STI Hz Vol.3, No.2, Part.8:米国トランプ政権における科学技術政策と在ワシントンの関係者の認識STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00082
  • 公開日: 2017.06.25
  • 著者: 白川 展之
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
米国トランプ政権における科学技術政策と在ワシントンの関係者の認識

科学技術予測センター 主任研究官 白川 展之

概 要

 米国トランプ政権は3月15日、2018年会計年度(2017年10月−18年9月)予算案(予算教書)の概要 America First:A Budget Blueprint to Make America Great Again を発表した。続く2017年5月23日に2018年度予算案(予算教書) A New Foundation For American Greatness:Fiscal Year 2018 を発表した。そこでは、国防費を大幅増とする一方、環境や再生可能エネルギー、地球観測などの機関に対して大幅な研究開発予算の削減の方向性が出され、科学コミュニティの一部からは衝撃をもって受け止められた。

 また、米大統領選挙期間中から客観的な事実よりも個人の感情や信念に訴えかけることが世論形成に影響を持つ状況「Post-truth」とも呼ばれるようになった風潮の中で、科学的な助言やエビデンスの用いられ方も問い直されている。本稿では、トランプ政権下で先行きが不透明な科学技術政策に関して、3月末に開催された全米科学振興協会(AAAS)の科学技術政策フォーラムの議論や在ワシントンの関係者から得たコメントをもとに、科学技術政策コミュニティの受け止めを紹介することで、米国の科学技術政策の方向性を見通す手掛かりを示したい。

1. トランプ政権の科学技術政策

トランプ政権の2018年会計年度予算案からは、一見すると科学全体に対する削減姿勢も見てとれる。予算案の特徴は、削減率では地球環境分野が突出し、削減額では予算額の多いライフサイエンス分野の削減が目立つことである(図表参照)。また、基礎研究よりも商用化を目指す研究や運用段階のプロジェクトを狙い撃ちで削減する形となっている。

図表 主要省庁の予算増減

※予算案の概要発表後、3月の議決で増額計上分のうち274億ドルが2017年度予算に繰入れとなったことに伴い、5月に発表の予算案では最終的に総額254億ドル(4.6%)の増となった。
(出典: A New Foundation For American Greatness: Fiscal Year 2018 の表S-8を基に科学技術予測センター作成)

地球環境分野では、選挙期間中から争点となっていた地球温暖化や再生可能エネルギーに関する地球環境分野の予算削減率が突出して目立つ。環境保護庁(EPA)の予算総額は57億ドルと26億ドル(31.4%)の削減となった。内訳として発電所からの炭素排出量削減プログラムの「クリーン・パワー・プラン」や国際気候変動対策プログラム等の予算措置停止による1億ドル削減、研究開発局(ORD)の活動を環境政策決定支援活動等に限ることで約2.3億ドル削減、特定地域に限定した環境修復プログラム等の廃止により約4.3億ドル削減、省電力プログラム「エネルギー・スター」等含む50以上のプログラムについて、優先度・成果を勘案して一部廃止し約3.5億ドル削減するとしている。

エネルギー省(DOE)は、要求総額280億ドルと17億ドル(5.6%)の削減にとどまり、削減一辺倒というわけでもない。ただ、国防重視という政権の方針が研究開発分野別の資源配分に色濃く反映されている。原子力関連では、国家核安全保障局(NNSA)の予算を14億ドルへ10%程度増額している。核廃棄物・汚染浄化の環境管理プログラムに65億ドルを計上した他、ユッカマウンテン最終処分場関係の再スタート予算1.2億ドルを計上した。

一方、原子力以外のエネルギー関連の研究開発は、革新的技術の商用化には民間の方が適しているとして、国防高等研究計画局(DARPA)型のハイリスク・ハイペイオフのエネルギー技術の開発を目指すエネルギー高等研究計画局(ARPA-E)を全廃とした注1。さらに、科学局(SC)の基礎研究開発支援予算の9億ドルを削減し、エネルギー効率化・再⽣可能エネルギー(EERE)、原子力、配電・エネルギー信頼性、(OE)、及び化石エネルギー(FE)の予算では、初期段階の研究開発に限ることなどにより20億ドル近くの削減を図るとした。

