[レポート2]

微小重力利用の研究動向
―宇宙環境と地上環境での研究の競争と協調―

辻野 照久

推進分野ユニット


1.はじめに

 1957年に世界で最初に打ち上げられた人工衛星は旧ソ連のスプートニク1号であるが、同じ年に打ち上げられたスプートニク2号には早くも1頭の雌犬が搭載され、宇宙における初めての動物実験が行われた。この犬は、世界初の軌道周回生物となり、宇宙におけるライフサイエンスの先駆的成果となった。その後、多くの人工衛星による宇宙探査により、宇宙空間の強い放射線や高真空などの特殊な環境が徐々に明らかになり、特に衛星内で得られる長時間の微小重力環境を積極的に利用した科学実験が行われるようになった。

 我が国でも、宇宙環境を利用した実験を行うようになってから既に20年以上が経過し、基礎的なレベルで新しい知見が多数得られている。今後は微小重力を利用して従来にない機能を持たせた製品の製造や新しい医薬品の開発など産業応用及び民生利用が期待される段階に移る。既に稼動している国際宇宙ステーション(ISS)の米国やロシアのモジュールを利用して、高品質なタンパク質結晶の生成や3次元フォトニック結晶の生成など我が国独自の技術開発を含む宇宙実験が行われており、将来的には宇宙で継続的に製品生産が行われるようになる可能性もある。また、我が国が本格的に宇宙環境を利用するためには、ISSにおいて、日本実験モジュール「きぼう」(JEM)の運用が待望されている。「きぼう」の完成までまだ2〜3年を要すると見込まれるが、それまでの間にも種々の実験機会を活用して、高品質なタンパク質結晶や3次元フォトニック結晶に続く付加価値の高い新物質の創製など新しい実験テーマの発掘も行っていく必要がある。

 本稿では、微小重力環境を利用した実験の主なテーマ、実験機会の概要、これから進展が期待される応用化の動向などを紹介する。ISS/きぼうの利用だけでなく、宇宙と地上でさまざまな方法を活用して、微小重力環境を利用した実験(重力加速度依存現象の科学的解明)を推進すべきであると考えられる。

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2. 微小重力環境と実験テーマ

 地球上のあらゆる物体は、その内部構造も含めて、地球の中心との間に働く万有引力の支配を受ける。重力の元となる重力加速度の大きさは「1G」で表わされ、およそ9.8m/s2である。しかし、地球を周回する人工衛星の内部では、衛星に働く地球の重力と遠心力が釣り合うことにより、1μG=10−6G(0.000001G)という極めて微小な重力しかない状態になる。自由落下するカプセルの内部でも、物体が空中を浮遊するような状態になる。これを微小重力(マイクログラビティ)環境といい、このような特殊環境を利用して微小重力実験が行われている。

 これまでの世界各国の微小重力実験は、ライフサイエンス実験と物質科学実験が多く行われた。我が国の宇宙実験の成果と教訓については、(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2005年3月に発表した資料1)にまとめられており、宇宙実験の件名ごとに、研究者や実験目的、結果などを知ることができる。

2‐1.ライフサイエンス実験

 ライフサイエンス(生命科学)は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)が作成している編別分類表2)によれば、(1)生物科学、(2)生化学、(3)生物の育種と防疫、(4)培養工学と微生物などの利用、(5)薬学、(6)医学、(7)生体工学、の7つに分類される。微小重力実験では(1)、(2)、(3)及び(6)について、これまでに実際に実験が行われている。

(1)生物科学

 生物科学はさらに遺伝学、細胞学、微生物学、植物学、動物学、生態学、放射線生物学などに分類されるが、このうち次のような実験が行われている。

  • 細胞培養実験(幹細胞の分化、3次元細胞培養、重力感受性遺伝子の網羅的解析)
  • 植物実験(ライフサイクルの完結、重力屈性実験)
  • 閉鎖生態系生命維持システム(ECLSS)(生物循環系の確立、微生物の安全性評価)
  • 小動物実験(両生類や魚類、マウスを用いた生殖、骨・筋への影響、放射線影響実験)

(2)生化学

 高品質なタンパク質、酵素の結晶生成実験

(3)生物の育種

  植物の種子や動物の精子などを搭載し、微小重力と強い放射線が同時に作用する宇宙環境において生物の品種改良を図る

(4)宇宙医学

  宇宙飛行士自身が被験者となって宇宙環境による人体各部の機能変化や、帰還後に備えた対策などの研究が幅広く行われており、宇宙環境医学として発展してきた。

2‐2.物質科学実験

 物質科学に関する実験には、結晶成長、流体物理、燃焼などがあり、それぞれ特有の実験装置を用いて行われている。今後、高品質かつ高機能のナノ材料を創成する有力な手段として、研究者が微小重力環境をごく普通に利用する時代となる可能性もある。

(1)結晶成長

 溶液からの結晶成長など、特殊な装置により、高品質な単結晶生成と、結晶成長メカニズム解明の研究が行われている。溶液から結晶を析出する実験だけでなく、複数の材料を均質に混合する実験などで微小重力環境利用の有効性が示されている。現在、2005年12月から開始された宇宙での3次元フォトニック結晶生成実験3)の成果が注目されている。

(2)流体物理

 微小重力環境では温度差や比重差による対流は生じないが、温度差等による表面張力の差に起因する対流が顕在化する。この現象をマランゴニ対流といい、地上では分離できないこの効果を応用した実験や気液相変化等に関する実験が行われている。

(3)燃焼

 微小重力環境では地上とは異なる燃焼の状況が見られる。例えば炎が球形になることが知られている。燃料の一部を細かい霧状にして、火炎伝播を詳細に観察する実験などが行われている。

(4)熱物性の測定など

 微小重力環境では無容器で高温融体を扱うことが可能となることから、半導体や金属融体の熱導率測定、拡散定数の測定などが行われた。これにより結晶成長などの物性値が得られると同時に、過冷却高温融体という新しい科学技術分野が生まれつつある。容器からのコンタミネーションがない結晶成長も注目されている。

