体内で食物から生ずる抗炎症物質

 食への関心の高まりから、日常的に摂取される食品についても、健康維持や病気予防のうえで大切な役割があることが広く意識されるようになった。2009年10月29日のNature誌に掲載された2つの論文は、馴染みの深い食物成分が、生体内で別の物質へと変換され、抗炎症作用を示すメカニズムについて報告している。オーストラリアのガーヴァン医学研究所を中心とした研究チームは、マウスを用いた実験で、食物繊維から腸内微生物により生成される短鎖脂肪酸が炎症反応の軽減に重要な役割を果たしている可能性を見出した。一方、米国ハーバード大学を中心とした研究チームは、炎症の終結に関与するとされるレゾルビンD2(RvD2)の生成過程と立体化学構造、および消炎の機構について報告している。食物繊維やDHAから体内で変換された物質が炎症の制御に関与することが、分子的な基盤をもって個体レベルで示されたことは注目される。

無線LAN子機間の通信を可能にする新方式の発表

 2009年10月14日、無線LAN統一仕様の普及を目指す非営利団体Wi-Fi Allianceは、新たな無線LAN方式「Wi-Fi Direct」を発表した。これにより、無線LAN子機モジュールを搭載した機器(無線LAN子機)間で、相手を選ばず、簡単な機器設定で無線LANと同等の通信速度で直接通信を行うことが可能になる。つまり、親機が無い環境であっても、PC・周辺機器・携帯電話・ゲーム機などとの間でデータ転送ができ、複数の機器間でのグループ内通信が行えるようになる。利用対象機器は一般家庭の電子機器から企業機器までと広く、セキュリティにも配慮している。2010年中頃には、メンバー企業向けに、この仕様に基づく認証を開始する計画も発表されており、認証を受けた機器は、従来から使われている無線LAN搭載機器との通信も可能になる。世界中で利用されている無線モジュールを利用できる点で、この方式が広く普及するのではないかと注目されている。

効率的な3次元フォトニック結晶作製技術の開発

 3次元フォトニック結晶は発光素子と組み合わせることで素子の発光効率を向上できる。しかしこれまでは作製工程が複雑であった。2009年9月、京都大学・野田進教授の研究グループは、高精度で従来よりスループットの高い3次元フォトニック結晶の作製技術を発表した。この方法では、気相エッチングを2回行うだけでフォトニック結晶を作製できる。作製したフォトニック結晶の光学的な特性はほぼ理論どおりの値であった。

太陽光発電によるトラック冷房システムの開発

 三菱化学(株)は、太陽光発電によるトラック運転室内の冷房システムを開発し、試作車を公開した。この冷房システムは、薄膜太陽電池・蓄電池・室内冷房ユニットなどからなり、待機停車中のアイドリングストップ時でも運転室内環境を向上すると共に、軽油消費量を低減することでCO2排出量を削減する。試算では、日本国内の営業用トラック全車に適用すれば、年間165万トンのCO2を削減できる。実証試験でシステム性能・燃費改善効果を検証し、2010年度の技術確立を目指す。このような車載用途をはじめとして、太陽光発電を一層普及させるためには、太陽電池モジュールのエネルギー変換効率向上と共に、システムの軽量化を進める研究開発も必要である。

遠くからでも識別可能な小型ビジュアルタグ

 米国マサチューセッツ工科大学のA. Mohanらのグループは、カメラのフォーカス制御を利用した新方式の小型ビジュアルタグシステムを発表した。小さな2次元バーコードにコリメートレンズを追加したもので、カメラで撮影する際に、コリメートレンズとカメラレンズが光学顕微鏡の対物レンズと接眼レンズに相当する光学系を構成する。これによりカメラのフォーカスを無限遠に設定すると遠くからでも2次元バーコードを拡大撮影できる。バーコードには位置情報が記録されており、カメラの光軸を取得することで角度センサにもなる。応用としては、カメラ付き携帯電話によるナビゲーションサービスが検討されている。

複雑な手の動作を反映するマルチタッチマウス

 2009年10月、英国マイクロソフトリサーチ社ケンブリッジ研究所のN. Villarらのグループは、新しいマルチタッチマウスのデザインと操作性評価に関する研究成果を発表した。例えば、5本の指の動作を反映するマルチタッチマウスは、内部に組み込まれた赤外LEDと半球面の反射鏡、カメラによって取得した赤外画像を解析し、マウスに接触している指の運動を認識する。指の触れる領域は半球で掴みやすく、指をスムーズに動かすことができ、回転、拡大・縮小、平行移動の操作を直感的に行うことができる。複雑な操作も短時間に習得でき、操作の習熟に時間がかかる3D CADや3D CGにおける設計作業の効率化も期待される。

