1.はじめに
防災・減災においては、自助・共助・公助の様々な場面で、ハザードマップをはじめとした災害に関する情報を効果的に活用することが重要である。平成19年6月1日に閣議決定した長期戦略指針「イノベーション25」1)においても、早急に開始すべき「社会還元加速プロジェクト」のひとつとして、「安全・安心な社会」を目指した「きめ細かい災害情報を国民一人ひとりに届けるとともに災害対応に役立つ情報通信システムの構築」が挙げられている。図表1に、平成20年度にこのプロジェクトに位置付けられた各府省の取り組みを示す。本稿では、実際に構築が進められている防災・減災のための情報通信システム(以下、「防災情報システム」と呼ぶ。)の現状について俯瞰し、今後求められる防災情報システムの構築および運用のあり方として、「防災情報システムの相互運用」について述べる。特に防災・減災を目的として災害が起こる前から活用されているべき情報システムに着目する。


2.防災情報システムの現状
防災情報分野の施策について、「平成19年版防災白書」3)より抜粋すると、「平成15年7月の中央防災会議の「防災情報の共有化に関する専門調査会」4)において、各種行政機関の防災情報システムの有機的な連携のあり方、行政と住民、住民等同士の間における防災情報の共有、科学的防災情報の提供についての報告を取りまとめている。また、平成18年1月の「IT新改革戦略」(IT戦略本部決定)5)においては、防災コンテンツの国民への提供促進、防災・治安情報の基盤の高度化・堅牢化、防災情報共有プラットフォームの拡充などがうたわれている。さらに、平成18年7月の「重点計画2006」6)においては、世界に誇れる安全・安心な社会の構築を目指すために、ITによる防災情報基盤整備の推進が掲げられている。」とされている。
防災情報システムの構築について国が推進しているものとしては、内閣府、国土交通省、気象庁、消防庁等において、各種災害・防災情報の収集、共有、伝達を目的とした防災情報システムの構築が挙げられる(図表2)。同様に、各地方自治体においても、それぞれ独自の防災情報システムの検討、構築が進められている。また、近年では、事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)や企業防災の観点から、企業内における防災情報システムの構築も急速に行われつつある。
 一般利用者向けに公開され、平時から利用可能な防災情報システムも官民を問わず数多く存在する。防災に資する情報として多くの自治体から提供されているハザードマップについては、紙媒体で一般配布されるとともに、インターネットホームページ上で公開されている場合が多い。そのほとんどが画像やpdfといった静的なファイルとしての公開であるが、中にはWebGIS(Web Geographic Information System)などの技術を導入し、拡大や縮小等も可能な防災情報システムもある。例えば、「茅ヶ崎市地震シミュレーションシステム」7)では、選択や操作により結果が異なるシステムとして、利用者が想定地震とマグニチュードを任意に設定することで、その結果想定される震度や液状化の状況を表示することができる。(株)日立東日本ソリューションズが公開している「室内危険度診断システム」8)では、間取りや建物の構造、家具の配置状況などを利用者自らが入力することで、どのくらいの震度の地震が発生すると、家具の転倒や散乱がどのように発生するか、そして、その中でどのように避難するかをシミュレーションすることができる。さらに、情報の提供サービスだけではなく、住民参加型で情報を作成し、共有するシステムの例も見られる。神奈川県藤沢市の「ふじさわ電縁マップ」9)では、バリアフリー・文化財・グルメ・見どころなどに関する様々な地図を住民が協働で作成し公開しているが、防災についても、避難所・防災倉庫・消火栓・医療施設などの情報が、住民の投稿により地図として作成・公開されている。
このように、情報通信技術(ICT: Information Communications Technology)の発展が著しい現在、インターネットを介す形での情報収集・情報共有・情報伝達に関する取り組みは、今後も一層増えていくものと考えられる。また、従来は公的機関のための防災情報システムが多かったことに比べると、近年は住民や地域コミュニティあるいは企業等を利用者として想定したシステムが増えてきており、公助のみならず、自助や共助を支援することにも重点が置かれつつある。

