自動車用高出力・大容量
リチウムイオン電池材料の研究開発動向

河本 洋
客員研究官

1.はじめに

 省エネルギーの促進・石油代替・環境低負荷などの目的から、化石燃料エンジンと電動モータを併用するハイブリッド自動車(HV)、搭載された二次電池を外部電源から充電できるHVであるプラグイン・ハイブリッド自動車(PHV)、電気自動車(EV)などが活発に開発されている。この駆動用電源として高出力かつ大容量の二次電池の開発と導入が緊急の課題となっており、リチウムイオン電池が注目されている。

 リチウムイオン電池は、その高エネルギー密度の利点を活かして、これまでは、情報通信機器・家電機器のなかでも特に携帯用電源として、大きな発展を遂げてきた。携帯電話・ノートPCなどの普及拡大を背景に、リチウムイオン電池の世界の出荷総額は2008年度に約3,900億円に達している1)

 リチウムイオン電池には、正極・負極材料におけるリチウムイオンの挿入・脱離時に副反応がほとんど存在しない、電池内部抵抗を低くすれば充放電の際のエネルギー効率を高くできる、自己放電が小さい、メモリー効果がないなど、様々な利点がある。これまでの研究開発は、エネルギー密度の向上を重点に行われてきた。また、リチウムイオン電池は、我が国が世界に先駆けて実用化し、現在まで技術水準と生産の両面で世界をリードしてきた電池である。

 今後の自動車用エネルギーの高効率利用において、自動車駆動時の電力供給とともに、制動時のエネルギー回収・貯蔵を走行状態に合わせて瞬時に行うことができる二次電池の活用は、自動車開発に欠くことができない要素である。車載用二次電池のなかでも、重量または体積当たりの出力密度およびエネルギー密度の点から、リチウムイオン電池の普及が最も期待されている。現在採用されているHV用二次電池のほとんどはニッケル水素電池であるが、電池の価格が1台当たり20万円2)とすると、2009年度のHVの市場規模は約110万台と予測されるため3)、HV用ニッケル水素電池の2009年度の出荷額は約2,200億円となる。2012年のHVの市場規模は約220万台になるとの予測があり3)、もし、このニッケル水素電池のすべてがリチウムイオン電池に置き換わると仮定し、さらにEVも普及し始めるとすると、自動車用リチウムイオン電池の出荷額は4,400億円を遥かに上回る。つまり、自動車用リチウムイオン電池の出荷額は、ここ2〜3年のうちに、現在の情報通信機器・家電機器用としてのリチウムイオン電池の出荷額以上に成長する可能性がある。2009年には三菱自動車(株)、富士重工業(株)がリチウムイオン電池を採用したEVの量産を開始しており、また、トヨタ自動車(株)はリチウムイオン電池を採用したPHVを、2011年からの本格的市販を目指して、2009年12月中旬から市場へ限定投入を開始している4)。さらに、2010年には日産自動車(株)がEV用リチウムイオン電池を日米欧で量産する予定と発表している。今後HVでもリチウムイオン電池の採用が進むと予想されることから、2014年頃には、自動車用リチウムイオン電池の市場規模は約2兆円を超えるとの予測がされている5)

 また、輸送用機器以外の分野においても、例えば、天候に左右される再生可能エネルギーである太陽光発電や風力発電による電力の貯蔵や、大規模発電による電力の生産と消費のタイムラグを解消するための電力負荷平準などの用途にも、中小規模から大規模なリチウムイオン電池システムの適用が望ましいとされている6)。したがって長期的には、上記の仮定をさらに上回るリチウムイオン電池が必要になる可能性もある。

 本稿では、自動車搭載用リチウムイオン電池の研究開発動向のうち、特に性能向上の鍵となる、電池を構成する電極および電解質材料の研究開発の現状と課題を述べる。また、高出力化かつ大容量化を達成し、そのうえさらに高い安全性を達成するため、電極および電解質材料の研究開発に関して、今後の望ましい進め方などについても述べたい。

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2.高出力・大容量二次電池がもたらす低炭素社会と二次電池研究開発の選択肢

 再生可能エネルギーシステムや輸送機器においては、高出力で大容量の二次電池の効果的利用により大幅な環境負荷低減が期待できる。特に、運輸部門においては、2000年頃からHVなどの低環境負荷車両の普及が進み、国内のCO2排出量は減少傾向にある。今後、さらにPHVやEVなどの導入促進をはかることで、さらなるCO2排出量の削減が可能となる。特に、ガソリンエンジン車と比較して、CO2排出量が1/4程度(CO2排出量:約50g/km)になるEVなどが普及すると、自動車のCO2排出量を大幅に削減できる6、7)。例えば、もし、日本の自動車保有台数(7,570万台)8)の50%をEVにすると、自動車のCO2全排出量(2007年度で2.57億トン)9)の約40%(約1億トン)を削減できると試算される。

 現状のHV用二次電池(ニッケル水素電池)の容量は約1.5kWh程度で、その電池による走行距離は約10kmと短い6、10)。電池容量50kWh程度に向上すると、約330kmの連続走行が可能となる。HVやEVで走行距離を延ばすためには二次電池の大幅な大容量化が必要である。EVとHV用の電池には、それぞれに求められる出力・エネルギー特性が異なる。HVでは、化石燃料エンジンも搭載することから、スペースおよび重量的にも電池セルの搭裁量を少なくせざるを得ない。しかし、車両の動力性能を向上させるため、電池セルの出力密度を大きくする必要がある。EVでは、燃料タンクが不要になることや、車両駆動系システムを単純化できることなどにより部品点数を削減できる。したがって、車両重量を大幅に軽減でき、スペース的にも多数の電池セルを搭載できるため、二次電池セルとしては、走行距離を延ばすために出力密度よりはエネルギー密度を高めることが優先される。HVとEVとの中間の使用環境になっているのがPHVの二次電池である11、12)

 図表1に、リチウムイオン電池・ニッケル水素電池・電気二重層キャパシタなどの主な二次電池の、現状の出力密度とエネルギー密度の関係と13)、これらの自動車用途としての方向性を示す。理想の二次電池とは、重量および体積当たりで高出力かつ大容量であり、充放電サイクル寿命および充電可能寿命が長く、さらには安全で安価なものである。

