肥満解消に期待される褐色脂肪細胞における新知見

 脂肪細胞には、褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞の2種類の細胞がある。脂肪細胞の多くは、脂肪を蓄積する白色脂肪細胞であり、一方の褐色脂肪細胞は、寒い時に脂肪を活発に燃焼してエネルギーに変えて体温を維持するという役割をもつ。後者は、その性質を利用した肥満解消法の開発が期待されてきた。しかし、褐色脂肪細胞はマウスのような小動物やヒトの新生児には多く存在するが、成人ではほとんど消失し生理的な意義はないと考えられていた。

 最近進展した生体イメージング技術を用いて、オランダのMaastricht Universityのvon MarkenLichtenbelt博士1)、米国のハーバード大学医学部ジョスリン糖尿病センターのKahn博士2)、スウェーデンのUniversityof&GoteborgのEnerback博士3)らの各研究チームは、成人にも褐色脂肪細胞が存在し機能することをそれぞれ確認して、2009年4月9日発行のNewEnglandJournal&of&Medicine誌に発表した。4)

 3つの研究グループは、いずれも、放射性同位体で標識したグルコース誘導体(18F-FDG)を成人に投与し、これが代謝される体内の部位または組織を、PET(陽電子放射断層撮影装置)とCTスキャンを組み合わせた装置(PET/CT)を用いて明らかにした。PET/CT装置の進展により、代謝などの体内の生化学的な状態の情報と共に同じ部位の解剖学的な情報を同時に得ることができるようになっている。

 von Marken&Lichtenbelt博士のグループは、健康な24人(10人がBMIで標準、14人が肥満)の若年男性を22℃と16℃に置いて、18F-FDGの代謝を観察した。その結果、24人中23人において、低温(16℃)下で首・胸・腹の各部位で褐色脂肪細胞が活性化(脂肪細胞の燃焼)していることを確認した。さらに肥満の程度(BMI)と褐色脂肪細胞の活性化のレベルは逆相関することを示し。

 Kahn博士らは、様々な診断目的のために撮影したPET/CT画像と採取した褐色脂肪組織と推定されるサンプルを分析した。その結果、褐色脂肪細胞のマーカーである脱共役タンパク質(UCP1)の検出などにより、1013人中の76人の女性と959人中30人の男性由来のサンプルに、褐色脂肪組織が存在することを確認した。さらに、女性は男性より褐色脂肪細胞の量が多く、その活性も高いことを示した。また、褐色脂肪細胞の量は、BMIの程度と逆相関することを示した。

 Enerback博士らは、健康な成人5人に対し、低温下で18F-FDGの取り込みが増加する脂肪細胞をPET/CTを用いて特定し、その部分の組織をバイオプシーにより採取して、褐色脂肪細胞のマーカーであるUCP1のmRNAの発現とタンパク質の発現を調べた。その結果、健康な成人において、活性の高い褐色脂肪細胞が十分な量存在することを遺伝子レベルおよびタンパク質レベルで確認した。

 以上の3グループの研究結果から、成人においても、低温下で脂肪を活発に燃焼する褐色脂肪細胞が存在していることが明らかになった。

 今回の新知見は、褐色脂肪細胞を利用した成人の肥満解消法の開発など、肥満に関する研究を活発にするのではないかと期待される。(専門調査員の投稿を元に作成)

参 考

1) W.D.vanmarkenLichtenbelt,et.al.,Cold-activatedBrownAdiposeTissueinHealty,NewEnglandJournalof
Medicine,360(15):1500-1508(2009)

2) A.M.Cypess,et.al.,IdentificationandImportanceofBrownAdiposetissueinAdultHumans,NewEngland
JournalofMedicine,360(15):1509-1517(2009)

3) K.A.Virtanen,M.E.Lidell,et.al.,FunctionalBrownAdiposeTissueinHealthyAdults,NewEnglandJournalof
Medicine,360(15):1518-1525(2009)

