1.はじめに
これまで海洋は広く自由に利用できるものとされてきた。しかし近年はそれが見直され、海洋を管理する枠組が構築されてきた。また地球環境問題についても海洋の役割が認識されるようになってきた。このような海洋管理時代に対応すべく、我が国では海洋基本法が2007年7月20日に施行された。これを受けて海洋を「知る」「守る」「利用する」という法の基本的な考え方を踏まえ、海洋に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために、今後5ヵ年にわたる施策の基本方針となる海洋基本計画が策定された。計画策定の政策目標は、@海洋における全人類的課題への先導的挑戦であり、A豊かな海洋資源や海洋空間の持続可能な利用に向けた礎づくりであり、B安全・安心な国民生活の実現に向けた海洋分野での貢献、とされた。従来の「海洋を利用する観点」から「管理する立場」へと政策の基本を転換することが明確に示された。このような海洋基本計画は、総合海洋政策本部が各界から提言を受けて原案をとりまとめ、2008年2月に、広く国民から意見を募集し最終版が策定され、2008年3月18日に閣議決定されたものである。
また、海洋基本計画は我が国の排他的経済水域(EEZ)注1)における海洋政策を一元的に推進しようとするものである。@我が国周辺海域で発見されているメタンハイドレートは天然ガスの元となるものであり、今後10年をめどに商業化を目指すこと、A外航海運業の国際競争力を強化することを目的として、日本籍船の数を今後5年間で二倍に増やすこと、B我が国EEZにおいて外国船が無断で科学的調査することを制限する法整備をすること、C省庁や独立行政法人にある海洋情報を民間企業や研究機関などが活用できるように一元管理すること、など12の施策からなっている。
本レポートは海洋基本法の成立と海洋基本計画が策定される背景と流れについて概観し(図表1)、海洋科学技術政策の視点から課題と今後への期待をまとめる。

2.海洋基本計画策定の概要
2‐1 海洋基本法成立の背景
20世紀の海洋は広く利用されるとともに、海洋先進国による資源獲得競争が激化した時代であった。これを背景として国連の場において、これまでの「狭い領海」と「広い公海」を前提とする海洋の管理と利用が見直されることになり、国連海洋法条約(海洋法に関する国際連合条約)注2)が1982年に採択され、1994年に発効した。EEZや大陸棚などによって海域が区分され、公海部分が縮小され、さらに公海における自由な活動も制約され、沿岸国の権限が拡大するなど、新たな国際海洋秩序の枠組みが構築されてきた。また地球環境問題についても海洋の役割が認識されるようになってきた。海洋は巨大であり浄化能力があり、人類起源の環境負荷を緩和する機能を担ってきたが、海洋自体における環境問題も顕在化してきている。
1996年には我が国も国連海洋法条約を批准したが、国際海洋秩序を補完する取り組みは進んでおらず、現在でもなお進行中とされている。我が国の海洋政策は海洋を利用する者の利害を利用者間で調整する観点からのものであり、海洋を管理する立場から利用のあり方を調整する視点は無かったのである。なかでも海底鉱物・エネルギー資源と大陸棚限界確定への対応については先送りされてきた。
これには4つの原因があるとされている。2006年7月26日の海洋技術フォーラム平成17年度活動報告会の講演のなかで武見敬三氏(当時参議院議員)は次のように指摘している1)。
(1)縦割り行政
海洋政策は、EEZの管理(外務省)、海洋環境の保護(環境省)、海洋資源開発(経済産業省)、海運・海上保安(国土交通省)、海洋科学技術(文部科学省)というように、縦割り行政のもとでばらばらに所管され、海洋政策を統合的に決定する機能が形成されなかった。
(2)政治的リーダーシップの欠如
海洋問題を重要施策として、官の縦割り行政の弊害を克服する政治的リーダーシップがなく、総合的に立案する問題意識が欠如していた。
(3)海洋問題の先送り
領土問題やEEZの境界線確定、EEZ内の海洋権益の確保については、近隣諸国との敏感な問題が深刻化することを憂慮し、問題を先送りする傾向があった。
(4)海洋問題に対する国民の一般的関心の低さ
世界が加速度的にグローバル化するなかで、国民レベルにおける海洋への関心は低下してしまった。
