[レポート1]

組織を超えた
コミュニケーションのための
オントロジー技術

黒川 利明
客員研究官

1.はじめに

 産学連携を始めとして組織を超えたコミュニケーションは、科学技術の発展やイノベーション創出のために最も必要とされるもののひとつである。たとえば、欧米でイノベーション創出のために推進されようとしているコンバージング・テクノロジーは、異種の科学や技術を収斂する技術であり3)、組織を超えたコミュニケーションは欠かせない要素である。イノベーション25戦略会議でも示されたように、イノベーション創出においては、科学技術の発展のみならず、新しいビジネスや新しい社会の仕組みが必要である。新しいビジネスモデルでは顧客へのアプローチの仕方などにも革新が必要とされるが、これらも組織や専門分野を超えた連携作業であり、そのためには組織を超えたコミュニケーションが成り立つことが必須である。

 しかし、特に日本の組織の場合は、理系と文系との間に高い壁があると言われており、同じ理工系の分野の間であっても組織を超えたコミュニケーションを苦手としている。組織を超えたコミュニケーションには、まず、そうしたコミュニケーションの実現に取り組むという心構えが必要であり、また、そういうコミュニケーションを実現できる場がなければならない。そのようなコミュニケーションを支援する仕組みも必要となるが、特に今後は、大きく進歩していく情報技術を十分活用する組織的な取り組みが必要である。

 コミュニケーションを支える情報通信技術としては、基本的かつ一般的なものとして、携帯電話やパソコンを用いた電子メールやウェブ(ブラウザ)などがある。最近では、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やブログ(Blog)などが新たなコミュニケーションツールとして注目を集めている。これらは、コミュニケーションを行うための機器やその操作を整備し、表示を容易にするという役割を果たしている。

 本稿では、コミュニケーションの内容としての情報自体の構成およびその情報の記述あるいは表示の基盤となる情報技術として、オントロジー技術(ontology)を取り上げる。コミュニケーションの内容である情報の構成や記述に情報技術を用いるということは、ペンと紙との代わりにコンピュータのワードプロセッサを用いるというハード面の基本を除いて、あまり認識されてこなかった。オントロジー技術も、コミュニケーションを支える基盤であると明確に認識されるようになったのはごく最近のことである4)

 オントロジー技術が支えているものは、個人対個人のコミュニケーションのみではなく、むしろ組織対組織のコミュニケーションである。すなわち、コミュニケーションの担い手は個人だが、その個人がコミュニケーションしようとしている相手は、個人の属する組織の範囲を超えたところにいる存在である。このようなコミュニケーションが成り立つためには、個人が属している組織が前提としている常識が、他の組織では通用しないことを承知の上でコミュニケーションしなければいけない。個人間のコミュニケーションの場合には、自分の言葉で自分の想いを述べるだけでよいが、組織間のコミュニケーションにおいては、お互いが理解できる言葉でお互いが必要な情報を述べなければならない。このようなコミュニケーションを成り立たせるためには、情報の構成および利用に対して、オントロジー技術のような情報技術を用いた組織的な支援が必要である。

 本稿は、オントロジー技術による組織間のコミュニケーションに着目して、オントロジー技術とは何であるかを歴史的経緯および現在の状況において紹介する。オントロジー技術は、一部では標準化も行われ、ツールの開発も行なわれて、オントロジーデータが蓄積されてきている。しかし、技術開発はまだ途上にあり、知的財産権の扱いや情報の安全管理など、今後の開発にともなって出現すると予想される課題も多い。

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2.オントロジー技術の歴史的経緯

2‐1.オントロジーと存在論

 オントロジー(ontology)という英語は、そう古いものではない。オックスフォード英語辞典によると、ontologyの初出は1721年で、その意味はan Account of being in the Abstractとなっており、抽象的に存在について議論する、という哲学的な存在論についてである。したがって、哲学的にはオントロジーは「存在論」と訳されている。存在論についての議論は、西欧では、スコラ神学から、さらにギリシャ哲学にまで遡る。その中心課題は、アリストテレスの形而上学に現れる「存在とは何か」という問いかけである。この問いは、トマス・アクィナスなどの神学、ライプニッツやカントの近代哲学を経て、フッサールやハイデッガの現代哲学に至るまで、その研究が続いている。