3.これからの防災情報システムに求められる要件
このような防災情報システムの構築と運用が進められつつある中、情報を活用して防災・減災対策を検討し実行するために求められる今後の要件として、特に下記の2点が挙げられる。
3‐1
マルチハザード・マルチリスクへの対応と
不確実性考慮のための「情報の統合利用」
防災・減災においては、地震・噴火・洪水・がけ崩れ・津波などを引き起こすハザード(災害の発生源)は1種類ではなく、起こりうる全てのハザードを対象としなければならない。また、リスク(ハザードより受ける被害)も、生命に関するリスク・物的リスク・経済的なリスク・復旧や復興に係るリスク等、多様に存在する。すなわち、防災・減災対策においては、誰もが、マルチハザード・マルチリスクへの検討と立案を行っていく必要がある。加えて、自然災害の発生メカニズムの解明はいまだ完全ではなく、災害に関する情報には多くの不確実性が含まれている。したがって、情報を利用する際には、その信頼性や精度、発信主体の多様性等について十分に配慮する必要がある。
このマルチハザード・マルチリスクへの対応、そして不確実性を考慮した防災・減災対策を検討し立案していくためには、利用者側は、単独の情報のみに頼ることはできない。その時点で存在するより多くの情報を入手し、比較し、取捨選択(トレードオフ)し、総合的に判断した上で、自らの行動の意思決定を行っていくこと、すなわち、「情報の統合利用」を行っていく必要がある。
これに対し、既存の防災情報システムでは、例えば、地震に関する情報、洪水に関する情報、土砂災害に関する情報などがハザード毎に独立したシステムで運用されており、それらをひとつの場で統合的に利用できない場合が多い。また、WebGIS等を組み込んだ重畳表示が可能な既存のシステムにおいても、選択できるのはそのシステム内であらかじめ整備されている情報に限られ、他のシステムで運用されている情報を取り込んで統合利用することはできない場合がほとんどである。このような状況では、たとえマルチハザード・マルチリスクへの対応や不確実性を考慮するための多種多様な情報が存在していたとしても、利用者がその情報間での比較・トレードオフ・総合判断を行うことは困難である。したがって、今後の防災情報システムの構築では、マルチハザード・マルチリスクへの対応と不確実性の考慮を行うために、「情報の統合利用」を可能とする機能の開発が求められる。
3‐2 情報の信頼性を確保するための「情報間の連動」
利用者が情報に基づいて意思決定を行う場合、その前提として、利用する情報の信頼性が確保されていることが必要である。信頼性とは、活用に即した精度が担保されていることを指す場合が多い。しかし、災害リスクの分野においては、前述したとおり未だ不確実性が多く存在している。したがって、必ずしも精度が十分でないとしても、その情報を基に防災・減災対策を検討する必要が生ずる場合もある。その際、その情報の出所や作成方法等が明らかであるとともに、その作成方法に従って、連動すべき情報同士が連動していなければならない。ここでいう連動とは、あるデータが更新された場合に、そのデータを利用して作成されたデータも併せて更新されるということである。例えば、地震災害による被害想定図は、地震の発生可能性評価結果を基として、ボーリングデータや地質データ等から作成された地下構造モデルやその上に居住する人口や建造物の耐震性評価等を加え、多種類の情報を統合的に処理し、シミュレーションされた結果として出力されたものである。したがって、この元データのうち一つでも更新された際には、その都度、出力結果である被害想定にも変更が必要になる。この連動が正しく行われることで、使用する被害想定がつねに最新の知見を反映したもので、かつ、情報間での不整合もないこととなり、初めて、信頼性のある情報と位置付けることができる。
これに対し、現状の防災情報システムでは、利用する情報をそのシステム内固有のデータベースに格納しており、それらをつねに最新のものにアップデートしていくことは運用上の負荷が大きい。そのため、システム構築時に整備した情報を更新せずに使用している場合が多く、結果として、新しい知見が反映されていない古いデータで運用されている情報システムが多々存在してしまっている。このような状態では、防災・減災対策を検討し立案する上で、最新の知見を活用できず、また、整合性の取れないデータを使用していることにもなり、本質的に望ましい対策を執ることができない。