海洋基本法は、大陸棚限界確定問題注3)と海洋権益をめぐる問題注4)の浮上により、海洋問題への関心が近年再び高まってきたことを背景として、制定に向けて検討された。この動きには二つの流れがあった。一つは「EEZ内の海洋権益の確保」という視点からのものであった2)。この視点から法律案を準備する過程で、海洋政策の理念を示す法律が必要ではないかという要望が出された3)。もう一つの流れは海洋政策研究財団を中心として2006年1月に提出された「海洋と日本:21世紀の海洋政策の提言」である4)。
この「提言」の主な内容は、海洋政策大綱の策定、海洋基本法の制定、海洋担当大臣の任命など行政機構の整理、海に拡大した「国土」の管理であった。内閣に総合海洋政策会議を設け、新設の海洋政策担当相を中心に、国を挙げて海洋政策に取り組む体制を整えるべき、という内容であった。このような海洋基本法を制定することによって以下のことが期待されるとした。
(1)政策全体の戦略欠如については、形骸化した「関係省庁連絡会議」を強い権限をもつ「総合海洋政策会議」に改める。
(2) EEZ内の資源開発問題については、外務省と経済産業省が連携して国益に沿った対応に改める。
(3)日本籍船と日本人船員の激減については、税制を含め、総合的な対策を迅速に実施する。
以上のような我が国をとりまく国際情勢の変化や我が国の海洋政策への提言などを踏まえて、海洋基本法がまとめられることになった。
2‐2 海洋基本法の理念と海洋基本計画の方針
海洋基本法は2007年4月に議員立法として可決され、同年7月20日に施行された。この基本法には6つの基本理念が掲げられ、この基本理念が海洋基本計画の方針にもなっている5)。基本計画の方針の概要を以下にまとめる。
(1)海洋の開発および利用と海洋環境の保全との調和
- 沿岸域は多様な海洋生態系の場であり、また高度に利用されていることから、環境負荷の低減や生態系の保全と再生を重視した政策とする。
- 我が国のEEZや大陸棚は広大であり、海底鉱物資源が豊富であることから、将来の開発利用を重視した政策とし、またこのための調査を計画的に進める。
- 深海底の未開発エネルギー資源の開発について、政府の役割を明らかにする必要がある。
(2)海洋の安全の確保
- 海上輸送および海洋権益に関わる海洋の安全確保に向け、法制度の整備を含む体制強化を進める。
- 海洋に由来する自然災害の脅威に対応するため、国民の生命・財産を守る海洋施策に取り組む。
(3)海洋に関する科学的知見の充実
- 各種の行政分野における海洋調査は目的に応じた方法で行われ、調査結果が施策に活用されており、このような海洋調査の推進方法は妥当と言えるが、各種調査の効率化とデータの共有化を推進するため、運用体制を整備し、更なる充実を図るべきである。
- 科学的に未解明な分野が多い海洋に関する基礎的基盤的な科学的知見を充実させ、調査研究成果を社会・経済に還元することが重要であり、このため海洋に関する情報を一元的に管理し提供する体制の整備、若手人材の育成・確保等が必要となる。
(4)海洋産業の健全な発展
- 海洋産業の健全な発展を図るため、競争条件を整備し、体質改善を進めることにより、競争力のある基盤を整備していくことなどが必要である。
- 海洋関連技術、海洋資源、海洋空間を活かした新産業の創出に積極的に取り組むべきである。
(5)海洋の総合的管理
- 海洋に関するさまざまな情報を総合的に収集・整備・管理する体制を早急に構築すべきである。
- 国際社会においては、平和的で衡平かつ持続可能な開発・利用の実現に努めることが必要である。
- 沿岸域の総合管理にあっては、陸域からの影響緩和や利活用を図る施策を講じるべきである。
(6)海洋に関する国際的協調
- 周辺海域において、我が国の権益を確保するとともに秩序を安定したものとすべく、国際ルールに則した問題解決を追求する。
- 広く全世界の海洋について、海上交通の自由と安全の確保や海洋水産資源の持続的利用を実現するため、国際的秩序を形成し発展させていくことが必要であり、我が国はその先導的役割を担うべきである。
- 地球環境に対する海洋の役割は大きいので、地球環境問題に貢献できる国際的活動においても先導的役割を担うべきである。
2‐3 海洋基本計画の策定
海洋基本計画は海洋基本法の基本理念を踏まえ、海洋に関する政策を総合的かつ計画的に推進していくことを目的として策定され、2008年3月18日に閣議決定された。この計画は、情勢の変化や施策の評価に応じて、おおむね5年ごとに見直される中期的計画である。また海洋基本計画に基づき、海洋に関する施策を集中的かつ総合的に推進するための体制として、2007年7月20日、内閣に総合海洋政策本部が設置された(図表2)。

