情報通信デバイスで注目される
左手系メタマテリアル技術

武田 重喜 吉永 孝司
客員研究官 情報通信ユニット

1.はじめに

 電子回路技術は、誘電体・磁性体など多くの材料の研究開発に支えられて発展を遂げてきた。一方、従来は材料の物性によって実現していた電磁気的な特性を、材料の物性には頼らず、“メタマテリアル”と呼ばれる人工構造物で実現する試みが盛んになってきている。メタマテリアルとは金属などの小片を周期配列した人工構造物のことであり、特に“左手系メタマテリアル”と呼ばれる技術では自然界の物質では得られない現象も発現しうるため、これまでには発想も無かった機能の電子デバイスも実現すると期待されている。

 本稿では、まず左手系メタマテリアルとは何かを概説し、通信デバイスなどでの実用例に焦点を当てて実用化が見え始めた技術を紹介する。併せて、この技術を発展させた将来技術と、論文や特許の動向も紹介する。

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2.“左手系メタマテリアル”と従来からの材料の違い

 今から約40年前にロシアの科学者V.G.Veselagoは、誘電率と透磁率が同時に負であり、負の屈折率を持つという“左手系”材料の効果を考察した理論を発表した1)。この発表は、純粋に理論的な興味から発した研究であったが、それまでの発想には無かった新しい現象を予想したものであった。左手系の材料は負の屈折率を示すはずであるため、この性質を利用した光学的な応用に興味が持たれた。しかし当時は、実際にこの理論を検証できる材料が存在しなかったため、それ以上注目されることはなかった。一方、2000年になり、米国の物理学者D.R.Smithらがメタマテリアルと呼ばれる人工構造物を使って左手系メタマテリアルを実現する9)と一気に注目されるところとなり2)、それ以降、多くの論議と実験例が報告されるようになった3〜8)

2-1 メタマテリアルとは

 金属などの小片を電磁波の波長以下の間隔で周期的に配列した構造物にすることで、自然界には無い性質を有する媒質を人工的に構成できる(図表1)。このような媒質をメタマテリアルと呼んでいる。金属小片の代わりに誘電体・磁性体・半導体などを用いても、さらには電気回路を用いても、メタマテリアルを構成できる。

 「メタ」という言葉はもともとギリシャ語で、「〜を超越した」という意味である。従来からの材料が原子や分子レベルの設計で所望の物性を実現するのに対し、メタマテリアルは、巨視的に見ると均質な媒質とみなせる人工構造物を設計することで所望の特性を実現する。

2-2 左手系材料とは

 電子材料において電磁気的な特性は、主に誘電率・透磁率・導電率という基本的なパラメータで決まる。例えばキャパシタやインダクタなどの受動部品は、通常は誘電率と透磁率が正の値を持つ材料で作られており、材料内部で電磁波の電界・磁界・波数ベクトルが右手の3指の向きに対応することから、右手系の材料と呼ばれている(図表2の第1象限)。

 こうした通常の電子材料に対し、もし誘電率と透磁率が同時に負になる材料があれば、同様に左手の3指の向きに対応することから、これらは左手系の材料と呼ばれる(図表2の第3象限)。しかし、左手系の材料は自然界には存在しない。

 左手系材料は特異な現象を生み出すが、そのなかでも特に重要な性質として、“負の屈折率”と“バックワード波”の発生がある。

 図表3は、上下に接する2層の材料が両方とも通常の右手系の材料である場合に、上側の材料から下側の材料に光が入射および透過する様子を示している。通常の屈折現象では、図表3-a)に示すように、上側の物質中の入射光と下側の物質中の透過光の方向(光軸)は、法線に対して互いに反対側となる。そして、入射光の波面は光の伝播する方向に動いて見え、界面に達するとそこから波面は進行方向の角度を変え、引き続き光の伝播する方向に動くように見える。

 それに対し、上側の層が通常の右手系材料、下側の層が左手系材料の場合には、図表3-b)に示されるように、下側の左手系材料中を透過する光軸は、法線に対し入射光と同じ側となる。このような現象から、左手系材料では屈折率が負となっていると解釈される1)。“負の屈折率”は、左手系材料が持つ特徴のひとつである(図表2)。