災害リスクの調査や研究においては、日進月歩で新しい知見が生まれており、不確実性を減らすためには、つねに最も確からしい情報を利用できることが重要である。したがって、今後の防災情報システムの構築では、最新の知見の活用と、情報間の整合性を確保するために、連動すべき情報を連動させる仕組み作りが必要である。

4.多様なシステム間での情報の流通を可能とする「相互運用」
2章で記したとおり、現在、多様な防災情報システムの構築および運用が進められている。しかし、的確な防災・減災対策を検討し立案していく上では、3章で挙げた2つの要件を充足させる必要がある。これに対し、現状の防災情報システムが抱えている問題は、それぞれのシステムが独立して構築・運用され、そこで提供されている情報はそのシステム上でしか利用できない形となっているということにある。例えば、現行の公的機関の防災情報システムは、公的機関が防災対策等を検討し実行するためのシステムであり、住民等が利用することは必ずしも想定していない。しかし、そのシステム内で利用されている情報には、住民が自助や共助を考える上でも有効な情報が多々含まれている。例えば、防災施設の位置や設置されている機材の情報・被害想定・過去の災害履歴などは、住民にとっても非常に重要な情報である。しかし、これらの情報は、紙媒体のハザードマップに含められて提供されたり、公的機関のホームページで表やpdf等の固定化された情報として提供されている場合が多い。結果として、住民側は、自らが使用する防災情報システム上で扱えるよう、住民自らがこれらの情報を編集・作成し、利用しているのが現状である。一方、住民間での取り組みとして、日頃から感じる「ヒヤリハット」や危険箇所等をまとめた「防災マップ」づくり等が行われている。しかし、これもあくまで住民間での情報共有に留まり、公的機関の防災情報システムがこれらを取り込んで防災対策に活用している例は見られない。
中央防災会議「防災情報の共有化に関する専門調査会報告」4)においても、今後の課題として「自助・共助・公助がバランスした防災社会の確立」が挙げられており、「行政による公助に加えて、地域の住民、NPO、企業等の自助・共助により地域の防災力を高めることが極めて重要である。自助・共助がより効果的に行われるためには、これを支える情報の流通が不可欠」とされている。しかし、現状の防災情報システムでは、防災・減災のための情報の統合利用および連動を実現するための情報の流通が行われているとは言いがたい。
これらの課題を解消するには、全ての防災情報システムの仕様を統一する、または、全ての情報のフォーマットを統一する、という方策が考えられる。しかし、個々の防災情報システムは、それぞれが想定する利用者に対して必要な機能や利便性を提供することも重要な目的であり、それを含めてさらに同一の仕様にも合わせるということは現実的に不可能である。これに対し、別の方策として、防災情報システムのインプットとアウトプットの部分、すなわち、システム間のインターフェースだけを標準化し、システム間で情報をやり取りできるようにする「相互運用」方式での情報提供がありうる。これは、図表3に示すように、これまでサーバ毎に異なっていたインターフェースを標準化することで、それぞれ独立した情報通信システムから提供される情報を相互に利用できるようにする方式である。この方式に則った情報提供を行うことにより、異なる多様な防災情報システム間で扱ってきた情報を互いに流通することが可能となる。その結果、システム同士が接続され、利用者は並列または一連の情報サービスとして利用することも可能となる。これまでの情報提供のあり方が、提供機関・組織間で分散・独立したシステムであるとすると、相互運用とは、提供機関・組織間で分散しているが連携しているシステムと言える。これは、情報提供者が構築したシステム上でのみ利用者が情報を利用するという、従来の一方向的で固定化した運用方式とは異なり、利用者が、外部で提供されている様々な情報を、利用者側のシステムに動的に取り込んで利用することが可能なシステムである。このように、今後は、誰もがすべての情報をどのシステム上でも利用できる環境が実現することが求められている。


5.相互運用の有効性
ここでは、情報通信システム間の相互運用が3章で挙げた防災情報システムに求められる要件をどのように充足しうるかについて、事例を挙げて紹介する。5‐1
