1.はじめに
2007年5月3日、4日の2日間、全米科学振興協会AAAS注1)(American Association
for the Advancement of Science)の科学技術政策フォーラムがワシントンD.C.において開催された。政策フォーラムは、1976年以来毎年春に開催されており、本年が32回目となる1)(2004年の会合から名称をコロキアムからフォーラムに変更)。
この政策フォーラムは、多数のテーマについてシンポジウムが開かれる大規模なAAAS年次大会とは異なり、セッションやテーマ数も限られたものであるが、科学技術予算の議会審議の動向や政策的重点課題、近年の状況変化など、米国の科学技術コミュニティが直面している課題を取り上げ、科学者や政策関係者等が一同に会してこれらの問題について認識を共有し、討論を行う重要な機会を提供している。
本年は、6回連続参加となるジョン・H・マーバーガー科学技術担当大統領補佐官(兼大統領府科学技術政策局長)などの政府高官、下院科学技術委員会のバート・ゴードン委員長(民主党、テネシー州)などの議会関係者、大学の教員及び研究者、関連シンクタンク研究者・アナリスト、各学会関係者、さらに諸外国の科学技術政策の関係者など計400名以上が参加した。本年設定されたテーマは以下の通りである2)。
〈合同セッション〉
- 2008年度の連邦政府研究開発予算の分析報告
- 製薬産業とバイオテクノロジーR&D
- 科学情報の秘匿と公開の問題(sequestered science)
〈パラレルセッション〉
- 科学技術において拡大する州の役割
- 発展途上国における科学技術及びイノベーション能力の構築
- 監視・プライバシーと科学技術の役割
本稿では、この政策フォーラムで議論された主なポイントを報告する。

2.2008年度の連邦政府研究開発(R&D)予算要求について
2007年2月5日にリリースされた、2008年度の予算教書における連邦政府予算要求は2兆9,020億ドルで、そのうち連邦政府R&D予算は1,430億ドル、2007年度比1.3%増となっている3)。この内訳を見ると、58%(約829億ドル)が防衛関連R&D予算であり、残りの42%(約600億ドル)が非防衛関連R&D予算となっている。防衛関連R&D予算の約95%を占める国防総省(DoD)のR&D予算総額は前年度比1.0%増の789億9,600万ドルであり、特に、兵器開発予算は5.5%増の681億ドルとなった。一方、DoDの基礎研究及び応用研究を含む科学技術予算は、20.1%減の109億ドルと減少傾向にある(但し、DoDのR&D予算総額に占める科学技術予算の割合は約14%程度)。
AAAS R&D Budget and Policy Programディレクターのケイ・コイズミ氏は、ブッシュ政権は2012年までに赤字を削減して財政均衡を達成することを目標としていることから、連邦政府R&D予算は全体的には、2007年度に引き続き2008年度も、米国競争力強化イニシアティブ(American
Competitiveness Initiative:ACI)関連予算などの一部を除いて、削減傾向となったと報告した。具体的には、2年目に入ったACI対象機関であるエネルギー省科学局(DoE‐OS)、国立科学財団(NSF)、国立標準技術研究所(NIST)(研究所分)に、引き続き高い優先順位が与えられている一方、その他の機関におけるR&D予算は同水準または低減され、国立衛生研究所(NIH)も1.2%の削減となっている。また、連邦政府R&D予算のうち、基礎研究は0.2%減(282億ドル)、応用研究は4%減(271億ドル)、開発予算は2.9%増(828億ドル)と、基礎研究および応用研究予算が減少する一方、開発予算の増加が顕著に現れている。これには、DoDの開発予算の増加が大きく影響している(図表1及び2参照)。


また、気候変動への関心が高まり、政策的対応方針が示されたにも関わらず、気候変動科学プログラム(CCSP)への歳出は2008年度7.4%低下した。コイズミ氏によると、これは、気候変動科学の最大のスポンサーであるNASAの関連予算削減によるものであるとのことである。

3.米国が直面する科学技術政策の課題
3‐1.マーバーガー科学技術担当大統領補佐官のスピーチ
マーバーガー補佐官は、本年で6回目となる基調講演で、米国の科学技術コミュニティが直面している課題や連邦政府R&D予算の動向などについて講演した。主な発言のポイントを以下に示す。
-
大学に求められる研究財源の多様化と新しいビジネスモデル
