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微細藻類(マイクロアルジェ)が開く未来 ─有用性とその利用─
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1.微細藻類(マイクロアルジェ)
1-1 微細藻類とは
微細藻類(マイクロアルジェ:microalgae)は、約30億年前に地球の海洋に出現した最初の生物の1つである。単細胞を単位生命体とし、別名、植物プランクトンとも呼ばれる。葉緑素(クロロフィル;Chlorophyll)を持ち、光合成によって大気中の二酸化炭素(CO2)を固定化し酸素(O2)を産生する。現在、海洋のみならず淡水系(湖、池、川)にも繁殖し、その種類は10万種類におよぶ1)。
約30億年前から海洋を中心に繁殖し、その光合成能力により大気中の主成分であった二酸化炭素を酸素に置き換え、現在の大気組成を構築する原動力となった。光合成によって生成した酸素は、大気中の酸素を構成しただけでなく、海水中の溶存酸素濃度も上昇させた。それによって海水中の鉄分が酸化し酸化鉄となって海底に沈降堆積し、後に現在の鉄鉱石層となった。微細藻類の大量の死骸は海底に堆積し、数億年という歳月を経て、体内に含まれていた油脂成分は油田を形成した。微細藻類の一種である円石藻(図表1.A)は、二酸化炭素を水中のカルシウムと反応させて炭酸カルシウムを生成させ、円形の細胞外殻を形成する。これは堆積して石灰岩の堆積層を形成した。その代表的なものがドーバー海峡の英国側の白亜の断崖、チョーククリフである1)。さらに、微細藻類は生物の食物連鎖の底辺を構成している。即ち、微細藻類を動物プランクトンが食べ、それを順次、小魚・大型魚・人類が食べる、というように地球上の食連鎖の基盤となっている。このように、微細藻類は現在の地球環境を作り上げ、今なお地球上の生命体を養い、人類はそれが生成した資源を利用する恩恵に与っている1、2)。

一方、水環境の汚染・破壊が進むにつれて、赤潮として知られる微細藻類の繁殖過多が起こっている。これは、洗剤などに含まれるリン成分による水汚染や、干潟の生態系破壊によってアサリなどが極端に減少し食連鎖のバランスが崩れたことなどの複合的な原因によると考えられている。赤潮は水中の酸素濃度を低下させ水産資源を枯渇させるのみならず、この異常増殖を起こす微細藻類の中には、有毒渦鞭毛藻(図表1.I)のように有毒物質を含有するものもあり、それが大繁殖すると水産資源の汚染も引き起こす3)。
1-2 微細藻類への期待
微細藻類によって現在の地球環境が形成されたことを認識しつつも、人類が微細藻類を積極的に活用するという意味では、これまではフォーカスが当てられたことはなかった。しかし、石油の枯渇・原油価格高騰、食料価格高騰・食糧危機、二酸化炭素の増加による温暖化、などの人類存亡に関わる重要問題が浮上しつつある現在、微細藻類へ急速に注目が集まってきている。
急激な人口増加と工業化で、かつて微細藻類が創造した石油を人類は21紀半ばまでには使い果たすと考えられる。そこで、微細藻類が作った石油ならば微細藻類に再度作らせればよいという発想がある。バイオエタノールは、現在トウモロコシのデンプンに依存しているので、トウモロコシへの需要が高まり、食品価格が上昇しつつある。そこで、食物連鎖の底辺を構成する微細藻類を食の表舞台へ登場させ、石油をはじめとする化石燃料の使用で大気中二酸化炭素が増加するならば微細藻類に二酸化炭素を固定化させる。これらは少し前までは、実現からは遠い研究レベルの考えであったかもしれないが、バイオテクノロジーが進歩し、微細藻類の能力を我々が抱える各々の課題に適した形で引き出す見通しが立つようになり、実現の可能性が濃厚になってきた。
実現性の高いバイオテクノロジー領域の1つは、医薬品、生理活性物質、機能性食材(ニュートラスーティカル;Nutraceuticals)をはじめとする医療・健康に関する領域で、「レッドバイオ」(Red
Biotechnology)と呼ばれる。微細藻類が産生する機能性物質に着目し、その利用を目指すものである。2つ目の領域は、草食性家畜や二枚貝のための飼料や環境浄化を目的とした農・水・環境バイオ技術に関わる、「グリーンバイオ」(Green
Biotechnology)の領域である。主として微細藻類そのものを利用するものである。そして3つ目は、バイオマス資源、バイオ燃料をはじめとする工業バイオ技術、「ホワイトバイオ」(White
Biotechnology)の領域である。これは、微細藻類を工業生産の手段として利用しようとするものである(図表2)。

このレポートでは、将来の人類のQOL(Quality of Life)向上へ貢献し、かつ我々の抱えるいくつかの課題を解決しうる「微細藻類」にスポットを当て、3つのバイオテクノロジー領域、「レッドバイオ」「グリーンバイオ」「ホワイトバイオ」における利用価値について考察を行いたい。