「情報の統合利用」の実現可能性
3-1で述べた通り、マルチハザード・マルチリスクへ対応し、不確実性を考慮するためには、複数の防災情報システムから提供されている情報の統合利用を可能とすることが求められる。しかし、4章で述べたように、その防災情報システムが互いに独立し、連携がなされていなかったことがこれまでの課題であった。これに対し、図表3のような相互運用の考え方を取り入れ、互いの防災情報システムを連携し、運用できる仕組みを検討している具体的事例について、以下に紹介する。
静岡県島田市では、地域における住民の様々な活動を情報面で支援することを目的に、地域情報共有基盤(eコミュニティ・プラットフォーム)「eコミュニティしまだ」11)が運用されている。「eコミュニティしまだ」では、音楽・環境・菓子・商業経営などをテーマとした35のコミュニティが地域活動を行っている。この中に、防災活動としては「町内安全点検地図」というコミュニティがある。ここでは、平成17年から、地区内の安全・安心をテーマに、被災経験箇所や危険と思われる箇所、「ヒヤリハット」等が住民の手で地図上に投稿されている。当初、この取り組みは住民間のみでの情報共有として行われてきた。一方、行政(静岡県および島田市)からは、土石流・がけ崩れ・地滑りといった土砂災害に関する危険区域を示した「島田市土砂災害ハザードマップ」が紙媒体で住民に配布されてきた。しかし、媒体が異なるために、上記の「町内安全点検地図」内には、「島田市土砂災害ハザードマップ」に記された危険区域は記されておらず、比較等もなされていなかった。
平成18年12月、(独)防災科学技術研究所は、実証実験として、「島田市土砂災害ハザードマップ」をデジタル化し、模擬的に準備した行政用サーバに格納し、「eコミュニティしまだ」と相互運用形式で情報をやり取りできるよう整備した。同様に、空中写真等の他の情報についても相互運用形式の整備を行った。その結果、図表4に示すように、これまで媒体の違いにより比較することができなかった行政提供の「島田市土砂災害ハザードマップ」と、住民が整備してきた「町内安全点検地図」を、「eコミュニティしまだ」上の同一画面内で重ね合わせることができるようになった。これにより、住民側のリスク認識と行政側のリスク認識に相違がある箇所を、双方で明確に確認できるようになった。
例えば、図表4@の網掛け部分は、行政側が指定している土石流危険区域であったが、住民側の「町内安全点検地図」では土砂災害については何も投稿がされていない、すなわち、住民側では危険という認識がない箇所であった。これは、土石流が地形的に奥まったところを起点として発生する災害リスクであるため、住民にとっては日常的には認識が困難であったためと考えられる。一方、図表4Aは、住民側は危険と認識していたが、行政側では危険箇所・危険区域と指定していなかった箇所であった。住民からは「急峻な山が住宅に迫っていて大雨や地震の時の山崩れが心配」「道のそばに家があるが、山が急峻なため崩壊したときには、道や住宅に被害が出るおそれがある」といった投稿が複数なされていた。しかし、行政側の危険箇所・危険区域は、それぞれ決められた一定の基準にしたがって指定されているため、住民の視点は考慮されていなかった。このように、行政と住民との認識の間には2つの大きな相違が存在していたことが今回の相互運用により明らかとなった。

このような比較結果を地図上で明示したシステムを用いて、住民間でワークショップを行ったところ、この認識の相違に議論が集まった。事後アンケートの自由回答においては、「災害ハザードマップをもっとよく見ておこうと思う」「地元の意見を十分取り入れてほしい」「次につなげる話をどうするか、さらに先をめざそう」といった意見が記述されていた。これは、行政とのリスク認識の相違を住民が明確に認知できたことにより、リスク対応へのより強い関心が生まれ、積極性が出てきたことの表れと考えることができる。一方、行政側においては、今後の危険箇所・危険区域の説明として、全体的な説明に加えて、図表4@のように住民側に日頃から認識されていなかった危険箇所を重点的に説明することで、住民の認知を効果的に高めることが可能となる。逆に、図表4Aのように、住民側が危険と認識している箇所がハザードマップで危険と指定されていないことについては、その理由や今後の対応方策について、行政側が明確な説明責任を持って対応することが求められる。