 図表1により、高出力・大容量二次電池を実現する方法には大別して三つの選択肢があると言える。それらは、@現状のリチウムイオン電池の高出力・大容量化、A電気二重層キャパシタの大容量化、Bリチウムイオン・キャパシタの開発である。Aの電気二重層キャパシタは高出力で充放電サイクルに高い耐久性を持つことから自動車への利用が期待されているが、まだ基礎的な研究の段階にあり、エネルギー密度が低いため今のところ用途が限られると考えられている。そのため、リチウムイオン電池と電気二重層キャパシタの両システムの利点を生かしたリチウムイオン・キャパシタの研究開発も一部推進されている。しかし、まだ当面は、@のリチウムイオン電池の高出力・大容量化の研究開発に重点がおかれるべきであろう。以下の章では、主に@の研究開発動向について述べる。

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3.リチウムイオン電池の構成と充放電メカニズム

 リチウム(Li)は、金属元素中で電気化学当量(酸化還元反応を引き起こす電子の移動量を表す電荷量)がもっとも小さい元素である。リチウムイオン電池は、負極の放電反応で溶解したLiイオンが充電反応によってLi金属に戻る可逆的な酸化還元反応を利用している。直接的にLiイオンを取りこむことができる層状材料として通常は炭素系材料を負極に用いており、この層状炭素系材料(グラファイト)の隙間へのLiイオンの挿入(インターカレーションと称す)や脱離が起こる。現在は、グラファイト負極材料とコバルト酸リチウム(LiCoO2)正極材料との組み合わせで、平均電圧約3.6Vのリチウムイオン電池が実用化されている。

 この負極材料と正極材料の構成での、リチウムイオン電池の充放電メカニズムと、電極における電気化学反応例の模式図を図表2に示す。電気エネルギーは、還元剤が電子を失う酸化反応と、酸化剤が電子を受け取る還元反応の際に、生じる電子とイオンによって外部に放出されるエネルギーから得られる。負極材料と正極材料との電位の差が電池の起電力となる。起電力を発生させる物質が活物質と呼ばれる。電池を構成するには、電極と共に、負極と正極の間でイオンを運ぶ電解質、正極と負極が直接接触することを防ぐためのセパレータが必要となる。還元剤と酸化剤はそれぞれの化学種に基づく酸化還元電位を有しており、この電位を電極電位という。電位の低い材料は還元力が強く、電位の高い材料は酸化力が強いので、二つの電極を組み合わせると電池を構成することができる。電池を充電する際は、放電とは反対に、負極上では還元反応が、正極上では酸化反応が行われる14〜16)

 出力密度とは、電池の重量当たりまたは体積当たりの電流と電圧との積であり、エネルギーを短時間で放出する能力を表す。電圧は電極材料の固有の平均電圧で決まるため、高出力密度を得るには、電流値を高くするために電池の内部抵抗を低減することが必須となる。一方、電池から取り出せるエネルギー(U)は電池から取り出せる電気量(Q)※)と電池電圧(V)の積(U=Q×V)となる。電池の起電力は充電状態や反応に関与する物質の活量の影響を受け、放電中を通して一定でない場合が多い。これは、電池の内部抵抗のために、電流の増大とともに電圧が低下するからである。電池電圧が変化する場合は厳密には電流値と電圧を積分しなければならないが、簡単のために平均電圧を用いてエネルギーを算出している。正極と負極の活物質だけを取り上げて、体積当たりまたは重量当たりのエネルギー密度を計算して理論的なエネルギー密度としている。具体的には、負極と正極の平均電圧差と電気容量密度との積により電池のエネルギー密度が算出される14)

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4.リチウムイオン電池の研究開発状況

4-1 我が国のリチウムイオン電池技術の優位性

 日本企業は、リチウムイオン電池の製品化にいち早く成功し、1998年には日本企業の世界生産シェアを100%とし、研究開発においても世界をリードしてきた。しかし、図表3に示すように、2000年にはリチウムイオン電池の世界シェアの上位6位までを日本企業が占めていたものの、その後、2005年時点での我が国の世界シェアは約60%になり、2008年では約50%を占めてまだ世界一であるものの、日本企業の世界生産・販売シェアが急減している6、17、18)。リチウムイオン電池の研究開発に対する海外企業の積極的な取り組みが市場のシェアという成果にも現れている。

 特に、2005年以後、韓国企業および中国企業による研究開発の追い上げも激しくなっている。韓国のSamsung SDI Co. Ltd. およびLG Chemical Ltd.、中国のBYD Co. Ltd. によるHVや燃料電池HV(FCHV)用などの二次電池の研究開発が注目されている。その他の企業では、フランスのSAFT社がEVやHV用の二次電池の開発を進めている。また、米国のA123 Systems Inc. もHVを念頭に置いた低価格で安全性を重視したリチウムイオン電池の製造・販売を始めている19)

 次に、最新のリチウムイオン電池の研究動向を理解する上で代表的会議と位置づけられている、二つの国際会議の状況を材料の研究開発の焦点から見てみる。2006年にフランスで開催された国際会議IMLB2006(International Meeting on Lithium Batteries)2)、米国電気化学会と日本の(社)電気化学会が2008年にハワイで開催した国際会議PRiME2008(Pacific Rim Meeting on Electrochemical and Solid-State Science)における、リチウムイオン電池材料に関する国別論文発表状況を図表4に示す20、21)。IMLB2006においては、正極、負極、電解質などの発表分野における日本の発表論文数はこの時点では上位2位以内に位置している。一方、PRiME2008においては、正極の場合の国別発表件数割合では、米国と日本からの発表が全体の約65%を占め、その他の国では韓国、中国からの発表件数が欧州各国よりも多い。

4-2 日本の経済産業省の研究開発プロジェクト

 日本の第3期科学技術基本計画においては「電源や利用形態の制約を克服する高性能電力貯蔵技術」が戦略重点科学技術として選定されており、2006年に決定された経済成長戦略大綱においても次世代自動車向け電池の技術開発が重点分野として位置付けられている。これらを受けて、経済産業省管轄の(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、2007年度より、HV・EV・FCHVなどの早期実用化を目的に、高性能・低コスト二次電池を狙いとする「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発」を開始している。2015年を目途に、エネルギー密度100Wh/kg、出力密度2kW/kg、コスト3万円/kWhを目標値とする3kWh級リチウムイオン電池の研究開発を推進している(図表5参照)22、23)。この中には、長期的な基礎研究開発対象として、リチウムイオン電池を超える革新的な新電池も含まれている。