2.微細藻類が変える科学領域
2-1 レッドバイオ領域:ニュートラスーティカルへの応用
21世紀の先進国が直面する課題の1つは、医療・健康上の様々な問題が増えたことにある。その多くは、食生活の偏りなどの生活習慣に起因する疾患が増大していることによる。その対策として、疾患に罹ってから医薬品で治療するのではなく、疾患を予防し健康を維持する考え方が支持されてきている。疾患予防に機能する生理活性物質が食材の中に存在することが科学的に解明されつつあり、医薬品(Pharmaceuticals)と栄養(Nut-rition)の中間に位置する、ニュートラスーティカル(Nutraceuticals)という考え方が注目されている14)。
近年、微細藻類が産生する種々の成分にも、生理作用や有用な機能を有することが判ってきた。微細藻類が生物の食物連鎖の底辺を支え続けてきたことからも理解できる。例えば、血中のコレステロールを抑え動脈硬化を防止する物質として知られるオメガ脂肪酸と称される不飽和脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸;Docosahexaenoic
acid)は、秋刀魚や鰯のような背の青い魚に多く含まれることはよく知られている。しかし、DHAは、元来この魚が体内で作ったものではなく、これらの魚が餌とする食物連鎖系から摂取しており、そのルーツは微細藻類にさかのぼることが指摘されている。即ち、食物連鎖系で捕食濃縮されたものである。DHAは乳幼児の脳の発育に必須であることから、魚油から精製され機能性食成分として使用されていた。近年、漁獲高の減少に起因する魚油の価格高騰や、海洋汚染物質の混入が懸念されている。そこで、DHAを産生する微細藻類を工業的に大量培養し、そこから精製する方法が検討された。
米国マーテック・バイオサイエンシズ社(Martek Biosciences Corporation, コロンビア州)は、80から260m3規模の培養タンクを用いて微細藻類を培養し、藻体からDHAオイルを精製している。微細藻類から精製されたDHAは、魚油由来のDHAと比較し魚臭が無いという。DHAは幼児期の脳や眼の成長に必要なので、米国では幼児向け食品への機能強化のための添加剤として使用されている15)。
また、微細藻類は種々の色を呈しているが、緑色は葉緑素に由来する。赤、橙、黄色などの色を有する種も多く、これらは天然色素として知られるカロテノイド類に由来することが知られている。これらのカロテノイド類は、抗酸化作用など多くの生理活性を示すことが判明しつつあり、機能性食材や化粧品などへの利用が検討されている。
例えば、微細藻類ヘマトコッカス(図表1.B)が多く産生するアスタキサンチン(Astaxanthin)は、橙色をしており、生理作用として高い抗酸化作用を有し、紫外線や血中脂質の過酸化から生体を防御する作用があることが報告されている。従って、老化防止や眼精疲労改善や筋肉疲労の抑制、動脈硬化の予防効果があると近年注目を集めている。既に、複数の日本企業により、微細藻類を培養するアスタキサンチンの製造設備が稼動しており、産業化への取り組みが進められている16、17)。
微細藻類は、塩水系、淡水系に広く分布しており、約10万種におよぶ多様性を有しており、まだまだ未知の生理活性を有する化合物が多くあるものと考えられている。従って、医薬品や機能性食材の候補物質探索研究ターゲットの宝庫として有望視されている。


2-2 グリーンバイオ領域:食関連、飼料、環境への応用
2-2-1 食関連への応用
21世紀の人類は、人口の増加に伴う良質の食料の確保、環境の保全という課題に直面している。
地球上の生物は、太陽の恩恵で生活していると表現される。これは、生命系の成り立ちの源が太陽光にあるからである。つまり、地表に注ぐ太陽光のエネルギーを利用して、微細藻類は二酸化炭素を固定化し有機物を生産する。微細藻類は地球における有機物の第一次生産者である。その微細藻類を動物プランクトンや貝類や小型の魚類が餌とし、さらにこれらの生命体を大型魚類、地上動物等が食し、その食物連鎖の頂点に人類が位置している。このように食糧の視点から見ると、微細藻類は地球上の生物を支えているといっても過言ではない。安定的かつ安全な食糧・食材供給は社会の大きなニーズである。
例えば微細藻類の1種、スピルリナ(図表1.C)は、南米・アフリカで昔から医療用に食されてきた歴史があり、現在その成分中の栄養素や生理活性物質について研究されている。同様に、クロレラ(図表1.D)、デュナリエラ(図表1.E)、ユーグレナ(図表1.F)なども、我が国で健康食品として提供されている。これらの微細藻類が産生する成分には、健康維持や疾患予防などの効果が期待され、新たな食材、食資源としての研究が進められている。
一方で、南洋には毒を有する微細藻類が、時に大繁殖することがある。微細藻類は食物連鎖の底辺を形成しているため、その地域の食用魚に毒素が濃縮されることとなり、それを食べて麻痺などの中毒を起こすことがある。代表的なものの1つは、シガテラ毒素(ciguatera
