1.はじめに
我が国の経済成長の原動力を担ってきた製造業においては、現場の優秀な技術者や技能者が設計思想を理解し、ものづくりの現場情報を設計にフィードバックすることで、高品質で信頼性を有する製品を作り上げてきた1)。製品設計から製造まで一体となった取り組みの中で高度な技術が培われ継承されてきたと言える。しかし、従来から国際的に優位であった我が国の製造業は、欧米だけでなく様々な国との厳しい競争にさらされつつある1〜3)。その背景のひとつとして、従来は単純労働力の供給拠点と考えられていた国々の製造業が着実に技術力を向上させており、品質が高く付加価値のある製品を生産できる拠点に変化しつつあることが挙げられる。近い将来、我が国のものづくり技術の優位性が揺らぐ可能性も否定できない。
このような状況から、我が国の製造業の国際的優位性を維持し、さらに高めるために、世界市場でインパクトのある製品の創出、設計・製造プロセスの革新、製品の信頼性の更なる飛躍的な向上に取り組まなければならない。そのためには、科学技術に裏づけされた形でものづくりを強化する必要がある。ものづくり白書2006年版では、「製造業のイノベーション創出拠点としての我が国の課題と展望」として、上場企業およそ300社のアンケート結果が示されている。ここでは回答企業の半数以上が、「技術開発における科学的知見の必要性は年々高まっている」と答えている3)。また、第3期科学技術基本計画4)の推進戦略「ものづくり技術分野」の「ものづくり」とは、“もの”の価値を押し上げるような科学技術の発展を目指す、「価値創造型ものづくり」であるとされている1)。当分野の推進戦略では、「科学に立脚した日本型ものづくりの再構築」が基本的な取組方針として示されている1)。
科学に立脚したものづくりという意味で、製品の性能や製造プロセスにおける様々な物理量をデジタル化し、データの分析結果を科学技術で説明する、「ものづくり計測」がその推進策として要の一つとなる。「ものづくり計測」は、製造における様々な現象解明に関わる技術でもある。「ものづくり計測」は、製品の機能・品質と密接に関係しているため、その研究開発は、計測技術を独立させる形では進めることはできないものであり、設計技術および材料・加工技術など製造プロセスを支える様々な技術と複合して取り組まなければならない。つまり、「ものづくり計測」は、単なるハイエンドな計測装置開発とは意味合いを異にする5)。
最先端の計測装置は資金があれば誰でも導入が可能な時代になりつつある。単純労働力の供給拠点と考えられていた国々の中にも、我が国のトップ企業が保有するものよりも最新鋭の計測装置や製造設備を持つ工場が完成している。しかし、設計・製造プロセス・計測技術が複合した「ものづくり計測」は、長年の技術蓄積の上に成り立ち、かつ製品や現場に合わせた技術のため、資金のみでは容易には導入できない。このような理由から、「ものづくり計測」は今後も日本の製造業の国際競争力の強さを支える重要な位置を占めていくはずである。
本稿では「ものづくり計測」の位置づけを明確にし、研究開発にどのように取り組んでいくべきなのかを考える。

2.ものづくり計測とは
2‐1.ものづくり計測の枠組み
ものづくり計測は、以下に述べる3種類に分類される。図表1に、本稿で述べる3種類のものづくり計測の位置づけを、製造業の生産段階に即して示す。図表中の運転保全用計測は運転・使用段階で行われるが、その計測結果も、現象解明のためのものづくり計測にフィードバックされることが多い。

