[レポート2]

人と環境に配慮した
生産システムの研究開発

塩谷 景一
推進分野ユニット

1.はじめに

 第3期科学技術基本計画の「ものづくり技術分野」の推進戦略において、資源・環境・人口問題を乗り越え、国際競争力を維持し、経済を発展させていくために、我が国の強みであるものづくりを核とし、サービス、情報産業までも巻き込んだバリューチェーンとしての付加価値を最大化することが大きな政策課題であると示されている1)。バリューチェーンとは研究・開発から製造・組立、販売、アフターサービス、リサイクルまでの付加価値の積み上げである2)。販売やアフターサービス活動は製造業の生産活動の結果である製品が「活用される」プロセスと考えられるので、「生産システム」を進歩させることは、連鎖のトータルとしての付加価値を高くするために有効な手段と考えられる。この観点からものづくり技術分野の推進戦略として生産システムに取り組む事は重要である。

 第3期科学技術基本計画では、「飛躍知の発見・発明」、「科学技術の限界突破」、「環境と経済の両立」、「イノベーター日本」、「生涯はつらつ生活」、「安全が誇りとなる国」が政策目標として設定された3)。この中で、「国力の源泉を創る」という理念に基づいた政策目標である「環境と経済の両立」および「イノベーター日本」では、人口減少・少子高齢化や地球温暖化・エネルギー問題といった制約を克服しつつ、激しい国際競争の下で持続的な発展を可能とする国を実現するためには、国力の源泉としての科学技術に取り組むことが不可欠であることが示された3)。特に、第3期科学技術基本計画の「ものづくり技術分野」推進戦略では、「ひとが主役のものづくり現場」が基本的取組方針の一つとして示されている1)

 本稿では、生産システムが目指すひとつの方向として、人および環境への配慮と経済の両立を考える。我が国の進むべき人・環境と経済の両立を実現する生産システムを具体的に例示し、製造業の持続的な国際競争力強化と人や環境に配慮した社会へ向けて、今後研究開発として推進すべき課題を挙げたい。

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2.ものづくり技術分野で示されている人と環境に関する個別課題

 図表1に示すように、第3期科学技術基本計画の「ものづくり技術分野」推進戦略では「重要な研究課題」が10項目選定され、その内7課題が人あるいは環境に関するキーワードを含んでいる1)。特に、戦略重点科学技術(2)「資源・環境・人口制約を克服し、日本のフラッグシップとなる、ものづくりのプロセスイノベーション」に対応する領域「革新的・飛躍的発展が見込まれるものづくり技術領域」の重要な研究開発課題(6)(7)(8)(9)で人あるいは環境というキーワードが多く盛り込まれている。前述したように、「ものづくり技術分野」推進戦略の基本的取組方針で「ひとが主役のものづくり現場」が示されている。特に、環境への配慮に関しては「環境分野」の推進戦略で、3R(Reduce、Reuse、Recycle:発生抑制、再利用、再生利用)技術研究領域が取り上げられており、図表2に関係部分を抜粋して示す4)

chart01

(画像クリックで拡大表示)

chart02

 また、第3期科学技術基本計画の重点化の検討に際して、有用な情報を提供することを目的に実施された「科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査」の一連の結果でも、人や環境に配慮した生産システムが重要な課題に選定されている。「デルファイ調査」5)の製造分野では、領域として「高付加価値製品製造技術」、「循環型・低環境負荷製造技術」が挙げられており、特に技術的実現のための政府による関与の必要性大との回答比率が高かった上位5課題は、「循環型・低環境負荷製造技術」領域に属する課題であった。「注目科学領域の発展シナリオ調査」6)でも、今後10〜30年程度を見通した場合に、社会的・経済的な貢献が大きい科学技術領域、革新的な知識を生み出す可能性を持つ領域の一つとして「超多品種少量生産システム」が選定され、多様な顧客ニーズに対応すること、すなわち、人に合わせた製品を作り出す、人に配慮した生産システムの重要性が述べられている。

