STI Hz Vol.2, No.3, Part.11: (レポート)地方創生のHorizon(後編) 地方創生と域内外連携、街づくりSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00042
  • 公開日: 2016.09.25
  • 著者: 新村 和久
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
地方創生のHorizon (後編)
地方創生と域内外連携、街づくり

第 2 調査研究グループ 上席研究官 新村 和久

概 要

国・地方自治体は以前から地域イノベーションを活性化させるための施策に取り組んできたが、全国一律施策により十分に地域性を引き出すに至らなかったなどの反省点が指摘されている。

一方で、最先端の研究拠点形成を指向すると同時に、域内外との連携を活発に行うことで、地域の独自性を発揮した地域イノベーションを結実させつつある一部の地域も存在する。本稿ではこの地域として鶴岡市に着目し、前号前編では研究拠点形成や起業環境に言及した。本号後編では、域内外連携やクラスター形成期における地域の特性を生かした街づくりに着目した分析を行った。

この結果、域外連携においてはメタボローム研究に基づく研究拠点の各研究機関との連携、及び研究拠点から生まれた大学発ベンチャーの域外大手企業との協働など、最先端の研究拠点形成に起因した域外連携効果が観察された。また、研究拠点のクラスター化に伴うインフラ面の強化において、開発の主体は自治体から完全地域主導ベンチャーへと橋渡しが進んでおり、一方で自治体は許認可や地域の農業、食文化と併せた独自の地域イノベーションに挑戦している最中にある。鶴岡の事例において、多様な人材・組織が関与しているが、クラスター化のフェーズに応じて、それぞれが自身の得意分野で役割を発揮していることが挙げられる。

キーワード:地域イノベーション,地方創生,科学技術,大学発ベンチャー

1. はじめに

前編において、現在我が国が直面する人口問題に対しての地域イノベーション活性化への期待や、地域と国の関係機関が一体となって地域の取組を支援できる体制作りについて紹介するとともに、研究開発型大学発ベンチャー情報を基点に『起業環境』に着目した分析結果を紹介した1)

この結果、鶴岡における大学発ベンチャー創出の『起業環境』は、大学、行政が研究基盤を構築し、インフラの拡張計画は民間へと橋渡しされた最先端の研究拠点構築を中心に、『志を有する』研究者、支援者、起業化精神を有する人材が集まることが主要因で形成されていることが示唆された。

一方で、既存の地域支援の課題として、地域内に閉じがちで域外の資源の活用不足、全国一律施策により十分に地域性を引き出すに至らなかったなどの反省点が第5期科学技術基本計画において指摘されているように2)、『域内外連携』についての分析を加える必要がある。

また、鶴岡市では成長する大学発ベンチャーが複数創出されており、雇用創出への波及効果が期待されるが、現状、地域経済分析システム(RESAS)3)における統計データ上では、上述の人口課題を解決するまでには至っていない1)

前号でのSpiber(株)(以下、Spiber社)のインタビュー4)において、「事業に賛同してくれる人材を世界中からいかにして集めるかが課題であり、会社が面白いことをするだけではなく、海外から来られる方が何不自由なく生活できたり、子供が安心して医療・教育を受けられたりする環境を整える必要」が言及されるように、域外から新たに人材を誘引し、定着率を高めるには『街づくり』が重要な要因となる。

後編では、鶴岡市の地域イノベーションにおける『域内外連携』『街づくり』の取組について言及し、鶴岡市が拠点の都市化を進めつつ、地域の農業、食文化と併せた独自の地域イノベーションに挑戦している点について紹介する。

2. 鶴岡の域内外連携

2-1 研究での域内外連携

前号において、鶴岡でのクラスター形成過程における産学官金の取組を、鶴岡市と慶應義塾大学との支援協定のフェーズごとに展開して可視化した(図表)1)

図表 鶴岡でのクラスター形成過程における産学官金の取組

出典:参考文献1の図表2をアップデート

研究に関する連携では、慶應義塾大学先端生命科学研究所の設置後速やかに、理化学研究所とのメタボローム解析に関する基本合意書の締結、第一回メタボローム国際会議の開催など、メタボロームに関する最先端の研究拠点とするための積極的な外部との連携活動を実施している。既存文献5~7)やヒアリングにおいて共通の見解だが、研究拠点としての確立が鶴岡の地域イノベーションの根幹と考えられる。

