K.Koizumi氏(AAAS)は、2009年度研究開発予算分析に関する次のような講演を行った。
2008年2月に公表された2009年度大統領予算教書によると、予算総額は3.1兆ドルで、昨年度から横ばいである。研究開発予算(研究、開発、設備)は1,474億ドルで、これも近年横ばい状態が続いている。このうち、研究予算は2004年度をピークに減少傾向にある。
2009年度予算案では、 上述のACIや米国競争力法に沿って、物理の基礎研究への厚い支援が示されている。国立科学財団(NSF)、エネルギー省科学局(DOE Science)、国立標準技術研究所(NIST)予算の大幅増が示されており(図表2)、これが実施されれば、これまでの不足を補ってACIで示された10年間の予算倍増が可能となる。国防総省(DOD)の兵器開発や航空宇宙局(NASA)の予算も増加している。国立衛生研究所(NIH)は横ばい、環境保護庁(EPA)、国防総省科学技術(DOD “S&T”)、農務省(USDA)などは減少している。ただし、後二者の減少は、比較対象である2008年度予算(歳出法による)がイヤマーク予算を含んでいることによる影響注5)である。
講演では世界の研究開発予算額も併せて示され、米国は依然として1位を保っているが、5年前にはあまり目立たなかった中国、インドなどのアジア諸国が存在感を増したことが紹介された。研究開発予算の対GDP比については、日本、韓国、中国が上昇傾向にあることが示された。
また、大統領教書ではACIに沿った予算配分がなされているが、予算総額上限が変わらないとすれば、議会審議において、他のプログラムに予算を振り向けるためACI関連の増加がカットされる可能性があるとの今後の見通しが述べられた。

4‐1 21世紀の世界と科学技術
「21世紀、科学技術はどのような世界に直面するのか、どのような世界を創ることに貢献するのか」と題したセッションにおいて、長期を展望した上で、地球規模問題への対応、および、科学がつくる新しい社会についての講演が行われた。世界中の科学技術力により生み出される知識を統合させて、エネルギーや気候変動などの地球規模問題の解決に取り組むべきことが示された。
J.Canton氏(グローバル・フューチャー研究所)は、トレンドを多層化し複雑な社会を把握する学際的アプローチに基づいた将来社会の予測について述べた。地球規模のリスク項目としてエネルギー、人口、食料、水、健康、貧困、気候変動、テロ等を挙げ、特にエネルギー問題および水問題を優先課題として挙げた。Canton氏は、これらの課題解決の鍵はイノベーションであり、イノベーションを加速するのは科学であると述べた。また、科学について、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報科学、量子科学、認知科学が融合していくという見通しを述べた。
M.Kimble氏(国連財団)は、地球の持続性を脅かすものとして、水問題、無秩序な都市化、社会的経済的不均衡、気候変動を挙げた。危機に瀕している現在、科学的根拠に基づいて正しい政策決定を行うべきであり、地球を救うため何をなすべきか、いかに協力・連携を行うかを考えるべきである、と述べた。
C.Hill氏(ジョージメイソン大学)は、今後の社会は「科学社会」から「ポスト科学社会」に移行すると述べた。Hill氏の言う「ポスト科学社会」とは、世界中で生み出される新しい知識を統合して、気候変動、エネルギー需給等の地球規模問題や、富の創出、経済成長等の様々な要求に応えていく社会である。そこでは、科学技術は依然として重要であり続ける。移行の背景として、グローバル化、各国の科学技術力の向上、人材の遍在化を挙げた。
4‐2 大統領選およびその後に向けての提言
「科学技術、2008大統領選とその後」セッションにおいて、米国大統領選およびその後に向けて、次期政権の課題、並びに、科学者の採るべき行動について、講演が行われた。総じて、重要課題としてヘルスケア、気候変動、エネルギーなどが挙げられ、また、科学コミュニティは次期政権の科学技術政策にもっと関わるべきであるとされた。
P.Orszag氏(議会予算局)は、次期政権の重要課題としてヘルスケア問題と気候変動を取り上げた。ヘルスケアについては、技術進歩に伴う一人当たり医療コストの高騰や医療保険受給者数の増加により、ヘルスケア費用が増加し続ける可能性を指摘した。気候変動については、将来のリスクを避けるための保険として排出権取引制度(キャップ・アンド・トレード)等によるCO2削減に取り組むべきとした。
R.Cresanti氏(オーシャン・トモ社)は、次期政権では、税金で支援した研究を社会に役立つ有形無形の資産に変える方策を採る必要があり、また、知的財産を実際の経済にどう生かすかを考える必要があると述べた。また、現在の問題点として、議会の圧力により科学技術や地球温暖化などに関する省庁間連携のための予算が減少していることを挙げた。科学コミュニティについては、政権内部への関与が不足していると指摘した。
G.Omenn氏(ミシガン大学)は、前回の政権交代、9.11、その後、と政策の変化をたどった後、次期政権においては、優先順位の再設定が必要と述べた。次期政権の優先課題として、@エネルギー、地球環境、経済、労働力、教育、健康、インフラといった長く保留にされてきた課題への取り組み、A防衛、宇宙、国家安全保障、諜報についての新たな戦略計画策定、B国際関係修復、C科学技術が国民の将来に貢献することの明確化、研究・イノベーション基盤の強化、政策助言の強化、を挙げた。