 さらに細かく見ると、下側の左手系材料中の透過光の波面は実際の光の進行方向とは逆向きに上下材料の境界面に対して鏡像のように戻って行くように見え、境界面では入射光と透過光の波面が互いに一致して重なる動きとなる。このような波面の動きをする光(電磁波)は“バックワード波”と呼ばれており、これも左手系材料の特徴を示す現象となる。“バックワード波の発生”という現象自体は、通常の電気回路でも伝播定数(電磁波の伝わる状態を示すパラメータ)が負になるという形で知られていたが、この現象に着目し積極的にそうした回路を活用しようとする研究者は、V.G.Veselagoの理論発表後も長い間現れなかった。

2-3 左手系メタマテリアルのカテゴリー

 2000年になって、D.R.Smithによりメタマテリアルすなわち人工的な構造物を用いた左手系材料が発表されると9)、急速に“左手系メタマテリアル”の実用研究が活発になった。

 左手系メタマテリアルとは、対象とする電磁波の波長以下の間隔で、金属などの小片を周期的に配列した人工構造物であり、その1周期部分はユニットセルと呼ばれる。左手系メタマテリアルは、このユニットセルの形状や配置の最適設計により人工構造物に所望の特性を持たせたものである。

 また、左手系メタマテリアルは、人工構造物であるメタマテリアルが発揮できる特性のうちでも、特に周波数により性質が変化する“分散特性”を積極的に利用して発展させた技術と言える。言い換えれば、左手系メタマテリアルは必然的に周波数特性を持ち、特定の周波数帯域で左手系としての特性を示す。一方、それ以外の周波数帯域では右手系の特性あるいは阻止特性などを示すことになる。情報通信分野において、左手系メタマテリアルの多くは、左手系の要素だけというよりむしろ右手系の要素も考慮して両者を組み合わせた使い方が実用的であり、こうした応用例が多い。このようなメタマテリアルはCRLH(Composite right/left-handed)メタマテリアルと呼ばれることもあるが、左手系の要素を含むことから左手系材料のカテゴリーで扱われている。本稿でも、このようなCRLHメタマテリアルも左手系メタマテリアルの一部として扱うものとする。

2-4 左手系メタマテリアルの構造分類

 図表4は、代表的な左手系メタマテリアルをその構造によって分類したものである。図表4-a)のように、3次元立体的構造のユニットセルを配置するタイプは、左手系メタマテリアルの原理確認に用いられた。この構造による電磁波の空間的な制御デバイスへの応用も検討されている。一方、図表4-b)、c)のような平板構造は特性的にも製造技術的にも実用性が高いため、実際に実用化されているのは主にこのタイプである。

1) リング&ワイヤ(図表4-a))

 考案者D.R.Smithによる左手系メタマテリアル(図表1)は、材料の誘電率と透磁率がそれぞれ材料の誘電分極および磁気分極で定まるという物理的原理に則り、それらと等価な効果を持つ微小なメタルワイヤとスプリットリングで誘電率および透磁率を実効的に負にしたものである。この一組をユニットセルとして3次元的に配列することで、立体構造の左手系メタマテリアルを実現している。ただし、この方法はユニットセルの共振現象を利用するものであるため、左手系として動作する電磁波の周波数帯が非常に狭い範囲に限定されてしまい、応用を考えるうえでは大きな制約となる。

2) 伝送線路型(図表4-b))

 伝送線路型は、端面をくし型に加工した導体平板をユニットセルとして、それらをかみ合わせて周期的に配列し、一本の伝送線路を形成する。各導体平板は横方向に引き出された別の線路とその先端のヴィア(導体柱)を介して直下のグラウンド導体に接続される。

 これらのくし型部分とグラウンド導体との接続がそれぞれキャパシタとインダクタを形成するため左手系の特性を示す周波数帯を生み出す重要要素になる。一方で、通常の右手系の伝送線路は単純な一本の直線状の導体のみで構成されており、このようなくし型加工の分断端面を持たず、また、グラウンド導体とも接続されない。伝送線路型メタマテリアルは、通常の右手系の伝送線路に左手系の要素を加えた構造となっているため、前述したCRLHとして左手系および右手系の周波数帯で所望の特性となるように設計して用いられるのが一般的である。また、伝送線路から意図的に電磁波を漏らすことで空中に電磁波を放射させる応用例(漏洩アンテナ)もある。