 また、別途、「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業」として、電池の基礎的な反応メカニズムを解明することによって、ガソリン車並みの走行性能を有するEV用二次電池の実現に向けた基礎技術を確立することを目的とした研究開発も2009年度から7年間の予定で開始している24、25)。この研究開発の成果により、飛躍的な性能向上や安全性・信頼性が向上した革新的リチウムイオン電池が実現され、EV・PHVなどの走行性能の著しい向上が可能とされている。

4-3 米国政府の研究開発プロジェクト

 図表6に現在の米国エネルギー省(DOE:Department of Energy)における自動車用二次電池の研究開発の体制と内容を示す26、27)。DOEは、主に1991年に自動車業界のビッグスリーなどが中心となって設立した米国先進バッテリー協会(USABC:United State Advanced Battery Consortium)に開発費を50%支給する形で、A123 Systems Inc.、Compact Power Inc.、EnerDel Inc. などの電池製造企業を参画させた、EV用二次電池の開発を推進してきた。このUSABCへの支援プログラムに加えて、DOEは、ATD(Applied Technology Development)プログラム、ABR(Applied Battery Research)プログラム、BATT(Batteries for Advanced Transportation Technologies)プログラムを通して、HV・PHV・EVなどを対象にした自動車用リチウムイオン電池の研究開発を勢力的に実施している。高エネルギー密度型PHV用電池および高出力型HV用電池のいずれにおいても、コスト・特性・安全性・寿命が重要な技術開発要素となっている。

 USABCプログラムでは、Compact Power Inc. が正極材料に層状酸化物とマンガンスピネル酸化物の複合材料、A123 Systems Inc. がリン酸系正極材料、EnerDel Inc. が負極にナノスケール粒子分散チタン酸スピネル、正極にマンガン・ニッケル酸リチウム(LiMn1.5Ni0.5O4)などの高電位材料を用いることによるエネルギー密度の向上などに関する研究開発を進めている26、27)

 特に、ATDプログラムおよびABRプログラムでは、PHV用のリチウムイオン電池の開発を重点に、電池セルの研究開発を実施している。これらの研究開発では、40mileのPHV走行を可能とするエネルギー密度の実現、5,000充放電サイクルに至る十分な寿命の実現などが目標とされている。これらのプログラムはArgonne国立研究所が中心になって推進しており、Brookhaven国立研究所、Idaho国立研究所、Sandia国立研究所なども参加して、電池セル材料・カレンダー寿命(充電状態を継続保存しておける寿命)および充放電サイクル寿命・過負荷許容性などの研究を推進している。一方、BATTプログラムでは、Lawrence Berkeley国立研究所が研究を主導して、HV・PHV・EVで利用される高性能の次世代のリチウムイオン電池用の正極材料、負極材料および電解質の基礎研究を目的としている28〜30)

4-4 欧州・韓国・中国の研究開発プロジェクト

 欧州では、EUが取り組むJOULE(Joint Opportunities for Unconventional or Long Team Energy Supply)プロジェクトの下で、1993年よりリチウムイオン電池の研究開発が始められ、主に、EV用二次電池をターゲットに研究開発が行われてきた。さらに、EU行政府・欧州委員会が、資金援助を行い、新しいリチウム二次電池を開発するプロジェクトを開始している。例えば、EU内の16の電池関連研究グループから成るALISTORE(Advanced Lithium Energy Storage Systems Based on the Use of Nano-powders and Nano-composite Electrodes / Electrolytes)プロジェクトが2004年から5年間の予定で実施されている。

 韓国では、2004年から5年間の計画で政府主導での大型国家プロジェクトが開始され、超高容量型のリチウム二次電池および電気二重層キャパシタの開発が行われてきた。

 中国では、1986年より863プロジェクトという技術開発プロジェクトが実施されており、2001年から2005年の間に、EVおよびHV用の二次電池の研究開発が行われていた。2006年からは、HVおよびEVに加えて、FCHVも対象としたリチウムイオン電池の開発が行われている2、17)。中国と韓国のリチウムイオン電池に対する積極的な取り組みは、図表3に示したような韓国と中国の企業のリチウムイオン電池販売シェアの拡大の大きな要因となっていると考えられる。

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5.電極・電解質材料の研究開発の現状と方向性

5-1 電極・電解質材料の電位と放電容量密度

 リチウムイオン電池において、出力密度・エネルギー密度を大きく左右するのが電極材料および電解質材料である。図表7に、これまで研究開発されてきた電極材料の電位と放容量密度の関係を示す16、31〜33)

 小容量の電池の正極材料としてはLiCoO2が主に使用されており、特に高い安全性を求める用途にはスピネル型の結晶構造(金属元素AおよびBと酸素から構成されるAB2O4の組成からなる8面体の結晶構造を指す)を有するマンガン酸リチウム(LiMn2O4)が用いられている。これらを超える正極材料を目指して新たに研究開発されているものは遷移金属(周期表で第3族から第11族の元素間に存在する元素の総称)酸化物がほとんどである。一般的に、これらの正極材料は電気容量密度が大きくなると放電電位が低下する傾向にある。

 負極材料においては、現在は、炭素系負極が主に使用されている。炭素系負極材料の特長としては、充放電深度100%でも充放電サイクル寿命が長い、Liの充填率を高くできる、電極電位がLi金属極の電位に近いなどがある。電気容量や電極電位の点から、多様な炭素系負極材料が検討されている。エネルギー密度を追求するのであればグラファイト(易黒鉛化性炭素)系材料が、高出力特性の要求にはハードカーボン(難黒鉛化性炭素)系材料が適している。容量的に炭素系材料を超える様々な材料が提案されているが、これの材料は電極電位や充放電サイクル寿命などの点でさらなる改善が必要である。

 電解質には、非水電解質系(有機系およびイオン液体系)材料、ゲル化電解質系材料、有機固体電解質系材料、無機固体電解質系材料があるが、これまでは主に溶液系電解質が用いられている。現状の主な電解質は、プロピレンカーボネートやエチレンカーボネートなどの環状カーボネートとジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、メチルエチルカーボネートなどの鎖状カーボネートと4フッ化リンリチウム(LiPF4)の混合物などで構成されている。

