北極域環境の研究体制における日本の課題

大畑 哲夫
客員研究官

1.はじめに

 北極地域の最近の環境変化、特に海氷の急激な減少は、新聞・テレビ等でも報道され、世界各国の多くの国民の関心を呼んでいる。生態系への影響1)とともに周辺大陸域への気候学的影響が発生していること、北極海航路・資源など人間活動に大きな影響が考えられること2)などが、北極域への注目を拡大させている。

 そもそも北極地域が、地球全体および日本にとって、どのような意味を持つ地域かを記述したい。まず第一に、北極は我々の存在する地球の回転軸となっている地域(極)であり、特有の放射環境そして電磁的環境場が存在する地域である。第二に、年間の日射量が少ない特有の放射環境のため、寒冷な気候が存在する地域である。熱帯が地球の熱源域になっているのに対し、北極地域は冷源域となっていて、両地域間の大気・海洋を通じて大気および熱水輸送が行われる結果として、日本を含む現在の地球気候の分布が形成されている。また、海洋大循環に影響を及ぼす北大西洋の深層水形成にも北極域は深く関わる。このため北極地域の在り方の変化によって、世界全体の気候が影響を受ける。第三に、南極地域および地球の山岳地域とともに地球上の気候帯の中で最も寒い地域であるため、特有の自然環境が存在し、多くの雪氷を維持し、寒冷環境に生息する植物・動物とともに数は少ないが住人もいる地域である。最近の地球温暖化の影響を受けた植物・動物の変化・減少とともに、グリーンランドなど氷河氷床が溶けることにより地球全体の海水面が上昇する懸念があるとされている。現在見られる北極地域の変化は、特に上記の第二と第三に深く関係する点で、日本としても注目せざるをえないのである。

 現在の北極地域の変化は、地球温暖化がこの地域に最も顕著に影響してしまっている結果、発生していると考えられている。このような北極地域の変化は、いわゆる「雪氷のフィードバック」を引き起こすことにより、上記の地球の冷源としての在り方を変化させ、北極地域が他地域を含めた温暖化をさらに加速させる懸念がある。

 北極地域については「北極海」のみを考えたり「北極圏」までを対象にする場合も多い。しかし、日本にとっては、陸域・海域の雪氷変動や水・エネルギー・物質循環を通じた北極地域の気候学的影響に着目することが最も重要であると考えられる。したがって、本稿では、いわゆる北方大陸地域の積雪・凍土域や北極海を含めた北緯45度以北程度の範囲を考え、この地域を「北極域」と呼び(図表1)、そこでの近年の急激な変化を「北極域変動」と呼ぶこととする。

 現在の北極域において、特に早急に監視と解明を迫られている研究の問題点は以下である。これらの研究課題は、諸国の北極域研究者による長期的計画作成であるICARP II計画(2006年)でも取り上げられている3)

(1)地球温暖化の影響を強く受けた大きな北極域変動と他地域への影響について、現象の理解が遅れている。

@北極海の急激な変化の発生と原因:海氷の急激な減少や海水温の上昇4)、海氷変化が、大気の挙動を制約し、他の地域の海氷変化も加速している5)

A北極域の気候変化:北極海の変化と同期する形で、地球表面の変化が大気にフィードバックされ、水循環の変調とそれに伴う自然現象が起こっている。地域によっては降水量が急増し、凍土融解が進行している6)

B生態系・沿岸地域の変化:北極海の生物科学過程への影響と酸性化、周辺大陸域の陸域生態系の変化、陸域からの温室効果気体放出・吸収の変化、そして沿岸域の侵食などの現象など、海洋・気候以外にも影響が表れている。

(2)将来の気候予測に活用される気候モデルが北極域の変化を再現できていない。

 現在までの気候モデルは、北極域の急速な海氷減少を再現できていない7)。しかし、海氷減少により北半球への気候学的影響が発生している8)ことは明らかである。将来的にどのような影響が発生するかを予測するためには、グローバルデータを用いた統合的解析とともに、北極域研究者と気候モデル研究者の協力による気候モデルの改善が必要である。

 現在の北極域変動は、船舶航行・資源問題・領土問題などの社会的・経済的・政治的課題にも影響を与えている9、10)。現在および将来の日本の社会生活に対する影響も大きいために社会的関心が高いことを考えると、日本としてもこれらの研究を円滑に推進し、現状と将来の変動性への理解を進展させる必要がある。

 しかしながら、現在の日本国内の研究体制は研究効率の点では不十分と言わざるをえない。次項以降では、日本と諸外国の北極研究体制の現状を明らかにし、日本における研究体制の問題点と今後早急に対応する必要のある事項に関して指摘を行いたい。

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2.国際的な北極域研究の枠組み・組織と計画

 北極域の研究は諸外国の個別の研究として発展してきた歴史的経緯があるが、1980年代以降、国際的な枠組みが形成され、国際連携による研究・観測が進み、それらには日本の機関および研究者も関係するようになった。日本の今後の北極域研究の体制を考える上で、国際的枠組みに関する情報は不可欠であるので、以下にまずそれらについて説明する。

 なお、北極域研究に関する世界の情報を探すためのポータルサイトとしては、北極域全般情報サイトであるThe portal to Polar Links(http://www.polarlink.org/arctic/arctic.php)および欧米における北極域研究の機関・情報サイトNOAA Arctic Theme(http://www.arctic.noaa.gov)がある。

 以下の多くの委員会や計画には、日本の研究者も委員として加わり、国内とともに国際的な研究推進においても役割を担っている。

(1) 北極評議会(AC)11)