2003年度までの5年間にNIHのR&D予算は倍増し、それが研究者の拡大をもたらした。この急速に拡大した研究者を従来と同じビジネスモデルで維持することは困難である。今日、連邦予算の獲得競争が増大する中で、大学が民間スポンサーと新しい関係を築くなど、大学における研究は、財源の多様化によって新しいモデルへ変化し始めている。連邦政府は、この変化を奨励する。また、今後、連邦政府のR&D予算は、拡大する研究規模に対応できるほど急速には伸びないとの見通しである。連邦政府、州、民間資金の相互の連携について、さらに検討が必要である。
-
安全保障措置がもたらすネガティブ・インパクトへの懸念と政府の取組
9.11同時多発テロ発生以降の安全保障上の処置が科学に及ぼす悪影響(ネガティブ・インパクト)については、いわゆる学生査証の発行状況はかなり改善された。しかし、海外からの訪問研究者に対する無作法な査証プロセス、過度の輸出規制の実施、軍民両用可能なバイオサイエンスに対する過剰規制、主要な国立研究所のユーザプログラムを抑圧するような安全保障措置など、まだ深刻な問題が解決されていない。しかし、同時に、これらの問題の解決に向けて、政府は多数の省庁間委員会を設置するなどして取り組んでいる。例えば、2004年に設置されたNational
Science Advisory Board for Biosecurity(NSABB)(2007年4月に“Proposed
Strategies for Minimizing the Potential Misuse of Life
Sciences Research”と題する報告書を公表)は、軍民両用可能なバイオサイエンスの問題への取組として、取扱注意の科学情報に関する公開制限のガイドラインを検討している。また、商務省も輸出規制問題に対して取組んでいる。メディアはこのような取組みをもっと取り上げるべきである。
私は、2005年の政策フォーラムで、連邦政府R&D予算を対GDP比でとらえることは、国の科学力を測る上で必ずしも有効な指標ではなく、より定量的な科学技術指標のための新しい“science
of science policy”(科学政策の科学)が必要であると訴えた。これに呼応し、米国内では、NSFが“science
of science policy”プログラムをスタートした。また、国際的にはOECDなどでも議論が始められたことは高く評価できる4)。
2008年度連邦政府予算に関するAAASの分析レポートに関しては、イヤマーク(紐付き)予算注2)の取り扱いに重大な欠陥があると思われる。同レポートが2008年度のDoD科学技術(S&T)予算について大幅に削減(前年度比20.1%)したと分析している(図表1参照)が、この分析結果は最近のイヤマーク予算を巡る議論を正しく反映しておらず、予算に関する議論で広く参照されるAAASの分析レポートの読者に誤った情報をもたらすものである。
私は、昨年度の政策フォーラムにおいても、イヤマーク予算が過去5年急速に増加しており、研究機関のミッションに脅威を与える段階に達しているという問題点を指摘すると共に、AAASに対して、大統領府科学技術政策局(OSTP)と大統領府行政管理予算局(OMB)とも連携し、科学技術予算分析におけるイヤマーク予算の包括的な取り扱い方法を検討するよう要求した。それにも関わらず、AAASの2008年度予算分析レポートでは上述のような不備が改善されていない。
※筆者補足:DoD科学技術(S&T)予算が大幅に変化した理由は、ブッシュ政権のイヤマーク予算改革に基づいて、イヤマーク予算が取り除かれたためであるが、これを単純にDoDの科学技術予算が激減したと解釈するのは間違いである。DoDのイヤマーク予算には、糖尿病の研究など本来DoDが行うべき研究とは言えないようなプロジェクトが含まれるケースが多々あり、これが削減されたことが必ずしもDoDの本来の研究開発予算の削減を意味する訳ではない。イヤマーク予算改革は、不必要なイヤマーク予算をカットし、当該機関が本来行うべき重要な研究にしかるべき予算が執行されるよう軌道修正するものであり、ここでのマーバーガー補佐官の批判は、AAASの分析は、この点を十分踏まえた説明になっていないという主旨と考えられる。
3‐2.製薬産業・バイオメディカルにおけるR&Dの課題
本年のフォーラムの3つの全体セッションのひとつとして、「製薬産業とバイオテクノロジーR&D」が取り上げられた。製薬に関するR&D、生産性とイノベーション、知的財産権、臨床試験における政策的挑戦などについて、大学、企業、研究機関の現状認識と問題提起が行われた。このセッションでは、Haseltine