 しかし、本稿で論じる「オントロジー技術」は、同じオントロジーという単語を用いるものの、存在論とは一線を画した、まったく別の分野にある。強いて言えば、「世界は何から成り立っているか?  世界の中には何が在るか?」といった問いに、コンピュータの世界(あるいはウェブの世界)でどのようにして答えるかという点において、議論の共通点が見出せる。もっとも、オントロジー技術と哲学の存在論とを結びつける動きも、最近になって再び活発になってきている。現在のオントロジー技術の限界を克服するためには、哲学的な観点からの議論の復権を唱える意見もある6)。組織間のコミュニケーションという視点においては、組織とは何か、組織の目標は何か、組織の存在意義は何か、などを問うことが、コミュニケーションのベースになければならないということである。

2‐2.オントロジー技術の歴史

 前述したように、オントロジー技術の発祥は存在論という深いところでコミュニケーションに関わってはいるものの、現在のオントロジー技術の源流は、直接はコミュニケーションに携わってはいなかった。歴史的にみると、現在までのオントロジー技術の研究開発には、大きく分けて以下の二つの流れがあった。

 そのひとつは、人工知能研究の実用化である知識工学の一部から分かれてきたもので、これはGruberの定義5)に代表されるように、知識における「概念化の明示的な記述」を目的とするものである。オントロジー工学においては、「人工知能システムのための概念あるいは語彙の体系とその理論」とも定義されている6)。このようなオントロジー技術は、エキスパートシステムのような知識工学の応用において、知識部分の訂正や更新といった処理に伴う困難さを克服するために用いられてきた。すなわち、使われている知識ベースの背景となる概念体系を明確化し、知識ベースの保守を容易にするために研究開発がなされてきた。

 もうひとつは、ウェブ利用の高度化の流れである。これには、さらに二つの動きがあったと言える。その一方は、3章で解説するが、1991年ごろからのドキュメント処理における索引処理に端を発したトピックマップ技術である7)。これは、SGML(Standard Generalized Markup Language)を起源とするマーク付け言語、およびそのマルチメディアあるいはハイパメディアへの応用であるHyTime(Hypermedia/Time‐based Structuring Language)をベースにしており、情報が持つ主題に関する知識を表す高度情報交換標準のひとつとして、ISO/IEC 13250:2000,2003という標準になっている。SGMLの後継というべきXML(eXtensible Markup Language)の登場により、XMLおよびウェブにも適用できる構文が追加され、データモデルが定義され、現在は正準化、参照モデル、簡潔構文、図式記法の標準化が進められている。さらに関連標準として、ISO 18048 TMQL(トピックマップ問合せ言語)、ISO 19756 TMCL(トピックマップ制約言語)、および、ISO29111(トピックマップを利用したダブリンコア・メタデータの表現)の策定が進められている。トピックマップでは、主題の型、主題間の関係(関連)の型、および主題と情報資源との関係(出現)の型をオントロジー技術として扱っている。

 ウェブ利用の高度化の流れのもう一方は、1998年に未来のウェブを目指して研究開発が始まったセマンティックウェブ8)における、ウェブ上での高度な処理を実現するためのタグ付けと呼ばれる知識付加の諸技術である。これは背景として、ある種の「概念あるいは語彙の体系」を必要とするために、ウェブオントロジー技術とも呼ばれている。研究開発人口や注目度という点では、この三番目のセマンティックウェブが前記の二つを凌駕している。ただし、この分野では最初からオントロジー技術が重要視されていたわけではなかった。