 北極評議会(AC)は、1996年のオタワ宣言に端を発し、北方住民案件・北極諸国による協力・連携および相互作用の推進方法を提供し、特に持続的発展と北極における環境保護を目指している政府間フォーラムである。北極海に面している8カ国がメンバー諸国である。他に永続的参加国やオブザーバー制度があり、非北極諸国(ドイツ、中国など8カ国。5カ国は永続、3カ国は暫定)、全球および地域的政府間組織や非政府系組織(WWFなど)から成る注)。AC の議長国は2年ごとに交代し、6つの作業委員会がある。北極変動研究に関して北極監視・評価計画(AMAP)を持ち、2004年に北極気候影響評価(ACIA)1)という作業を(2)のIASCと共同で実施し12)、当時の北極に関する現況をまとめ、科学的にも社会的にも影響力を発揮した。現在ではSWIPAという雪氷変動評価のプロジェクトを行っている。

(2) 国際北極科学委員会(IASC)13)

 国際北極科学委員会(IASC)は1990 年に設立され、現在は加盟国18カ国であり、日本も加盟している。事務局はスウェーデンのストックホルムにある。IASCは科学優先テーマを提示し、作業委員会活動を行っている。IASCは(3)のICSUの国際連携機関でもあり、(1)のACのオブザーバーでもある。計画・勧告された国際的プログラムは、北極域・全球科学で高い優先度を持っている。2009年から組織変更を行い、より一層強力な研究推進体制を確保し、南極研究科学委員会(SCAR)とともに極域研究に関する両輪を担っている。

(3) 国際科学会議(ICSU)

 国際科学会議(ICSU)は、国際的な学術連合であり、その中に地球科学に関する国際測地地球物理連合(IUGG)を含有している。IUGG内の各分野において北極域の科学的課題に関する議論を行い、その研究推進を図っている。

(4) 世界気候研究計画(WCRP)および国際地圏生物圏計画(IGBP)

 世界気候研究計画(WCRP)とは、地球気候システムの理解と予測に関する研究推進を目的として世界気象機関(WMO)、ICSUおよび政府間海洋学委員会(IOC)が形成しているプログラムのことである。一方、国際地圏生物圏計画(IGBP)とは、地球上の生物圏と地球システムの理解と予測に関する研究推進を目的とし、ICSUが形成しているプログラムのことである。両プログラムには北極域に限定したプロジェクトはないが、WCRPの気候と雪氷圏の研究計画(CliC)、IGBPの国際全球大気科学の研究計画(IGAC)、および関連する北ユーラシア環境科学イニシアチブ(NEESPI)など、北極域を重要部分として含む研究計画は数多く、世界における北極域研究推進の一端を担っている。

(5) 海洋に関する各種国際委員会・プログラム

 特に海洋に関して、以下の各国連携の国際委員会・共同プログラムが存在する。

・国際北極ブイプログラム(IABP)

・北極海洋科学委員会(AOSB)

・持続的北極観測ネットワーク(SAON)

・太平洋北極グループ(PAG)

 このうち、SAONは2006年のACの決議に基づき開始されたものであり、今後の北極変動監視にとって特に重要な事業と言える。

(6) 北極研究計画に関する国際会議(ICARP)

 北極研究計画に関する国際会議(ICARP)は、(2)のIASCなど北極域研究の関係諸機関が関わる研究計画作成の作業を行っている。ICARPの目的は北極研究計画を準備し、この先10〜15年の国際協力の方向付けをすることである。2006年にICARPU計画が作成され、これは現在の北極域研究の一つのガイドラインになっている。この作業の総括として提示された「Grand Challenge」の5課題のうち、3課題は本稿第1章で述べた3つの課題に相当するが、残りの2課題は人間活動に関する課題である。

(7) 国際極年(IPY)14)

 2007年3月から2009年3月までが第4回目の国際極年(IPY)として位置づけられたが、1年延長され、2010年3月までとなった。各国では北極域・南極域に関する強化研究を行う計画が立てられ、日本からも多くの研究者が参加している。現在、諸外国においては、IPY Legacy という形でIPY以降の極域研究の体制構築にも努力が注がれている。上記SAONは、IPY Legacy の一環として形成された計画である。WMO第7回総会で提案された世界雪氷監視(GCW)なども、IPY Legacy の一環であり、今後の北極研究にとっては重要な部分を占める可能性がある。

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3.諸外国における北極域研究体制

 国内の状況をより鮮明にするために、まずは北極域観測に関わっている諸外国の状況を俯瞰する。ここでは、諸外国を北極海に面した領土を持っている「北極国」(米国・カナダ・ノルウェー)と、そうでない「非北極国」(ドイツ・フランス・中国・韓国)に分類する。「北極国」は前章で紹介したAC 加盟国に対応している。「非北極国」には、ACのオブザーバーになっている国となっていない国がある。図表2には各国の体制の概略をまとめて示した。なお、上記の国々のほかに北極域の研究を行っている国々としてはフィンランド・アイスランド・スウェーデンなどがあるが、情報公開が不十分であるので、ここでは省略した。

3-1 北極国の北極域研究体制

(1) 米国

 米国の北極域研究は多様な体制をとっており、以下が主要な組織・機関・プロジェクトである。

 (a)米国北極研究委員会(USARC)15):1984年に設置された政府機関の一部であり、北極に関係した自然科学から人間活動科学まで含め国家政策、優先度、目標を設定し、北極研究を推進するとともに大統領・国会に政策勧告を行う委員会。米国科学財団(NSF)と協力し、研究を実施する。委員は、学術・研究機関、関連産業界、米国北極少数民族およびNSF委員長で構成されている。

