STI Hz Vol.4, No.2, Part.4:(ほらいずん)我が国の研究力向上に資する研究者の実態調査:科学技術専門家ネットワークへの調査からSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00132
  • 公開日: 2018.05.28
  • 著者: 宇藤 健一、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
我が国の研究力向上に資する研究者の実態調査:
科学技術専門家ネットワークへの調査から

文部科学省 科学技術・学術政策局 企画評価課 宇藤 健一
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘

概 要

我が国の研究力向上のためには、研究者の海外経験が大きな影響を与え、研究資金や研究時間も重要であるとされているが、これらは主に研究者の言説として定性的に得られる情報であった。そこで、文部科学省科学技術・学術政策局 企画評価課は、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)と協力して、我が国の研究力向上に資する示唆をある程度定量的に得るため、NISTEP科学技術専門家ネットワークに所属する研究者の実態調査を行った。

今回の実態調査から、多くの研究者は、海外での研究経験等が研究力の質向上につながると認識している一方で、「帰国後のポストや処遇に不安を抱えており、海外で研究する選択を躊躇している」という現状を一定の定量性をもって再認識する結果を得た。また、中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究を推進するために最も重要だと感じる要素は、研究資金が「中長期にわたり安定的に予見できること」であり、「期限の制約や柔軟な使い方を可能とする」ことを上回った。研究時間を増やすためには、「組織内の会議の頻度を少なくし、組織運営業務の負担を軽減すること」が最も有効であるとの回答を得た。これらの結果は、これまでの認識を定量的に裏付ける結果となり、今後の政策検討における貴重なエビデンスとなり得る。

キーワード:研究力,海外経験,研究資金,研究時間

1. はじめに

近年、我が国の相対的な研究力低下が、学術論文数や引用数の分析から指摘されるようになっている。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、かねてより研究力の相対的な低下について科学研究のベンチマーキング等において報告していたが1)、2017年にNature誌がこれを指摘したことにより2)、研究力の低下が大きくクローズアップされ、その要因が更に分析されることとなり、様々な議論が呼び起こされている。

我が国の研究力向上のための要素として、研究者の海外での研究経験、研究資金や研究時間が重要であるとされている。ただし、これらはNISTEP定点調査3)等一部を除いて、主に研究者の言説として定性的に得られる情報であった。そこで、文部科学省科学技術・学術政策局 企画評価課は、NISTEPと協力して、我が国の研究力向上に資する示唆をある程度定量的に得るため、NISTEP科学技術専門家ネットワークに所属する研究者の実態調査を行った。

2. NISTEP科学技術専門家ネットワークと調査手法

科学技術専門家ネットワークは、NISTEPの科学技術予測センターがウェブ上で運営する仕組みであり、科学技術の専門家から見解等を収集するための約2,000人規模のネットワークである4)。毎年、産学官の研究者・技術者・マネージャ等が「専門調査員」として協力し、常設のネットワークとして、NISTEP内や文部科学省等からの要請に対応して情報・意見収集を行っている。これまで、イノベーションに関する意識調査を中心に、例えば、東日本大震災後の科学者・技術者の意識に関する調査を行い、その結果が平成24年版の科学技術白書に掲載されるとともに5)、研究施設・機器の共用化等に関するアンケートによる調査報告が公表されている6)

今回の調査においては、平成29年度の専門調査員1,951名に対して平成30年2月21日に依頼し、同3月5日までに1,459名から回答率74.8%の回答を得た。主な調査項目は、①海外での研究経験と研究の質との関連性②中長期的な視野に立った研究資金に必要な要素③研究時間を増やすために有効な取組についてである。今回はこの分析の結果について報告する。なお、分析は実質的に研究者の回答を対象としているので以後専門家を研究者と呼ぶ。

3. 海外での研究経験と研究の質との関連性

我が国の研究力向上には、国際的に人材が流動し、グローバルな環境下で知の融合や研究成果の社会実装が進められていく必要があると言われている7)。今回の調査では、「海外での研究経験や海外研究機関との国際的な共同研究経験が、研究成果や論文の質の向上に十分につながる又はつながったかどうか」という質問を行い、実際の研究者の認識を確認した。調査の結果、「非常につながっている」から「ややつながっている」まで、少しでもつながっていると感じている人は合計79.2%と8割近くになった。さらに、大学、企業、公的研究機関(公的機関)等のいずれの所属機関に所属する者も同じ認識をもっていた(図表1)。また、「海外での国際会議に参加した経験が、研究成果や論文の質の向上に十分につながる又はつながったかどうか」という質問においては、「非常につながっている」から「ややつながっている」まで、少しでもつながっていると感じている人は合計88.8%と9割近くになった(図表2)。比較的に短期間の手続等でエントリー可能だと考えられる海外での国際会議への参加は、該当する経験者も多い上に、研究成果や論文の質の向上に対して意義ある経験に結びつくとの認識をもった者が多い結果であった。

