[レポート1]
我が国における花粉症対策の展望

新田 裕史
客員研究官


1.花粉症問題の経緯と動向

 1963年にスギ花粉による花粉症が初めて学会で報告されてから、40年以上が経過した。その間、スギ花粉症(1)患者は増加し、現在では国民の5〜6人に1人は花粉症に罹患しているとまで言われるようになった。また、スギ花粉症に係る直接・間接の医療費は年間総額2,860億円にのぼるとの推計もある1)


(1)スギ花粉症

 スギ花粉症患者は多くの場合、スギのみならずヒノキ花粉にも反応し、アレルギー症状がでることから、スギ・ヒノキ花粉症と呼ぶこともある。ここでは、特に区別しない限り、ヒノキ花粉症を含めてスギ花粉症と呼ぶ。


 花粉症発症のメカニズムを模式化すると図表1のようになる。まず、抗原提示細胞と呼ばれる細胞がスギ花粉の中に含まれるアレルゲン(タンパク質の一種)を認識して、2型ヘルパーT細胞(Th2)にその情報を伝える。Th2はアレルゲンに特異的な抗体である免疫グロブリンE(IgE)を作るようにBリンパ球に命令する。アレルゲン特異的IgE抗体はマスト細胞の表面に結合する。これがアレルゲンに感作された状態である。この状態の時に、同じアレルゲンが侵入して、マスト細胞表面のIgEと反応するとマスト細胞からヒスタミンやロイコトリエンなどの物質が放出されて、これらの物質がくしゃみ、鼻水、鼻づまりなどのアレルギー症状を引き起こすことになる。花粉症対策ではこれらのプロセスのいずれかを断ち切ることが求められる。

chart01

 アレルゲンがなければその後の感作やアレルギー反応が起きないという意味では、スギ花粉がスギ花粉症の根本的な原因である。図表2に示されるように、日本の森林面積は、2,512万haで、国土面積(3,779万ha)の約7割を占めている。人工林面積は1,036万haで、森林面積の約4割を占めている。スギ人工林は、452万haで、森林面積の18%、人工林面積の44%、ヒノキ人工林は、257万haで、森林面積の10%、人工林面積の25%を占めている。したがって、森林面積の28%、国土面積の19%をスギ・ヒノキ人工林が占めていることになる。天然林の場合には広葉樹と混交している場合が多く、面積の実数が不明であるが、実質的に天然林の分も人工林に加算されることになる。スギの造林面積の推移をみると、第二次世界大戦後に急速に増加し、1970年頃まで高い水準を保っていた。その結果として図表3に示されるように、現在のスギ林の樹齢分布をみると30〜50年に集中している3)。一方、スギは樹齢が25年を越える頃から花粉数が増加して、樹齢30年を越えると花粉の多い状態が数十年にわたって継続するとされている。このような1975年以降の樹齢30年以上のスギ林面積増加とスギ花粉症患者の増加傾向とは符合していることが示されている3)。スギ花粉症増加の最も重要な要因がスギ・ヒノキ林面積の拡大に伴う環境中花粉量の増大と、その帰結としての曝露量・曝露頻度の増大にあることは明らかである。さらに、スギの寿命は100年近いとされていることから、スギ林が現状のまま維持された場合、今後数十年間はスギ花粉の発生量の減少は期待できない。

chart02

chart03

 一方、スギ花粉症の増加を世界的なアレルギー疾患の増加という現象の中でとらえる見方もある。アレルギー疾患の増加の要因としては、ライフスタイルの変化、衛生状態の改善、食生活の変化、環境汚染などさまざまなものが考えられている。大気汚染と花粉症との関係については、交通量の多い日光街道沿いに居住する住民が道路より離れた地域に住み、それでも花粉吸入量が多いと推定される住民より高い有病率を示した、という報告がされてから注目されるようになった4)。さらに、ディーゼル排気ガスもアレルギー反応の増強効果があるとの動物実験結果が発表され、関心を集めた。疫学研究の結果については必ずしも一貫性が示されていないものの、環境省が小学生を対象として実施した調査によるとスギ特異IgE抗体陽性率や花粉症有症率が居住地域の花粉飛散数と関連するだけではなく、大気汚染物質濃度とも関連することが示されている5)。実験研究による知見については、ディーゼル排ガスの関与を疑わせるものが数多く報告されている。