(A)製品性能保証のためのものづくり計測
このものづくり計測は、設計や製造プロセスが確定した後に、(1)仕様通りに製品がつくられたことの保証、(2)異なる工場の部品が使えることの保証、等のために現場のラインで行われる。計測装置は、現場のラインで多数使われるため低価格化が要求される。
(B)設計と製造プロセスの改善のためのものづくり計測
このものづくり計測は、設計や製造プロセス開発段階において、設計や製造プロセスを確定させるために行われる。特に、設計データと現物データとの比較技術、およびインプロセス計測技術が注目されている。計測装置は、比較的高価格となり複数台導入される。
(C)現象解明のためのものづくり計測
このものづくり計測は、研究・試験段階において、製造プロセスの現象を解明するために行われる。例えば溶接における接合機構の例では、製造プロセスの現象解明により、接合部の信頼性を保証できる期間確定の精度が大きく上がる。このような計測装置は、研究室あるいは実験室に置かれ、一般に極めて高価格であるため、単独の企業や大学で所有することが難しい場合もある。
本稿では、これら(A)(B)(C)を5〜7章に詳述する。
2‐2.ものづくり計測の進め方
[1]製品の性能や製造プロセスにおける様々な物理量をデジタル化する
まず、「ものづくり計測」では、製品の基本性能を表す物理量を見出すことが重要な課題となる。例えば燃料電池を搭載した車や衝突しても人には危害が及ばないような車を開発するには、何を測らなければいけないのかを見出すことが、まず重要である5)。製品の性能や製造プロセスにおける様々な物理量は、ものづくり計測によってデジタル化される。その結果、関係者間でデジタル化されたデータの共有が行われ、データの分析を行うことによる設計・製造プロセスの改善のための議論がしやすくなる。
[2]技術の本質をよく理解したうえで計測を考える
ものづくり計測は、設計・製造プロセス・計測が複合された技術であるため、計測を、設計・製造プロセスから独立した技術と見なすのは適切ではない。ものづくり計測技術は、計測技術領域だけで成り立っているのではない。従って、設計・製造プロセスの種々な技術の本質を良く理解したうえで計測を考える必要がある。例えば、計測装置の技術マップを作成する場合、横軸に計測精度をとり、縦軸に計測範囲をとったグラフを示し、計測装置の開発領域を明確にすることがある。ものづくり計測のための技術マップとしては、これらの軸を使うことで開発領域を表すだけでは十分とは言えない。このような単純な軸ではなく、例えば製品性能や製品コストなどを軸にとるようなものづくり計測のマップを考えることが必要である5、6)。また、ものづくり計測とはこのような領域にあるため、新たな計測装置の開発が必要でない場合もありうる。
[3]計測結果の不確かさを考慮する
計測結果は、国際的には常に不確かさを伴う。例えば、異なる国で測った1cmが同じ1cmという量であるかは「不確か」である。国によっては、まだ計測装置の1cmの確からしさが精度高く保証できていないところもある。ものづくり計測では、日本の工場と外国の工場において同じような基準で形状や寸法が測れるということを保証する必要がある。これが計測のトレーサビリティである5、7)。
[4]戦略的に品質を創りこむ
製造業は、製品への品質の創りこみを戦略的に進めている。例えば、この戦略を具体化したものとして、TQM(Total
Quality Management)と品質工学が知られている。TQMは、企業の全組織を効果的・効率的に運営し、顧客の満足する品質を兼ね備えた品物やサービスを適時に適切な価格で提供することを目指した体系的活動である8)。品質工学は、(1)最初に設計段階において実験と統計的手法を用いて製品品質や製造プロセスに影響のあるパラメータを見出し、(2)次に、パラメータの数値を変えることにより製造される製品性能のバラツキを少なくし、(3)最後にパラメータの数値を変えることで製品性能を目標性能に近づける、という工学である9)。

3.第3期科学技術基本計画の中でのものづくり計測の扱われ方
3‐1.ものづくり技術分野
図表2に、ものづくり技術分野における戦略重点科学技術と重要な研究開発課題の体系を示す1)。この中で、ものづくり計測と関係の深い戦略重点科学技術(分野内総数2のうち1技術)および重要な研究開発課題(分野内総数10のうち2課題)を以下に説明する。