宇宙環境医学

[1]宇宙環境が人体に及ぼす影響の研究動向

 ISSが完成すると、我が国の宇宙飛行士が半年間程度の長期滞在を行うようになる。また、民間の商業ベースの宇宙旅行の機会が拡大しつつあり、一般人でも宇宙に行けるようになる時代もそう遠くないといわれている。そのような活動を円滑に行うために、宇宙環境が人体に及ぼす影響について研究が行われている。

(1)骨格:長期間の宇宙飛行で、骨量が減少する。この対策としては、宇宙機内での運動や骨粗しょう症の治療剤の投与などがある。
A筋:宇宙環境では重いものを持つということがなく、自身の運動も体重の制約がなく自由に動けるため、長期間宇宙飛行すると筋力が低下するといわれる。

(2)循環系:長期間の宇宙飛行では心肺機能が低下する。宇宙環境では赤血球量が減少し、血液やリンパ液などの体液が上半身にシフトし、尿の排泄が促進されて体液が2ほど減少する。このため、帰還直前にスポーツドリンクなどを飲んで体液を補っている。

(3)感覚器:短期間の宇宙飛行では、人によって宇宙酔いが見られる。宇宙酔いにより胃部に不快感を覚え、嘔吐やめまいを起こす。その発生メカニズムは諸説あるが、上下を検知する感覚器官が目と耳で異なった情報を出すために感覚混乱が起きるためとする説が一般に支持されている。

(4)精神面:宇宙船という閉鎖環境での長期間に亘る滞在で、宇宙飛行士には南極観測隊員や潜水艦乗務員などと同様の精神的ストレスがある。この対策として、長期閉鎖環境滞在のストレスに強い宇宙飛行士の選抜、ストレス耐性を高める地上での訓練、地上との交信による支援などが行われている。

[2]宇宙における健康管理

 もし宇宙船の中で宇宙飛行士が突然病気になった場合、他の搭乗者には充分な医学的知識があるとは限らず、搭載された医療機器も充分ではなく、地上との交信可能伝送量に限りがあるなど、本格的な遠隔医療(テレメディシン)を行うには非常に悪い条件にある。そのため、病気の予防や早期発見を行うべく、宇宙飛行士の健康管理が重要な課題になっている。

 また、宇宙飛行士の健康を維持するため、栄養や代謝を考慮し、宇宙環境で食べやすい宇宙食の開発が行われている。2005年7月のスペースシャトルミッションでは、塊状のインスタントラーメンが宇宙食として採用された。2005年10月の中国の有人宇宙飛行では高価な食材を用いた中華料理が宇宙食に加えられた。

[3]宇宙からの帰還に備えたトレーニング

 旧ソ連の宇宙ステーションでは、搭乗中に室内トレーニングを行い、帰還時の身体能力の保持を図った。もしこのようなトレーニングを行わないで長期間宇宙飛行すると、帰還後自力で立てなかったり、不用意な運動で骨折したり、筋肉を傷めたりすることになる。

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3. 微小重力環境の利用機会

 微小重力環境の利用機会としては、落下実験施設、航空機、小型ロケット、回収型衛星、スペースシャトル、国際宇宙ステーションなどがあり、それらの特徴を微小重力のレベルと時間の範囲として図表1に示す。

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3‐1.落下実験施設

 落下実験施設とは、落下カプセルに実験装置を搭載し、塔や縦坑の最上部から自由落下させて、最下部の制動部に到達するまでのごく短時間、カプセル内を微小重力環境にする施設である。実験時間がごく短いために分野によって向き不向きはあるが、落下実験施設において微小重力環境を得ることは最も安全、簡便かつ安価な方法であり、微小重力レベルも比較的良好で、多数回の安定した繰り返し実験が可能である。米国と欧州では主要な落下実験施設は公的な機関で運営されているのに対し、日本では民間企業として運営されている。

 岐阜県土岐市にある落下実験施設は(株)日本無重量総合研究所(MGLAB)4)が運営しており、(独)日本原子力研究開発機構が保有する東濃鉱山の縦坑の1つを実験施設に利用したものである。縦坑の深さは約150mあり、その中に設置された真空チューブ内でカプセルを自由落下させる。上部の100mが自由落下区間、下部の50mがゴム管による制動区間である。真空チューブ内は約4Pa程度の真空にしてあり、空気の抵抗による微小重力レベルの劣化を防止している。得られる微小重力レベルはおよそ10−5Gで、4.5秒間の実験を行うことができる。利用者は直径720mm、高さ885mmの円柱形の空間内に納まるように落下カプセルに搭載する実験装置を設計する必要がある。最近では年間300〜400回程度の落下実験が行われている。平成7年の運用開始以来、累計の落下回数は6,000回以上に達する。その大部分は基礎的研究であり、主にJAXAの公募地上研究制度の助成を受けた国・公立大学などの実験や公的機関の実験が行われている。実験分野は、流体実験、燃焼実験、材料実験、ライフサイエンス実験のほか、新規開発の宇宙用装置の技術実証実験などが行われている。小惑星探査機「はやぶさ」の弾丸打込みによる試料採取システムの動作確認実験もMGLABにおいて行われた。

 欧州ではドイツのブレーメン大学応用宇宙技術・微小重力センター(ZARM)に高さ146mの落下塔があり、欧州宇宙機関(ESA)や欧州各国の落下実験を一手に引き受けている。また、米国では米国航空宇宙局(NASA)のルイス研究センター(LeRC)に145mの落下塔があり、中国では北京市中関村地区にある中国科学院力学研究所の国家微重力実験室(NMLC)に高さ110mの落下塔がある。

3‐2.航空機による放物線飛行

 航空機による微小重力実験は、米国、欧州、日本などで国の機関や民間企業により行われている。地上での微小重力実験手段の中で、唯一有人で実験が行えることが大きな特徴である。わが国では、愛知県豊山町にあるダイヤモンド エア サービス(株)(DAS)5)がガルフストリーム2(図表2)やMU‐300などの航空機を用いて1回約20秒の微小重力状態が得られるような放物線飛行(パラボリックフライト)を繰り返し行うサービスを提供している。例えば、DASは2006年4月に簡易実験飛行を計画しており、1人約30〜40万円で100秒間(20秒×5回)の微小重力実験を行える。微小重力環境のレベルは落下実験施設より低く、10−2G程度である。航空機の機体が十分大きいため、比較的大きな実験装置を搭載することが可能である。一方、微小重力の前後に機内が1.5〜2Gとなることは搭乗者にとって肉体的な負担となる。

