STI Hz Vol.3, No.3, Part.4: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)東京大学大学院工学系研究科附属 医療福祉工学開発評価研究センター/バイオエンジニアリング専攻/工学部精密工学科/中川 桂一 助教インタビューSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00091
  • 公開日: 2017.09.25
  • 著者: 三木 清香、中島 潤
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東京大学大学院工学系研究科附属 医療福祉工学開発評価研究センター/バイオエンジニアリング専攻/工学部精密工学科
中川 桂一 助教インタビュー

聞き手:企画課 課長 三木 清香
科学技術予測センター 特別研究員 中島 潤

 これまでの「見る」速度の限界を超える、時間分解能を3桁高めた高速度カメラ(STAMP)が開発された。

 ナイスステップな研究者2016に選定された中川氏は、超短パルスとして発された「光」を、一連の「色」ごとに分解し連続してターゲットに到達させ、次々に到着する色のパルスを空間的に分けて捕らえ、動画として再構成するという全く新しい発想から超高速カメラを開発し、これまでの最高速度を大幅に上回るフェムト秒単位(1000兆分の1秒の単位)の変化を「見る」ことに成功した。

 本稿では、STAMP開発の根幹となるアイデア、開発経緯、今後に向けた構想とともに、中川氏の大学院機能への想いなども紹介する。

東京大学大学院工学系研究科附属 医療福祉工学
開発評価研究センター/バイオエンジニアリング専攻/
工学部精密工学科 中川 桂一 助教

― 先生が開発された高速度カメラの特徴と仕組みを教えてください。

今回注目していただいたカメラは、Sequentially Timed All-optical Mapping Photography(STAMP:スタンプ)と名付けた、世界最高速のカメラです。

STAMPの撮影原理ですが、まず観察対象となる物質に対して超短パルスレーザーを発します。この光が観察対象となる物質に当たる前に、光のスペクトル(色)ごとに時間的に分けます。虹が何色にも見えるのは、光がスペクトルによって屈折率、つまり光の速度が違うからで、この原理同様、ストロボのように同時に発出された光も赤色、だいだい色、、、紫色と100兆分の1秒から1兆分の1秒程度のごくわずかな時間差で分けることが可能です。分けた光を、スペクトル別つまり色別に連続的に観察対象に照射します。ここで像情報を記憶した連続的な各スペクトルの光を、それぞれの色によって進路を変更することで、空間的に分離します。空間的に分離された各スペクトルの光は、イメージセンサーを通して電気信号に変換されコンピュータへ取り込まれます。観察対象の像情報を持った光の色と時間、そして色とイメージセンサー上の位置が対応関係を持っているので、どの位置にどの時間の像が取り込まれているのかが識別でき、センサーに取り込まれた情報を動画として再構成することができます。(図表1)

このSTAMPには新しい点が二つあります。まず1点目がこの撮影原理そのものです。これまでの高速度カメラ開発においては、撮影の時間分解能を向上するために、いかに速くシャッターを切り、速くデータを取り込むかを追求していました。しかし電気的なデバイスで大量データ処理を短時間で行っていくのは限界があります。これに対しSTAMPは、撮影される光の方を制御していますので、シャッター速度といった技術的な制約がかからず、物理限界に迫る世界最速での撮影を実現できました。2点目が、観察対象を通過して画像情報を持ったスペクトルを空間的に分離するというシステムです。一方、既存技術で決定的に重要であったのは、スペクトル別のレーザー光を観察したい時間領域まで引き延ばし(例えば数十フェムト秒の超短パルスを数ピコ秒程度まで引き伸ばす)、欲しい色のパルス列を得る、というレーザー光の制御技術でした。これは波形整形技術と呼ばれ、慶應義塾大学の神成研究室が非常に高い技術を持っておられました。神成教授にSTAMPの構想を説明したところ面白いと言っていただき、共同研究になりました。スペクトル別の光をイメージングに使い、かつ空間的にばらけさせるというSTAMPのようなシステムは世界で初めてでしたので、試行錯誤しながらこのシステムを半年ほどかけて自分で作りあげました。

図表1 全光学的な時間―空間変換による超高速連射イメージング

出典:東京大学大学院工学系研究科附属 医療福祉工学開発評価研究センター/
バイオエンジニアリング専攻/工学部精密工学科 中川 桂一 助教御提供資料

― STAMP開発の動機は何だったのでしょうか?

