[レポート2]

アジアにおける防災衛星システムの
構築と国際協力の推進

清水 貴史

推進分野ユニット

1.はじめに

 我が国は地震による災害が多く、首都直下型地震や海溝型地震である東海地震、東南海・南海地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震による大規模災害の発生が懸念されている。内閣府が取りまとめ、2007年6月1日に閣議決定された平成19年版防災白書1)によると、さらに、従来、切迫性が指摘されていなかった地域でも地震が発生している。阪神・淡路大震災以来、平成16年新潟県中越地震、福岡県西方沖地震、平成19年能登半島地震等が発生し、さらに2007年7月16日には平成19年新潟県中越沖地震が発生した。この地震は、海底活断層が原因と推定されており、この様な断層は日本近海に多数あるが、海底のため十分な調査が行われていないとも言われている2)

 我が国では台風による豪雨・暴風雨災害も多く、近年は、地球温暖化による影響のためか、集中豪雨による被害も頻発している。2007年6月11日から7月17日にかけての梅雨前線、台風4号による豪雨・暴風雨災害では、熊本県、宮崎県、鹿児島県等に大きな被害が発生し、政府は2007年8月7日、平成19年新潟県中越沖地震とともに、台風4号による豪雨・暴風雨災害を激甚災害に指定した3)。少子高齢化、地方の過疎化が進展しているため、災害に対する脆弱性が増していることもあり、以前にも増して防災・減災に向けた取り組みが重要である。

 我が国以外のアジア地域についても、インドネシア・スマトラ島沖大規模地震およびインド洋津波4)が記憶に新しい。2004年12月26日、スマトラ島沖を震源とし、マグニチュード9.0の地震が発生し、さらにこの地震により大津波が発生し、インドネシア、インド、タイ等に大規模災害を及ぼした。アジア地域は、津波に加え地震、台風、洪水等により多くの被害を受けている。 

 我が国は地球観測衛星の防災利用に係る研究開発を推進しており、我が国のためのみならず、この分野において、自然災害により多くの被害を受けているアジア諸国との国際協力を推進し、友好関係を維持・強化することは、我が国の国益にも資する。

 アジア地域で、大型ロケット・衛星の開発および自国領域内からの打上げを行える国は、現状、我が国、インドおよび中国である。韓国が、衛星開発能力の獲得に続き、自国領域内からのロケット打上げ能力の保有に向け活動しており、他の諸国では、欧米等との協力により、政府が、小型地球観測衛星を開発している段階である。我が国の宇宙技術を外交ツールとして活用できる可能性は大きく、また積極的に活用すべきである。

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2.科学技術基本計画における位置付けと検討会報告書

2‐1 科学技術基本計画における位置付け

 第3期科学技術基本計画(2006〜2010年度)に基づき総合科学技術会議が取りまとめた分野別推進戦略5)では、社会基盤分野の防災において、「災害監視衛星利用技術」を含む「減災を目指した国土の監視・管理技術」が、集中投資を行う戦略重点科学技術の一つとして位置付けられている。

 「災害監視衛星利用技術」は、衛星による災害監視・情報利用技術および準天頂高精度測位実験を技術の範囲とし、選定理由として、「大規模自然災害に対し広域性、同報性、耐災害性を有する衛星による自律的な災害監視や危機管理情報の利用は、減災対策において非常に有効な手段の一つであること」が挙げられている。成果目標としては、「2015年度までに衛星観測監視システムを構築し、防災・減災に役立つ観測データを継続的に提供することにより、国民の安全・安心の確保に貢献する」ことが掲げられている。

 なお、2007年6月19日に閣議決定された「経済財政改革の基本方針2007」 6)においても、「衛星を活用した測位・監視やインテリジェンス機能の強化、災害情報共有システム等の治安・防災等に資する科学技術の研究開発・利活用を図る」との方針が示されている。

