[レポート2]

摩擦抵抗低減を目指した乱流制御の研究動向

池田 一壽
推進分野ユニット

1. はじめに

  空気などの気体、あるいは水などの液体が物体表面に沿って流れるとき、低速の場合は秩序だった層状の流れ、つまり層流(laminar flow)であるが、流れの大きさや速さがある程度以上になると、流れの中の微細な渦運動が減衰せずに発達し、次々と様々な形状の大きな渦を作る。これが乱流(turbulent flow)であり、不規則運動、3次元渦運動、散逸性などの共通の特徴がある。乱流は、レイノルズ数注1)が2,000程度で発生すると言われているが、実際には流れの状態や条件により異なる。図表1に層流から乱流に変化する状況を示す。

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 乱流は、航空機や船舶などが進むときに空気や水から受ける摩擦抵抗や流体騒音を増大させるという負の効果を発生させる半面、混合・熱伝達や燃焼を促進するという正の効果を発揮することもある。乱流を適切に制御して、負の効果を抑制し、正の効果を助長させることが乱流制御である。乱流制御は、省エネルギーや製品の高品質化、環境悪化防止などに繋がり、輸送分野においてブレークスルーをもたらす技術となりうる。

 乱流の研究は古くから行われてきているが、その進展は比較的遅いため、古くて新しい研究テーマと言える。近年、スーパーコンピュータの能力向上と乱流の直接数値シミュレーション(DNS)注2技術の発達による乱流構造に関する基礎的知見の蓄積が図られている。また、乱流制御を実現するためのマイクロマシン注3)技術の急速な発展も見られる。省エネルギー・環境問題解決などへの期待が大きいことから、乱流を積極的に制御しようとする研究が盛んに行われている。

 本稿では、乱流の研究動向と、特に壁乱流の制御を実現するためにマイクロマシン技術を応用した乱流のミクロ構造を検出するセンサ、乱流の微細構造を制御するアクチュエータをシステムとして構築し、摩擦抵抗低減を図る研究などについて紹介する。

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2. 乱流の研究動向


2‐1.要素技術の研究動向

 近代における乱流研究は、パイプ内の染料の軌跡が激しく乱れ始めることで層流から乱流へ遷移することを発見したオズボーン・レイノルズ(1842〜1912)から始まり、110余年の歴史を経ている。

 米国では、1970年代以後、まず、速く泳ぐサメの生体の仕組が研究された。サメは種類により鱗の表面性状が異なるが、速く泳ぐサメには各鱗の表面に微細な縦溝(リブレット)があり、溝の間隔は体の位置により異なるが35〜100μmと小さく、このリブレットが最大8%の乱流摩擦抵抗を低減させていることが実験によって確認された1)。1983年に、3M社はビニールシート表面に微細な縦溝を形成したリブレットフィルム(図表2)を開発し、オリンピック競技やアメリカン・カップ(ヨットレース)で使用した。

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 米国航空宇宙局(NASA)、軍関係、航空機産業界では、リブレットを応用したデバイスの実用化を目標に、制御理論・数値シミュレーション等幅広く研究がなされ、航空業界での実機テストでは全抵抗の2%低減を実証した。航空機の機体表面に2%の抵抗低減効果があるリブレットフィルムを用いた場合、エアバスA320の標準的な運航頻度で、5万l/年・機の燃料費が節減でき3)、米国航空業界全体で2億米ドルの節減ができると試算されている4)。しかし、この研究は、メンテナンスコストを考慮すると経済効果は小さく、実用化に至らなかった。

 現在の米国では、主に大学で基礎的な乱流のメカニズム解明や、能動的な乱流制御の研究が行われている。例えば、2000年からは米国国防総省高等研究計画局(DARPA(1))のプロジェクトにおいて、ポリマー及びマイクロバブルによる船舶の摩擦抵抗低減の研究などが行われている。

 現在は、むしろ欧州においてより実用的な研究が行われているという傾向がある。海洋国オランダは船舶の摩擦抵抗低減の研究に歴史を持つ。また、欧州連合(EU)及び周辺地域の乱流燃焼関係の研究機関が結合した組織である「流れ・乱流及び燃焼に関する欧州研究共同体」(ERCOFTAC(2))のSpecial Interest Groupにおいても、乱流制御の研究が積極的に行われている。

