STI Hz Vol.2, No.1, Part.10:(レポート)ノーベル賞が引き出す子供たちの科学への夢 STI Horizon

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  • DOI: http://dx.doi.org/10.15108/stih.00018
  • 公開日: 2016.03.25
  • 著者:岡本 摩耶
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.02, No.01
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)


レポート

ノーベル賞が引き出す子供たちの科学への夢

第2調査研究グループ 上席研究官 岡本 摩耶

概 要

スウェーデン・カロリンスカ研究所のノーベル賞委員会は、2015年10月5日、大村智氏にノーベル生理学・医学賞を、翌6日には、梶田隆章氏にノーベル物理学賞をそれぞれ授与することを発表した。ノーベル賞を受賞するような超一流の科学者は、一体どのような人生を歩んできたのだろうか。そこには、出会い、努力、迷い、そしてセレンディピティ(研究者の世界では、「失敗を成功に結び付けるサクセスストーリー」を意味する)があったようである。この日本人研究者によるノーベル賞のダブル受賞は、我が国の子供に大きな希望をもたらしたものと思われる。子供(小・中・高校生)約3,000人とその保護者(親)を対象に実施した受賞決定直後の意識調査において、受賞決定のニュースを機に「理科や科学に対する興味関心が高まった」「研究者の仕事に対して興味関心を持つようになった」と回答した子供の数が増加したことが明らかとなった。国民の科学リテラシーの低下や子供の「理科離れ」が問題となっている我が国においては明るいニュースであり、科学技術に対する興味関心の高まりが一過性のものとならないような工夫や環境整備が今後も必要であろう。

キーワード:ノーベル賞、セレンディピティ、科学技術、親子意識調査、子供の興味関心

ノーベル賞の授賞式は、アルフレッド・ノーベルの命日である12月10日にスウェーデンのストックホルム(平和賞はノルウェーのオスロ)で開催される。それに先立ち、各賞の受賞者は10月上旬に発表されることから、この時期は「ノーベル賞ウィーク」と呼ばれ、世界中からの熱い視線がスウェーデンに向けられる。

スウェーデン・カロリンスカ研究所のノーベル賞委員会は、2015年10月5日、寄生虫薬の開発に貢献した北里大学の大村智特別栄誉教授にノーベル生理学・医学賞を、翌6日には、ニュートリノに質量があることを証明し、宇宙の成立解明に寄与した東京大学の梶田隆章教授にノーベル物理学賞をそれぞれ授与することを発表した。日本人によるノーベル賞の受賞は、1949年に日本で初めて受賞した湯川秀樹氏から数えて24名(受賞時点で外国籍取得の2名、文学賞・平和賞の3名を含む)となるとともに、21世紀以降では、自然科学賞部門の国別の受賞者数で、米国に次いで世界第2位を誇る。

これらの科学者は、どのような環境で育ち、どのような指導者から教育を受けてノーベル賞受賞者となり得たのだろうか。多くの受賞者の生い立ちを調べてみると、意外にも、科学者としての人生をまっしぐらに歩んできた人ばかりではないようだ。いずれの受賞者も、幼少期から科学に対する興味は人一倍強かったようではあるが、その多くは必ずしも早い時期から研究者になろうと決心していたわけではなく、したいことが分からずに悩んだり、健康状態に進路を左右されたり、就職か進学かを迷ったりしながら、最終的に研究者の道を選んだようである。例えば、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏は、幼いころは軍人か音楽家を目指していたが、12歳のときにかかった小児麻痺によっていずれも諦めることになった。しかし、入院中に担任から贈られたアインシュタインの本が物理学者を目指すきっかけとなり、「やれば、できる。」という信念のもとに積み重ねられた努力が、後にノーベル賞受賞という形で花開くことになる。

また、どのような職業においても通じることかもしれないが、研究者として成功するには、努力のみならず、ときには一瞬のチャンスをものにする「運」を味方に付けることも必要であるようだ。この「運」は、「素敵な偶然や予想外のものに出会ったり発見したりすること」を意味する「セレンディピティ」と呼ぶこともできる。研究者の世界においては、セレンディピティは「失敗を成功に結び付けるサクセスストーリー」を意味する言葉として使われることが多い。ノーベル賞受賞者も例外ではなく、例えば、高分子物質の質量分析でノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏の仕事がこのセレンディピティであったと言われている。端的に述べると「アセトンとグリセリンを間違えた」という失敗がノーベル賞をもたらしたということになるが、その詳細は以下のとおりである。