今後5ヵ年を見通した本計画が目指す政策目標は、海洋における全人類的課題への先導的挑戦、豊かな海洋資源や海洋空間の持続可能な利用に向けた礎づくり、安全・安心な国民生活の実現に向けた海洋分野での貢献、とされている。 海洋基本法は、海洋基本計画が定めるべきものとして、「海洋に関する施策についての基本的な方針」と「海洋に関する施策に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」を掲げている。この施策については、基本法において基本的施策と定める次の12項目が計画期間中に実施すべき事項とされ、具体化が図られた。@海洋資源の開発及び利用の推進、A海洋環境の保全等、B排他的経済水域等の開発等の推進、C陸上輸送の確保、D海洋の安全の確保、E海洋調査の推進、F海洋科学技術に関する研究開発の推進等、G海洋産業の振興及び国際競争力の強化、H沿岸域の総合的管理、I離島の保全等、J国際的な連携の確保及び国際協力の推進、K海洋に関する国民の理解の増進と人材育成、が列挙されている。 この基本計画の策定プロセスにおいては海洋に関わる学術界や産業界など各界から提言が出された。主なものをまとめると以下の四つになる。
1)大学の海洋研究者や海洋関連学会は、海洋における物理・化学・生物学の基礎的なプロセスを理解すること、海洋研究のための基盤整備をすること、人材の教育、各界の情報を共有するネットワークの構築が重要であることを提言した6〜8)。
2) 産業界は、基本計画が各省庁の進めてきた施策を単にそのまま集めたり、積み上げたりしたものであってはならないと指摘した。また、海洋産業の振興と国際競争力を強化する必要性を強調し、国家的かつ国際的プロジェクトとして、我が国の管轄する海域の総合的調査とデータの一元管理、海洋開発等の拠点としての洋上基地の構築と活用、国際的な連携と協調を推進すべきであること、また今後の政策推進にあたっては、産業界の意見が政策に反映される体制を構築すること、さらに省庁の縦割りの弊害を排してトップダウン型で施策を推進するよう要望した9)。
3) 水産関連学会からは、持続的資源利用への取り組みや、水産業の発展に資することが求められている10)。
4) 自然保護団体などからは、海洋基本法では海洋の資源開発を進めることに重点が置かれているが、海洋基本法は日本の海の環境保全にとって重要な役割を果たすものであり、海洋基本計画には環境保全の視点を盛りこむよう提案されている。

3.海洋研究と海洋基本計画
海洋科学技術の研究開発に関しては、海洋基本計画の「科学的知見の充実」にまとめられている。重要なキーワードはすべて網羅されているが、今後の課題を指摘しておきたい。
3‐1 世界に繋がる海洋政策
我が国は四方を海に囲まれた「海洋国家」である。しかし海洋を島国の防護壁とみなすのか、世界と交流する開かれた道ととらえるのかで大きく異なる。我が国では、海洋によって諸外国から護られてきたという意識が強く育まれてきたのではなかろうか。これは海洋基本法の基本的な考え方の一つである「守る」という言葉にも象徴されている。もちろん、「守る」ことも大事ではあるが、海洋を通じて広く世界の諸国と繋がっていくことがより重要であり、海洋基本計画が掲げる「海洋に関する国際的協調」では世界と「繋がる」ことを主眼とする必要がある。
海洋で繋がる諸外国との利害関係は複雑多岐にわたっている。航行の自由と安全、海洋水産資源の持続的な利用を実現していくために、我が国が国際的な秩序形成のために先導的な役割を担う必要がある。また、海洋の科学的調査の対象海域は我が国の管轄権の及ぶEEZにとどまらず海洋地球全体に広がっている。他国のEEZ内で研究調査を行う際には、相手国の許可が必要とされ、場合によっては許可されないこともある。このレベルの国際的な調整は個々の研究機関の申請手続きのみでは困難となっており、科学的な海洋調査については、国家レベルのルールをまとめ、統合して担うべき国家的機関が必要とされている。
一方、地球温暖化にともない、北極海の氷が消滅する可能性が議論されている。沿岸国にとってみれば、北極海の海底に眠る資源開発の可能性が拓かれることになり、航路が開かれれば世界の物資輸送の大変革が起こる可能性がある。しかし、北極海の氷が消滅すれば、地球規模の海水循環と熱循環が大変動することもまた明らかである。したがって、これは北極海沿岸国ばかりでなく人類全体に関わる問題である。このような現象を科学者の研究により解明していくばかりでなく、我が国として北極海問題にどのような関与をすべきかの戦略が必要であり、そのなかに個別の調査研究が位置づけられなければならない。