5-2 高出力・大容量化と電極・電解質材料

 自動車の駆動電源としては、電動モータやインバータなどのパワー・エレクトロニクス技術の高度化とともに、軽量・小型化された、飛躍的な高出力・大容量を保持する二次電池が必須となっている。現状のリチウムイオン電池は、比較的高いエネルギー密度を持つ、メモリー効果がない(電荷が残っている状態で充電を繰り返す際に放電電圧が低下する現象がない)などの特長を有するが、HVなどの駆動には出力が充分とは言えず、さらに、電極・電解質の材料価格やそれらの製造プロセスコストなどに起因して高コストである。

 さらに高い出力密度を得るためには、電圧を高くするとともに、電流値を大きくすることが重要となる。そのためには内部抵抗を低減する必要がある。図表8にリチウムイオン電池の放電時の内部抵抗の主な要因を示す15)。この放電時の内部抵抗は、Liイオン輸送による抵抗と、電極内部および電極と集電体との境界領域の電子導電抵抗に大別される。Liイオン輸送による抵抗は、Liイオンが電解質中を伝導していく際の抵抗、Liイオンが負極および正極内を移動する際の抵抗、Liイオンが負極および正極活物質内を拡散していく際の抵抗などから成り、これらの抵抗はそれぞれの負極材料および正極材料に依存する。

 現状の正極材料であるLiCoO2などのエネルギー密度は当然負極材料よりも小さい。しかし、正極材料のエネルギー密度を向上させるには、平均電位がLiCoO2以上で電気容量の大きな材料が求められる。

5-3 安全性・信頼性確保と電極・電解質材料

 現状のリチウムイオン電池には、電池内の反応生成物や不純物などが酸化反応の際に発熱する危険性や、寿命が短くなるなどの安全性・信頼性上の問題がある。その原因として、金属Liの生成が挙げられる。一般に正極に用いられているLiCoO2の場合では、充放電などの異常時に負極上で金属Liを析出して、その反応性の高さから安全性が損なわれる問題がある。LiCoO2正極材料では、過充電などの状態になると内部短絡を起こす可能性もあり、熱が発生し、特に電解質が有機系溶媒の場合には発火する恐れがある。また、負極にグラファイトを用いると、電位が0.1Vと低いことから金属Liの生成電位が非常に近く、内部抵抗が高くなる原因があると金属Liが生成しやすくなる。

 電極活物質である粒子の表面では、充放電の繰り返しでLi2CO3などの生成・消失が起こり得る。また、正極と負極の両極では、電解液と接触するだけで、電解質との界面で目的としない酸化・還元反応が起こることがある。例えば、電解質に微量の水分などの不純物が含まれていると、両電極にある活物質表面はナノスケール・レベルの薄い反応生成物で被覆され、界面での抵抗の上昇、熱発生、出力・容量や寿命の低下など充放電特性への悪影響が生じることになる。酸化ニッケル系正極の場合では、放電時の電位で電極活物質表面に抵抗の高いSEI(Solid-Electrolyte Interface Layer)と呼ばれる薄膜層が生成して、安全性が低下する34)。正極側の集電体にはアルミニウム(Al)薄膜が起こり、使用される場合が多いが、数10nm程度の厚さの酸化物(Al2O3、Al2(CO33など)が生成するタイプの腐食が起こり電池性能の低下を引き起こす35)

 そこで、正極材料には熱安定性に優れるLiMn2O4を用い、負極材料にはチタン酸リチウム(LTO:LixTiyOz)系材料を採用している例がある36)。LTO系材料の電位は1.6Vと高いため、金属Liは生成しにくい。グラファイトではLiイオンの挿入・脱離に伴って体積変化が起こり、長期の繰り返し充放電によって活物質の脱離や電子パスの欠落などが問題になるが、LTO系負極材料では、充放電時のLiイオンの挿入・脱離に伴う体積変化がなく、電池の寿命が長くなる利点がある。理論容量は170Ah/kg程度で高くはないが、安全性の面からは自動車用二次電池の負極としてLTO系材料が採用される見込みがある。

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6.電極・電解質材料の課題と方策

6-1 今後重点的に研究開発すべき電極材料

(1)正極材料

 正極に、電位が高く、かつ大きな放電容量を持つ材料を用いると、電池の出力密度とエネルギー密度が増加する。図表9に、今後重点的に研究開発すべき正極材料の電位と放電容量密度の関係を示す37、38)。実用化されている正極材料の容量密度は大きくとも200Ah/kg程度であり、このことがリチウムイオン電池の大容量化を阻む大きな原因になっている14、16)。研究開発が活発化している材料に、スピネル系、層状酸化物系、オリビン系、Li2MO3固溶体系(Mは金属元素)、ケイ酸塩系材料などがある。ケイ酸塩系材料を除いてこれらの材料の放電容量密度は300Ah/kg以下である。

 LiM2O4の組成式で表されるスピネル系材料は、結晶構造が安定なので、安全性には優れる。この材料系は電位を高めることで出力密度を上げることができるものの、容量密度は150Ah/kg程度と低いため、エネルギー密度の増大には限界がある。LiCoO2のコバルト(Co)の一部をニッケル(Ni)やマンガン(Mn)で置き換えた層状酸化物材料(LiMO2)は、NiCo系、NiCoMn系、NiMn系などの様々な組成の材料が研究開発されおり、一部が実用され始めている。しかし、それらの容量密度は最大でも270Ah/kg程度である。CoをNiに全て置き換えると容量密度を30%程度高めることができるが、Niの比率を高めると安全性の点で懸念が生じる。また、Mnで置き換えると出力電位が高まるが、容量密度が低下する。

 LiMPO4の組成式で表されるリン酸マンガンリチウム(LiMnPO4)、リン酸鉄リチウム(LiFePO4)およびリン酸コバルトリチウム(LiCoPO4)などのオリビン系材料では、電位は比較的高いものがあるが、容量密度は200Ah/kg以下である。安価で化学的にも安定なLiFePO4を使用して、出力密度は従来のリチウムイオン電池と同程度で、高速充放電を可能にするという研究開発例もある39、40)。これは、数nmから数10nmの粒径まで微細化したLiFePO4正極材料により電極表面および内部へのLiイオンの拡散速度と電子の導電速度を向上させることで、充放電の速度を改善したことに因る。これらのオリビン系材料は、容量密度の点では劣るが、安全性が高いために自動車用途などの大型二次電池向きと考えらてれきたという経緯がある。しかし、いずれの材料も高温下で容量密度が低下する課題がある。オリビン系材料とニッケル酸系材料を比べると、オリビン系材料の方が熱分解による発生熱が低いため、安全性では優れている。フッ化オリビン系材料は高い容量密度を有して高エネルギー密度を実現する可能性があるが、腐食性が高いなどの問題がある14、16、41、42)