 準天頂衛星は、米国の全球測位システム(GPS)を補完・補強し、正確な位置・時刻情報を提供できるため、災害応急対応活動等にとって今後有効なツールになると考えられる。地球観測衛星は、災害による影響を受けることなく被災地の状況を広範囲にわたり迅速に観測できるため、航空機、ヘリ等から得られる情報と組み合わせることで、被災状況の把握に役立ち、救助活動の効果的な実施に貢献すると期待できる。また、同一地域を定期的に観測できるため、土地利用状況の変化に対応した地形情報を抽出し、災害リスクの識別に利用できると考えられる。

2‐2 検討会報告書

 内閣府および文部科学省は、2006年2月、「防災のための地球観測衛星等の利用に関する検討会」を立ち上げ、防災関連の府省庁・機関・有識者等を交えて検討を行い、2006年9月、「防災のための地球観測衛星システム等の構築および運用の進め方」を発表した7)。防災関連府省庁等から提示された地震、火山、風水害、海上・沿岸災害等の分野における利用ニーズが取りまとめられた結果、次期地球観測衛星システムに対する基本方針が図表 1のとおり設定された。

 地球観測衛星に搭載される観測機器の代表例としては、光学センサと合成開口レーダ等のマイクロ波センサが挙げられる。光学センサは、地表面等で反射される可視光、赤外線等をある観測波長帯で受光し、地表面等を観測するもので、メートルオーダー程度またはそれ以上の高分解能での観測が可能なものもあるが、反射光を観測するため、日中の観測に限定され、また雲による影響を受ける。一つの観測波長帯のみ有するものをパンクロマチック光学センサ、また複数の観測波長帯を有するものをマルチスペクトル光学センサと呼ぶ。マイクロ波センサは、昼夜、天候に左右されずに観測を行うことができ、合成開口レーダの場合、電波を地表面等に放射し、反射波を受信して地表面等を観測する、また地表等から放射されるマイクロ波を受動的に受信するセンサもある。

 この報告書では、現状、防災関係府省庁および地方公共団体は、航空機、地上機器等から得られる観測データ等の情報を用いて、大規模自然災害に対応しているが、地球観測衛星では数十km程度の広範囲にわたる被害状況の把握、夜間・悪天候時の観測が可能となるため、救助活動・救援活動の実効性が高まり、災害監視分野において地球観測衛星の活躍が期待できるとの考えが示されている。

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3.アジア地域における自然災害

 1990年から2006年の間に発生した自然災害の発生件数および人的被害を図表 2に示す。これは、ベルギーのルーベン大学に設置されている「災害による疫学研究所」(Centre for Research on Epidemiology of Disasters: CRED)が運営している緊急災害データベース(Emergency Disaster Database: EM-DAT)8)を使用して作成したものである。自然災害としては、地震、洪水、地滑り・雪崩、火山噴火、台風・暴風、津波・高潮を考慮した。

 東アジア、東南アジアおよび南アジアにおける自然災害の発生件数は、世界全体の約38%であるが、死者数では約84%、負傷者数では約92%、被災者数では約96%となっており、これら地域が自然災害により大きな被害を受けていることが分かる。

 1990年から2006年の間に発生した地震、洪水、台風・暴風等の災害種類別の被害状況を図表 3に示す。地震、洪水および台風・暴風による被害の占める割合の大きいことが分かる。その他の災害による死者数が大きいが、その大部分は2004年に発生したインド洋津波によるものである。津波は発生頻度が低いものの、いったん発生すると多大な被害を及ぼすと言える。

 自然災害は、その発生を防止することができないため、災害発生時の迅速な人命救助や被害の軽減措置が重要である。地球観測データは、地震、洪水、台風・暴風等による被害状況の把握や災害リスクの識別に利用できる。アジアでは、多島国であることや道路網・通信網の整備状況等のため、被害状況の把握が困難な場合もあり、地球観測衛星は有効な被害状況把握手段となる。また、地図の整備が十分ではない地域では、地球観測データによる洪水ハザードマップの作成・利用も考えられる。