toxin)と呼ばれるものであり、これまでは南方域に限られた事例として知られていた。しかしながら、近年の地球温暖化によってシガテラ毒素を含んだ微細藻類の生息域が北上しつつあり、この毒素で汚染された食用魚が日本近海でも捕獲される可能性が高まりつつある18)。
現在、琉球大学の須田教授によって毒を有する微細藻類の収集が開始されたところである。今後、食用魚の安全性確保の観点から、漁業水域における微細藻類の種類の調査、魚の安全性の検討など、今までには無かった視点からの研究、情報化が必要になると思われる。
2-2-2 飼料への応用
自然界では微細藻類は二枚貝が好んで食べる餌であり、微細藻類が豊富に育つ湾岸部は牡蠣の名産地として知られるが、気候変動にともない収穫量が大きく変動する。そこで、牡蠣、アサリ、ムール貝、ウニの幼生の飼料として培養した微細藻類を使用する養殖法は、季節変動や環境の汚染に関わらない安定した方法として注目されている。例えば、北海道厚岸町は牡蠣種苗センターを運営し、厚岸産の牡蠣の孵化を自ら行い、キートセラス(図表1.G)などの微細藻類を密閉系タンクで培養して餌とする、稚貝の育成をおこなっている。これにより、牡蠣ウイルスの蔓延や異常気象などによる生産量の変動のリスクが無く、安全で安定的な牡蠣の養殖が可能となっている19)。
さらに、このような微細藻類を飼料として用いる考え方は食用家畜の飼育にも応用できるものと考えられる。例えば、食肉用の牛を飼育するためにトウモロコシをはじめとする穀物を使用するが、牛肉1
kg当たり穀物約11 kgを消費している20)。人口増加で食物の不足が課題となる中、人間の食用に回せる穀物を家畜に与え続けていけるかは大いに疑問である。微細藻類には、糖質、たんぱく質、脂質、ミネラルが栄養学的にバランスよく含まれており、牛をはじめとする肉用家畜の飼育にも適すると考えられ、利用へ向けたさらなる検討が求められている。
2-2-3 環境への応用
微細藻類は、地球の大気を現在の構成にするのに寄与したが、現在も、大気中の二酸化炭素を海洋に吸収するメカニズムの一環を担っている。動物の呼吸や人類の産業活動により大気中に排出された二酸化炭素は一部、海洋表面から海洋中へ吸収される。海洋表層に生息する微細藻類は、光合成によって溶存した二酸化炭素を体内に取り込むため、海水表層の二酸化炭素濃度を低下させ、大気中の二酸化炭素固定化を促進する効果がある。また、微細藻類に取り込まれた二酸化炭素は、動物プランクトンや魚などの食物となり、その死骸や排泄物の沈降により中・深層に輸送され貯蔵される。これは生物ポンプと呼ばれており、このメカニズムによって、微細藻類は海洋表層に溶解した二酸化炭素を中・深層へ移動させることに深く関わっている。
この数十年の間に、人工衛星に搭載したセンサーから海の色を測定する技術が進歩し、全球規模で海洋中の微細藻類を観測することが可能となっている。例えば、1997年に米国航空宇宙局(NASA)が打ち上げたOrbview-2衛星に搭載された海色センサー、Sea
WiFS(Sea-viewing Wide Field-of-view Sensor)は、地球規模で海洋中の微細藻類の量を衛星から観測し、その分布を調査することにあった21)。海洋中の微細藻類は、葉緑素クロロフィルaによって443nm付近の青色光を吸収して光合成を行い、550nm付近の緑色光は反射する。そのため、海の色は、海洋中に微細藻類が少ないと青に近くなり、微細藻類が多いと緑に近くなる。このような性質を利用して、人工衛星によって海洋からの光を分析すると、地球規模での微細藻類の繁殖状況がほぼリアルタイムで把握できる22)。
微細藻類の繁殖分布は主に、光、水温、栄養塩などの環境因子によって決まる。そのため、河川から栄養塩が流入する沿岸域、もともと栄養塩が豊富な亜寒帯域、貿易風による湧昇によって深層から栄養塩が供給される赤道域東部には、微細藻類が比較的多い。しかし、北太平洋、赤道域、南極域には、栄養塩が豊富であるにもかかわらず、微細藻類が少ない海域がある。この理由は、微細藻類が生長するために必須の鉄分が他の海域より少ないためとの説がある。鉄分は、河川からの直接流入や、黄砂に代表される偏西風などの気流によって運ばれる砂により海洋に供給される23、24)。鉄分が不足しているために微細藻類が少ないのではないかという疑問を解明するために行われた研究プロジェクトが、北太平洋亜寒帯域鉄散布実験(SEEDS;Subarctic
Pacific Iron Experiment for Ecosystem Dynamics Study)である。北太平洋の鉄分の少ない海域に船上から鉄成分の散布実験を行い、鉄散布の二酸化炭素吸収効果の検証と鉄散布が海洋生物に与える影響を解明することを目的に実施された(図表5)25)。その結果、鉄散布による微細藻類の増殖が確認されている26)。