 高出力化のために高電位の正極材料を目指すという方向では、Co、Mn、およびバナジウム(V)の組成からなるオリビン系材料、酸化物系材料などが当面の開発対象になっている。それらの材料の放電容量は150〜160Ah/kg程度であるため、高エネルギー密度は狙えない。そこで、これらの正極材料を用いた電池では、出力密度の高さを活かして直列のセルの数を減らせることに利点を見出している。高エネルギー密度をもつ材料として検討されてきたものに、層状構造をなす5酸化バナジウム(V2O5)もあるが、相転移により充放電時の可逆性が失われるという欠点がある。

 一方、高容量化の方向性では、ケイ酸塩系材料や硫黄(S)系材料が注目されている。ケイ酸塩系材料の一種であるリチウムケイ酸鉄(Li2FeSiO4)では、電極材料としての高温安定性が優れており、Li元素を2個含ために放電容量密度の大幅な増大が期待されている。これまでLi2FeSiO4の結晶構造すら解明されていなかったが、最近、高分解能粉末X線回折法などの手法を駆使して結晶構造が解明された43)。基本結晶構造が明らかになったことで、正極材料としての研究開発が進展することが期待される。S系材料は300Ah/kg以上の容量を有する点が注目されるが、出力電位は2.7Vと低いので電位を大幅改善するための研究開発が必要である。

 画期的な高出力・大容量密度を狙うためには、正極材料の研究開発としては、放電容量密度を飛躍的に増大させることが不可欠である。したがって、容量密度が大きい層状酸化物系材料、フッ化オリビン系材料、ケイ酸塩系材料、硫黄系材料に注目して、それぞれの課題を解決する研究開発を重点的に推進していくべきであろう。課題解決の糸口としては、微量成分のドーピング、導電材料のコーティングなどによって電極での反応性を高めることや、ナノスケールでの材料構造制御などを導入した無機化学合成プロセスの応用などが考えられる。

(2)負極材料

 負極材料としては、大きな放電容量を持つという条件は正極材料の場合と同じであるが、電位がより低い材料を用いると、電池の出力密度とエネルギー密度が増加する。図表10に今後重点的に研究開発すべき負極材料の電位と放電容量密度の関係を示す37、38)

 現状の負極には、Liを挿入したグラファイト系材料が使われているが、エネルギー密度は200〜800Ah/kgである。グラファイト負極の電位は約0.1Vであるが、現状の電解質の溶媒には0.1Vの低い電位で安定して存在できるものが少なく、Liイオンの挿入時に溶媒が連続的に分解されてしまう。これを解決するために、安定的にグラファイトへのLiイオンの挿入・脱離を可能とする被膜(SEI層)がグラファイト表面上に形成されているが、この被膜によるLiイオンの挿入・脱離時の抵抗増加の問題が生じている。グラファイト系負極材料については、これまで出力密度やエネルギー密度の向上に関わる数多くの研究開発がなされており、現在は、それらの容量密度はほぼ理論的な限界に達していると言える14、16)

 LTO系負極は電位が高いため多くの電解液が安定的に存在でき、SEI層なしでLiイオンの挿入・脱離が可能となるため、内部抵抗を減少できる。ただし、LTO系負極材料を使うリチウムイオン電池の平均電位は2.4Vと低い42)

 容量密度を増大する上からは硫化物系材料、合金系材料、さらにはLi金属系材料への方向性がある。将来の材料として、グラファイト系負極材料の5倍以上の理論放電容量をもつSi系材料や、Liとシリコン(Si)の金属間化合物などが注目されている。銅(Cu)、スズ(Sn)、亜鉛(Zn)、チタン(Ti)との金属間化合物であるSi系化合物は、比較的導電性がよく、容量密度を800Ah/kgまで増大でき、充放電サイクル特性が改善されつつある41)。Li金属やその合金は、高いエネルギー密度が期待できるが、充放電時の電極・電解質の界面におけるLiの反応を抑制できないため、充放電サイクル特性が不十分であり、安全上に問題があるため、まだ全く使われていない。Si系材料、LiとSiの金属間化合物、Li金属系材料は、充放電時の体積変化による充放電サイクル特性・容量低下と電極・電解質の界面における抵抗増加の問題および長寿命化や安定性の向上も課題として残っているものの、研究開発を重点的に実施していくべきと考えられる。

6-2 今後重点的に研究開発すべき電解質材料

 電解質材料の研究開発に期待されるのは、主として安全性の向上である。安全性確保の不充分さがHVやEVなどへのリチウムイオン電池の搭載を遅らせる要因の一つになってきた。電解質に可燃性の有機溶媒を用いる場合、製造工程での不純物の混入や電極の短絡、あるいは過充電などによる発火の危険性がつきまとう。従来の有機系溶媒電解質に比較して、軽量な固体状水素化物で、高速のLiイオン伝導が室温で実現できるなら、過充電への対策が不要な安全性の高いリチウムイオン電池が可能となる。その際、如何に電解質中のLiイオン伝導率を電解液レベルに向上させるかが課題である。

 図表11に、研究開発が進められている有機系・イオン液体系非水電解液、ゲル化電解質、有機・無機固体電解質のイオン伝導特性を示す37、38)。広い温度範囲(−30〜80℃)での高いイオン伝導性および化学的な安定性などから、これまで電解質としては主として、6フッ化リンのリチウムイオン塩(LiPF6)をカーボネート系有機溶媒に混合されたものが使われてきた。さらに、充放電時の電圧で電池を構成する各材料を損傷させないということも電解質に必須の条件である。

 難燃性を有する電解液とするために、燃焼時に酸素遮断作用があるリン(P)、ホウ素(B)などの難燃性材料の電解液への添加などの工夫が図られている。しかしまだ、それらの方法でも安全性の確保に十分とはいえない。

 安全性を大きく向上するためには、これまで溶液系材料を固体材料に置き換える研究がなされてきた。しかし、固体電解質では一般に、電解質中のリチウムイオン伝導度が低くなって電池性能が低下してしまう。溶液系以外の電解質としては、ゲルポリマー材料、有機系・無機系固体電解質材料などの研究開発が行われている。ゲルポリマー系電解質はポリマーの支持体に電解液を含有・保持させたものであり、この材料には高電流密度下で負極表面に生成しやすいLi針状結晶の樹状成長をポリマー網が抑制する効果がある。一方、有機系固体電解質では、やっと常温でのイオン伝導度が約10−5S/cmにまで達してきたが、有機溶媒系のものと比較してさらに103倍程度の向上が必要である。