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4.防災衛星システムの構築に向けた内外の動向

 我が国では、陸域観測技術衛星「だいち」を用いた防災利用実証実験が行われており、また超高速インターネット衛星「きずな」の防災への応用も検討されている。欧州でも、緊急対応における地球観測衛星の利用の実用化が計画されており、我が国のみならず、欧州においても防災のための地球観測衛星の利用が推進されている。

4‐1 我が国の動向

(1)「だいち」による防災利用実証実験

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の陸域観測技術衛星「だいち」は、2万5000分の1の地図の作成、資源の探査等のほか、災害による被害状況の把握を目的として、2006年1月24日に打ち上げられ、初期機能確認・初期校正検証が完了した後、2006年10月24日から定常運用に移行している。搭載されているセンサは、光学センサのパンクロマチック立体視センサおよび高性能可視近赤外放射計2型、ならびにマイクロ波センサのフェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダである。これらセンサの概要は図表4〜6を参照のこと。

 第2-2項で述べた検討会は、防災のための次期地球観測衛星システムの開発・運用に向け、防災関連業務における地球観測衛星利用の実効性向上の検証等を行うことを目的に、「だいち」による防災利用実証実験計画をとりまとめ7)、テーマ毎に作業グループが設立されることになった(図表 7)。

 風水害による被害の把握に関する実証実験や地方公共団体の多様な防災活動における衛星地形図の利用実証実験等も検討を進めることになっており、岐阜県および財団法人岐阜県建設研究センターのほか、高知県四万十市、新潟県三条市および新潟県見附市が「だいち」による防災利用実証実験を行うため、JAXAと覚書を締結している。

 国土地理院が提供している2万5000分の1地形図は、統一した規格で全国をカバーしている最も詳細な国の基本図であり、航空写真を利用して作成・更新されているが、コスト・時間等の制約のため、現状では、更新周期が都市部では3年程度、また山間部では10年程度である9)

 一方、「だいち」のパンクロマチック立体視センサおよび高性能可視近赤外放射計2型の観測データと国土地理院が発行する数値地図25000とを重ね合わせることで、「衛星地形図」と呼ばれる地形図情報を作成することができる10)。「だいち」は、定期的に同一地域を観測できるため、この衛星地形図により土地利用状況の変化に対応した地形図情報を提供することが可能となるので、図表7のテーマ「衛星地形図の作成および防災利用」において衛星地形図の防災分野への活用が検討されている。また、国土地理院の電子国土を活用した衛星地形図の作成も検討されており、さまざまな縮尺の衛星地形図がインターネット経由で利用できるようになる11)

 地方公共団体の対応能力を超える大規模災害が発生した場合、地元の消防、警察のみでは対応できないため、警察庁、消防庁、海上保安庁、さらには自衛隊が災害派遣され、広域的な応援が実施される12)。これら外部からの支援者は、地元の地理に詳しくないため、救助・救急活動、救援物資の輸送等の迅速な実施のためには、土地利用状況の変化に対応した衛星地形図が重要な役割を果たす。衛星地形図と航空機、ヘリ、現場作業者等により取得された現場観測データとが統合され、最新の地形図情報が提供されれば、効率的な災害応急対応活動の実施に貢献することができる。

 「だいち」のパンクロマチック立体視センサやフェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダのデータを使用すると「数値標高モデル」と呼ばれる立体地形図を作成することができ、洪水、津波、台風の際の浸水予想を行うことができるため、ハザードマップの作成に活用することが考えられる13)。アジア地域は、洪水、津波、台風による被害を多く受けており、この様なハザードマップを作成・利用することができれば、この地域での防災対策に有益であると考えられる。