 伝送線路型メタマテリアルは実用性が高く、これを基本にした数多くの形状が研究されている。

3) マッシュルーム構造(図表4-c))

 マッシュルーム構造では、ヴィアを介して小さい導体平板をグラウンド導体と接続した構造がユニットセルとなっている。ユニットセルの形がきのこの傘と軸(石突き)に似ていることからマッシュルーム構造と呼ばれている。このユニットセルをグラウンド導体上に縦と横方向に周期的に配列し、メタマテリアルを構成する。隣接するユニットセルの導体平板間の隙間(ギャップ)がキャパシタを、各ユニットセルのヴィアがインダクタを形成し、これらが左手系の要素となっている。各ユニットセルの配列間隔を詰めて隙間を無くし、また各ユニットセルのヴィアを取り去った場合、その構造はグラウンド導体とその上に配置された1枚の導体板となり、右手系の回路となる。すなわち、マッシュルーム構造は、右手系の回路に左手系回路の要素を付加したものとも言え、2)項と同様にCRLHとなっている。この構造は左手系の周波数帯域に隣接して現れる阻止帯域を利用する応用も多い。

 以上のように、いずれの左手系メタマテリアル構造も、構造物の共振現象を利用して特異な特性を引き出したり、あるいは従来の回路技術をベースに新たな回路構造を付加したりして、従来は使用しなかった回路特性を使うという発想で構成されている。これらは、以下の3つの考え方を組み合わせて発展させた結果、実現されたものと言える。

 ○自然界には存在しない誘電率と透磁率が同時に負であるという左手系材料が存在すればどういう現象が起こるかという理論的提案

 ○そうした材料はメタマテリアルという“人工構造物”で実現できるという考え方

 ○電気回路において分散特性を積極的に利用すること

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3.左手系メタマテリアルの適用例

3-1 レーダアンテナの広範囲なビーム走査

 レーダは、アンテナを回転させて狭い指向特性の指向ビームを一定角度にわたり走査することで広範囲の探知を行う装置である。アンテナ内部の電磁波の位相を制御することで回転機構を用いずにアンテナのビーム走査が行えるが、ここに左手系メタマテリアルのバックワード波を使うと、さらに広範囲なビーム走査ができる。レーダに使用する電磁波の周波数を右手系の周波数帯から左手系の周波数帯にわたり走査することで、通常のフォワード波(右手系内の電磁波)とともにバックワード波も使えるため、必要な位相変化を2倍にすることができ、その結果、アンテナビームの走査範囲を2倍に広げられる(図表5)。

3-2 システムの特性補正

 左手系伝送線路の特性を利用して、電磁波応用機器に適用する特殊な効果のデバイスが考えられている。

 図表6に示すような2本の伝送線路を近接して配置したデバイスは“結合器”と呼ばれており、それぞれの伝送線路を伝播する電磁波を他方の伝送線路に移して分配して伝播させる機能を持ち、種々の目的に利用されている。左手系伝送線路を用いたバックワード結合器は、システムの特性補正を可能にし、システムの性能向上や省スペース化をもたらす。

 通常の右手系の伝送線路による結合器(図表6-a))では分割された電磁波は同じ方向、すなわちポート1からポート2あるいはポート3へ伝わる。これに対して、左手系のメタマテリアルで伝送線路を作ると(図表6-b))、伝送線路間の相互のパラメータを最適に設計することで、同じ側の端子すなわち図表中のポート1とポート4を所望の特性で結合するバックワード結合器を実現できる12)。これによって回路を小さい寸法で実現できる利点がある。

 例えば、小型の回路基板内で同じ側に配置されているアンテナなどにおいて、制御対象デバイス間の相互の特性調整や補正が容易に行えるようになり、通信システムの小型化と性能改善につながる。この実例は後述の4-1で紹介する。