J.Porter氏(前下院議員)は、科学技術を大統領選や両院議員選挙での政策議論の俎上に載せるよう、候補者に向けて科学コミュニティがさまざまな形で積極的に働きかけることを促した。具体的な例として、科学技術関連の重要ポストへの就任候補者の選択肢を提供すること、大統領候補者に科学技術に関する公開討論の実施を呼びかけるScience Debate 2008注6)に署名すること、議員を大学に招待して研究の実際を見せること等を挙げた。
E.Moniz氏(MIT)は、エネルギー分野を例に、政権交代に伴う研究課題の存廃について述べた。科学コミュニティ間の合意により設定された基礎研究課題は続行される可能性が高いが、開発や実証段階の研究は政権交代を機に方向性が変わりそれまでの投資の成果が生かされないおそれがあるとした。また、実証段階の研究に当たって、年毎の予算配分という経費確保の不確実性という問題点や、エネルギー以外の政策と併せた検討を行う機関の必要性を述べた。
4‐3 科学とニューメディア
インターネットの発展・普及により生まれたブログおよびバーチャルワールドを中心に、サイエンスコミュニケーション手段としてのニューメディアの現状と可能性に関する講演が行われ、将来的にも非常に有用であることが示唆された。
A.Bly氏(SEEDメディアグループ)は、一般向け科学誌の発行や美術館での科学展示企画の経験をもとにデザインの重要性を強調し、科学者とアーティストの相互作用により新しい表現が生まれるだろうと述べた。次いで、同氏が運営する科学ブログサイトにおいて、外国からのアクセスが増加しグローバルディスカッションが始まっている現状を述べ、これは科学者と一般とのコミュニケーションの新しい動きであるとした。そして、ブログという手段がピアレビュー、科学技術の公衆理解、科学教育などに役立つだろうと述べた。
S.Kirshenbaum氏(デューク大学)は、自身もブロガーである立場から、科学者からの発信手段としてのブログを高く評価し、科学の専門的知識と政策のギャップを埋めることに役立つだろうと述べた。同氏によれば、ブログの特徴はそのスピードにあり、また、ブログの世界は非常に広範な読者とつながっている。また、ブログの威力の一例として、米国の次期大統領候補に科学技術に関する公開討論を呼びかけるScience
Debate 2008がわずか数か月で組織的な形態を成すに至ったことを挙げた。
A.Crider氏(イーロン大学)は、バーチャルワールドSecond Life の中にSciLandsという科学と技術の展示と体験が可能な島を立ち上げたこと、そこには自ら設置したプラネタリウムの他、大学、博物館、NASAの等の施設が設置されていることを紹介した。多くの子供が様々なバーチャルワールドに参加していることや、NASAがツールの開発と運営に関する協力機関を募集していることを挙げ、バーチャルワールドは将来的に科学教育において大きな役割を果たすだろうと述べた。
4‐4 新しいファンディングモデル
支援する研究開発段階や支援主体の異なる、米国のファンディングの現状が報告された。研究開発の段階に関しては、特に重要性が指摘されているトランスフォーマティブリサーチ注7)、並びに、ベンチャービジネスが取り上げられ、支援主体については、連邦政府以外の支援である、財団による支援、賞授与、州政府の支援が取り上げられた。性格の異なる支援システムが連邦政府の支援を補完していることが示された。
J.Crowley氏(米国人文・自然科学アカデミー)は、予算の厳しい折、先の見える研究にファンディングする傾向が見られるとし、成果の見えにくいトランスフォーマティブリサーチの推進のためには、レビュープロセスを工夫する必要があると述べた。具体例として、成果が出るまでに長時間を要することに配慮し、新しいアイディアや創造性を評価の対象にすること等を挙げた。
S.Merrill氏(米国アカデミー)は、様々な賞を特徴ごとに分類して紹介した後、賞の効果として、研究開発の目標達成以外に、当該領域研究への参加促進、投資誘因効果、一般への教育効果などがあることを述べた。併せて、賞授与のための組織化には多大の費用と労力を要すると課題を指摘し、また、賞の効果を促進・阻害する要因について理解を深める必要があると述べた。
S.Fitzpatrick氏(James S. McDonnell財団。当日欠席のため、モデレータのD.Dean氏(Lewis-Burke協会)が紹介)は、米国において慈善活動(フィランソロピー)精神に則って多くの財団が多様な方針のもとに支援を行っている状況を紹介した。財団による支援の一般的特徴として、リスクをとって、コミュニティに広く受け入れられる前のアイディア(政府が扱わないトピック、研究初期段階にあるトピック等)を支援できると述べた。
D.Berglund氏(州科学技術研究所)は、各州政府による支援について、基本的にミッション指向であり、目的として、研究能力の向上と経済発展、特に経済発展を重視しているという特徴を挙げた。事例として、ノースカロライナ州がリサーチトライアングルパークの取り組みにより40年間で大きく成長したことを示し、結果が出るのはかなり先であるが、手を打つか否かで州の将来が大きく異なると述べた。
R.Kapur氏(Anudezaコンサルティンググループ)は、ベンチャー支援について、ベンチャーキャピタルがリスク回避の方向にあることを紹介し、政府による支援の有効性を高めるべきと述べた。アイディアを創造する基礎研究に焦点を当てるあまり、商業化のためのイノベーションを疎かにするなら、それは他国のイノベーションを支援することになりかねない。米国政府は、基礎研究に配分する経費とイノベーションに配分する経費との不均衡を熟慮すべきであると述べた。