 (b)米国北極研究コンソーシアム(ARCUS)16):1988年にアラスカ・フェアバンクスに設立された、北極研究に関わる教育・科学機関による非営利メンバーコンソーシアム。ARCUSは、重要な北極域研究に関する議論を促進し、北極域科学に関する優先度に関するレポートを北極域の研究コミュニティーに提供するのが主要な目的である。ARCUSは、連邦政府・民間組織を問わず、メンバー会費・契約・無償資金提供により維持されている。現在、50程度の組織がメンバーとなっている。

 (c)諸行政機関:国立海洋大気庁(NOAA)および米国国立航空宇宙局(NASA)は北極研究に積極的であり、北極海周辺陸域のモニタリング観測点(CMDL)を整備している。特にNASAは衛星観測に関連した研究に多額の資金を提供している。

 (d)大学などの研究:国際北極圏研究センター(IARC)がアラスカ大学にあり、米国の北極研究の代表的機関と言える。1998年に設立され、NSFとNOAAのほか、日本の(独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)、(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)からも資金提供をしている。研究目標として「北極気候変化予測の精度を上げる」ことを掲げている。そのほか、アラスカ大学・ワシントン大学・コロラド大学など様々な大学も北極関係の研究を行っており、研究者層が厚い。コロラド大学には国立雪氷データセンター(NSIDC)があり、NOAAと併せて北極海変動に関する有用情報を提供している。また、沿岸警備隊にはPolarStar などを含む4隻の砕氷船がある。

 (e)北極環境変動研究(SEARCH)17):米国の科学者が諸政府機関の協力を得て、現在北極で見られている各種変化・北極域変動に関して、2001年にまとめられた研究指針(サイエンスプラン)であり、米国における北極科学研究の方向を示唆している。現在、SEARCH活動として、70を超えるプロジェクトが各省庁から研究資金を受けている。

(2) カナダ

 政府内に1991年に設立されたカナダ極地委員会(Canadian Polar Commission)があり、極地研究に関する牽引機関である。極域の知見に関する調査・推進・普及に対して責任を持ち、社会への働きかけとともに、政府に対して極域科学政策の提案を行うための会議開催・出版などを行っている。また、カナダ極地情報ネットワーク(CPIN)という、情報提供の機能も持つ。

 カナダは北極国の一国であるため、諸省庁が北極域の研究に熱心に資金を提供している。2003年からは、北極の変動に関係し、産業省・漁業海洋省が共同で北極研究に大きな投資を行い、この費用はカナダ沿岸警備隊の砕氷船の改修などに充てられた。沿岸警備隊にはローリエ号など砕氷船があり、北極海観測などに使われている。各大学等でも各種の研究・観測が行われているが、それらの詳細に関しては情報公開が進んでいない。

(3) ロシア

 ロシアは北極海に対して最も長い海岸線を持ち、この点で最たる北極国であると言える。北極域の研究には、米国やカナダと同様に多くの省庁や科学的研究機関が関わっている。特に北極海および南極に特化した研究機関としては、気象水文局北極南極研究所(AARI)があり、観測点の維持活動を行っている。また、地理学研究所をはじめ、ロシア科学アカデミーの諸研究所も研究活動を行っている。北極域研究に関する政府委員会および研究戦略としては、IPYに関係した委員会に研究実施計画があり18)、また、科学アカデミーの中にも北極・南極に関係した評議会があると言われている。

(4) ノルウェー

 ノルウェー環境省の中核機関として、1979年以来、ノルウェー極地研究所(NPI)19)があり、110名の人員から成っている。極地域の研究・環境監視と地図作成が重点事業項目となっており、ノルウェー北部のトロムソに本部がある。主要な研究内容は、地球気候・汚染物質の長距離輸送と環境への影響・生物多様性と地形図作成などである。スバールバルに基地があり、観測船Lanceを運行している。

 ノルウェーはACに深く関わっており、その政策を実施している。もともと漁業が盛んな国であり、生物多様性や生物資源にも強い関心がある。ノルウェー外務省からは、研究を含む北極戦略の文書が発行されている20)

3-2 非北極国の北極域研究体制

(1) ドイツ

 ドイツには、北極・南極の両極を研究対象とした国立の中核機関として、アルフレッドウェーゲナー極地研究所(AWI)があり、国内の研究者に対し、船舶・観測所・データベース他を提供している。また、Polarstern という砕氷船を所有し、国外にある観測所を運営している(スバールバル諸島のニーオールスン、ロシアのレナデルタ)。また新たな砕氷掘削船Aurora Borealis の建造も予定されている。研究課題としては、地球気候科学・生物科学・地学的研究が中心である。AWIは研究成果を発表するとともに、極地環境政策に関する助言も行っている。

 そのほか、極地生態学研究所(IP)という極地の生態に特化した研究所もあり、大学でも関連研究が行われている。ドイツには、SCAR/IASCの合同委員会(Deutscher Landesausschuss SCAR/IASC)があり、それがドイツにおける北極研究推進体として機能していると考えられる。また、極地研究学会とともにIPYに対応した委員会もあり、これら3つの委員会が情報を一元化し、連携している。しかし、ドイツには統合された北極研究プログラムはなく、個別の科学研究が提案され、それぞれが資金提供を受けて研究を実施している。

 諸外国における国際レベルと国内レベルとの間での研究調整に関する情報は少ないが、唯一ドイツに関しては、IASC/SCAR国内委員会が国内における研究推進の重要な役割を担い、国際・国内の研究調整が行われていることが分かる。