(2)超高速インターネット衛星

 地方公共団体の地理情報システムには、道路・鉄道、避難場所、医療施設、高齢者等の要援護者の住所、電気・ガス・水道・電話等のライフラインと言った地方公共団体固有の情報が取り込まれている。災害応急対応に当たる国の関係者が、現場でインターネットを介して、地方公共団体の地理情報システムへのアクセスおよび利用を行うことができれば、必要な情報を必要な時に入手できるため、災害応急対応活動の効率化につながると考えられる。被災地の情報通信網が被害を受けている場合、この様なアクセスおよび利用はできなくなるが、2007年度冬期に打ち上げられる予定の超高速インターネット衛星「きずな」によりインターネット網を構築することで、将来的には、この問題に対処することができるようになる。「きずな」は、直径45cmの地上局アンテナで送信速度約1.5〜6Mbps、受信速度約155Mbps、また直径5m級の地上局アンテナで送受信速度約1.2Gbpsの超高速データ伝送を実現する14)

 「きずな」は、9本のビーム(北海道東、北海道西 、東北 、関東 、中部 、近畿 、中四国、九州、沖縄)でほぼ日本全土をカバーしており、同一ビーム内での双方向インターネット通信、例えば地方公共団体の地理情報システムと被災現場の端末との間の双方向通信や異なるビーム間での双方向インターネット通信、例えば被災現場の端末と中央の災害対策本部等の端末との間の双方向通信が可能となる。また、電子メール、デジカメ画像等のデジタル情報の交換が迅速に行えるようになる(図表 8)。

4‐2 欧州の動向

 欧州連合(EU)は、欧州宇宙機関(ESA)と協力して、EU加盟国の政府および地方公共団体の防災業務等の遂行を支援するために、地球観測データの収集・配布を行うシステムを構築しつつある。このシステムは、GMES(Global Monitoring for Environment and Security)と呼ばれ、当面は、陸域観測、海洋観測および緊急対応の3つの中核業務を2008年頃までに開始する予定である15)。GMESは、全球地球観測システム(GEOSS)に対する欧州の貢献としても位置付けられており、アジア、アフリカ等の発展途上国への人道支援も対象としている。

 欧州委員会は、利用者要求の取りまとめ、運営体制の構築を担当し、ESAは、センチネルと呼ばれるシリーズ衛星およびその運用施設を開発する。広範なデータ要求に応えるため、欧州各国政府や民間の地球観測衛星のデータも利用されることになっている。EUの第7次フレームワーク計画(FP7:2007〜2013年)では、宇宙分野に約14.3億ユーロの資金が拠出され、その内約85%の12億ユーロがGMESに充当される。この資金の内、約7.8億ユーロがセンチネル衛星の開発等のためにESAに提供される16)。また、ESAの枠組みでは、2007年9月、センチネル衛星開発の次フェーズへの移行が承認され、約5億ユーロがESA加盟国からESAに提供されることになった17)

 センチネル1シリーズは、Cバンド合成開口レーダを搭載し、陸域観測、海洋観測および緊急対応のために使用される18〜20)。センチネル2シリーズは、マルチスペクトル光学センサを搭載し、陸域観測および緊急対応のために使用される。センチネル1および2シリーズの初号機は各々、2011年および2012年頃に打ち上げられる予定である。

 緊急対応業務では、地震・洪水等の災害が発生した際、被害状況の把握、救助活動の支援等のため、地球観測データおよび現場観測データを統合した地図情報が提供される。災害発生前の地図情報は、災害リスクの識別等のために使用され、衛星観測データの取得時等に更新される。災害発生時には、被災後に得られた地球観測データおよび現場観測データを統合した地図情報が毎日提供され、被害状況の把握、救助活動等に利用される(図表 9)。

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5.アジアにおける国際協力の動向

 「だいち」の観測データは、被害状況把握のため、「センチネル・アジア(アジアの監視員)」と言う枠組みで、アジア地域諸国にも提供されている。欧州宇宙機関等が主導する「国際災害チャーター」の枠組みでも観測データが提供されている。さらに、国連加盟国に対し、防災のための宇宙技術の利用機会を提供するとともに、人材育成を行うことを目的として、国連のプロジェクトが立ち上げられており、さまざまな枠組みで宇宙技術の防災への利用が推進されつつある。