この研究は、地球規模での二酸化炭素の固定化について微細藻類と栄養素の鉄分との関連において調査することが目的であり、実際に鉄散布によって大気中の二酸化炭素を固定化しようとするものではない。一方で、二酸化炭素固定化に利用する考え方にも繋がるが、海洋水中の生態系や環境の大きな変化をもたらすので、実施には慎重にならねばならない27)。
一方、微細藻類を利用した水の浄化に関する研究も進められている。これは、微細藻類が水中の窒素、燐の吸収能力が高いことを利用したもので、エビ飼育水から出る水中の過剰栄養分等を、微細藻類を用いて吸収除去する。このように、微細藻類は、水質浄化機能も有し、利用できる可能性が示唆されている28)。
微細藻類を利用して、積極的に二酸化炭素を固定化しようとする試みもある。例えば、東大発ベンチャーの(株)ユーグレナは、ユーグレナ(図表1.F)を用いたビジネスを展開しようとする企業であり、沖縄電力(株)の協力を得て、火力発電所から排出される排気ガスをユーグレナ培養槽に直接通気して排気ガス中の二酸化炭素を固定化しようという試みを進めている29)。通常、排気ガスを直接通気すると、種々の酸化物により培養液が酸性となり、微細藻類の培養環境としては不適となる。しかし、ユーグレナは酸性条件下でも効果的に培養され、二酸化炭素を固定化した。併せて、高濃度の二酸化炭素を通気することによって培養液が酸性になること等により、ユーグレナ以外の生物の増殖が抑えられる。つまり、ユーグレナは二酸化炭素の固定化に適することが実験的に判明している。このように、実際のプラントを用いたパイロットレベルでの二酸化炭素固定化の実証実験が進められている。
2-3 ホワイトバイオ領域:バイオ燃料、バイオマスへの応用
2-3-1 バイオ燃料への応用
化石燃料の枯渇問題も人類の抱える大きな課題である。石油の枯渇は目前に迫ってきている。石油代替燃料として、トウモロコシ等の穀物由来のデンプンを原料とするバイオエタノールの開発が進められている。しかし、食料との競合問題が発生し、食料用トウモロコシのみならず穀類全般の価格高騰を招き、「eat
or burn」という国際政治問題に進展した。さらに穀物の価格高騰のみならず原料のデンプンも高騰し、その安定的な供給が疑問視されている。スイッチグラスのような非可食の植物のセルロースを原料とするバイオエタノール生産も検討されているが、これは食物と全く競合しないかというと、そう単純ではない。なぜなら、農家はトウモロコシとスイッチグラスのどちらが高く売れるかで、植える植物を選択する。従って、農地への作付けレベルでの競合が避けられない。
そこで、食品との競合が無く、経済的に実施可能なバイオマスの開発が急速にクローズアップされつつある。微細藻類の増殖・生長のためには、基本的に二酸化炭素、ミネラルおよび光を要求し、デンプンを必要としない。従って、水があり太陽光がふんだんに利用できるという条件が合えば、微細藻類は肥沃な土地でなくとも培養できるので、サンベルト地帯と呼ばれる太陽光豊かな広大な土地を持つ米国において、注目されていると言える30)。
石油の元をただせば数億年前の海洋に繁栄した微細藻類が産生した油脂成分が海底に蓄積されたものである。中でも、円石藻(図表1.A)、渦鞭毛藻(図表1.H)、珪藻(図表1.J)などの微細藻類が現在の石油の素となったと考えられている。そこで、これらの微細藻類を培養することにより、バイオ燃料を調達する方法が考えられている。現在、ラフィド藻(図表1.K)、ボトリオコッカス(Botryococcus)(図表1.L)、などは炭素数30〜40の炭化水素を大量に生産することから、特に注目されている。これらの中には、炭化水素の含有量が、乾燥藻体重量の75%に達するものもある31)。
バイオ燃料製造に共通する課題は、大量に製造する必要があり、その価格が安いことにある。従って、他の微細藻類を用いた製造に比べると大規模の製造設備を要し、コストを低く抑えねばならないので、生産性効率向上をつねに念頭におかねばならない。
微細藻類から生成するバイオ燃料は、主にディーゼル油代替として使用される。バイオディーゼルとしては、他にヤシ油、ひまわり油、菜種油などの植物油が利用できるが、微細藻類は光の利用が可能な限り年間を通じて培養でき、これら既存の植物油に比べて四季の影響を受けない。Massay大学(ニュージーランド)のChistiの試算によると、植物油の中で最も生産効率が良いヤシ油に比べて、微細藻類は約10倍の生産性を有すると考えられる(図表6)。また、微細藻類の培養には肥沃な土地や耕作用の畑を必要とせず、四季を選ばず増殖させることが可能である。バイオ燃料を製造するのに用いられている他のバイオマスと比較すると、際立って生産効率が良いと言える31)。