 WWW(World Wide Web)の開発者であるBerners‐Leeは、1998年にセマンティックウェブに関するいくつかのメモを出しており9〜11)、これがこの分野の発端になっている。この中でオントロジー技術に言及しているのは、「進化可能性」と題した第7回国際WWW会議での基調講演において「スキーマ言語の論理的側面の強化において、関係データベースのみならず知識処理の専門家の協力が必要だ」と述べた部分である11)。Berners‐Lee自身は、「セマンティックウェブのしないこと」のひとつに人工知能を挙げており、人工知能研究における意味処理の技術とは距離を置こうとしていた10)。彼は、従来の知識ベースプロジェクトの失敗原因である「中央集権的な仮定」を排除し、「大域的に」知識を扱えるものを志向していた。2000年に米国ワシントンで開かれたXML2000の基調講演でも、セマンティックウェブの実現手段となる技術として、3章で述べるRDFとトピックマップを挙げ、さらに、これらの統合の必要性を訴えていた12)。しかし、一方で彼は、2001年のサイエンティフィック・アメリカンに掲載された論文で、オントロジー技術を概念集合の関係記述とその上の推論規則からなるもの、と定義しており、セマンティックウェブを実現する第3の主要要素に挙げており13)、その頃から、オントロジー技術はセマンティックウェブに欠かせない技術となった。

 ここまでに述べたオントロジー技術では、セマンティックウェブも知識工学も、コンピュータ処理を中心に考えている。トピックマップも元来は文書処理のためのものだったため、情報管理や情報検索というコンピュータ応用の知識データ構成を目的としている。しかし、最近の新しい考え方として、オントロジー技術による知識表現あるいは知識構成を、直接、人間の間のコミュニケーションに用いてはどうかという提案が出始めている4、14)。現時点ではまだ技術的に未成熟であるが、将来的にはこのような新しい考え方によるコミュニケーションが、従来の言語のみによるコミュニケーションに取って代わる可能性もある。

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3.オントロジー技術の開発状況

 ここでは、オントロジー技術の現状を、標準化、ツール開発、データ蓄積の3点から紹介する。

3‐1.記述の標準化

 歴史的に見れば、オントロジー記述の標準化の端緒は、1990年代初頭のトピックマップにあった。しかし、ここでは、その後に標準開発が行われたRDF(Resource Description Framework)を先に説明する。RDFのほうがより単純な標準形式をもっており、他はそれに則って理解する方が容易だからである。また、これらの記述には、XML(eXtensible Markup Language)という言語による書式が用いられている。XMLは、SGML、HTMLに連なる標準書式であり、ウェブの標準化団体であるW3C(World Wide Web Consortium)で開発され、その最初のバージョンは日本工業規格JIS X 4159:2005となって公布されている。

[1]RDF(Resource Description Framework)

 RDFとは、文字通りウェブ上の情報資源(resource)を記述するための枠組みである。主として、モデルおよび記述言語として受け止められている。W3Cの勧告(recommendation)は、RDF入門、RDF/XML構文仕様、RDF語彙記述言語:RDFスキーマ、RDF:概念及び抽象構文、RDF意味論、RDFテストケースの6つから成っており、これらの仕様はhttp://www.w3.org/RDF/に公開されている。

 RDFは、本来、ウェブ上の情報資源を扱う枠組みであるが、厳密にはウェブ上に存在していない事物や、抽象的な概念なども扱えるように、URI(Uniform Resource Identifier)を用いて情報資源を参照している。URIの詳細な記述形式はURIスキーマ(URI Scheme)で別途規定されている。大まかに言えば、URIはウェブ上の情報資源の場所についてはURL(Uniform Resource Locator)を用い、その他の事物については文字列で代用する。ある情報資源についての記述は、その資源を表す主語(subject)に対して、その特性(propertyまたはpredicate)およびその特性値(property valueまたはobject)を与えることによって表されている。表記には、大きく分けてXMLによる表記法と有向グラフによる表記法があり、それぞれの記述要素は、基本的にRDF URI参照と呼ばれる文字列に拠る。ウェブ上にない事物を表すためには、空白節点という特殊な記法を用いる。

 RDFを設けた本来の目的は、ウェブ上の情報資源についての機械処理を行なうことであった。XML表記は機械処理のためのものであり、一方、グラフ表記は人間が理解するためのものとして用意されている。注目すべき点は、RDFは個別の情報資源について特性は述べられているのだが、情報資源間の一般的な関係や、特性どうしの関係、あるいは情報資源の集合などには一切触れられていない点である。これらの普通なら記述として含められると思われる機能は、RDF語彙記述言語と呼ばれるRDFスキーマで規定されている。RDFスキーマでは、オブジェクト指向で使われるクラスという概念を導入し、さらに、特性に対して、数学の関数におけるような領域(domain)および値域(range)という概念を導入して、基本的な定義を与えている。