 無機系固体電解質では、窒化リチウム(Li3N)、S含有ガラスやS系非晶質電解質(Li2S-P2S5)などの研究開発がなされており、これらの電解質材料は室温で10−3S/cmのイオン伝導度を示し、LiCoO2正極材料、金属Li系負極材料に対しでも安定であると報告されている39、42)。固体電解質材料と正極材料を混合することなどで、通常の可燃性溶媒を不要にした、全固体型リチウムイオン電池の開発例があり、出力も従来並みを確保して、発火や液漏れの問題も克服できるとされている。この例では、LiCoO2正極材料と固体の硫化リチウム(Li2S)電解質材料を、電極と電解質の境界領域には、ナノスケールのLiCoO2粒子をLi2Sに混合させた材料を接合して、Liイオンが両者間を移動しやすくしている44、45)。そのほかでは、室温でLiイオンを高速に伝導できる、Li、Bおよび水素(H)で構成されるリチウムボロハイドライドと呼ばれる固体電解質材料が研究開発されている。これは、固体状の水素化物で、ヨウ化リチウム(LiI)などのハロゲン化Liを一部に導入することで、室温でLiイオン伝導を起こす結晶構造を安定的に保てることが見出されている46、47)

 新規電解質の探索の際には、固体酸化物型燃料電池などに使用されている他種類のイオン(H、O2−)電解質のイオン伝導メカニズムに関する知見を参考にすべきである13)。特に全固体型電池の電解質材料では、電極と電解質との界面構造をナノスケールで制御することが必要であろう。有機系材料、あるいは無機系材料およびこれらの複合材料の場合も、ナノスケールで構造制御して、現行の有機溶媒系電解質並みの高イオン伝導度を確保しなければならないだろう。

6-3 基礎的解析・評価技術

 画期的な高出力および大容量化、さらには高い安全性を目指すには、各種の評価解析・シミュレーション手法を用いた電池特性の発現メカニズムの追求が不可欠である。具体的には、電極活物質中におけるイオンの拡散と電子伝導による電荷授受を伴う電気化学反応についての蓄電メカニズムや、電極・電解質材料の損傷・劣化メカニズムに関するナノスケール構造からの解明などが必要である。

 図表12に電極・電解質の基礎的解析・評価手法に関する模式図を示す。ナノ結晶表面へのイオンの吸着・脱離だけによる充放電メカニズムによれば、固体内部への電荷の遅い拡散過程を伴わないため、高速な電荷移動が可能となる。ナノ結晶活物質においてはその大きな比表面積に起因して、化学量論組成以上のリチウム貯蔵が可能となり、表面のみでの高速なリチウムの貯蔵が可能になることが分かっている。このナノ結晶のリチウム貯蔵メカニズムを電極材料に適用すれば、革新的に高出力・大容量のリチウムイオン電池を実現できる可能性がある。

 電池の電位は電極材料の電子構造・価数の異なる酸化・還元反応間の電子移動と関連し、出力特性は主としてイオン拡散と関連する。したがって、充放電に伴う電極内部の結晶構造や、電子構造変化の解明、電極・電解質界面での電気化学反応の解明に基づく新たな材料探索などの研究開発がますます重要になる。電極構造中のナノサイズの空間を利用してLiクラスタを形成する反応、窒化物を用いてより遷移金属の広い酸化還元領域を利用する手法などの多くの試みがなされている。しかし、これらや電極と電解質との界面領域での電気化学反応の詳細はまだ十分に理解されていない。画期的特性を保持する電池を開発するには、今迄以上にメカニズム解明を進めなければならない。電気化学的評価には、電気化学的交流インピーダンススペクトル(ACIS)法、軟X線吸収スペクトル(XAS)法、X線光電子分光(XPS)法、フーリエ変換型赤外分光(FT-IR)法などの測定手法が用いられているが、これらは電極と電解質との界面に生成する化学種を同定する方法として、今後も有意義なツールとなるだろう41)

6-4 新しい電極構造形成技術

 現在の二次電池は、粉末を混ぜたペーストを平面状にシート成型した正極と負極およびセパレータを電解質と共に巻き、円筒形または角形のラミネート・パッケージに収納する方法で製造されている。このような2次元の電池構造を3次元にする新たな試みがある。これは、半導体微細加工技術を利用してシリコン基板上に無数の数10μmの突起物の表面に正極と負極および固体電解質の層を立体的形成し、単位面積当たりの電極材料の比表面積を増やし、放電容量を高めることでエネルギー密度を高める方法である。この方法では、正極と負極の間の距離が縮小してイオンの拡散速度が高まり、出力密度を増加させる効果が期待できる。研究例として、Physica1 Sciences lnc. とMITの共同研究では、多数の小さな円筒状の電極を有するリチウムイオン電池を試作し、エネルギー密度100Wh/kg以上かつ出力密度1kW/kgと、現行の平均的リチウムイオン電池を2倍近く上回る特性が発表されている48、49)。数cm程度のチップ状の小型電池を小型機器の駆動源とするために研究開発中であるが、この3次元構造の電池では、高イオン伝導固体電解質が開発されて、製造プロセスのスケールアップが実現できれば、中・大型電池への適用が可能と考えられる。

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7.全固体型リチウムイオン電池の研究開発

 一回の充電で300kmのEV走行距離を実現するためには、1kWhで6km走行することができると仮定すると6)、50kWhのエネルギー容量が必要である。500Wh/kg以上のエネルギー密度を有する従来のニッケル水素電池の重量は100kgにもなる。よって、将来的には500Wh/kg以上のエネルギー密度を有する、より軽量のリチウムイオン電池が望ましい。しかし、既存の構造の現状のリチウムイオン電池では、今後若干改良されたとしても、250Wh/kg程度がエネルギー密度の限界値とされている37)。理論的に500Wh/kg以上のエネルギー容量を実現できる可能性がある革新的二次電池としては、金属─空気電池、全固体型リチウムイオン電池、多価カチオン電池などが提案されている。しかし、それらの内で、Li-S系の全固体型電池が実現性の点で最も有望な次世代の二次電池の候補と考えられる。これまでの研究開発では、Sの低い電子伝導性と電解液への溶出などの課題が解決できていない。今のところ正極に硫化物系材料、負極にLi金属を用いる無機系全固体リチウム電池では、飛躍的にエネルギー密度の向上が可能とされ、電解質溶液の漏れによる短絡がなく、安全性でも飛躍的に向上すると期待される。