この他、科学技術関連の予算では、要求総額78億ドル(15.8%減)となった商務省(DOC)では、製造技術普及パートナーシップ(MEP)と傘下の国立海洋大気庁(NOAA)の地域・大学に対する海洋研究支援の制度(Sea-Grant)が廃止とされた。特に、海洋研究への削減に対しては、海洋観測データの欠損(データギャップ)を招くとして大学などの関係者からは強い懸念が出されているようだ。宇宙分野では、航空宇宙局(NASA)では、要求総額191億ドル(0.8%減)とされた中、有人深宇宙探査ミッション等が継続・強化される一方、観測ミッション衛星の4件が中止・終了とされた。

政治的には、米国の非軍事の研究開発予算の約4割を占め削減額が大きいライフサイエンス系の研究開発予算への関心が高い。ライフサイエンス分野では、保健福祉省(HHS)要求総額は653億ドル(16.2%減)となり、中でも国立衛生研究所(NIH)の予算は57億ドル削減の269億ドルとされ、27ある研究所とセンターを再編するとされた。とりわけ、国際的な人材育成を担うフォガティ国際センターの廃止は、米国第一主義の政権公約を象徴的に示すメッセージを示したものとみられる注2。また、予算策定をめぐる報道等で話題となっていた競争的資金の間接経費の削減が予算案で具体化されるなど、研究開発機関や大学関係者から予算削減に対して強い反発が予想される事項もある。

科学技術分野別に予算の増減傾向をみると、環境・エネルギー分野が大幅な削減対象となり、また金額ではライフサイエンス分野の削減幅が目立つ予算案となった結果、物理学、工学、数学といった分野が相対的に優遇される形になっている。ただし、このことはトランプ政権に選挙戦から争点であった地球環境分野への対抗姿勢を例外とすれば、科学技術政策でプライオリティを設定したというよりも、国防費の増分を吸収した上で法定の歳出上限に合わせた発射台を機械的に設定せざるを得ず、これに政権からのメッセージを加味して予算作成作業を行った結果とみるのが妥当だろう。

その証左として、過去の歴代政権の研究開発関連の予算の取りまとめには数ページにわたり優先事項が記されているが、そうした記述もみられない。また、国防総省(DOD)は5,745億ドル(10.1%増)と当初総枠で254億ドル大幅増となったが、国防費の科学技術・研究関連の予算の詳細は不明である注3。また、軍事予算と非軍事予算の関係や予算上限を規定する法令上の縛りもあることから、そもそもの予算案の実現性を懐疑的にみる向きも強い。それ以前に、議会との関係構築など政権運営自体への疑念も強く、会議法定の歳出上限に伴う2018年以前の現予算年度の執行見通しも定かではなかったことから政府閉鎖の再来も懸念されていた。

2. 在ワシントンの政策関係者の受け止め

科学研究の中心である米国の情勢変化は、在ワシントンの各国大使館・EU等の機関も注視している。日本も大使館科学班を中心に研究開発法人の事務所の間で日常的に連携し情報収集等を行っていることもあり、所掌により着眼点は異なるものの事実認識に関しては共通している。ワシントンでは、まだ様子見の状況ながらも、当初の反科学的な姿勢に対する研究者の感情的な受け止めと比べると、実際の予算権限を持つ議会における審議プロセスがあるので比較的冷静で現実的な受け止めになっているようだ。