その理由として、まずこの基礎研究成果の応用のために設立されたヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(株)(以下、HMT社)と域外大手企業等との共同研究契約が相次いで成立し7)、鶴岡の慶應義塾大学先端生命科学研究所が設置されているバイオサイエンスパーク内のメタボロームキャンパスへの入居を誘引している8)

また、慶應義塾大学先端生命科学研究所と域内企業との連携による、バイオ技術事業化促進助成事業(庄内地域産業振興センター)として、最先端のメタボローム技術などを活用したシーズ探索型、事業化推進プログラムを実施し、大学発ベンチャーの(株)メタジェン、(株)サリバテックだけでなく、地域(県)企業にも活用されている9)

ただし、地域企業への先端技術活用については、メタボローム技術を活用した対象素材の成分組成を分析・解析することで、高付加価値化、製造・加工条件の最適化や品質の向上などに寄与し、官能評価も併せ、農業・食品産業分野において浸透し始めているが、医療分野で技術の活用を検討するフェーズには至っていない。現在の取組としては、直ちに地域企業に医療分野での応用化を促すのではなく、鶴岡メディカルビジネスネット(現エムビーネット鶴岡協同組合)において、医療分野でのニーズ掘り起こし活動を通し、地域企業への医療関連製品の開発への関心を促している。

さらには近年では、ものづくり、ICT関連、機能性高分子材料、メタボローム関連での応用研究を含めたシステムバイオロジーの研究が行われ、将来的に「高専の研究拠点」を目指す構想のK-ARC(Kosen-Applied science Research Center)の立ち上げ、国立がん研究センターの一部移転決定など、先端科学の拠点として域内外連携が積極的に進められている。

2-2 資金調達での域内外連携

資金調達、支援関連での域内外連携では、HMT社、Spiber社共に設立から2年でVC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達を達成し、これが初期の売上げがない時期の研究開発実施に重要な役割を果たしており、研究開発型ベンチャーへの投資目利きができる人材の存在が必要不可欠であることを示している。

また、地域での研究拠点化や、成功例の少ないバイオベンチャーの立ち上げにおいて、今までの日本での状況から資金調達は容易ではない。これを後押しする上では、研究拠点化構想では鶴岡バイオ戦略懇談会、研究成果事業化推進では、山形県バイオクラスター形成推進会議、山形県合成クモ糸繊維関連産業集積会議など、多様な有識者による支援コミュニティが形成され、情報の共有や外部への発信が行われている点も大きいであろう。

ただし、Spiber社の事例では2015年に約100億の資金調達を達成しているが、実際に多額の資金調達が可能となった転機は、域外(豊田市)の小島プレス工業(株)との試作研究設備稼働によりパイロットスケールでの製造を実証し、人工クモ糸で作られた衣服「Blue Dress」を発表した後とのことである(2011年約4億円調達、2013年試作研究設備稼働、2014年約25億円調達)。

米国との比較では、クモの糸の大量生産を目指すベンチャー会社ボルト・スレッズが、政府助成金やVCから4,000万ドルの資金調達に成功したことを2015年に発表している。これは、製品発表以前での大型資金調達であり、科学技術投資時期に対する日米での差異があるといえる。もっとも、ヒアリングにおいて、資金調達額の急伸や研究開発の進展には2014年のImPACT(内閣府・革新的研究開発推進プログラム)の採択の影響が大きかったとの見解もあり、日本型の研究開発型大学発ベンチャーの資金面での支援で、大企業との協働や政府施策が重要な役割を果たしていたことが観測された。

3. 鶴岡の街づくり

鶴岡市における大学誘致から研究拠点形成の過程については大滝ら(2014)5)、西澤ら(2015)6)が詳細を報告しているため、本稿では人口流出問題に対する街づくりへの取組について述べる。

まず、魅力ある街づくりへの大規模な取組の開始は、2007年に荘内銀行が主導し、鶴岡商工会議所を含む同市内の民間事業所、団体で株式会社まちづくり鶴岡が設立された時期と考えられる。同社は、経済産業省の補助事業に「まちなか映画館整備事業」として採択され、工場跡地をリノベーションした「鶴岡まちなかキネマ」の開館など、歴史や文化、街並みを生かした街づくりなどを展開してきた10)