 2004年度に科学技術政策研究所が実施した「急速に発展しつつある研究領域調査」5)において、近年、世界で急速に発展が見られる研究領域の1つとして「乱流の知的制御」に関する研究が急速に発展していることが示された。分析の結果、この領域には、壁乱流、乱流燃焼、数値シミュレーションなどの研究が含まれていた。残念ながら、この領域での日本の存在感はあまり見られない。日本でも乱流の基礎研究は、大学において1950年代後半から行われているが、日本語論文の場合、世界的に通用しないことも一因であると考えられる。

 我が国では、乱流制御に必要なセンサ・アクチュエータ等のマイクロマシン技術、現象の解明・予測のためのDNS技術、光学的センシングによる乱流のモニタリング技術など、乱流制御に必要な個々の要素技術が世界的に高いレベルにある。しかし、乱流の制御は種々の領域を含み、一つの組織では研究の発展が難しい。そこで2000年度からの5年間、文部科学省開放的融合研究制度を利用して、(独)海上技術安全研究所に「知的乱流制御研究センター」を設置し、独立行政法人や大学のそれぞれのポテンシャルを持ち寄り「乱流制御による新機能熱流体システムの創出」というテーマが融合研究として実施された(図表3)。

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 ここでは制御手段として各種のセンサやアクチュエータを用い、発生メカニズムや制御理論を解明し、制御システムのプロトタイプを作製した。例えば、平成17年度乱流制御による新機能熱流体システムの創出の成果7)では、「能動乱流制御」に関する研究において、実験室で乱流摩擦抵抗が約6±3%低減されている。マイクロバブルを用いた「壁乱流制御」では、渦スケールより大きな気泡の存在により乱れが抑制されるメカニズムを明らかにし、実船実験により局所的な摩擦抵抗が最大60%低減することが可能なことが実証されている。「乱流燃焼制御」に関する研究では、LES注5)及びflameletモデル注6)をもとにガスタービン燃焼器内の燃焼挙動の解析、および小型燃焼器を用いた燃焼制御の実験を行い、二次燃料噴射を用いた振動燃焼が解明された。これらは、実用化を図るための研究に着手すべき段階にある。

2‐2.スーパーコンピュータの進展とシミュレーション

 乱流は、不規則運動、3次元渦運動、不規則性などの特徴があり、この強い非線形性を有するカオス的流体現象注7)が見られるため、従来、乱流を制御することが困難であった。1980年代後半、スーパーコンピュータの能力向上に伴ってDNSが可能になり、その計算データを3次元可視化することで乱流をコンピュータの中で再現し、その全体像を見ることが可能になった。

 1990年代には数多くの実験データ及びスーパーコンピュータを活用した数値シミュレーション(数値流体力学(CFD(2))の結果を用いて、乱流モデルの構築や熱流動現象の予測技術研究などが行われた。1990年代初頭に流体力学問題における現代制御理論の数学的定式化がなされたため、この頃より乱流制御アルゴリズムの開発と検証が盛んに行われ、1990年代後半からはこれらの知見に基づき人工物において乱流を積極的に制御する試みがなされるようになった。スーパーコンピュータの能力向上による理論と実験との整合状況を図表4に示す。

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3. 日本の最近の研究成果

3‐1. 壁乱流の発生及び制御メカニズム

 流れ方向に発生したいわゆる縦渦は無数に存在し、これにより乱流摩擦抵抗の原因となるレイノルズせん断応力の生成が行われる。図表5は流れに垂直な断面での壁面近傍の縦渦と、瞬時のレイノルズせん断応力の生成・消滅・拡散過程の空間的位置関係9)を示している。

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 縦渦の中心に対応する局所的に低圧な領域の核の部分(L)があり、渦の右側の領域(スウィープ側)では、壁面に流体が衝突するため局所的に高圧となる。逆に渦の左側(イジェクション側)では、低速の流体がもち上げられ、上流から対流により供給される高速流体と衝突することにより高圧のよどみ領域(高圧ポテト)が形成される。レイノルズせん断応力の生成は渦の両側で活発に行われ、生成されたレイノルズせん断応力は乱流拡散(Turbulent Diffusion)や圧力拡散(Pressure Diffusion)によって周囲に輸送され、輸送されたレイノルズせん断応力は、圧力・歪相関が高い、低圧及び高圧領域で消滅が起こる。このような一連の生成・拡散・消滅のプロセスが絶えず起こることで、乱流そのものが維持されている。