[1]戦略重点科学技術
戦略重点科学技術のひとつとして、「日本型ものづくり技術をさらに進化させる、科学に立脚したものづくり『可視化』技術」が取り挙げられている。この技術の研究開発では、ものづくりを「可視化」し、ものづくりプロセスで発生する現象や問題を科学的に解明し共有化することで、問題の解決を早め、プロセスイノベーションの創出を加速することを目指している1)。戦略重点科学技術として選定された背景として、現在は、科学に立脚した新しい知識をものづくり技術に駆使しなければならない時期であると捉えられていることが挙げられる。
[2][1]の中で特に重要と考えられる研究開発課題
(1)「ものづくりのニーズに応える新しい計測分析技術・機器開発、精密加工技術」
この課題は、次世代ものづくりイノベーションを支える基盤技術の高度化、高精度化や、人が協調するものづくり環境の実現、施設や巨大な機械システムの安全性確保などに資する技術の「可視化」を目指している。具体的には、計測分析技術・機器開発、精密加工技術、センシング、モニタリング技術の開発および高度化のための技術開発を進めることとされている1)。
(2)重要な研究開発課題「巨大な機械システム構築に貢献するものづくり技術」
この課題は、航空機、ジェットエンジン、ロケット、人工衛星、原子力発電所等の巨大な機械システムを製造、構築していくために、計測、設計、材料、加工、シミュレーション、モニタリングなどのあらゆる要素技術をインテグレートした国際競争力のある総合技術を開発、蓄積することを目指している1)。
3‐2.ナノテクノロジー・材料分野
第3期科学技術基本計画の推進戦略「ナノテクノロジー・材料分野」10)でも、ものづくり計測技術に関係する戦略重点科学技術(分野内総数10のうち1技術)と重要な研究課題(分野内総数29のうち2課題)が選定されている。以下にその内容を示す。
[1]戦略重点科学技術
戦略重点科学技術のひとつとして「ナノ領域最先端計測・加工技術」が挙げられており、形状や構造の観測だけでなく、ナノメートルスケールの分解能を持つ分析・物性計測技術の開発や、加工技術の飛躍的な向上や計測との一体化を目指している10)。選定の背景としては、ナノテクノロジー・材料分野のみならず、最先端の計測・分析技術や加工技術がライフサイエンス、情報通信などの最先端科学技術、環境計測、医療現場の技術進歩を可能にし、ものづくりをはじめとする産業の国際競争力を産み出すために重要な役割を果たすことが挙げられている。
[2]重要な研究開発課題
(1)「革新的ナノ計測・加工技術」
この課題では、新しい原理に基づく計測・加工技術の開発により、ナノテクノロジー・材料分野における新現象の発見・機能の発現など研究レベルの向上と、新しい計測・加工・分析機器開発による産業領域の拡大と国際的な競争力強化を目指している。
(2)「量子ビーム高度利用計測・加工・創製技術」
この課題では、日本において高度な技術蓄積がある、電子・イオンビーム、X線、中性子線の技術を、更に発展させることにより、物質・生態における新しい現象の発見・原理の解明に貢献するとともに、産業分野の高度化・競争力強化に向けて、高度な利用を可能とすることを目指している。

4.科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査の中でのものづくり計測の扱われ方
「科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査」では、第3期科学技術基本計画の重点化の検討に際して有用な情報を提供することを目的に4つの調査が実施された11)。その中で、「デルファイ調査」と「注目科学領域の発展シナリオ調査」において、ものづくり計測が取り上げられている。「デルファイ調査」の製造分野12)では、「オングストロームまでの長さ、変位、表面粗さの測定やフェムト秒までの計測が、製造工程で実用的に使える技術」を「ナノ加工・微細加工技術」領域の課題として取り上げている。また、「デルファイ調査」のナノテクノロジー・材料分野13)では、「ナノ計測・分析技術」領域の将来展望の中で、ナノ計測はナノ加工、ナノ創成などナノテクノロジー分野の基盤と捉えている。また、ナノ計測とナノ加工は表裏一体の関係であると述べられている。「注目科学領域の発展シナリオ調査」では発展シナリオに「計測技術」を取り上げ、化学における計測技術は多くの技術が複合したシステム化された技術であり、それを支える技術は多分野にわたっているとの捉え方が示されており、このことは化学だけではなく他の科学技術領域でも言えると論じられている14)。

5.製品性能保証のためのものづくり計測
5‐1.仕様通りに製品がつくられたことを保証するための課題
[1]計測要件の抽出と計測結果の解釈
仕様通りに製品がつくられたことを保証するためには、まず、何を、どのタイミングで、どのように測るか等を、設計仕様から導き出す技術および計測結果の解釈が必要である。図表3に鉄鋼製品を製造する場合に必要な計測対象例を示す。設計で決められた鋼の仕様から計測要件を導き出すことが不可欠である。例えば、どのタイミングで温度を測るか、何度であれば良いかを長年の技術開発に基いて計測要件として決め、計測結果を解釈することが高品質の鋼を造る要となる。

[2]計測方法の選定
図表4に示すように、単純に穴の直径を測る場合でも、一部を3点で測る場合より均等に3点で測った場合の方が計測精度は高い。また、形状は幾何公差を持つため(図表4)、測る場所によって得られる計測精度は異なる。このように、精度高く計測するためには、目的に合った計測方法を決めなければならない。三次元計測装置を用いて複雑な三次元形状を測る場合では、三次元計測装置の計測ピンと面が角度を持つので、面と接触する計測ピン先端の位置は計測場所で変わるため、精度高く面形状を測定できる計測方法を見出すことが必要となる。高性能の三次元計測装置を導入すればただちに精度高く計測を行えるわけではない。