[2]OWL(Web Ontology Language)

 OWLとはウェブオントロジー言語の略語である。これはRDFが拡張されたものであり、逆にRDF文書をOWLとして解釈することも可能となっている。OWLの構文はRDFの構文をそのまま引き継いでいる。OWLの機能は、クラス記述とクラスに対する集合演算、および、クラス間の関係について記述したクラス公理(class axiom)とからなる。特性についての追加機能やクラスのメンバーについては追加機能が含まれているが、OWLによってRDFスキーマへ新たに追加されたものは概念集合の関係記述に絞られているために、そう多くはない。クラスはRDFスキーマでも記述が可能だったが、集合演算を含めた関係記述がOWLによって標準として取り込まれた。

 OWLに関して特筆すべきことは、セマンティックウェブという大きなプロジェクトを背景にもっていることである。ウェブ以外の分野でもOWLが標準的なオントロジー記述言語としての評価を得ており、そのライブラリや専用の検索サイト、記述のためのエディタや推論エンジンなどのソフトウェアツールが整備されるようになってきている。

[3]トピックマップ

 トピックマップは、2章で述べたように、歴史的にはRDFやOWLよりも先行して1991年から標準としての開発が始まった。元々は文書の機械処理に伴う索引処理のためのものだったが、現在ではRDFやOWLと同様にウェブの情報を含めて扱えるようになっている。トピックマップは、情報のコンテンツが存在する情報層と関係記述の知識層を分けて扱うところが、RDFあるいはOWLと大きく異なる点である。トピックマップは、トピック(Topic)、関連(Association)、出現(Occurrence)と呼ばれる三種類の要素を主として用いて記述する。「トピック」は、主題(subject)を計算機上で表現したものであり、基底名と複数の異形名を持つ。トピックの主題は、主題ロケータまたは主題指示子+主題識別子の形で識別される。「関連」は、大まかにはRDFの特性に対応するものであるが、方向性を持たず、複数のトピックに対して定められ、関連に参加するトピックは関連役割を持つ。「出現」は、情報層にある情報へのリンクであり、URIを含めて情報のありかを示す。「トピック」「関連」「出現」にはそれぞれ型があり、さらに有効範囲が定められる。主題については、公開主題指示子(PSI:Published Subject Indicator)という仕組みで、共通の主題を一致して使うことができるようになっている。なお、W3Cからは、RDFとトピックマップの相互運用を標準化するための提案が出されている15)

3‐2.ソフトウェアツール

 オントロジー技術における表記の標準化は、標準化された文書を扱うソフトウェアツールの開発を促進してきた。開発されたソフトウェアツールは、標準的な記述を行うためのエディタ、出来上がった複数のオントロジーを統合し整理するためのツール、さらに、オントロジーデータ内の関係記述を使って推論を行うための推論エンジンが主なものとなっている。

 現時点で、開発と普及の両面で最も進んでいるのは、入り口ともいうべきエディタである。エディタについては、スタンフォード大学のプロジェクトとして開発されてきたProtégé(http://protege.stanford.edu/)が半ば標準的なものとなっており、2007年4月時点で約62,000名の登録ユーザがおり、毎年、国際会議も開かれている。Protégé-Frames editorとProtégé-OWL editorという二種類のエディタが主として提供されている。Protégéはエディタに付随して、プラグインと呼ばれる拡張ツール、アプリケーション、さらにProtégéを使って作られたオントロジーデータが入手できるようになっている。プラグインには、バイオメディカルインフォマティックス、プロジェクト管理、探索及びナビゲーション、可視化、データの送受信、推論(inference & reasoning)、セマンティックウェブ、語用論、ソフトウェア工学、コード例、自然言語処理などの分野が備えられている。オントロジーデータは、ライブラリという形で提供されており、フレーム形式とOWL形式のそれぞれの例、およびどちらにも属さない別形式のオントロジーデータの例などが挙げられている。Protégé、オープンソースであり、登録ユーザのコミュニティがその開発と維持にあたっている。

 セマンティックウェブで強調されている推論エンジンについては、まだProtégéのような標準的なツールはない。しかし、いくつもの種類が開発されており、商用ツールとして販売されているものもある。