 このように、摩擦抵抗の成因となる構造は空間的、時間的に間欠的なものであり、実際の適用対象物における縦渦の時空間スケールが即ちセンサ及びアクチュエータに求められる寸法・応答時間10)になる。図表6のように、それらの寸法は0.001〜10mm、応答時間は0.01〜100ms程度であり、壁乱流の取り扱う時空間スケールは、従来の機械システム技術が扱ってきた系に比べて小さい。近年急速に発達したマイクロマシン技術は、選択的に縦渦を操作することにより、効果的にレイノルズせん断応力、乱流運動エネルギーの生成を抑制し、壁面摩擦抵抗を低減することができる可能性をもっている。

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3‐2.センサ及びアクチュエータを用いた壁乱流制御

 壁面上を流れる縦渦をセンサで得た位置情報に応じて、アクチュエータが縦渦の回転運動を打ち消すように外力を加えることにより、縦渦運動が弱められる。これにより摩擦抵抗や騒音の低減などの効果が得られる。コントローラと組み合わせたフィードバック制御システムの概念図を図表7に示す。

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 乱流制御に用いるアルゴリズム、センサ、アクチュエータなどの要素技術の研究は多いが、それらをシステムとして構築した研究例はまだ少ない。ブラウン大学(米国)のグループでは、3組の熱膜せん断応力センサ、圧電素子を用いた片持ち梁型アクチュエータとコントローラを組み合わせた制御システムを構築した11)。また、米国のTsaoらは、熱膜せん断応力センサ、フラップ型電磁アクチュエータ、駆動回路を統合した高度な制御チップを試作して摩擦抵抗低減を試みた12)。しかし、これらの研究は、実現するシステムの構築には至らなかった。

 東京大学の笠木伸英教授らは、図表8のように、192個のマイクロせん断センサと48個の電磁式アクチュエータ、コントローラからなる乱流制御システムのプロトタイプを開発した。1列のセンサ群は48個のセンサが1mmピッチで4列、また1列のアクチュエータ群は16個のアクチュエータが3mmピッチで3列配列してある。使用されたセンサとアクチェータの微小化寸法は1mmと2.4mm、応答時間はセンサ及びアクチュエータとも約0.1msのオーダーであり、アクチュエータの膜の変位量は約50μmである。

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 このシステムを模した系で低速ストリーク遥動注9)を制御する乱流構造規範型制御注10)を適用したDNSではストリークの安定化が起こり、約12%の低減効果が得られた13)。また実際の風洞実験において抵抗低減効果の検証をした結果、遺伝的アルゴリズム(GA)注11)による最適制御を用いた場合、最大11%の抵抗低減効果があり、せん断応力計測の不確かさを考慮すると6%の抵抗低減が得られたことに相当する14)。このような大規模なフィードバック制御システムを用いた実験によって摩擦抵抗低減効果を確認したのは世界で初めてであり、この成果は実用化に向けての大きな一歩であると言える。

 実験に用いたセンサ及びアクチュエータ寸法を図表6にあてはめると、石油パイプラインの縦渦制御などに適用できることがわかる。一方、新幹線、航空機、超高圧ガスパイプラインなどの縦渦を制御するためには、センサ及びアクチュエータに求められる仕様は、寸法が0.001〜0.1mm、応答速度が0.01ms程度必要であり、更なる微小化とともに、高精度化の研究が必要である。

 しかし、乱流制御はまだ、実験室実験の基礎研究段階であり、実用化段階にステップアップするには、ハードウェア側では、センサ・アクチュエータを適用対象物の縦渦の長さスケールに合う微小化、高精度化、省エネルギー化、低コスト化、耐久性化、ダスト等の汚れに対する長期安定性が求められる。また、微細加工技術の進展と印刷や型押しなど安価な製作技術の応用による量産技術の確立も必要である。ソフトウェア側では、データ処理量を軽減し、飛躍的に大きな効果を発揮できる制御アルゴリズムの開発が必要である。これらの段階の技術開発・進展は、産業界の技術進歩に依存するところも大きい。各技術を有する産業界との融合研究を促すために、産業界などに積極的に情報発信することが実用化の促進に繋がる。

 この乱流制御システムのハード、ソフトウェア側の課題解決及び開発がなされることにより、特に高速度を追求する分野、例えば磁気浮上式鉄道、新幹線、飛行機などの輸送分野での活用が期待されている。日本で行われている研究については、米国や欧州において類似の研究が活発化しており、欧米に研究の実用化を先取りされない方策が必要である。