海洋環境の研究開発においては、特に近隣諸国との連携が大切である。海洋の漂流・漂着ゴミ問題は海洋基本計画の掲げる方針の一つ「海洋の総合的管理」に含まれており、発生源対策を含めた総合的な取り組みが必要とされている。我が国がゴミを海洋に排出させないような施策を講じるべきことは当然であるが、近隣諸国との友好的で連携のある環境対策も同時に進めていく必要がある。一衣帯水での近隣諸国と、海洋科学技術を共同で開発することや、役割を分担して協力することなどの国際連携が重要である。現時点では研究者レベルでの交流が細々と続けられているのが現状である。たとえば、原油流出事故などのような重大な海洋環境汚染など、たまにしか起こらないけれども結果が重大な事故の対策技術などは、開発を各国が別々に細々と続けても、研究開発効率は悪く、開発された技術を維持発展させていくことも困難であり、国際的な共同や連携が求められている。
3‐2 海洋における推進すべき科学研究領域
海洋基本法においては、海洋を管理する視点からも、また安全・安心な国民生活を実現するためにも、海洋を「知る」ことの大切さが謳われている。基本法の第4条には海洋における科学的知見を充実させる理念が掲げられ、第22条には海洋調査を推進すること、第23条には海洋科学技術に関する研究開発を推進すべきことが明記されている。
我が国は広大なユーラシア大陸と太平洋に挟まれた島国であり、地殻は極めて活動的である。いくつかの海洋プレートが大陸プレートに沈み込んで造られた島弧であり、地震や火山活動などが活発である。また周辺の海は浅海から大水深の海域まで広く分布している。さらに我が国は太平洋の西に位置していることから、南西からは暖流の黒潮、北東からは寒流の親潮に洗われ、両海流が我が国の近海でぶつかりあい、このため気候や気象は多様であり、豊かな生態系がつくられている。したがって我が国の海洋に関わる研究は、資源を利用する研究から、地球環境を理解するための研究まで広範囲にわたっている。今後特に進めていくべき海洋科学の研究は、下記のような領域である(図表3)。

(1)海洋底ダイナミクスの研究
人間の時間スケールからすると地球はほとんど固体であり、せいぜい地震や火山噴火などの活動を目にするだけであるが、百万年を単位とするような地球の時間スケールでは、きわめて活発に変動していて、かつての海洋底が世界最高の山になったり、大洋底の裂け目から湧き出した地球内部の物質がベルトコンベアのように移動して大陸地殻の下にもぐりこんでいる。我が国における海溝型の地震や火山の活動はこのような海洋底のダイナミクスに関する研究がなければ理解できないものである。このような研究は、海底鉱物資源やエネルギー資源の探査や利用にも基礎的な知見を提供する。
(2)気候変動に関わる海洋研究
地球は太陽からのエネルギーを低緯度で吸収し、高緯度で放出しており、熱が大気と海水によって低緯度から高緯度へと運ばれている。このようなエネルギーの移動によって、地球の気候は現在の状態で平衡している。大気と海洋とでも熱のやりとりがあり、これによって大気が動いて風となり、海水が動いて海流となり、さまざまな時間的および空間的スケールの変動が起こっている。しかし、人類起源の地球温暖化にともない、このような変動パターンがドラスティックに変わろうとしている。2007年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書は、温室効果ガスの大気中濃度の増加によって地球温暖化が進行していると結論づけた。温暖化により増加した熱の大部分は海洋に吸収され、海洋表層の水温が上昇すれば、海洋表層と深層の海水混合が妨げられ、物質の循環や生態系へ影響が出ると懸念されている。また、北極海などでは、海氷がかなりの速度で減少していることが観測されている。 海洋のさまざまな変動が、どのような規模と時間で進行していくかを知るには、広範囲の緻密かつ精緻な観測に基づく精度の高い長期の予測研究が必須とされている。これらに関する研究は世界各国との国際協力で進めていかなければならない課題であるが、我が国は積極的に関与あるいは主導して進めなければならない。
(3)生物多様性および生命の起源と進化の研究
気候変動にともない、海洋はさまざまな影響を受ける。大気と海洋の熱や物質の流れが変動するばかりでなく、海洋生物の活動が変化する。海洋生態系が変動し生物多様性が減退することや、大気CO2が海水に溶け込むことによって海洋が酸性化して、殻をもつ生物種が死滅することも懸念されている。これらがまた気候変動にどのように影響するかも今後の研究課題となっている。