微細金属粒子(UFMP)の混濁液を作る際には通常はアセトンを使っていたのであるが、ある日、田中氏は間違ってアセトンの代わりにグリセリンを使ってしまった。すぐに間違いには気付いたものの、「UFMPは非常に高価なものなので捨てるのはもったいない、とりあえずこのサンプルを使ってみよう…」と考えた。ここからが田中氏のすごいところで、真空中でグリセリンが蒸発して消滅するのを黙って待っているだけではつまらないとレーザーを照射し、TOF(Time-of-Flight Mass Spectrometry:時間飛行型質量分析)スペクトルをモニターしてみたのである。すると驚いたことに、これまでアセトンのときにはレーザー光によって高分子が壊れてしまい分解産物しか測定できなかったのに対し、グリセリンを使用すると元の高分子が直接測定できたのである。このような失敗からの発見が研究者の世界におけるセレンディピティとして知られているが、そこには長年の研究で培われた田中氏の研究者としての勘があったものと思われる。つまり、セレンディピティは待っていたところで向こうからやって来るものではないのである。田中氏のように、セレンディピティに巡り会えるような活発な研究活動を続けること、そして一瞬のチャンスを決して逃さない感性を養うことが大切なのであろう。

2015年11月に開催された「サイエンスアゴラ2015」において、2014年のノーベル物理学賞を受賞した天野浩氏の講演を聴く機会に恵まれた。青色発光ダイオードの発明による受賞であったことは広く知られているが、天野氏が学生として研究プロジェクトに参加した頃は、青色発光ダイオードに関連する研究に限っては学生と教員の有する知識や情報は同レベルであったという(むしろ、文献を読みあさる時間を確保できる学生の方が情報を多く入手しているぐらいであったとのこと)。そこでは、共に新しい分野に挑戦するという意気込みのもと、教員・学生の垣根を越えて、全員がフラットな立場から日々自由闊達な討論がなされたようだ。そのような研究環境から最先端研究の前線が形成され、将来ノーベル賞受賞者となるような超一流の研究者が巣立つのであろうと感じた。

ときに、2015年の日本人研究者によるノーベル賞のダブル受賞は、我が国の次世代の科学技術を担う子供に大きな希望をもたらしたものと思われる。子供(小・中・高校生)約3,000人とその保護者(親)を対象に実施した受賞決定直後の意識調査において、受賞決定のニュースを機に「理科や科学に対する興味関心が高まった」「研究者の仕事に対して興味関心を持つようになった」と回答した子供の数が増加していることが明らかとなった。

まず、日本人研究者によるノーベル賞受賞決定について知っている子供の割合は、小学生では58.8%(低学年で50.6%、高学年で66.3%)、中学生で70.4%、高校生で71.3%であり、学齢が上がるにつれて認知度の上昇が認められた(図表1)。また、図表2は、受賞決定を機に子供の理科や科学に対する興味関心がどの程度高まったかを示している。「非常に高まった」又は「どちらかというと高まった」と答えた子供は、いずれの学齢群でも13%程度(小学校高学年のみを見た場合では14.9%)であり、これらの子供においては「理科の勉強を一生懸命するようになった」、「理科や科学に関連するテレビ番組を見るようになった」、「理科や科学に関連する本や雑誌を読むようになった」、「理科や科学に関連する話題について話をするようになった」というような行動変化が実際に起こったと回答している。

さらに、図表3は、受賞決定を機に、子供が研究者の仕事に対して興味関心を持つようになったかどうかを示している。いずれの学齢群においても、受賞決定後に研究者の仕事に対する興味関心が高まっている(「非常に興味関心を持っている」又は「どちらかというと興味関心を持っている」を選択)ことが分かる(小学生で5.2ポイント、中学生で9.1ポイント、高校生で7.6ポイント)。また、受賞決定前には「全く興味関心を持っていない」を選択していた群が受賞決定後には大幅に減少して、「興味関心を有する」とする群に転じていることも興味深い。今回の日本人研究者によるノーベル賞の受賞決定やそれに伴う様々な報道等により、子供の意識において「研究者」というものが「職業」の一つとして新たに加わった可能性も高く、将来の仕事の選択肢を広げるきっかけとなることに期待したい。


図表1 ノーベル賞受賞決定についての子供の認知状況 (n=3,335)


図表2 理科や科学に対する子供の意識の変化(n=3,141)


図表3 研究者の仕事に対する子供の興味関心の変化(n=3,335)

このような調査結果は、国民の科学リテラシーの低さや子供の「理科離れ」が問題となっている我が国においては明るいニュースであり、科学技術に対する興味関心の高まりが一過性のものとならないような工夫や環境整備が今後も必要であろう。本調査結果の詳細については、文部科学省 科学技術・学術政策研究所『調査資料-245 小・中・高校生の科学技術に関する情報に対する意識と情報源について-2015年の日本人研究者によるノーベル賞受賞決定直後の親子意識調査より-』を参照されたい。

最後に、1981年、フロンティア軌道理論により日本初のノーベル化学賞受賞者となった福井謙一氏の著書『学問の創造』より一節を。

人はなぜ学ばなければならないか

なぜ創造しなければならないか

学問の世界におけるこのような原初的な問いが、

今こそ真面目に問われ直さなければならない

参考情報

1) 小柴昌俊 『やれば、できる。』 新潮社

2) 田中耕一 『生涯最高の失敗』 朝日新聞出版

3) 岡本摩耶 『調査資料-245 小・中・高校生の科学技術に関する情報に対する意識と情報源について-2015年の日本人研究者によるノーベル賞受賞決定直後の親子意識調査より-』 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 2016年 2月

4) 福井謙一 『学問の創造』 佼成出版社