[レポート2]

日本の危機としてのIT人材問題

林 晋
黒川 利明

客員研究官

客員研究官

1.新たな危機説−繰り返される危機説の中で−

 「情報技術者が○○人不足する。情報分野を強化すべきだ」このフレーズは、1960年代から繰り返し語られてきた。そして政府は「情報分野」に予算を投下し続け、半世紀後の現在、大学には情報関係学科が林立し、情報技術者も増えた。

 ところが、その今、「IT人材」と呼ばれるようになった「情報技術者」の不足が、以前にも増して激しく叫ばれつつある。我々は、この数年来の「産官」におけるIT人材危機説と、その対策の現場を取材した。この調査は今後も継続するが、前半の調査を終え、我々は、それが一産業分野を越えた「日本の危機」であると思うようになった。しかし、「危機」は一部でしか認識されていない。このこと自体が危機的である。このレポートは、この「危機」と「打開への努力」の調査報告、そして、危機打開への新たな政策の提言である。

2.今までとは違う危機

 今回の危機説には過去の危機説に無い特徴がある。今までの「危機」は「本当の危機」ではなかった。過去の危機説は「市場の拡大に人材の増加が足りない」という成長に伴う「贅沢な悩み」の表明であった。しかし、今回の危機は「成長についていけない」という「明るい危機」ではなく、「IT人材不足により日本が衰退する」という「真正の危機」なのである。

 2008年1月18日、太田経済財政担当大臣が国会において、「もはや日本は『経済は一流』と呼ばれる状況ではなくなった」と発言した。これと連動するように、マスコミなどでも、日本という国家・社会の「衰退」が語られ始めている1、2)。長年世界2位の位置を占めていた日本経済が、中国などに追い抜かれる日が来ることを、多くの国民が受け入れ始めたようだ。今回の危機説は国家の衰退が現実味を帯びてきた時代の危機説であり、「右肩上がりの時代」や「それでも日本経済は強い」と言えた時代の危機説とはトーンが異なる。それは高度IT人材不足により、衰退に拍車がかかる、日本は先進産業諸国に伍していけなくなるという「真正の危機説」なのである。

 一方で、「真正の危機」の認識からか、従来、個別的だった「危機対策」が国を挙げての「危機対策」に離陸する可能性が出てきた。特に、今まで表立った行動に出ることが無かった「産」(経団連)が、「学」(大学院)に積極的に働きかけを始めたことは大きい。この動きと一部連動して「官」(文部科学省)主導で一部の「学」において、教育体系の見直しが始まっている。「産」は「学」に口を出さず、白紙の状態の人材を受け入れることを望み、それを育てるという「日本的人材育成システム」の傾向は、技術者の多くが文系出身である情報分野で殊更に強い。この情況が変わろうとしている。また、経済産業省、総務省、文部科学省は個別に行動する傾向が強かったが、今回は内閣官房IT戦略本部がリードする形が生まれつつあることも大いに注目すべきことである。

 米国、インド、韓国、中国などにおいては、すでに国を挙げた産学官による高度IT人材育成の努力が行われている。日本は出遅れ、いくつかの動きがようやく見え始めたという段階である。今回の「危機」は「情報産業」という一産業の問題ではない。それは食料・エネルギーなどと同様の「国家・社会の基盤」の問題であるから一刻も早く的確な対策を打たねばならない。次の2-1で、今回の危機が何故このように深刻か、それを説明しよう。

2‐1 社会・産業の神経としての情報システム

 2007年12月20日、東京大手町の経団連会館において、「第3回高度情報通信人材育成に関する産学官連携会議(以下、第3回産学官連携会議)」3)が開催された。岸田科学技術政策相をはじめ産官学から様々な関係者が登壇した中で最も危機感をあらわにしたのが経団連のプロジェクト・チームの大力修(日本経団連情報通信委員会高度情報通信人材部会戦略・企画チーム座長)であった。大力は、情報を「21世紀の産業の神経」として位置づけ、その神経が危ないと論じた。

 我が国の産業力は、まだまだ力強い。しかし、大力のレトリックを利用すれば、情報の力がなければ、それも「神経の無い巨体」である。いくら強靭な筋肉や骨格を有する肉体でも、それを的確にコントロールする神経が存在しなければ機能しない。著者は、科学技術動向2006年10月号4)において、全産業が「情報産業化」していくと予測し、その結果、日本のソフトウェア産業の「弱さ」が全産業に「染み出し」て、全産業で競争力が低下する危険があることを指摘した。大力がいう「神経の問題」は、この「染み出し現象」とほぼ同じ考えである。

 メインフレームが全盛であったころ、ソフトウェアはハードウェアの付属物だった。やがて関心の中心はソフトウェアに、さらにはネットに移動した。世界最大のハードウェアメーカーであったIBMも、PC部門をレノボに売却したように多くのハードウェア部門を手放し、一方で急速にコンサルティング部門などを強化している。統計会計機械メーカーであったIBMが2007年現在 Microsoft に次ぐ世界第2位のソフトウェア会社であり、さらにコンサルティングなどの「サービス」の世界にその軸足を移そうとしているのである。

 その理由をIBMのサービス・サイエンス5)に関するウェブ・ニュースITmedia の記事は次のように説明している。:「製品開発における技術革新が競争力を持ち得た経済環境が終焉を迎え、現在では、ビジネス戦略、経営科学、社会科学、認知科学、法律学、およびインダストリアル・エンジニアリングといったさまざまな分野を融合させた総合的なサービス展開が企業の強みを生み出す源泉になっているという認識が一般的になりつつある」6)

 ハードウェア構築が困難な時代にはハードウェアが情報分野の中心だった。しかし、高性能ハードウェアが当たり前になるとソフトウェアがその中心となった。そして、複雑な「プログラムを書くこと」が容易になってきた現代、ソフトウェア構築の中心課題は、「ソフトウェアのエンジン部分」を作る「プログラミング」から、ソフトウェアが提供するサービスの「デザイン」に移行しつつある。この変化は新車開発の重点が、エンジンの性能から「ユーザの生活スタイルに合わせた使い勝手のデザイン」に移るようなものである。

 ネットを含む情報システムは、通信、金融、販売、広告、行政、教育、娯楽等の分野における、人間組織を置き換えつつある。その結果、少なくとも社会的活動に関連するような製品の競争力は、製品ではなくサービスの品質が決定する時代が到来している7)

 そして、そのサービスはメール・サービスのように「物理的に無形」である場合は情報システムを利用して提供され、荷物が届く宅配サービスのように「物理的に有形」のサービスの場合であっても、高度な情報システムがそれを支援する。ロジスティック・システム、WEB、GPS、携帯電話、QRコードなどのIT技術がフル活用されている現在の宅配システムは、電子機器としての情報システムとそれを取り巻く人間の集団が、あらかじめ定められたプロトコルにより一つのシステムとして機能する、「社会・技術システム」(socio-techno system)の典型である。配達員が携帯電話で指示を得つつ休みなく荷物を運ぶ宅配サービスは、「配達員が情報システムを使って荷物を運んでいる」のではなく、「配達員がシステムの一部として、荷物という情報をシステムの指示にしたがって転送している」と考える方が実態に合う。宅配企業は、運送企業であると同時に、ITがサービスの質に大きな差をもたらすIT産業なのである。このように多くの産業分野が「IT産業化」する、これが科学技術動向2006年10月号4)で著者が主張した「染み出し現象」である。そして、大力の「21世紀の産業の神経」とは、そのようにIT産業化した全産業で使われる技術なのである注1)

2‐2 ITとマネジメントが合流する時代のトップ人材

 読者は、すでに今回のIT人材危機が、なぜ一産業の危機でなく、国家の危機であることを理解されたことだろう。「既存の人間システムを自動機械で置き換える技術」としてのIT技術は、ハードウェア・ソフトウェア・ネットワークの進化を受けて経済的競争力のために「イノベーションを起こす新しい社会・技術システム」を生み出す技術に変化したのである。