3-3 電磁干渉の低減

 左手系と右手系の遷移領域である阻止域を使い、電磁波の阻止や減衰に使う例もある。この効果は、複数の無線システムやデジ夕ル回路を厳しい実装条件で搭載している携帯電話への応用において期待される。例えば現在の携帯電話では、電話用として800MHz帯・1500MHz帯・2GHz帯が、GPS用には1.57GHzが、ワンセグTV用には470〜710MHz帯が、また電子マネー等の対応用には13.56MHz帯が使われており、それぞれの周波数帯に対応してそれらをカバーする複数のアンテナが狭い空間に配置されている。小さな機器の中では、それぞれのアンテナ間の電磁波干渉のために通信性能が劣化する。また、これらのアンテナの近くの回路からのクロック信号の不要輻射が雑音としてアンテナで受信され、通信品質を低下させる要因ともなる。このような厳しい実装条件下で、それぞれの周波数毎に電磁波をコントロールし、互いの干渉を減少させる試みが必要になるが、この設計を簡略化できる技術のひとつとして左手系メタマテルアルの利用が期待されている。CRLHの持つ左手系の帯域と阻止特性の帯域を携帯電話の各割り当て周波数に合わせて最適設計することで、簡単な構造体で、それぞれのアンテナの電磁干渉を低減し、それぞれのシステムの性能を維持できる。この実例も後述の4-1で紹介する。

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4.デバイスの研究開発の実例

 情報通信分野では左手系メタマテリアルを用いて、新しい機能のデバイスや回路が研究されている。この分野で現在までに実用化が見えている技術は、主に平面構造からなる回路を使ったものであり、負の屈折率により発生するバックワード波を利用したデバイスやCRLHデバイス、およびそれらの応用技術である。すでにバックワード結合器、移相器、共振器、漏洩波アンテナ、ビーム走査アンテナ、デュアルバンド回路などの機能を持ったデバイスが作られている。

 また、近年、平面構造の左手系メタマテリアルは市販の電磁界シミュレーションソフトで設計が可能になり、プリント基板メーカ、電子機器メーカなどでも容易に設計試作ができるようになった。その結果、左手系メタマテリアルの実用化に対する期待は一気に高まっている。

 以下に、そのいくつかの実例を紹介する。

4-1 通信システムの小型化の実例

 通信システムを小型化するために左手系メタマテリアルが有効に使われており、ここでは2つの例を紹介する。

 1つ目の例は、2つのアンテナを使う送受信システムにバックワード結合器を活用した例である(図表7)。バックワード結合器の利用によりアンテナ給電線の間隔を狭くでき、通信システムの小型化が行える。これは、図表6-b)で示した動作によって、入力1と入力2の不要な結合を低減できるからである。仮にアンテナ給電線の間隔が同じであれば、アンテナ間の干渉を20分の1に低減することが実験で確かめられている11)。図表7は2つのアンテナへの給電回路基板であり、この給電線にCRLHが応用されて、2つのアンテナ間の相互干渉を緩和するバックワード結合器を装備する給電回路基板を構成している。通常の回路技術ではこの基板に収まる大きさの結合器を実現できないため、各々の給電線の先に接続されるアンテナ間の間隔を大きくしてアンテナ間の相互の影響を少なくしようとして、アンテナの設置スペースが大きくなってしまう。これに対し、左手系メタマテリアルによるバックワード結合器は基板に収まる大きさで実現でき、アンテナ間の距離を小さくできるため、省スペースになるうえ個々のアンテナの効率的な使い方もできる。このような技術を導入した無線LAN装置が、すでに市場に投入されている。

 2つ目の例は、同様に2つのアンテナを使う送受信システムでアンテナ間の干渉をマッシュルーム構造で抑圧する例である13)。図表8-a)のように、2つのアンテナを隣接させて動作させると、それぞれが導体面に電流を流すため、互いの電磁波が干渉し合い、それぞれの特性が乱れる。それを避けるためには、通常はアンテナ1とアンテナ2を使用電波の半波長分だけ離して導体面上に配置しなければならない。アンテナ間隔を広くすることは有効であるが、すべての回路でアンテナ間隔を広げればシステムが大型化してしまう。このような場合の干渉低減のためには、アンテナ1とアンテナ2の間に図表4-c)のようにマッシュルーム構造のCRLHを配置することが有効である(図表8-b))。この場合、各々のアンテナ周りの電流がマッシュルーム構造のところで抑制され、その結果、アンテナ間隔を変えることなく、アンテナ相互の結合をピーク値で約1/1500程度にすることが可能である。このような阻止特性を、EBG(electromagnetic band gap)特性と呼んでいる。

