STI Hz Vol.3, No.4, Part.12:(レポート)日本はイノベーティブな国か?:欧州委員会『European Innovation Scoreboard 2017(欧州イノベーション・スコアボード2017)』から見た日本のイノベーション・パフォーマンスSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00111
  • 公開日: 2017.12.20
  • 著者: 池田 雄哉
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
日本はイノベーティブな国か?:
欧州委員会『European Innovation Scoreboard 2017
(欧州イノベーション・スコアボード2017)』から見た
日本のイノベーション・パフォーマンス

第1研究グループ 研究員 池田 雄哉

概 要

欧州委員会は、科学技術・イノベーションに関する統計指標集『European Innovation Scoreboard』を毎年作成して公表している。この統計指標集では、科学技術・イノベーションに関する指標群から「総合イノベーション指数」を独自に作成して、EU加盟国や日本を含む各国のイノベーション・パフォーマンスを総合的に評価している。本稿では最新の2017年版の結果から、日本のイノベーション・パフォーマンスの主要各国間での相対的な位置づけを紹介するとともに、指標群から示唆されるイノベーション・システムの強みと弱みについて言及する。

キーワード:イノベーション・システム,統計,国際比較

1. European Innovation Scoreboard(欧州イノベーション・スコアボード)とは?

科学技術・イノベーション政策の対象に関する現状や展望についての理解を深く確実にするために、イノベーションに関する統計の着実な指標の拡充・展開が図られている1)。例えば、世界のおよそ100以上の国・地域では、イノベーション・データの収集や解釈を定めたガイドライン『オスロ・マニュアル(Oslo Manual)』に準拠した「イノベーション調査」を実施して、企業のイノベーション活動の状況や動向を把握している。各国における調査の結果はOECD(経済協力開発機構)等に報告されており、特許や科学論文といった文献レベルのデータと同様に国際比較可能な統計指標集に活用されている。その統計指標集の一つがEuropean Innovation Scoreboard(以下、EIS)である。

EISは欧州委員会(EC:European Commission) によって2001年から毎年作成・公表されており、欧州連合(EU:European Union)加盟国のイノベーション・パフォーマンスの現状を把握し、各国のイノベーション・システムの相対的な強みと弱みを比較評価する上で有用である。2017年6月に公表されたEIS 2017(European Innovation Scoreboard 2017)では、EU加盟28か国(2017年6月時点)のみならず、EUとの関係が深い近隣8か国(アイスランド、イスラエル、ウクライナ、スイス、セルビア、トルコ、ノルウェー、マケドニア)も評価の対象となっている。また、これら36か国に加えて、より限定された指標に関しては、日本を含む他の10か国(インド、オーストラリア、カナダ、韓国、中国、日本、ブラジル、米国、南アフリカ、ロシア)も対象とされている。したがって、EIS 2017では計46か国のイノベーション・パフォーマンスやイノベーション・システムについて評価されている。

EISの注目すべき特徴の一つは、「総合イノベーション指数(SII:Summary Innovation Index)」と呼ばれる独自の測定尺度である注1。総合イノベーション指数は、科学技術・イノベーションに関する指標群から算出される指数で、その指標群に含まれる指標の種類や定義は各年において改訂されている。例えば、EIS 2017における総合イノベーション指数は27の指標を算出根拠としている。最終的に、EISでは総合イノベーション指数の高低によって、各国を「イノベーション・リーダー(Innovation Leader)」、「強力なイノベーター(Strong Innovator)」、「中程度のイノベーター(Moderate Innovator)」又は「微力なイノベーター(Modest Innovator)」のいずれかに分類して、イノベーション・パフォーマンスの各国間の強弱を可視化している。

それでは、総合イノベーション指数から見て日本はいったいどの“イノベーター”に分類されるのだろうか。また、欧州諸国と比較して、日本のイノベーション・システムはどのような点で強み又は弱みを持っているのだろうか。本稿では、これらの点について言及していく。なお、本稿はEIS 2017における結果の概要とその示唆について議論しており、それぞれの指標に関して国ごとの結果は十分に紹介していない。結果の詳細はEuropean Commission3)、さらに方法論に関する詳細はEuropean Commission4)を参照していただきたい。