5‐1 国際災害チャーター

 科学技術動向2006年7月号トピックス21)で紹介されたが、国際災害チャーターは、地球観測衛星を災害による被害状況の把握に活用するため、欧州宇宙機関、フランス国立宇宙センターおよびカナダ宇宙庁が、2000年10月に設立した22)。地球観測衛星を運用する宇宙機関が参加機関となる資格があり、我が国は、「だいち」を運用するJAXAが参加機関となっている。

 参加機関間での資金の授受は無く、参加機関が、ボランティアベースで観測データを提供する。インド宇宙研究機関、米国海洋大気庁、アルゼンチン国家宇宙活動委員会、米国地質調査所、英国国立宇宙センターおよび中国国家航天局も参加しており、参加機関は計10機関である。

 参加機関が所属する国の政府の防災担当機関等が、国際災害チャーターに対しデータ取得を要請できる指定ユーザとなる。我が国は、内閣府が指定ユーザとなっている23)。参加機関以外の国に発生した災害については、国連等がデータ取得を要請する場合があり、実際、アジア地域で発生した自然災害に対し国際災害チャーターを発動した事例もある。

 国際災害チャーターでは、地球観測データのほか、被災地の地球観測データをベースにして、被災地の被害状況を地図上に表した情報(以下、「被害地図」)も提供している。地球観測データを直接提供する場合に比べ、被害地図作成のために追加の処理時間を要するが、被害状況の把握のためには有益な情報であると考えられる。

5‐2 センチネル・アジア

 センチネル・アジアは、JAXAが、2005年10月に開催された第12回アジア太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)注)において、アジアにおける衛星による防災システムの構築を提案し、第1ステップとして参加機関が運用する地球観測衛星の観測画像をインターネット経由で提供するシステムを提案した24)ところ、多くの機関から賛同が得られ、共同プロジェクトとして発足した。なお、我が国は、従来、アジア地域におけるリモートセンシング技術者の育成に貢献してきており、センチネル・アジアでは、防災関連の人材育成を行っている。

 2006年10月から運用を開始しており、「だいち」の画像データおよび関連する地理情報がインターネット経由で提供されている。2007年9月の時点でアジア・オセアニア地域の20カ国51機関および8国際機関が、このプロジェクトに参加しており25)、アジア・オセアニア諸国の関心は高いと言える(図表 10)。なお、センチネル・アジアに関する情報提供等のためにHPが開設されている(http://dmss.tksc.jaxa.jp/sentinel/)

 アジア防災センターが、加盟国および共同プロジェクト参加機関からの緊急観測要求の受付窓口となり、JAXAに緊急観測の実施を要求する。JAXAは緊急災害観測を実施して画像データをセンチネル・アジアのサーバ(http://arrs.adrc.or.jp/adrc/MyMap/adrc/index.jsp)に登録する。アジア防災センター加盟国および共同プロジェクト参加機関はインターネット経由でこのサーバから画像データ等の災害情報を入手する(図表 11)。なお、「だいち」のみによる被災地の緊急観測は、ポインティング機能を有する高性能可視近赤外放射2型では、雲による影響を考慮しない場合、3日以内での実施が、またオフナディア角が可変で、雲による影響を受けないフェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダでは、5日以内の実施が可能である。衛星1機のみでは限界があり、災害発生後短時間での被災地の観測を常時実現するためには、複数衛星による観測体制の構築が必要になる。

 アジアでは、ブロードバンドが普及していない地域もあり、その様な地域では、大容量画像データの迅速なダウンロードが困難なため、解像度を下げた画像データの提供も行われている。超高速インターネット衛星「きずな」は、日本以外のアジア地域にも超高速インターネット機能を提供できる14)。センチネル・アジアの第2ステップでは、「きずな」が利用に供されるため、この様な地域における大容量データ伝送の問題を解消することができるようになる。