4-2 車載用レーダ

 図表4-b)の伝送線路型CRLHを応用して、広範囲に指向性ビームを走査できる車載用レーダが実現されている14)。CRLH伝送線路に電磁波を伝播させる際、伝送線路の構造と特性を調整することで、意図的に伝送線路から電磁波を漏れ出すようにでき、この現象を利用して、ビーム走査できる漏洩波アンテナができる。図表9はミリ波帯域で動作する車載用レーダに応用した例で、CRLH漏洩波アンテナを構成するユニットセルをカスケード接続した伝送線路である。各ユニットセルから電磁波を意図的に漏洩させて、伝送線路全体からの漏洩波が全体として特定の方向の指向性ビームとなるように、指向性パターンが設定されている。漏洩波を発生する伝送線路(=アンテナ)は、76〜77.5GHzで左手系の動作すなわちバックワード波になり、77.5〜79GHzでは右手系動作すなわちフォワード波に移行する。周波数の変化によりバックワード波とフォワード波が入れ替わり、図表5で説明した指向性ビームの走査が行われる。つまり、低い周波数から高い周波数へと連続的に掃引させることで伝送線路の前方から後方にかけて広い角度で指向性ビームを走査できる。また、図表9の漏洩波アンテナ素子を2つ並べてアレイ化して性能を向上させる利用法も検討されている。76〜79GHzの周波数掃引で53度の走査ビーム幅の実測値が得られ、従来技術の標準的なビーム幅である20度を大幅に上回る性能が得られる14)。  

 なお、誘電体板を別に設け、誘電体板とアンテナとの間隔をアクチュエータにより可変させてキャパシタの値を変化させることで、周波数を固定したまま指向性ビームを走査することもできる15)

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5.メタマテリアルの発展性

5-1 電波クローキング

 全く新しい機能を目指す技術として、電波クローキング(電波の隠れみの)のような研究が行われ、原理と効果確認の報告が注目を集めている。対象物体を囲む左手系メタマテリアルの中の電磁波の透過特性を最適化することで、電磁波が対象物を迂回する動きをするようにでき、この技術を電波クローキングという。図表10は、ドーナツ状の左手系メタマテリアルの試作機である17)。この物体に入射した電波は、内部で進行方向が変化し、中心の空間を避けるように通過して再び物体の外へ放射され、あたかもこの物体を迂回したかのように振る舞う7)。この技術は、例えば電波障害の解決に利用できる。

 また光も電磁波であり、電波クローキングで対応できる周波数を光の周波数にまで高めれば、図表11のような透明マントのようなものを実現できる可能性がある。まだ設計法が検証されるにとどまっているが8)、近い将来、このような技術を利用した新たな応用分野が現れるかもしれない。

5-2 電磁材料の特性向上

 左手系メタマテリアルではないが、周期構造を取り入れた部材に、既存の電磁材料を組み合わせたハイブリッド構造にすることで、電磁材料を単体で使用した場合に比べて、性能が向上する事例も発表されている。図表12は、フェライトの電波吸収体と、対象周波数の波長の1/2になる金属線配列を組み合わせた、ハイブリッド構造の電波吸収体である16)。こうすることで、電波吸収特性の向上と電波吸収体として作用する周波数帯を広げることができ、フェライト単体の電波吸収特性を特定周波数で大幅に改善(ピーク性能で10倍)することができる。このようなハイブリッド構造も、左手系メタマテリアルと同様の範疇に組み入れられて、開発が進んでいる。

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6.左手系メタマテリアルに関る研究開発の概観

 ここでは、学協会や書誌での発表論文および特許出願のデータをもとに、メタマテリアルと左手系メタマテリアルの研究開発を概観する。

6-1 学協会における研究の広がり

 D.R.Smithが論文を発表した2000年以降、メタマテリアルの研究が急速に発展している。図表13は2種類の商用データベースを用いた、「メタマテリアル」と「左手系メタマテリアル」キーワード検索による英語論文件数の推移である注1)。論文件数が年々増えていることがわかる。論文の範囲は情報通信分野にとどまらず、光応用や材料分野も含んでいる。