4) MirchLeslie,ResearchersFind“Good”FatinHumanAdults,ScienceNowDailyNews(2009.4.8)

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computational knowledge engine の一般公開

 米国Wolfram Research社は、computational knowledge engine(計算知識エンジン)「Wolfram|Alpha」を5月18日に一般公開し、Webでの無料利用が可能となった1)。これは、入力した質問やキーワードに対して、データベースを利用して独自のアルゴリズムを用いて計算し、答えに相当する情報と様々な計算結果を出力するものである。入力したキーワードを含む文章や画像を探すGoogleやYahooの検索技術とは全く異なり、またWikipediaのような単なる知識データベースでもない。Web上で探すのではなく、質問に対して答えや関連情報を計算し、結果を生成して表示することに特徴がある。

 Wolfram Research社は、1988年から数学計算ソフト「Mathematica」を開発・販売しており、このソフトは科学技術計算では非常に多く用いられている。今回のWolfram|Alphaのコア部分も、Mathematicaのコードで書かれている。コードの行数は500万行を超え、5万種類のアルゴリズムやモデルも組み込まれている。データベースには手動や自動で入力された計算可能な10兆個のデータ(5月18日現在)が格納されている。さらに、質問を解釈するために、自然言語解析や構文解析などの1000ドメインの言語処理能力を持つ。

 このエンジンは計算処理が中心となるために強力な計算能力が必要となる。そのため、Dell社製のハードウェアを用いてR Systems社が構築した世界ランキング66位(2008年11月時点)のスーパーコンピュータ「R Smarr」を2台用いている。R Smarrは、4608個のプロセッサコアを持ち、1秒に39.6兆回の演算を継続的に実行できる。また、データ保管には数百テラバイトのハードディスクが確保され、複数のプロセッサに高速インタフェースで接続することにより高速アクセスを果たしている。公開時のシステムでは、1日で1億7500万以上、1ヵ月で50億以上(300億回以上の計算に相当)の質問に答えることができる2)

 Wolfram|Alphaの入力画面に、例えば「1apple+2oranges」と入力すればカロリーや栄養素の分析を出力し、「Tokyo」と入力すれば、人口や日本地図上での位置や現在の気温や天候を出力する。また、「GDP Japan」と入力すると、2007年の日本のGDPとともに、過去のGDP推移のグラフや世界順位を計算して出力し、インフレ率や失業率といった関連指標も出力する(図表参照)。また、「sin(x)」と入力するだけで、関数のグラフを描き三角関数の公式や定理、そして微分や積分についても出力される。さらに高度な因数分解や微積分や固有値問題などの数学の問題にも対応でき、複雑な図形も描画できる。

 このcomputational knowledge engineは、利便性などの点でまだ改良の余地はあるものの、知識生成のための新たなコンセプトのエンジンをつくり、それをインターネットで誰もが無料で使えるようにした意義は大きいと考えられる。また、特に数学計算に関しての完成度は高く、教育現場での利用も可能と思われる。


参 考

1) 「Wolfram | Alpha」の公開ページ:http://www.wolframalpha.com/

2) Wolfram|Alpha 公式ブログ:http://blog.wolframalpha.com/2009/05/12/the-computers-powering-computable-knowledge/
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電気・磁気変換の新しい原理であるスピン起電力を実証

 東京大学大学院工学系研究科の田中雅明教授、東北大学金属材料研究所の前川禎通教授、および米国マイアミ大学物理学科のS.E.Barnes教授の共同研究グループは、強磁性ナノ粒子を含む磁気トンネルデバイス注)において、静磁場により起電力が発生する「スピン起電力」の存在を世界で初めて実験的に実証したと発表した1、2)。この研究は、強磁性体であるマンガンヒ素(MnAs)のナノ粒子を電極とする磁気トンネルデバイスを作製し、これに一定の大きさの静磁場を印加して起電力の発生を観測することに成功したもので、磁場の時間的変化が起電力をもたらすというファラデーの電磁誘導の法則では十分に理解できない実験結果が示された。