 トピックマップのツールとしては、Ontopia社製のThe Ontopia Knowledge Suite(OKS)が代表的なものだが、Topic Maps 4 Java(TM4J)というオープンソースのプロジェクトなどが紹介されている7)

3‐3.オントロジーデータの蓄積

 セマンティックウェブのプロジェクトを中心に、オントロジーデータの作成登録も盛んになっている。オントロジーの蓄積に対応して、Swoogle16)というセマンティックウェブに対応したオントロジーの検索エンジンもできている。このデータによれば、2007年4月時点で、セマンティックウェブ準拠文書の個数は約2,000,000、要素の個数が約374,000,000となっている。Swoogleは、Google社の検索エンジンを用いて得られた文書の中で、セマンティックウェブ文書である.rdfあるいは.owlという拡張子を持つ文書を抜き出し、それらの文書のXMLで書かれたオントロジー構造を読んで内容を解釈する。現在のGoogle社のエンジンは、このような意味データ記述までを扱っていないが、Swoogleの検索ロボットは、こうして得られたオントロジーデータに基づいて、さらに他のオントロジー文書を自動的に検索するようになっている17)注1)。また、前記のProtégéというスタンフォード大学のサイトでも、OWLだけでなく、様々な形式で書かれたオントロジーデータを紹介している。

 このような状況を踏まえて、オントロジーデータに関するメタデータのレジストリ登録のための標準化がISO/IEC 19763‐3で進められている18)

 具体的なオントロジーデータの構築は、限られた範囲であっても、その範囲の概念を並べ上げ、それらの間の諸関係を記述していくという手間のかかる作業となる。このような従来のオントロジーデータの構築手法に対して、最近、参加者が自由に内容を記述するタグをつけることにより、集団全体としてオントロジーを構築する手法(Folksonomy)も提案されるようになった。個別のタグはオントロジー技術の要素である概念要素や関係記述になっていないかもしれないが、そのようなデータを集めてうまく処理すれば、オントロジーデータを半自動的に蓄積できる可能性があることが示されている21)

3‐4.オントロジー技術の活用が活発に行なわれている科学技術分野

 個別の科学技術分野で、オントロジーに関する動きが活発な分野の例として、遺伝子の研究開発分野(いわゆるGene Ontology)を挙げることができる。しかしこの分野ですら、まだ、オントロジー記述のデータや枠組みは、ひとつに収束されているわけではない。例えば、「機能遺伝子学の標準とオントロジー」というウェブサイト19)を見てみると、「人間やマウスの解剖において多数のオントロジーデータおよび形式が開発されており、それぞれが独自の[利用]目的を持っている。解剖的な名前でデータへの注記を望む生物学者にとって、この多様性は混乱の元である。」ため、そのような混乱を正すための交流の場をこのウェブサイトは提供しようとしている([ ]内は本稿での追加)。

 一方、Open Biomedical Ontologies20)というサイトなどでは、関連する9つのプロジェクトや、63分野のオントロジーデータファイルを紹介して、このような分野における様々な活動を横断的に紹介している。

 組織の持つ知識に対するオントロジー技術の開発には、それ相応の労力と資金を必要とする。たとえば、米国臨床病理医協会(CAP:The College of American Pathologists)が作成した、SNOMED‐CTと呼ばれる医療概念に関するオントロジーデータは、34万個の概念とそれに対する87万個の語彙を含む膨大なものであり、3240万US$という対価でライセンスされている24)

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4.組織間コミュニケーションのためのオントロジー技術

4‐1.オントロジー技術の種々の側面

 オントロジー技術の歴史的経緯で述べたように、コミュニケーションのためにオントロジー技術があるという考え方は最初からあったものではなく、オントロジーをこの観点で論じたものもごく最近登場した。具体的にオントロジー技術を使ってコミュニケーションツールを開発している例としては、(独)産業技術総合研究所の橋田らによるSemantic Editorを用いたSemantic Authoringがある4、14)

