STI Hz Vol.3, No.2, Part.1:神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 源 利文 特命助教インタビューSTI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00075
  • 公開日: 2017.05.25
  • 著者: 矢野 幸子、佐野 幸一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
神戸大学大学院 人間発達環境学研究科
源 利文 特命助教インタビュー

聞き手:科学技術予測センター 特別研究員 矢野 幸子
企画課 課長補佐 佐野 幸一

 我が国は水資源が豊かである一方、陸水域における外来種の侵入や環境変化による生物多様性の喪失が深刻な問題となっている。それに伴い生態調査や環境影響評価は近年ますます重要性を増している。特に天然記念物が生息するような川や湖、池での生物相のモニタリングでは、貴重な生体に影響を与えない手法が求められる。また、海域における生物種の分布を把握するためには、網などによる捕獲調査や魚群探知機による計測調査が主流であるが、調査には人手や時間など多大なコストがかかる。このような背景の中、神戸大学の源利文氏は、水中生物が分泌物や排せつ物などを通して水中に放出する環境DNAの測定方法を追究し、複数種の生物の存在を一度に、迅速かつ簡便に、精度よく検出する方法を開発した。これにより、生態調査や環境影響評価のコストが大幅に軽減されるとともに、調査自体が環境に与える影響が最小限になる。

 環境水中には様々なDNAが大量に含まれている。環境DNAは一般に微生物の研究に用いられており、水から抽出し増幅させたDNA断片から生物種を判別する。源氏はこの検出手法を発展させることにより、魚類などの大型生物を対象として一度に複数種の同定を行うメタバーコーディング、さらには生物量を推定することも可能とした。現在では、陸水域から海域に調査範囲を広げ、より多くの生物種を迅速に特定する手法へと改良が進んでいる。このように、環境DNAを用いて水中生物を一括して特定し、生物量を把握する技術が高く評価され、源氏は2016年度のナイスステップな研究者に選定された。

 本インタビューでは、源氏の研究の背景、環境DNAが一般にも知られるようになった経緯とこれからの研究の展望について詳しく伺った。


源 利文 神戸大学大学院 特命助教

― これまでの研究の経緯を教えてください。

私は岐阜で幼少期を過ごし、家の前の長良川ではよく川遊びをしました。大学は学科を指定しないスタイルに魅力を感じて、京都大学理学部に進学しました。私が大学の学部時代を過ごした1990年代は、様々な生物を対象にゲノムの全塩基配列を解読するゲノムプロジェクトが盛んに行われ、遺伝子に着目した研究が注目を集めていました。分子生物学的手法を用いれば、DNAから生物の進化、行動、生態が全て明らかになるように感じましたし、フロンティアがどんどん広がっていくような生物学の世界がとても面白いと思いました。

大学院での研究~魚は世界をどう見ているか~

学部を卒業した後、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻に進学しました。研究場所は生態学研究センターです。生物は自分が置かれた環境からの刺激に応答しています。その一方で、生物は独自のリズムで生理活動をコントロールしていて、その活動には周期があります。生物が体内に持っている時計のような一日のリズムを「概日リズム」といい、その機能を「生物時計」と呼んでいます。私は環境と生物の関係に興味があり、生物時計の研究室に所属しました。生物時計には環境同調性があり、光に大きく影響されます。そこで、私は光の受容器官である目が、光の波長をどのように認識しているのかを遺伝子レベルで解明することを研究テーマにしました。主に昆虫が研究対象の研究室だったのですが、私は魚類のアユの目にある色を識別するタンパク質をコードする遺伝子を解析しました。

ポスドク時代の始まり~ミツバチ、ホヤの生物時計~

2003年に学位を取得し、引き続き同じ研究室でポスドクとして本格的な研究生活を始めました。ポスドク時代は研究対象を魚から昆虫に変え、ミツバチの生物時計を研究しました。2005年に茨城県つくば市にある産業技術総合研究所(産総研)に移り、今度は海産動物であるホヤの生物時計を探求しました。産総研では、熟練を要する分子生物学の解析技術と研究に対する真摯な姿勢を学び、これまではっきりしなかったホヤの生物時計の存在を遺伝子レベルで証明するという大きな成果を残すことができました。とても充実した研究生活でしたが、遺伝子を扱う作業はほとんどが実験室内で完結してしまうため、広い自然のフィールドとの関わりが少ないことに違和感を持っていたのも事実です。