以上のように、多くの研究者が、国際会議を含め海外での研究経験に前向きな認識をもっていることを確認した上で、海外での研究経験における弊害を聞いた。ここでは、博士課程修了後の間もない時期における海外での研究経験に焦点をあてるため、ポスドク時代を取り上げ、ポスドク時代に海外での研究経験がある研究者302名(全回答者中20.7%)に、「日本に戻る際に弊害となると感じること又は感じたことは何ですか(複数回答可)」という質問を行った。結果として、「戻る際のポストやそのポストにエントリーするための手続やタイミング等に弊害を感じる」といった回答が多い結果となった(図表3)。さらに、海外でポスドク時代を過ごした経験がない研究者1,157名(全回答者中79.3%)に、海外に行かなかった理由を聞いたところ、ポスドク経験者と同様に「戻る際のポストやそのポストにエントリーするための手続やタイミング等に弊害を感じる」傾向が見られた。なかでも、多数を占めた「その他」の回答者の主な自由記述としては、「博士号取得後の早い時期に常勤ポストを獲得したため海外での研究を考えなかった」、「情報不足等のため海外経験のタイミングを逃した」、「社会人ドクターのためポスドクの選択肢がなかった」、「別の機会に留学した、又は常勤ポストに就いてから海外での研究を経験した」という意見があった。

これらの結果は、以前の調査8)における「海外に研究留学や就職する若手研究者の数は充分と思いますか」という質問に対する自由記述に多く見られた「帰国後の就職機会の減少や職の確保への不安」、「任期付きやテニュアトラック制で採用された若手研究者は評価を気にし、海外へ行く機会を逸するもしくは躊躇する可能性がある」という内容と共通している面がうかがえる。多くの研究者にとって、海外での研究経験が研究の質向上につながる認識をもっている一方で、自国に戻る際のポストへの不安等から海外で研究する選択を躊躇している状況が示唆される。

図表1 海外での研究経験や海外研究機関との国際的な共同研究経験と、研究成果や論文の質の向上との関連性について図表1 海外での研究経験や海外研究機関との国際的な共同研究経験と、研究成果や論文の質の向上との関連性について

図表2 海外での国際会議に参加した経験と、研究成果や論文の質の向上との関連性について図表2 海外での国際会議に参加した経験と、研究成果や論文の質の向上との関連性について

図表3 海外でポスドク時代を過ごした経験がある研究者が、日本に戻る際に弊害になると感じること 又は感じたこと(左図)、海外でポスドク時代を過ごした経験がない研究者が、行かなかった理由(右図)図表3 海外でポスドク時代を過ごした経験がある研究者が、日本に戻る際に弊害になると感じること又は感じたこと(左図)、海外でポスドク時代を過ごした経験がない研究者が、行かなかった理由(右図)

4. 中長期的な視野に立った研究資金に必要な要素

今回のアンケートでは、研究資金に関する認識も調査した。我が国では、主な研究資金に、基盤的経費と公募型経費があり、双方ともに科学技術イノベーション活動の根幹を支えるものとして、最適な組合せを常に考慮することが重要だと言われている7)。ここでは、中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な取組という観点から、研究者の認識を確認した。最初に、「外部資金(競争的資金等)による研究活動・研究内容と比べて、基盤的経費による研究活動・研究内容の方が、中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究に貢献する又は貢献したかどうか」という質問を行った。結果として、「非常に貢献する」から「やや貢献する」まで、「貢献する」と感じている人は合計67.9%と7割近く、「貢献しない」という認識を示した合計13.8%を大きく上回った。所属機関別では、大学と公的機関においては、大部分の研究者が該当する経験を有するため、貢献する認識が全体の割合に比べて高い傾向にあった。一方、企業と団体においては、該当する経験がない研究者が高い割合存在するため、貢献するという認識が5割近くにとどまる結果となった(図表4)。特に大学・公的機関の研究者にとって、中長期的な視点に立った独創的・挑戦的な研究には、基盤的経費による研究資金の方が貢献する認識が多くある傾向が見られた。

次に、「中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究活動・研究内容に取り組む際に、研究資金において最も重要だと感じることは何か、2番目に重要だと感じることは何か」と質問した。いずれの所属機関においても、最も重要だと感じることは「中長期にわたり安定的な資金供給が予見できること」、2番目に重要だと感じることは「柔軟な使い方が可能と感じること」という回答が最も多い結果が得られた(図表5,図表6)。これらの結果は、研究者が独創的・挑戦的な研究活動を推進する上で必要とする研究資金への期待を表しており、今後の研究資金の在り方を考える上で示唆に富んだ結果だと考えられる。