 同研究グループは、マンガン(Mn)やヒ素(As)、ガリウム(Ga)などを材料にして図表1のような磁気トンネルデバイスを作製し、3Kの極低温かつ10kガウスの静磁場下で電流電圧特性(I─V特性)を測定した(図表2)。素子に静磁場を印加した時には、I─V特性は原点を通らず、電流が0mAであっても21mVの電圧が発生している。これが今回初めて観測されたスピン起電力である。スピン起電力は、図表1中のZBMnAsナノ粒子を含むGaAsmatrix層で生成される。これを観測するため、Hex.MnAs film層(強磁性体)とAlAs層(絶縁体)およびMnAsナノ粒子(強磁性体)で磁気トンネル接合を作製した注)

 スピン起電力を利用すると、磁場の時間的変化がなくても起電力が生じるため、将来的には新しいタイプの電池や超高感度磁気センサーとしての応用が期待できる。ただし、実験時の温度は約3Kと低いため、今後は室温でも同様の現象を示すような素子の開発が必要になる。

 スピン起電力については、すでにBarnes教授と前川教授が2007年に提唱した理論があり3)、今回の研究はこの理論を実験的に証明しようとしたものである。今後、他の研究者の追試によって、理論および実験の正当性が議論されていくものと考えられる。


参 考

1) Pham Nam Hai et al.,“ Electromotive force and huge magnetoresistance in magnetic tunnel junctions” Nature, Vol. 458, 489-492(2009)

2) 東北大学プレスリリース(2009年3月5日):電気・磁気変換の新原理「スピン起電力」の実現に成功

3) S. E. Barnes and S. Maekawa,“ Generalization of Faraday’s Law to include nonconservative spin forces” Phys. Rev. Lett., Vol. 98(24), 246601(2007)
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非食用農作物残渣からのバイオ水素生産実証試験

 資源量が世界の一次エネルギーの約30%に相当する農作物残渣などのセルロース系バイオマスは、分解し難い性質から、生物的・化学的変換による利活用が困難とされているが、食料資源と競合しない化石燃料代替エネルギーとして有効利用が期待されている。

 サッポロビール(株)は、PETROBRAS社(ブラジル最大のエネルギー企業)およびERGOSTECH社(ブラジルのバイオ燃料研究開発企業)と共同で、ブラジル国内で農作物残渣バイオマスを用いた水素等のバイオ燃料生産実証試験を2009年9月から実施すると発表した1)

 農作物残渣バイオマスを用いた水素生産技術の開発は、各国で進められてきたが、安定した発酵が得られないこと、投入エネルギーに対する水素生産量が不十分なこと、化石燃料に対する生産コストが高いことなどの問題から、十分に進展していなかった。サッポロビール(株)では、同社が有する発酵技術を基に、2005─2006年度環境省地球温暖化対策技術開発事業による食品工場・レストラン残渣からのバイオ水素製造試験(水素発酵槽容量:0.1m3規模)2)などを通じて技術開発を進め、今回実証試験として世界初の試みとなるバガス(サトウキビの搾汁残渣)やサトウキビの葉・穂(非可食部)など非食用農作物残渣からの水素製造試験(1.2m3規模)をバイオ燃料先進国であるブラジルで実施する。

 従来のエタノール発酵では、バガスなどに含まれるブドウ糖など炭素6個の糖類(ヘキソース)しか利用できなかった。このバイオ水素生産技術では、ヘキソースに加えて、従来のエタノール発酵では利用できなかった糖類をも利用でき、かつ安定した水素発酵ができる水素生産微生物を見いだし、試験に用いる。バイオ燃料の生産工程は、図表に示す通りであり、実証試験では、エタノールを生産しない場合で、サトウキビ1トン から水素約20m3、メタン約15m3の生産量を計画している。