 さらに、環境と産業に関する動きとして、「ものづくり白書2006年版」7)では、環境制約の克服、安定供給を支える(産業事故・自然災害などからの復旧)事業継続を製造業の課題として取り上げている。また、経済産業省の技術戦略ロードマップでは、3R分野の技術戦略マップが作成され、循環型経済社会の構築を目指すことを示している8)。一方、国際規格ISO14000シリーズの本格的導入もあり、環境問題は企業の社会的責任(CSR)を果たすための重要な企業戦略と考えられている。日本の法制度は環境基本法のもとで各種法律があり、生産・消費‐再商品化‐再生利用の各段階で資源循環システムの構築を促進させる体系となっている。

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3. ものづくり技術分野における生産システムとは

3‐1.製造業の全産業への波及効果

 図表3はものづくり白書2006年版7)に示された製造業の国内生産額の増減による波及効果をまとめたものである。

chart03

 ものづくり白書2006年版では、図表3から製造業は広義のサービス業と比較して、各産業へ及ぼす影響が大きいと述べられている。すなわち、製造業各業種の加重平均では、自らの生産活動による国内生産額が1単位増加した場合、他の製造業の生産活動による生産額が0.30単位増加し、非製造業の生産活動による生産額は0.48単位増加し、自産業への波及と合わせて2.10単位の増加となる7)。広義のサービス業の各業種の加重平均は1.52であり、製造業の波及効果が大きい。つまり、製造業の付加価値額が増減した場合、直接的に当該製造業に波及するだけでなく、これが間接的に他の製造業や非製造業の付加価値額にも増減をもたらす。

 生産システムは、(A)製造業において実際に物を造る仕組みであること、(B)生産システムがバリューチェーンのトータルな最適化を管理する機能を持つことから、製造業の自らの生産活動による国内生産額の増加への貢献は大きいと推定できる。

3‐2.生産システムのこれまでの枠組み

 生産システムのこれまでの取り組みを示すため、生産システムの歴史的な変遷経緯について以下にのべる。図表4に生産方式・生産システムの変遷を示す。

chart04

[1]生産設備の集中と分散9、10)

 生産設備には、加工設備・組立設備・部品の搬送設備など機能的にまとまった設備の単位がある。CIM(Computer Integrated Manufacturing)はこれら設備の単位を集中管理し、さらに他の工場や経営情報を含めて統合管理するシステムである。これまで、実際に大規模なCIMが開発されてきた。集中管理方式は需要や設備状態などの変化に弱いため、生産システムは分散管理方式へ向かう傾向にある。設備の単位に自律性を持たせ分散管理する考え方は、自律・分散・協調型生産システムと呼ばれる。

[2]品種と生産量に応じた生産9、10)

 同じものを多量に製造するのは少品種多量生産と呼ばれ、米国フォード社のフォード生産システムが代表的な方式である。一方、多様なニーズや様々な使い方に応じた製品を製造するために多品種中少量の製品を製造する生産システムはFMS(Flexible Manufacturing System)が代表例である。近年、生産量や品種数は短期間でダイナミックに変動するため、その変化に応じた生産を可能にする変種変動生産方式の実現が目指されてきた。セル生産システムはその代表例である。

 しかし、現在も、集中管理方式あるいは少品種多量生産が有利な製品は数多く存在するので、図表4の生産方式・生産システムは並存している。

3‐3.人と環境に着目した生産システムの考え方

 人と環境に着目したシステムとして本稿で述べる「人に合わせた生産システム」・「環境配慮型生産システム」の構成を図表5に示す9〜12)

chart05

 製造用生産システムは、部品加工・製品の組立をコンピュータで行うためのデータ作成などの生産準備、計画的・効率的に実際に生産ラインを制御するための生産管理・統制の機能を持つ。ライフサイクルシステムは製品の製造コストだけでなく、運用コスト・保全コストなど製品のライフサイクル全体を時間軸で最適化する技術である。サプライチェーンマネージメント(SCM:Supply Chain Management)は企業間での調達・販売活動に関わる一連の流れを総合的に管理し、物の流れの軸で最適化を行う技術である。関与企業は地理的に分散しているので物の搬送も考える必要がある。時間的広がりと地理的広がりを拡大している生産システムの目標仕様は年々複雑さを増している。

 最近の生産システムの研究・開発の方向性をまとめると下記のようになる9〜12)