2.花粉症研究に関するこれまでの取り組み

 環境中スギ花粉数の増加やスギ花粉症患者の増加が認識されるようになった1970年代以降、厚生省などがいくつかの研究を開始した。1975年から厚生科学研究費によって国立病院・療養所ネットワークを利用した空中花粉調査が行われた。その後、数期にわたり花粉症に関わる研究班が厚生科学研究費を主体として組織された。これらの研究班は耳鼻咽喉科・呼吸器科を中心とした臨床医学者で構成されていたが、花粉症患者の疫学的研究や治療などの臨床医学的な研究に留まらず、空中花粉調査のような花粉学の領域に踏み込んだ研究も実施されていたことがその特徴として挙げられる6)

 一方、林野庁は1987年からスギ花粉動態調査事業を開始して、大都市周辺でのスギ花粉発生源調査、スギ林における花粉発生量とその要因に関する調査研究、スギ花粉の飛散に関する調査研究など林業面からの取り組みを開始した7)

 このような省庁別の取り組みを経て、1990年から花粉症に関する関係省庁担当者連絡会議が設置されて、花粉及び花粉症の実態把握、原因究明、対応策について連絡検討を行うことになり、1997年からは当時の関係省庁(文部省、厚生省、林野庁、気象庁、環境庁)連携の科学技術振興調整費による「スギ花粉症克服に向けての総合研究」が2期6年間実施された1)

 国の取り組みだけではなく、自治体においても独自の取り組みが行われた。東京都では1983年に花粉症対策検討会を立ち上げて、スギ花粉飛散数の測定や患者実態調査を開始して、その後も継続的に実施している。その他のいくつかの県においても、地域の医師会や大学等と連携しながら、花粉飛散数の観測や住民への情報提供システム作りにおいて、先駆的な役割を果たした例が見られる。なお、我が国で従来から行われてきたスギ花粉飛散数の観測は、ダーラム法といわれる人手に頼った方式によっている。この観測方式をこれまで支えてきたのは、医師やさまざまな分野の研究者、民間ボランティアであり、現在ではNPO花粉情報協会がその中核となっている。

3.花粉症対策の現状

 2004年2月、総合科学技術会議のもとに関係省庁の幹部及び花粉症の専門家による花粉症対策研究検討会が設置され、関係省庁における花粉症対策研究の総合的な推進を図ることとなった。この中で、「今期における花粉症に関する政府の取組み」が発表され8)、図表4に示されるような具体的施策が示されている。

chart04

 これらの取り組みのうち直接的に花粉症対策に関わるものは、以下のように、発生源抑制対策、曝露軽減対策、予防治療対策に大別できる。

(1)発生源抑制対策

 スギ・ヒノキ林という発生源に関する対策は、花粉症対策において最も根本的なものである。現在、農林水産省が中心となって推進している発生源対策は、(1)花粉の少ない品種等の開発・普及、(2)雄花の量が多い木の抜き伐り、間伐である。一般のスギに比べて花粉生産量が1%以下とされる花粉の少ない品種の技術開発は、すでに一定の成果を収めており、過去5年間で約24万本の花粉の少ない品種を供給し、今後5年間で約60万本を超える供給を見込むとされている3)

(2)花粉曝露の軽減・回避

 スギ花粉の発生から環境中への飛散、人への曝露までの過程のいくつかの段階でスギ花粉への曝露を軽減、もしくは回避するための方策が考えられる。

 スギ花粉の飛散には季節性があることから、花粉飛散がいつ開始され、いつ終息するかという予報、さらには年によって大きく飛散数が変動することから、総飛散数の予測も重要となる。現在、アレルギー治療薬の使用方法として、花粉飛散開始2週間ほど前より投与を始める初期治療が一般的となっているため、飛散開始日推定の精度向上は、医療費削減や患者に対する負担軽減など適切な治療を実施するために重要な情報である。