例えば、2017年3月27日の「全米科学振興協会(AAAS)科学技術政策フォーラム2017」において、オバマ政権時代に就任し、政権交代時に「辞任が認められなかった」として残留しているNIHのコリンズ長官は、予算獲得の見通しについて、オバマ政権末期に今後10年間に630億ドルのがん対策、精密医療、脳研究のブレイン・イニシアティブ等に投入することを定めた「21世紀治療法」の法案が超党派の支持で成立したことなどを挙げ、現行予算年度の追加予算を含めた予算確保に向けた楽観的な見通しと自信を示していた。

事実、4月末に期限を迎えた2017年度の追加予算に関しては、政権の意向とは関係なく、予算は増額されて議会で可決されている。加えて、5月に発表された予算案でも、21世紀治療法関連予算は、9億ドルから11億ドルと2億ドル(21.1%)の増として別枠で措置されている。

また、AAASでは、過去40年にわたる米国政府の研究開発関連の予算分析の結果から、オバマ政権からトランプ政権に移行する間の科学技術政策は、カーター政権からレーガン政権への過去の移行時に今回に似た予算削減になったとの分析結果を示している。AAASの分析では、トランプ政権はレーガン政権と同様に、市場メカニズム重視の政策を反映した予算案には予算削減の方向性に共通の傾向がみられることを明らかにしている。

こうした状況の中で、科学技術政策に関する識者の意見で目立つトランプ政権の科学技術政策の問題とは、「反科学」というよりも政権中枢の科学技術への関与が見えない「無関心」にあるとする意見であった。例えば、67億ドル(10.7%減)とされた国立科学財団(NSF)については、当初示された予算案の概要では、言及さえなかった。また、予算案の概要発表前には予算案策定作業に関しても、各機関の長が慣例の予算ヒアリングに呼ばれた形跡はなく、時間をかけずに政権中枢の関与も薄い中、少数のスタッフにより機械的に作成されたのではないかといわれている。

これは、「かつてないスロースタート」の政権移行に伴う政権全体の政治任用職の人事の遅れも影響している。2017年3月段階で科学技術関連の政治任用職が政権全体で46あるうち、わずか1ポストしか任命されていない。大統領選挙期間中には科学技術担当補佐官の人選などは一部話題となったが、政権発足後話題になった様子もみられない。

3. 今後の情勢見通し・予測

このように、トランプ政権発足後、いまだ全体像が不透明な米国の科学技術政策であるが、グローバル化と米国第一主義の間のせめぎあいと米国政治のリバランスの中で、公的研究開発投資に関しても見直しは避けられないであろう。ただ、最終的には各機関の政治的影響力に依存しながら均衡点が探られることになるだろう。具体的には、「米国第一主義」の政権からのメッセージを一定程度受け止めた上で、予算権限を持つ議会において現実的に執行可能な案が超党派的に探られるものとみられる。

一方、在ワシントン関係者の共通した認識として日本でも注目すべき点は、規制緩和という現政権の基本政策には、石炭エネルギー復権など政権の示した施策の目指す方向性とは別の帰結をもたらす可能性があるということだ。すなわち、環境、再生エネルギーなどは、規制緩和の流れの中で普及の勢いが完全に止まるわけでもないということである。実際、トランプ支持の強いレッドステートと呼ばれる地域の中でも、再生可能エネルギーに注力している州もある。既存の石炭産業は、雇用維持の点から重視されるであろうが、一方でシェールガスに関しても採掘費用の低減がノウハウ蓄積とビッグデータ分析により進展し、太陽電池も規模に対する費用逓減の進展が顕著である。

トランプ政権発足後の目立つ成果には、カナダの原油を米国テキサス州の製油施設に運ぶ「キーストーンXL」と米国中西部の「ダコタ・アクセス・パイプライン」のパイプラインの建設の規制緩和が挙げられるが、こうしたプロジェクトの成功は、政策上のイデオロギーとは別次元の問題である。例えば、石炭エネルギーが経済的に成立するかの最終的な成否は、他のエネルギー源との競争の結果、市場によって判断されるということだ。