総合地球環境学研究所での出会い~遺伝子から生態系まで~

産総研で2年目の夏、京都府にある総合地球環境学研究所(地球研)の川端善一郎先生と会う機会がありました。当時、川端先生は、微生物生態学の知識を利用して病原微生物と人間の相互作用を調べる研究を行っており、遺伝子から生態系までを研究対象としていました。人間活動が環境に影響し、その結果感染症の爆発的な流行が発生するという概念を実験的に証明する研究です。例えばマラリアやエボラ出血熱などの流行のメカニズムにも関係する斬新的な研究テーマであり、私が本来やりたかった分野でした。

コイヘルペスウイルス病の迅速調査を目指して

2007年、地球研の研究員として採用され、川端先生のチームでコイヘルペスウイルスを研究しました。コイヘルペスウイルス病は、2003年に霞ヶ浦のコイ養殖場において日本で初めて感染が明らかになり、農林水産省が確実な検査法の確立を行っていました。私は琵琶湖におけるコイヘルペスウイルスの分布と人間との相互作用などを調べる研究の一環で、感染したコイの数を簡単に知る手法を確立しようとしていました。コイヘルペスウイルスはDNAウイルスですので、まず、コイがいる池の水からコイヘルペスウイルスのDNA量を測定することでウイルスの数を見積もります。次に、経時的に水を検査するとウイルスDNAの分解速度が分かります。最後に、コイ1匹がウイルスDNAを放出する速度が分かれば、環境中で何匹のコイが感染しているかという計算ができます。

コイの水が濃い「環境DNA」とメタバーコーディングの成功

そこで私は、コイ1匹が放出するウイルスDNAの蓄積を調べようと、水をサンプリングしました。しかし、その時はウイルスDNAが検出されませんでした。ところが、サンプリングした水が生体高分子を多く含んでいるように思えたことから、水を調べてみると多量のDNAが検出されたのです。詳しく調べると、コイのDNAでした。それが初めて水中に魚由来のDNAが多量に存在することに気づいた瞬間でした。

その後、川の流域に生息する複数種類の魚の分布と環境DNAの検査結果が一致することを確かめ、論文を2012年(電子版2011年)に発表しました注1。それまでも、環境中のDNAは微生物の研究に用いられ、ウシガエルなど大きな生物の調査にも使われるという報告はありましたが、単種の検出にとどまっていました。これに対して私の論文は、一度に複数種の生物を識別するメタバーコーディングに成功したというものでした。

― 研究生活で苦労したことはありますか。

水中の環境DNAを使えば、これまで多くの人手を必要とした生態調査や環境影響評価のコストが大幅に軽減されます。外来種の侵入や環境変化による生物多様性の調査、感染症を媒介する生物の分布調査も簡単にできるようになります。このように、環境DNAとメタバーコーディングの手法は生態学の調査を飛躍的に進歩させるだけでなく、社会にも大きなインパクトを与える発見です。それにもかかわらず、当初は否定的な反応が多く、見向きもされませんでした。

2011年の日本生態学会大会で初めて「環境DNAを用いた魚類相把握法の開発」と題して口頭発表した時のことです。「この発表を聞ける聴衆はラッキー」と自信満々に登壇しました。ところが発表の進行に伴って、聴衆の心が発表内容から離れていくのを感じました。会場の約100人がしらけていくのです。終了後にもほとんど質問が出ず、お一人が簡単な質問をしてくれただけでした。

それでも自分の出した結果を疑ったり、自信がなくなったりすることはなかったのですか?

一般常識的に信じられているのとは異なる新規の報告は、新規性があればあるほど最初のうちは否定的な反応が多いのかもしれません。DNAの分析でその持ち主を特定する手法は、警察が犯人を探し出す手法の一つとして確立しています。また食品表示の真偽を調べるためにもDNAバーコードの手法は使われていますし、生物系統分類学にも貢献しています。しかし、水に溶け出したDNAの濃度は極めて薄いため、生物の判別に使うのは難しいと考えられていました。

実際に、分子生物学の専門家からは、水の中にDNAが分解せず残っているのがまず信じられない、あったとしても屋外の環境水中のDNA断片から科学的な分析ができるわけがないという御意見を頂きました。遺伝子解析の専門家からは、操作ミスやコンタミネーションの可能性を疑われ、専門外の人からは相手にされませんでした。