(a)変種変動への対応

(b)人の能力を活かす。人の特性を考える

(c)環境負荷の低減

(d)品質の向上

(e)顧客の多様な要求に応える(短納期・使いやすさ・個人オリジナル)

(f)安全な設備

 世界的には、欧州委員会が中心になって2004年にまとめた欧州の「Manufuture2020(欧州製造業2020)への展望」が注目されている。2006年8月にその中核メンバーであったF.ジョバネ(Jovane)氏が来日し、Manufuture2020の戦略目標を下記のように説明している13)

(a)持続可能な欧州製造部門の競争力

(b)製造技術面でのリーダシップ

(c)環境にやさしい製品と生産

(d)文化的、倫理的、社会的な価値における欧州のリーダシップ

 一方、日本では、経済・経営学の研究者が中心になって、社会経済構造・労使関係・技術経営戦略まで含めた生産システムの研究例がある。また、このような視点からの生産システムを研究対象のひとつとしている21世紀COEプログラム(社会科学領域)としては以下がある14)

(a)「技術・企業・国際競争力の総合研究」 同志社大学

(b)「ものづくり経営研究センター」 東京大学

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4. 生産システムの目指す方向

4‐1.人に合わせた生産システム

 前述したように、分野別推進戦略「ものづくり技術分野」の基本的取組方針で「ひとが主役のものづくり現場」が示されている。人への配慮と経済性の追求が両立する生産システムの実現が理想である。これらの両立は一見難しいように思われるが、むしろ人を重視した生産システムの方が従来の生産ラインよりも生産効率が高くなるという結果も出てきている。

[1]人に合わせた生産システムへの期待

 生産システムに関わる人は、そこで働く人と作り出される製品の利用者(購入者)の側面がある。人を重視した「人に合わせる」生産システムのあり方を以下に示す。

(A)働く人に対しては、働く人が自分に合わせ制御できる「人に合わせた」生産システムが望まれる。働く人が主体でなく制御できない生産システムとは、例えば、組立対象の製品がベルトコンベアで流れてくる場合であり、作業者は「ベルトコンベアの流れに合わせて」、担当する組立作業を完了させなければならない。

(B)製品の利用者に対しては、利用者の個々のニーズに合った製品が必要な時点で購入あるいは発注できる「人に合わせた」生産システムが望ましい。これは、単に時間をかけて多品種の製品を揃えるのではなく、発注される製品の種類の分布が短期間に変化しても、その変化に対応した種類(しかも多品種)の製品を出せるような生産システムであり、図表4で示した変種変動生産である。反対のケースは、購入したい時に利用者が使い方・好みに合った製品が購入できない、あるいは選択の余地が少ない少品種生産システム、あるいは多品種ではあるが種類が固定したような生産システムである。

 この(A)および(B)双方を満たし、かつ生産効率・品質の向上との両立を考えた生産システムが、3‐2[2]で示したセル生産システムである(図表6)9、10)。人と経済の両立に対応出来るという意味で、実用レベルに達している他の方式は今のところ提案されていない。実際に、セル生産システムを導入し、セル生産システムの従事者の創意工夫、製品を作り上げる充実感を含めた成果が各企業のwebサイトで公表されている15)

chart06

[2]セル生産システムの構成と効果を上げている理由

 セル生産システムが上記(A)(B)を満たし、生産効率・品質が高い効果を上げている要因と構成とを下記に示す。前記の(A)働く人に合わせた生産システムは、下記の(1)によって実現され、(B)利用者に合わせた製品を提供できる変種変動生産は、下記の(2)〜(4)によって実現されている。

(1)セル生産システムは数人あるいは一人で作業ステーション(これが「セル」と呼ばれる)を構成し、人が組立工程を主導して一つの製品を完成させる生産方式であり、生産量に応じてセル数を決める(図表6)。人が「自分の製品」という意識を持つことで、作業および設備の改善へ向けた創意工夫が行われる。一方、ライン型生産システムでは、作業者は工程に組み込まれた一部となる。

(2)セル生産システムではセルごとの一個流しで生産する。同一品種の製品を組み立てるセル数の増減により生産量の調整ができる。ライン型生産システムは、大ロット単位の生産数のため造りすぎの無駄が生じる(例えば、100個の次は200個の生産量となる。120個の場合も200個流す必要がある)。セル生産システムは、一個単位で生産調整でき、無駄な生産を行わない。また、設置の容易なセルの数を変えることで生産の変動に速やかに対応できる。

