STI Hz Vol.3, No.1, Part.11:(ほらいずん)独立系研究者からの視点-科学技術イノベーションへの期待-小松研究事務所代表/多摩大学情報社会学研究所客員准教授 小松 正 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00072
  • 公開日: 2017.03.25
  • 著者: 林 和弘、栗林 美紀、矢野 幸子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
独立系研究者からの視点-科学技術イノベーションへの期待-
小松研究事務所代表/多摩大学情報社会学研究所客員准教授
小松 正 氏インタビュー

聞き手:科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘、主任研究官 栗林 美紀、特別研究員 矢野 幸子

 我が国における博士課程修了後の雇用先は、アカデミア(大学・短大・高専、公的研究機関等)が約6割、民間企業等が約3割となっている。このうち、雇用先がアカデミアの場合、約6割は任期制雇用である。また、ポストドクター(ポスドク)等の意識はといえば、大学・公的研究機関の研究者志向が高く、他の職業を積極的に選択する傾向は必ずしも見られない現状がある注1

 こうした中、小松正氏は、企業、大学、NPO等様々な機関と個人の直接契約を結び研究プロジェクトに参加する「独立系研究者」という新たな形態の研究スタイルを確立した先駆者である。小松氏は、近年のIT技術の高度化により複雑化する工学系や社会科学系の研究に、生物学分野で使用される統計学的手法やデータマイニング技術を導入し、学際研究や共同研究開発を行っている。我が国が将来にわたって科学技術イノベーションを起こし続けるためには、ポスドクを含む若手研究者の活躍が鍵となる。小松氏はアカデミアポストにとらわれない、多様なキャリアパスで活躍するというこれまでにない研究者の新しい働き方のロールモデルを示している。今後の我が国の科学技術政策には何が求められるのか、独立系研究者・小松氏の働き方を中心に我が国の科学研究の制度的課題と今後の展望についても伺った。


小松 正 氏

― 小松さんは、どのような決意で、「独立系研究者」になったのでしょうか。

私は、最初から「独立」しようと考えていたわけではありません。北海道大学大学院博士課程修了後に日本学術振興会の特別研究員に採用されました。大学院生やポスドク経験から、既存の大学のシステムは自分の望むものとは違うという閉塞感を抱きました。そこで、大学の常勤ポストを目指すのではない、何か新しいトライアルができないか、いっそ自分で研究室を作ることはできないかと思ったのです。

私の専門は生物学の中でも生態学と進化生物学です。IT系などビジネスと直結する分野ならばベンチャー企業を立ち上げる選択もありますが、生態学や進化生物学では一般にはビジネスとのつながりが深くありません。そこで目を付けたのは、東京にある非営利(任意)団体の言語交流研究所注2でした。言語交流研究所は、人間が言語取得をする過程の研究に自由に取り組む市民団体で、スタッフにはプロの研究者はいませんでした。

この研究所は、遊びながら自然に多言語を学ぶという趣旨で定期的に集まり多言語活動を通じて外国語習得を目指す団体で、実践部と研究部があります。研究部では、赤ちゃんが勉強しなくても言葉を話すようになることに着目し、言語習得のメカニズムを研究しています。赤ちゃんはまず言葉を音として聴き、次第に言葉の意味を知っていくという音声中心のアプローチで言葉を覚えていきます。そこで、この団体のメンバーは音声解析について勉強を始め、抑揚、韻律が言語習得の初期段階で重要となることを学びました。抑揚や韻律を知るにはフーリエ解析の理解が必要ですが、一般市民が理解するには大変な勉強が必要でした。その理解のプロセスをストーリー仕立てとした本「フーリエの冒険」を出版したところ、数学が苦手な人々にも受けがよくベストセラーとなりました。

私は、大学の学部生のときにこの本に出会い、数年後の大学院生のときにちょうど別件で東京を訪問した際に、言語交流研究所を訪ねたのです。それが縁でスタッフの方と交流するようになりました。市民の研究所の中に専門家である研究者を入れ、学術研究所として成立させるというアイデアを提案し、日本学術振興会特別研究員の任期終了のタイミングで自ら言語交流研究所のスタッフとなり、アカデミックな論文を出す作業を支援しました。この経験がきっかけとなり、大学の常勤職を目指す以外の新しい研究スタイルを自分で開拓できることに気が付きました。

― 生物学と言語学は関係があるのでしょうか。

まず、言語学と生物学との関係ですが、生物学には生物の内部に視点を向けた解剖学と外部に視点を向けた博物学があります。博物学では、取り巻く環境の中で、生き物がどういう立ち振る舞いをしているかということは他の生物にとっての環境になるので、その関係を研究していくときに他の個体とのコミュニケーションが重要なテーマになります。このような観点に立てば、言語学と生物学がつながると説明し、また、研究者の雇入れ方法も提案しました。