加えて、オバマ前政権に比べ科学への関心が圧倒的に低い現行政権の科学技術政策においては、連邦政府機関以外のアクターの多極化が必然的に生じる力が働くことも見逃せない。公的研究開発投資の削減を見越した環境分野の研究者などは、民間財団等の役割に期待を高めており、当該分野の研究開発動向については、民間助成団体等の民間・非営利セクターの動きを注視する必要がある。また、環境規制などで強い権限を持つ州政府などの地方自治体の役割にも注目が集まる。ただ、これに対してはビジネス界からは全国一律の規制を望む声も強い。したがって、市場と技術、更に連邦政府と自治体の両にらみで政策の推移を捉えていく必要がある。

4. おわりに

最後に、年頭から筆者が政権交代後複数回訪米し、限られた観察の範囲から得られた情報を基に私見を述べるなら、国際的には現政権の米国第一主義や入国禁止等に対する科学コミュニティの側の反作用として、医療福祉など国民の直接的な便益となる予算に比べて費用対効果に関して説明しにくく政治的に批判を受けやすい基礎研究の推進に関しては、国際協調が進む促進要因となるかもしれない。欧州連合や英国などでは、米国等にいる優秀な研究人材を自国に誘引しようとする施策も既にみられるが、従来のグローバル化が米国を一極としたネットワーク化であるとしたら、今後は、科学技術研究の継続性と安定的推進を担保する相互依存のネットワーク形成を指向する奇貨になるのではないか。

5. 謝辞

今回の記事の執筆に際しては、科学技術政策はもとより政権運営の見通し自体が不透明な中で、在ワシントンの日本大使館や国立研究開発法人、独立行政法人の事務所の協力を得た。在米国日本大使館科学班班長として先頭に立って情報収集等を進める新井知彦参事官、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が2016年11月に開設したワシントン事務所の立ち上げに尽力中の佐野多紀子所長、石油エネルギーを中心に米国情勢の分析を行う独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)ワシントン事務所の平泉洋所長、さらに、筆者の前職の国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)ワシントン事務所の土屋博史所長、吉田准一次長の皆様からは有益なコメントをいただいた。特に、NEDOワシントン事務所の松山貴子氏には、事前の日程調整・資料提供に尽力いただいた。また、米国の機関では、国立科学財団(NSF)Office
of International Science and Engineering (OISE)プログラムディレクターで東京事務所長(暫定)のElizabeth Lyons博士と全米科学振興協会(AAAS)Visiting FellowのKei Koizumi氏には、今回の調査への多大な御協力を頂いた。当研究所の客員研究官で米国の科学技術政策に詳しい独立行政法人日本学術振興会(JSPS)総務企画部専門調査役、グローバル学術情報センター・分析研究員(兼務)遠藤悟氏には、記事執筆後の校了段階で情勢変化と数字の解釈について御助言等を頂いた。ここに改めて御礼申し上げる。

本稿は、予算案の概要発表後の3月末の情勢に関して4月末時点で取りまとめたもので、5月の予算案の詳細の発表に伴い、その後の情勢変化について加筆したものである。執筆時点の見通し等とは概ね差異はみられないが、本記事中に事実認識・解釈・見通し等の誤りがあれば、全面的に筆者の責任である。


注1 ただし、エネルギー省の予算案の詳細によれば、2016年最終予算比で93.1%減の2千万ドルが計上されている。

注2 国際人材育成関係の予算は、2千5百万ドルが長官室で別途計上されている。

注3 予算案の中で行政管理予算局(OMB)が出したAnalytical Perspectivesにおいて研究開発予算を見ると、国防省(DOD)も含め総額25%減となっている。ただ、この原因は国防省の開発予算の一部(Operational System Development)が開発費から除外されたことによるものである。国防研究の基礎研究については、若干増加しているとの報道もみられるが、予算の前年度の発射台の取り方にも依存することから、予算の最終的な仕上がりの科学技術研究への影響はより精査が必要である。