2. 日本は「強力なイノベーター」

EIS 2017における測定の枠組みは、図表1の通りとなっている。この枠組みは27の異なる指標群から構成されている。それぞれの指標は、「制度の状況(枠組み条件)(framework conditions)」、「投資(investments)」、「イノベーション活動(innovation activities)」、「経済効果(impacts)」の4分類に大きく分けることができる。さらに、この4分類は幾つかの小分類から構成されており、例えば、「制度の状況」については「人的資源(human resources)」、「魅力的な研究システム(attractive research systems)」、「イノベーションに親和的な環境(innovation-friendly environment)」から成り、それぞれの小分類に属する計8つの指標が「制度の状況(枠組み条件)」を構成している。

総合イノベーション指数は、図表1に示した指標群を基に算出される。各指標はそれぞれの単位において欠損値の補完及び異常値の補正(最大値又は最小値への変換)がなされた後、0から1の値を取るスコアに変換される。このスコアの単純平均値が総合イノベーション指数である。なお、EU加盟国等36か国については、27の指標全てが用いられているが、日本を含む他の10か国については16指標(図表1の太字で強調されている指標)に限定し、作成されている。異なる指標群によって算出されているため、総合イノベーション指数について、EU加盟国等の各国と日本を比較することは難しい。しかしながら、EU加盟28か国の平均については、限定された16指標によっても算出されており、その平均との比較は可能となっている。

2016年における日本のイノベーション・パフォーマンスは、図表2に示す通りである。ここで、図表中の数値はEU加盟国の平均を100とした相対値であり、正確には総合イノベーション指数それ自体を表すものではない。図表2を見ると、日本の総合イノベーション指数は109であり、これはEU平均に比べて日本のイノベーション・パフォーマンスが9ポイント高いことを示している。日本は韓国、カナダ及びオーストラリアを下回るものの、米国よりも高いイノベーション・パフォーマンスを有している。

前述したように、EIS 2017では総合イノベーション指数の多寡により、各国を「イノベーション・リーダー」、「強力なイノベーター」、「中程度のイノベーター」又は「微力なイノベーター」に分類しており、それぞれは以下のように定義される。

(1) イノベーション・リーダー:EU平均の120%以上の国

(2) 強力なイノベーター:EU平均の90%以上120%未満の国

(3) 中程度のイノベーター:EU平均の50%以上90%未満の国

(4) 微力なイノベーター:EU平均の50%未満の国

日本の総合イノベーション指数は109を示しており、これはEU加盟国の平均を100とした相対値なので、EU平均の90%以上かつ120%未満の定義に一致する。つまり、総合イノベーション指数による分類では、日本は、オーストラリア(113)や米国(101)と同じく「強力なイノベーター」である。その一方で、韓国(128)とカナダ(121)の両国は「強力なイノベーター」よりも優位の「イノベーション・リーダー」に分類できる。

本稿では割愛しているが、EU加盟国等ではスイスが最も高い総合イノベーション指数を有する国であり、同様にスウェーデン、デンマーク及びフィンランドといった北欧諸国やオランダも「イノベーション・リーダー」である。また、G7(先進7か国)では英国とドイツが「イノベーション・リーダー」に当たるが、フランスは日本や米国と同様に「強力なイノベーター」であり、イタリアはより劣位の「中程度のイノベーター」であった。

日本のイノベーション・パフォーマンスはEU平均を上回っていたが、2010年から2016年にかけてパフォーマンスはどのように変化していたのであろうか。図表3に、2010年から2016年にかけてのイノベーション・パフォーマンスの変化を示している。なお、図表中の数値は、EUの総合イノベーション指数(2010年)を100とした相対値の差である。図表3を見ると、日本の値は5.9となっており、2010年から2016年にかけてイノベーション・パフォーマンスが約6ポイント増加していたことが分かる。同期間におけるEUの増加幅は約2ポイントであり、日本はEUとのイノベーション・パフォーマンスの差を約4ポイント広げている。また日本の増加幅は、オーストラリアや米国よりも高く、「強力なイノベーター」の中では日本が最も顕著にイノベーション・パフォーマンスを改善していた。

図表1 EIS 2017における指標群とその枠組み図表1 EIS 2017における指標群とその枠組み

注:太字で強調された指標は、日本を含む10か国の総合イノベーション指数の算出に用いられたことを表す。
出所:European Commission34)より筆者作成。