(3)図表6に示すようにセル生産システム全体では製品の出口を多く出来るので、A1、A2、…Anのように多品種の製品を生産できる。

(4)セル生産システムは自己完結型であり、特定の人の作業能力は担当セルのみに影響を与えるが他のセルには影響を与えない。ライン型生産システムでは、一人が扱う単一工程の連鎖のため、最も作業効率の低い工程で全体の生産効率が決まる。

 (2)〜(4)は、一人か数人で製品を組み立てる一個流しを行うセル生産システムの長所であり、これにより変種変動生産が達成され、経済的効率を上げることが出来る。

 また、(1)は人の意欲・能力に関係し、多くの工程を一人で担当するため一つの製品を作り上げる実感ができ、自分の製品であるという意識を持ちやすい。その結果、人のやる気・改善提案への意欲を高め、作業方法の創意工夫などにより生産の効率化や品質向上に結びつきやすい。セルの立ち上げ時点では、従来のラインとくらべて生産効率が低くなることもあるが、時間とともに高くなり、かつ品質が向上し、最終的には従来ラインより良くなるという結果が出ている。

[3]セル生産システム基本構成の課題とセル生産システムが持つ仕組みや補助活動

 セル生産システムは人が組立工程を主導して一つの製品を完成させる生産方式で、数人あるいは一人が担当する作業ステーションを基本構成としている。しかし、この基本構成ゆえに生じる幾つかの課題があり、課題改善のための仕組みが考案され、あるいは補助活動が行われている。それらを図表7に整理して示す。

chart07

[4]セル生産システム適用拡大のための研究例

(1)セル生産システムの無人化研究

 図表7で示した、D組立工数があまりにも多い製品、重量部品がある製品など、適用が難しい製品に対し、セル生産システムを適用する研究の方向には、(a)セル生産システムの人を多機能ロボットに置き換える研究、(b)人とロボットの協調システムを目指す研究がある。これらの研究は、ロボットセル生産システムなどと呼ばれ、人を中心としたセル生産システムの追求というよりも、無人化生産システムによる変種変動生産や生産の安定化を目指している。しかし、現在、作業者が行っている両腕協調作業あるいは製品の変化による組立方式の頻繁な変化などの全てに対応できる実用レベルのロボットが今後5年程度で開発できるとは考えにくい。一方、有害な薬品や高温作業など人に優しくない製造プロセスで、かつ変種変動生産でない場合には、徹底してLCA(ローコストオートメーション)といわれる無人化を目指す研究への要請は大きい。しかし、これらの研究は本来的なセル生産システムが目指す方向と別の方向と考えられる。

(2)人の機能を拡張する装置の研究

 最近の大学での研究成果を中心に、セル生産システムの成功要因である人中心の構成を基本にし、人の機能を拡張しようとする装置の研究開発例を以下に示す。現状況で適用が難しい製品というのは、人の機能が不十分であることが主因の場合が多い。したがって、(a)人の機能を拡張する装着可能な装備、(b)人の意のままにコントロールできる装置の研究が重要と考えられる。図表8に研究の目指すイメージを示す。

chart08

(図表クリックで拡大表示)

 人の意のままにコントロールできる装置として例えば、ヘッドマウントディスプレイとコンピュータ支援組立装置の組み合わせで、部品や装置の実像と同じ部品や装置のコンピュータグラフィックス表示図を重畳し、合わせて作業方法・関連データなどを表示させる仕組みが考えられている。わかりやすく、かつ操作ミスを防ぎやすい操作画面を使い、容易に作業者の意のままに装置を制御し装置に作業をさせ、作業者が担当する多くの組立工数への対応を容易にし、作業効率を向上させることが考えられる。

 図表8の人の機能を拡張する装着可能な装備例1は、セル生産システムの中核となる熟練者が指先に装着できるセンサーのアイデアである。指先で部品に触ることにより温度などをセンシングできれば作業効率が高くなる。図表8中の有機半導体による電子人工皮膚(手に装着できる多機能センサー)16)の研究は、柔軟に曲がる触覚センサーの集合体の実現を目標にしている。これは人のセンシング機能を拡張する装備のひとつである。例えば、軍手をつけるような容易さで、人の能力を超える各種のセンシングが出来れば効果が大きい。