(2) フランス

 フランスでは、ポールエミールビクトール・フランス極地研究所(IPEV)21)が北極・南極・南大洋を扱う中心研究機関である。この研究所は、9つの省庁・機関等で構成される“極地推進グループ”(GIP)という合同組織であり、大学などの国内的な研究の設営面を中心に中核機関の役割を果たしている。1992年に設立され、2002年1月から本名称になった。研究者を含む50名の専任者がおり、研究観測船(Astrolabe, Marion Dufresne)を有し、スバールバルに観測点がある。フランスは近年、北極関連事項に熱心になってきており、2008年11月にモナコにて開催した閣僚級の北極国際会議の共催国の一つである。

(3) 中国

 中国は、国家海洋局に所属する1981年に設立された国家北極・南極局(CAA)22)と中国極地研究所(PRIC)23)とを中心として、北極域の観測と研究を行っている。CAAは北極・南極科学プログラムの組織化および南極観測隊に対してのロジスティック面のサポートを行っている。4つの研究部門を持ち、北東中国に訓練基地があり、チリ・サンチアゴにも事務所を持つ予定である。

 一方のPRICは、1989年に設立され、124名(科学者41名)の陣容である。北極・南極観測隊(CHINARE)の実施主体であり、各分野の研究の推進とともに、砕氷船(MV Xuelong)および南極基地の運営と、中国の南極・北極観測隊の設営支援、国内の各IPY計画への情報提供などを行っている。北極域に関しては、2003年にスバールバル諸島ニーオールスンに黄河観測所という観測点を設立し、現在は世界の各機関と国際協力を行っている。2008年、砕氷船Xuelong の北極航海に、日本の北見工業大学の研究者が乗船して観測を行った。中国ではPRICを中心として北極域の研究が行われているが、この研究所は海洋分野の研究のみが強く、他分野研究に関しては海洋研究所・気象局・中国科学院大気物理研究所・蘭州氷河凍土研究所などでも研究が行われている。

(4) 韓国

 韓国海洋研究開発研究所(KORDI)24)の下に韓国極地研究所(KOPRI)25)があり、この研究所を中心に北極域研究が行われている。KOPRIの設立が2004年であり、北極域の研究の歴史は浅い。現在、観測拠点と観測砕氷船(2010年から運行開始)を保有し、北極・南極研究の国内活動を推進している。現時点での研究者数はここで列記した諸国の中では最も少ないが、最近は北極域研究に熱心になってきており、今後の発展が期待される。

3-3 地域的な組織と計画

 北極域の研究推進を図る目的をもつ地域的な組織も存在する。その代表的な組織がアジア極地科学フォーラム(AFoPS)である。アジア諸国の協力研究活動に関する基盤準備や、アジアの成果を国際極域コミュニティーに紹介することなどを通じて、アジアの国々が極域研究に関わることを推進する機能をもつ。メンバーは、中国・インド・韓国・マレーシア・日本の極地関係の研究所の所長から成る。しかし、日本や中国のように、極地研究所が必ずしも北極域研究の推進機関になっていない国もある。この点については、今後、南極域とは別の扱いがなされることを期待したい。

 また、米国のSEARCHに対応するものとして、EU諸国では、DAMOCLESという北極域の研究計画(2005〜2009年)が立てられている。この計画はIPYに対応するもので、EUの11カ国・48機関が参加している。北極海での大気─海氷-海洋相互作用の解明を研究の主課題としている。2009年以降は、別の計画に移行する予定もある。

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4.日本における北極域研究体制の現状

 日本の北極域の科学的研究は、国際地球観測年(IGY:1957〜1958年)のあと、1959年に中谷宇吉郎が棚氷のT-3氷島観測基地で観測を開始したのが最初である。その後、1990年ごろまでは、一部の研究者ないし小規模グループが欧米諸国に協力する形で研究が行われていた。この時期の北極域研究の歴史の詳細に関しては、参考文献25)などを参照していただきたい。以下には、日本の現状の北極域研究体制を紹介する。

4-1 日本の研究機関─組織とプロジェクト─

 図表3に、日本国内における北極研究に関する主要機関の主要研究分野、研究者数、北極域における陸上観測の有無、海洋観測および他観測の実施状況、共同研究を記載した。

(1) 情報システム研究機構国立極地研究所(NIPR)

 国立極地研究所(NIPR)は、日本国内における北極研究の中核機関である。1970年代から北極域の中空・超高層研究が開始され、1990年代に入ってからは気候システム・環境研究が進められた。1990年にNIPR内に北極環境研究センター(AERC)が設置されて以来、国内における北極研究の要の役割を果たすことになった。AERCの目的は、北極におけるフィールド観測を基盤に、先進的総合地球システム科学の国際共同研究を推進することである。1992年に特別事業費を取得し、ノルウェー沖のスバールバルに基地を建設し、超高層・大気・雪氷・生態の分野の研究を促進した。当該計画による調査地域は、スカンジナビア半島の北部、グリーンランド、カナダ、ロシアとアイスランドなど広範に及ぶ。大気観測に関しては、スバールバルを拠点とした航空機観測なども実施された。国内の主要担当機関の役割として、北極ダイレクトリーも出版した26)。しかしながら、後述するように、北極域に関して、中核機関としての強固な研究体制は構築できていないという状況にある。

(2) (独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)

 (独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、北極海における海洋観測を米国との協力する形で1991年に開始した。1998年からは研究用に建造された観測船「みらい」を用いた観測が開始した。その後、国際協力によりチャーター船を用いた観測も行い、近年の北極海の変化を広範囲で監視し、海氷急激変動に関する知見を取得した。また1997年に開始したフロンティアプロジェクト(〜2004年)では、シベリア地域における水循環や凍土・積雪を含む雪氷に関する観測研究や各種モデリングがなされた。大気大循環モデルを用いた応用研究や北極域での植生・物質循環研究は現在も続けられている。2009年からは北極域を含む北半球寒冷圏の研究が強化されている。また1998年以来、アラスカ大の国際北極圏研究センター(IARC)に対応する委託研究による海洋研究・気候モデル研究も行われている。