 「きずな」は、10本のビームがアジアの主要都市(ソウル、北京、上海、香港、マニラ、バンコク、バンガロア、クアラルンプール、シンガポール、ジャカルタ)をカバーしており、我が国との間で高速インターネット通信を可能とする。降雨による影響を考慮し、これら主要都市に直径1.2m級の地上局アンテナを設置・使用した場合、最大約155Mbpsの伝送速度で災害情報の提供が可能になる(図表12)。

 現状では、迅速な災害情報の提供のため、被災地の画像データが提供されているが、国際災害チャーターで提供されている被害地図は、被害状況の把握に有効な手段であると考えられる。この様な情報もセンチネル・アジアで提供できれば、さらにアジア地域の防災活動に貢献すると考えられる。

 アジアでは、森林火災や洪水による被害も多い。森林火災監視のため米国航空宇宙局(NASA)のMODISのデータが利用され、森林火災発生場所と推定されるホットスポットの情報が提供されている。我が国が開発した降雨レーダを搭載するNASAの熱帯降雨観測衛星からの観測データが提供され、豪雨、洪水等の予測に貢献している。アジアでは台風による被害も多いため、我が国気象庁の「ひまわり」のデータも提供されている。

 インド、タイ等の観測衛星のデータも提供される予定である。インドは宇宙開発分野で大きく進展しており、2007年1月には、分解能1mのパンクロマチック光学センサを搭載した地球観測衛星を打ち上げている。タイは、欧州からの技術支援を受けて小型地球観測衛星を開発している。センチネル・アジアの発展・強化のため、我が国以外の参加国の地球観測衛星のデータが提供される意義は大きい。

 小型衛星の利点の一つは、開発費が相対的に安価なことであり、今後は地球観測への利用が期待されており26)、アジア諸国の関心は高い。なお、センチネル・アジアとは直接関係無いが、タイ以外の小型衛星の事例としては、英国サリー・サテライト・テクノロジー社が、災害による被害状況の把握のために重量約70〜130kgの小型衛星を製作し、アルジェリア、トルコ、中国、ナイジェリア等に提供している27)

5‐3 中国および国連の動向

 中国は、地震 ・ 洪水・台風等の自然災害により多くの被害を受けており、2006年10月に発表した宇宙白書28、29)において、地球観測衛星を防災にも活用することとしている。2007年には国際災害チャーターに参加し、さらに、オーストリア、ドイツおよびインドとともに国連に働きかけた結果、地球観測衛星、気象衛星、航行測位衛星等の宇宙技術を防災に活用するため、UN SPIDER(United Nations Platform for Space-based Information for Disaster Management and Emergency Response)と言うプロジェクトを立ち上げることが、2006年12月、国連総会において決定された30)。アルジェリア、アルゼンチン、イタリア、モロッコ、ナイジェリア、ルーマニア、ロシア、スイスおよびトルコが、このプロジェクトに対し支援を表明している。

 このプロジェクトは、2007年から本格的に活動を開始しており、国際災害チャーター等の既存の枠組みと協力して、防災のための宇宙技術の利用機会を国連加盟国、特に開発途上国に提供するとともに、人材育成を行うことを目的としている。オーストリアのウィーン、中国の北京およびドイツのボンにUN SPIDERの事務局が設置されることになっている。普及啓発活動の一環として、ワークショップが、2007年10月のドイツでの開催に続き、12月には中国で開催される計画である。

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6.おわりに−アジアにおける宇宙外交の推進

 我が国が地球観測衛星の防災への応用においてアジア諸国との国際協力を推進し、アジア諸国との友好関係を維持・強化することは、我が国の国益にも資する。アジアにおける防災衛星システムとなりつつあるセンチネル・アジアにおいて、我が国の宇宙技術を活用し、アジアにおける宇宙外交を推進するための提言を以下にまとめる。

(1)宇宙分野における科学技術外交戦略の立案・推進

 欧州主導の国際災害チャーター、国連主導のUN SPIDER、アジア太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)主導のセンチネル・アジアとさまざまな枠組みで、宇宙技術の防災への利用が推進されている。