 また、人の機能を拡張する装着可能な装備例2は腕に装着することで、精密位置決めや、パワーなど、人の機能を拡張するというアイデアである。パワーアシストツール17)の研究例はハンドリング力の支援になる。セル生産システムの熟練者の装着により、(1)高精度位置決めなど人より自動機が得意な機能、(2)セル生産システムが向いていないといわれる重い製品の扱いを可能にする機能、を付加することができる。

 人に合わせた生産システムの今後の課題は、現在のところセル生産システムを進歩させる研究が最も有望と考えられる。セル生産システム従事者は、ものづくり技能者兼技術者であり、担当するセル生産システムを創意工夫により改善あるいは改善提案を行うことで進化させる可能性がある。セル生産システムは人が全体を制御することで、高い柔軟性を持つところに特徴がある。この結果、人のやる気を高め、かつ、生産効率が高い生産システムとなっている。したがって、人を中心にし、人の機能を拡張する装着可能な装備・人の意のままにコントロールできる装置の研究が重要と考えられる。重量部品を持つ製品などへセル生産システムの適応範囲を拡大させるとともに、製品利用者の多様なニーズなどから今後一層ダイナミックに変化する品種数や生産量に適切に対応できるセル生産システムの研究が望まれる。

4‐2.環境に配慮した生産システム

 前述したように、第3期科学技術基本計画では「環境と経済の両立」が政策目標のひとつに取り上げられている。素材や廃棄物処理の研究動向の報告18〜20)や環境と経済の両立を目指す生産システムに関するシンポジウムの開催21)など活発な活動が行われている。

[1]環境配慮型の生産システムの構成

 図表9に環境に配慮した生産システムの理想的な構成を示す。一般に、製品を作る「順工程」と、運用が終わり回収・分解・検査・仕分けの逆方向に進む「逆工程」の両者を考えることでライフサイクル全体を循環型にすることができる。部品の再利用が望ましいが、逆工程の最後は材料レベルの再利用である。一方、多くの製品は運用段階での定期的な部品交換により性能を維持することができる。部品の余命が予測できれば、無駄な交換を防ぐことが可能となり、その分は、環境への配慮となる。このように状態によって部品交換時期を決める保全は、状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenance)と呼ばれ、必要に応じて部品を交換することにより、「無駄な保全」を少なくできる。図表9に示した、運用‐健全性評価・診断‐保全のサイクルは状態基準保全活動を表している。「健全性評価・診断」では、「使用済み部品から使用年数や使用環境などと劣化状況等のデータとを相互に関連付けたデータベース(余命予測の基礎データベース)」を活用して部品余命を予測し、保全の必要性を判断する。

chart09

[2]循環型ライフサイクルの課題

 製品の設計においては、順工程における易組立性と逆工程における易分解性という、場合によっては相反する条件のトレードオフを考えることが必要である。順工程の生産システム設計は逆工程も考慮して設計される必要がある。逆工程は部品供給としては不確定要素の大きいルートであり、SCM(Supply Chain Management)は複雑になる。図表9のように総合的に生産システムを最適化するには、関与する企業が地域的に集積している方が都合よい。順工程の産業集積と合わせて、逆工程も含めた地域としての産業の集積により、順工程企業群と逆工程企業群との相互調整を含めて全体としての最適化を目指しやすい「地域生産システム」を構築することが望ましい。循環型ライフサイクルでは、SCMを含めて企業にまたがる組立と分解工程の双方の最適化技術の研究が必要である。