STAMPの開発に成功した原動力は「見たい」という要求です。私の研究テーマの一つは医療機器の開発、特に音のように圧力の波として伝わる衝撃波のエネルギーを医療に生かす機器の開発です。学部4年生のときに、現在も所属している東京大学医用精密工学研究室で、衝撃波医療をテーマとして研究をスタートしました。衝撃波の代表的な医療応用は結石破砕です。例えば、体内に小さな石ができる結石というとても痛い病気がありますが、昔は、体を外科的に切る侵襲的な方法で結石を取り除いていました。今では、体の外から衝撃波のエネルギーを結石に集中させ、体内で破壊するという治療法が開発されています。私の最初の研究テーマは、体内に入れられる小指の先端ほどの大きさに衝撃波発生装置を小型化することでした。衝撃波は音と同様の性質を持っているので、例えば骨などに当たってしまうと、反射してその裏側には届かなくなります。しかし、小型衝撃波発生装置ができれば、体内の様々な場所にアクセスし、特定箇所にだけ衝撃波のエネルギーを加えることができるようになります。当時のターゲットは、結石の他にがん細胞や不整脈を起こしている心臓の細胞であり、あくまでも細胞等を「破壊」して治療することを目指していました。

ところが、自分でいろいろと調べていくうちに、弱い衝撃波や音波で細胞を刺激すると、例えば血管が再生したり、骨成長が促されたりといった知見が出てきていることがわかりました。どうやら衝撃波や音波が人の体を活性化させるようだという話です。そうだとすると、衝撃波の医療応用は、病気治療だけではなく、体を丈夫にするなどして病気を未然に防ぐ予防医療に拡大できるのではないかと考えられます。私の興味も衝撃波を予防医療に活用することへと移り、修士のときにテーマを移しました。ですが、実はこの衝撃波や音波を細胞に当てて活性化させるというメカニズムは難しくて、まだよくわかっていません。活性化された実例はあるのですが、なぜ活性化されたのかわかりません。細胞が壊れるという現象は明確でわかりやすいのですが、細胞が生きている状態で、刺激として音などのエネルギーを吸収するメカニズムを解明するのは結構難しい問題です。

修士のときは、細胞を培養し、自分で製作した装置で衝撃波を放ち、細胞の応答を観察するというアプローチを行いました。ところが、結果を理解するのが非常に難しいのです。例えば、衝撃波によってある細胞は死んでしまうが隣の細胞は正常のままである、などとても大きな違いが生じ、実験結果が出ても各細胞で一体何が起こったかわかりません。当時は、細胞を準備して、様々な条件で衝撃波を放って一つ一つ反応を見るというかなりトラディショナルなやり方で実験して、結果の解釈に苦しんでいました。他の研究グループでも同じ問題が内在しており、依然メカニズムがわからないままになっています。同じやり方を続けていても答えは見えてこないだろうと思いました。

そこで考えたのは、その場で細胞が何を感じているのか、衝撃波が届いた瞬間に細胞で何が起こっているのか「見たい」ということでした。何が起こっているかわからない→起こっている現象を見たい→どうすれば見えるか、という発想に自然と行き着きました。

どうすれば見えるかという話ですが、細胞の大きさは10~30μm(マイクロメートル)のレベルです。一方、衝撃波の伝わる速度は、空気中だと340m/sくらいですが、水と組成の近い人の体の場合は、1500m/sくらいです。この条件で計算すると、衝撃波が細胞を通り過ぎるのに、数ナノ秒から十数ナノ秒しかかかりません。さらに、衝撃波の通過中に細胞に起こっていることの詳細を知るためには、この通過時間を更に細かく切って見ることが必要です。つまりナノ秒より速いサブナノ秒の撮影速度を持つ高速度カメラが必要です。そのような撮影速度のカメラを探しましたが、世の中に存在していませんでした。ですので、作ってしまおうと。本当にそういう単純で純粋な発想で、STAMPを作り始めました。

― STAMPを製品化したいという相談は多いのでしょうか?

はい、国内外からかなり来ていますね。ただ、現在のところSTAMPは簡単に持ち運びできるようなカメラではなく、大きな定盤の上に光学系を組んだシステムです。何か見たい現象があると言われて、「ではカメラを持って撮影に行きましょう」とはいきません。また使用している機器にはかなり高価なものが含まれ、外部でシステムを組むことが難しくなっています。自作したいという研究者には情報を余すことなくお伝えしていますが、レーザーの専門家ではない方が多く、いろいろ難しい面も出ています。今のままではSTAMPを広く使っていただくことは少し難しいようです。

STAMPの小型化は可能であり、進めようとしていることの一つです。また、製品化した方が使いやすくなると思われるので、何とかしたいと考えています。現在は、レーザーの扱いにたけた神成研究室の学生さんが、STAMPを発展させるための技術開発を非常に精力的に進めてくれています。