 このため、未来の上級IT人材に求められている能力は、「明瞭に定義された業務プロトコル」をプログラムに書き写すという初級的能力ではなく、前提となるリソース(ハード、ソフト、人材、社会・企業システム)のもとで発揮可能な最大のイノベーションを考え出し、かつその社会的効果を考慮しつつ、それを実現する最適な方法を示すスキル、従来では企業や組織の戦略を決定する「トップ人材」に求められていたようなスキルとなるのである。

 これは、逆に言えば組織・団体のトップがITの意味を的確に理解すればイノベーションの可能性が高まるということでもある。ITが、政治、法律、経済・経営、社会、心理などに並びトップ人材の素養の仲間入りをした、と考えるべきである7)。IT能力は言語能力のような「人間力」であり、さらには「社会科学」が対象とするような人間活動の領域において、自然科学における数学のような役割を占める。

 もし、そのように重要な「道具」を扱える人材が不足するとしたら、その帰結は明らかであろう。そして、それは実際に少ないのである。今回の「危機」は、その意味で極めて深刻だ。事態をさらに複雑にしているのは、そのようなトップ人材を支えるプログラムマネージャなどの中堅以下の人材さえ不足しているという事実である。これについては、4-1と4-2で説明するが、この層の人材はオフショアすれば良いという意見もあり、事実、米国がその戦略をとっている。その意味では、中堅の不足は、それほど深刻な問題ではない。それに比してトップ人材の不足は極めて深刻である。

 しかし、危機は往々にしてチャンスでもある。著者は科学技術動向2004年9月号8)で、現在のITの最先端技術アジャイル法がトヨタ生産方式などのいわゆる「日本型生産と経営」をルーツに持つことを指摘した。「イノベーション」の領域において、経営とITが融合していくなら、数十年前に機能し世界を変えたと評価される「生産と経営の日本型モデル」9)を生み出した我が国の能力が、再び力にならないとする理由はない。最近の任天堂の復活の原動力は、プログラマ(東京工業大学工学部情報工学科)出身の岩田社長の市場心理・技術への洞察力に基づく新経営方針であった10)。この例が示すように、日本がこの分野で殊更に弱い根源的理由はないはずであり、危機を一機にチャンスに転じることも不可能とはいえない。

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3.新しい時代への対策:海外の動向

  今回の「人材危機」の原因は、ITの社会的位置の変化である。変化は、当然ながら日本だけでなく世界中で起きつつある。グローバル化、フラット化、Web2.0などの言葉で語られるものは、この社会的地殻変動の一側面であることが多い。IT最先端国米国が、その変動を乗り切り、さらには利用する戦略・方策を立てていることは当然ともいえる。そして、インド、韓国、中国、さらにはドイツなどでも、この地殻変動を意識した人材育成の国家的対策が採られている。これら諸国の動きを経団連や総務省による調査資料11、12)をもとに説明する。そして、その後、2-2で説明したようなイノベーションを起こす人材としての高度IT人材という視点からは、おそらく世界最先端の人材育成拠点の一つと思われる、米国、Stanford 大学、d.schoolの事例を紹介する

3-1 世界の高度IT人材育成 -米国を中心として-

大学の独立性が高い米国では、IT人材育成は各大学や大学の集団・学会・企業に任せられてきた。その中で質量ともに極めて大きいIT人材を生み出し、また世界のIT人材を引き付けてきた。サービス・サイエンスという用語を世界に広めた、いわゆる「パルミサーノ・レポート」13、14)をまとめた Council of Competitivenessも政府機関ではなくNGOである。米国においては産学官のすべてが自発的に協調して人材を育成している。

 連邦政府におけるIT人材については1996年のクリンガー・コーエン法により、政府機関にCIOが置かれることとなり、そのCIOたちが自発的・非公式にCIO council を形成した。そして、現在は政府組織であるCIO council により CIO university というバーチャルな CIO養成機関が運営されている。この「官吏養成のための国立大学」は、すべての人々に開かれており、卒業生は企業などのCIOとなることも想定されている。

 また、産業界の人材に目を向ければ、米国の教育機関からMicrosoft、Apple、Yahoo、Googleなどの革命的IT技術者かつ創業者・CIOである超高度IT人材が輩出している。これらの高度IT成功者たちには、大学や大学院を中退して起業したものが多い。研究者の間では「教育軽視研究偏重」の評価があるStanford大学計算機科学科からも Google の創業者たちをはじめ多くの高度IT人材が生まれている。米国においては、CIO university のような官製の人材養成機関は言うに及ばず、一般の大学・大学院教育の場が高度IT人材育成の場として機能している。そして、その歴史の自然な発展として、後に紹介する d.school などでの、高度IT人材を超えた、高度イノベーション人材の育成の体制が米国の各地で着々と形成されつつある。

 その米国の主要オフショア先であるインドでは、科学技術動向2007年9月号15)で報告したように、インド人材開発省と企業団体であるNASSCOM による共同の取り組みが行われている。インドのIT産業の進化スピードは凄まじいため、下請け的性格が強い現状を打破して、インド企業が米国や日本の企業における開発の主役となる可能性も否定できない。

 また、IT産業が、インドほどはその経済の中で重みを持たない中国や韓国においても、国策として人材育成が進められている。韓国における独立した新大学であるInformation and Communication University(ICU)や、中国のソフトウェア学院(既存大学35校に設置)などがそれである。インド・中国に比較し日本に情況が近いドイツにおいても、ポツダム大学にSAPの創業者の一人、Hasso Plattner の寄付により設置された HPI Hasso Plattner Institute において、同様の高度IT技術者教育が行われている。

 実は、このHPIポツダムには、姉妹校がある。それが我々が、現在最も進化した高度IT人材育成機関とみなすHPI d.school at Stanford である。

3‐2 HPI d.school at StanfordとT-型人間

 情報産業が、その国家の競争力の根幹の一つとなっている米国では、必要な「新しい人材のタイプ」が広く議論されている。その呼び名はまちまちだが共通の性格をもっている。それはエキスパートであると同時にゼネラリストである、という矛盾的な能力を持つ人材であり、ゼネラリストとしての横断的知識をT-字の上の横線、特定の分野のエキスパートとしての知識をT字の縦線に例え、T-shaped peopleと呼ばれることが多い。ここでは、これをT-型人間と呼ぶ。専門分野は一つでは足りず、少なくとも2専門分野を持つπ-型人間でないといけないという議論もあるが、呼び名は別として、T-型人間のような人材がイノベーションを起こすことが、これからの競争力の源泉であるという考え方が広まりつつあり16)、それが2-2節の我々の主張の根拠の一つとなっている。

 実はT-型人間という概念は古く、社員にゼネラリストであることを期待する日本企業では「常識」になっているともいえる。トヨタ生産方式の「多能工」の概念では縦棒が何本もある。これは日米を問わず古びたポピュラーな概念なのである。しかし、最近になって、その古い概念が、ITやイノベーションに関連して新たな概念であるかのように語られるようになった16、17)。なぜだろうか?