 組織間のコミュニケーションのためのオントロジー技術には、次の2つの側面がある。ひとつは、知識の整理や体系化、あるいは組織の中で何がどうなっているかを一目瞭然で関係者皆が分かるようにできること(「一目瞭然化」あるいは「見える化」)2)を実現するための道具としてのオントロジー技術である。もうひとつは、組織コミュニケーションにおいて、オントロジー記述をそのまま用いることにより言語表現としての夾雑物を取り除き、情報の目的だけを伝えようとするためのオントロジー技術4)である。

 さらに、ここで言うオントロジー技術を別の観点で分類すれば、特定の情報の意味構造を表現した記述そのものとしてのオントロジー技術(厳密には、情報のオントロジー技術を用いた意味表現、あるいはオントロジーデータというべきもの)と、そのようなオントロジー技術による表現を実現するコンピュータシステム、およびそのような表現に即して適用可能なコンピュータ処理の集まりを指すオントロジー技術(厳密には、オントロジー技術のツールおよび環境というべきもの)に分けられる。

4‐2.組織の持つ知識の明示化

 組織の持つ知識、特に形式化されていない暗黙知を明らかにする作業は、これまでもいろいろな形で論じられてきた23)。オントロジー技術は、そのような知識の明示化のためのひとつの技術とも捉えられる。

 ここで、オントロジー技術が対象とする知識とは、単純な数値的情報ではなく、基本的には、組織で使用される言葉とそれによって表わされる概念、そして概念間の集合関係を中心とした関係である。例えば、生産現場での生産量・仕掛品・在庫状況、あるいは経営現場でのキャッシュフロー・単品の売上・利益などの数値的な情報のみを指すものではない。それらの背景にある概念やそれらの関係という知識をオントロジーは表現する。最近では、知識の概念を表すものとして、言葉の代わりに、画像や音声あるいは動画のようなマルチメディアを利用する傾向も出てきている。

 他の情報関連技術、例えばマルチメディアやハイパーリンクなどを含んだ電子文書化技術と比較した場合、知識の明示化という点に関して、オントロジー技術の優位性は次のようにまとめられる。

(1)オントロジー技術は、概念間の関係を明示的にグラフ構造で表現する。したがって、人間の介在無しに機械処理を行なうことが可能である。

(2)オントロジー技術には、標準的な記述形式がOWLやトピックマップとして定まっている。したがって、オントロジーデータの相互交換、比較、あるいは合成ということが比較的容易にでき、相互運用性に優れる。

(3)標準記述形式があること、およびグラフ構造になっていることから、他の言語あるいは他の文化をもつ環境への翻訳が比較的容易に行なえる。

4‐3.残されている課題

 組織間のコミュニケーションのためのオントロジー技術には、まだ、次のように多くの課題が残っている。

[1]コミュニティの社会的側面

 組織の知識を扱うオントロジー技術では、そのオントロジー技術を共有すべき人は、第一義的にはその組織の成員である。しかし、組織を超えたコミュニケーションを考えた場合、その知識に関わる人々から成る、より広いコミュニティを考えなければならない。オントロジー技術はこれまで情報技術の範囲で扱われてきたために、コミュニティのもつ社会学的側面はほとんど無視してきた。しかし、そのコミュニティにおいて、オントロジー技術で構成した知識の体系が妥当かどうかをどう評価するかという課題、あるいは、グラフで表された関係表現での推論が妥当であるかどうかを評価する課題、さらには、概念やそれらの間の関係を変更する(進化させる)課題などが発生することを考えると、組織の知識に関わる全ての人々から成るコミュニティについて、社会的側面を含めた明示的な扱いが必要となる。

[2]知的財産権

 オントロジー技術によって表現された知識体系は、知的財産権の対象となり得る。しかし一方で、組織の中の常識あるいは業界の中での常識というような、基盤となる知識は、本来は、一般に開放され、広く使われるべき性格のものである。例えば、辞書のような従来の知識体系は、出版著作物として知的財産権の保護対象となってきた。オントロジー技術は、日常の業務遂行の中で利用されるものであり、その知的財産としての扱いは出版物よりはるかに複雑になる。組織のノウハウが明示化されたオントロジー技術は、組織の価値の源泉となるものであり、極めて価値のあるものである一方で、厳重な保護が必要なものにもなり得る。