参 考

1) サッポロビールプレスリリース:http://www.sapporobeer.jp/CGI/newsrelease/detail/00000133/

1) 環境省ホームページ:http://www.env.go.jp/earth/report/h20-03/ref06.pdf

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彗星核に含まれる結晶質珪酸塩に関する観測および理論的研究

 彗星核には水、アンモニア、メタンといった揮発物の氷が含まれており、太陽から5天文単位(AU:1AUは地球と太陽との間の距離で、約1.5億km)以遠の最低温度30ケルビン(K:絶対温度の単位。絶対温度(K)=摂氏温度(℃)+273.15)程度の低温領域で太陽系形成初期に誕生した始原天体と考えられている。一方、米国航空宇宙局(NASA)の彗星探査機「スターダスト」が採取した試料の分析などからは、彗星核には結晶質の珪酸塩が存在することが確認されている。

 太陽系などの惑星系は、星間塵および星間ガスから成る原始惑星系円盤から形成されると考えられており、この円盤の塵に含まれる珪酸塩は主に非結晶質である。結晶質の珪酸塩の生成には、1000K程度の加熱による融解およびその後の冷却による凝結過程が必要であるため、彗星核は低温領域に加え、高温領域で生成された物質を含むことになる。

 この彗星核の結晶質珪酸塩に関し、英科学誌「ネイチャー」2009年5月14日号に2編の論文が掲載された。ひとつは、NASA赤外線天文衛星「スピッツァ」による若い星である「おおかみ座EX星」の突然の増光(アウトバースト)の観測結果を報告した論文である。おおかみ座EX星は2008年1月、通常の100倍程度に増光し、同年4月に行われたスピッツァによる赤外線スペクトルの観測から、原始惑星系円盤の内側に結晶質の珪酸塩の存在が確認された。平穏期である2005年に観測された赤外線スペクトルからは、結晶質の珪酸塩の存在は確認されなかったため、アウトバーストの加熱により結晶質の珪酸塩が生成されたと推測され、主に非結晶質の珪酸塩を含む星間塵から結晶質の珪酸塩が形成される過程が初めて観測された事例となる可能性がある。

 もうひとつの論文は高温領域由来の物質が彗星核に存在し得るかの理論的考察である。原始惑星系円盤の内側に在るμmオーダーの粒子が、円盤から発生する赤外光の輻射圧によって浮遊し、恒星からの光の輻射圧によって円盤表面に沿って外側に輸送されることが理論的に解明された。粒子は、これを支えるのに十分な赤外光輻射圧を生成できない円盤外側の低温領域で円 盤内部に戻ることになり、高温領域由来の結晶質珪酸塩が彗星核に存在することを説明できる可能性が有る。

 原始惑星系円盤では、塵により可視光といった短い波長の光は遮られるため、観測による研究では赤外線天文衛星が活躍する。欧州宇宙機関(ESA)は2009年5月14日、赤外線・サブミリ波天文衛星「ハーシェル」を打ち上げた。我が国でも、赤外線天文衛星「あかり」が世界トップレベルの赤外線天体のカタログを作成すると共に、赤外線による原始惑星系円盤の塵の観測なども行っている。さらに、(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)およびESAは、口径3.5mの大型望遠鏡を搭載するなどして、今までに無い高い空間分解能・感度を実現する次世代赤外線天文衛星「SPICA」を共同で検討している。


参 考

ネイチャー2009 年5 月14 日号掲載論文等

1) “Cosmic crystals caught in the act,” Aigen Li, pp.173─176

2) “Episodic formation of cometary material in the outburst of a young Sun─ like star,” P. Abraham et al., pp.224─226

3) “Radiation─pressure mixing of large dust grains in protoplanetary disks,” Dejan Vinkovic, pp.227─229

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