 現在語られている T-型人間は、過去のT-型人間に似ているが、異なったものなのである。多能工が象徴するように、過去のT-型人間は、機械工学、電子工学などの専門分野のいくつかを、縦棒として習得し、その上に横棒を「載せる」ものだった。強調点は「複数の縦棒」にあったといえる。上に載せる横棒は現場で身に着けるものであり、大学などで教育するものではなかったし、むしろ個人的人格形成の問題だった。



 しかし、現在のT-型人間は、教育のプロセスを無視して言えば注2)「横棒が先にあり、その横棒を利用して、各時点におけるニーズを見極め、自ら下の方向に新しい縦棒を伸ばす」ような人材である。横棒は長い年月をかけて個人が作り出すものではなく、若い人材のキャリアの初期に、Stanford大学 d.school のような教育機関において「メタスキル」として教えられるものなのである。T.Brownは、T-型人間を次のように説明している16)

 「あなたがやるように」世界を探究する人、そういう人材が必要なのだ。それがT-型人間である。T-型人間は機械工学や産業デザインなどの縦棒としての基本スキルをもつ。しかし、彼らは、人類学のような他スキルに枝を伸ばすことができて、それを身につける、ということに情熱を持つ(empathetic)のである。彼らはアイデア(insight)を多くの異なった見地から検討できて、普遍的ニーズに向かうような(アイデア創造の)行動パターンを認識する能力を持つ。これが求められているもの、つまり、アイデアを生み出すためのパターン、である。

 括弧の中の「あなた」は企業のトップや開発チームを率いるリーダーとしての「あなた」であり、この文章のT-型人間は、最上位のトップ人材ではなく、そのような人材に協力する、次のレベルの人材である。しかし、これは自分と同じように考えるT-型人間を雇え、という文章であったためであり、T-型人間は、最上位のトップから、中堅上位程度までに適応すると考えるべきだろう。いずれにせよ、新T-型人間の能力は容易に持てるものではなく、それを持つことができる人材の数は限られる。

 そのようなT-型人間を育てる教育コースが、米国のあちこちの大学で設立されつつある。その一つが、Stanford 大学のHPI d.schoolである。これはドイツのHPIと同じく、Hasso Plattnerの寄付により設立された教育機関である。正式名は、HPI Hasso Plattner Institute of Design at Stanford だが、通常 d.school と呼ばれる。

 ドイツのHPIはソフトウェア生産の方法を教える従来の意味でのIT人材育成の場である。しかし、米国のHPIは、そうではない。d.schoolは機械工学科の一部であり、創設の中心人物は、米国のデザイン会社IDEOの創設者で著名なデザイナー・イノベーターであるDavid Kellyである。

 我々は、2008年3月に、Stanford大学d.schoolを訪問しT. Winograd教授の“Agile Aging”というセッションを見学した。同教授は、d.school の中心メンバーの一人であり、ITにおける「デザイン」の重要性18、19)を時代に先駆け80年代中葉に提唱した著名なIT研究家である。

 セッションの時間は決まっているが、学生や教員は三々五々と集まり、また去っていく。セッション中、参加者は、議論をし、プロトタイプを組み立て、現役のデザイナーや起業家である外部教員の話に耳を傾け、あるいは“Agile Aging”のテーマである「軽快な老後生活」の意味を聞き出すために高齢者のインタビューを行っていた。3〜4名からなるチームが4〜5班、大部屋のここかしこで、このような活動を並行的に進めていた。教員は5〜6名であり、一個のチームに貼りつくものから、Winograd教授のように、チームからチームを渡り歩くものまでまちまちであった。

 学生たちは、それぞれの専門と所属を持ち、d.schoolにはStanford大学の様々な学部から集まり、T-型人間の横棒を学んで帰っていくのである。「軽快な老後生活」のための技術を開発するというプロジェクトに参加していても、その目的は福祉ではないのであり、それは単に横棒スキルの習得のための一つの例題にしかすぎないのである。実際、d.school の「大部屋」に転がっているホワイトボードや、メモを観察すると、すべてアイデアの構造を示すものや人々と製品のインタラクション、人々と人々のインタラクションに関するものばかりであった。つまり、主眼は各分野の枠を超え多くの分野に共通する「アイデア創造のプロセス」であり、プログラミング、電気通信、福祉などの専門分野の知識ではないのである。(縦棒としての専門知識は学生の本来の所属で教えられる。)

 現代のソフトウェア工学では、ハードウェア、ツール、方法論の進化のおかげで、デジタル・コンピュータのためのプログラムを書いて、それを実行させるというタスクの重要性は相対的に低くなっている。その代わりに重要性を増してきたのが、プログラムより上流の要求開発、モデリングなどのタスク、Winograd 教授の用語を借りればシステムの「デザイン」なのである。このような状況で「ITシステム構築」を行う際の最重要の課題は、環境(システムをとりまく現実世界)における事物の関係を抽象的に理解し、その中でシステムが最大の効果を発揮するためのシステムの構造と配置と環境とのインターフェースを描き出すことなのである。

 そして、そのためのスキルは、機械工学、システム工学、生産工学、経営学、そしてソフトウェア工学などにおいて、驚くほど似通った形をもっている。それを学ぶことが、 Brown がいう「アイデアを生み出すためのパターンを知ること」なのである。そして、IT分野においては、物理的実体が希薄あるいは無いために、この「共通パターン」の部分が、他分野に比較しても特に重要となると考えられる。つまり、従来、それがITの本質だと思われていた電子装置としてのコンピュータにプログラムを実装する部分は、多くの「特殊技術領域」の one of them となり、これらすべてに共通するものが、ITシステム開発の本質となっているのであり、それがIBMがソフトウェアを超えて、サービスの世界に踏み込もうとしている理由であり、Winograd教授や Plattner 氏自身(d.schoolの教員を務めている)のような ITの大家が、ソフトウェア教育機関ではないd.schoolでT-型人間の育成(nurture)に取り組んでいる理由なのである。

 T-shaped peopleのTの縦棒は無数にある。ITにより、アイデアがバーチャルなサイバー空間における既存資源の組み合わせで実現できるようになり、しかも、その既存資源が Webなどを通し30年前には想像さえできなかったほど容易に入手できる現代では、ある目的をもったプロジェクト実行のための「最適解」を求めるなら、どれとどの縦棒を利用すべきかということをプロジェクト開始前には予測することが難しい。組み合わせのオプションが極めて多様であり、さらに技術革新のスピードが速いため、プロジェクトの途中でさえ使える縦棒の集合がどんどん変化するからである。

 そのような状況では、縦棒の能力をあらかじめ用意しておくことはできず、必要なときに必要な縦棒を伸ばすための「幹」としてのTの横棒が、最重要スキルとなる。これは「染み出し現象」により、多くの「専門分野」に適合するのであるが、特定の装置・材料などの実体を持たないIT分野においては、他の領域より、さらに妥当するのである。

 つまり、「情報分野」と呼ばれていた分野のT-型人材は、「情報技術者」でありながら、「情報」を超える人材でなくてはならない。それが我々が意味する「高度IT人材」であり、世界の最先端では、そのような人材が必要とされ、実際に、その「育成」の試みがなされているのである。

 もちろん、このような人材の育成は不可能と思えるほど難しい。それは従来の意味での教育ではなく、育成(nurture)なのである。Tの横棒は科学技術動向2006年10月号4)で著者が指摘した、明治時代の外国人帝大教授、ベルツが強調した「教室では教えることができず、我々(お抱え学者たち)から直接に学びとってもらうしない科学の各分野の背後に潜みそれを支えるギリシャ以来の精神」と似通ったものと言えるからである。しかし、そのような人材こそが競争力の要だとしたら、どれだけ困難であろうともそのような人材を育成するしかない。だから、d.schoolでは、通常の教育システムからは異様と見える方法を取りながら、T-型人間の育成が試みられているのである。

 そして、今、この「育成システム」が米国からドイツに移転されようとしている。2008年3月に、ソフトウェア工学の教育機関だったHPIの中に、d.schoolが開校されたのである。Winograd教授によれば、Plattner 氏は「デザイン」能力の欠如によりドイツの産業が凋落することを憂慮しており、シリコンバレーの人々が潤沢に持つ「デザイン」のセンスをドイツに移植するために、スタンフォードの d.school を作ったのだという。d.schoolにおける育成ノウハウの数年の蓄積の後、Plattner 氏は「デザイン」の精神をドイツに移植しようとしているのである。