この「鶴岡まちなかキネマ」は東北公益文科大学高谷時彦教授が設計に当たるなど、街づくりにおいても産学連携が活用されてきた。こうした産学連携による地域街づくりへの取組は、文部科学省の地(知)の拠点大学による地方創生推進事業において、東北公益文科大学が「地域力結集による人材育成と複合型課題の解決-庄内モデルの発信」事業の採択を受けるなど、地域課題に特化した問題解決と人材育成へと発展を遂げている。

一方で、研究拠点の発展に伴い国内外研究者の転入や、ベンチャー企業の成長、共同研究企業の入居による、インフラ面の強化の必要性が高まってきた。このクラスター形成期におけるインフラ面での強化として、現在研究拠点であるバイオサイエンスパークの拡張計画が進んでいる。

この計画の開発を主導するのは「完全地域主導」の街づくりを掲げるベンチャーのYAMAGATA DESIGN(株)(以下、YAMAGATA DESIGN社)であり、インフラ面の強化について研究拠点形成時期の県・市の主導から、規模の拡張時期に伴い民間企業に橋渡しされている。YAMAGATA DESIGN社の山中社長は、「地域のことを本気で考えられるのはその地域以外に存在しない」という理念の下、新産業の拡大に伴いインフラ面を強化する必要があったため、当初資本金10万円で同社を設立した。その後、この理念と取組に共感してくれる地元企業の方々が徐々に応援してくれるようになり、現在では約20億を地元企業から調達した。その中には、山形銀行等の地元銀行を中心に創生された「山形創生ファンド」の出資を受けるなど、金融機関も含めた地域連携による開発を進めている。

拡張計画においては、産業施設だけでなく、心と体をメインテナンスする宿泊滞在施設、子育て環境の充実のための子供の教育施設なども念頭に置いた開発を予定している(2018年完成予定)。これは、最先端の研究拠点形成に伴い、国内外研究者等の鶴岡への移住が増加したことで、住環境や生活の質の向上を求める声が高まったためである。つまり、研究者の単身赴任でも、家族とともに移住した場合でも、教育の問題や、日常生活における地域での交流機会の少なさから、地域への定着が進みにくいという地域の課題が反映された。

現在の計画では、まずは住環境を整備し、「分譲住宅とシェアハウスを併せたようなコンセプト(山中社長)」で研究者、及び家族の交流環境を作る。さらに子供の学校教育+αの自然教育として、学びを支援する施設も建設する。建築のデザインは米プリツカー賞12)を受賞した坂茂氏がデザイン・設計を担当し、自然との共生をテーマとした木造建築であり、研究開発拠点から地域の特色を生かした研究開発都市へと移行を進めている。

医療関連では、市、医師会、慶應義塾大学が連携し、メタボローム技術を活用し市民の健康状態を25年間にわたって調べ、病気の新たな予防方法の開発につなげる「鶴岡みらい健康調査」が2012年に始まった。また、民間ではYAMAGATA DESIGN社がサイエンスパーク内に虫歯の予防につながる歯のメインテナンスを専門に行う診療所の誘致を進めるなど、予防を中心とした最新の医療環境の導入が図られようとしている。

市は、上記サイエンスパークの許認可などの規制面での支援のほか、街の遊休不動産の活用によるビジネス立ち上げを支援する「鶴岡リノベーションスクール」実行委員会13)の運営など、民間による補助金に頼らない街づくりの仕組みをサポートしている。さらに、「次世代イノベーション都市高度ブランド化の推進」を掲げ、先端バイオ研究や食文化(日本で唯一、食文化でのユネスコ創造都市ネットワーク認定)を生かした「スマートアグリ」「バイオテクノロジー」「農業の工業化」の成長を促している。取組の一つとして、既に2016年3月に鶴岡市でAgricultural Revolution 3.0 14)を開催し、上記三つの視点から次世代のライフスタイルを紹介するなど、地域が今まで構築してきた独自色を融合させた魅力ある街づくりを目指している。

4. まとめ、今後の展望

鶴岡市では最先端の研究開発拠点を形成することで起業家、支援家などの多様な人材を誘引してバイオ産業を活性化させてきた。その後、拠点の都市化を進めつつ、地域の農業、食文化と併せた独自の地域イノベーションに挑戦している最中にある。重要な点は、多様な人材・組織が関与しているが、クラスター化のフェーズに応じて、それぞれが自身の得意分野で役割を発揮していることである。