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 米国では、NASAがDC‐9を保有し、スペースシャトルを利用して実験を行う各国の科学者に利用機会を提供している。また、民間ではZero‐G社が一般人の無重力体験飛行も含めて営業を行っている。

 欧州ではフランス国立宇宙研究センター(CNES)等が、1988年からカラベル航空機、1997年からエアバス‐ゼロG(A300‐0G)機を用いて微小重力実験を行っている。

3‐3.小型ロケット

 小型ロケットを弾道飛行させて微小重力環境を得る方法は、かつて日本では繰り返し行われ、また今後も新たなロケットにより利用機会が提供されるようになる可能性がある。小型ロケットにより微小重力環境を得る方法は、打上げ及び回収時の大きな加速度環境と落下時の衝撃への配慮が必要であり、分単位の短時間ではあるが、主に物質科学に関するさまざまな微小重力実験を行うことができる。欧州ではドイツやスウェーデンが独自の小型ロケットを用いて微小重力実験を行っている。

 我が国では、旧宇宙開発事業団(現JAXA)が、1991年から1998年にかけてTR‐IAロケットにより計7回の微小重力実験を行った。打上げ後、空気抵抗が非常に小さくなる高度100kmから弾道飛行に入り、高度270kmくらいまで到達して再び高度100kmに落下するまでの約6分間、10−4G以下の比較的良好な微小重力環境が得られた。実施された実験は物質科学実験が中心で、主な実験テーマとしては(1)溶液からの結晶成長実験、(2)コロイド結晶実験、(3)流体物理実験、(4)沸騰実験、(5)半導体材料創製、(6)拡散実験、(7)燃焼実験などがあった。

 我が国では現在、特定非営利活動法人(NPO)北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)が固体燃料・液体酸化剤を推進剤とするカムイ型ハイブリッドロケットの性能を向上させて微小重力実験機会を提供するための開発を進めている6)。目標高度は110kmで、約3分間の微小重力環境を目指している。北海道赤平市にあるHASTIC赤平実験場において燃焼試験が繰り返し行われている。

 欧州ではドイツが1977年からTexusロケット、1991年からMaxusロケットによる微小重力実験を行っている。また、スウェーデンは1987年からMASERロケットで欧州宇宙機関の微小重力実験を10回行っており、今後も継続される予定である。

3‐4.回収型衛星

 以上に述べた地上付近での実験では、実現できる微小重力環境は数秒間から数分間である。衛星の内部で無人実験を行い、地上に無事帰還させることができれば、飛躍的に長時間の微小重力環境を得ることができる。衛星の大きさや太陽電池パネルの有無などにもよるが、数日から数ヶ月あるいは1年以上の周回飛行の全期間にわたって、同時に複数の実験を行うことが可能である。このような回収型衛星による微小重力実験は、日本、中国、欧州、ロシアで行われており、今後も引き続き利用することができる。我が国では過去に宇宙実験・観測フリーフライヤ(SFU)やEXPRESSなどの回収型衛星が打ち上げられたが、今後利用可能な回収型衛星としては、次世代型無人宇宙実験システム(USERS)がある。図表3にUSERS衛星の外観と、カプセル分離の概念を示す。

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 USERSは、長期間にわたる宇宙環境を利用した実験を実施した後、自ら帰還することが可能なシステムとして、経済産業省並びに(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託を受けて1995年より(財)無人宇宙実験システム研究開発機構(USEF)が開発を進めて来たプロジェクトである。その初号機は2002年9月10日にH‐IIA 3号機により打ち上げられ、約半年にわたって良好な微小重力環境下で超電導材料製造実験を実施し、目的とする場所への帰還に必要な軌道制御と調整を行って、2003年5月30日に小笠原東方沖の計画された場所に着水帰還し、無事宇宙実験の成果物を回収した。この成功により、大気圏再突入に必要な熱防護技術とともに、予定した着水場所に帰還する軌道制御技術を確立することができ、無人宇宙実験システムを実利用する技術を確立することができた。現在このシステムの利用ガイド7)が整備され、USERS衛星の利用推進が図られている。しかし、現状では打上げ計画はなく、国がアンカーテナントとなって一定の実験機会を確保しない限り、民間の発意だけで2号機の打上げが実現することは難しいと思われる。

3‐5.有人宇宙船(スペースシャトルなど)

 米国のスペースシャトルは、2005年までに114回打ち上げられ、主に衛星放出、宇宙実験、ISS建設などのミッションを行ってきた。その内訳を図表4に示す。

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 114回のうち、主に宇宙実験が目的であったミッションとしては、米国の微小重力実験USML及びUSMP、ドイツのD‐1及びD‐2、国際微小重力研究室IML‐1、IML‐2及びニューロラブ、日本の第1次材料実験(FMPT、「ふわっと '92」)などがあった。なお、最近ほとんど連続して行われているISS建設ミッションにおいては、余剰空間及び重量余力を利用して学生による小規模な実験なども行われている。

 日本初の本格的な宇宙実験であったFMPTは、43テーマ中34テーマが日本の実験、2件が日米共同、7件が米国の実験であった。日本の実験には21種類の実験装置が製作され、毛利衛宇宙飛行士がペイロード・スペシャリスト(PS)として実験実施の中心となった。スペースシャトルでは最大2週間にわたる微小重力環境を連続的に得ることができ、多様な実験を搭乗宇宙飛行士の支援を得て同時に実施することができる。しかし、米国では、長期的な宇宙実験を行いうる国際宇宙ステーションの建設に手間取る一方、スペースシャトルの退役が5年後に迫り、残された飛行機会が少なくなっている。もはやスペースシャトルで宇宙実験だけを行うミッションを設定する余裕は全くない状況である。

 中国では独自の有人宇宙船「神舟5号」(2003年)及び「同6号」(2005年)において、宇宙飛行士席と隣接して微小重力実験用のラックが搭載され、実験が行われた。

3‐6.国際宇宙ステーション(ISS)

