1. はじめに
1976年以来、毎年春にワシントンDCにおいて開催されている、米国科学技術政策の討論の場であるAAAS(American
Association for the Advancement of Science)の科学技術政策年次フォーラムが、2006年4月20〜21日に開催された。年次フォーラムは本年が31回目の開催となる1)。
年次フォーラムのテーマは、米国の科学コミュニティが直面している予算およびホットな話題によって、会議開催数ヶ月前に決定される。このフォーラムでは、米国エネルギー省(DOE)長官のSamuel
W. Bodman氏とJohn H. Marburger科学技術担当大統領補佐官のスピーチも行われるなど、科学技術政策に関する米国の重要な会議である。
米国では911テロ事件以来、アフガニスタンとイラクの関連する武力行使と大幅減税が、さまざまな予算に深遠な影響を与えている。さらに原油価格の高騰の中、エネルギーへの関心も高く、長寿命化に伴う老人健康保険への関心も高い。加えて気候変動による環境破壊問題などへの関心も高いことから、今回のパラレルセッションでは、「エネルギー」「感染症」「国家安全」の3テーマが議題となった。また、昨今話題となっている、科学技術を取り巻く不正行為に関するテーマについても話し合われた。国立研究所勤務の研究者を始め、議会関係者、大学の教員および研究担当者、関連シンクタンクのアナリスト、各学会関係者、さらには諸外国の科学技術政策の関係者など計400名以上が参加した。
本稿では、会議で話し合われた2007年度(2006年10月から2007年9月)の連邦政府研究開発予算要求の見通し、エネルギー政策および研究者に関する倫理問題などの概要を報告する。

2. AAASボードディレクターと科学技術担当大統領補佐官による冒頭の挨拶から
冒頭挨拶でOmenn氏(ミシガン大学兼AAASのボードディレクター)は、バイオテクノロジー、国家エネルギー問題、持続可能なための化学と化学技術など、最近の『Science』や『Nature』で取り上げられている多くの論文テーマを例示しつつ、これからの科学技術政策が解決すべき課題を紹介し、それが「科学」なのか「技術」であるのか、総合的な研究開発ドメインによるものか、などといった提起をした。一方、同氏は、科学技術政策を取り巻く予算の厳しさについても説明した。2001年に国立衛生研究所(NIH)の予算が倍増されたときには、5,500億ドルの連邦予算財政黒字と言うゆとりがあったが、2005年時点では、政府の正式な赤字は3,190億ドル(発生主義ベースでは7,600億ドルもの赤字)となっている。さらに今後5年に起こりうる予算関係の問題として、テロや国家安全保障に対する支出、大幅な減税、原油価格の高騰などがあることも説明した。以上を踏まえ、同氏は、「科学技術政策関係者が直面する課題は巨大であり、本会議はまさに時宜に叶っている」と述べた2)。
Marburger科学技術担当大統領補佐官は、連邦の研究開発予算の過程と状況が、過去20年間でどう変化したかに関する概要を最初に説明した3)。Bush大統領就任の前期に連邦の研究開発支出が45%上昇したが、これは、1960年代と70年代前半のアポロ計画以来の成長率と説明した。また、2006年2月に2007年度予算教書と併せて、同補佐官が局長を兼務する、科学技術政策局(OSTP)から発表された米国競争力イニシアティブAmerican
Competitiveness Initiative(ACI)4)についても説明した。これは連邦政府研究投資、研究開発税制措置、そして人材育成によって世界における米国の競争力を高めようとする政策を定めたもので、2007年度予算要求において約60億ドルの費用が準備されている。ACIには次のような内容が記載されている。
- 高価値かつマーケット化可能な技術やプロセス、基盤的発見に焦点が当てられた先端的基礎研究への連邦政府投資
- 新しい発見や研究開発を促進可能とする施設や大型装置への連邦政府投資
- 中等教育期間におけるおちこぼれのない教育と、数学、科学、工学そして技術の世界的水準の教育研究機会を提供する高等教育機関の改善
- 21世紀においてより競争力を得るために必要な訓練やその他のサービスの機会を提供する労働力訓練制度
- 優秀な外国人研究者に対する合理的な入国管理政策と滞在条件の向上
- 基盤的な発明を市場化できる技術と民間部門における研究開発投資
- 公的部門および民間部門での研究投資によってもたらされた、知的所有権を保護する最善の制度
- 新製品や新技術を急速に拡大させることができる自由で柔軟な労働力、資本、製品市場を通したベンチャー精神を刺激し、奨励するビジネス環境
同氏は、このACIが米国の将来の経済競争力を保証するだろうと述べた。各方面で米国競争力とイノベーションに関しては、政府・議会においてもこの数ヶ月重要なテーマとして取り上げられている。このような背景には、次の議会選挙が控えていることも要因であると思われる。