このように、住民側・行政側それぞれの防災情報システム間で相互運用を可能とすることで、これまでの行政からの一方向的なハザードマップの配布や、住民のみで行っていた危険箇所のマッピング作業だけでは得られなかった相互効果が生まれている。これが相互運用に期待された有効性のひとつである。なお、島田市では、このような地図的データに限らず、耐震化助成の情報等、防災・減災に係るその他の様々な情報も、市の公式ホームページで提供すると同時に、eコミュニティしまだのホームページでも同時に連携して表示できる情報の運用方式について、さらに検討を進めている。5‐2
「情報間の連動」の実現可能性
情報共有をさらに発展させることで、さらに期待されるのは、防災情報システム同士を相互に連携させることで、ある情報がアップデートされた際に、それをトリガ(きっかけ)として、その情報を基に処理が行われるプログラムやサービスが連動する、いわば、複数の防災情報システムを動的に連携させた一連の防災情報システムの実現である。
例えば、地震による地盤の揺れやすさの評価においては、地下構造を詳細にモデル化する必要があるが、そのためには一定量のボーリングデータが必要である。ボーリングは都市インフラ整備や建造物の建築の際に適宜実施され、データは自治体等で管理されている。これまで、地下構造のモデル化を行う場合には、その時点までに整備されていたボーリングデータを収集し、モデル化処理を行っていた。そのため、そのタイミング以降に登録されたボーリングデータについては、次の更新のタイミングまで、地下構造モデルに反映されなかった。これに対し、相互運用により、ボーリングデータの登録・管理を行う情報システム・地下構造モデルを生成する情報システム・揺れやすさを評価する情報システムを相互に連携させることができれば、ボーリングデータが登録される都度、それをトリガとして一連の処理が連動し、つねに最新かつ最大限精度の高い情報としての地下構造モデルおよびその先の揺れやすさの評価データを保持することが可能となる。現在、この相互運用に関する研究が、科学技術振興調整費重要研究解決型研究「統合化地下構造データベースの構築」12)の一環として、平成18年7月より開始されている。
このような情報システム間連携は、リアルタイムのデータを利用するシステムにおいて、その効果を特に発揮する。例えば、(独)防災科学技術研究所では、都市における降雨災害に関する防災情報システムとして、次の3つの研究開発が行われている。1つは「MPレーダによる降雨観測情報」13)という、降雨の観測精度および予測精度の向上に関する研究開発、1つは「リアルタイム浸水被害予測情報」14)という1時間後の浸水危険度を予測するシステムの研究開発、そして最後の1つは様々な災害リスク情報を基に、自らが避難したり、要援護者の避難支援を行う「災害リスク情報に基づく行動支援システム」15)の研究開発である。これらは、現時点では別々の独立したシステムとして研究開発が行われている。これに対し、情報システム間連携を行えば、図表5に示すように、MPレーダにより観測された降雨データを、リアルタイムで浸水シミュレーションシステムが受けて1時間後の浸水危険度を予測し、その予測データを受けて、行動支援システムが利用者に避難ルートや救助ルートを提供する、という一連の処理が可能となる。

さらに、リアルタイム浸水シミュレーションシステムでは、MPレーダ以外の観測データも相互運用により取り込むことで、浸水危険度の予測精度を向上させることができる。また、行動支援システムでは、浸水以外の被害予測(例えば、緊急地震速報による震度情報を基にしたリアルタイム被害想定など)を取り込んだ、マルチハザードでの行動支援システムへの発展を検討することが可能となる。このように、1つの巨大システムで最初から最後までの処理を執り行うのではなく、処理をできるだけ分割し、それぞれを独立したシステムとして位置づけつつ、相互運用により動的に連携させることで、一連の処理の所々で新たなデータを加えて精度を向上させたり、1つのデータがより多くのシステムで動的に利用されることが可能となる。
近年、情報システムが提供するデータやサービスを利用者側で容易に扱うことを可能とするAPI(Application Programming Interface)の無償提供(例えばGoogle Maps APIなど)により、利用者側で、複数のサービスやコンテンツを組み合わせる(Mash up)ことによる、様々な新しいサービスの構築も多くなされつつある。このように、情報の提供側がその情報の利用方法の全てを司るのではなく、誰もがどのシステム上でも利用可能な状態で情報を公開することで、利用者側で有効な利用法をあみ出す、すなわち、ユーザイノベーションが創出されうる。この点も、今後の防災・減災のための情報提供のあり方として非常に重要である。