(1)ISSの最近の状況

 宇宙ステーションは長期にわたり継続的に有人宇宙飛行を行うための施設であり、定常的な宇宙実験室あるいは宇宙工場ともなりうる。しかし、旧ソ連のミールや米国のスカイラブなどの過去の宇宙ステーションでは、長期滞在のための医学研究、天文観測、地球観測、偵察などのミッションが比較的多数を占め、微小重力実験の占める割合は相対的に小さかった。

 国際宇宙ステーション(ISS)計画は、1984年に米国のレーガン大統領が提唱し、1985年に欧州・カナダ・日本が参加して開始された。当初の計画では1990年代初頭には建設が始まり、20世紀のうちに完成する予定であったが、スペースシャトル事故などにより建設作業が停滞しており、完成が10年以上遅延する見込みである。

 1993年からロシアがISS計画に参加し、ロシアの宇宙ステーション「ミール」と同様の機能を持つ基本機能モジュール「ザーリャ」(Zarya=暁、ロシア製で米国が保有)が1998年11月に打ち上げられ、その後2000年7月にロシアのサービスモジュール「ズヴェズダ」(Zvezda=星)、2001年2月に米国の実験モジュール「ディスティニー」(運命)、同年4月にカナダのロボットアームなどが取り付けられて、宇宙飛行士が常時2名滞在する初期のISSの体裁を成すに至っている。図表5に2005年時点でのISSの外観を示す。

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 現在はISSに米露各1名、計2名の搭乗員が常時搭乗しており、米国にとっては過去に経験のない、長期間の宇宙滞在に伴う宇宙環境医学のデータ取得や参加各国の宇宙実験がいくつか行われている。

 今後、欧州実験モジュール(コロンバス)や日本の実験モジュール「きぼう」の取付けが予定されており、2006年3月2日の宇宙機関長会議(HOA)において、2010年までに18回(予備2回を含む)のスペースシャトル打上げが合意された。この中で、「きぼう」の打上げは8回目、9回目及び12回目の3回に分けて打ち上げられる予定となった。時期はまだ明確ではないが、2006年3月のHOAでの合意により、「きぼう」の打上げ開始が2007年度にも実現する見通しが出てきた。復活2号機が2006年7月に無事に打ち上げられるかどうかが、その後の計画の成否を左右するというぎりぎりの状況である。米国・欧州・日本・ロシアの実験モジュールがすべて稼動し始め、日本人を含む数名の宇宙飛行士が常時滞在するようになることで、本格的な宇宙実験開始となる。

(2)ISSへのアクセス

 現在、ISSへの搭乗員輸送や物資補給をロシアのソユーズ宇宙船(3人乗り)やプログレス補給船が一手に引き受けている。

 ロシアは2000年4月に宇宙ステーション・ミールへ向けてソユーズ宇宙船を打ち上げ、最後の搭乗員輸送を行った後、同年10月以降、専らISSへの搭乗員輸送のために毎年4月と10月にソユーズ宇宙船を打ち上げている。搭乗員交代に伴って8日間ほどの引継ぎ期間があり、ソユーズ宇宙船の座席が1つ余っていることを利用して一般旅行者を短期間ISSに搭乗させる場合もある。2006年10月の打上げでは、日本人旅行者が搭乗する可能性がある。

 一方、物資補給については、2000年2月から2005年12月までの約6年間で、プログレス打上げ回数は25回に及び、このようなロシアの確実性の高い輸送能力は、ISSの国際パートナーから高く評価されている。

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4. 微小重力環境利用研究の動向 ―高品質なタンパク質結晶生成の場合

4‐1.タンパク質研究の概要

 生物は自らの生命を維持するために、食物消化、エネルギー供給、神経、免疫等の生体機能を持っているが、そのような働きは2万種類以上のタンパク質によって生み出されていると言われる。タンパク質の種類とその機能はアミノ酸の配列の仕方と立体構造で決まる。タンパク質の構造と機能のデータベースが整備されれば、複雑な生命現象が定性的・定量的に理解できるようになる。また、疾病の原因となる標的タンパク質の構造・機能から、治療薬品の設計を合理的かつ効率的に進めることも可能となる。このようなタンパク質の構造・機能の解析を通じて、創薬やテイラーメイド医療などの革新的予防・診断・治療技術へ応用する研究、新しい食品の開発などが大学、研究機関及び企業で行われている。

 タンパク質の構造を研究するためには、目的とするタンパク質を分離して分析用の試料を調製する必要がある。タンパク質工学の研究は主に地上で調製された試料を用いていたが、良質な試料の入手は極めて困難である。ある研究者によれば、研究開始後最初の5年間で1個しか結晶を作れなかったという例もある。

 宇宙で微小重力環境を利用して結晶を作製する方法は宇宙実験が開始された当初から考えられており、既に20年以上の技術開発期間が経過している。これまでに行われたいくつかの微小重力実験の中で、高品質なタンパク質結晶生成は現在のところ技術的に最も成熟した段階にある研究である。地球の重力と遠心力が釣り合う宇宙船内では、重力が10−6G程度となり、タンパク質結晶周辺で溶媒との密度差により対流が生じることがなく、結晶の成長速度が均一となって結晶構造の欠陥が減少する。同時に結晶核の形成数が抑制され、数は少ないが大型の結晶を生成できる。

 (独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、タンパク質結晶試料を得るため、数回のシャトル実験やISSを利用した「高品質タンパク質結晶生成プロジェクト」などの一連の宇宙実験を実施し、宇宙での高品質なタンパク質結晶生成を可能とする段階まで到達した。その成果は「微小重力環境を利用した高品質蛋白質結晶生成技術の進展と課題」8)などで公表されている。

 一方、欧米などでは、宇宙実験で高品質な結晶を得ることの合理性に対して懐疑的な意見があり、またスペースシャトルの空中分解事故で実験成果が失われるというトラブルもあって、宇宙でのタンパク質結晶作製の実験はなかなか進展しなかった。

4‐2.タンパク質の構造解析

 タンパク質の構造を知るための計測手段として、X線回折法がよく利用されている。この場合、タンパク質は結晶化している必要があり、しかもできるだけ大型の方が望ましい。兵庫県佐用町にある(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)内に設置された(独)理化学研究所播磨研究所では、JASRIの大型放射光施設であるSPring‐8を使用して、小さな結晶から高精度の構造画像を1日で数十個分得られるような自動実験システムを確立している。