環境DNAはどのような経緯で社会的に知られるようになったのでしょうか。

私は2012年に神戸大学大学院人間発達環境学研究科に採用になりました。同じ年に国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「海洋生物多様性及び生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出」の研究領域に応募したのですが、不採択でした。しかし、パイロット研究を行う予算をもらえたので、その研究費で海の生物のデータを蓄積し、翌2013年に再度共同研究者とチームを組んで応募しました。その結果、「環境DNA分析に基づく魚類群集の定量モニタリングと生態系評価手法の開発」(研究代表者: 龍谷大学 近藤倫生教授)として5年計画で研究テーマが採択されました。

広く専門家に理解してもらうために、2014年に日本生態学会大会で企画集会を開催しました。集会では、環境DNA関係で当時持っていた最新データを全て公表しました。その結果、環境DNAが生態学の研究者から認知されるようになりました。そして2015年、オオサンショウウオの生態調査に環境DNAを利用したことをメディアが大きく取り上げ、社会的にも認知が進みました。

特別天然記念物であるオオサンショウウオが近縁外来種のチュウゴクオオサンショウウオと交雑し、形態から区別ができないため、分布の調査も困難で生物多様性の面から問題になっていました。

オオサンショウウオに関する調査は、生態学的にも必要な研究である上、象徴的な生き物を調査することで、環境DNAの有用性が認知されるきっかけになり大変よかったと思います。それまでは生態学の教科書に載るような重要なものでもマイナーな魚を調査対象にしていたのですが、「知名度の高い生き物を研究対象にしてはどうか」という研究仲間の一言でオオサンショウウオを調査しようと決めました。オオサンショウウオは小学生からシニアまで知名度が高い生き物です。そのため、プレス発表直後にほとんど全ての全国紙が取り上げてくれ、NHKも別途取材に来てくれました。社会的認知が進むことで有用性が理解されると、さらなる研究費の獲得にもつながります。公的資金を使って研究していますから、理解増進活動は必須です。このように、基礎的な研究を国民に広く周知するために、調査対象を工夫するということも研究の進展の過程には必要かもしれません。

河川の魚の調査だけでなく、海洋の調査も実施しています。御自身も調査船に乗るのですか。

自分も船に乗ります。これまでに2014年と2016年の2回、海洋調査を実施したのですが、最初の2014年には調査船に解析に必要な道具を全て持ち込んで、船の上で採取から分析までやりました。学生も含めて船には約25人が乗り込みました。舞鶴湾の100か所で表層水と低層水をそれぞれ1リットルずつ採水しました。1か所で採水した後、次の採水ポイントに移動しつつ、船上で海水をフィルターでろ過します。その時にサンプル間の混ざりこみがあると台無しですから、手袋をしてフィルターをピンセットでつまんで交換する作業に特化した係もいました。しかし、船上では作業効率が悪い。ろ過している間に次の採水ポイントに到着してしまうと、ろ過が終わるまで待つしかないので全体の調査時間が長くなるのです。

そこで2回目の2016年の調査では、DNAの分解を停止させる試薬を使用しました。船上では水に試薬を入れて保管し、実験室に持ち帰って作業することにしたため、船に乗り込む人数も減らすことができましたし、調査が短時間で終わるようになりました。また1サンプルあたりの分析には20ミリリットルほどの水があれば十分なのですが、再現性の面も考慮し1リットル程度の水を採取することにしています。500ミリリットルペットボトル2本分と思えば負担は大きくありません。

舞鶴湾で海水を採取する様子
提供:神戸大学大学院 源利文特命助教

今後の研究の展望を教えてください。

環境DNAの利用には、大きく2つ方向性があります。1つ目は水中の環境DNAにより生態学的に大量のデータを取ること。これまでの手法では魚を捕まえる必要があり、手間と労力がかかりました。環境DNAなら水を採るだけですから、サンプリングの頻度を多くすることも無理ではありません。しかも魚の種類と量のデータが両方とも取れる可能性があるのです。それを毎年行えば、継続的に大量データが蓄積できます。それは今までなかった生態学的なビッグデータといえます。採取した水を保管しておけば、後からでも新たな分析をすることも可能です。例えば、日本中で1,000か所から水を採ることも可能になります。これまで生態学者が誰も知らなかったことが、データから分かるようになるでしょう。

