後の維持に電力を消費するわけではありませんし、磁気データの書き込みの電力消費を抑えることによって省エネルギー性能を発揮することができれば、他の種類の記録方式と比較して磁気記録媒体の魅力をより引き出すことができます(図表2)。

また、多くの関連する研究が行われるようになってきており、他分野への広がりも感じています。磁化の制御を広い意味で考えた場合、例えばIoT応用への展開の可能性も広がります。

図表2 磁化の方向性制御及び磁気メモリへの応用図表2 磁化の方向性制御及び磁気メモリへの応用

出典:千葉 大地 東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授御提供資料

- 今後の研究の展開について教えてください。

現在のスピントロニクス研究は、磁気メモリ応用に関するものがほとんどですが、私はセンシングなどIoT向けのデバイスの研究にも非常に興味があります。スピントロニクスデバイスは、従来の半導体プロセスで作製可能で、集積化も容易です。また、フィルムやプラスチック基板上にも作製できます。そのような柔らかいスピントロニクス素子では、例えば手や腕に貼り付けて動かすと磁化方向が変化することを利用し、生体モニタリングなどの新たな展開が拓けます。こういった特長をいかして、今後IoTスピントロニクス、あるいはフレキシブルスピントロニクスという新たな分野を先導したいと考えています。

また、私自身、当初は自らの好奇心に従った基礎研究に重きをおいて活動していたとも言えますが、ここまで発展させてきた研究を今後は社会実装への道筋に載せることも意識し、基礎と応用を広くカバーする範囲で研究をしていきたいと思っています。

- さて、話題をキャリアパスについて移します。千葉先生は、東北大学、京都大学、東京大学へと研究する場を変え、任期付研究者からテニュア研究者となっています。研究する場を変えること(流動性)のメリットやデメリットを教えてください。

私の場合、東北大学で博士号を取得し、ポスドクをしておりました。その後、京都大学の先生からお誘いがあり、京都大学へ移りました。京都大学では、任期付研究者として研究をし、東京大学には公募試験によりテニュアの研究者として採用されました。

私自身の経験では、研究する場所が変わることで、気持ちがリフレッシュでき新たなテーマに触れることで視野が広がりました。また、新しい人との出会いにより、新しい発想が生まれることもあり、良い点がたくさんありました。

一方で、任期付研究員について、一般論として良いかどうかの答えは持っていませんが、私の場合は、不安感もありましたが、良い刺激、良いプレッシャーがあり、良かったと思います。ただし、腰を据えて研究するためには、任期は5年では少し短いと思います。7年程度あれば、自分の研究をきちんと広げることができると思います。

- 東京大学で研究室を持って、御自身の研究にどのような変化がありましたか。

東京大学で研究室を持ち、大きく研究生活が変わりました。学生と研究を進めるには、筋の通ったこと、すなわち研究の方針をしっかり伝えねばなりません。また、マネジメントをする時間が大幅に増え、自分で実験をすることは減りました。ただし、新しい研究テーマを探索するために時間を作り、自分でも実験道具を作って予備的な調査活動をしています。その時間を捻出するために、様々なことを効率的にしようと努力しています。また、自分で実験道具を作ることは東北大学で所属した研究室の当時助手だった先生による影響が大きいですが、購入するよりもかなり安く思い通りにできますし、何より作ることは楽しいです。

現在研究室には学生が10名おり、内5名が博士コースです。ワークライフバランスを考慮し、土日は基本的には行事は入れず休むようにしています。私自身も土日は家族と過ごしています。

- 研究環境において改善してほしいものは何ですか。

大型の最新鋭の共用設備では、限られた時間で最大の成果を得ることが重要です。このような大型の共用設備では、スーパー技官のような方を配置してほしいです。例えば、高度な電子線描画装置や透過型電子顕微鏡などは初心者では使いこなすのが難しいため、多くのステップを踏む必要があります。最終ゴールを理解した上でサポートしていただける方がいると、一気に目的が達成でき、大幅な時間短縮ができます。例えば、SPring-8ではビームラインごとに専門知識を持った担当研究者が配置されています。やりたいことの根本を理解していただけるので、限られた時間で最大の成果を上げられるようにサポートしていただけて、非常に感謝しております。このように、ほかの先端機器においても一緒に研究をしてくれる、論文では共著にもなってくれるくらいの担当者がいると、研究のレベルが飛躍的に上がると思います。

- 現在の日本の学術研究について何かあればお願いします。

研究を基礎研究、応用研究と分けてよく言われていますが、良い意味で余り意識しすぎなくてもいいのではと感じています。私の研究ではサイエンスとエンジニアリングの融合を志向していますし、基礎から応用まで幅広く扱っていて、研究テーマも基礎から入る場合も、いきなり応用から入る場合もあり、それぞれが研究の幅と理解を助ける場合も多々あると思います。

- 最後に若手研究者へのメッセージをお願いします。

私の場合には磁石の性質を変えられる、制御できる魅力にひかれ研究を続けてきました。若手研究者の皆さんも、興味のあるものを見つけたら是非やって極めていただきたいと思います。