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4.日本の現状

 「個別専門分野としてのIT」の教育を超え始めた米国やドイツに比較し、日本の高度IT人材育成の努力はようやく始まったばかりである。それどころか、「高度」が付かない一般のIT人材の育成も日本では十分とはいえない。従来のIT人材育成の議論は、人材の種類を考慮しないものがほとんどであり、そのために大きな混乱が生じている。話を整理するために、ここで、トップ人材に限らない、日本のIT人材全体の情況について概観しよう。

4‐1出遅れた日本-中堅人材も不足-

 IT人材には様々な類型がある。これまで説明してきた高度IT人材は、重要であっても、その多くの類型の一つにすぎない。高度IT人材の生み出す「構想」(アイデア)が実現されるには、多くの場合、その構想を戦略に落とし、プロジェクトに落とし、さらにはプログラムに落とし、あるときには新しいハードの設計と開発に落とし、そして、それを展開・運営していくという垂直の業務分担が必要である。また、e-commerce などでみられるエンタープライズ型のソフトウェアを生み出す技術、エンジン制御などのリアルタイム組込ソフトウェアを生み出す技術が異なるように、水平的領域棲み分け的な差異も存在する。IT人材の類型は実に千差万別である。どのような人材をどれだけ必要とするかは社会ごとに違う。日本はどの部分をどれだけ必要としているのか、人材育成の政策を考えるなら、そこまで考える必要がある。

 しかし、現実には、このような技術者の類型の整理さえ行われてこなかった。これがIT人材育成についての議論を混乱させていたことは否めない。昨年度、その類型の整理の最初の一つと思われるものが、経済産業省のIT人材育成についての研究会が発表した資料20)の第4章に現れた(図表2)。



 我々は、この分類に必ずしも賛成していない。しかし、それでも、これは非常に貴重な分類であると考えている。その分類に従えば、これまで我々が論じてきた高度人材はクリエーション系人材と基本戦略系人材の二つの側面を兼ね備えた人材ということになる。我々は、この二つが分離されていては、十分なイノベーションを起こせないと考えるので、このレポートとは立場が異なり、ミスリーディングではないかとも懸念している。しかし、この研究会報告が、我が国のIT人材政策を考える場合、極めて重要なたたき台を提供していることは再度強調しておきたい。また、総務省の人材育成についての研究会報告12)も、最近公開されている。これにも今後の議論を行う上で重要な知見が盛り込まれている。

 問題はあるものの、ひとまず、この経済産業省の分類に従えば、一般の人々がIT人材という言葉で連想する職種は、この図の「ソリューション系人材」であろう。企業などが発注したシステムを、企業の「要求どおり」に作り出すのが、この種の人材の役目である。誤解を恐れずにいえば、この部分がもっとも「基本的」「伝統的」なIT人材であり、「プログラマ」「システム・エンジニア」「プロジェクト・マネージャ」など呼ばれる人たちであり、ソフトウェアやソフトウェア産業に縁の薄い、一般の人々がIT人材と聞いて最も多く連想するのが、このような人材であろう。

 我々の言う高度IT人材は、この種の人材ではない。この種の人材は、上に述べた垂直の業務分担で言えば中堅以下の人材である。インドは、この部分に巨大な人的資源を持ち、米企業がITをインドにオフショアする場合には、この部分の人材を求めていると考えられる。IT分野で他国を大きく引き離している米国においても、この部分がオフショアされているということは、この部分は戦略的にはさほど重要ではないと理解することもできる。実際、日本におけるIT人材不足の議論に際して、「すべての業務を日本で行うことはない。外国人技術者にまかせよう」という意見があるが、IT人材を、それがIT人材全体であると誤解され易い「中堅ソリューション系人材」に限定すれば妥当な意見といえる。実際、オフショアは最近急速に伸びている。日本のベンダーが国内のニーズに応えられないのがその一因とされ、ついに「IT鎖国の終焉」が訪れたともいわれている21)

 その工場の多くが80〜90年代に海外に移転した製造業からみれば、この「海外移転」は当然のことにみえるかもしれないが、IT産業の場合は、製造業と大きく異なる要素がある。世界的競争力をもつ製造業の海外事業所の大半は、世界に売るために生産している。ところが我が国のソフトウェアは、ゲームソフトを除けば、100対1の輸入超過なのであり、ほとんど完全な「地域産業」なのである8)。その状況でオフショアが進むということは、日本のIT産業、IT人材は、国内需要にさえ対応できていないということであり、日本のIT産業が世界水準以下であることを強く示唆しているのである。実際、次の4-2で示すように、それを示唆する具体的根拠が数多くある。

4‐2 世界水準に達しない日本のIT人材

 経団連のIT人材育成のチームの主張のベースとなっているデータや調査結果は、書籍11)として出版されている。それには日本のIT人材や、その育成システムが世界標準に達していないことを推測させる多くのデータや逸話が紹介されている。たとえば、育成システム(教育)についていえば、日本では、専門学校、短大、大学、大学院のどの教育を受けているか、あるいは、情報関係の学科を卒業しているか否かで、IT企業において必要とされるスキルにほとんど差が無いという(図表3)。



 また、新卒就業者のうち、新卒者用IT技術者研修を受けなくても就業できる者は、全体では1割、情報系や関連分野の卒業生では2割、IT研修を受けても業務に従事できないものが全体で22%、情報系や関連分野の卒業生では16%であるという。著者の山下たちは、22%と16%の間に大きな差がないことを指摘し、情報教育の場で産業界が求めているようなスキルの教育が行われていれば、大学教育のレベルですでに選別が行われるはずなので16%もの不適合者が出ることはないのではないかと主張している。

 経団連のチームは、この情況の原因を日本の情報系の大学におけるカリキュラムや教育方法に求め、規模的にIT産業の中心を占めるITサービス企業(ソフト開発企業)のニーズと、日本の大学、海外の大学での教育を比較し、そのギャップを指摘している(図表4)。



 これらの調査結果から何を読み取るかは、慎重でなければならない。まず、これらの数字は自己申告のアンケートにもとづいたものが多く、経団連チームもその客観性に疑問の余地があることを認めている。また専門学校のカリキュラムは即戦力を目指すものであるはずだが、図表3の調査結果で専門学校卒業生にもスキルの優位が認められないので、どのような教育をしても同じようなものだという解釈もありえる。統計的な手法により、日本の大学等における情報教育の情況を判断するには材料が十分でないように思える。

 しかしながら、情報産業と大学における情報教育に携わってきた著者たちの経験と、今回行った調査で聞いた現場からの声からして、「日本の大学における情報系部局では、研究偏重のために、十分な職業教育が行われていない」という経団連のチームが参考文献11)で示した判断は正しいと思われる。実は大学においても相当数の教員は同じ意見をもっている。日本の大学において十分なIT実践的教育が行われていないということは、教育現場に身を置くものならば反対できない事実である。

 これに対しては、大学時代は基礎知識を身につけることが重要であり、いたずらに実用的スキルの教育にはするべきではないという意見もある。また、トップ大学の場合では、毎年生み出されるような技術者の教育に多くの資源を割くべきではなく、極めて高度な人材を時たま生み出せば良いという意見もある。確かに、そういう教育方針で十分な人材が生まれているのならば、基礎研究偏重に問題はない。

 実際、そのような例がある。米国Stanford大学計算機科学科は、大学関係者の間では学生の面倒見が悪く研究中心主義として知られているが、一方で、この学科は、世界的研究者だけでなく、Googleの創業者Page、Brinのような数十年に一度現れるかどうかの創造的実務家を生み出し、さらには、そのGoogleなど世界的企業の社員として働くレベルの高度人材をも数多く生み出している。