[3]誤差の分離と補正
工作機械や様々な製造設備を使用する場合に仕様上の基準として設定されている温度は、原則として20℃である。設計でも、同様に20℃を基準に図面を書いていると考えて良い。しかし、現場の製造ラインでは40℃になる場合もあるため、計測結果に対して温度に関する補正が必要である。最近ではナノスケールの高精度が要求される部品において伸縮率の異なる種々な材料が使われることが多く、計測結果の温度による影響を補正する技術は、従来に比べて一層重要になっている。
計測装置の中には、メカニカルに複雑に動く機構あるいは複数の光センサを使って計測するものがある。これらを構成する部品の相互の取り付け位置は、時間の経過によりわずかではあるが変化する。このような計測装置は、その補正のために計測前にキャリブレーションを行う必要がある。キャリブレーションでは、アーティファクトと呼ばれる計測装置が補正のためのツールとして使われる場合が多い5)。
計測結果のデータには、計測対象物の誤差以外に、計測装置の誤差、計測ガイドの誤差などが混在している。そのため、計測対象物の誤差は、計測結果から分離する必要がある(図表4)。誤差を分離する技術には、誤差の数学モデルに基づいて、アルゴリズム的に行う方法がある5、17)。この研究開発は、応用数学を駆使して進められている17)。一見簡単とも考えられる円の計測においても、誤差の分離なしに計測装置を開発できない。
5‐2.国際分業の中で製品の品質を保証するための課題
国際分業が進み、製造拠点が世界的に分散する中で、異なる工場の部品を使って製品の品質を保証するためには、計測標準の国際的な整合性を確保する必要がある。ものづくり計測技術において、我が国の国際標準化への取り組みは重要である。内閣に設置されている知的財産戦略本部は、「国際標準総合戦略」を2006年12月打ち出し、我が国も国際標準化への戦略的対応が必要との見解を示している19)。国際標準化では、今後、国際分業において製造拠点が増加するアジア諸国との健全な競争と協調の観点が重要で、その中で我が国が国際標準化でイニシアティブを発揮できることが望まれる1、4)。以下において、国際分業の中で製品の品質を保証するための課題を挙げる。
[1]国際的なトレーサビリティの確立
測定結果の絶対的な正しさを保証するためには、長さなどの物理量に対し、トレーサビリティが確立されている必要がある。
例えば、直径と軸穴が20mmである回転軸と軸受けが別の国で製造される場合、20mmを測る計測装置を補正する方法が双方の国で合致していなければならない。回転軸と軸受け軸穴が、寸法誤差許容範囲を超えて真の20mmから大きくずれれば、回転軸が軸穴に入らないか、入ってもガタが大きいなどの不具合が生じ、このような回転軸や軸受けは製品の部品として使えない。現実には、日本の製造業が進出している国々においては、トレーサビリティの取り組みは十分とは言えない5、7)。
[2]国際的な部品の記述方法の確立
国をまたがった部品の調達において、国ごとに部品の記述方法が異なると、設計意図と違う部品が造られる可能性がある。部品の寸法、形状、表面性状の数学的記述に関して基準づくりが重要である。ISO(国際標準化機構)の標準化に、部品の記述方法を盛り込むことも必要である。ISOのTC213(製品の幾何特性仕様)技術委員会では、部品の機能と直結する、部品の寸法、形状、面性状を数学的に正確に記述するための規格体系の整備を進めている5)。

6.設計と製造プロセスの改善のためのものづくり計測
計測対象の選定は、主に設計データに基づき、どこを測れば設計や製造プロセスの改善に有用な計測結果が得られるかを分析することによって決められる。設計を知らずに適当に測っても役に立つ有用な結果は得られない。このように、設計と製造プロセスの改善のためのものづくり計測は、設計・製造プロセス・計測が一体化して行われている。図表5に自動車のドア閉じ計測の例を示す。

設計と製造プロセスの改善のためのものづくり計測では、設計データと現物データとの比較技術およびインプロセス計測が注目されている。以下にこれらの技術を説明する。
[1]設計データと現物データとの比較技術
この技術では、例えば、設計のデータと試作品および製造プロセスの途中段階でのワーク(完成に至る途中の組立品あるいは加工物)を計測して得られたデータを比較する。比較の結果、2つのデータ間に違いがあればその違いを生じた原因を見出し、原因を取り除くための設計と製造プロセスの改善を行う。この技術では、面や立体の計測が可能であり、点の計測と比べると得られる情報が多く、この情報を活用した様々な分析が可能となっている。図表6に、レーザ計測装置を用いて計測された試作品の3次元形状データと、CADを用いて設計段階で作成された3次元形状データを比較し、2つのデータ間の違いを生じた原因を見出す検討の例を示す。