図表2 イノベーション・パフォーマンス(2016年)図表2 イノベーション・パフォーマンス(2016年)

注:数値はEUを100とする相対的な値。
出所:European Commission3)より筆者作成。

図表3 イノベーション・パフォーマンスの変化(2010年-2016年)図表3 イノベーション・パフォーマンスの変化(2010年-2016年)

注:数値はEUの2010年の総合イノベーション指数を100とした相対値の2010年と2016年の差。
出所:European Commission3)より筆者作成。

3. イノベーション・パフォーマンス上昇の要因は何か

図表3では、日本のイノベーション・パフォーマンスが2010年から2016年にかけて上昇していたことを示したが、この要因は何であろうか。これを明らかにするために、指標別の結果を図表4に示している。なお、各指標の値はEUに対する相対値であって、それぞれの単位を表していない。

図表4に示すように、2016年においてEUに対して強みを持つ指標は、特に「企業部門の研究開発支出額(227.6)」注3、「PCT国際特許出願数(168.4)」及び「高等教育修了者数(153.7)」である。このうち、「企業部門の研究開発支出額」と「高等教育修了者数」における2010年と2016年の差は、それぞれ-18.6ポイント及び-9.1ポイントであり、2010年に比べるとEUに対する強みが減少していることを示唆している。その一方で、「PCT国際特許出願数」は2010年から2016年にかけて18.6ポイント増加しており、EUに対する強みが増加していると示唆される。「知的資産」を構成する指標では、「商標出願数(137)」が2010年から45ポイント増加しており、「イノベーション活動」を構成する指標である「他の機関と協力してイノベーション活動を実施した中小企業の割合(151.1)」も2010年から57ポイント増加している。これらの指標は2010年から2016年にかけて弱みから強みに変わっており、この2つの指標が総合イノベーション指数の上昇に寄与したと考えられる。

反対に、2016年においてEUに対して弱みを持つ指標は、特に「民間共同出資による公的研究開発費(35.1)」、「被引用度数上位10%論文数(58.5)」及び「博士号取得者数(64.1)」である。このうち、「民間共同出資による公的研究開発支出額」における2010年と2016年の差は8.1ポイントであり、2010年に比べるとEUに対する弱みが減少している。

その一方で、「被引用度数上位10%論文数」と「博士号取得者数」の値は、いずれも2010年から2016年にかけて減少しており、EUに対する弱みは更に深刻化している注4。減少幅が特に大きい指標は、「高等教育修了者数」、「企業部門の研究開発支出額」及び「官民共著論文数」といった強みを持つ指標である。また、全16指標のうち10指標で減少が見られており、総合イノベーション指数の上昇は、「商標出願数」と「他の機関と協力してイノベーション活動を実施した中小企業の割合」における顕著な増加に起因したと考えられる。

図表4を指標の4分類別に見ると、「制度の状況」では4指標中3指標が相対的にEUよりも低く、イノベーション・パフォーマンスの点では弱みになっている。その一方で、「投資」と「経済効果」では、全ての指標が相対的にEUよりも高く、イノベーション・パフォーマンスの点では強みになっている。しかしながら、いずれの指標も2010年から2016年にかけて減少しており、その動向に注視すべきといえる。最後に、「イノベーション活動」では、8指標中4指標が相対的に高く、総合的にいえば、現状では強みとも弱みともいえない。しかしながら、「イノベーション活動」では8指標中6指標が2010年から2016年にかけて向上しており、イノベーション・パフォーマンス上昇の主たる要因であったといえる。

図表4 日本のイノベーション・パフォーマンス―指標別の結果図表4 日本のイノベーション・パフォーマンス―指標別の結果

注:数値は各年のEUとの相対値。
出所:European Commission3)より筆者作成。

4. 結び

EIS 2017が示唆するように、日本のイノベーション・パフォーマンスはEUや米国よりも高く、その位置づけは「強力なイノベーター」といえるものであった。日本のイノベーション・パフォーマンスは2010年から2016年にかけて着実に向上しており、「他の機関と協力してイノベーション活動を実施した中小企業の割合」と「商標出願数」がこれに寄与していた。