3.2007年度の連邦政府科学技術予算要求について
2007年度の研究開発予算要求について、4人から講演があった。
初めにKoizumi氏(AAAS研究開発予算・政策プログラム課長)が、2007会計年度研究開発予算要求に関して次のような話をした。予算に深刻な影響力を与えている要因として、武力行使と大幅減税がある。連邦研究開発費は総額1,369億ドルで、これはBush大統領就任時の2001年と比較すると50%増となる。しかしながら、2007年度の研究開発予算に関しては、連邦予算問題の先々の状況を考えると、緊迫している財政赤字によって研究開発費の削減は避けられないという悲観的な見方がされている。図表1に示すように、エネルギー省(DOE)科学局は前年度比14.4%増の38億ドル、国立科学財団(NSF)は前年度比8.3%増の45億ドル、米国航空宇宙局(NASA)は8.0%増の122億ドル、国立標準技術研究所(NIST)は6.4%増の4.5億ドルの予算要求が提案された(なおDOE科学局、NSF、NIST中核研究部門は、ACIにおいて「今後10年間で研究費を倍増するべき重点投資対象」とされている)が、他の研究開発関連省庁の予算要求は低下している。この傾向は数年続き、当然政府機関のいくつかは10〜30%の予算カットを余儀なくされる。このような状況であることから、現在議会で保留となっている多くの革新イニシアチブに対して、資金が提供されるかは不明であり、多くの研究が滞ることが懸念される5)。

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またHoagland氏(上院多数党院内総務)は、議会ではまだ2006年度補正予算案件を議論中で、特にハリケーン救援とイラク戦争のための920億ドルの充当、および5年間で700億ドルの減税実施については今後も議会で話し合われなければならない重要課題であり、2007年度予算要求の議論に充てられる時間は限られている、と説明した。加えて、社会保障、低所得者医療扶助制度、老人医療健康保険制度の長期コストの段階的拡大、負債の増大、および他の費用の拡大については今後も上昇し続けることが明らかであり、劇的な収入増加によって相殺されない限り、米国はより大きな負債拡大か大規模な裁量予算の削減に直面することになる。これに加えて国防費も連邦政府の負債要因である。これらの問題を解決する手段として増税があるが、反面、経済成長へ影響を及ぼしかねない。また近々行政管理予算庁(OMB)のトップ二人が交代することも、予算の厳しい局面を加速させる要因として懸念されており、かかる状況の中2007年度科学技術予算が要求通り認められる可能性は極めて厳しいとの見解を述べた。しかし一方では、外国からアメリカへの投資が活発になり、負債を解消できると予測する向きもある。2007年の予算要求バランスから推測すると、2035年までに連邦政府は、社会保障、老人医療健康保険制度、低所得者医療扶助制度の負債をすべてなくすことができる、という見方もある。有権者と政治的指導者による政治力によって、米国の予算機能不全を解消できるという楽天的な意見が、こういった予測を生み出していると思われる、と彼は述べた6)。