― 独立して研究ができるようになった経緯を教えてください。

私は北海道生まれで北海道大学に進学したため、東京に知り合いが少なかったのですが、進学や就職を機に札幌から東京に移った友人が多く、彼らから私の専門に関係する技術的な相談を受けることが増えていきました。さらに友人の知人の方々と知り合いになっていきました。出かける先々で「生き物に関することは専門分野ですよね」と聞かれた際に、生き物に関するデータの解析、データマイニング、実験計画などの説明を行っていると、例えば「センサを開発しているが対象が生き物であり、いろいろ分からないことがあるのだけど」というような技術相談がくるようになりました。そのうち、「アドバイザーとして契約」、「業務委託でお手伝い」という仕事の依頼もくるようになったので、言語交流研究所の仕事をしつつ、副業で契約を受けていました。徐々に副業で扱う研究の規模も大きくなっていました。

こうして、直接契約や業務委託で大学や企業とつながり、一定の報酬を得ていくうちに、常勤でなくとも独立して、個別の研究プロジェクト単位で個人契約すればよいと気付いたのです。ちょうど2000年代は、IT技術の発展により、研究の場所に固定されず遠隔での業務も容易になり、仕事の自由度が社会全体で高まった時期でした。このような社会背景と東京という土地柄のおかげで、副業として関わる業務が増えました。そのうち、言語交流研究所を退職し、フリーの研究者、独立系研究者としての仕事が中心になりました。言語交流研究所とは、引き続き主要プロジェクトに関わるアドバイザーとして契約することにしました。

以上のように、最初から独立を考えていたわけではないのですが、既存組織の内部改革で新しいスタイルの研究所を作ることにチャレンジした経験がもとになり、個人でも独立した研究活動ができるようになりました。

― 日本の基礎研究からベンチャーにつなげるにはどのようなことが必要だと思われますか。具体的に小松さんの得意とするデータマイニングを用いて、製品化した事例を教えてください。

基礎研究のシーズから製品開発を行う場合、ベンチャーとして成功させるためには、専門知識に加えて企業の利益という面を両立させるプロジェクトをいかに作り上げていくかが重要だと思います。ある分野に足りない専門知識を補強する形の共同研究のニーズは増えています。研究で培った、仮説と検証の考え方はアカデミア以外の社会でも求められます。参加したプロジェクトにおいて具体的な研究テーマを設定する際に、私自身の学術的興味と社会的なニーズを積極的に関連付けることを意識しています。

実際に私が開発に関わった事例の中には、患者さんの離床を検知する行動判別センサ注3があります。患者さんが病院のベッドからいなくなったり(徘徊)、トイレの際に転んで症状が悪化したりすることが福祉・医療分野で大きな問題となっています。従来はシーツの下に敷く接触式圧力センサタイプを用いていましたが、寝返りで誤検知する、尿失禁に弱いなど、故障が多いことが課題でした。そこで、ベッドの離れたところから赤外線人感センサで体の位置を感知し、さらにベッドの上での行動の種類を判別できるようにしました。例えば、寝返りや手を動かしているだけならアラートは出しません。ベッドで寝ていた人の起床、端座位、離床の一連の動作を判別して、患者さんの状態に応じて正しくアラートを出すことで、看護師さんの負荷を軽減することに成功しました。赤外線人感センサから得られる電圧波形の時系列データをデータマイニング技術で解析し、行動の種類を特定するシステムです。そうしたシステムを実現するには、センサのハードウエアの最適化も必要となります。工学系のハードウエア担当に検知対象が生き物である人間の行動のパターンを定量化するデータ分析手法をアドバイスして、製品化に至りました。

― 大学や公的研究機関の研究ポストが減少する中、組織に縛られることなく、柔軟な生き方を選択する研究者は今後増加すると考えられます。研究費制度に関して小松さんのような個人の専門家が働きやすいシステムとするための御意見はありますか。

人件費の助成については、組織に属している人を前提にするのではなく多様な働き方に応じて柔軟な支援を行うことを提案します。プロジェクトを作り上げていくとき、人件費は助成金の種類によっては組織の常勤の構成員であることを前提として払う仕組みになっています。そのための精算はプロジェクト終了後です。人件費の算出方法もエフォート率を考慮した時給計算です。これを個人事業主に当てはめると大変やりにくい。時給計算ではなく案件単位で経費を扱う方がよいと思います。そもそも研究の実態は、多くの大学が研究に従事している教員の勤務体系に裁量労働制を導入しているように、決まった勤務時間を働けばよいというものではありません。

また、科研費、助成金等の成果物の報告書がもう少しダイレクトに一般の人々とつながるようなものになってもよいのではないかと思います。報告書には先端研究の情報源として見ても面白いことが書かれています。ただ、今の報告書の形式は、文章、写真、図表でありフォーマットも変えることができません。もう少し工夫をして、一般の人でも研究の成果報告を見やすくすることができるのではないかと思います。最近、研究者と資金を提供したいという人をマッチングさせる学術研究系のクラウドファンディングサイト注4では、研究者の提案が動画になっているケースもあります。また、サイエンスカフェのようなスタイルで研究成果の説明をする機会も増えています。研究の多様性を意識しつつ、アウトリーチ活動を積極的に支援していくことが重要ではないでしょうか。

