STI Hz Vol.2, No.3, Part.12: (レポート)科学技術に関する国民意識調査-熊本地震-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00043
  • 公開日: 2016.09.25
  • 著者: 細坪 護挙
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
科学技術に関する国民意識調査-熊本地震-

第1調査研究グループ 上席研究官 細坪 護挙

概 要

大地震等の自然災害発生後の防災・減災のための科学技術政策において、被災地域と他地域の人々との意識差の分析結果を当該政策に反映させることは重要と考える。また、科学的に最も信頼できる意識調査である世論調査でも、これらの意識差分析に基づく作業仮説も伴えば、より具体的な施策立案に寄与する調査となると考えられる。

本稿では、インターネット調査のデータに対するオッズ比解析によって、政策的に意義深い世論調査や当面の施策立案に資する作業仮説構築を目指した。その結果、熊本県や九州では主に以下の事項が判明した。
①地震など自然災害から生活を守る分野など、科学技術への期待:増加
②科学技術情報源:減少、情報信頼度:増加
③科学研究や人材育成、企業等との協力などに関する政府支援の必要性の認識:減少

一方、事故事件情報は多少不正確でも早く発表されるべき・科学技術利用には予想できない危険は潜んでいるとは限らない・科学技術評価に市民参加すべきとは限らない・科学技術は時として悪用や誤用されることもあるとは限らない、としており、警戒的な意識:減少
④自然災害の予測や対策、地震や火山噴火の予測と対策の研究開発の推進:増加

キーワード:熊本地震,意識差,被災地域,オッズ比,インターネット・リサーチ,社会調査

1. 調査目的

大地震等の大規模自然災害が発生した場合、被災地域とそれ以外の地域では科学技術に対する意識が異なると思われる。科学技術政策では被災地域と被災地域以外の両方の国民意識やその差を分析する必要がある。なぜならば、個々の災害がもたらす被害は個別の場合に応じるところもあり、国としてはこうした意識差も踏まえ、幅広く大規模災害に備える必要があると考えられるからである。

2. 調査概要と経緯

大地震等の大規模自然災害発生直前後の科学技術に対する意識変化を把握するため、2016年3月のインターネット・リサーチ(本稿ではインターネット調査と呼ぶ。N = 3,000 )と5月のインターネット調査( N = 3,000 )の同一回答者集団( N = 4,084)の比較分析を行った。

インターネット調査では、母集団代表性に乏しく、偏りが大きいなどの問題が先行研究で指摘されており、その回答をそのまま日本国民の意識とはみなせないことが分かっている1~7)

科学技術と社会の分野ではかつて世論調査が行われてきた8)が、今は実施されていない。

当研究所では、同一回答者集団に対して科学技術に対する意識調査を継続的に行うことで、回答者の意識変化を捉えてきた9、10)

分析では日本を図表1の4地域に分けた。また、分析で使用するオッズ比11)の概念を導入する。一般的な2元クロス集計表に対して、本稿では(1)式のように使用した(X = 各変量、Y = 3月又は5月調査の別:時点基準)。オッズ比の定義自体は変わらないが、Discussion Paper12)では、X, YをX = 各変量、Y = 地域別:地域基準、としている。これはどの変量の組合せによって、2元クロス表を構成するかに関わるため、双方ともに科学的正当性がある。概念的には、本稿で紹介するオッズ比は「地域別」分析、Discussion Paper12)でのオッズ比は「観測時間別」分析、とも捉えられるだろう

図表1 本稿で使用した地域分割

3. 調査結果

(1)「地域別」オッズ比分析

結果を抜粋して紹介する。科学技術への期待と不安に関するオッズ比の変化は図表2 のようになり、地震等などの自然災害から生活を守るための分野に対する期待は熊本県に近づくほど大きくなるとは限らず、1.熊本県と4.全国が1 より大きい( = 3 月より5 月の方が大きい)ように思われる。

図表2 科学技術への期待と不安の地域別オッズ比(95%信頼区間(CI)