もちろん、企業からの相談もあります。興味を持ってくださる企業は大きく二通りで、一つは“高速撮影できるカメラ”というコンセプト自体に興味を持ってくださっているメーカーの方々です。ただ、今までの高速度カメラと原理も使っている機器も異なる条件下で、製品化のハードルを越えるだけのニーズが不透明なことが課題です。直接言われたわけではありませんが、STAMPの原理を使ってできることとニーズの大きさがわからないため製品化に踏み出せないというのが正直なところだと感じます。やはり我々が具体的なSTAMPの活用例を示して、ニーズを見せていくことが必要と考えます。その一つが、まさに今、私がやろうとしている、細胞の観察であり、衝撃波と細胞のインタラクションの可視化を通し、様々な価値が生まれると考えています。

もう一つ、別の観点で興味を持ってくださっているのは医療系の業界です。こちらでもSTAMPの活用をどう広げるか、大きな産業がそこに眠っているかどうかの検討を続けましょうとお話している段階です。STAMPが汎用的であり、“何でも高速度で撮影できる”ことから、逆にすぐには具体的なニーズの発想に至らず、製品化が進んでいない状況です。

私は、高速度カメラに限らず先端的な計測機器というものは、それ自身がイノベーションというよりは、“イノベーションを生み出すための機器”だと理解しています。イノベーションの実現には、製品又はサービスにつなげるためのもう一つのステップが必要で、今はSTAMPを使った新しいモノかコトが待たれている状態だと考えています。世の中に広がるのはSTAMP自身ではなくて、STAMPで得た新しい知見で開発されたモノやサービスだと思います。そのため、私自身が研究開発を進めているのは、STAMPを活用した新たな診断技術です。これが社会に実装されていくことによってSTAMP自体も洗練されていき、新素材の開発、デバイスの検査やレーザー加工といった、様々な分野へ普及していくと考えます。STAMP活用による新たな診断技術確立といった具体例を示し、イノベーションにつながることを提示しなければと、もがいているところです。具体的な活用例の完成度が高くなればSTAMP自身の完成度も高くなり、そして別のところでの展開も出てくると考えています。

― 以前から取り組まれSTAMP開発のきっかけとなった、衝撃波や音波で細胞に負荷をかけて活性化させるという研究は、活発な研究領域なのでしょうか。

世界的に見ても、まだまだだと思います。これまで、病気を治療するという研究は随分取り組まれてきて、技術も上がりましたが、コストも上がってきています。例えば、医療ロボットでダ・ヴィンチとか、加速器を使った治療とか、どれもすばらしい技術ですが、医療コストが高くて誰でも受けられるわけではありません。日本が高齢化社会に向かっている中で、戦略として予防医療に向かっていく必要があると思います。この文脈で、物理的な刺激を生体に与えて活性を高めるメカノバイオロジーというのは、装置の初期コストがかかりますが、治療や薬のように、毎回のコストがかかるわけではありません。何より外科治療で体を傷つけることがないので、常に体が元気な状態に保たれて楽しい人生を送ることができます。健康な状態を保ち健康面での生活の質を維持する方向を目指すのが私のやっている衝撃波の研究です。生体を病気になりにくくしようという試みは、国内外で盛んになされようとしていると思います。

― 話題は変わりますが、研究者として科学技術行政に対してのお考えなどがあればお聞かせください。

研究資金にしても、チャンスは用意されていると感じています。そのチャンスをつかむための準備と実力を備えることが大事だと思っています。

他に研究環境という点で言えば、もう少し支援者が欲しいというのはありますね。例えば、私の業務には学生が社会人として学外の方と接するときの礼儀作法を教えたりすることも含まれるのですが、そのように研究だけではない業務に主体的に対応してくれる支援者がいると有り難いですね。

― 博士課程への進学者が減ってきています。

博士学生は確かに少ないと思います。一時期米国の研究室で研究した経験から、日本と米国では学生のモチベーションが違うと感じています。学生の質・能力はさほど変わらないと思いますが、米国の学生は、研究が自分の仕事という感覚で成果を追求していて、大学院では博士までの5年が基本です。かつ、彼らはお金をもらっているのできちんと働かなければ大学に残れないと思っており、常により良い成果を追求しています。話が大きいのですが、国力の問題として大学院制度をより良くするにはどうすればいいか、考えていく必要があると思いました。

― 今後、やってみたいことは何でしょうか

たくさんありますね。STAMP自体、やはりもう少し改良したり活用例を増やしたりしていきたいですし、衝撃波を細胞に与えたときのメカニズム解明も進めたい。また、以前留学したときの研究も続いており、再度渡米して実験をしたいと計画しています。併行して、高速度カメラも衝撃波も関係のない、現在取り組んでいる別のテーマもあります。研究をしていると疑問が次々に湧いてきますので、それらを解決する知識や技術を身に着けながら、様々に研究開発を進めていきたいです。

中川助教の実験室風景