 また、花粉曝露を軽減する手段のひとつは、曝露機会を減らす、もしくは曝露機会を回避するような行動を選択することである。天気予報と同様に提供される今日・明日の飛散予報は、人が花粉曝露の回避行動を選択するための重要な情報となる。より短期的な予報システム、例えば、時間単位の予報を行うためには、同程度の時間分解能を持った花粉発生量データ、気象データが必要である。環境省では2002年度から関東、関西及び中部を手はじめとし、最終的には全国展開を目指して、都市部及び山間部に花粉自動計測器を設置し、花粉飛散状況のデータ収集を開始して、時間単位の観測データの提供を開始している。スギ花粉は数十kmを飛散すると考えられているために、広範囲な空間をカバーする飛散予測モデル構築しなければならない。例えば、東京都での花粉予報モデルを構築するためには関東地域全体のデータが必要である。

(3)予防・治療対策

 図表1に示されるように花粉症の予防・治療にはいくつかの段階がある。最も基本的な予防は、すでに述べたように花粉と接触しないことである。しかし、体内に花粉特異IgE抗体が作られ、それがマスト細胞等の表面に結合した状態、すなわち感作された状態であっても、次に花粉と接触した場合にアレルギー症状を発現させないようにする、という意味での予防というものもある。後者の場合にはすでに花粉症を発病している患者に対して、アレルギー症状が発現しないように対処するものであり、厳密には予防と治療を区別するのは難しい。

 現在、文部科学省と厚生労働省が重点的に研究開発を進めているのは、スギ花粉CpGワクチンと舌下減感作療法である(図表5)。農林水産省においては、花粉症緩和米の開発を進めている(図表6)。これらの予防・治療法は減感作療法と呼ばれる治療法の延長線上にある根治療法であり、抗アレルギー薬による対症療法とは異なり、花粉症患者にとって最も期待される対策と言える。

chart05

chart06

 減感作療法は、2〜3年間定期的にスギ花粉エキスを低濃度から少しずつ注射して、身体をアレルゲンに慣らして行くことでアレルギー症状を出にくくする、というアレルゲン特異的免疫療法である。欧米では古くから普及している治療法であるが、長期間、何度も通院することが必要であり、また稀にアレルギーショック症状が起こるなどの欠点があるために、日本ではあまり普及していなかった。現在研究されている免疫療法は、図表1に示した感作成立までの過程のうち、2型ヘルパーT細胞やBリンパ球の働きを抑制して、花粉特異IgE抗体産生を減少させようとするものである。

 スギ花粉CpGワクチンは、もともと細菌などの微生物に由来するDNA断片(非メチル化CpGモチーフ)が免疫細胞を強く刺激する作用があることを利用して、これにスギ花粉アレルゲンの主要タンパク質であるCryj1およびCryj2を結合させたものを投与して、スギ特異的なTh2細胞を抑制しようとするものである。米国では、ブタクサ花粉症に関して同様のワクチンの臨床試験が行われて、効果があることが報告されている。スギ花粉CpGワクチンは、ブタクサ花粉アレルゲンをスギ花粉アレルゲンに代えたものである。すでにマウスによる実験では有効性が示されており、臨床試験開始に向けての準備が進められている。有効性・安全性が確認できれば、臨床試験開始から2〜3年後には実用化に向けて動き出すと考えられる。

 舌下減感作療法はこれまでの注射による減感作療法と異なり、舌の下に花粉エキスを滴下する(通常はエキスをしみこませたパン片を舌下に2分ほど置く)ことによって減感作を行うものである。この療法はヨーロッパではすでに承認されているものであり、有効性についてのデータも多い。

 花粉症緩和米はスギ花粉症に対する予防効果を持つと考えられるペプチドを遺伝子組換え技術を用いて、イネに導入したものである。すでに知られているヒトのT細胞が認識するスギアレルゲンの抗原決定基(T細胞エピトープ)のうち、主要なエピトープとして同定されている7個のエピトープを連結したペプチド(7Crp)に、遺伝子導入に関与するいくつかの遺伝子をさらに連結させたペプチドを、米の胚乳中に蓄積するように遺伝子組換えを行ったものである。このスギ花粉症予防効果ペプチド含有イネは、遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)に基づいて、隔離ほ場における栽培等の承認を受けている。農水省が示したロードマップでは、環境影響評価と食品としての安全性評価を実施した上で、人に対する効果の確認を行って、実用化に取りかかることが示されている。