[3]安全な共有利用

 あらゆる人工物には付き物であるが、オントロジー技術にも当然ながら間違いや欠陥が入り込む可能性がある。特に、オントロジーデータに基づく機械処理の可能性を考慮すると、間違いのあるオントロジー技術による間違った処理が致命的な結果を招くこともありうる。オントロジー技術の安全な利用を、どのように保証していくかは今後の課題である。特に、組織を超えたオントロジー技術の共有利用には、より多様な危険が潜んでいる。

[4]新しい形式のコミュニケーションの出現

 コミュニケーションを効率的なものにするために、どのような方向でオントロジー技術によるコミュニケーションを開発すべきなのだろうか、という議論も必要であるが、一方で、オントロジー技術は将来的に、従来の自然言語を用いたコミュニケーションを補完する全く新しい形式のコミュニケーションになっていく可能性もある。現在でもすでに、携帯電話のメッセージを多用する若年層は、従来の言語を用いたコミュニケーションがうまくとれないのではないかという憶測がある。オントロジー技術によるコミュニケーションは、今後、従来の自然言語コミュニケーションに伴う解釈操作を省略できることにより、より効率的で誤解の少ないコミュニケーションを実現できるのだろうか。あるいは、自然言語を用いたコミュニケーションを棄損していくのだろうか。

4‐4.日本における組織間のコミュニケーション

 1章で述べたように、日本の組織では理系と文系との間に高い壁があり、日本人は同じ理工系の分野の間であっても組織を超えたコミュニケーションを苦手としているため、その弊害はいろいろな形で生じていると言われている。

 例えば、携帯型の音楽を楽しむ製品としてのiPodの例では、要素部品開発は日本企業が得意としてきた分野であって、音楽配信のシステムなども含めて日本に要素部品はすべて存在していたのに、従来の業務分野や組織を超えてそれらを統合してiPodという製品を生み出すことはApple社にしかできなかったという見方がなされている1)。あるいは、かつて圧倒的な競争力を有していた日本の半導体業界が競争力を失った原因のひとつに、半導体生産システムにおける統合的な知識やノウハウの蓄積が遅れてしまったことが挙げられている。ここでは、知識を特定の個人が獲得し活用するのではなく、生産に関係する様々な分野の複数の人々の間で共有し、必要に応じて迅速かつ自律的に結集されなければ半導体を製造できないような時代であったのに、それを実現できなかったから競争力を失ったのだという見方がなされている2)

 日本の組織が、組織を超えたコミュニケーションを苦手とする理由には、技術的な不備という側面の他に、そういうコミュニケーションを行う意欲の欠如や、そのようなコミュニケーションをどちらかと言えば否定するような日本型組織の文化の特質があると指摘されている。これは、そのような「思想」の欠如の表れと見ることもできる25)

 コミュニケーション技術としてのオントロジー技術は、このような思想に直接影響を与えられるものではないが、組織が持つ知識をオントロジー技術で表現するような行為は、他の組織の持つオントロジーとの比較などを通じて、積極的に自と他とを比較する動機付けを生み出す可能性はある。例えば、ソフトウェアシステムの開発においては、システム利用者の要求をシステム開発者が十分に理解する必要がある。そのためには、分野を超えたコミュニケーションが必要となるが、実際には、誤解が生じて本来あるべきシステムが実現できない例が多い26)。この問題を克服するために、システム利用者の知識を、オントロジー技術を使って記述し、これを開発者が十分に理解することによって、システム開発の上流工程の作業を円滑に行おうという試みがなされている。

 また一方で、現在の日本では熟練知能労働者の大量退職が始まっているが、組織を維持するために、組織の知識をオントロジー技術で明示化し、次世代に継承できるようにしようという、業務知識継承のための試みも行われるようになっている27)。これなどは、組織を超えたコミュニケーションというよりは、時間を超えたコミュニケーションを狙ったものというべきものだろう。

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5.まとめ

 本稿でオントロジー技術を取り上げた理由は、日本の組織が苦手とする組織を超えたコミュニケーションを活発にするために、オントロジー技術が役立つと信じられるからである。しかし、組織間のコミュニケーションのためのオントロジー技術という考え方自体が、比較的最近のものである。