 日本の情報系学科でも、これと同じことが起きていれば全く問題はない。しかし、残念ながら、日本に情報科学科、計算機科学科などの名称の情報中心の学科が生まれて数十年がたつが、Page、Brin レベルの人材は生まれていない。それどころか「Googleなどの企業が普通の従業員として常に相当数リクルートしているような技術者のレベルにおいても、日本の若手人材は世界的水準に達していない」という現場からの声を聞くこととなった。

 我々は日米の Googleを取材し、同社が日本の若い人材をどのように見ているかを聞いた。Google Japan においては村上憲郎社長に、米国のGoogle 本社においては、日本人唯一のマネージャ上田学氏を取材した。この二人の共通する意見は、Googleにとって日本は大きな市場であり、その大市場に対応するために日本人技術者を雇用したいが、残念ながら Googleが希望する水準の学生を確保することができない、ということであった。上田氏によれば、インタビューの際に行う「こういうシステムを作るとしたらどうするか。説明してください」という技術的質問に日本の学生は十分答えられないという。また、日本Google の場合は、採用した学生たちが結果的に東京大学の2研究室に偏在しており採用する側も驚いたという話と、希望するだけの十分な数の技術者を確保できないという悩みを村上社長から聞かされた。

 また、IBMの元役員内永氏による記事22)によれば日本IBMのソフトウェア研究所における「スキル調査」において、新卒者たちが50項目のスキルの多くが「戦力」となるレベル3(最高はレベル5)に達するのが入社3年後であるのに比較して、米国やイスラエルのIBMの研究所では、新入社員の過半数がレベル3に達していたという。

 これらIBM、Googleという二つの現場の声からすれば、日本のトップ大学の卒業生は、国際的トップIT企業が同年代の若者について期待している能力を身に着けていないと判断せざるを得ないだろう。
 この節で論じてきたことからすると、日本の情報教育は、Page、Brinレベルの超高度人材から、Google、IBMなどの世界トップIT企業で働くようなレベルの高度人材、さらには、平均的IT企業で働く普通のレベルの人材まで、ほぼすべてのレベルで、十分な実務人材を生み出していないと考えざるを得ない。 

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5.始まった日本の高度IT人材育成

 我々は我が国におけるIT人材不足の問題を解決するには社会・国家のレベルでの対応がぜひとも必要であると考えている。この点で、この数年にみられる経済産業省、文部科学省、総務省、それらをリードする内閣官房、そして、民からは経団連の動きは注目に値する。この節では、ようやく始まった日本の高度IT人材育成の動きから、直近の政策を考えるときに特に重要と我々が考える事例をいくつか紹介する。

5‐1大学院新コース:文部科学省と経団連の試み

  IT分野を担当する省庁は、経済産業省、文部科学省、総務省である。今回の政府の高度IT人材育成の動きの一つの特徴は、これら関係省庁を、いわゆる e-Japan 構想の一環として内閣官房IT戦略本部が調整・リードしようとしている点である。ただし、IT戦略本部は戦略を担当するのであり、その実施は、経済産業省、総務省、文部科学省の三省にゆだねられている。この内、経済産業省、総務省では、研究会の活動が主であり、実質的な人材育成の政策の実行は、主に文部科学省が行っている。

 その内で特筆すべきが、文部科学省高等教育局専門教育課によって実施されている「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」である。このプログラムは平成18年度から始まった事業であり、2006年に公募が行われ、26件の申請から、6拠点(筑波、名古屋、大阪、九州、慶応の各大学と、各2〜8程度のその連携校)が選考された。また、19年度にはセキュリティ分野の人材に重点を置いて公募が行われ2件が採択されている。前者は1拠点年間1億円程度の補助金が4年間継続で交付される。後者では年間8千万円程度がやはり4年間交付される。

 このプログラムは大学院修士課程レベルでの人材育成を目指しており、各拠点において、従来の修士課程と異なるトラックとして技術者育成コースが組まれ、平成19年度に第一期生の教育が始まり、現在は2年次目の教育の実施が進んでいる情況である。

 我々は、これらの拠点のうち、九州大学大学院「社会情報システム工学コース」と、筑波大学大学院「高度IT人材育成のための実践的ソフトウェア開発専修プログラム」の2拠点を選択して取材した。この2拠点の他にも、「産」と「学」の新しい連携の仕組みOn the Job Learning(OJL)を提案し、「学」主導で、産学の連携を積極的に推進している名古屋大学大学院の取り組みなど、注目すべき拠点は多い。しかし、我々が選んだこれらの2拠点は、経団連「高度情報通信人材育成プロジェクト」も推進するコースであり、経団連からの講師派遣のサポートを受けるなど「産」からの「学」への関与が際立っており、この点であるべき未来像への良いテストケースであると思われる。(文部科学省と経団連のプロジェクトの関係であるが、九州大学と筑波大学が経団連のプロジェクトとタッグを組んで、文部科学省のプログラムの公募に応じた、と考えればよい。)

演奏としてのプログラミング:我々は ITの競争力のポイントはプログラミングからデザインに移行していると論じた。しかし、世界最先端IT企業であるGoogle は社員の能力として、プログラミングを強調することで知られる。これは矛盾していないのだろうか。実は真にイノベーティブなシステム開発ではプログラミング能力は非常に重要である。どう作ってよいかもわからないような革新的なソフトウェアを作り出すとき、自身がプログラマであれば、新しいアイデアを得たとき、すぐさまそれをプログラムにして試してみることができる。これは、ピアノを弾ける作曲家ならば、新しい旋律が頭の中に響いたとき、それを実際に演奏して確認できるのと同じことである。Googleが求めているのは、実現できる革新的アイデアである。例えれば、それは美しい新曲であり、社員には、作曲能力を支える演奏力を要求しているといえる。日本発の検索ベンチャーとして知られる、(株)はてなの近藤社長は、そのブログで京都大学工学部情報学科を卒業しても Googleの採用試験に落ちるという話を紹介し、東京大学と比較し、これを京都大学工学部情報学科でのプログラミング教育の手薄さのためかとしているが25)、そのプログラミング能力とは、このような創造性を支えるプログラミングと考えるべきだろう。

5‐2 九州大学と筑波大学の事例-産学官の連携-

  「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」による新コースの位置づけは、各拠点ごとにおいて一様ではなく学生のコース参加の形も拠点により異なる。しかし、違いはあるものの、2コースとも経団連の人材育成チームが、事前にカリキュラムなどの設計を行ったため、その教育システムは類似している。これら2コースの最大の特徴は、経団連関係企業から派遣された常勤教員による、Project Based Learning(PBL)を教育の中心においている点であり、その概要は、おおよそ次のようである。

(1)修士1年前期:入門用のPBL教材を使いプロジェクトの進め方を学習。

(2)修士1年後期:実際に「顧客」と開発テーマを立ててPBLを実施。プロジェクトによっては、現実の企業や大学の部局が顧客となり、開発されたものが現実に使用されることもある。

(3)教員がプロジェクトマネージャ(プロマネ)役を務める。

(4)「顧客」、「プロマネ」が意図的に「困難・障害」を発生させる。

(5)企業などの社会人との交流に力点を置いている。たとえば、企業からの講師のオムニバス的派遣による講義を実施していたり、学外、特に企業からの参加を前提としたPBLの成果発表会を設定している。

(6)学生がカリキュラム改善の場に参加するシステムをもうけている。

(7)コース独自のPC環境、学生自習用書籍、研究室(作業場、工場、工房)の提供している。

 現在はまだ2年目に入ったところで、これらの成果を評価すべきときには来ていないが、プロジェクトの中には、すでに特許出願が行われた事例や大学キャンパスにおける電子鍵運用方式として採用が検討されている事例が出てきている。また、成果物のドキュメントには、現実社会での小規模なシステム開発の相当数より品質が高いと思わせるものが含まれている。これらは開発方法を半年学んだだけの院生たちが、その後の半年で達成した成果としては高く評価できるものである。これが修士の1年目の取り組みであり、また、学部でPBL に該当する教育を全く受けていなかったことを考慮すると、短期間に十分満足できる水準の成果が得られていると言えるだろう。