4.スギ花粉症対策の今後の方向性


4‐1.より効率的な発生源対策と対策効果の評価

 より効率的な発生源対策を推進するためには、農水省・林野庁と環境省、気象庁でそれぞれ進められている発生源対策と花粉飛散予測システム開発の連携をさらに強化して、全国のスギ・ヒノキ林について人口集団への花粉曝露寄与度マップを作成し、発生源対策をすべきスギ・ヒノキ林の優先度を決め、その上で対策費用、必要な人員を見積もって、対策全体のロードマップを示す必要がある。

 現状では、ある地域のスギ・ヒノキ林に発生源対策を行った結果として花粉飛散数がどれぐらい減少するかという推測が可能となっても、その推測値から花粉への感作率がどの程度低下するかを予測することは困難である。そのため、花粉への曝露量と花粉によるアレルギー反応との関係を明らかにするための研究を進める必要がある。

(1)発生源対策の費用と人員

 農水省・林野庁が進めている発生源対策を広大なスギ・ヒノキ林に適用するためには莫大な人員と費用が必要であると考えられるが、これらの対策費用は具体的に見積もられていない。例えば、2005年度予算では、地球温暖化対策に関連した森林整備・保全費用として、640万haで2,500億円の事業費が計上されている。したがってスギ花粉症対策のための森林整備においても、おそらく同レベルもしくはそれ以上の費用が予想される。一方で、我が国の林業従事者は減少の一途をたどり、この30年間に約1/3に減少すると共に高齢化も進んでおり(図表7)、実際にスギ花粉症の発生源対策としての森林整備・保全を担う人員が確保できるかどうかは不明確である。

chart07

(2)推計を基にした対策地域の優先度決定

 広大な面積を持つスギ・ヒノキ林の全てについて、花粉の少ない品種や無花粉の品種に代えることや雄花の量が多い木の抜き伐りや間伐を一度に実施することは非現実的である。したがって、まず、全国のスギ・ヒノキ林について地域ごとの人口集団への花粉曝露寄与度を推計して、優先度を決めなければならない。例えば、人口の多い大都市圏におけるスギ・ヒノキ花粉飛散量に最も寄与の大きいスギ・ヒノキ林はどの地域のものであるかという情報を得ることが必要である。優先度を決めた上で対策費用、必要な人員を見積もって、対策全体のロードマップを示す必要がある。そのためには、まず、スギ花粉生産量・発生量の予測とともに、4‐1(3)に述べるような大気中拡散予測とその基盤となる気象観測・予報システムを含めたスギ花粉飛散モデルを確立しなければならない。また、優先度を決定する際には、国土保全や地球温暖化防止におけるCO2吸収源、水源のかん養等の重要な機能を損なうことがないよう配慮する必要がある。

(3)観測データの蓄積と精度の向上

 スギ花粉は数十kmを飛散すると考えられているために、広範囲な空間をカバーする飛散予測モデル構築が必要となる。さらに、大気中での花粉の流れの速度を考慮すると時間単位での観測データが必要である。現状の花粉の空間・時間分布に関する観測データでは不十分である。従来の空中花粉観測はダーラム法とよばれる、スライドガラスに沈着した花粉を染色後、光学顕微鏡下で計数する方式で行われてきた。基本的にはダーラム法による観測は日単位のものであるため、ダーラム法による観測データに基づいて、時間単位の予報システムを構築することは困難である。スギ花粉の発生源であるスギ林におけるリアルタイムの発生量データはほとんど無いのが現状である。また、環境省が展開している観測システムでは観測地点が限られており、花粉飛散予測システムの精度向上のためには、まずどの程度の観測地点がどの地域に必要かなどの基礎検討を進めていく必要があると考えられる。さらに、現在の花粉自動計測器はスギ花粉特異的な計測装置ではなく、スギ花粉の粒径に着目した粒子計測器であるために、種々の条件で誤差が入りうるものである。したがって、花粉計測器自体の改善及び精度向上にも取り組んでいかなければならない。