[2]インプロセス計測技術
インプロセス計測とは、例えば加工機械を用いて部品を削りだす場合、加工を行いながら削りだされつつある部品を計測するものである。削りだされる途中の未完成部品はワークと呼ばれる。インプロセス計測が必要な理由は、機械からワークを外して計測した場合に起こるゲージのずれ、あるいは、ワークの取り付け位置がずれることを避けるためである。インプロセス計測では、機械を動かしながら計測を行うので計測装置は、計測の妨げとなる加工工具など動きのある機械の構成部分や機械の振動などの影響をできる限り小さくできる仕様を満たす必要がある。図表6に、加工ラインにおける、製造プロセス分析のためのインプロセス計測の例を示す。

7.現象解明のためのものづくり計測
製造プロセスで起こる種々の現象を、その機構から解明するためにもものづくり計測が必要である。ここでは、物性物理学・材料組織学などの基礎科学を駆使し、計測の条件を決め、そのための装置を作成し、測定を行い、モデルを立て、メカニズムを解明していくというスタイルでの研究開発が必要である。研究事例として、図表7に我が国の第3世代大型放射光施設SPring‐8を用いて行われた、溶接中の接合機構解明の研究内容を示す20、21)。

溶接研究者の間では、接合機構の解明のためには実際の溶接と同じ移動熱源を使って、接合部における金属組織変化のミクロ現象を0.05秒という時間分解能で時系列に計測することが必要であると言われている。この分解能の条件は、金属組織学および接合科学の理論に基づいて導き出されたものである。この条件を満たす実験を行うために、0.05秒の時間分解能を持つX線検出器およびSPring‐8の高輝度ビームラインの実験ハッチ内に、移動熱源で溶接を行う実験系を形成して研究開発が行われた(図表7)。この研究により、溶接中の金属組織変化のミクロ現象の中で、従来はよく分からなかった金属組織内のδ相の観察に成功している。金属組織変化のミクロ現象を計測し、接合機構の解明が進めば、製品性能を満たす設計仕様を厳密にできる。この結果、安全率を必要以上に高くすることなく、接合部の信頼性を保証できる期間を精度よく確定できる。
一方、米国のローレンス・リバモア国立研究所においても物理学者らによる同様な研究がなされている22)。この研究では、金属の相変体を解析する手法を開発した成果が評価されている。しかし、実際の溶接で用いられる移動熱源ではなく、静止熱源で計測する実験装置が用いられた。静止熱源の金属組成変化の現象は実際と異なるので、この研究成果は溶接による接合のものづくりの現象解明の観点から見れば有効性はそれほど高くはないと考えられる。実験装置は静止熱源より移動熱源の場合の方が実現は難しい。このように、現象解明のためのものづくり計測の研究開発は、ものづくり現象の実験的研究が基盤となっている。