 次に、データベースのうちのひとつであるISI Web of Knowledgeを用いて、国別の件数比較を行った(図表14)。米国および中国が圧倒的に多く、大きく引き離されて他国が続いている。特に左手系メタマテリルを詳細に分析すると、特定のキーパーソンが存在し、ヒット母数850件余りに対して、これらのキーパーソンとの共著件数がそれぞれ40〜50件に及んで、全体件数を押し上げていることがわかった。キーパーソンが存在する国は、中国・米国・トルコ・カナダなどである。

 メタマテリアルは、2008年に発表されたサイエンスマップ2006注2)で、図表15のような関連付けがなされている2)。研究領域は大きく2つに分けられ、右下には物理現象や理論に関する大きな研究領域が見られ、左上には応用研究の領域が派生して見える。本稿で取り上げた技術はこの応用研究の領域に位置するものであるが、2006年当時にはまだまだ小さなボリュームであった応用研究が、それ以降に大きく発展し、前項までに挙げたような各種の応用にまで実を結んできていると考えられる。

6-2 特許件数の推移

 図表16は公開または登録されている日本と米国・欧州における特許出願件数である注3)。特許出願から公開までは18カ月の遅れが生ずるため、至近のデータにはまだ公開されていないものがあるが、全般的に特許出願件数も年々増加の傾向を示している。

6-3 左手系メタマテリアルに関する論文と特許の比較

 左手系メタマテリアルというキーワードに関して、図表13の論文発表件数と図表16の特許件数を比較してみる。米国は、250件超の論文数に対して2007年まで特許出願の合計件数が40件弱(論文件数の約6分の1)である。一方で、日本の論文数は40件強で、2007年までの特許出願が30件強(論文件数の約4分の3)となっている。また、ISI Web of Knowledgeを用いて、日本の論文数の約40件を所属ごとに分類すると、企業からの発表は約5分の1にとどまることがわかった。

 これから類推されることは、英語論文のデータベースには国内における論文件数がすべて含まれるわけではない(英文アブストラクトは含まれることが多い)ことを考慮したとしても、日本全体として、この領域への学界からの貢献があまり高くはないということと、企業における研究がやや低調であるということの2点である。

6-4 研究発表および議論の場

 マイクロ波回路の研究領域を含む情報通信技術の総合的な国際学会でも、近年、独立したセッションやワークショップが設けられるようになり、メタマテリアルはマイクロ波回路技術の中で、ひとつのジャンルとして認知されたと言うことができる。

 2008年から2009年に行われた(または開催予定の)マイクロ波領域の代表的な国際学会において、例えば、IEEE MTT-S主催のInternational Microwave Symposium 2009(6月、米国)では、65セッション中の2セッションを占めるとともに1特別セッションが設けられ、European Microwave Conference 2009(10月、欧州)では、67セッション中の3セッションと、21ワークショップ中の2ワークショップが設けられている。日本で行われたMicrowave Workshops and Exhibition 2008でも、26ワークショップのうちの1つがメタマテリアルのワークショップであった。また、アンテナや電波伝搬を扱うソサイエティの活動や、NATO(北大西洋条約機構)内の組織が手掛けるMETA’08の開催など、新たに「メタマテリアル」の名を冠したカンファレンス活動も活発である。アジア・大洋州においては、Asia Pacific Microwave Conferenceが一定の存在感を持っているが、2009年7月にIEEE EMCソサイエティの日本支部の主催で開催された国際大会でも、メタマテリアル専門のセッションが設けられており、議論の場は世界中に広がっている。  世界中の研究者が集まり、物理学的アプローチと応用指向の工学的アプローチの研究者間での情報交換や相互理解の場である欧州の団体Metamorphose VIでのメタマテリアルの議論も始まっている。2006年には日本でも「電磁メタマテリアル研究会」18)が、マイクロ波から紫外線領域までの広い範囲にわたる研究組織として立ち上がった(図表17)。

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7.終わりに

 誘電率と透磁率が同時に負の値の左手系メタマテリアルは、従来の右手系の材料では得られない現象を発現させる。その効果を応用すれば新しい性能・機能の電子デバイスが実現される可能性があり、すでに種々の試みも報告されている。