6.相互運用の実現に向けた技術開発および制度検討の動向
相互運用を実現するためには、防災情報システム間で情報が流通するためのインターフェースの標準化が必要である。この標準化に向けた取り組みとして、現在までに進められている技術開発や制度検討の動向について、以下に述べる。
まず、我が国の動きとしては、内閣府が構築を進める「防災情報共有プラットフォーム」16)がある(図表6)。これは、当面既存システムとは個別のインターフェースを採っているが、将来的には標準インターフェースでの相互運用を想定した仕組みを目指している。実現すれば、防災情報共有プラットフォームには、既存システムとともに今後整備・更新されるシステムからもつねに最新情報が登録されることになる。さらに、各府省庁の防災情報システム(図表6中では防災情報アプリケーションと表現されている)も相互運用形式に準拠することで、このプラットフォームを経由して最新の情報を利活用できることになる。現在、そのための防災情報様式の作成やシステム技術仕様(接続方法等)、運用・維持の体系等の公開についての検討が進められている。

(独)防災科学技術研究所・(独)産業技術総合研究所は、災害情報の共有による減災のための戦略的・協調的対応の実現のために、多種多様な情報共有を可能とする「情報共有プラットフォーム」の開発と、この開発において、既存システムや最新技術を用いたシステムとの接続を容易にするため、広く認知されている各種標準を基本とした「減災情報共有プロトコル」17)の仕様を提案している。
一方、地方公共団体の防災情報システムについては、防災という枠ではなく、地域情報全般を扱うシステムとして、総務省が「地域情報プラットフォーム」18)の検討を進めており、システムのあるべき姿としての仕様の標準化を行おうとしている。具体的には、WebサービスやXMLなどの技術を活用して情報システム基盤を共通化し、行政・民間を問わず地域のさまざまなサービスを連携・統合して提供することを目指している。これは(財)全国地域情報化推進協会により推進されており、アプリケーションのひとつとして、防災を想定した「防災アプリケーション基本提案書(第2版)」19)が作成されている。
放送業界では、放送のデジタル化により、映像と音声だけの放送から、より多くの付帯情報を伝えるデータ放送が可能となってきている。データ放送は、災害時の有効な情報伝達手段として注目されており、「デジタル放送地域情報共通XMLフォーマット TVCML(TeleVision Common Markup Language)」20)として、災害情報の伝達に活用することをテーマに、表現の多様性や情報の一意性、速報性の向上などを図り、より汎用性を持たせた規格を目指して検討が進められている。
なお、防災情報システムで利活用される情報の多くは位置情報を含む情報であり、地理空間情報のひとつとして位置づけることができる。地理空間情報の分野では、現在、国際標準(ISO-19100シリーズ)としての標準化が検討されている。我が国においても、これに準拠したJIS規格化(JIS-X7100シリーズ)が進められている。さらに、我が国ではその普及促進のため、国土地理院により、より使いやすく整理した実用版である「地理情報標準プロファイル(JPGIS: Japan Profile for Geographic Information Standards)」21)や「日本版メタデータプロファイル(JMP: Japan Metadata Profile)」22)が作成されている。インターフェースの仕様については、例えば、WMS(Web Mapping Service: ISO-19128規定済)、WFS(Web Feature Service: ISO-19142検討中)、WCS(Web Coverage Service)が挙げられる。WMSはコンテンツを画像化してやり取りする形式、WFSは地物オブジェクトそのものをコンテンツとしてやり取りする形式、WCSは数値データとしてやり取りする形式である。このような形式に従った情報の受発信を可能とすることで、異なるシステム間でも必要に応じたデータのやり取りを動的に行うことができるようになる。