 現在、ある年の総飛散数予測はスギ雄花の着花状況に基づいて行われており、スギ花粉の飛散シーズン前の11〜12月には可能となっている。スギの花芽は前年の夏にでき、その生産量は夏の気象条件が影響するため、従来は夏気温等に基づいた統計的な予測が検討されていた。しかし実際その他の要因も加わるために夏の気温などの気象条件だけでは誤差が出てくるため、スギの雄花が大きく生長する秋にその出来具合を観察して飛散総量を予測する手法が採られるようになり、その予測精度は近年向上している。

 しかし一方で、花粉飛散開始日と終息日の予測については精度が十分ではない。飛散開始日は治療薬の投与開始に関係するため、数日単位の精度が要求される。スギの雄花は秋に成長が止まり、一旦休眠状態になる。この休眠状態から目覚めるための気象因子を分析し、花粉が飛び始める時期が推定されている。しかしながら、休眠打破のメカニズムは十分に解明されているとは言い難く、今後、メカニズム解明のための基礎研究を行い、精度向上を図っていくことが望まれる。

(4)対策効果の評価手法の確立

 対策効果の評価については克服すべき課題が多い。すでに述べたように、花粉症の発症には感作と症状発現の二つの段階がある。両者における量−反応関係については不明な点が多い。特に、遺伝的素因を含めて集団的にみた場合、どれだけの量の花粉に曝露されるとどれぐらいの割合の人が感作されるのか、というデータは皆無である。そのため、発生源対策を行った結果として花粉飛散数がどれぐらい減少するかという推測が可能となっても、その結果として花粉への感作率がどの程度低下するかを予測することは、現状では困難なのである。一方、花粉症を発症している人が、花粉飛散期にどの程度の曝露(飛散数)によって症状を発現させるかという検討はある程度なされており、その知見に基づいてスギ花粉飛散予報のランク分けがなされている。対策効果の評価という観点からは、このようなランク分けだけでは不十分ではあるものの、当面はアレルギー症状の発現率を尺度とした対策効果の評価を行わざるを得ない。花粉への曝露量−反応関係を明らかにするためには、花粉観測網を充実させるとともに感作の成立時期として重要な若年層に対する疫学調査を継続して実施する必要がある。

4‐2.予防・治療対策における課題克服

 現在重点的に進められているワクチン開発や舌下減感作療法などの新しい予防・治療対策は、基礎的な検討結果を見る限り実用化に向けて期待が持てるものであるが、今後は臨床試験を実施し、医薬品としての承認を得るための研究支援が必要である。実用化のためには製薬メーカー等との共同開発が必須であり、共同開発で生じうる問題点をあらかじめ明確にしておかなければならない。

(1)研究支援と臨床試験への支援

 現在開発が進められている予防・治療対策の早期の実用化のためには、免疫・アレルギーの基礎研究の支援と臨床試験の実務的な支援の両者が必要であると考えられる。基礎的な生命科学研究の成果をもとに、有望な診断・治療ならびに予防法を開発し、これを速やかに実用化し、患者へ還元するための研究をトランスレーショナル・リサーチと呼んでいるが、スギ花粉ワクチンの開発は、まさしくこのトランスレーショナル・リサーチである。例えばがん研究においては文科省が2004年度から「がんトランスレーショナル・リサーチ事業」11)を開始している(図表8)。この事業では、臨床試験のうちフェーズIIとフェーズIII前期を対象として、研究先端医療振興財団(臨床研究情報センター)が臨床研究プロトコルの作成、臨床データ管理、統計解析等の支援を行っている。一方フェーズII後期からフェーズIIIについては、この事業の基本方針に「企業等が第II、III相臨床試験を引き継いで行うなど、実現性が見込まれること。」と記されているように、実用化の受け皿として臨床試験の費用を負担して承認手続きを担当する製薬会社などの企業の存在が不可欠である。スギ花粉ワクチン開発においてもこの例と同様の支援が必要であると考えられる。

chart08

 舌下減感作療法について、Cox12)は100の研究報告のレビューを行っているが、症状軽減や治療薬減少などに効果が認められるが、効果的な投与量、投与頻度・回数、投与時期の設定や、作用機構、高感受性群での安全性などに疑問が残るとしている。今後は治験例を増やし、投与アレルゲン濃度や投与方法を最適化して、スギ花粉アレルゲンエキスの有効性・安全性の評価を早期に実施し、より早い承認を目指すべきであると考えられる。