 地上で調製された試料の構造解析をより簡便に行う方法として、理化学研究所横浜研究所においては、分子量が60,000以下の比較的小さい構造のタンパク質について、核磁気共鳴装置(NMR)を用いることで、結晶化を行うことなく構造解析を行っている。

 また、磁性をもつ特殊なタンパク質に対しては、(独)産業技術総合研究所(AIST)やC物質・材料研究機構(NIMS)などで超電導磁石による磁気浮上により擬似的に低重力環境を作り出し、高品質な結晶を作りやすくする試みがなされている。

地上における反磁性タンパク質単結晶作製の例

 タンパク質結晶の作製には数日間から数週間という長時間がかかるが、タンパク質の種類によっては、必ずしも微小重力環境でなくても、それに近い環境であれば結晶を作製しやすくなることがある。例えば、反磁性のタンパク質(フルクトース・ビス・ホスファターゼ、リゾチームなど)を強磁場内に置いたときに得られる0.7 G程度の低重力でも結晶生成の効果が現われる。また、(独)物質・材料研究機構(NIMS)と広島大学の共同研究では、超電導マグネットによる10T(テスラ)程度の強磁場の中で擬似微小重力環境(10−3G程度)を作り、反磁性タンパク質の高品質結晶を得ることができた。一方、NASAは回転槽型の実験装置を用いて地上で擬似微小重力環境を得ることに成功した。これらは、地上で比較的容易に実現可能な低重力環境や擬似微小重力環境を長時間継続するという応用例である。

 将来的にはピーク輝度がSPring‐8の1億倍にもなるX線自由電子レーザ(X‐FEL)により、分子量の大きいタンパク質もそのままX線分光分析ができるようになる可能性がある。この装置の実現時期は2010年以降と見込まれる。X‐FELが実現すれば宇宙でのタンパク質結晶製造は必要なくなるかどうかは、現時点では断言できない。地上と宇宙のさまざまな手段で構造解析を行ってみて、最も優れた解析結果を採用するという考え方が妥当であると考えられる。

4‐3.宇宙環境におけるタンパク質結晶作製の4つの課題

 宇宙でのタンパク質結晶生成を実現する上での課題は、(1)地上で得られないような高品質の実現、(2)コスト低減、(3)ターンアラウンドタイム(研究者の手元に返ってくるまでの所要時間)の短縮、(4)支援体制の充実、などである。以下にこれら4つの課題について、これまでの到達状況と今後の目標について述べる。

(1)タンパク質結晶の品質の評価尺度

 タンパク質結晶の品質は結晶構造の分解能を用いて表わされている。分解能はオングストローム(Å、0.1ナノメートル)単位で表わされ、値が小さいほど分解能が高く、結晶が高品質であることを表わす。例えば、分解能が2Å程度の場合はタンパク質分子の側鎖の構造を正確に決めることができ、1Åであれば水素原子まで識別できる。宇宙で作製された結晶と地上で作製された結晶の品質を比較するため、アルファアミラーゼとリゾチームについて対照試験が行われた。宇宙で作製されたアルファアミラーゼ結晶は、SPring‐8の12B2ビームラインでX線回折が行われ、0.89Åの過去最高分解能が得られた。一方、地上で作製されたアルファアミラーゼ結晶の分解能は同じ装置で1.12Åであった。これらの結晶の電子密度図を図表6に示す。リゾチームの場合には、宇宙で作成された結晶の分解能は0.88Å、地上で作製された結晶の分解能は1.08Åであった。

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 地上での結晶調製において、さまざまな工夫や試行錯誤により3Åの分解能の結晶を1.5Å程度まで改善できたケースもあるが、分解能1Å以上(<1Å)が得られる結晶の実現は極めて困難である。世界最高水準と考えられる0.6Å台の分解能の画像を取得した欧州の研究者は、今後も宇宙で作製するタンパク質結晶に対して非常に強い期待を持っており、コストや所要時間、乏しい打上げ機会などのデメリットを超越して、例えば日本の装置でも宇宙環境を利用した結晶作製の機会が得られるならば有料で利用したいと述べている。コストや利用機会の制限などの条件を勘案して、どのようなタンパク質試料をどのようなタイミングで宇宙へ送ることが有効なのかを見極められるようになることも必要と思われる。

(2)タンパク質結晶生成コストの低減

 2003年から2005年にかけてISSを利用して行われた宇宙実験により、宇宙船内の長時間微小重力環境を利用すれば、高品質のタンパク質結晶が得られることが確実視されるようになってきた。これらの実験過程で、次のような技術開発が行われたことが注目される。

(1)温度制御:装置の温度環境を20℃に保つことが重要である。初期の実験では、船内の温度上昇などでせっかく作製された結晶が一部溶解してしまうという失敗があった。温度を20℃程度に安定に保つため、融点21℃のアルカン(ヘプタデカン)を試料と一緒に搭載すること、真空断熱材を使用すること、回収時に結晶が搭載されるソユーズ宇宙船の室内温度を低めにすることなどの措置がとられた。これらの対策により、高品質タンパク質結晶を一定の温度環境で作製し、確実に地上に回収する技術が確立された。

(2)タンパク質結晶作製装置の改良:欧州宇宙機関(ESA)とスペイン・グラナダ大学が共同で開発した装置であるタンパク質結晶作製装置「GCB」(Granada Crystallization Box)は、溶液漏出などの不具合が見られた。これに対して、JAXAはゲルチューブ(GT)法を適用することで確実に結晶成長が行われるように改良した。改良された装置はGCB‐GTと呼ばれる。