8.ものづくり計測を進めるうえで重要となる視点
現在、日本の企業は激しい国際競争の中で国際的優位性を高める努力を日々行っており、科学的根拠に基づいたものづくり計測は、日本の製造業の国際競争力の強さを維持していくうえで、今後ますます重要な位置を占めていくだろうと考えられる。ものづくり計測を考えていくうえで、重要なポイントを以下にまとめる。
[1]研究開発において、設計・製造プロセス・計測を複合技術として取り扱うことが不可欠である
本稿で述べた3種類のものづくり計測に対応して、上記取り組み策をまとめると以下のようになる。
(A)製品性能保証のためのものづくり計測
製品性能保証のためのものづくり計測では、どこを、どのように計測し、どのようなデータを取るか等の計測要件の確定が重要であり、これは設計仕様から導き出されるものである。また、計測結果の分析は、設計・製造プロセス技術に基づいて行われる。さらに、計測結果の温度による影響の補正、計測装置の補正、種々の誤差を分離する技術も必要である。
(B)設計と製造プロセスの改善のためのものづくり計測
設計と製造プロセス改善のためには、設計データと計測データの比較を行い、そこで見出される形状差異の分析がポイントになる。加工ラインにおいて行われるインプロセスの計測では、機械を動かしながら計測を行うので、計測装置は、計測の妨げとなる加工工具など動きのある機械の構成部分や機械の振動などの影響をできる限り小さくできる仕様を満たす必要がある。設計・製造プロセス・計測が一体となることによって、設計と製造プロセスの改善のためのものづくり計測が実現できる。
(C)現象解明のためのものづくり計測
製造プロセスの現象をその機構に基づき解明するためにも、ものづくり計測が必要である。ここでは、物性物理学・材料組織学などの基礎科学を駆使し、計測の条件を決め、機構解明の研究開発を進めることが必要である。
[2]国としての事業としては、「ものづくり計測」の課題全体を俯瞰したうえで議論をすべきである
計測に関する国の競争的資金として規模の大きなものは、文部科学省の制度「先端計測分析技術・機器開発事業」がある(配分主体は(独)科学技術振興機構)24)。総合科学技術会議事務局が平成18年に示した、「政策課題対応型研究開発の8分野別予算集計方法」では、当該事業はすべてものづくり分野に集約されている。
この制度は、独創的な研究活動を支える世界初・世界最高水準の計測分析技術・機器の開発を推進することを目的とし、以下の二つの事業が展開されている。
I. 先端計測分析機器開発事業(機器開発プログラム)
要素技術開発から応用開発、プロトタイプによる実証までを一貫して実施することによって、我が国が最先端の研究ニーズに応えられるような計測分析・機器およびその周辺システムの開発
II. 先端計測分析技術・手法開発事業(要素技術プログラム)
計測分析機器の性能を飛躍的に向上させることが期待される新規性のある独創的な要素技術の開発
この事業は、平成18年度までは、主に研究現場で使われる機器に関する開発領域(一般領域)のみの開発課題の公募であった。平成19年度より、研究現場のみならず応用現場(ものづくり現場)での将来の活用が想定される機器に関する開発領域(応用領域)についても、新たに開発課題として公募に追加された。本事業は、開発終了時には計測分析技術・機器の具体的な成果が強く求められることから、「基礎研究」にとどまらず「開発」を目的とするものである。世界初・世界最高水準の計測分析技術・機器が開発されれば、独創的な研究活動を支える事業となる。科学的裏づけに基づいた製造プロセスの現象解明によるものづくりにも有用な成果が出ることが期待できる。上記の先端計測分析技術・機器開発事業の枠組は、上述の[1]で示した、設計・製造プロセス・計測の複合技術であるものづくり計測のうち、(C)の現象解明に寄与すると考えられる。
しかし、言うまでもなく、これらの取り組みだけでは上述の設計・製造プロセス・計測全体を複合するものづくり計測の全体の研究領域を包括することはできないだろう。ものづくり技術分野で選定された戦略重点科学技術「日本型ものづくり技術をさらに進化させる、科学に立脚したものづくり『可視化』技術」を実現するためには、ものづくり計測全体の研究開発領域へ寄与する別の施策も必要である。また、将来的にそのような事業において新たな計測装置の開発を進めて行こうとする場合には、最初に、ものづくり計測の課題全体を俯瞰し、新たな計測装置への要求仕様を明確にするフェーズを設置し、その結果、見出された要求仕様に基づいて計測装置の研究開発を進める必要があると考えられる。
[3]産学官は、計測における国際標準化およびトレーサビリティの確立へ向けた取り組みの強化が必要である
製造拠点の世界的な分散の中で品質を保証するためには、計測標準の国際的な整合性を確保する国際トレーサビリティを支える技術が必要である。標準化活動は、大学関係者によるISO標準化活動、公的研究機関による計測標準、グローバル企業による社内工務基準など、個別に取り組まれている。しかし、今後、国際的な立場を強化するためには、産学官の連携を強化した標準化への取り組みが必要になると考えられる。アジア諸国との健全な競争と協調の観点からも、今後は一層進むであろう国際分業を可能にするために、我が国の計測領域における国際標準化推進のイニシアティブが望まれる。

謝 辞
本稿を執筆するに当たり、大阪大学大学院工学研究科長
豊田政男教授、東京大学大学院工学研究科 高増 潔教授、東京大学 先端科学技術研究センター 鈴木宏正教授、大阪大学大学院工学研究科
高谷裕浩教授、荒井栄司教授、平田好則教授、東北大学大学院工学研究科 高 偉准教授、大阪大学 接合科学研究所副所長 村川英一教授、同研究所
小溝裕一教授、大阪府立大学大学院工学研究科 杉村延広教授、(財)高輝度光科学研究センター 橋本 保コーディネータ、豊川秀訓主幹研究員、佐藤眞直副主幹研究員、日産自動車株式会社
飯田 望主担から貴重なコメントをいただきました。関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。
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