図表4 外部資金による研究活動・研究内容と比べて、基礎的経費による研究活動・研究内容の方が、中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究に貢献する又は貢献したかどうか。図表4 外部資金による研究活動・研究内容と比べて、基礎的経費による研究活動・研究内容の方が、中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究に貢献する又は貢献したかどうか。

図表5 中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究活動・研究内容に取り組む際に、研究資金において最も重要だと感じることは何か。図表5 中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究活動・研究内容に取り組む際に、研究資金において最も重要だと感じることは何か。

図表6 中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究活動・研究内容に取り組む際に、研究資金において2番目に重要だと感じることは何か。図表6 中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究活動・研究内容に取り組む際に、研究資金において2番目に重要だと感じることは何か。

5. 研究時間を増やすために有効な取組

アンケートでは、さらに、研究時間の確保に関する調査も行った。我が国の研究力向上には、研究時間の確保が不可欠であるが、大学等教員の研究時間割合は2002年調査から2008年調査にかけて46.5%から36.5%に減少し、2013年調査では35.0%に微減という調査結果が報告されている9)。今回の調査では、研究時間を増やすために有効な取組を検討するため、「研究時間を増やすために、自身又は所属機関において効果がある又はあったと感じる取組は何か」という質問を行った。結果として、どの所属機関においても、「組織内の会議の頻度や負担を少なくすること」が最も有効であるとの結果が得られた。続いて、所属機関が大学を中心に「教育活動の支援のためのスタッフの配置などにより、教育活動の負担を軽減すること」、公的機関を中心に「URA以外の研究支援のための技術スタッフの配置を推進すること」、企業を中心に「テレビ会議システム等により出張頻度や負担を削減すること」が選択された(図表7)。所属機関の特徴によって、2番目に効果がある取組は異なるものの、今後の研究時間の確保に向けては、いずれの機関においても組織内の会議の頻度を少なくし、組織運営業務の負担を軽減することが必要不可欠であると考えられる。

図表7 研究時間を増やすために、ご自身又は所属機関において効果がある又はあったと感じる取組は何か(複数回答可)。図表7 研究時間を増やすために、ご自身又は所属機関において効果がある又はあったと感じる取組は何か(複数回答可)。図表7 研究時間を増やすために、ご自身又は所属機関において効果がある又はあったと感じる取組は何か(複数回答可)。

6. 最後に

今回、科学技術の専門家のうち、研究者を対象にした実態調査を通じて、我が国の研究力向上に資する示唆として、これまで研究者の言説にとして定性的に得ていた情報を、改めて定量的な調査結果として得た。主な結果として、海外経験が研究力の質向上に対して貢献していることを多くの研究者が認識している一方で、帰国後のポストや処遇に不安を抱えており、海外で研究する選択を躊躇している現状を再認識する結果を得た。また、中長期的な視野に立った独創的・挑戦的な研究を推進するために研究資金に必要な要素は、中長期にわたり安定的に予見できることが最も重要と認識されており、期限の制約や柔軟な使い方を可能とする研究資金を上回る傾向が見られた。研究時間に関しては、組織内における会議の頻度を少なくし、組織運営業務の負担を軽減することが最も有効であるとの回答を得た。これらの結果は、これまでの認識を定量的に裏付ける結果となり、今後の政策検討における一定のエビデンスとなり得る。

参考文献

1) 村上昭義,伊神正貫(2017).科学研究のベンチマーキング2017-論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況-.科学技術・学術政策研究所 調査資料No. 262.http://doi.org/10.15108/rm262

2) https://www.nature.com/press_releases/nature-index-2017-japan.html

3) 科学技術・学術政策研究所 科学技術・学術基盤調査研究室(2018).科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査2017)報告書.科学技術・学術政策研究所 NISTEP-REPORT No. 175.http://doi.org/10.15108/nr175

4) http://www.nistep.go.jp/activities/st-experts-network

5) 文部科学省.平成24年版科学技術白書:http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa201201/detail/1322773.htm

6) 伊藤裕子(2012).大学の研究施設・機器の共用化に関する提案 ~大学研究者の所属研究室以外の研究施設・機器利用状況調査~.科学技術政策研究所 DISCUSSION PAPER No. 085.http://hdl.handle.net/11035/1163

7) 第5期科学技術基本計画.平成28年1月22日:https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index5.html

8) 科学技術・学術政策研究所(2016).科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP 定点調査2015)報告書.科学技術・学術政策研究所 NISTEP-REPORT No. 166.http://doi.org/10.15108/nr166

9) 神田由美子,富澤宏之. 科学技術・学術政策研究所(2015)大学等教員の職務活動の変化-「大学等におけるフルタイム換算データに関する調査」による2002年、2008年、2013年調査の3時点比較-.科学技術・学術政策研究所調査資料No. 236.http://hdl.handle.net/11035/3027