 さらに、JAXAはGCBよりも10倍程度実装密度を高くすることができるタンパク質結晶作製装置「JCB」(JAXA Crystallization Box)を開発した。図表7にJCBの外観を示す。GCB‐GTはガラス細管6本でタンパク質1種類だけであるのに対し、JCBは12本のガラス細管で最大12種類のタンパク質または同一タンパク質で12条件の試料を搭載できる。これは結晶作製コストの引き下げに寄与する改良である。

chart07

 2005年12月22日にロシアのプログレス補給船により、我が国のタンパク質結晶作製実験装置が高度400kmの軌道にあるISSへ向けて打ち上げられ、2006年4月9日にソユーズ宇宙船で帰還するまで、ロシアのサービスモジュール「ズヴェズダ」において3ヶ月間に及ぶ実験が行われた。この実験は、我が国の高品質タンパク質結晶作製技術の開発の最終段階に位置づけられる。この実験では、11個のJCB及び34個のGCB‐GTからなる装置一式に42種類のタンパク質が搭載されている。今後、JCBの採用により低コストでの実験機会を増やし、民間企業や海外の研究者から見ても宇宙環境を利用しやすくなることが望ましい。

(3)タンパク質結晶作製のターンアラウンドタイム短縮

 これまでに各国で行われてきたタンパク質に関係する実験の実施状況の一部を図表8に示す。

chart08

 これまで、宇宙でのタンパク質関係の実験は米欧が先行し、我が国はキャッチアップ型で追随してきたと言える。

 図表8に示す各種の実験のうち、インシュリンの分離とは、高純度のインシュリンを分離製造することを目指したもので、結晶試料の作製には相当しない。品質やコストの面から、宇宙でインシュリンなどの製造が行われるようになる可能性はないと見られている。一方、タンパク質結晶生成は、地上での困難性から依然として有望であるが、作製された結晶が研究者の手元に戻ってくるまでの時間が非常に長いことが実験のモチベーションを高める上で障害になっている。

 NASAのジョンソン宇宙センターでスペースシャトルのペイロードを担当する職員によれば、初期のタンパク質生成実験では、試料をスペースシャトルに搭載するために出荷してから、研究者の手元に返ってくるまでに44ヶ月間を要したが、最近では14ヶ月まで短縮されたという。ロシアのモジュールを利用した実験では試料の出荷・送還に要する時間と宇宙飛行期間の合計で7ヶ月程度に短縮された。しかし多くの研究者は、宇宙で結晶作製を行うのであれば、さらにターンアラウンドタイムを短くすることを切望している。

ターンアラウンドタイムを短くするためには、ISSへのアクセスの頻度を多くして、適切なタイミングで地上に回収できるように打上げ時期を選べるようにすることが必要である。スペースシャトルが退役した後は、我が国の宇宙ステーション補給機HTV、欧州の自動輸送機ATV、米国及びロシアの新しい輸送システムなどの手段を活用して、国際協力で遅れの生じない輸送ダイヤを設定することが必要になるであろう。試料の輸送に要する時間や実験期間を合計して、試料を送り出してから3〜4ヶ月で手元に回収できるようになることが望ましい。

(4)支援体制の充実

 これまで、我が国で「高品質タンパク質結晶生成プロジェクト」を遂行する上で、(財)日本宇宙フォーラム(JSF)がJAXAからの委託により装置への組み込みや宇宙機への搭載・試料回収などの実務を通じて研究者を支援してきた。

 宇宙実験に限らずどのような研究においても、実験装置の開発自体は研究者の目的ではなく、目的とするデータの取得や機能確認のための手段や道具に過ぎない。しかし、手段を実現できなければデータを得ることはできないので、当然ながら資金やマンパワーの一部は実験装置の開発や実験実施に充てられる。ライフサイエンス実験や物質科学実験を行おうとする科学者や研究者は、微小重力環境での実験装置の開発や実験実施業務を得意とするとは限らないため、これらを共通的に支援する機能を充実することが必要である。現在その役割を担っているJAXAなどの宇宙関連機関において、微小重力利用研究を支援する人材の確保や実験装置の試験・開発のノウハウの蓄積などを長期的な視点で行っていく必要がある。

4‐4.商業的なタンパク質結晶生成の計画

 前述したように、地上で高品質な結晶生成が困難なタンパク質を、宇宙の微小重力環境で生成できることは、かなり明確になってきた。良質な研究試料入手がタンパク質研究のボトルネックとなっており、宇宙での微小重力環境利用はそのようなネックを解消するため、今後頻繁に行われるべき重要な手段になっていくと考えられる。

 このような状況を踏まえて、これまでJCBなどタンパク質結晶生成装置の開発を行ってきたJAXAは、2006年からこれらの技術を民間機関へ技術移転することを計画している。その後は国際宇宙ステーションを利用した高品質タンパク質結晶生成が継続的に行われるようになる見通しである。

 従来の計画では2006年には「きぼう」の完成が目前になっており、本格的な実験を行う段階まで到達していてもよい時期であった。しかし、スペーシャトル事故による運航スケジュールの遅延により「きぼう」完成にまだ2〜3年かかる状況にある。この間に少しでも微小重力環境を利用できる機会を見つけて宇宙実証を行っておくべきである。さらに、2007年頃に「きぼう」が完成した後に、我が国専用の実験ラックを用いて結晶生成が大量に行われるようになると考えられる。

 米国では、アラバマ大学バーミンガム校(UAB)のデルーカス博士(スペースシャトルSTS‐50でペイロード・スペシャリストとして搭乗)がISSの米国モジュール「ディスティニー」を利用してタンパク質結晶生成実験を行った。現時点ではスペースシャトルが本格的に運航されていないため、この実験は回収が困難な状況である。

 商業的なタンパク質結晶生成を進める上で重要なことは、(1)高品質、(2)低コスト、(3)より短いターンアラウンドタイム(または研究者にとって適切なタイミングでの提供)、(4)支援体制である。今後のISS本格利用の時代において、これらの各要素がバランスよく改善されていくことが望ましい。

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5. 微小重力環境における製品製造のための実験機会

5‐1.ISSの既設モジュールの利用

 ISS計画参加国が個人の宇宙旅行者に対して軌道上のステーション滞在に同意したことで、ソユーズ宇宙船に民間人が同乗し、約1週間のISS滞在が可能になった。2006年10月頃には日本人が搭乗する計画があり、現在訓練を受けているところである。JAXAはこの日本人の搭乗を前提として、「宇宙オープンラボ」9)の一環として、この搭乗者がISS滞在中に実施する科学実験、応用実験、教育実験、文化的実験などの提案を受け付けている。実験装置の製作や試料を搭載するための費用は応募者が負担する。