ただし、鶴岡のように研究開発型大学発ベンチャーの創出等の成功を有する地域においても、地域が共通して抱える人口減少に関しては、統計上、若者のUIターン増加はまだ現れておらず、統計上で地域イノベーションの進展度合いを図ることの困難性が示唆される。

この点、現在当研究所にて、研究開発型大学発ベンチャー、及び関連大学研究者の特許権、競争的資金情報について網羅的なデータを構築している最中であり、研究開発型大学発ベンチャー創出地域での傾向を分析することで、地域イノベーション進展の兆しを捉えるアプローチを継続していく。

謝辞

本稿作成に当たり、インタビューの御協力を頂きました、Spiber株式会社取締役兼執行役 菅原潤一氏、鶴岡市企画部長 髙橋健彦氏、同部政策企画課 政策企画専門員 鈴木真氏、慶應義塾大学鶴岡先端研究教育連携スクエア 先端生命科学研究所 事務長 高野祥一氏、同研究所 産官学連携コーディネーター 栗本忠氏、庄内地域産業振興センター 産学連携推進コーディネーター 三浦義廣氏、大瀧均氏、佐藤雄三氏、YAMAGATA DESIGN株式会社 代表取締役 山中大介氏、マネージャー 五十嵐彩香氏に深く感謝申し上げます。


注 メタボローム解析:生体(動・植物等)内に含まれるアミノ酸、有機酸や糖などの代謝産物の成分を網羅的に分析する技術。病態の解明や創薬、疾患マーカーの探索等幅広く応用がなされている。
慶應義塾大学では、キャピラリー電気泳動−質量分析計(CE-MS)によるメタボローム測定法を世界に先駆けて開発し、細胞内に存在する数千の代謝物質の一斉分析に成功した。

参考文献

1)新村和久(2016)地方創生のHorizon(前編)地方創生と起業環境-大学発ベンチャーデータを用いた鶴岡における地域イノベーション進展過程の分析- STI Horizon, Vol.2, No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00026

2)内閣府(2016)第5期科学技術基本計画 閣議決定

3)地域経済分析システム(RESAS:リーサス)HP(最終アクセス2016/4/18):https://resas.go.jp/

4)髙橋安大、蒲生秀典、新村和久(2016)ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流Spiber株式会社菅原潤一取締役兼執行役インタビュー STI Horizon, Vol.2, No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00025

5)大滝義博、西澤昭夫(2014)大学発バイオベンチャー成功の条件‐ 「鶴岡の奇蹟」と地域Eco-system, 創成社

6)西澤昭夫(2015)「鶴岡の奇蹟」と産学連携 大学技術移転協議会会報『UNITTE J:ユニット・ジェイ』第10号、2015 年 6 月 1 日発行 P.31~42

7)髙橋健彦(2013)「地方から世界水準のイノベーション~慶應大先端生命科学研究所とスパイバー社の挑戦~」、三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング季刊『政策・経営研究』、2013 Vol.3 地方から世界水準のイノベーション

8)鶴岡メタボロームクラスターHP(最終アクセス2016/4/18):
https://www.city.tsuruoka.lg.jp/static/TsuruokaMetabolomeClusuter/tmec.html

9)庄内地域産業振興センターバイオクラスター形成促進事業HP(最終アクセス2016/4/18):
http://www.shonai-sansin.or.jp//bio-info/

10)フィデア総合研究所(2010)[VALUE SIGHT]映画館を足がかりに市民が集まる魅力的な中心市街地を創造する(最終アクセス2016/4/18):https://www.f-ric.co.jp/fs/201007/12-13.pdf

11)ヤマガタ未来ラボ編集部(2015)資本主義の常識をぶち壊し、地域が未来にときめく街を創る,ヤマガタ未来ラボHPコラム(最終アクセス2016/4/18):http://mirailab.info/column/5761

12)日経アーキテクチュア(2014)坂茂氏にプリツカー賞、日本人が2年連続受賞

13)ヤマガタ未来ラボ編集部(2015)鶴岡の不動産の再生を通じて、まちでの新しいビジネスを生み出し、エリアを再生する。リノベーションスクール@鶴岡を手伝ってほしい!,ヤマガタ未来ラボHPコラム(最終アクセス2016/4/18):https://mirailab.info/column/6960

14)Agricultural Revolution 3.0 HP(最終アクセス2016/4/18):http://agri-revolution3.com/