 我が国では、2007年6月7日開催の総合科学技術会議において、科学技術外交の推進に関するワーキンググループが設置され、環境問題が議論されている31)

 宇宙分野についても、国として総合的な見地から我が国の科学技術外交戦略を立案・推進することが望まれる。

(2)国際災害チャーターとセンチネル・アジアとの間の連携関係の構築

 国際災害チャーターは、災害による被害状況の把握のため、地球観測衛星を運用する国々の間で観測データを相互に提供する仕組みである。この様な衛星を所有していないアジア諸国は国際災害チャーターに参加し、観測データの提供を要請することができない。現状では、国連機関等が発動した場合にのみ、観測データが取得される。

 センチネル・アジアでは、我が国の「だいち」および「ひまわり」に加え、インド、タイ等の衛星の観測データが提供されるが、災害発生時の迅速な対応のためにも、EUのGMESと同様に、観測データ提供源の多様化を図ることが望ましい。

 国際災害チャーターとセンチネル・アジアとの間で相互にデータが提供できるようにするため、新たに連携関係を構築することが望まれる。


(3)地球観測衛星および超高速インターネット衛星後継機の研究開発の継続

 センチネル・アジアは、地球観測衛星の保有が参加の前提条件となっていないため、自然災害により多くの被害を受けているアジア諸国にとって参加しやすい形態であると言える。中国からも中国国立防災センターおよび北京師範大学が参加している。また、東南アジア諸国連合事務局、国連アジア太平洋経済社会委員会、国連宇宙局と言った国際機関も参加している。センチネル・アジアは、防災と言う限られた分野ではあるが、我が国がリーダーシップを発揮し、我が国の顔が見える形で推進している国際協力プロジェクトである。

 今後とも、我が国のリーダーシップの下、センチネル・アジアを発展・強化し、アジア諸国との友好関係を維持・強化するために、我が国の貢献である陸域観測技術衛星「だいち」および超高速インターネット衛星「きずな」の後継機の研究開発を継続する必要がある。


(4)アジアにおける小型衛星開発協力の推進

 JAXAは、産学官連携の一環として、我が国の研究機関・民間等に対し、5〜50kg程度の小型衛星のH-IIAロケットによる打上げ機会を提供している。

 我が国では、超小型科学衛星「れいめい」の開発およびオーロラの観測に成功した実績があり、また500kg級の小型科学衛星共通バスも検討されている。一方、アジアにおける小型衛星開発では、欧州等との協力による事例が多く、我が国は、ベトナム等との間で協力を開始したばかりである。アジア諸国との小型衛星開発協力において、我が国のプレゼンスは低いと言える。

 衛星データの多様化によるセンチネル・アジアの強化のためにも、我が国のプレゼンスの向上のためにも、アジア諸国に対し、センチネル・アジアへの協力を条件として、小型衛星の打上げ機会を提供するとともに、小型衛星開発協力を推進する必要がある。

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謝 辞

 本項を執筆するに当り、宇宙航空研究開発機構の小澤秀司執行役を始めとする方々から貴重なご意見・情報を頂きました。ここに厚く御礼申し上げます。

1) 内閣府:「平成19年版防災白書の概要」 
http://www.bousai.go.jp/hakusho/hakusho.html

2) 経新聞:「海底活断層が引き金か、新潟県上中越沖地震」、2007年7月17日

3) 読売新聞:「中越沖地震と台風4号による災害、政府が激甚災害に指定」、2007年8月7日

4) アジア防災センターHP  http://www.adrc.or.jp/top_j.php

5) 総合科学技術会議:「第3期科学技術基本計画:分野別推進戦略」、平成18年3月28日
http://www8.cao.go.jp/cstp/kihon3/bunyabetu9.pdf

6) 「経済財政改革の基本方針2007」、平成19年6月19日
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizai/kakugi/070619kettei.pdf

7) 文部科学省:「防災のための地球観測衛星システム等の構築及び運用の進め方について」、平成18年9月  http://www.mext.go.jp/b_menu//shingi/chousa/kaihatu/004/toushin/06103014.htm