出典:インターネット調査を基に第1 調査研究グループにて作成

Discussion Paper12)の分析から、地震等などの自然災害から生活を守るための分野に対する期待が向上している(図表3、有意性水準5%。以下同じ)。

図表3 地震等などの自然災害から生活を守るための分野に対する期待の都道府県別変化
(本稿の日本の画像はイメージであり、日本国土全てを網羅していない。以下同じ。)

出典:インターネット調査を基に第1 調査研究グループにて作成

科学技術情報源(図表4)では、1.熊本県で一般向け書籍等が増加した。これは行政機関等が配布したパンフレットも含まれる可能性もある。また、情報への信頼度では、2.九州で立法機関への信頼が大きくなっており、地震対応について過去の教訓は生かされたと評価された可能性がある。一方、4.全国で家族や友人・知人・職場の人は減少した。この減少は通常の2月間の変化にしては大きい。これは4月で年度をまたいだため、学校や職場が変わることにより、知人や職場の人がかわったための、越年度効果と想定される。図表4は選択肢の一部だが、全体的に5月でかつ熊本県に近い方が情報の信頼が高いように見受けられる。

図表4 科学技術情報源とその信頼度の地域別オッズ比

出典:インターネット調査を基に第1 調査研究グループにて作成

科学技術への考え方のオッズ比は図表5となり、CIの幅が長いものの、1.熊本県で科学技術関心度は高くなった。一方、科学技術進歩で生活は便利で快適に、科学技術利用には予想できない危険、影響力の大きい科学技術評価に市民参加、は被災地域から離れるほど高そうである。これは熊本地震をテレビや新聞などで見聞きして、そう思ったのかもしれない。逆に、地震を体験したため、そう思わなくなったのかもしれない。

図表5 科学技術への考え方の地域別オッズ比

出典:インターネット調査を基に第1 調査研究グループにて作成

政府が実施すべき施策と回答者の考え方13)のオッズ比は図表6となる。CIの幅は長いが、1.熊本県で自然災害の予測と対策:一般の人への分かりやすい情報提供が低いように思われる。

図表6 政府が実施すべき施策と回答者の考え方の地域別オッズ比

出典:インターネット調査を基に第1 調査研究グループにて作成

この点に関して、都道府県別に調べると(図表7)、熊本県以外でも減少している都道府県はあり、増減の振れが大きいと分かる。

図表7 政府が実施すべき施策:スーパー台風や爆弾低気圧・ゲリラ豪雨など
自然災害の予測と対策に関して一般人への分かりやすい情報提供、の都道府県別変化

出典:インターネット調査を基に第1 調査研究グループにて作成

また、東京一極集中を是正する地方創生対策:研究開発の推進、に関する3.中国四国や4.全国の増加は、首都圏等のくらしに着目する越年度効果の可能性がある。さらに、国の繁栄は国民生活をよくする、に関して、1.熊本県に近いほど否定的となっており、個人と集団間の意識の乖離を感じた可能性が示唆される。一方、Discussion Paper12)で示したが、積極的に変化した考え方もあったことを付記する。

(2)「観測時間別」オッズ比分析

このオッズ比は地域で基準化12)している。地域分割は熊本県、九州、全国(相互に排他ではない)としており、熊本県と九州のオッズ比の時間変化が同じ増減傾向のものを熊本地震関連と仮定した上で、抜粋して掲載する。

○ 科学技術の課題への関心
【増加傾向】:食料・水資源問題対策,原子力開発

○ 科学技術への期待
【増加傾向】:資源・エネルギーの開発や貯蔵に関する分野,食料・農林水産物分野,家事支援などや高齢者の生活補助分野,地震などの自然災害から生活を守る分野,特にない

○ 科学技術の情報源
【増加傾向】:一般向け書籍等,国立や公立独立行政法人などの公的研究機関,講演会やシンポジウム・市民講座・サイエンスカフェ
【減少傾向】:テレビやラジオ,専門書籍や論文雑誌,国や地方の行政機関,科学館や博物館などの科学技術関連施設,家族や友人・知人・職場の人の話,特にない