英国で大学の研究評価の新たな枠組み提案

 2009年9月、英国のイングランド高等教育助成会議は、高等教育機関の研究レベルを評価する新たな枠組みであるREF(Research Excellence Framework)の第二次案を公表した。これは、2008年まで実施されてきたRAE(Research Assessment Exercise)に代わる予定の評価システムである。REFでは、選択的資金配分、ベンチマーキング、投資効果の説明責任を目的として検討が行われ、「アウトプットの質」「インパクト」「研究環境」の三つの新たな評価軸とその重み付け基準が設定された。アウトプットの質評価においては、定量的データの利用が検討され、医・理・工学分野では論文被引用情報を専門家パネルによる評価の参考として用いることが提案された。また、経済・社会インパクトも明示的に評価項目に取り入れられた。

色素増感太陽電池の研究開発動向

 低炭素社会の実現に向けた太陽光発電の導入量の一層の拡大には、太陽電池の普及に加え、新しい市場の開拓が必要である。光電気化学反応に基づき発電する色素増感太陽電池は、既存のシリコン太陽電池とは特徴が異なり、着色・折り曲げ・薄膜化・軽量化が可能で、比較的安価な設備下での製造が可能というコストメリットを有する。

 色素増感太陽電池の研究開発技術では、発明者であるグレッツェル教授率いるスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)および日本の研究機関が世界をリードしている。EPFLはレーザー分光による解析や半導体理論、色素の分子軌道計算といった基礎研究的手法に基づくアプローチに秀でている。一方、我が国は、民間企業と大学や独法との共同研究による色素開発やセルデバイス化といった応用研究的手法が奏功し、現在ではセル、モジュールともに変換効率の世界最高値を保持している。

 今後の研究課題は、エネルギー変換効率の向上、長期信頼性の確立、製造工程での高スループット化である。従来の応用型研究に加え、それぞれの課題において、現象や原理の解明に基づく本質的対策も必要である。蓄電型の太陽電池や人工光合成への展開も期待できる。電池特性の向上や産業的な発展のためには、様々な専門領域の融合が必要である。異なる専門領域の融合のために、研究者同士や研究者と技術者、さらには、研究開発の方向性を示すことができる人物と研究者が交流できる仕組みがより一層増えることを願う。

宇宙開発に於けるイノベーション創出に向けて

 地球規模の課題への対応に関し、宇宙開発は様々な可能性を秘めている。例えば、人類の喫緊の課題である地球温暖化およびエネルギー問題については各々、多数の衛星を配置するなどして、地球への太陽光入射量を減少する事により地球を冷却化し、地球温暖化問題の解決を目指す「地球の日除け」および地表に比してエネルギー強度が大幅に高い地球周回軌道に於いて太陽光発電を行う「宇宙太陽光発電」という構想が提案されている。

 一方、現状の宇宙輸送手段であるロケットの打上げ費用が高価である事などから、費用面が一つの懸案材料と成っている。そうした中で、新たな概念の導入により、従来に比べて遥かに低価格で宇宙活動を実現する事が可能と成り、新たな宇宙開発の展望が開けるとの主張も出て来ている。打上げ費用の低減を目指す構想としては、米国スペース・シャトルの様な一部再使用型ではなく、航空機並みの運用が可能に成る完全再使用型宇宙輸送系に加え、ソーラー電力セイル、MMOSTT、宇宙エレベーターといった太陽光エネルギー、地球の自転エネルギーその他の再生可能エネルギーを利用する事ができる未来の宇宙輸送系などのアイデアが出されている。これらは、推進剤が不要または消費量が大幅に減少する為、打上げ費用の大幅な低減が期待できるとされ、宇宙開発にイノベーションをもたらす可能性が有る。

 米国では、この様な宇宙開発に於けるイノベーション創出に取り組む為の組織の再立ち上げが検討されている。我が国においても、既存概念にとらわれず、全く新たな概念で宇宙開発を推進できるように成る為に、先端的な研究活動に本格的に取り組み、宇宙開発にイノベーションをもたらし、宇宙開発による社会・経済への貢献を一層強化したいと考える。この様な研究活動の普及・啓発により次世代を担う青少年の科学技術に対する関心を高める事も期待できる。