4. 21世紀のエネルギーのための科学技術政策
会議開催中、地域によってはガソリン価格が4ドル/galになったこともあり、会場には人が入りきれないほど、エネルギーの話題への関心は高かった。冒頭のスピーチでも取り上げられている気候変動に関する環境とエネルギーとの関連性の話題も要因になった。セッションでは「21世紀のエネルギーのための科学技術政策」と題して、5人の発表があった。以下にそのスピーチの概要を記す7〜11)。
環境と経済の両立を考えれば、エネルギー政策は困難な課題であるということは言うまでもない。例えば原子力を推進すればエネルギーの需給とCO2問題に功を奏するが、事故とテロのリスクを考慮しなければならない。石炭による火力発電の増加は、CO2増加と大気汚染や健康影響への問題の増加を意味する。また再生可能エネルギーのひとつとして位置づけられている風力発電や太陽光発電は、主要なエネルギー源とするにはまだエネルギー効率の改善など課題が多すぎる。水素エネルギーに至っては、インフラの問題や、実用化にはまだ高価すぎる問題がある。しかし、再生可能エネルギーと省エネルギー技術が向上することによって、GDP当たりのエネルギー消費量とCO2排出の減少が期待される。こうした背景を考慮しつつ、エネルギー政策を考えていかねばならない。図表2に示されように、エネルギーに対する各国の研究開発と実証の状況は変化しており、特に日本の伸びが大きい。また、中国およびインドの人口の増加とエネルギー消費が爆発的に増加している中、原油、石炭、天然ガスの消費量は今まで以上に増加する。同時にCO2に起因される気候変動問題も大きくなる。IPCC(Intergovernmental
Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)によると、2100年には現在の気温が平均5℃上昇することが見込まれている。

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水素エネルギーに関する研究の政権の予算要求上は引き続き大幅増の組に入るが、Romm氏(Center for Energy
and Climate Solutions)やHolden氏(ハーバード大学)らは、当面は非現実的であると主張した。つまり、水素エネルギーに関する研究開発投資は引き続き積極的に続けられているものの、実用化の可能性については、特に自動車に対する燃料としての適用は、インフラと供給の問題から当面は非現実的との意見が強い。自動車に関しては、プラグインハイブリッドを有力視する指摘もあった。
Grumet氏(全米エネルギー政策委員会)は、気候変動が社会に及ぼすリスクなどについて説明し、その改善には技術がキーであるが、それに対する投資をするのは誰かという課題も話題にした。CO2を削減するためには、石炭ガス化、高燃費自動車、高性能な燃料および先進原子炉などを国内にて製造することをサポートする必要性、クリーンコール技術、原子力、再生可能エネルギー技術のデモンストレーションの促進などについて連邦政府予算を倍増させて研究開発を進める、などの提案がされた。
また、Gallagher氏(ハーバード大学)はDOEの1978年からの予算変化の詳細について説明し、エネルギー研究開発予算は2001年頃から横ばいで、ここ数年は1978年の3分の1程度であるといった。図表3は各年度の再生可能エネルギーへの政府投資予算要求の推移で、2007年度予算要求においては、太陽光発電の予算要求は前年比75%増、バイオマスに対しては62%増加されている。図表3には示されていないが、水素および燃料電池に関しては23%増の予算が要求された。風力発電に関しては予算要求の増額が10%に留まっている。一方で、石炭に関する予算要求は5%カットされ、地熱、水力、石油、天然ガスに対する研究開発と実証試験(Research,
Development and Demonstrations:RD&D)もキャンセルされた。原油高騰の折、石炭の需要は増加する傾向になるが、石炭の使用によって増加するCO2排出問題を解決するには少なすぎる予算である。また、地熱研究プログラムに対する予算要求はゼロで、現時点ではDOEの地熱研究に対する関心は低いと見受けられると説明があった。