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8.基礎・基盤的研究開発の進め方に対する提言

 低炭素社会の実現が急がれる現状において、革新的な二次電池技術の開発、導入・普及によって、次世代型の自動車社会の構築に早急に取り組んでいくことが不可欠である。高出力・大容量リチウムイオン電池技術はその中でも特に注目されている。電極・電解質材料に関する研究開発は、電池の画期的高性能化を導出する基盤技術に該当する。長期にわたる将来技術は方向性を政府関係機関が示し、特に、リスクとハードルが高い全固体リチウムイオン電池用電極・電解質材料技術については公的資金を投資して研究開発を推進すべきであろう。

 公的資金によって推進するプロジェクトでは、基礎・基盤技術の開発から実用化・普及拡大までの全体シナリオを作成し、特に画期的特性が期待できる全固体型リチウムイオン電池用の電極・電解質材料の基礎・基盤技術の研究開発を助成すべきであろう。このような基礎・基盤技術の指向が強い研究開発を効率的に推進するには、先端的材料科学を得意とする大学や公的研究機関から、材料およびその製造プロセスメーカー・電池システム実装メーカー、さらにはエンドユーザーである自動車業界までの産官学連携を形成して、異技術分野を融合した、研究成果が得られやすいプロジェクトの仕組みが望まれる50)。異なる組織から成る融合的組織においては、それぞれの分野の境界領域で革新的な新技術が比較的短期間に生み出されやすく、その有効性も短期間で検証できる。大学・公的研究機関の基礎・基盤技術情報と自動車メーカーや電池メーカーの技術ニーズ情報が双方向的に伝達することにより、成果を迅速に実用化にもっていくことが可能となるだろう。

 ナノスケールからバルクレベルまでの電極・電解質材料の構造に関する研究は先進各国でも極めて高いレベルで進展しているが27、33)、日本としては今後もそれら諸国の研究をリードしていくべきであろう。世界に先駆けて、コスト・パフォーマンスに優れる高出力・大容量の全固体型リチウムイオン電池技術を開発できれば、自動車以外の用途においても省エネルギー・低負荷環境技術産業の大きな広がりが可能となる。リチウムイオン電池技術ではこれまで日本が世界をリードしてきたが、近年、欧米・韓国・中国などの政府系機関や企業が自動車用二次電池技術の高度化に向けた研究開発を活発化させており、我が国の今後の優位性が脅かされることが懸念される。自動車用リチウムイオン電池技術は、将来にわたって、我が国が世界のリーダーシップを取り、諸外国に対して技術的な優位性を確保していくべき研究開発領域にあると言える。

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9.おわりに

 本稿ではあまり触れなかったが、電池の構成素材に環境負荷が高い材料が含まれていないこと、ならびにこれらが資源供給に不安がないことなどが問われる。2012年頃に本格的に市場投入されると予想されるEVの普及には二次電池の性能と安全性の向上、低価格化、充電・交換インフラの整備などの課題があるが、EV用電池の主流とされるリチウムイオン電池の原料である金属Liの安定供給が特に懸念されている。採掘効率が高く、採算がとれるLi鉱床は限られた地域に偏在しており、現在の主要生産国はチリ、オーストラリア、中国、ロシア、アルゼンチンである。さらに、未開発ながら、ボリビアには世界の埋蔵量の約50%が存在するとみられている。Liはリサイクルできるため用途を携帯型の電子機器に限れば不足の心配はそれほどないが、EV用の需要が急激に増大すれば、現状の生産量の漸増ではとても賄いきれない。先進国の自動車保有台数の約10%に当たる6,000万台のEVを生産するには約42万トンのLiが必要という試算もあり、資源争奪戦が激化する可能性がある51)。よって、長期的視点でLi原料に関わる生産インフラと市場を整備していく必要がある。

 さらに、今後の本格的な普及には、材料合成から最終製品に至るまで電池製造プロセスのコストを大幅に低減するなどのブレークスルーが待望されている。現状の車載用リチウムイオン電池の価格は、ニッケル水素二次電池価格の2倍以上であり、1kWh当たり約20万円にもなっており、高出力および大容量化をはかるとともに、電池のコスト低減が不可欠である。現在のリチウムイオン電池では、特にLiCoO2正極材料が高価である。コストを大きく左右するのは、正極・負極、電解質、セパレータなどの主要部材の材質や構造である。低コスト化を実現するには、各材料メーカーが自動車用リチウムイオン電池の需要動向を見据えた量産設備投資などを行って、コスト低減を図ることも不可欠である。

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1) 「二次電池販売金額長期推移(経済産業省機械統計)」、(社)電池工業会、http://www.baj.or.jp/statistics/07.html

2) 「次世代自動車用電池の将来に向けた提言」、新世代自動車の基礎となる次世代電池技術に関する研究会(経済産業省)、http://www.meti.go.jp/press/20060828001/20060828001.html

3) 「ハイブリッド車に関するアンケート調査と2012年までの市場規模予測」、(株)野村総合研究所、http://www.nri.co.jp/news/2006/061117.html

4) 「トヨタ自動車、プラグインハイブリッド車を市場導入」、(2009年12月14日)、http://www2.toyota.co.jp/jp/news/09/12/nt09_087.html

5) 「一次・二次電池の世界市場を調査」、(株)富士経済、(2009.11.6),https://www.fuji-keizai.co.jp/market/09098.html

6) 小久見善八、「低炭素社会に貢献する蓄電池」、科学技術創造立国推進調査会資料、(2009)

7) 「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業」基本計画、NEDO、http://www.nedo.go.jp/activities/portal/gaiyou/p09012/kihon.pdf

8) 「世界各国の四輪車保有台数(2007年末現在)」、(社)日本自動車工業会、http://www.jama.or.jp/world/world/world_2t1.html

9) 「平成19年版 図で見る環境白書・循環型社会白書─第3章:地球温暖化対策を進める技術─第4節:身近にある対策技術─我が国の二酸化炭素排出状況─」、http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/zu/h19/html/vk0701030400.html

10) 「特集・性能革新に挑むリチウムイオン電池」、週刊ナノテク第1276号、p.13(2006)

11) 佐藤 登、境哲男、「自動車用大容量二次電池の開発」、シーエムシー出版、(2008)