― 科学技術イノベーション人材の育成に関する議論も盛んです。教育システムへの提言があればお願いします。

私個人の経験から言えば、学校の授業とは別に中学校や高校のときの科学クラブ、生物部など自然科学系のクラブの居心地がよかったですね。試行錯誤しながら生き物を飼育したり観察したりと、自分の興味のあることを調べることが楽しかったです。中学校の科学部の生物班に入部したら、親が大学の先生という生徒もいて、大学の研究室に入ると分からないことを自分で調べることができるようになるのだと聞いて、自分の好きなことは研究なのだと意識して、大学の研究室で生物の研究をやりたいと思うようになりました。

学校の授業はもちろん必要ですが、別のスタイルの知的な取組ができる場が多くあったらよいと思います。もちろん、従来の学校のクラブ活動がその一つの役割を果たしています。また、最近子供たちに実験教室を実施する民間企業が増えていますし、サイエンスクラブも増えてきたのは良いことです。専門家ではない人も、教育や研究活動に部分的に参加していくサイエンスへの市民参加や子供たちでも参加できる活動が、子供たちに将来やってみたいことへの好奇心の芽や研究イメージを育てるきっかけになると思います。また、そのようなコミュニティに研究者が加わると研究者自身も研究の原点に改めて気付く良い機会になるのではないでしょうか。

― 最近、「野生の研究者」注5という言葉もありますが、その方々との違いは何でしょうか。

自分も含め独立した研究者は、好きな研究で収入を得て生きていく、プロフェッショナルな個人事業主です。一方、野生の研究者はプロかアマチュアかという部分にはこだわっていないと思います。独立系研究者は、プロフェッショナルとしてやっていくということを意識して、自分の高度な専門知識を武器に独立して生計を立てる。専門職の医師も、弁護士も、開業することができます。その研究者版のようなものをイメージしました。仕事のやり方はIT系のフリーランスの方を参考にしました。医師、弁護士、IT系に限らずどの業種でも、自分の興味関心のあることを職業として成立させるチャンスは増えていると思います。

― 独立系研究者になるコツはありますか?

常に営業が必要です。2000年代、私が直接契約で仕事を始めたころはSNSも今ほど盛んでなかったので、インターネットを使った営業よりも口コミで仕事が入ってきました。また基礎科学でもデータ分析のスキルがあると大きなメリットになります。行動科学も重要な学問分野の一つです。前述のように私の専門である生態学や進化生物学は、従来ビジネスと関わりが薄いように思われますが、実は人間も含めた行動分析と見るとたちまち様々な社会問題とつながりが出てくるのです。

今、人間の行動を研究するときに非常に注目されているのが、インターネット上でログが取得できることです。通常の研究では研究開始後にしかデータは取れません。しかし、調査計画を立てた後で過去の情報、データが取れるのです。動物の行動研究を専門とする立場からすると、人間のデータは非常に取りやすくなったと思います。このように生物に関する自分の興味関心が社会的ニーズと接点が増えたことが独立系研究者としてオファーをいただける一つの重要なポイントだと思います。

― 当研究所を主体とした科学技術予測、ホライズン・スキャニング活動への期待、要望などございましたら、是非お聞かせください。

海外では、エルゼビアなど出版社が学術に関連するビックデータを収集し、研究現場の体制にまで影響を与えるようになってきています。出版物の背景には、人間行動があり、実は出版物を通じて人間行動分析を行っているという見方ができます。学術関連ビッグデータからは研究者が、いつ論文を読んで、どこで実験を行い、論文を書いているのかという、知識のインプット・アウトプットに関しての行動が見えます。これを分析すると最適化の戦略を立てることができます。例えば、研究者がどういう条件で論文を書くかを把握していれば、国がある分野のエビデンスが欲しいといったときに役立つのではないでしょうか。

様々な意見が出たときに、エビデンスに基づく事実を示せることが非常に重要です。それを提供するのは研究者の役割です。テーマによっては現場の研究者の業務内容が直接科学技術政策につながっていくことが増えていくでしょうし、またそうあってほしいと願います。


注1 「科学技術イノベーション人材育成をめぐる現状と課題-科学技術分野の高度専門人材の流動化・グローバル化・多様化の観点から-」、NISTEPブックレット2、科学技術・学術政策研究所、2016年9月 http://hdl.handle.net/11035/2457

注2 現在は一般財団法人。

注3 行動判別機能を備えた介護福祉施設向け離床センサの開発 http://www.komatsulabo.com/?page_id=6

注4 academist(アカデミスト) https://academist-cf.com/

注5 野生の研究者 ニコニコ学会β https://readyfor.jp/projects/niconicogakkai5