Global Health社のウィリアム・ヘーセルティン会長が製薬産業の現状について概観し、R&D投資に比して新薬の承認件数が大幅に減少していることを取り上げた。その要因としては、病気を治すためではなく、巨大市場のために商品開発を行っている大企業の姿勢があるとし、企業においてアイデアを製品に結び付ける能力が阻害されている可能性を指摘した。
このような、バイオメディカルにおける生産性の問題点について、ノースウェスタン大学のスコット・スターン教授は、(1)膨大な投資にもかかわらず、FDAの薬剤及び生物医薬承認件数は1980年代と同程度である注3)、(2)(遺伝学からシステム生物学へ発展しているように)この30年間に科学は劇的に進歩したにも関わらず、治療や診療の大半は旧来の科学や伝統的な技術に基づくものである、(3)バイオテクノロジー産業は大小数千社もの企業が存在するが、ほとんどの治療は、既存の大手製薬企業によって商業化され、従来のFDAパラダイムの下で規制されている、といった、バイオメディカルの生産性が抱えるパラドックスがあると指摘した。急速に発展するオーダーメード医療の実験などに対して、規制の枠組みが追いついていない点なども指摘し、規制プロセスの改革の必要性を訴えた注3)。
また、Engel & Novitt法律事務所のジョン M. エンゲル氏は、バイオメディカルR&Dの促進においては知的財産権(IPR)が重要な役割を果たしていることを取り上げた。IPRは、民間企業が投資に対してリターンを得ることを可能にするイノベーションに不可欠な原動力であると同時に、高いリスクを緩和するための効果的なセーフティネットであると、IPRの民間R&Dにおける重要性がますます高まっていることを強調した。
その他の課題として、国立医学図書館のデボラA.ザーリン氏は、臨床試験が抱える問題点を明らかにしている。今日、4万件弱の臨床試験のうち、65%が薬物を対象とした臨床試験であり、製薬産業がスポンサーとなる試験に多くのボランティアが参加している。しかし、それらの試験が正当な科学的試験なのか、結果を有利にするための試験なのか疑わしい点もあるとし、試験に参加するボランティアを不当なリスクから如何に保護するか、結果に誰がアクセスできるのかどうやって決めるのか、結果が有効であることをどうやって保証するのか、といった疑問を投げかけた。また、多くの臨床試験結果が公表されておらず、公表データ上にも発見されにくい間違いがある。これらは倫理的にも科学的にも問題があると指摘し、政策的対応の必要性を訴えた。
3‐3.“Sequestered Science”(科学情報の秘匿と公開の問題)
情報の共有、開示、マネジメントといった観点から、科学情報の秘匿をどう考えるか、すなわち、科学技術情報をすべて公開すべきなのかという点についても議論された。テキサス大学のウェンディ・ワグナー教授は、研究の遂行や知的財産権の保護、個人情報の保護、テロのリスクからの防護などの場面では、情報を秘匿することは必ずしも悪ではないとしつつも、国民の健康リスクに関わる場合などでは強く情報開示が求められ、有効に機能する実際的なガイドラインを考える必要があるとの考えを示した。エクソンモービル社シニアヘルス・アドバイザーのマイロン・ハリソン氏は、企業秘密情報によって人々の健康に害が及ぼされないことを保証するための適切な措置が必要であるとの考えを示した。また、国民の健康に関するリスク情報の開示について、米国化学工業協会(American
Chemical Council)が進めているLong‐range Research Initiative(LRI:化学物質が人間の健康や環境に与える長期的影響などについて研究)を例に挙げ、LRIでは研究者があらゆる発見を承諾無しに公表できる権利を有していると紹介し、あらゆる結果の公表に取り組むことは、研究の質の向上に不可欠であり、LRIはその良いモデルであると述べた(ハリソン氏は“Sequestered
Science”を「国民が容易に入手できない科学の成果」と定義している)。
3‐4.科学技術において拡大する州の役割
本年のパラレルセッションのテーマのひとつに設定された「科学技術において拡大する州の役割」では、ニューメキシコ州、ペンシルバニア州、カリフォルニア州、アリゾナ州などの取組み事例が紹介され、科学技術の発展に果たす州政府の役割や地域連携の在り方などについて議論が行われた。
