肥満解消に期待される褐色脂肪細胞における新知見

 脂肪細胞には、脂肪を蓄積する白色脂肪細胞と、低温時に脂肪を燃焼してエネルギーに変換する褐色脂肪細胞の2種類があり、後者の褐色脂肪細胞の性質を利用した肥満解消法が期待されている。この細胞は新生児には多く存在するものの、成人になるとほとんど消失するため生理的な意義はないと考えられていたが、今回、オランダ・米国・スウェーデンの各研究チームはそれぞれ生体イメージング技術を用いた研究を実施し、褐色脂肪細胞が成人においても存在し、かつ正常に機能することを同時期に発表した。今回のような新知見が、褐色脂肪細胞を用いた肥満解消法など、肥満に関する研究開発を活発にするのではないかと期待される。

computational knowledge engine の一般公開

 米国Wolfram Research 社は、computational knowledge engine(計算知識エンジン)「Wolfram|Alpha」を5月18日に一般公開し、Web上での無料利用が可能となった。これは、入力した質問やキーワードに対して答えを含む文章を探すのではなく、データベースを利用して計算し、答えに相当する情報と様々な計算結果を出力するものである。利便性などの点でまだ改良の余地はあるものの、知識生成のための新たなコンセプトのエンジンをつくり、それをインターネットで誰もが無料で使えるようにした意義は大きいと考えられる。

電気・磁気変換の新しい原理であるスピン起電力を実証

 東京大学の田中雅明教授、東北大学の前川禎通教授、および米国マイアミ大学のS.E.Barnes教授の共同研究グループは、静磁場により起電力が発生する「スピン起電力」の存在を世界で初めて実証したと発表した。強磁性体であるマンガンヒ素(MnAs)のナノ粒子を電極とする磁気トンネルデバイスを作製し、10kガウスの静磁場を3Kの極低温下で印加することで起電力の発生を観測した。この研究は、2007年にBarnes教授と前川教授が提唱したスピン起電力の理論を実験的に証明しようとしたものであり、今後、他の研究者の追試によって、理論および実験の正当性が議論されていくものと考えられる。

非食用農作物残渣からのバイオ水素生産実証試験

 サッポロビール(株)は、ブラジルのPETROBRAS社およびERGOSTECH社と共同で、非食用農作物残渣バイオマスを用いた水素等のバイオ燃料生産実証試験をブラジルにおいて2009年9月から実施すると発表した。バガス(サトウキビの搾汁残渣)など非食用農作物残渣からのバイオ水素生産の実証試験は、世界初の試みとなる。資源量が世界の一次エネルギーの約30%に相当する農作物残渣などのセルロース系バイオマスは、食料資源と競合しない化石燃料代替エネルギーとして有効利用が期待されている。バイオ燃料先進国のブラジルにおいて、今後10年以内に商用プラントによる産業利用に資するバイオ水素生産の実現を目指す。

彗星核に含まれる結晶質珪酸塩に関する観測および理論的研究

 彗星核は、太陽から5天文単位以遠の冷たい領域で太陽系形成初期に誕生した始原天体と考えられている。米国航空宇宙局(NASA)の彗星探査機「スターダスト」が採取した試料の分析などから、彗星核には結晶質の珪酸塩が存在することが確認された。しかし結晶質の珪酸塩の生成には、高温加熱による融解およびその後の冷却による凝結過程が必要であることから、彗星核に含まれる結晶質の珪酸塩がどのようにして生成されたのかが謎とされていた。観測および理論的研究によって、この謎が解明されつつある。

生体の遺伝子発現制御機構である エピジェネティクス研究の最近の動向

  最近、「ゲノム変異以外のメカニズムで遺伝子発現を制御し、細胞や生体に変化を生じさせる現象」と定義されるエピジェネティクス研究が活発である。それは、エピジェネティクスが、多くのライフサイエンス分野の研究領域に横断的に関連し、生物の発生・分化から、環境汚染物質の生体への影響、がんや生活習慣病の発症メカニズムの解明や治療のための創薬研究など、幅広い研究領域を含んでいるからである。

 近年、エピジェネティクス研究において動きがある。「遺伝子発現制御機構の解明」のテーマの下、様々な領域の研究者が集まり、関連する論文数の急増がみられ、欧米を中心に多くの研究集会の開催や研究ネットワークの形成がされている。日本においても2006年に日本エピジェネティクス研究会が発足した。これらの動きに対応して、米国のNIHは2008年からの5年間で190億円以上の出資予定を発表し、欧州においてもEUの研究資金が投入されている。日本では大規模プロジェクトレベルの推進は無く、JSTのiPS研究プログラム内でiPSに関連するエピジェネティクス研究が支援されている。 エピジェネティクスの観点から言えば、ヒトは、「誕生時に大まかなことは既に決定済みであるが“詳細は未確定で様々な可能性をもつ存在”」であり、「外界の影響を受けて一生を通じ変化し続けるもの」である。

 エピジェネティクスは、生体内の恒常性維持のための遺伝子発現制御に関する科学的知見の蓄積や、生体内の遺伝子発現の人為的制御を可能とする技術開発など、今後の進展と成果が期待される国際的に注目度の高い研究領域であり、日本においても積極的な研究支援が必要である。もし、最優先の研究課題を一つ挙げるとすれば、それはエピジェネティクスの解析装置開発であると考えられる

電磁気学における混乱とCPT対称性の意義
─対称性に結びつく単位系─

 物理学は19世紀後半から20世紀初頭にかけて「電磁気学」「相対論」「量子力学」という大きな革命を経験したが、それから1世紀以上を経て、それに匹敵する新たな革命が起きる兆しが見え始めている。そのキーワードは、2008年のノーベル賞の対象ともなった「CPT対称性」、すなわち時間反転と空間反転と粒子反転に関する対称性である。物理学の普遍定数、例えば、光の速度c、真空の誘電率ε0または透磁率μ0、そして電子の電荷e、あるいはプランク定数hはなぜ一定であり、そしてなぜその値をとらねばならないかという疑問に、通常使われる国際単位系(MKSA単位系)では答えられず、普遍定数の本質的な意味が理解できない。ここで、c2=ε02=e2=h2=1となる単位系をとり、反転対称性という概念をこれらの普遍定数に関連づけるとその意味も明らかとなり、次の新たな革命のヒントが見えてくる。

 Maxwellが確立した「電磁気学」は、電子・電気工学や材料工学などの様々な分野においても重要な基礎学問であるが、その電磁気学の教科書においてE─B対応かE─H対応かという混乱が生じている。これは、磁場にはH(磁場)とB(誘導磁場または磁束密度)の2種類の場があり、どちらを本質的と考えるかという立場の違いである。しかし、この混乱は電場や磁場に関する空間反転対称性の議論が不足していることが原因の一つであり、この対称性の議論を通じて、ε0やμ0の意味も理解される。

 Maxwellは「Faradayの提唱した場の実態は何か」という疑問から電磁波の存在の予言に至り、Einsteinは「自分が光の速さで走ると光はどの様に見えるか」という疑問から後に相対性理論を導いたと言われている。当然と信じられていることでも良く考えるとわかっていないことが多く、それ以外にも未知の疑問も多いと思われる。一見突飛でも素朴で妥当な疑問が、科学にとって大事であり、このような問題に真剣に向き合える人材と研究環境を日本にも整えることが重要である。