5‐2.日本実験モジュール「きぼう」における微小重力実験

 現在はロシアのサービスモジュールなどを用いてごく限られた規模で行われているタンパク質結晶生成も、「きぼう」に移行すれば規模が拡大され、実験試料の作製にとどまらず医薬品の原料など製品の試験製造も行なえるようになる可能性がある。

 我が国がISSを利用して本格的に宇宙環境利用を行うためには、現在打上げを待っている「きぼう」の各要素が打ち上げられ、軌道上で組み立てられて、日本の宇宙実験室として運用が開始されることが必須である。

 初期利用段階の「きぼう」には次のような実験装置が搭載されることになっている10)

(1)ライフサイエンス実験系:タンパク質結晶生成装置・細胞培養装置・クリーンベンチ・冷凍冷蔵庫

(2)物質科学実験系:温度勾配炉・流体物理実験装置・溶液結晶成長観察装置

 これらの装置は国際標準実験ラック(ISPR)に組み込まれ、「きぼう」本体打上げに先立って与圧保管室に搭載して打ち上げられるが、「きぼう」取付け後与圧部に移設され、実験が行えるようになる。また運用開始後に、必要に応じて別のラックと交換することもできる。実験装置の開発と研究テーマの発掘は車の両輪のような関係にあり、両方の連携を考慮する必要がある。また、「きぼう」の船内でのISPRの設置可能数には限りがあるので、ある時点で行われている実験が永続するとは限らないことにも留意する必要がある。

5‐3.ISS以外の利用機会

 今後の微小重力環境の利用機会はISSに限られるものではない。

(1)人の支援を必要としない場合の長時間微小重力実験の機会としては、USERS衛星が利用可能である。ただし、USERS衛星の打上げや回収のスケジュール設定上には種々の困難な要素があり、自在性には限界がある。

(2)実験中に人の支援を必要とする場合は、短時間であれば3‐2で示したような航空機利用で迅速に結果を得ることができる。

(3)ISS、回収型衛星、航空機などに搭載するさまざまな実験装置を開発する上で、構造や動作の確認を行ったり、各種パラメータのおよその見当をつけたりするために、3‐1で示したような最も簡便な微小重力実験手段である落下実験施設の利用は今後も引き続き有効な方法である。

(4)3‐3で示したような増強型ハイブリッドロケットが実現すれば航空機よりも長時間持続する微小重力環境を利用できるようになる。北海道では北海道大学とHASTICなどが赤平実験場において燃焼試験を行って開発を進めているところである。

(5)シリコン単結晶の製造などごく短時間の微小重力環境でプロセスが完了できる場合には、工場設備の一部に落下施設を組み込むことで量産体制を実現することができる。北海道恵庭市にある京セミ株式会社の無重力研究所では、量産のための新たな落下管を新設し、高付加価値の球状太陽電池を製造する体制を整えつつある11)

 高品質タンパク質結晶生成のように現在ではISSを利用した宇宙実験が本格的に行われるようになったテーマにおいても、初期の実験装置の開発段階では、落下実験施設や航空機を用いた機能確認実験が頻繁に行われてきた。宇宙実験に備えた地上での研究に莫大な時間を要することに鑑み、地上での微小重力実験がより幅広いテーマで、できるだけ簡便に行われるようになることが望ましい。

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6.微小重力利用研究を通じて科学技術創造立国のコンテンツを充実するために

 微小重力利用の研究においては、宇宙実験機会の利用と地上での代替的な研究の間で競争状態あるいは品質やコストのトレードオフの関係があり、必ずしも宇宙実験だけが微小重力研究の唯一の手段ではない。しかし、地上研究と協調することによって宇宙実験の成果がよりよいものになる可能性もある。タンパク質研究の例では、最適な試料を得るために、宇宙と地上で適度な競争状態を続ける中で、互いに工夫・努力してレベルを高めていくことが重要ではないかと考えられる。

 タンパク質に限らず、我が国が初歩的な宇宙実験技術を習得する時代を終えて、「きぼう」完成という次のスタート地点を迎えるまでに、新規の実験テーマの提案、その実施のための装置の研究開発、成果の応用まで考慮して、長期展望を持った宇宙実験実施能力を確保することが必要である。

 以下に、当該分野において今後望ましい方向性をまとめる。

(1)「きぼう」本格稼動に向けた微小重力研究の促進

 スペースシャトルの復活及びフル活用への見通しがでてきたこと、また長らく待望された「きぼう」の打上げが2007年度にも実現する可能性があること、などからこれまで足踏み状態にあった宇宙での微小重力環境の利用を本格的に進められる段階に来ている。「きぼう」で行われる実験は実験内容の絞り込みや実験装置の開発、成果の活用方策などの観点から、地上での実験を繰り返して洗練されたものとすべきである。現在、落下実験施設や航空機による実験機会を活用して、大学や企業などが新しい知見を得るべく装置の改良や実験実施に当たっている。地上では通常実現できないような実験環境を利用することに対し、実験関係者は惜しみなく情熱を注いでいる。しかし、我が国全体として見たときに、国の予算制度や公的補助資金の枠不足などで設備をフルに活用できない状況も見られる。微小重力研究が単に宇宙ステーションの利用という意味ではなく、重力加速度依存現象の貴重な実験の機会であるという認識を持ち、既にある我が国全体の実験機会も有効に利用して微小重力の研究を促進すべきである。

(2)微小重力利用の産業応用の促進

 これまで20年以上にわたって行われてきた宇宙実験の成果として、地上の通常の重力環境では得られない材料や応用製品の製造が実現しつつあり、現在は我が国が本格的に宇宙環境利用を意識した活動を行えるようになる準備の時期ではないかと思われる。現在地道に進められている準備段階から、今後はようやく産業応用や民生利用への動きが感じられる時代に入り、より一層の利用拡大が図られることを期待する。

 特に注目される実験機会としては、

(1)ISSを利用した高品質タンパク質結晶生成や3次元フォトニック結晶生成など

(2)USEFのUSERS衛星を利用した長時間の宇宙実験

(3)地上での落下実験施設、航空機利用、小型ロケット利用など

があり、それぞれの微小重力のレベル、コスト、アクセス性、公的支援の有無などを勘案して、公的機関や民間企業が材料作製や開発実験などに積極的に参加することを促したい。