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4. まとめ

 乱流制御は、流体抵抗低減及び燃焼や熱・物質輸送の改善を実現し、エネルギー・環境問題等の解決を図る鍵の1つであり、輸送分野等においてブレークスルーをもたらす技術となりうる。

 現在では、スーパーコンピュータや最近の制御理論、制御ハードウェア、CFDの発達により、時々刻々の流れの状態に応じて乱流現象をフィードバック的に制御しようとする研究が盛んに行われている。従来は解析解が存在せず実現不可能と見なされていたが、乱流制御は今後、実現性の高い近未来技術の一つとなる可能性がある。特に、壁乱流の制御ユニットを構成しているセンサ・アクチュエータ・コントローラの微小化においては、日本で大きな成果が上がっている。これらについては更に、高精度化・省エネルギー化・低コスト化・長期安定性の確立及び大きな効果を生み出す制御アルゴリズムの研究開発をバックアップすることやマイクロマシン技術、微細加工技術のシスマティックな研究が必要である。

 乱流制御は種々の研究を含み1つの組織において解決することは困難なことから、広く国内のトップクラス研究者による研究を継続することが望ましい。また、それらの量産技術を有する産業界との融合研究も進める必要がある。そのためには、乱流制御研究の情報を産業界に積極的に発信することが求められる。

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謝 辞

 本稿をまとめるにあたり、東京大学大学院工学系研究科の笠木伸英教授、深潟康二助手、独立行政法人海上技術安全研究所の児玉良明流体部門長、春海一佳副研究部門長、(株)山武の上運天昭司氏らに討議や資料提供などで多大な協力をいただきました。ここに厚く感謝の意を表します。

 

1) Walsh, M. J., “Riblets,” in Viscous Drag Reduction in Boundary Layers, Bushnell, D. M., and Hefner, J. N., eds., Prog. Astronautics Aeronautics, 123, AIAA,(1990), pp. 203‐261

2) 鈴木雄二、笠木伸英:乱流の知的能動制御、システム/制御/情報、4(2004)131‐137

3) MBB Transport Aircraft Group, “Microscopic rib profiles will increase aircraft economy in flight,”Aircraft Engineering, Vol. 60, No. 1, p. 11(1988)

4) DeMeis, R.,“Stick-to-it riblets,”Aerospace America, January (1988), p. 14

5) 急速に発展しつつある研究領域調査、NISTEP REPORT No. 95、科学技術政策研究所、2005年5月

6) (独)宇宙航空研究開発機構、(独)産業技術総合研究所、(独)海上技術安全研究所:平成16年度科学技術振興調整費「乱流制御による新機能熱流体システムの創出」実施計画書、(2004)

7) 文部科学省科学技術・学術政策局科学技術振興室:平成17年度科学技術振興調整費による実施課題等の評価結果について、2005年12月27日

8) 笠木伸英、深潟康二:資料(スーパーコンピータ能力向上による壁乱流の理論と実験の整合状況)、2006年6月

9) Kasagi, N., Sumitani, Y., Suzuki, Y, & Iida, O.:Kinematics of the quasi-coherent vortical structure in near-wall turbulence, Int. J. Heat Fluid Flow, 16(1995)2‐10

10) 笠木伸英、鈴木雄二、深潟康二:乱流の制御、パリティ、18:2(2003)20‐26

11) Rathnasingham, R., and Breuer, K. S.,“System modification and control of a turbulent boundary layer,”Phys. Fluids, 9, (1997), pp. 1867‐1869

12) Tsao, T., Jiang, F., Miller, R. A., Tai, Y. C., Gupta, B., Goodman, R., Tung, S., and Ho, C. ‐M., “An integrated MEMS system for turbulent boundary layer control,” Tech. Digest, Int. Conf. on Solid-State Sensors and Actuators(Transducers '97), Chicago, Vol. 1,(1997),pp. 315‐317

13) Endo, T., Kasagi, N., & Suzuki, Y.:Feedback control of wall turbulence with wall deformation, Int. J. Heat Fluid Flow, 21(2000)568‐575.

14) Suzuki, Y., Yoshino, T., Yamagami, T. & Kasagi, N.:GA-based feedback control system for drag reduction in turbulent channel fiow, Proc. 4th Int. Symp. Turbulence and Shear Flow Phenomena(2005)301‐306

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