(3) (独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)

 (独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、北極域の環境にとって重要な因子である主要な地球物理量の変動把握とそのメカニズムの解明、適応策への入力としての長期の環境変動の広域分布図作成のために衛星リモートセンシングの研究を推進している。近年、IPY活動として陸域観測衛星「だいち(ALOS)」の合成開口レーダ(PALSAR)を使った北極海海氷の観測強化や、米国地球観測衛星「Aqua」に搭載のJAXA開発のマイクロ波放射計(AMSR-E)を用いた北極海氷の監視を行い、海氷データの準リアルタイム伝送を開始した。また、1999年に開始したIARC-JAXA共同研究に対応して、衛星リモートセンシングに関する独自のアルゴリズム研究開発およびIARCの情報システムの構築、大学の研究グループの協力を得て、2007年の海氷面積の激減をJAMSTECと共同で情報発信している。

(4) (独)国立環境研究所(NIES)

 (独)国立環境研究所では、1990年代以来、シベリアにおける炭素循環を観測し解析を進めてきた。初期の研究対象地域は東シベリアが中心であったが、現在の対象は西シベリアの泥炭地に移っており、西シベリアで二酸化炭素タワー観測および上空大気資料採取を行っている。具体的には、二酸化炭素の連続観測を7カ所で行いつつ、シベリアの地域的フラックス評価法をインバースモデル等から検討する方法で、炭素の放出・吸収に関して泥炭地の特性を調べる研究が行われている。定期航空路を用いた気体観測も実施し、温室効果ガスの観測に関して有効な知見を発表している。

(5) 大学等の研究プロジェクト

 (a)GAME-Siberia(1996〜2004年): WCRPのアジアモンスーン研究計画(GAME)の一環として1996年に研究プロジェクトが開始され、北海道大学・名古屋大学が中心となり2004年まで続けられた。途中から上記のJAMSTECとの共同研究を開始し、当初建設された観測点の多くが、プロジェクト終了後はJAMSTECに引き継がれている。本研究プロジェクトでは、大気・陸面過程そして水資源への応用という視点からの研究が行われ、主として大気・陸域系のプロセス研究に成果を上げた。

 (b)JST/CREST研究プログラム「北方林地帯における水循環特性と植物生態生理のパラメータ化」(2001〜2006年):名古屋大学を中心とした研究グループが組織され、植生の視点から北ユーラシア・日本における水循環過程の観測を実施し、シベリア・カムチャッカ・北海道・名古屋において、水循環における植生の役割を研究した。観測点に関してはJAMSTECとの協力体制を敷いた。

 (c)北海道大学を中心とする研究グループ:北海道大学と他大学の研究者が共同研究の形で、シベリアの永久凍土帯の凍土と生態に関する観測・研究を1990年に開始し、その後も森林火災などユニークな視点からの研究を継続している。現在ではJAXAと協力し、アラスカにおける衛星計測関連の研究、沿岸海洋研究、森林火災と陸面変化などの研究を実施している。この研究グループは1992年から2006年までNIES・森林総合研究所(FFPRI)・JAXAと連携協力して定期的にシンポジウムを開いており、2000年からはIARCとも協力している。

 (d)その他の諸大学でも気象・気候分野や生態系研究などの研究が行われている。また、総合地球環境学研究所(RIHN)は、2009年からシベリア地域での物質・水循環と人間活動に関する観測研究を開始している。

4-2 国内の横断的組織と全体的状況

(1) 研究推進のための横断的な委員会や組織

 (a)国立極地研究所(NIPR)には、1990年頃に「北極研究特別推進委員会」という名称の委員会が設けられた。日本の北極域研究を推進することを目指し、IASC加盟についてもこの場で検討された。前記のNIPR内の北極環境研究センターの設立とともに、外部委員を含む「北極圏環境研究センター運営委員会」が設立され、センターの活動の運営を審議する場として機能した。しかし、これらの委員会は、現在はどちらも存在していない。その後の国内における北極域研究活発化の動きが、かえってNIPR内での北極域研究推進を弱化させてしまったことによると思われる。

 (b)日本学術会議の諸委員会:日本学術会議内には北極域研究に関連した国際計画国内対応の委員会が複数設けられており、IASC小委員会(IASCに対応した国内組織)、WCRP/CliC小委員会、IPY小委員会などである。これらは、国際計画に対応する国際委員会の活動として設置されており、それぞれの国際レベルの親委員会の目的に応じた国内活動の議論を行い、実施を推進している。

 (c)学会内の関連組織:(社)日本雪氷学会には極地雪氷分科会という組織があり、北極および南極の研究情報交換や研究提案などを行っている。(社)日本気象学会内には、極域研究連絡会という組織があり、主として個別研究やプロジェクトの発表を行っている。

(2) 国内の研究課題数と研究者数の規模

 以下に、日本学術会議のIASC小委員会が実施している北極ダイレクトリー25)に掲載されている2000年と2005年の日本国内の研究課題数(カッコ内の数字)を見てみる。

 〈2000年〉:海洋学(3)、環境科学・生態学(13)、地学(3)、水文学(3)、雪氷学(8)、大気科学(17)、高層大気物理学(19)

 〈2005年〉:海洋学(6)、環境科学(1)、生態学(1)、生物科学(3)、雪氷学(4)、大気科学(3)、地学(2)、地球化学(3)、高層大気物理学(10)、文化人類学(1)

 これらの数字から、現在の日本の研究課題数は50以上と考えられる。ただし、このデータは野外科学活動のみが対象で、モデル研究や衛星解析などは対象でないうえ、自主的アンケートであって客観性に欠ける点には注意する必要がある。