さらには、微細藻類から得られるバイオ燃料は化学構造上ディーゼル油に類似しているので、製油施設や貯蔵施設などのインフラは既存のディーゼルのものが流用できると考えられ、また、ディーゼル車であれば、エンジンに手を加えることなく走らせることができる。従って、現在の産業インフラを活用しつつ、燃料をバイオ代替にすることがバイオエタノールへの変換に対して、比較的容易と考えられる。このように、微細藻類の燃料への応用は、社会的にも実現の可能性が高いと判断される32)。そこで、微細藻類から作られるバイオ燃料は、植物油やセルロース原料から作られるバイオ燃料と区別するために、最近ではphotosynthetic
biofuels(光合成バイオ燃料)あるいはalgal biofuels(藻類由来バイオ燃料)とも呼ばれている33)。
米国エネルギー省(DOE;Depar-tment of Energy)は、2008年12月にAlgal Biofuels Technology
Roadmap Workshopを主催し、微細藻類由来バイオ燃料開発に関する基盤技術の現状の把握、将来の展望、目標設定について協議を実施した34)。その後、米国エネルギー省は、昨年度のバイオ燃料産業化開発への投資($786.5M)のうち、$50Mを藻類バイオ燃料ワークショップ(Algal
Biofuels Workshop)立ち上げと運営のために投資し、微細藻類由来バイオ燃料に関する研究開発の具体的なロードマップ作成を開始した35)。今年度は、ベンチャーや大学などへ開発支援として$85Mの開発投資を行い、ワークショップを母体とした実用化の検証を行う予定である36)。
同じく大きな国土を有するオーストラリアでは、微細藻類由来バイオ燃料を第2世代バイオ燃料と位置づけている37)。2009年8月、オーストラリア国立自然科学産業研究機関(CSIRO)が中心となって微細藻類由来のバイオディーゼルを念頭に置いたAlgal
Fuels Consortiumを組織化することを決定し、微細藻類の安価な培養方法の開発に着手する予定であることを発表した37)。
一方、オランダのワーヘニンゲン大学(Wageningen UR)のWijffels教授38)は、2010年、農業省および関連企業からの資金によりコンソーシアム形式の微細藻類リサーチセンター(AlgaePARC)を設立し、培養方法に関する小規模試験培養層を用いて開放系や閉鎖系での高効率培養システムの検討を開始すると発表した39)。
これらのように、各国政府が支援する取り組みは、米国を先駆けとして2008年からスタートしたばかりである。
微細藻類由来のバイオ燃料の研究開発は、米国を中心とした多くのベンチャー企業(図表7)によって行われている。例えば、Bill Gates氏が所有する投資会社、Cascade
Investmentなどが投資をしている米国のバイオベンチャー、Sapphire Energy社では、2008年5月に、再生可能な91オクタン価のバイオ燃料を精製したと発表している。1日あたり1万バレルのバイオ燃料を生産できるように設備を拡大すべく、ニューメキシコ州に研究テスト施設を設立し、今後数年以内に商業規模の生産に対応することを目指すという40)。

ベンチャーのみならず、石油メジャーも微細藻類による次世代のバイオ燃料に対する取り組みを開始している。エクソンモービル社は2009年7月、光合成微生物を生産手段とする次世代バイオ燃料の研究開発を目的として、シンセティック・ジェノミクス社と提携した。エクソンモービル社は、現在のガソリンおよびディーゼル燃料と両立性を持つバイオ燃料を開発することを目指しており、このプロジェクトに対して6億ドル以上を支出すると発表した43)。
このように、昨年来にわかに、藻類由来バイオ燃料への研究開発投資が加速されている。
石油代替エネルギーのための製造手段として微細藻類が適するかどうかの実証研究は、世界の中で米国が一歩先んじている。これは、今すぐに微細藻類由来のバイオ燃料が事業化できるということではないが、石油枯渇到来を見据えて、米国の国家戦略として代替エネルギー問題を最優先課題のひとつとして位置付けていることによるものと思われる。特に、昨年発足したオバマ政権によるグリーンディール政策が、石油代替エネルギーの開発を強力に加速させている。
2-3-2 バイオマスへの応用
将来技術として、微細藻類の代謝システムを遺伝子組み換え技術により最適化してより効率良く必要とする多糖類などのバイオマスを生産したり、本来は微細藻類が生産しないバイオマスを作らせたりする技術も芽生え始めている。
神戸大学の近藤昭彦教授らは、アーミング技術と呼ばれる遺伝子組み換え技術を応用した微生物の代謝経路を変換する技術を確立している。酵母や枯草菌などの細胞表層に、本来は持っていない酵素などを作らせて、新しい代謝機能を持たせる技術であり、作られた微生物はアーミング酵母やアーミング枯草菌などと呼ばれる。この方法により、本来は栄養源とはならないセルロースなどを資源としてエタノール、アミノ酸、乳酸などを製造することが研究規模で成功している。この技術により、今までは利用されなかった植物の非可食セルロースなどの利用に道が開けると同時に、いくつもの酵素反応ステップを経ていた複数の反応を単純化することができる44)。