 人材が育っていない日本でも潜在的には人材は存在し、教育方法さえ工夫すれば、図表1、図表2の分類で言えばソリューション系のプロジェクトマネージャクラスの人材は十分育つだろうということを、これらのコースは証明していると考えられる。

5‐3 大学院新コースの課題と発展性

 上記2大学の新コースの課題を挙げるとすれば以下のようになる。

1.「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」終了後に、コースを維持できるか。

2. 中長期的に、現在の教育水準を維持できるか。

3. 類似の人材育成を、少数の拠点のみならず、他の大学に展開していくことが可能か。

4. プロジェクトマネージャクラスの人材は確かに育つだろうが、2-2で述べた「超」がつくようなトップ人材の養成ができるか。

などである。次に、これらの内の1〜3を検討しよう。

 1のコースの継続性についてであるが、本プログラムの選定条件として、「補助期間終了後、自立的かつ発展的な運営が行われることを前提とした上で、事業期間を含む10年間の計画が明確であること」とされている注3)。現場からは不安の声もあったが、各拠点ですでに何らかの計画があるべきなのだろう。また、人材育成の調整役である内閣官房IT担当室からも、教育においては継続性が重要性であるから、これを継続すべきだとの意見があった。各拠点の努力を期待したい。また、国はその努力に応える予算措置などを配慮すべきであろう。

 2と3に関しては大きな問題がある。九州大学および筑波大学の2事例では、PBLを実際に維持しているのは、経団連所属の企業から派遣された常勤教員たちであり、実際の講義や演習のほとんどは、彼らのみで運営している状態である。つまり、これらのコースでの教育は、従来の大学の力ではなく、主に外部から一時的に導入された力により実施されているのである。

 企業からの講師派遣が定常的に定着すれば、産学連携を深める上で好ましいが、今のところ継続的に運営される保証はない。また、産学の継続的連携により現在のコースが恒常的なものになったとしても、産業界からの講師派遣に依存する現在の状況をそのまま全国展開することは不可能だろう。一方、名古屋大学大学院のOJLコースでは、企業との連携はあるものの教育の主体は大学の教員が担っている。日本全体で情報人材が必要とされる規模を考えるとき、名古屋大学の形態の方が現実的だろう。ただ、既存大学の教員の中に、九州大学や筑波大学のようなPBLレベルを実施しえる教員が必要数だけいるかという点に疑問が残る。



5‐4 先行事例からの示唆

 この「現在の大学教員が九州大学や筑波大学のようなPBLを実施しえるか」という問題を考える上で重要な存在が、函館市にある、公立はこだて未来大学での事例であろう。公立はこだて未来大学は、芸術系の要素を取り込んだ工学教育を行っているユニークな公立大学であり、実験室も「工房」と呼ばれている。この大学で、従来から、学部3年生に対して、筑波大学、九州大学大学院の新コースに近い形のPBLが実施されているのである。

 公立はこだて未来大学のPBLは、その立ち上げの時期には、九州大学の新コースを主に支援している新日鉄ソリューションズから支援を受けている。しかしながら、現在は、企業と連携はするものの、大学人により運営されている。しかも、PBLが学長以下、教員団の積極的支持を得ているという大きな特徴をもっている。PBLが各研究室の運営にプラスとなるという意識が教員組織に共有されており、さらにPBLの成果を各研究室の研究支援に結びつける工夫がなされるなど、PBLを大学教育に融合させる試みが継続的に行われているのである。このことは、現在の先導的ITスペシャリストプログラムの継続性と、全国への展開を考えるとき極めて重要であろう。

5‐5 ナショナル・センター構想

 経団連は、現在、九州大学、筑波大学を始めとする先導的IT人材育成のためにナショナル・センターを設置することを提言している23)。これは前記の「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」のような取り組みを、より安定的で継続可能な形にするため推進体制を国家戦略とし、ナショナル・センターという組織を梃子(てこ)として、ようやく我が国でも立ち上がり始めた実践的IT人材教育の全国的展開を目指そうという案である。また、実験の場として、ナショナル・センター内に融合型専門職大学院を設置することを提案している。

 ここで言うナショナル・センターとは、具体的には以下を担うものとされている。

1.実践IT教育に関する研究

2.モデルカリキュラムの策定と推奨

3.全国の大学と支援企業のコーディネーション・ハブ

4.教育アセットマネジメント

5. Faculty Development

 このようなナショナル・センターは、「先導的IT スペシャリスト人材育成推進プログラム」の成果や公立はこだて未来大学における「継続的PBL実施」のマネジメント・メカニズムなどのノウハウを、十分生かすことが望ましい。全国の関係大学の幹部や教員が、センター付置大学院を一定期間訪問することにより、上記のノウハウを身に着けることができるようにする、あるいは、ナショナル・センターにコンサルティングのシステム、例えば教育拠点に出向いて新教育システムの構築をサポートするようなシステムを構築する、などの案が考えられる。このようにできれば、現在はわずかな拠点に限られている中堅IT人材育成の全国展開は、それほど難しいことではないだろう。大学が変われば、中堅人材の育成・教育という問題は、大幅に改善できると思われる。文部科学省高等教育局専門教育課では、「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」の各拠点において得られた多様な成果を、より効果的・効率的に普及展開するための、「拠点間教材等洗練事業」の実施を各拠点に求めており、予算措置を伴う拠点間教材等洗練事業も始動しているが、ナショナル・センターが設置されれば、このような事業も容易に達成できるだろう。

5‐6 超高度IT人材育成の問題

 しかし、このようなナショナル・センターの設置だけでは5-3の問題4の解決にはなっていない。九州大学・筑波大学などのPBL中心の教育により、プロジェクト・マネージャなどの中堅人材は、育つであろうが、現在、本当に必要なのはCIO、あるいは、それを超えるような超高度IT人材である。そのような層が、PBL中心の教育だけで育つかどうかには大きな疑問がある。

 我々は、その懸念を経団連チームに伝えたが、それに対しては、まだ1年目であるため、そう見えるがターゲットは、さらに高いという説明を受けた。実際、PBLと並行して実施されている経団連関係者による九州大学のオムニバス方式の講義は、企業CIO養成を強く意識したものであった。また、PBLの中には、グラミン銀行をテーマとして、バングラデシュの技術者との連携で実施するプロジェクトもあった。このようなテーマを設定して実施することは、まさに我々がその必要性を強調する超高度人材がなすべき仕事である。現段階では、教員側が用意したテーマに学生が応じたという形のようであるが、まだ1年目である。このようなテーマを自ら提案するような学生が育つよう、大きな期待をもってその行く末を見守っていくべきだと考えている。

 「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」は、始まってまだ1年目の段階で、企業や組織のトップを要請するようなレベルの教育の成果を問うことは無謀であろう。すでに説明したように、それらの人材が目指すべきT-型人間像とそのスキルは容易に捉えることができないものである。「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」の本当の成果がわかるのは、このコースに参加する若者たちが社会の中心で活躍するようになる時期を待たねばならない。この重要な試みの将来を予想し、追跡するため、我々は引き続き継続して調査することを計画している。

 しかし、世界の変化は、我々を待ってはくれない。新コースが一巡し、その成果が見えてから次の行動を起こすのでは遅いように思われる。「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」の貴重な実験と同時並行して、ナショナル・センターでは、真に高度なIT 人材の教育も実施されるべきであろう。真に高度なIT人材の教育が、「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」参加大学などの主体的活動を中心として、それを主導する内閣官房IT戦略本部の強いイニシアティブのもとに実現されることを望みたい。