 一方、2008年11月に日本科学未来館にておいて日本学術会議の2つの小委員会が中心となって「第一回国際北極研究シンポジウム」が開催された。このシンポジウムには、国内から約130名、海外から約60名、計190名の参加があった。国内で参加者数が多かった機関を挙げると、JAMSTEC(28名)、NIPR(14名)、北海道大学(13名)、筑波大学(11名)、気象研究所(8名)、JAXA(4名)であった。この数字から予想すると、国内の北極研究の積極的研究者数の規模は150〜200名程度ではないかと思われる。

(3) 議論の実態

 前述したように、日本では、国立極地研究所(NIPR)のAERCが中核機関とされてきた。しかし、北極域に関する科学研究の課題優先度・戦略・実施の議論は、各機関・各プログラム・各委員会で個別に行われているのが実態であり、これらの間では、情報交換、調整・連携、相互提言を行う機能が非常に弱い。

 その結果と思われるが、たとえば全球地球観測システム(GEOSS)を受けた日本の「地球観測の推進戦略」(2004年12月、総合科学技術会議)においては雪氷圏に関する脆弱さなどの記述はあるが、北極・南極あるいは海氷という記述は無い。また、それに対応し予算化された「地球観測システム構築推進プラン」(2005〜2009年)にも関係した計画が無い。また、第3期科学技術基本計画(2006〜2010年)にも、北極域を含め極域研究に関する言及が見られない。

 北極域での研究推進体制は、南極地域とは大きく異なっている。南極域の研究の場合、南極地域観測推進本部のもと、NIPRが学会等と協力して研究計画を構想し、実施面では防衛省・気象庁等と協力し研究を実施する形で整合的にかつ強力に進められている。NIPRでは5年ごとに「南極地域観測研究計画」を作成し、研究課題を募集している。しかし、これらに相当する北極域での研究推進体制は構築されていない。

4-3 日本の研究体制の弱点

 日本の場合、国際的な委員会やプロジェクトに多くの日本人研究者・機関が直接関わっているものの、各機関が個別に国際的に関与し、研究を進めている傾向が見られる。つまり、国際連携は行われているが、国内連携が弱いと言える。

 日本の北極関係経費のなかでもIARCに対応する委託研究は特徴的であり、文部科学省からの予算がJAMSTECとJAXAに配算される形で実施されている。この委託研究は、1997年3月に締結されたコモンアジェンダに基づき実施されている。しかし、日本の北極域研究レベルの向上という点では、このような予算が十分な効果を発揮してきたかは疑問である。北極域研究だけの問題ではないかもしれないが、特に、取得されたデータの効果的な利活用に関する方策が不十分と思われる。相当の観測データ取得は行われているのだが、取得データを有効活用するための仕組み作りがまだ遅れている。ただし、近年、NIPRにも情報センターが設立され、徐々には機能が向上してきている。また、JAMSTECは海域・陸域データの発信に関して、JAXAは衛星データに関しての努力をそれぞれ始めている。

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5.国際比較から浮かび上がる日本の課題

5-1 研究分野と研究戦略

 「北極国」では、そこに人の生活があり資源も直接的に関係するため、生物資源に関係した研究分野および人間活動に関係した研究分野が相対的に目立つ。「北極国」を中心に議論が行われたICARP IIで提示された5つの研究課題は、そのような状況を反映したものになっている。米国などでは全科学分野の研究が行われているが、最近は、北極海底のメタンハイドレート開拓に代表されるようなエネルギー関係の研究が進んできている。

 一方、「非北極国」は、より広域的な気候・環境変動の視点からの研究に重点が置かれる傾向にある。日本も、生態系・気候・温暖化など広域・全球的影響に関係した研究課題に強いと言える。また、現場観測とともに、モデル研究やグローバルデータセットの解析を通じた研究成果が多いのも妥当な傾向であろう。

 筆者の見る限り、国レベルの研究戦略に関する文書が存在するのは米国のSEARCHのみであった。それ以外では、欧州の複数国の研究者が特定分野に関して戦略提案しているDAMOCLES計画がやや戦略的と言える。ICARP IIは「北極国」主導で作成された国際計画であるが、北極域研究において長期計画を提示している点が評価できる。一方、日本の場合には、機関ごとには計画や優先度を検討しているが、日本としての統合した北極域研究の戦略や計画を記述したものが見当たらない。

5-2 研究分野と研究戦略

 「北極国」と「非北極国」において研究体制にもかなりの違いが見られる。

 「北極国」は、政府内に包括的な委員会が設けられ、そこで方針が検討され政府に勧告する機能がある場合(米国・カナダ)、現業機関に直属する形で中核機関があり、そこが方針を決めている場合(ロシア)がある。いずれの国も、国内の現業機関を含め、複数の省庁に属する機関や大学が北極研究に関わっている。

 「非北極国」の場合は、学術研究機関が中核機関となっている場合(ドイツ・日本)と、政府の海洋関係部局の下に中核機関が存在している場合(韓国・中国)がある。後者は、「北極国」の体制により近い。これらのうち、日本を除く3カ国は中核機関に研究基盤が集中し、他の研究機関や大学等が中核機関に関わる形で、全体の研究構造が構成されている。しかし、日本の場合は、学術研究機関であるNIPRが中核機関であり一定の研究基盤を整備しつつも、その集中度合いは低く、他の複数の機関が研究基盤や予算の点で大きな部分を占めているのが特徴的である。