 もちろん、本格的な産業応用及び民生利用を実現するためには、「きぼう」が稼動し始め、わが国独自の宇宙ステーション補給船HTVが実用化するなど、宇宙環境利用全体を見通した技術開発の進展が必要である。また、産業応用の新しいシーズを生み出すための基礎的研究については、宇宙に限らず地上実験でも成果が得られる研究分野があり、こうした基礎的研究に対しては引き続き微小重力実験機会の確保が必要である。

(3)付随的な効果への期待

 科学技術創造立国を標榜する我が国において、科学技術人材を育成することはもちろん重要なことであるが、新たな実験手段を持たずに新しい知見を得ることは困難である。科学技術人材の育成の一つの方策として、特殊な環境である微小重力を利用した実験のアイディア創出から実験実施(放物線飛行体験なども含め)や応用化研究までを一通り経験することは、若い研究者にとって将来の多様な応用を可能にする基盤的な技術能力となると考える。地上や無人衛星などの微小重力実験機会をフルに活用した若手人材育成戦略を確立することも考えてはどうだろうか。

 少子高齢化と人口減少が同時に進む時代に入って、国民がどのように生活することが幸せかを考えるべき時期に来ている。最近宇宙機器の製造を行うようになったある企業では、それまでの収益分野の仕事に加えて、宇宙関係の仕事も従業員にやらせてみたところ、宇宙関係の仕事で成功体験を得たことで従来の仕事にも懸命に取り組むようになったという。「科学技術創造立国」というスローガンだけでは何も得るものはなく、民間や個人の自発的な活動こそが新たな価値を生み出す可能性を有するものである。

 本格的な宇宙実験の定常運用の時代を迎えるに先立ち、準備段階も含めての創意工夫を通じて、我が国の科学技術が誇りと感じられるような国民意識の芽生えにもつながるであろう。

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謝 辞

 本稿を執筆するに当たり、大同工業大学 澤岡昭 学長、JAXA宇宙基幹システム本部 小林智之 主幹開発員・立花正一 宇宙医学グループ長、JAXA宇宙科学研究本部 木下恭一 主幹研究員、ダイヤモンドエアサービス 塚川利雄 技術部長、日本無重量総合研究所 岩上敏男 主任研究員、日本宇宙フォーラム 嶋津徹 氏・田仲広明 氏、無人宇宙実験システム研究開発機構 伊地智幸一 部長、東京大学大学院農学生命科学研究科 田之倉優 教授、北海道大学 永田晴紀 助教授、理化学研究所 田仲昭子 氏・国島直樹 氏、物質・材料研究機構 若山信子 研究員、浜松ホトニクス 瀧口義浩 主任部員、京セミ 辻川義信 氏、NASAジョンソン宇宙センターISSペイロード室John J.Uri首席科学者らに資料提供や討議を頂いたことに対し、深く感謝します。

1) 我が国の宇宙実験―成果と教訓―、JAXA 2005年3月:http://idb.exst.jaxa.jp/jdata/02494/200509J02494000.html

2) JSTの編別分類表(ライフサイエンス):http://pr.jst.go.jp/pub/pdf/life.pdf

3) 宇宙で3次元フォトニック結晶の生成実験を開始、科学技術動向、2006年1月号

4) MGLABのホームページ:http://www.mglab.co.jp/jpn/topics/topics.html

5) ダイヤモンドエアサービス(株):http://www.das.co.jp/new_html/index-static.html

6) 成層圏観測や微小重力実験を目指す北海道NPOのハイブリッドロケット、科学技術動向、2004年11月号

7) USEFのUSERSガイドブック:http://www.usef.or.jp/preport/main/USERS_UseresGuideHP.pdf

8) 微小重力環境を利用した高品質蛋白質結晶生成技術の進展と課題、平成16年度「宇宙環境利用の展望」第4章、佐藤勝ら

9) JAXA「宇宙オープンラボ」:http://www.openlab-jaxa.jp

10) 「きぼう」船内実験室実験装置、JAXAホームページより: http://iss.sfo.jaxa.jp/kibo/kibomefc/index.html

11) 微小重力環境で製造する球状の太陽電池、科学技術動向、2005年12月号

DAS:Diamond Air Service 「ダイヤモンド エア サービス(株)」

ECLSS:Environmental Control and Life Support System 「宇宙船用環境制御・生命維持システム」

FMPT:First Material Processing Test 「第一次材料実験」

GCB‐GT:Granada Crystallization Box‐Gel Tube Method 「タンパク質結晶作製装置―ゲルチューブ法」(GCBの改良版)

HASTIC:Hokkaido Aerospace Science and Technology Incubation Center 「北海道宇宙科学技術創成センター(NPO法人)」

HOA:Heads of Agency 「宇宙機関長会議」

ISPR:International Standard Payload Rack 「国際標準実験ラック」

ISS:International Space Station 「国際宇宙ステーション」

JASRI:Japan Synchrotron Radiation Research Institute 「(財)高輝度光科学研究センター」

JCB:JAXA Crystallization Box 「JAXAタンパク質結晶作製装置」

JEM:Japanese Experimental Module 「国際宇宙ステーションの日本実験モジュール」

JSF:Japan Space Forum 「(財)日本宇宙フォーラム」

MGLAB:Micro-Gravity Laboratory of Japan 「(株)日本無重量総合研究所」

NMLC:National Microgravity Laboratory, China Academy of Science 「国家微重力研究室(中国科学院)」

S:Starboard 「右舷」

UAB:University of Alabama at Birmingham 「アラバマ大学バーミンガム校」

USEF:Institute for Unmanned Space Experiment Free Flyer 「(財)無人宇宙実験システム研究開発機構」

USERS:Unmanned Space Experiment Recovery System 「次世代型無人宇宙実験システム」

USML:United States Microgravity Laboratory 「米国微小重力実験室」

USMP:United States Microgravity Payload 「米国微小重力実験ペイロード」

X‐FEL:X‐ray Free‐Electron Laser 「X線自由電子レーザ」

ZARM:Zentrum für angewandte Raumfahrttechnologie und Mikrogravitation(Center of Applied Space Technology and Microgravity) 「応用宇宙技術・微小重力センター」(ブレーメン大学)

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