 情報通信分野は、材料・デバイス・信号処理・システム化技術など幅広い技術が絡み合い融合したうえで、より高度な技術が磨かれてきた。これに呼応して、左手系メタマテリアルに関する技術も、その性質の新規性を生かして、異なる技術アプローチから新たな応用の道が開かれつつある。研究開発のリニアモデルに捉われず、市場の要求に応える形で、産業界などから左手系メタマテリアルの特長を生かした実用的な利用法が提示され、それらに学協会が協力して対応するならば、実用に向けての技術が進歩し、さらにそこから新たな一歩も踏み出されるであろう。研究活動のグローバル化によって、開発スピードも世界競争の中で熾烈になっている。日本でも、キーパーソンを中心として研究者一人ひとりの力を生かした効率の良い研究体制作りや、組織を超えた協業体制が必要かもしれない。

謝辞

 このレポート作成にあたり、有益な助言や貴重な資料を提供いただいた山口大学真田篤志准教授、広島大学蔦岡孝則教授、Rayspan社 Dr. M. Achour、福井工業大学堤誠教授、東北工業大学米山司教授に感謝いたします。また、UCLAのProf. Tatsuo Itoh ほか多くの方々の出版物およびホームページを参考にさせていただきました。

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1) V.G.Veselago,“The electrodynamics of substances with simultaneously negative value of ε and μ”, SOVIET PHYSICS USPEKHI, 1968

2) 文部科学省 科学技術政策研究所 科学技術基盤調査研究室「サイエンスマップ2006」2008年6月:   http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep110j/idx110j.html

3) Barry E. Spielman, et al.“Metamaterials Face-off, Matamaterials: A Rich Opportunity for Discovery or an Overhyped Gravy Train.”IEEE microwave magazine, may, 2009

4) Rayspan社ニュースリリース:http://www.rayspan.com/news/eucap2009.html

5) 総務省電波政策懇談会 報告書(案)2-5B,pp31 平成21年:   http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1030&btnDownload=yes&hdnSeqno=0000052962

6) (株)豊田中央研究所「R&Dレビュー 特集:Metamaterials and Automotive Applications」Vol.41 No.4 2006年12月

7) J.B. Pendry et al.“Controlling Electromagnetic Fields”SCIENCE Vol.312 June 23 2006

8) T. Ochiai et al.“A Novel Design of Dielectric Perfect Invisibility Devices”Journal of Mathematical Physics 11 Feb 2008

9) D.R.Smith et al.“Composite Medium with Simultaneously Negative Permeability and Permittivity”Physical Review Letters 84-18 May 2000 pp4184-pp4187

10) 蔦岡孝則、“左手系メタマテリアルの基礎とマイクロ波分野への技術展開”、技術セミナー、情報機構主催、2009年3月

11) Maha ACHOUR, et al.“Compact Metamaterial-based Antenna Arrays and Subsystems forMIMO Applications”APMC2008

12) 真田篤志、“メタマテリアルとはなにか”日経エレクトロニクス 特集、2008、2009

13) 伊藤淳、道下尚文、森下久、“マッシュルーム構造を用いた逆Fアンテナ間の相互結合抑制法、”電子情報通信学会論文誌B、Vol.J92-B, No6、2009

14) Shin-ichiro MATSUZAWA et al.“A W-band microstrip composite Right/Left-Handed Leaky Wave Antenna,”IEICE Trans. Commun., VolE89-B, Apri. 2006

15) Shin-ichiro MATSUZAWA et al.“W-Band Steerable composite right/left-handed leaky wave antenna for Automotive Applications”IEICE Trans. Electronics, Vol.E89-C, No.9 September 2006

16) 岡室智行 他、「金属配列人工材料を用いた電磁波吸収・遮蔽材の設計例」、電子情報通信学会 信学技報 Vol.104 No.499 EMCJ2004-111 pp.53-58(2004)

17) D. Schuring et al.“Metamaterial Electromagnetic Cloak at Microw ave Frequencies”SCIENCE 10 November 2006, Vol.314. No.5801, pp.977-pp.980 

18)電磁メタマテリアル研究会:http://www.metamaterials.jp/ja/meetings/

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