このアーミング技術を微細藻類に応用し、「アーミング微細藻類」を作成できれば、微細藻類が産生する糖分を用いた発酵などができるようになると思わる。このような方法で食品と競合しないバイオマス生産が可能になると期待される。

3.産業化を進めるために
3-1 工業的培養技術
微細藻類への期待が高まると同時に、これを産業的に、効率良く必要量だけ生産するための生産技術の開発が必要とされている。特に、小規模から大規模に至る培養技術の確立は必須である。目的によって、閉鎖系、あるいは開放系の培養方法を選択する必要があり、各々の培養方法に基づいた生産性の向上とともに、品質の確保に関するノウハウの集積も必要である。
医薬品や食品・飼料のような純度や安全性が求められ、比較的小規模の生産の場合、密閉系の培養システム(Enclosed System)(図表8(a))が用いられると考えられている。一方、バイオ燃料やバイオマスでは、大規模かつ低コストの生産方法が求められる。現在のところ、この大量生産に対応する培養方法は、開放系の池のような培養システム(Open
Pond System)で行われている(図表8(b)、(c))。

現在のところ、まだ効率的な培養には程遠く、特に安価な製品を大量に生産するための工業的な培養方法の開発は基礎的な検討段階にある。密閉系の培養装置でも現在の開放系培養システムよりも光を有効利用でき、安価で大規模培養に適するような方法の研究が進められている46)。
3-2 製品の価格価値と生産コスト
オランダのワーヘニンゲン大学のWijffelsによると、現在の技術で微細藻類を大量培養する生産コストは、微細藻類1kgあたりで計算すると、100ha規模の場合、4.02ユーロ/kg(約520円/kg)となる。一方、今後の生産科学技術の進展により、生産コストを0.4ユーロ/kg(約52円)まで低減させることができると報告している47)。
同時にWijffelsは、1kgの微細藻類から得られる価値として、前述したように多岐にわたる製品を想定している。単一の製品による収益ではなく、図表9に示すように、たんぱく質、脂質、糖質などそれぞれの製品価値を総合した収益を想定し、それを1.65ユーロ/kg(約210円/kg)と算出している。現状の生産コスト4.02ユーロ/kgでは、商品化できないが、将来0.4ユーロ/kg程度まで低減させることができれば商品化できると報告している47)。

生産コストを下げるためには、主目的物質を多く産生する株の選別、経費のかからない培養技術の開発、複数の製品を効率よく抽出精製する技術の開発が非常に重要である。

4.日本において発展させるための課題
2章で検討を行ったように、微細藻類は、レッドバイオ領域(医療・健康)、グリーンバイオ領域(農水・環境)、ホワイトバイオ領域(工業・エネルギー)への幅広い活用が期待されている。しかし、日本においては、微細藻類の研究および産業化の動きがまだあまり活発ではない。以下に、その原因と今後の課題を考える。
4-1 微細藻類バイオテクノロジーを中心とした科学・学会の構築
まず、我が国における微細藻類研究は、個々の細分化された領域内に限られているのが現状であり、微細藻類を中心に据えた基礎と応用の科学領域が構成されていない。このため、学協会も未編成である。既存の学協会の中では、1つの微細藻類のみを扱う同好会的な学会活動が続いており、多種多様な微細藻類共通の技術やノウハウが育つ環境にない。例えば、淡水系微細藻類と塩水系微細藻類とで学会活動が分かれており、研究者の視野を狭くしていると思われる。
多様性を有する微細藻類の中から、各々の製品領域に向けて有用な微細藻類を評価、選別し利用する科学技術は、共通の基盤技術と言える。我が国は海水系・淡水系の両方で、多様な微細藻類が生きている恵まれた環境を有している。また既に、個々の領域では、それぞれの微細藻類に関する研究の蓄積がある。ところが、それを総合的に活かすための学協会や研究者の活動の場が無い。
微細藻類が関わるバイオテクノロジーを中心に据えて見ると、種々の産業に共通利用できる技術も多い。他産業領域からのフィードバックされる情報が非常に役立つはずである。「レッドバイオ」「グリーンバイオ」「ホワイトバイオ」の各々のバイオテクノロジー領域における研究・開発・技術情報を共有化し、幅広く利用できるようにするために、統合された新科学領域、例えば「微細藻類活用バイオテクノロジー」としてとらえ、研究者や学協会を再編成する必要がある。
具体的には、医療・健康・農水・環境・エネルギーの多領域に寄与する微細藻類の共通基盤となる研究活動が今後重要になる。例えば、目的に合った微細藻類の選別技術、大量生産を念頭においた高効率培養技術、微細藻類をホストとする遺伝子組み換え技術など、微細藻類に共通する基盤技術の充実が必要である。さらには、それを支える共有研究資産としての微細藻類カルチャーコレクション(細胞バンク)の保全と微細藻類提供システム整備も必要である。