かつて海洋の生物は沿岸やごく表層にしかいないと信じられていた。深海科学技術の発展とともに科学的知見が蓄積され、海洋生物に関する科学概念は、この四半世紀で大きく変容した。海洋の中層や深層にも多様な生物群集が発見された。陸上や海洋表層の光合成とはまるで異なる化学合成する生物も発見され、これを基盤とした生態系も形成されていることがわかった。また近年、海底下の深部地下にも微生物群集が生息していることがわかってきた。このような研究は生命の起源や生物進化の科学概念に大きな影響を与えており、観測技術の革新によって今後ともより一層の展開が期待されている。
3‐3 海洋科学研究に必要となる設備
海洋基本計画には、「国際的にも先導的な立場で海洋調査を推進するためには、最先端の性能を有する船舶、設備等が必要であるが、現有の船舶、設備等のなかには老朽化が進んでいることに加え、最近の燃料費の高騰の影響により、調査活動が制約されている面もある」という現状が述べられている。このような現状を改善するための方策として、「調査計画等の情報の共有化、運用の効率化を推進すること」、「施設・設備等の整備や運用につき計画的かつ燃料費等の情勢に柔軟に対応していくこと」、また、「海洋管理に必要な基礎情報について、各機関が連携・協力し重点的に海洋調査を行う」ことが必要とされる、とされている。
以上のような現状に対して、これまで関係諸機関はそれぞれが努力を積み重ねてきた。これからの問題は、老朽化した船舶あるいは設備等をどのようなプロセスによって整備更新していくのかという基準づくりにある。海洋研究船のような特殊な船舶を長期間造らないでいることは技術の継承という観点からも問題であり、構造強度の耐用年数と研究設備としての陳腐化に対しては、諸機関の裁量と努力のみに任せるのではなく、総合海洋政策本部がしっかりとした基準を示す必要がある。近年では、南極観測船「しらせ」が護衛艦に準ずるとして、基準となる就役期間20年の後にさらに4年の延命修理を施して2007年度いっぱいで退役となった。新南極観測船が運航するまでには一年のブランクが生じるため、研究者から、さらに延命させるべきではないかという意見もあったが、護衛艦としての規則により廃船されることになった。先端的な性能を維持発展させていくためには、運用期間等の曖昧さを排除するためにも、規則をもって更新すべきことを総合海洋政策本部は各省庁に勧告し是正させることができなければならない。
最近は、燃料費の高騰による影響が甚大である。船舶・設備等を効率的に運用する努力をするにも、一機関ごとでの対応には限界がある。巨額の経費をかけて開発したものを無駄に遊ばせておくことは問題である。船舶・施設等を可能な限り効果的・効率的に運用するために、諸機関の間で柔軟に運用することを求め、運用経費の負担は総合海洋政策本部が一括して財務当局と調整するほうが効率的である。
研究プラットフォームの整備については、ハードウェアの充実ばかりでなく、それを動かし機能させる人材の育成が欠かせない技術伝承や、サービス産業の人材育成と共通する基本的な問題である。ハードウェアを充実させても、それを動かし高品質のデータを取得することができなければ宝の持ち腐れである。調査観測を担う人材を育成することは、各研究機関が責任をもって進めなければならないが、それを義務として進めるよう総合海洋政策本部が勧告し、適正でなければ是正させる権限と予算措置を講ずる権限とを持たなければならない。海洋分野における技術伝承と人材育成について、総合海洋政策本部は国家戦略を示す必要があるだろう。
我が国の海洋観測に用いられる計測機器は、ごく一部を除けば、多くを外国からの輸入に依存しているのが実情である。海洋調査研究費の多くの部分が外国からの機器購入のために使われていることは、高性能の計測機器が我が国に存在しない現状ではやむをえないことである。外国との交流という意味ではむしろ役立っているかもしれないが、いつまでたっても自立した調査研究ができない由々しき事態とも言える。問題は、計測機器を開発する技術者のインセンティブが失われていることにあると考えられる。計測機器産業の振興のために、計測機器の研究開発を鼓舞するようなファンドを設立することが期待される。
次世代を切り開くようなシステム開発において、イノベーションにつながる要素を含むものを総合海洋政策本部が高く評価する体制を創りあげていかなければならない。
3‐4 総合海洋政策本部に期待されるトップダウン型の役割