ニューメキシコ州知事の科学アドバイザーであるトーマス・ボウルズ氏は、同州は、ロスアラモスおよびサンディア国立研究所、フィリップス研究所、ホワイトサンズ空軍基地など大規模な連邦政府の施設が集積(R&D予算で年間60億ドル)する科学技術基地であるとし、航空宇宙やバイオ、エネルギー、ITなど同州の強みを生かした長期のR&D投資やインセンティブ政策を進め、州レベルのイノベーション促進を図っていると報告した。「我々は資源は有していたが、以前は計画と必要な投資を行なうための強い決意を欠いていた」と、同州における今後のイノベーション牽引の要素として、州レベルでの科学技術政策の意義を強調した。
また、カリフォルニア科学技術評議会(CCST)専務理事のスーザン・ハックウッド氏は、同州において非営利機関であるCCSTが、州知事、あるいは連邦政府へ重要な助言を行なっていることを紹介した。CCSTは、全米研究会議(NRC)をモデルに1988年に設置された組織であり、州内の大学、研究機関、産業界と広く連携し、州経済の発展に寄与するさまざまな取組を行っている。教育も主要な取組のひとつであり、CCST内にCalifornia
Teacher Advisory Council(Cal TAC)を有し、科学及び数学教育のためのタスクフォースを設置して人材の育成に努めている。また、同州における科学技術の発展動向も紹介し、その課題を述べた。
米国では、これまでも、州政府が科学技術を州経済とリンクさせる形で発展させてきた。したがって、州の科学技術の発展に州政府の果たしてきた役割は大きい。連邦政府R&D予算が伸び悩む中で、地域産業との連携の一層の促進やイノベーション創出環境の整備・強化など、州が果たす役割はさらに増大してきている。また、カリフォルニア州の環境問題への積極的な取組みに見られるように、連邦政府に代わって州政府がグローバルな問題においても前面に立って役割を果たす場面が出てきたことは、大きな潮流の変化である。
3‐5.その他の話題
その他のセッションとして、発展途上国における科学技術及びイノベーション能力の構築、監視・プライバシーと科学技術の役割の2テーマが掲げられ議論された。
発展途上国セッションでは、世界銀行の科学技術及びイノベーション・能力の構築プログラムや、ラテンアメリカの取組み事例が紹介された。また、RANDのアニー・ウォン氏は、Global
Technology Revolution 2020の結果概要を報告した7)。これは、グローバルな技術トレンド調査で、16の技術アプリケーションを設定し、29カ国を対象に技術レベルの順位付けを行ったものである。
監視・プライバシーに関するテーマは、昨年までのフォーラムで比較的大きく取り上げられた国土安全保障問題である。本年は、トピックを、監視技術と社会、プライバシーの問題等に絞って議論が行われた。内容的には、情報技術を用いたテロ対策やプライバシー保護技術の最新動向などについての議論であった。

4.おわりに
今年の政策フォーラムは、国民の関心が、次期大統領選挙に向けた各候補者の動きと、イラク駐留米軍問題を巡るブッシュ大統領と議会の駆け引きに大きく集中する中で開催された。会議参加者の最大の関心は、減少傾向にある連邦政府R&D予算への対応に置かれていた。防衛開発関連予算とACI関連予算に高い優先順位が与えられる一方、その他の機関のR&D予算は現状維持または削減傾向にある中で、いかにして研究活動を維持・発展させることができるか、州に期待する役割や、製薬産業界の抱える課題など、各セッションにおける議論でも共通課題となっていた。
一方、2007年1月の一般教書演説で、ブッシュ大統領が今後10年間でガソリン消費を20%削減するとの目標を発表し、気候変動問題に積極的に取り組む姿勢を打ち出したこともあって、日本では関心の高まっていた環境問題については、本年のフォーラムでは特別にセッションが設定され議論されるといった場面はなかった。しかし、クリーンエネルギーについては、昨年のフォーラムにおいて議論されたテーマでもあり、また、気候変動問題についてもAAAS理事会が4月28日付で危機感を表す声明を発表してフォーラム会場でも配布するなど、AAASとしても環境問題には引き続き高い関心を有していることが伺えた8)。
AAASフォーラムは、マーバーガー大統領補佐官をはじめ科学技術政策の中枢にいる主要キーパーソンが米国の科学者コミュニティと一同に会する会合として、歴史的にも貴重な役割を担ってきた。今後もその役割を果たし続けるものと思われるが、この重要な政策議論の場に日本からも引き続き参加し、米国の科学技術政策が抱える重要課題を把握することは非常に有益であると考えられる。

謝 辞
本稿を執筆するに際し、在アメリカ合衆国日本大使館の渡辺正実参事官、(独)科学技術振興機構ワシントン事務所の石黒傑所長より貴重なご助言を頂きました。ここに深く感謝申し上げます。 |