EISは、各国のイノベーション・パフォーマンスの状況やイノベーション・システムの強み・弱みを把握する上で有用だが、その測定の枠組みは、科学技術・イノベーションに関する指標群の一部にすぎない。そのため、各国のイノベーション・システムを全体的・包括的に評価するには限界がある。したがって、総合イノベーション指数による順位付けに一喜一憂すべきではなく、それよりもむしろ、その背景にある(欧州の政策担当者が注目する)指標を適切に理解して、イノベーション・システムの様相や状況について検討を深めていく方が重要である。

なお、EIS 2017の作成に当たり、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、欧州委員会の要請に応えて一般統計調査「全国イノベーション調査」注5の分析結果を提供している。当該調査分析の結果は、最近では、『科学技術白書』(文部科学省)、『国土交通白書』(国土交通省)、『通商白書』(経済産業省)、『労働経済の分析』(厚生労働省)といった政府の政策文書にも幅広く活用されている。一定の精度を確保しつつイノベーション・システムの状況を定量的かつ正確に測定する方法としては、イノベーションに関する統計が有効であり、今後も継続的に「全国イノベーション調査」を実施していく意義は大きい。


注1 指標(indicator)は、その数値自体に何らかの意味を有し、通常は、単位を有するかパーセンテージで表示される。これに対して、指数(index)は、その数値自体は、通常は、何らかの統一した変換によって1次元の情報(例.単なる大小等)に射影して表される順序尺度でしかない場合が多い2)

注2 PCT 国際特許出願とは、特許協力条約(PCT:Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願制度のことをいう。これは、特許協力条約に即して出願願書を提出することで、条約に加盟した各国においても同時に出願したこと同じ効果を付与する特許出願制度である。

注3 科学技術・学術政策研究所5)によれば、企業部門における研究開発費の対GDP比率(2015年)は2.57%であり、主要国の中では韓国(3.28%)に次いで高い水準であった。なお、総務省統計局6)によれば、企業部門における研究開発費の総額(2015年度)は13兆6,857億円(対前年度比0.7%増)で、科学技術研究費全体(18 兆9,391億円)の約72%を占めていた。

注4 科学技術・学術政策研究所7)によれば、日本の被引用件数上位10%論文数(整数カウント)は、2013年から2015年の平均(全分野)では6,527本であった。2003年から2005年の平均(5,821本)よりも増加しているが、他の主要国に比べて伸び率が低く、この間に世界ランクは5位から10位に後退している。

注5 2015年に実施した「第4回全国イノベーション調査」の結果については、科学技術・学術政策研究所8)や池田9)に詳しい。

参考文献

1) 伊地知寛博 (2008) 「研究開発・知的財産統計の現代化:国際動向および日本における展開と課題」,『研究・技術計画学会 年次大会講演要旨集』,第23巻,pp.594-597。

2) 伊地知寛博 (2016) 「科学技術・イノベーションの推進に資する研究開発に関するデータのより良い活用に向けて:OECD『Frascati Manual 2015(フラスカティ・マニュアル2015)』の概要と示唆(前編)」, STI Horizon, 第2巻3号,文部科学省科学技術・学術政策研究所:http://doi.org/10.15108/stih.00047

3) European Commission (2017) European Innovation Scoreboard 2017, Publications Office of the European Union, Luxemburg:http://doi.org/10.2873/076586

4) European Commission (2017) European Innovation Scoreboard 2017Methodology Report, European Commission, Brussels:http://ec.europa.eu/docsroom/documents/23981

5) 科学技術・学術政策研究所 (2017) 『科学技術指標2017』,調査資料,No.261,文部科学省科学技術・学術政策研究所:http://doi.org/10.15108/rm261

6) 総務省統計局 (2017) 『平成28年科学技術研究調査報告』,総務省統計局。

7) 科学技術・学術政策研究所 (2017) 『科学研究のベンチマーキング -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況-』,調査資料,No.262,文部科学省科学技術・学術政策研究所:http://doi.org/10.15108/rm262

8) 科学技術・学術政策研究所 (2016) 『第4回全国イノベーション調査統計報告』,NISTEP REPORT,No.170,文部科学省科学技術・学術政策研究所:http://doi.org/10.15108/nr170

9) 池田雄哉 (2017) 「日本企業によるイノベーションの実像-『第4回全国イノベーション調査統計報告』-」,STI Horizon,第3巻1号,文部科学省科学技術・学術政策研究所:http://doi.org/10.15108/stih.00065