[3]状態基準保全の課題

 状態基準保全の考え方を図表10に示す。図表9における、運用‐健全性評価・診断‐保全のサイクルが状態基準保全活動である。

chart10

 部品の余命はその状態から理論的に予測することは困難であるが、数多くの使用済み部品から使用年数や使用環境などと劣化状況等のデータとを相互に関連付けたデータベースを作れば、使用中の部品の健全性評価・診断に役立つと考えられる。図表9に示すように、逆工程の「ユニット分解」後の「検査・仕分け」で再生できないと判断された部品を、「使用済み部品から使用年数や使用環境などと劣化状況等のデータとを相互に関連付けたデータベース」作成に活用する。作成されたデータベースを余命予測の基礎データベースとして使う。図表10において、1‐2→1‐3→2‐3→2‐2は状態基準保全による保全活動サイクルを示している。2‐2健全性評価・診断で余命予測の基礎データベースが活用される。部品の健全性評価・診断に関しては、余命の予測精度が高いことが望まれる。この余命の予測精度を高めるためには、逆工程における「検査・仕分け」用の部品状態計測技術の研究、余命予測の基礎データベースのデータモデルの研究、予測アルゴリズムの研究等が必要である。必要な場合のみ部品を交換することで、使用可能な状態の部品を定期的に交換する無駄を削減できる状態基準保全(CBM)技術の研究が必要である。

[4]環境配慮型の生産システム全体の最適化の課題

 生産工程のある断面だけで必要資源量と活動量を下げる技術は、他の工程で必要資源量あるいは活動量を増大させる場合がある。逆工程のみを考えた場合、一般に分解は時間と手間を要するので、回収された製品を粉砕しチップ状にし、材料レベルで再生利用する方法が考えられる。この場合、状態基準保全のデータとして使う原型を留めた部品の回収はできない。つまり、分解というサブシステムの合理性を考えるだけの研究では、総合的な環境負荷低減効果は限定される。

 順工程と逆工程により、ライフサイクルを循環型にする研究は種々進められている12、21)。国のプロジェクトの結果も活かした、地方自治体の取り組みも行われている。状態基準保全は、製品の運用における故障による運転停止防止、安全の観点からも、定期的保全ではなく部品の劣化状況などから必要に応じて保全を行うことが出来る技術として研究が進められている。そのシステム構成はISOにおいて標準化が検討されている。循環型ライフサイクルと状態基準保全は、別々に研究が進められている。しかし、本稿で述べたように、製品のライフサイクル全体での必要資源総量や活動総量に関して相互に深い関係を持つと考えられる。総合的にライフサイクル全体で必要資源総量や活動総量を最小化する効果を上げることを目指した研究が必要である。

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5. まとめ

 本稿では、人や環境と経済の両立を目指す我が国の進むべき生産システムを例示し、今後、研究開発において、特に注目していくべき点として以下を提示する。

[1]生産システムの部分的・サブシステムレベルでの研究では局所的課題解決となり、大局的には課題間で矛盾を生じる場合がある。生産システムの個別的な重要な課題は分野別推進戦略でも数多く示されているが、個々の目標を確定する上で、システム全体の最適化を考える必要がある。

  画期的な生産システムは他産業への波及効果の大きい製造業の付加価値額の増加への貢献が期待できる。特に本稿で述べた人や環境に配慮した生産システムは、社会的価値と経済的価値を生み出す効果が大きい。国内産業全体の底上げを目指す、生産システム全体の視点からの研究開発が望まれる。

[2]人に配慮した生産システムとしては、セル生産システムの人中心の構成を基本にし、(1)製品利用者の多様なニーズなどから今後一層ダイナミックに変化する品種数や生産量に迅速に対応する生産方式、(2)重量部品を持つ製品などへの適応範囲を拡大させる生産方式の実現を目指すことが重要である。セル生産システムを採用することで、人のやる気を高め、作業方法の創意工夫による生産の効率化・品質向上を可能にできる。さらに適用を拡大するためには、

(1)人の機能を拡張する装着可能な装備。

(2)人の意のままにコントロールできる装置。

 の研究を中心に進める必要がある。

[3]環境に配慮した生産システムとしては、順工程と逆工程のライフサイクルの循環に、状態基準保全(CBM)で活用する、余命予測のための基礎データベースを持つ構成の実現を目指すことが重要である。部品の再利用による必要資源の低減技術の研究に合わせて、