5-3 研究基盤である観測

 北極海観測にとって、観測船の有無は大きな影響を与える。「北極国」は当然のこととして単数〜複数の砕氷船を保有し、観測に活用している。「非北極国」でも北極観測を実施することのできる研究用の砕氷船を保有している国は多い(ドイツ・フランス・中国・韓国)。しかし、日本は南極向けの砕氷船としては自衛艦「しらせ」を保有するものの、自衛隊法の規定によって「しらせ」では北極観測ができない。全球海洋観測に使用される研究用船舶「みらい」を夏から秋にかけての海氷の少ない一定期間利用しているが、当然ながら海氷域の観測はできない。この点で、海洋観測に関する研究基盤は他国より弱いと言わざるをえない。歴史的経緯があるにせよ、また国際化が進んで砕氷船の国際相互利用が進んでいるとは言え、科学先進国の体制としてこれで良いのかという疑問が生じる。

 地上観測拠点に関して概観すると、まず「北極国」には国内観測網がある。また、多くの国がスバールバルに観測点を持っている。また、2カ国あるいは機関間共同研究によって、自国以外に北極域に観測点を維持している国もあり(米国・ドイツ・日本)、多元的な観測が行われている。日本は、北極圏の長期観測点としてスバールバル(NIPRが管理)および2機関共同のティクシ・ヤクーツク(JAMSTECが管理)があり、また他にも長期観測を行っている観測点が数地点ある。スバールバル観測点は、かつては特別事業費・科研費(特定研究)が確保され、日本研究者の共同研究の場となっていたが、最近ではその体制は弱くなっている。日本は「非北極国」の中では、それなりの地上観測拠点数を維持していると言えるが、連携して有効活用する方策が必要であろう。

5-4 日本の研究体制の概要

 第3章の諸外国の研究体制の説明と類似した形で、日本の北極域の研究体制を記述すると、次のようになるだろう。

 国立極地研究所(NIPR)を中核機関として北極域研究の体制が構築されているが、JAMSTECやJAXAも一定の資金を受け、研究基盤を維持しつつ北極域研究を実施している。また多くの大学研究者も関わり、研究者層の数では厚く、研究分野も大気・海洋から雪氷・水文・生態・気候モデル応用と多岐にわたり、国際計画実施においても一端を担っている。北極海で利用できる砕氷船はないが、JAMSTECの耐氷船「みらい」は近年の海氷減少が有利に働き、1〜2カ月間は毎年航海を行い、係留ブイなども配置し観測を実施している。また陸域の観測拠点もスバールバル(NIPR)、および2機関共同でティクシ・ヤクーツク(JAMSTEC)などを維持している。船舶などの研究基盤は弱いながらも、全体としての研究規模は「非北極国」の中では最も大きいと考えられる。ただ、その大きさに比して調整・連携に関する機能や戦略的計画が欠如している。米国の研究機関であるIARCに対応する委託研究を政府が支援していることにも特徴がある。

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6.日本の研究体制の改善へのポイント

6-1 問題点の原因

 前章で、日本の研究体制の特徴を描出したが、今後は日本全体として、より効率的で研究成果の上がる形に移行させる必要がある。筆者は日本の北極研究体制の大きな問題点は、以下のような歴史的経緯にあるのではないかと考える。

 当初、北極域研究の中核機関として位置づけられたNIPRのAERCが、観測拠点を設定し活発に北極研究を開始した一方で、JAMSTECが船舶を利用した研究を開始し、その後、シベリアなどの北極域研究も別途開始された。また、NIESは温室効果気体の観測を実施し、大学等が競争的資金で陸域の観測研究を開始した。またさらに、IARC共同研究として経費がJAMSTECおよびJAXAに配算され、JAXAがアラスカにおける衛星受信などを実施するようになった。これらの過程の中で、残念ながら研究グループが分散し、協力体制は弱体化し、連携が十分なされない状況が持続した。

 米国でも多機関が北極域研究を実施しているが、政府の委員会が存在し、コンソーシアムが形成され、またSEARCHという研究指針が示されることにより、組織の分散による弱体化が回避されている。それに対し日本は、研究体制発展の過程で体制に齟齬が生じ、全体として効率の悪い体制のまま、現在に至っているように思われる。過去の省庁間の調整(旧文部省と旧科学技術庁間の調整)が十分なされていなかった結果が、現在まで続いているとも言える。具体的には以下の(A)〜(C)のような問題点が現存しており、これらは相互に関係している。

 (A)研究機関間の調整・連携・分担の体制作りが不十分なため、効率的な研究推進ができていない。

 (B)北極域研究戦略が欠如しており、科学技術政策の中での位置づけも不明確。

 (C)結果として、観測船舶、陸上観測点やデータ・アーカイブなどの研究基盤が未整備。

6-2 近年の変化

 近年、日本でも、国内の北極域研究を効率的に発展させるためには、大同団結する必要があるという共通認識は生まれつつある。すでにNIPR・JAMSTEC・JAXA および大学関係者には、2006年以降に以下のような連携の動きが見られる。これらを通じて、ここ1〜2年は、北極域研究者の間に、一定の求心力が生まれている。

 (a)(社)日本地球惑星科学連合の大会における「北極域科学」セッションの開始:2007年6月の地球惑星連合大会(幕張メッセ)から、大気・水循環・生態の3分野を中心とした「北極域科学」のセッションを開始した。毎年、おおよそ50〜100名程度の参加が見られている。

 (b)国際的な北極シンポジウムの開催:前述したが、日本の研究者主体で行われてきた北極域研究に関する国際的シンポジウムを一本化することにし、2008年11月に日本科学未来館にておいて「第一回国際北極研究シンポジウム(北極の近年の急激な変化)」を開催し、190名(外国から60名程度)の参加があった。