2つ目は、感染症のリスクマップ作りへの応用です。タイ、カンボジア、ラオスなどの東南アジア各国では、タイ肝吸虫という寄生虫による感染症が問題になっています。タイ肝吸虫は感染者の体内で成虫になると胆管に入り、肝障害や肝硬変を引き起こすのみならず、肝臓がんや胆管がんに至ります。感染者は1000万人以上いるといわれています。この肝吸虫は下水が整っていない地域で感染者の体内から排せつ物を介して卵が環境中に排出され、淡水巻貝の体内で幼生となり、コイ科を中心とした魚類に寄生し、人間が魚を生で食べると感染する、というように2つの中間宿主が介在する複雑な生活環を持っています。これまで宿主を捕獲し感染の有無を調べていましたが、雨季の洪水や農地拡大によって寄生虫と宿主の生息域が大きく変化するため、その分布をタイムリーかつダイナミックに理解することが困難でした。実際に、隣接した地域でも感染者が多い村と少ない村があるのです。その理由は分かっておらず、魚の分布だけでは説明できません。

そこで、水を採取して調べることで、肝吸虫そのもの、第1宿主の巻貝、第2宿主のコイ科の魚類の検出が同時にできます。3者が生息する場所をマップ化し、生息範囲が重なっている地域を特定するリスクマップ作りをしたいと考えています。

この手法は水系が関わる他の感染症にも応用が可能です。水に触れただけで感染する住血吸虫という寄生虫もいます。この手法により、安全・安心な生活基盤作りに大きく寄与できるとよいと思います。

若い研究者やこれから研究者を目指す人にメッセージはありますか。

私はポスドク生活を長く経験しています。京都大学生態学研究センターで2年、産総研で2年、地球研で5年半の計9年半をポスドク研究員として過ごしました。現在の神戸大学の人間発達環境学研究科特命助教のポジションも任期付きで、4年半になります。この間、生活面では不安定な任期付きの身分で研究を続けてきました。プロジェクトによって雇用が左右される上、安定的な就職先としての任期なしのアカデミアポストは限られています。その意味では苦労したと思います。一方、研究に集中できるすごく幸せな期間を過ごしました。私の場合はそれが成果につながりました。実際、これまで自分が面白いと思う仕事しかやっていません。

特に若い人に言いたいのは、将来を不安に思うより研究の面白さやいい面を見て研究してほしいということです。特に30代後半は研究の知識も増えてアイデアも豊富ですし、技術も獲得して論文を書く能力も向上してきている時期です。優れた人はそのタイミングで助教、准教授などのポストに就く一方、管理業務や教育業務で研究に集中できなくなることもあります。その点、長くポスドクをしていると、人生で一番脂が乗っている時期に研究に没頭できます。私の知り合いのベテラン研究者は「ポスドク時代が研究に集中できて最も幸せだった」と言っています。ポスドクの就職先の少なさは問題になっていますので、安心して研究できるポジションを充実させることが必要だと思います。同時に、ポスドク自身は、自分が面白いと思う分野で思う存分研究してほしいと思います。

インタビューを終えて

純粋に「面白いこと」を追求し続け研究に取り組む姿勢が、社会的インパクトの大きな成果につながった喜ばしい例といえる。ポスドク研究員の不安定な身分、将来の安定的なポジションの少なさが問題視されている中、ポスドク研究員の期間を長く経験した源氏は研究に没頭できる期間として前向きに研究に取り組んできた。自身の研究方針に対してぶれることなく、環境DNAを専門家へ周知し、一般の認知をも高めていく姿勢は研究者自身が行う科学技術理解増進活動のあり方としても参考になるのではないだろうか。今後は環境DNAを感染症のリスクマップ作りに生かし、環境と生物の関係を追い続けたいという。同氏のこれからの研究を応援し続けたい。


左から矢野、源特命助教、佐野


* 所属はインタビュー当時

注1 Minamoto et al.: Surveillance of fish species composition using environmental DNA. Limnology, 13, 193-197, 2012. http://dx.doi.org/10.1007/s10201-011-0362-4

源 利文 経歴

1992年岐阜県立岐阜高等学校普通科 卒業

1997年京都大学理学部(生物科学専攻)卒業

1999年京都大学大学院理学研究科博士前期課程 生物科学専攻修了 修士(理学)

2003年京都大学大学院理学研究科博士後期課程 生物科学専攻修了 博士(理学)

2003年京都大学生態学研究センター 研究機関研究員

2005年産業技術総合研究所 生物機能工学研究部門 特別研究員

2007年総合地球環境学研究所 プロジェクト上級研究員

2012年神戸大学大学院人間発達環境学研究科 人間環境学専攻 特命助教