このように、地理空間情報の分野では、国際的な標準化の動向が加速している。国内においても、平成19年3月には省庁連絡協議会による「GISアクションプログラム2010」、5月には国会にて「地理空間情報活用推進基本法」が成立するなど、情報の標準化とその活用への動きが活発化している。また、国土交通省国土計画局では、WMSをベースとした「地理情報共用Webシステム標準インターフェースガイドライン」10)が策定され、今後より多くの機関・団体での利用が期待されている。我が国では、国内における地理空間情報の標準化に関する取り組みが阪神淡路大震災を機に活発化してきた経緯がある。多様な分野で利活用される地理空間情報の中でも、特に防災・減災に関する情報は重要視されている。
以上に述べてきたとおり、文字情報・数値情報・地図情報・映像情報・音声情報などの防災にかかわる様々な情報の流通を可能とする標準化に向けた仕様検討がそれぞれ進められている。検討は、今後さらに加速されるが、さらに、どの情報も隔てなく利用できるよう、それぞれの仕様間で連携されるべきである。

7.今後の課題
7‐1
各機関・団体における相互運用への積極的対応と
それを推進する情報提供ガイドラインの整備
防災情報システムの相互運用に向けては、6章に挙げた技術や制度の動向に対し、各機関や団体が具体的に情報を流通させることに前向きになれるかどうかが鍵となる。現在、国内の機関や団体が行っている相互運用形式での情報発信には、国土地理院(刊行はESRIジャパン(株))の50mメッシュ標高23)および空間データ基盤2500024)、国土交通省国土計画局のオルソ化空中写真25)、(独)防災科学技術研究所の地すべり地形分布図26)等があり、それらはWMS形式で提供されている。しかし、まだごく少数である。特に各種行政機関は、情報の提供には基本的に慎重な姿勢を見せている。提供した情報が原因で何らかの問題が発生した場合、往々にしてその責任が提供者側に問われるケースが多いことがその理由のひとつである。しかし、防災・減災においては、情報提供をすることによって救われる対象は、かけがえのない人命や財産である。たとえ精度や確度の低い情報であっても、提供することによって救われる命や財産があるのであれば、むしろ、提供しないことで救うことのできなかった責任のほうが問われるべきであろう。
今後は、どのような提供をすれば的確な利用がなされるのかを十分に議論・検討し、情報提供を行う上で準拠すべき基準を明確に設定することで、より積極的な情報提供および相互運用への対応を促進していくことが重要である。例えば、地理情報システム(GIS)関係省庁連絡会議は、これまで政府の保有する地理情報が公有物であると認識しながらも、電子的提供の可否や条件等が明確でなく、部局によっては提供を躊躇していたということを問題視し、その提供方法等を明確にし、透明・公正なルールの下、地理情報流通を促進するために「政府の地理情報の提供に関するガイドライン」27)を平成15年4月に策定した。ここでは、「各府省が保有している地理情報は、それぞれの行政目的を達成するためのみならず、個人、企業等からの利用ニーズも高く、社会・経済活動に有益な情報であるため、個人、企業等に不利益が生じまたは行政活動等に重大な支障が生じるおそれがある場合を除き、原則として、インターネットを通じて無償提供することとしているが、個人や民間等の創作性を十分に発揮させるため、その利用方法については極力制限を設けないものとする。」とされている。また、所在情報の提供、提供を可能にするための配慮、提供方法、提供条件の設定等についてや、提供に際し留意すべき個人情報の保護、国・公共による安全の確保、著作権の所在の明確化等についての具体的な提案を行っている。さらに別の例としては、空中写真について、(財)日本測量調査技術協会が「個人情報保護及び国家安全保障等に配慮した高解像度航空写真の公開について(注意喚起)」28)として、空中写真提供時における留意点を挙げている(指摘している)。このような、情報の提供を躊躇なく積極的に実施するためのガイドラインが、各種情報に関係する機関や団体により検討されることで、より多くの防災情報システムを相互運用形式に対応し、各種情報が流通・連動・統合利用されることが、防災・減災に必要な情報基盤の実現につながる。
7‐2
災害リスク情報を活用した防災・減災対策の推進