5‐7 社会の変化が必要:「社会問題」としての「IT人材問題」

 しかし、IT人材の問題は、今まで論じてきたような「学」の改革だけで解決できるわけではない。IT人材問題は、教育問題に留まらず、出口としての産業界を含む、日本の社会構造に起因する問題である。「原因」と「結果」は複雑にカップリングしており、実は「結果」が「原因」でもある。IT人材問題は、人材の「生産地」の問題を改善するだけで解決できるような単純な問題ではないのである。

 大学教育が今のような形である理由は、長年において、それが産業界の多くの部分にとって都合の良いものであったからであろう。本当に都合が悪ければ産業界はもっと早く腰を上げたはずだ。山下たちが参考文献11)で認めているように、日本の大学の情報系学科が基礎研究偏重に傾いたのは、教育は企業で行うというバブル崩壊ころまでの企業のスタンスに、それがマッチしていたのが一因だろう。著者も、企業の人事担当者から、そのような意見を何度も聞いた経験がある。最近になって経済産業省と文部科学省の「産学人材育成パートナーシップ」が発足するなど、この「慣習」に変化の兆候がみられる。人材育成の大学教育が変わるとき、同時に人材を受け入れる産業界や社会にも変化が必要である。我々は取材を通して、このことを強く印象付ける事例を見た。九州大学の学生をインタビューした際に、就職活動のため訪れた企業で、コースの話をしたところ、それは新人教育でやることだから、必要ないといわれ、非常に落胆したという話を聞いた。筑波大学でも、PBL発表会で同様な企業からのコメントが出され、ここでは学生が強く反論し、企業の質問者をたじろがせたという。また、公立はこだて未来大学では、学生が良いIT企業に就職しても、IT企業での業務を理解できない親がそのことを評価しないという悩みを聞いた。良い人材を生み出しても、それを受け入れる企業や社会の意識が変化しなければ、優秀な若者を潰すこととなる。人材育成の大学教育が変わるときには、同時に人材を受け入れる産業界や社会にも変化が必要である。ごく最近になって経済産業省と文部科学省の「産学人材育成パートナーシップ」が発足するなど、従来の慣習には変化の兆候も見られる。

 高度IT人材育成を日本社会に定着させ、日本がイノベーションで諸外国と対抗できるためには、法律・習慣などを含む社会構造の変更が必要である。では、その変化を実現するのは、誰だろうか?このような変化が起きるとき、社会の大きな担い手である企業の役割はもちろん重要である。しかし、そのような変化を促すためには、法律を変えることも必要となる。近年の科学技術政策は法整備と密接に関係している。例えば、欧米ではベンチャー型の企業形態をサポートするために、LLCという企業形態を実現させるための法整備がなされた。また、特許法を強化すると、イノベーションが起きなくなるという数理経済学の研究結果もある。世界の知識をすべてスキャンしようとするという Google Print (Google Book Search)の計画の前に立ちはだかったのは、ライバル企業ではなく、著作権の問題であった。

 これらの事例を考えれば、我々の意味での高度IT 人材、イノベーションを引き起こす人材、すなわち、T-型人材は、ロビー活動などの政治的活動を、その開発プロジェクトの一部として行える人材であるべきである。そういう人材が企業トップである可能性は当然として、政治家・官吏・NGOやNPO などのトップの中にも、そのような能力を持つ人材を確保すべきなのではないだろうか。我々は、高度IT人材育成を外部から阻む問題を解決するのも、やはり高度IT 人材であろうと考える。

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6.提言

 日本のIT人材育成の深刻な問題と、それを引き起こした世界の変化について論じ、また、この問題を改善しようとする産学官の試みについて論じてきた。これらにもとづいて、あるべき政策についてまとめる。

6‐1 先進産業国家として生き延びるためのIT育成

 IT先進国米国では、サービス・サイエンス、T-型人材などの新概念により、従来の狭い意味でのITを乗り越えるITが乗り越えていく兆候が、其所此所にみられるようになっている。インド、韓国、中国などの新興IT産業国家では、まだその段階には入っていないようだが、人材育成メカニズムが産学官をあげて確立されており、また、これら諸国が米国を手本としていることを考えれば、それらが米国と同じ高みに向けて登り始めることは時間の問題だろう。

 翻って日本においては、従来型IT人材の育成さえ十分に機能しておらず、IT業務のオフショアが進み始め「IT鎖国の終焉」と、それに伴う、弱体ITベンダーの窮地が語られ始めている。すべてのIT業務を「内製」する必要はないが、2節での議論が正しければ、IT分野の人材育成を全く諦めることは、その他の多くの産業分野に大きな負の影響を与える可能性が高い。日本がIT産業で米国と互角なレベルに達することは無理であっても、少なくともIT以外の産業の競争力維持のために、高度IT人材を育成しなければならないだろう。80年代、我が国は第5世代コンピュータプロジェクトにより、ITの世界でトップに出ることを目指したが、現在求められているのはトップに躍り出ることではなく、世界の水準から滑り落ちないことである。

 したがって、高度IT人材育成は国家的な急務かつ最重要課題である。大学のみ、産業界のみ、あるいは政府の一省庁のみが成すべきこととして位置づけてはならない。国の未来に関わる高度IT人材育成は、内閣のIT戦略の最重要課題として推し進めるべきである。官邸が、本稿で提案したような意味での高度IT人材の不足を国家の危機と捉え、強力なイニシアティブの元に、この危機に対処すべきである。この点において、内閣官房IT担当室が、人材育成のイニシアティブを採ることは自然である。そして、学や産、そして、文部科学省などの関連省庁は、官邸のイニシアティブの元、人材育成の実質を担うべきである。

6‐2 新人材育成システムのあり方

 日本の大学をドラスティックに変化させることは難しい。必要とあらば、新しい教育システムを、既存の大学システムから切り離すことも考えるべきであろう。可能な一つのオプションとしては、例えば経団連が提案するナショナル・センター付設の大学院を私立大学にし、より自由性をもたせる。さらには、韓国で行われているように、それを米国の大学の分校として位置づけ、国内の学位ではなく、米国の大学の学位を発行するということも考えるべきである。

6‐3 従来のIT分野の「外」に教師を求める

 このような従来の教育システムの枠にとらわれない発想を行えば、現在の手詰まり状態を一気に解消できる可能性もでてくる。狭い意味のITの概念を広げ、T-型人間の育成を考えるならば、必ずしも教師がIT分野の専門家である必要はない。例えば、米国d.school は機械工学科の教育機関であり、工業デザイン部門の教員なども多い。つまり、狭い意味でのIT分野に限らず、広い意味でのデザイナーを育成するという意味では、国内にも教員人材は少なくない。

 また、それでも国内に教師を求められないのならば、海外から教師を招聘すればよい。教師候補の不足という問題は一期に解決できる可能性がある。たとえば経団連が提案するナショナル・センター付設の大学院は、米国連邦政府のCIO養成機関であるCIO University のようにバーチャルな大学とし、T-字型育成を希望する優秀な学生にチューターをつけることで、企業・大学の枠を超えて、また国境も超えてT-字型スキルの養成を行う場を提供するという方法が考えられる。チューターの役割は、学生の適性を考慮して、日本の各分野・各地あるいは世界中から的確な教師を見つけ出し、その教師のもとで学べるようアレンジすることである。例えば、年間百名程度の選りすぐられた学生・企業人・公務員・大学人などをナショナル・センター付設の大学院の学生とし、大学・企業・公的研究機関・政府機関・NGOなどの組織を問わず、また国の内外を問わず、優れた教師に、その教育をゆだねるのである。

 もちろん、このようなシステムは、旧来の日本の教育システムと齟齬をきたす可能性があり、反対意見も多いであろう。それを乗り越えることができるのは、現在の危機感を十分に認識した官邸・政界・関係省庁と、その支援を受けた産業界や一部の大学の主体的な動きなのではないだろうか。