8) CREDのHP  http://www.cred.be/

9) JAXA:「だいちの目」、p.32〜35、2007年3月8日 、ISBN 978-4-931450-91-2

10)JAXA:「『だいち』陸域観測技術衛星:災害観測事例集」、p.36〜42、2007年3月30日

11)JAXA:「『だいち』陸域観測技術衛星:災害観測事例集」、p.43〜44、2007年3月30日 

12)内閣府:「日本の災害対策」 
http://www.bousai.go.jp/1info/pdf/saigaipanf.pdf

13)JAXA:「衛星による防災活動〜衛星画像の利用〜:アジアの防災活動のリーダーとなって」 
http://www.jaxa.jp/article/special/disaster/nishikawa_j.html

14)JAXA:「いつでもどこでもつながる高速インターネットの実現へ」
http://www.jaxa.jp/article/interview/vol32/index_j.html

15)“GMES Fast Track Emergency Response Core Service: Strategic Implementation Plan, Final Version, 24/04/2007”, Prof. Bernardo De Bernardinis
http://www.gmes.info/

16) 英国議会:“Select Committee on Science and Technology Written Evidence: Memorandum 98, Supplementary submission from the British National Space Centre (BNSC)”
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200607/cmselect/cmsctech/66/66we112.htm#note27

17) ESA:“A new milestone in the GMES Space Component Programme successfully achieved”、2007年9月28日
http://www.esa.int/esaCP/SEMKHY6H07F_index_0.html

18) ESA:“GMES: the Second European Flagship in Space”、Volker Liebig他、ESA Bulletin No.130、2007年5月29日
http://www.esa.int/esapub/bulletin/bulletin130/bul130a_liebig.pdf

19) ESA:“Sentinel-1: the Radar Mission for GMES Operational Land and Sea Services”、Philippe Martimort他、ESA Bulletin No.131、2007年8月
http://www.esa.int/esapub/bulletin/bulletin131/bul131a_attema.pdf

20) ESA:“Sentinel-2: the Optical High-Resolution Mission for GMES Operational Services”、Evert Attema他、ESA Bulletin No.131、2007年8月
http://www.esa.int/esapub/bulletin/bulletin131/bul131b_martimort.pdf

21) 科学技術動向:「国際災害チャーターへの陸域観測衛星『だいち』の貢献」、2006年7月号

22) 国際災害チャーターHP
http://www.disasterscharter.org/main_e.html

23) JAXA:「だいちの目」、p.45、2007年3月8日(ISBN 978-4-931450-91-2)

24) JAXA:「『Sentinel-Asia(アジアの監視員)』プロジェクト構築のための第1回共同プロジェクトチーム会合開催結果について」、2006年3月1日
http://www.jaxa.jp/press/2006/03/20060301_sac_sentinel_j.html

25) JAXA:「第4回センチネル・アジア(SA) 共同プロジェクトチーム会合(JPTM#4)の開催結果について」、2007年9月12日
http://www. jaxa.jp/press/2007/09/20070912_sac_sentinelasia_j.html

26) 社団法人 日本航空宇宙工業会:「小型衛星の最近動向と今後の方向」、会報「航空と宇宙」、2007年6月号
http://www.sjac.or.jp/kaihou/200706/070606.pdf

27) サリー・サテライト・テクノロジー社HP
http://www.sstl.co.uk/

28) 中国国家航天局:「China’s Space Activities in 2006」、2006 年10月12日
http://www.cnsa.gov.cn/n615709/n620681/n771967/79970.html

29) 科学技術動向:「2006年版中国宇宙白書に見られる中国の宇宙開発動向」、2006 年12月号

30) 国連宇宙局HP
http://www.unoosa.org/oosa/en/unspider/index.html

31) 総合科学技術会議:「科学技術外交の推進に関するワーキンググループについて」、2007 年6月7日
http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/suisin/haihu06/siryo2.pdf

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