 (c)共同での研究費取得:共同で大型の科学研究費の取得を目指し、所属が異なる50名程度のメンバーによって研究費申請・取得をする努力が始められた。

6-3 今後必要な方策

(1) 研究コミュニティーのさらなる連携の強化体制

 上述のように研究者間での連携は始まっているものの、これでは十分ではなく、より強固な連携・調整・提案母体となる社会的に認知された組織体制が必要である。形態としては以下のような案が考えられる。

案1 ドイツのように国際計画対応委員会に、その機能を持たせる。日本の場合であれば、このような委員会は日本学術会議の中に設けられることになると考えられる。

案2 機関・研究者間の連携強化のためにより強固な連携組織を設立し、これを真の意味での中核機関とする。必要経費は分担し、事務局はいずれかの研究機関が引き受ける形とする。

案3 北極域は今後、科学・外交・運輸・資源等が密接に絡む地域になることが予想されるため、これらの統合機能を持つ組織を政府レベルで新たに設置する。

 これらのいずれかによって、6-1節の問題点の(A)および(B)は少なくとも解消すると考えられる。筆者は、現段階では案2が適当であると考えている。連携を強化することにより、情報交換の促進、情報・データの共有、研究基盤の有効的活用と整備、研究戦略の構築、北極関連予算の有効活用が期待できる。案1については、現在の日本学術会議の中に十分に機能する委員会を設けるのは難しい可能性がある。将来的にはコンソーシアム的な案3も検討の視野に入るであろう。

(2) 研究基盤の整備および研究機関の再編

 アジアを含む諸外国の進展状況を勘案すると、日本が長期的に検討しなければならない事項として、砕氷船の確保あるいは現在の砕氷艦の所属換えによる観測手段の確保、地上観測拠点のネットワーク・共同利用化、そして効率的な北極域・極域研究のための組織再編が必要であろう。しかし、これに関しては、北極域研究のみではなく、より広い範囲の議論が必要になる。

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7.結 語

 地球温暖化に伴う急激な北極域変化は、早急に科学者・行政関係者の対応を求めているように思われる。日本においては、研究体制が曖昧にされてきたために、機敏かつ効率的な研究を行うことができていないのが現状である。本稿のような研究体制のレビューを行ってみると、制約がある中で多くの成果が上がっているものの、過去の負の遺産が多く残されていると感じられる。国内の北極域研究・事業体制を構造的に見直す必要があろう。

 これから新たに直面する課題が多く発生すると予想されるが、今のままの体制では対応しきれないことが増加していくと思われる。連携強化と目的指向型の研究効率化などにおいて、科学コミュニティー・行政関係者は国民および社会全体が利益を受ける形態を模索し、実施に移していく必要があろう。

謝辞

 本稿を執筆するにあたり、国立極地研究所の山内恭教授、新潟大学の浮田甚郎教授、ドイツ・アルフッレドウェーゲナー研究所のErhart Fahrbach教授、ロシア科学アカデミー地理学研究所のAlexander Georgiadi 博士から有益な助言等を頂きましたことを感謝いたします。

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1) http://www.panda.org, http://www.wwf.or.jp

2) 北極争奪、朝日新聞、2008年10月6日号

3) http://www.icarp.dk

4) Shimada、K., Komashida, T., Itoh, M., Nishino, S., Carmack, E., McLauughlin, F., Zimmermann, S. And Proshutinsky, A.(2006):Pacific Ocean inflow:Influence on catastrophic reduction of sea ice cover in the Arctic Ocean, Geophysical Research Letters, 33, L08605, doi:10.1029/2005GL025624

5) Inoue, J. and T. Kikuchi(2007):Outflow of Summertime Arctic Sea Ice Observed by Ice Drifting Buoys and Its Linkage with Ice Reduction and Atmospheric Circulation Patterns. JMSJ, Vol. 85, 881-887.(2007)

6) Yoshihiro Iijima, Alexander N. Fedorov, Hotaek Park, Kazuyoshi Suzuki, Hironori Yabuki, Trofim C. Maximov, and Tetsuo Ohata(2009):Abrupt increases in soil temperatures following increased precipitation in a permafrost region, central Lena River basin, Russia. Permafrost and periglacial processes,(Accepted)

7) Holland, M.M., M.C. Serreze, and J. Stroeve,(2008):The sea ice mass budget of the Arctic and its future change as simulated by coupled climate models, Climate Dynamics, doi:10.1007/s00382-008-0493-4

8) Francis, J. A., W. Chan, D. J. Leathers, J. R. Miller, and D. E. Veron. 2009. Winter Northern Hemisphere weather patterns remember summer Arctic sea-ice extent. Geophysical Research Letters, 36, L07503, doi:10.1029/2009GL037274

9) 北極争奪、2008年10月6日号

10) 田中瑞乃(2008):解かれし氷の封印 〜北極海の海氷減少がもたらす新航路、資源・エネルギー争奪戦〜、経営研レポート2008、(株)NTTデータ経営研究所、東京

11) http://www.arctic-council.org

12) http://amap.no/acia/

13) http://www.arcticportal.org/iasc/

14) http://www.nesdis.noaa.gov/

15) http://www.arctic.gov

16) http://www.arcus.org/

17) http://www.arcus.org/SEARCH/

18) http://www.aari.nw.ru/main.php

19) http://npweb.npolar.no/english

20) Norwegian Ministry of Foreign Affairs(2006):The Norwegian Government’s High North Strategy, 73pp

21) http://www.institut-polaire.fr/

22) http://www.chinare.cn/en/

23) http://www.pric.gov.cn

24) http://www.kordi.re.kr

25) http://www.kopri.re.kr

26) http://www.nipr.ac.jp/


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