(1)循環型ライフサイクルでの、SCMを含めた企業にまたがる組立と分解工程の双方の最適化技術の研究。

(2)部品の余命の予測精度を高める研究を中心に、使用可能な状態の部品を定期的に交換する無駄を削減する、部品の余命の予測に基づく状態基準保全技術の研究。

 に取り組み、総合的にライフサイクル全体で必要資源総量や活動総量の最小化を目指す生産システムの研究が望まれる。

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謝 辞

 本稿を執筆するに当たり、大阪大学 岩田一明名誉教授、神戸大学大学院工学研究科 森脇俊道教授、大阪府立大学大学院工学研究科 杉村延広教授、谷水義隆講師、岩村幸治助手、大阪大学大学院工学研究科 荒井栄司教授、東京大学 先端科学技術研究センター 鈴木宏正教授から貴重なコメントをいただきました。大阪大学大学院工学研究科 池田雅夫教授、東京大学大学院工学研究科 染谷隆夫助教授から研究成果の写真の転載をご承諾いただくとともに、貴重なコメントをいただきました。関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

1) 第3期科学技術基本計画 分野別推進戦略 VI ものづくり技術分野:http://www8.cao.go.jp/cstp/kihon3/bunyabetu8.pdf

2) 平成16年度ものづくり基盤技術の振興施策(ものづくり白書2005年版)

3)第3期科学技術基本計画:http://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index3.html

4) 第3期科学技術基本計画 分野別推進戦略III  環境分野:http://www8.cao.go.jp/cstp/kihon3/bunyabetu5.pdf

5) 文部科学省 科学技術政策研究所:NISTEP No.97 科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査 デルファイ調査報告書 10.「製造」分野の調査結果、2005年5月、pp787‐863.

6) 文部科学省 科学技術政策研究所:NISTEP No.96 科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査 注目科学領域の発展シナリオ調査 III  発展シナリオ 36.超多品種少量生産システム、2005年5月、pp646‐657.

7) 平成17年度ものづくり基盤技術の振興施策(ものづくり白書2006年版)

8) 経済産業省:技術戦略マップ2006 2‐3 環境・エネルギー分野4 3R分野:http://www.meti.go.jp/policy/kenkyu_kaihatu/main-toptrm2006.html

9) 日本機械学会編:機械工学便覧 デザイン編 β7 生産システム工学、(2005)

10) FAオープン推進協議会:FAOP最適価値経営にもとづく新製造オートメーションの共通基盤技術調査研究会成果報告書、(2006)

11) 荒井栄司ほか:特集 製造系ソフトウェア、精密工学会誌 72巻2号、(2006)、pp157‐184.

12) 木村文彦:環境に配慮した生産システム構築の考え方、精密工学会誌 71巻8号、(2005)、pp941‐945.

13) F.Jovane:マニュフューチャー 知的な高付加価値生産を生むヨーロッパのものづくり戦略、神戸国際技術セミナー、(2006).

14) 文部科学省:平成15年度 21世紀COEプログラム採択拠点の事業概要

15) セル生産システムの例
キャノン:http://web.canon.jp/technology/canon_tech/category/p_tech.html
松下電器産業:http://panasonic.co.jp/ism/takumi/takumi_html/03_higashide/index.html

16) 東京大学大学院 工学研究科 染谷研究室:http://www.ntech.t.u-tokyo.ac.jp/index.html

17) 大阪大学大学院 工学研究科 池田研究室:http://www-watt.mech.eng.osaka-u.ac.jp/

18) 河本洋:植物由来プラスティックの研究開発動向、科学技術動向(文部科学省 科学技術政策研究所)2006年8月No.65、(2006)、pp13‐22.

19) 大迫政浩、吉川邦夫、浦島邦子:世界をリードする日本型ゼロエミッション・システムの動向―素材型産業を中核とする循環の形成―、科学技術動向(文部科学省 科学技術政策研究所)2004年6月No.39、(2004)、pp31‐39.

20) 根本正博、吉川邦夫:循環型社会の構築を目指した廃棄物処理の技術開発と研究動向、科学技術動向(文部科学省 科学技術政策研究所)2003年1月No.22、(2003)、pp22‐27.

21) シンポジュームの例 (独)産業技術総合研究所:ミニマル・マニュファクチャリングシンポジウム、(2006):http://unit.aist.go.jp/techinfo/ci/dep/minimal/index.html

22) 総合科学技術会議 基本政策専門調査会ものづくり技術分野推進戦略プロジェクトチーム会合配布資料:
http://www8.cao.go.jp/cstp/project/bunyabetu/mono/index.html

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