6‐4 産業界の役割

 IT人材育成の対策において、現在、もっとも能動的に活動し、周囲へ影響を与え続けているのは経団連であろう。米国、韓国、インドなどの人材育成機関では「産」の存在が大きいことを考えれば、我が国でも「産」に大きな期待をかけるのは自然なことである。経団連の動きを国は積極的に支援し利用すべきであろう。また、経団連には、高度IT人材育成を次代の日本の繁栄に関わる重要な国家的事業と認識して積極的に「利用される」ことを望みたい。

 現在、IT産業、特にソフトウェア産業は「3K職場」とさえ呼ばれ忌避されている。高度IT人材を生み出す仕組みを作れたとしても、その人材が働くべき職場が3Kでは、若者たちは見向きもしないだろう。製造業のソフトウェア技術者には、「日本の企業では未だに『メカ・エレ・ソフト』と言い、『機械>電気・電子>ソフト』という身分制度がある」と嘆くものさえいる。このような意識の改革や、重層的な下請け構造の解消など、ソフトウェアを中心とするIT技術の地位向上を日本社会全体で取り組む必要がある。そして、その取り組みの中心にあるべきは、IT人材を処遇する「産」であろう。経団連を始めとする産業界が日本社会の意識改革と産業構造改革の音頭取りとなることを強く望む。また、政府は経団連などの民間の動きを力強く支援すべきである。

6‐5 行政・政治・メディアの高度IT人材の必要性

 最後に、内閣官房、総務省、経済産業省、文部科学省、経団連などの構想・提案や人材育成プログラムを検討して、一つ大きな懸案として浮かび上がってきたことを指摘して、この稿を終えたい。これらの構想やプログラムにおいては、育成する人材のターゲットとして、ほとんどすべての場合、産業界が想定されており、米国のCIO universityにあたるような政府・地方政府におけるCIO人材の育成についての言及が、ほとんど無いのである。5-7で論じたように、日本におけるIT人材問題は社会問題なのであるから、それを真に解決するには、政府組織やさらには立法の場においてITを真に理解する人々が必要である。また、ITについての正しいイメージを国民が広く持つためにはITを深く理解するジャーナリストも必要である。日本の新聞報道におけるIT関連記事の品質は信じられないほど低い場合があり、その一因として、情報学科卒業者がマスコミに就職することがまれであることが指摘されている。これに反して機械・電気電子分野では、一定数の人材がジャーナリストの道に進むため、的確な記事が書かれることが多いという意見がある。産業界のみならず、政界、官界、報道で活躍する高度IT人材も、日本の将来を考える際には、考慮しなくてはならないのである。

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謝 辞

 今回のレポートの調査に際しては、多くの方々にご協力を頂いた。ご協力頂いた方々に深く感謝する。
長大となるため、全員のお名前を挙げることはしないが、次の方々には、特にお世話になった。:大力修、岩野和生(日本経団連)、Terry Winograd (Stanford大学 d.school)、上田学、村上憲郎(Google)、坂本憲昭、深瀬光聡(九州大学)、駒谷昇一(筑波大学)、阿草清滋 (名古屋大学)、中島秀之、鈴木恵ニ(公立はこだて未来大学)。(所属は取材時)

1) 榊原英資、日本は没落する、2007

2) 野口悠紀雄、モノづくり幻想が日本経済をダメにする変わる世界、変わらない日本、2008

3) 経団連第3回高度情報通信人材育成に関する産学官連携会議」開催−約200名が参加し意見を交換/ナショナル・センター構想で見解の一致確認、(オンライン)2008年1月17日:
http://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2008/0117/04.html

4) 林晋、情報通信技術と「思想」-科学技術の能力としての「思想」-、科学技術動向 No.67、2006年10月号

5) 日高一義、サービス・サイエンスにまつわる国内外の動向、 科学技術動向 No.57、2005年12月号

6) ITmedia、サービスに科学を導入する、サービス・サイエンス最前線、ITmedia エンタープライズ、(オンライン)2005年9月9日:http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0509/09/news122.html

7) 有賀貞一、ベンダーからユーザーに転身・有賀貞一のIT業界卒業論文、NIKKEI NET, IT+PLUS. (オンライン) 2008年6月18日:http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT0z000018062008&cp=1

8) 林晋、黒川利明、二つの合理性と日本のソフトウェア工学、科学技術動向No.42、2004年9月号

9) Giddens Anthony、Sociology 5th edition (paperback)、2006

10) 後藤弘茂、任天堂 岩田聡社長インタビュー(1)マンマシンインターフェイスを直感的にすることがカギ、後藤弘茂のWeekly海外ニュース(オンライン) 2006年12月6日:
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1206/kaigai324.htm

11) 山下徹、高度IT人材育成への提言-国際競争力の復権に向けて-NHK出版、2007

12) 総務省、高度ITC人材育成に関する研究会報告書、−我が国を支える高度ITC人材の自律的な育成メカニズムの構築に向けて−「高度ITC人材育成に関する研究会」報告書の公表及び意見募集の結果、(オンライン) 2008年5月30日:
http://www.soumu.go.jp/s-news/2008/pdf/080530_3_bs2.pdf

13) Council of Competitiveness. “Innovate America”National Innovation Initiative Summit and Report. 5. : Council of Competitiveness, 2005. Innovate America: Thriving in a World of Challenge and Changeの第2版

14) 北川賢一、パルミサーノ・レポートの衝撃米国の次世代技術戦略を描く、2005年1月10日、日経コンピュータ

15) 竹内寛爾、野村稔、ITを基盤としたインドの産業発展と知識型社会を目指した人材育成の動き、科学技術動向No.78、2007年9月号

16) BrownTim. Strategy by Design、FASTCOMPANY.COM. (オンライン) 2007年12月19日:
http://www.fastcompany.com/magazine/95/design-strategy.html

17) 鈴木貴博、鈴木貴博のビジネスを考える目π型人間のススメ、IT(オンライン):http://premium.nikkeibp.co.jp/itm/col/suzuki/02/02.shtml

18) Winograd Terry, Flores Fernando. Understanding Computers and Cognition: A New Foundation for Design.: Addison-Wesley, 1987

19) Winograd Terry、Shifting viewpoints : Artificial intelligence and human-computer interaction、2006年、Artificial Intelligence、第170巻、pp1256-1258:
http://hci.stanford.edu/winograd/papers/ai-hci.pdf

20) 経済産業省産業構造審議会情報経済分科会情報サービス・ソフトウェア小委員会人材育成ワーキンググループ、「高度IT人材の育成をめざして」、産業構造審議会情報経済分科会情報サービス・ソフトウェア小委員会人材育成ワーキンググループ報告書、高度IT人材の育成をめざして(オンライン) 2007年7月20日:
http://www.meti.go.jp/press/20070720006/03_houkokusho.pdf

21) 大和田尚孝、今井俊之、IT鎖国の終焉 グローバル・ソーシングの幕開け、日経ITPro. (オンライン) :http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080527/304286/?ST=global

22) 内永ゆか子、日本の技術者と企業は3年損している、日経コンピュータ、pp94、2006年1月9日

23) 経団連、高度情報通信人材育成の加速化に向けて―ナショナルセンター構想の提案―(オンライン) 2007年12月18日:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2007/106/index.html

24) 林晋、情報学を考える-社会学・科学技術史の立場から-:www.shayashi.jp. (オンライン) http://www.shayashi.jp/2007/talks/kyodaiJyohoSymp.ppt

25) 近藤淳也、百万ベンチャーの夜、jkondoの日記、(オンライン) 2008年4月27日:http://d.hatena.ne.jp/jkondo/20080427/1209251526

26) 野口悠紀夫、遠藤諭、ジェネラルパーパス・テクノロジー、-日本の停滞を打破する究極手段-、アスキー新書、2008

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