○ 科学技術情報の信頼度
【増加傾向】:新聞,テレビ,一般向け書籍,週刊誌等雑誌,専門書籍や論文雑誌,企業や民間団体公益法人など,大学,学会,科学者,技術者,家族や友人・知人・職場の人
【減少傾向】:インターネット,国や地方の行政機関

○ 科学技術への考え方
【増加傾向】:科学技術に関する事故や事件の情報は多少不正確でも早く発表すべきだ
【減少傾向】:科学技術発展評価,科学技術の進歩につれて生活はより便利で快適なものになる,たとえすぐに利益をもたらさないとしても最先端の学問を前進させる科学研究は必要であり政府によって支援されるべき,博士号取得者など科学技術人材の育成政策は重要であり政府によって支援されるべき,企業や大学公的研究機関などの科学者や技術者が協力した研究開発や成果活用を目指す政策は重要であり政府によって支援されるべき,科学技術の利用には予想もできない危険が潜んでいる,社会的影響力の大きい科学技術の評価には市民も参加すべきだ,社会の新たな問題はさらなる科学技術の発展によって解決される,科学技術は時として悪用や誤用されることもある

○ 社会への影響の大きな科学技術の評価で重視すべき事項
【増加傾向】:企業や経済団体がその科学技術を高く評価する
【減少傾向】 :国や企業などその科学技術を研究開発する機関組織を信頼できる,その科学技術の必要性や安全性などに関して機関組織が十分に説明した,外国の研究者や技術者がその科学技術を高く評価する,その科学技術を研究開発する機関組織を誠実と思える

○ 政府が実施すべき施策:スーパー台風や爆弾低気圧・ゲリラ豪雨など自然災害の予測と対策
【増加傾向】:研究開発の推進
【減少傾向】:研究開発施設機関・大学等の設置,一般の人への分かりやすい情報提供

○ 政府が実施すべき施策:無人航空機・ドローン等の既存の大量流通製品の改造によるテロや犯罪
【増加傾向】:法的規制・制度を守るよう指導・監督の徹底,当てはまるものはない
【減少傾向】:研究開発の推進,関係企業等に対する協力要請,一般の人への分かりやすい情報提供

○ 政府が実施すべき施策:地震や火山噴火の予測と対策
【増加傾向】:研究開発の推進,法的規制・制度を守るよう指導・監督の徹底
【減少傾向】:法的規制・制度の新設・改変,関係企業等に対する協力要請,一般の人への分かりやすい情報提供

○ 回答者の考え方
【増加傾向】:たいていの人は信頼できると思う,たいていの人は他人の役にたとうとしていると思う,あなたが会社で働いているとします。その場合上役と仕事以外のつき合いはあった方がよいと思う,現在の日本は生活水準という点ではよいと思う
【減少傾向】:一般的に言って今の日本の社会は公平だと思う,いまの社会で成功している人をみてその人の成功には運やチャンスより個人の才能や努力の方が大きな役割をはたしていると思う,社会に対して満足している,国が繁栄すれば国民ひとりひとりの生活もよくなると思う,仕事や職場に対して満足している,仕事や遊びなどで自分の可能性をためすためにできるだけ多くの経験をしたい,これまでに自分が世の中の動きからとり残されていると感じたことがある,休日は外出より在宅が多い,現在の日本は経済力という点ではよいと思う,現在の日本は芸術という点ではよいと思う,自分たちの生活が今より多少不便になっても地球環境を守るためにひとりひとりが努力すべきだ,自分の暮らし向きに満足している,ときどき自分自身や家族のことで最近の生活の中での経済面の不安を感じる,いくらお金があっても仕事がなければ人生はつまらない