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5. 研究者を取り巻く状況について
フォーラムでは、科学者の倫理問題、評価や信用などについても、3人から話題が提供された。その概要を以下に示す12〜14)。
米国、ノルウェー、英国、韓国での研究費の不正使用やデータ捏造、盗用、改ざん、生命倫理の問題などの事例が紹介された。例えば、研究計画書と違う結果が出てしまったことにより、研究費を継続あるいは新規に獲得するために、データ捏造や改ざんなどの不正が発生したケースが紹介された。こういった問題には、組織的な背景もかかわっていることが多い。今後こういったことを防ぐためには、ピア・レビューの目的、質、および公平性の向上に対しての改善が求められる。さらに、科学者コミュニティが社会に対する説明責任を果たし、科学者が広く国民から評価され、尊敬される社会を構築していく必要がある15)。実際、米国では生命科学分野を中心に、立法を含む取り組みを1980年代から進めており、北欧では研究不正に関する委員会が設置され、予防措置や告発事例の調査にあたっている。英国やドイツでも同様な動きが見られる。一人の研究者による不正行為が、他のプロジェクトチームメンバーをも巻き込むケースもあることから、研究者の倫理観に対する教育が必要となってくるという意見も出された。

6. その他の話題など
このフォーラムでは、現在の日本には該当しないようなテーマ(軍事研究の重点化、移民問題など)も話題に上がった。ちょうど会議開催中に、1,000万人以上と見られる不法移民者を追放する法案に対する大規模な反対デモがあったことも、話題づくりに一役買った形となった。また米国でも高齢化が進む中、医療保険に関する多くの課題が取り上げられている。さらに、発表者の一人がe‐Japan(1)を例に出し、米国でもこうした戦略によってネットワークの構築を図るべきだという意見も出された16)。
最後に今回のフォーラムに出席した筆者の所感を少し記す。
クリントン政権から現在まで、燃料電池開発に対する政策は強化されている。2002年1月には、PNGV(Partnership
for a New Generation of Vehicles)を解消し、新たにFreedom CAR 9を開始した。PNGVは、米国内の自動車産業の国際競争性向上と先進技術を量産自動車に適用できるようにすることを目的として実施された。燃費については80mil/gal(33.4km/l)を目標とした。Freedom
CARは政府と米国ビッグ3(Ford、GM、DaimlerChrysler)との2010年までの長期間にわたる官民のパートナーシップであり、リスクの高い技術開発、特に水素搭載型燃料電池自動車関連技術に重点を置き、多様な自動車に適用しうるコンポーネント技術の開発を行うものである。このように、エネルギー、特に自動車燃料に関するプロジェクトは継続的に進められている。
気候変動問題に対して、自発的かつ技術重視に対応することを強調してきた米国は、京都議定書にはサインしなかったが、現在政府のみならず企業や大学、そして科学者のみならず市民の関心も強くなってきたことから、特にCO2削減問題に対しては、政府も積極的に取り組んでいる。この問題に対して米国は、あらゆる方面から独自の取り組みを強化している印象を受けた。こうした動きは、産業活動と気候変動との関連性が否定できない内容の論文が増加傾向にあることも要因となっている。もしテロ対策以外に大きな課題をあげるとすれば、気候変動が断然トップの話題として挙げられたという意見もあった。大規模災害の発生頻度の増加は、気候変動が原因であるという説が強くなってきたことも、関心が強くなっている表れといえる。
効果的な施策のひとつであり、日本では常識的に考慮されている省エネルギーに関する予算については、ポジティブな動きは見られない。移動手段として自動車が中心の米国ではかなり困難かもしれないが、鉄道の普及もCO2削減には役立つ。また日本のように「消費」を「もったいない」と意識する取り組みや、省エネ技術を普及させ、エネルギーを消費する国民一人一人の意識も変えて行く必要がある。それにはエネルギーというものを正しく理解するエネルギー教育の必要性を強く感じた。また、重点投資型が主流な研究費の仕組みに付きまとう科学者の倫理問題も、これからはますます大きく取り扱われる課題のひとつとなるであろう。

謝 辞
本稿を執筆するに際し、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)ワシントン事務所所長進藤秀夫様にご協力いただきました。ここに深くお礼申し上げます。
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