4-2 産業化を前提とした連携体制作り
微細藻類が関わる産業領域も、医療、健康、農水、環境、エネルギーと多岐にわたる。従って、アカデミアで築かれた基盤技術が、各々の出口への開発研究へ有効に活用できるような仕組み、例えば、産学官が連携できる仕組みを構築する必要がある。
先にも述べたように、米国では、米国エネルギー省が主催し、バイオ燃料に特化したAlgal Biofuels Workshopがスタートした。オーストラリアでも、国立自然科学産業研究機関(CSIRO)が中心となってバイオディーゼルを念頭に置いたAlgal
Fuels Consortiumの組織化が開始される。オランダでは、農業省と民間資金で微細藻類リサーチセンターが設立される運びである。これらの例は、微細藻類が関わる新産業が育つ場所と環境を、政府と産業界が一体となって育成しようとするものである。
我が国にも、参考になる例としては、函館市のマリンバイオクラスター事業(平成21年度から開始)がある。これは、函館市エリアに集積したマリンバイオ技術、すなわち、@ユビキタス海洋環境予測技術、A生体エネルギー維持技術、B機能性物質生産技術、Cバイオファーミング技術を利用し、生理活性物質の取得、藻類をはじめとする海産物の安全の確保・保障、有毒微細藻類の検知や海洋の環境予測、海洋性バイオマスの確保などの新産業を育成しようとするものである。しかし、この事業は微細藻類技術が中心ではない。
微細藻類に関わる技術を中心として集約し、本稿で述べたバイオの3領域における新産業育成・支援に特化した産学官参加のコンソーシアムを早急に組織化し、特にコストを意識した培養方法をはじめとする基盤技術の応用を加速することが必要である。
4-3 各応用領域へむけたロードマップ作成
微細藻類バイオテクノロジーは、21世紀の産業に大きな恩恵を与え、我々の生活を豊かにする可能性を秘めている。それを日本で実現するためには、基礎研究レベルから産業化に至る幅広い研究活動を視野に入れて、ライフサイエンス、環境、エネルギー等から成る全体のロードマップを描き、計画的に資金と人材を投入し、研究開発を促進する必要性がある。
既に、医薬品やニュートラスーティカルのように単価の高い製品から入るやり方(高価格品小規模生産)と、米国やオーストラリアの例のように単価の安いバイオ燃料をいきなり目指す方法(低価格品大規模生産)の両方が試みられている。米国では、微細藻類由来のバイオ燃料に特化したベンチャーや企業の動きを見た上で、エネルギー省がロードマップ作成を開始した。オランダでは、政府の支援を得て微細藻類の産生する複数の製品を活用する方向でのコンソーシアムが全体計画を描いている。
日本はまだオールラウンドで基礎を築いていくのか、特定の領域へ集中したアプローチを取るのかに関しても、産・学・官の各々の考え方が見えていない。例えば、経済産業省が示した近未来のロードマップにも「微細藻類」の項目はない。
本稿で述べたバイオの3領域における新産業は、複数の省庁の範囲を跨ぐものである。従って、省庁の枠を超えた総合的なビジョンを持って、大局に立った視野からのロードマップ作りが求められる。我が国がすでに保有する微細藻類関連技術が十分に発揮できるように、微細藻類活用の道作りが喫緊の課題である。

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1) 藻類30億年の自然史 藻類から見る生物進化・地球・環境 第2版 井上 勲 著 東海大学出版会
2) 生命の源 マイクロアルジェ 竹中裕行 著 成山堂書店
3) 国立環境研究所ニュース23巻4号2004年10月発行:http://www.nies.go.jp/kanko/news/23/23-4/23-4-04.html
4) 筑波大学生物学類ホームページ:http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~inouye/ino/etc/cell_covering.html
5) (独)国立環境研究所ホームページ 微生物系統保存施設 保存株情報:http://mcc.nies.go.jp/strainList.do;
jsessionid=E32501B0B676F698BCBFEA2038575D03?strainId=142&strainNumberEn=NIES-144
6) (独)国立環境研究所ホームページ 微生物系統保存施設 保存株情報:http://mcc.nies.go.jp/strainList.do?strainId=39
7) (独)国立環境研究所ホームページ 微生物系統保存施設 保存株情報:http://mcc.nies.go.jp/strainList.do?strainId=503
8) Wageningen Universityホームページ:
http://www.bpe.wur.nl/UK/Research/Projects/Metabolomics+of+carotenoid+biosynthesis+in+the+alga+Dunaliella+salina/