ここまで、防災情報システムの相互運用環境の構築が、防災・減災を目指す上で重要な役割を果たしうることについて述べてきた。しかし、このようなシステムや相互運用環境の実現が最終目的ではないことには注意する必要がある。防災情報システムが目指す最終的なアウトカムは、多様な主体が、流通する災害リスク情報を活用して、効果的かつ効率的に防災・減災対策を執ることができることである。相互運用環境や防災情報システムは、あくまでそのための基盤・ツールにすぎない。したがって、相互運用環境の構築を進めると同時に、行政・企業・NPOなどの各機関や団体・地域コミュニティ、そして、自助・共助・公助として、災害リスク情報を活用した防災・減災対策を推進するための方策を国民一人ひとりが検討でき、実行に移していくことができるかどうかがポイントの鍵である。 これに対し、現状では、情報の提供やシステムの構築が最終目的であるかのように行われている施策が多くみられる。例えば、「洪水ハザードマップと防災情報に関する調査報告書」29)では、ハザードマップの配布後、それに対するフォローアップが行われていた自治体は33.8%にとどまっている。情報の提供が行われても、それを活用するためのフォローアップやコミュニケーションが行われなければ、たとえ相互運用環境が実現したとしても、それが防災・減災対策に的確に活用されているとは言えない。中央防災会議「防災情報の共有化に関する専門調査会報告」においては、具体的施策として通信環境の整備や情報の共通化・標準化を進めるとともに、「平常時からの情報の的確な活用」として、災害時の防災行動に関する平常時からの周知、リスクコミュニケーションの実施、地域の特性に応じた防災対策のための情報共有、地域の災害関係情報の伝承と活用、といった施策の必要性がうたわれている。加えて、今後の検討課題として、@防災関係機関とマスメディアとの具体的連携方策、A住民等における災害時の情報通信手段の具体的確保策、B住民などの中において防災情報の共有を調整する人や団体の育成・支援、C企業・NPO等も参加し充実した地域コミュニティにおける防災情報のあり方、D災害経験や教訓についての国際的な情報共有、の5点が挙げられている。これらの検討課題については、今後実社会において積極的な取り組みが行われることが期待されている。情報を活用して自助・共助・公助を具体的に支援する活用システムの研究開発、そしてこれらの活動を推進する社会的制度や情報活用ガイドラインの整備はそのための重要な課題として挙げられる。
すなわち、情報の提供・システムの構築・相互運用の実現を最終目的とするのではなく、情報の提供者が、自らが提供した情報が的確に活用されるようフォローアップを積極的に行うこと、一方、情報の利用者は、相互運用された防災情報システムを十分活用し、個々の防災・減災対策の検討、立案、そして、自助・共助・公助による防災行動を効果的に行っていくことが重要である。

8.まとめ
本稿では、防災・減災を検討する上で重要となる情報の効果的活用を目的とした「防災情報システム」について、その現状を俯瞰した上で、それぞれの防災情報システムで利用されている情報の統合利用と連動の必要性という課題を指摘した。そして、現状の問題を解消するために、多様な防災情報システム間で情報の流通がなされるための「相互運用」を提案し、これにより、情報の統合利用、連携による一連の処理が行われ、ユーザイノベーションが創出される可能性についても述べた。今後は、この相互運用形式を実現するための標準仕様の検討や異種情報に関する仕様間の連携を加速するとともに、各機関あるいは団体の積極的な取り組みを推進するための情報提供ガイドラインの整備が必要である。また、この防災情報システムを活用した防災・減災対策を実現できるように、その効果的な実行方策や活用システムに関する研究開発が必要であり、これらを推進するための社会的制度や情報活用ガイドラインの整備も必要である。さらに、情報の提供者は、情報の提供・システムの構築・相互運用の実現を最終目的とするのではなく、提供した情報が的確に活用されるようフォローアップを積極的に行うようにすることが重要である。一方、情報の利用者は、防災情報システムの相互運用を防災・減災のための基盤として活用し、対策の検討および立案、そして、自助・共助・公助による防災行動を効果的に行っていくことが重要である。

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