 組織を超えたコミュニケーションによって、イノベーション創出のためのコンバージング・テクノロジー、ソフトウェアシステム開発の上流工程、あるいは、業務知識の継承など、今後の多くの可能性が開けてくる。しかし、そのためには、オントロジー技術を支えるコミュニティの社会的側面、知的財産権、安全な共同利用などの課題を克服しなければならない。

 将来は、機械と人間とのコミュニケーションのためにオントロジー技術が利用されることもあるかもしれない。また、オントロジー技術の研究開発とその整備は、現在の人類が持つ知識を後々の世代に、さらには地球外の生命体に伝えるというような壮大な試みに発展するものであるかもしれない。

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謝 辞

 本稿の執筆にあたり、慶應義塾大学理工学部 飯島正 講師、産業技術総合研究所情報技術部門 橋田 浩一 副研究部門長には、有益な議論をさせていただき、大いに啓発された。また、大阪工業大学 小町祐史教授、(株)ナレッジ・シナジー 内藤 求社長には、OWLおよびトピックマップの標準についていろいろ教示いただいた。謝意を表したい。

1) 技術経営メール 第88号、日経BP社、2007/3/20

2) 中馬宏之、日本の半導体生産システムの競争力弱化要因を探る:Papert's Principleの視点から、認知科学、Vol. 14、 No. 1 2007年3月

3) 伊藤裕子、イノベーションをもたらすと期待されるConverging Technologies推進の政策動向、科学技術動向、No.71、2007年2月

4) Kôti Hasida, Semantic Authoring and Semantic Computing, in New Frontiers in Artificial Intelligence: Joint Proceeding of the 17th and 18th Annual Conferences of the Japanese Society for Artificial Intelligence, eds. Akito Sakurai, Kôti Hasida and Katsumi Nitta, Springer, 2007.

5) Tom Gruber, What is an Ontology, 1993:http://www-ksl.stanford.edu/kst/what-is-an-ontology.html 

6) 溝口理一郎、オントロジー工学、知の科学、オーム社、2005年

7) 内藤求編著、トピックマップ入門、東京電機大学出版局、2006年

8) 藤井章博、サービス記述と知識処理を行うセマンティックウェブ関連技術、科学技術動向、No.49、2005年4月

9) Tim Berners-Lee, A roadmap to the Semantic Web(Sept 1998)

10) Tim Berners-Lee, What the semantic Web isn't but can represent(1998)

11) Tim Berners-Lee, Evolvability (April 1998)all in Design Issues: Architectural and philosophical points:http://www.w3.org/DesignIssues/

12) http://www.xml.com/pub/a/2000/12/xml2000/timbl.html

13) Tim Berners-Lee, James Hendler and Ora Lassila, The Semantic Web, Scientific American, May 2001.

14) 橋田浩一/和泉憲明、オントロジーを使えばインターネットはもっと快適な環境になる(Web2.0と間違いだらけのオントロジー)、オントロジーの可能性を探るシンポジウム(サイエンス・カフェ)、2007年2月1日

15) http://www.w3.org/TR/2005/WD-rdftm-survey-20050329/

16) http://swoogle.umbc.edu

17) Li Ding et al., Swoogle: A Semantic Web Search and Metadata Engine, Proceedings of the Thirteenth ACM Conference on Information and Knowledge Management, November 2004

18) ISO/IEC 19763-3 MFI Ontology registration、2006

19) http://www.sofg.org/

20) http://obo.sourceforge.net/

21) T. Gruber, Ontology of Folksonomy: A Mash-up of Apples and Oranges, 2005;http://tomgruber.org/writing/ontology-of-folksonomy.htm

23) 野中郁次郎、知識創造企業、東洋経済新報社、1996年

24) http://www.snomed.org/snomedct/index.html

25) 林晋、情報通信技術と「思想」―科学技術の能力としての「思想」―、科学技術動向、No.67、2006年10月

26) 黒川利明、情報システム構築の品質・信頼性向上のために―上流工程の”ビシネスルール”と要求工学を検討する―、科学技術動向 No. 32、2003年11月

27) 柳澤雅彦、水力発電所の現場技術・技能継承をオントロジー・システムで組織的に展開する取り組み、人工知能学会誌、Vol. 22、No. 4、2007年4月

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