海洋研究を進める上で総合海洋政策本部に期待される役割について、これまで具体的な課題について述べてきた。ここでは総合海洋政策本部に求められる体制的な役割について検討する。基本的には、国家戦略としてトップダウンで推進すべき海洋科学技術政策を示し、それに基づき各省庁が主体となって推進する海洋施策とすることである。戦略目標の明示は総合海洋政策本部が強力に推進してほしい役割である(図表4)。

我が国に「基本法」はいくつもあるが、海洋に関連する基本法には、海洋基本法の他にも、環境省の所管する環境基本法、水産庁の所管する水産基本法、また資源エネルギー庁の所管するエネルギー政策基本法がある。各省庁が担当する海洋政策はこれらの基本法に基づいて実施されてきた。新たに制定された海洋基本法は所管が内閣官房であり、海洋担当大臣は国土交通相の兼務となっているが、省庁やその基本法に基づく政策を統括することが期待される。
科学技術の研究開発については、科学技術基本法の規定に基づき、総合科学技術会議の答申も踏まえて「科学技術基本計画」が策定されている。この推進にあたっては、総合科学技術会議は司令塔としての役割を担っている。第3期科学技術基本計画(2006〜2010年)には、「科学技術は社会の持続的発展の牽引車」として「人類の未来を拓く力」となり、人類が21世紀に直面することになるであろう地球規模の諸問題に対応することが謳われている。その重点推進四分野の一つが「環境」であり、「海洋」は推進四分野の一つである「フロンティア」分野と位置づけられており、国家基幹技術として戦略的に推進されている海洋科学技術の課題もある。
今後、海洋科学技術の研究開発は、海洋基本法と科学技術基本法の両方に関係することになる。海洋基本計画においては、「海洋に関する情報の一元的管理・提供」を目指すとしているが、ここでいう「情報」が政府の調査機関が行っているデータだけを指すものか研究機関のデータも含むのか、現状では不明確である。海洋基本計画には、我が国として必要な海洋データの内容を明示し、取得方法や利用方法を統一することが求められる。またそのようなデータを取得し利用するために必要となる手法の技術開発については、研究開発機関に新たに予算措置を講じなければならなくなるであろう。

4.おわりに
海洋基本計画の策定においては、海洋基本法の成立をきっかけとして、産業界や学術界等からさまざまな意見や構想が提案された。海洋基本計画で策定された計画を各界が実行していくことは我が国の海洋における研究開発の将来につながるものであり、研究コミュニティの活性化にとっても重要である。海洋の開発構想は関連分野が多岐にわたり、初期投資が大きいために容易には実現しにくいという側面はあったが、今後は、海洋基本計画が策定されたことにより、計画された構想の着実な進展が期待される。
海洋基本法で対象とされている「海洋」とは、必ずしもEEZや大陸棚に限定されているわけではない。地球環境や国際海洋法との関連もあり、グローバルな意味での海洋への取り組みが重要であるとされている。一方、海洋基本計画において、「海洋」とは、我が国の統治や管理のおよぶ範囲までとなっており、その範囲が限定されている。そうすると、たとえば地球温暖化によって北極海の氷が溶けてしまうことが懸念されているけれども、このようなグローバルな問題に対して我が国では海洋科学技術政策の提言がなされなくなる恐れがある。
また、海洋権益の確保は、我が国のEEZ・大陸棚における学術研究活動、科学調査・観測、環境管理、資源探査・開発、産業利用などを実際にかつ持続的に展開することによってしか実現できない。日本の大陸棚やEEZ内の海底には、黒鉱型海底熱水鉱床やコバルト・リッチ・クラストなど、有望な鉱床が存在している。一方、水産資源は再生産可能なものであり、持続的に利用していくことが必須とされている。さらに海洋は地球環境の緩衝機能をもっている。これらをより詳しく知るためにも国際的な協調と連携が求められている。これらを同時に実現していくためには、海洋科学技術をハード面・ソフト面ともに世界のトップとなるように育成していくことが必要であろう。
海洋基本法には崇高な理念が謳われているが、具体的な海洋施策と予算要求は各省庁が行うことになる。しかし、総合的な海洋政策のために予算が増やされるということは、当面、期待できず、海洋基本計画に盛りこまれていない施策を実行することは不可能となるであろう。また、各省庁がこれまでそれぞれの枠のなかで推進してきた海洋政策は、より厳しい競争にさらされることになると思われる。施策を統括して推進していくため、総合海洋政策本部には海洋基本法の理念に基づいた強力なトップダウン型リーダーシップが期待される。

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