12) 宮田博司、「トヨタが考えるカー・エレクトロニクスの未来」、NIKKEI ELECRONICS、p.93-101(2008)

13) 河本 洋、「固体酸化物形燃料電池材料の研究開発動向」、科学技術動向2007年7月号、No.82、p.10-22

14) 小久見善八編書、「リチウム二次電池」、(株)オーム社、(2008)

15) 安部武志、「リチウムイオン電池の現状と将来」、(株)堀場製作所主催二次電池材料セミナー、(2009)

16) 吉野 彰、「二次電池材料の開発」、シーエムシー出版、(2008)

17) 「蓄電技術開発室2009-2010」、NEDO、http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/pamphlets/nenryo/chikuden2009.pdf

18) 吉野 彰、「新分野拡大による超巨大マーケットへの期待を集めるリチウムイオン電池」、ULVAC、No.54、http://www.ulvac-uc.co.jp/prm/prm_arc/054pdf/ulvac054-04.pdf

19) 「第3期科学技術基本計画のフオローアップに係る調査研究─政府投資が生み出した成果の調査─」、NISTEP REPORT No.134、p.128-137、(2009)

20) 「PRiME2008学会報告(蓄電池)」、NEDO海外レポートN.1041、p.8-20(2009)

21) “214th ECS Meeting PRiME 2008 Program Information, B9-Rechargeable Lithium and Lithium Ion Batteries”, http://www.electrochem.org/meetings/scheduler/programs.aspx?m_id=214&s_id=174

22) 「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発・基本計画、NEDO、http://www.nedo.go.jp/activities/portal/gaiyou/p07001/kihon.pdf

23) 「NEDO次世代自動車用蓄電池技術開発・ロードマップ2008」、https://app3.infoc.nedo.go.jp/informations/koubo/other/FA/nedoothernews.2009-05-29.2374124845/30ed30fc30de30c389e38aacP_516c958b7248518d65398a02

24) 「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業・基本計画」、NEDO、http://www.nedo.go.jp/activities/portal/gaiyou/p09012/kihon.pdf

25) 「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業の概要について」、NEDO

26) NEDO海外レポートN.1041、「米国エネルギー省における電動車両用二次電池の研究開発」、p.1-7(2009)

27) “FY2008 Progress Report for Energy Storage Research and Development”, DOE, http://www1.eere.energy.gov/vehiclesandfuels/pdfs/program/2008_energy_storage.pdf

28) “Vehicle Technologies Program, Annual Progress Reports”, DOE, http://www1.eere.energy.gov/vehiclesandfuels/resources/fcvt_reports.html

29) USABC Home Page, http://www.uscar.org/guest/view_team.php?teams_id=12

30) “USABC Plug-in HEV Battery Goals”, http://www.uscar.org/guest/article_view.php?articles_id=85

31) J. M. Tarascon, “Issues and challenges facing rechargeable lithium batteries”, M. Armand, Nature, 414, p.359-367(2001)

32) 菅野了次、「リチウム電池インターカレーション電極としての遷移金属酸化物」、http://www.phys.chuo-u.ac.jp/labs/ishii/sugano/abs09/kanno.pdf

33) 菅野了次、「構造からみたリチウム電池電極材料」、GS Yuasa Technical Report、第3巻第1号、p.1-11(2006)

34) 小山昇ほか、「インピーダンスの測定ノウハウとデータ解析の進め方」、情報技術協会、p.l31(2009)

35) K. Takada, et al., “Compatibility of Lithium Ion Conductive Sulfide Glass with Carbon-Lithium Electrode”, J. ELECTROCHEM. SOC., 150, A274-A277(2003)

36) 「ハイブリッド車向けの安全なLiイオン2次電池」、NIKKEI ELELECTRONICS、2008.2.25、p.111-118

37) 「NEDO次世代自動車用蓄電池技術開発ロードマップ2008・材料・電池技術マップ」、https://app3.infoc.nedo.go.jp/informations/koubo/other/FA/nedoothernews.2009-05-29.2374124845/30ed30fc30de30c389e38aacP_516c958b7248518d65398a02

38) 「蓄電池材料別技術マップ(案)」、NEDO、http://app3.infoc.nedo.go.jp/informations/koubo/other/FA/nedoothernews.2009-01-29.6408699396/(2)84c496fb6c606750659952256280885330de30c3(6848).pdf

39) B. Kang and G. Ceder, “Battery materials for ultrafast charging and discharging” Nature Vol.458, p.190-193(2009)

40) 「超高速充放電のためのリチウムイオン電池正極材料」、科学技術動向2009年4月号、p.6

41) 小山 昇、「リチウムイオン二次電池の化学的原理と越えるべき課題」、現代化学(2009年10月)、p.20-27

42) 「2次電池のコストダウン目指すは3万円/kWh─量産効果と新正極材で壁を突破」、NIKKEI MONOZUKURI、September 2009、p.66-70

43) M. Maruyama, “Japanese University Reveals Structure of New Li-ion Battery Electrode Material”, http://techon.nikkeibp.co.jp/english/NEWS_EN/20081126/161829/

44) 「電解質を固体化したLiイオン電池」、出光興産(株)、http://eetimes.jp/article/20657/

45) 「リチウムイオン電池─発火・液漏れなし─」、日経産業新聞、(2009年1月29日)

46) H.Maekawa, et al., “Halide-Stabilized LiBH4, a Room-Temperature Lithium Fast-Ion Conductor”, J. Am. Chem. Soc., 131(3), pp 894-895(2009)

47) 前川英己ほか、「世界初、室温でリチウム高速イオン伝導を示す水素化物の開発に成功」、http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/awardimg/achieveimg/20090123.pdf

48) 「脚光浴びる「3次元電池」次世代を担う有力候補に」、NIKKEI ELELECTRONICS、2005.11.21、p.40-41

49) “208th ECS Meeting─Los Angeles, California October 16-21, 2005 Y1─Three-Dimensional Micro- and Nanoscale Battery Architectures”, http://www.electrochem.org/meetings/biannual/208/abstracts/tp/reportTechProg_502_Y1.html

50) 本間格、「ナノテクノロジーから大容量・高出力型リチウム電池の実用化へ」、Synthesiology、Vol.1、No.4、p.247-258(2008)

51) 「覇権争い始まる車載用Liイオン2次電池」、NIKKEI ELECTRONICS、2008.6.16、p.95-100

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