9) 筑波大学ホームページ:http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~algae/YMFF/Bacillariophyceae/Chaetoceros_lorenzianus/index.html
10) 京都大学農学研究科ホームページ:http://www.microbiology.marine.kais.kyoto-u.ac.jp/uzuben.htm
11) 国立科学博物館ホームページ:http://research.kahaku.go.jp/zoology/kaisei/hp-1/plankton/diatom.html
12) 原生生物情報サーバホームページ:http://protist.i.hosei.ac.jp/taxonomy/heterokontophyta/Raphidophyceae/index.html
13) JST NEWS, Vol. 6, No.4, July 2009:http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/2009/2009-07/page09.html
14) 鷲見芳彦,「ニュートラスーティカルに関する研究動向」 科学技術動向No. 83 2008年2月号:
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/stfc/stt083j/0802_03_featurearticles/0802fa01/200802_fa01.html
15) マーテック社ホームページ:http://www.martek.com/Products-and-Services.aspx
16) 富士化学工業(株)ホームページ:http://www.fujichemical.co.jp/astaxanthin.html
17) ヤマハ発動機(株)ホームページ:http://www.yamaha-motor.jp/bio/
18) 荒川 修(2007).食品安全委員会第8回かび毒・自然毒等専門調査会資料,食品安全委員会ホームページ:
http://www.fsc.go.jp/senmon/kabi_shizen/k-dai8/kabi8-siryou3.pdf
19) 厚岸町カキ種苗センターホームページ:http://info.town.akkeshi.hokkaido.jp/pubsys/public/mu1/bin/view.rbz?cd=203
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21) NASA ホームページ:http://oceancolor.gsfc.nasa.gov/SeaWiFS/
22) JAMSTEC ホームページ:http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/OCEAN/SATE/
23) 山本桂香,黄砂現象に関する最近の動き―自然現象は人為的影響か古くて新しい問題の解決に向けて― 科学技術動向 No.64 2006年7月号:http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/stfc/stt064j/0607_03_featurearticles/0607fa02/200607_fa02.html
24) 「黄砂の輸送現象解析システムを開発」 科学技術動向No.102 2009年9月号
25) 北太平洋亜寒帯域鉄散布実験(SEEDS)ホームページ:http://seeds-exp.jp/index.html
26) Kudo Isao, Phytoplankton community response to Fe and temperature gradients in the NE(SERIES)and NW(SEEDS)subarctic Pacific Ocean Deep Sea Research Part II Topical Studies in Oceanography 53, 2201-2213
27) 農林水産研究情報総合センターホームページ:http://www.affrc.go.jp/ja/research/seika/data_suisan/h13/hnf/hnf01002
28) 農林水産研究情報総合センターホームページ:http://www.affrc.go.jp/ja/research/seika/data_suisan/h06/ngsk94001
29) (株)ユーグレナホームページ:http://www.euglena.jp/news/2009/0616.html
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