以上複雑な関係から科学技術に関して要点をまとめると、熊本県や九州では、
①科学技術への課題の関心項目は余り増加しないが、地震など自然災害から生活を守る分野などの期待の増加項目数が多い。
②科学技術情報源は減少傾向だが、情報信頼度は増加している項目数が多い。
③科学研究や人材育成、企業等との協力などに関する政府支援の必要性の認識は減少した。
一方、事故事件情報は多少不正確でも早く発表されるべき・科学技術利用には予想できない危険は潜んでいるとは限らない・科学技術評価に市民参加すべきとは限らない・科学技術は時として悪用や誤用されることもあるとは限らない、としており、警戒的な意識も減少した。
④自然災害の予測や対策、地震や火山噴火の予測と対策の研究開発の推進は増加傾向。

このように被災地域と被災地域以外の地域との意識差を調べることができる。この比較分析の手法は、将来の災害等でも活用できる。こうして、科学的議論に基づき過去の人々の意識から得た教訓を、将来の防災や減災に生かすことができるのではないかと考えられる。

謝辞

本稿の取りまとめには、様々な方々の御協力を頂いた。筆者は本研究における統計学的解析計算に関してRシステムに謝意を表する14)。また、オッズ比の点推定、95%信頼区間推定、CMH検定及び均一性検定に関してRパッケージ製作者に謝意を表する15)。なお、本研究における主張等の責任は専ら筆者が負い、他の方々には及ばないことを付記する。最後に、熊本地震、東日本大震災などにおける自然災害により、亡くなられた方々に哀悼の意を表します。また、被災された方々とその御家族の方々にお見舞いを申し上げます。


注 「地域別」、「観測時間別」のオッズ比分析を同時に実施することは不可能ではないが、取り扱う統計モデルが複雑化するため、本稿ではその議論は省略する。

参考文献

1)大隅昇(2004), インターネット調査の何が問題か-現状の問題と解決すべきこと-, 新情報,vol.91.

2)大隅昇(2005), インターネット調査の何が問題か(つづき)-現状の問題と解決すべきこと-, 新情報, vol.92

3)大隅昇(2006), インターネット調査の抱える課題と今後の展開,ESTRELA, No.143.

4)大隅昇, 前田忠彦(2008),インターネット調査の役割と限界,日本行動計量学会大会発表論文抄録集 36,197-200.

5)林知己夫(2001), 調査環境の変化と新しい調査法の抱える問題,統計数理,第49 巻,第1 号, p.199.

6)内閣府(2009),平成20年度調査研究「世論調査におけるインターネット調査の活用可能性」:
http://survey.gov-online.go.jp/sonota/h20-internet1/summary.pdf

7)樋口耕一,中井美樹, 湊邦生(2012),Web調査における公募型モニターと非公募型モニターの回答傾向, 立命館産業社会論集,第48巻第3号.

8)内閣府(2010),科学技術と社会に関する世論調査.

9)細坪護挙(2015),科学技術に関する国民意識調査-2014年2月~2015年10月 科学技術の関心と信頼-,調査資料244,文部科学省科学技術・学術政策研究所:http://hdl.handle.net/11035/3120

10)細坪護挙(2016),ノーベル賞受賞に伴う科学技術に対する関心の変化分析,Discussion Paper No.130.文部科学省科学技術・学術政策研究所:http://hdl.handle.net/11035/3125

11)藤井良宜(2010),Rで学ぶデータサイエンス1 カテゴリカルデータ解析, 共立出版.

12)細坪護挙(2016),科学技術に関する国民意識調査-熊本地震-,Discussion Paper No.138.文部科学省科学技術・学術政策研究所:http://doi.org/10.15108/dp138

13)統計数理研究所(2013), 日本人の国民性調査.

14)R Core Team(2016), R: A language and environment for statistical computing. R Foundation for Statistical Computing,Vienna,Austria:https://www.R-project.org/.

15)Virasakdi Chongsuvivatwong (2015), R: epiDisplay Package:
https://cran.r-project.org/web/packages/epiDisplay/epiDisplay.pdf