(2)ワクチン開発等の推進

 CpGワクチンなどスギ花粉症の発症予防のためのワクチンについての基礎的な研究の成果は、実用化に向けて期待が持てるものである。しかし、新薬開発には多く困難があり、臨床試験の途中で開発が中止されて市販に至らなかったものが数多くある。この種のワクチン開発にも今後克服しなければならない課題が多く待ち受けているものと考えられる。前述のがんトランスレーショナル事業の例で示したように、研究者個人や研究機関のみで臨床試験のすべてのフェーズをクリアして国の承認をうけ、さらに市販まで持ち込むことは不可能であり、臨床試験の実施における国の関与は限定的なものにならざるを得ない。この解決には、製薬メーカー等との共同開発が必須である。また舌下減感作療法についても、使用する花粉エキスを現在認可されている注射用のものと異なるものにする場合には、新たに薬事法に基づく承認を得る必要があり、これについても製薬メーカーの関与が必要である。

(3)花粉症緩和米の安全性確認

 花粉症緩和米は革新的なアイデアに基づいたものであるが故に、その安全性および有効性評価の手続きに関する高度な判断が求められ、今後克服すべき課題が多い。遺伝子組換え作物の環境影響評価についてはカルタヘナ法に基づいた手順が定められており、スギ花粉症予防効果ペプチド含有イネについては、今後一般ほ場における使用の許可を得る必要がある13)。食品としての安全性評価については、食品安全委員会が遺伝子組換え食品の安全性評価基準をすでに定めている14)。したがって、スギ花粉症予防効果ペプチド含有イネを単に遺伝子組換え食品と見なせば、環境および食品安全性を評価手順は明確である。しかしながら、7Crpそのものを用いたペプチドワクチンなどの免疫療法を実用化する場合には、薬事法に基づく医薬品としての有効性・安全性に関する審査を受けなければならない。したがって、仮に花粉症緩和米を医薬品として評価する場合には、図表8に示されているように臨床試験の各段階を踏まなければならないことになる。さらに遺伝子組換え食品全体に対する消費者からの否定的な見解も存在する。

5.おわりに

 本稿では、国民的に関心の高いスギ・ヒノキ花粉を取り上げ、その花粉症対策の展望を示した。イネ科花粉などによる他の花粉症についても、花粉の飛散範囲が局所的であるなどの理由から十分にその実態が把握されていない面があるものの、その有病率はかなり高いと報告されている。また、花粉症は大気汚染などの環境汚染との関連性を指摘されることも多いが、環境汚染の関与があるとしてもそれは花粉症に限定されるものではなく、すべてアレルギー疾患に関わる問題であると思われる。アレルギー疾患全体の世界的な増加傾向も顕著である。したがって、スギ花粉症増加の背景には日本固有の原因があるものの、対策の前提としてはアレルギー疾患全体の予防・治療対策の中での位置づけを明確にしたうえで各研究に取り組むべきであろう。


参考文献

1) 科学技術庁、「スギ花粉症克服に向けての総合研究」成果報告書、2000.

2) 林野庁、スギ・ヒノキ花粉に関する情報:http://www.rinya.maff.go.jp/seisaku/sesakusyoukai/kafun/kafuntop.html

3) 横山敏孝、金指達郎、花粉発生源としてのスギ林面積の推移、村中正治、谷口克編:IgE抗体産生と環境因子、メディカルトリビューン、1990.

4) Ishizaki,T., et al.: Studies of prevalence of Japanese cedar pollinosis among the residents in a densely cultivated area, Annals of Allergy, 58, 265‐270, 1987.

5) 環境省、平成15年度大気汚染と花粉症の相互作用に関する調査研究(疫学研究)研究報告書、2004.:http://www.env.go.jp/chemi/report/h16-14/index.html

6) 厚生省花粉症研究班、日本列島空調花粉調査データ集、協和企画、2000.

7) 林野庁、スギ花粉動態調査平成元年度報告書、1990.

8) 関係省庁了解、今期における花粉症に関する政府の取組み、2005.:http://www8.cao.go.jp/cstp/kentoukai/torikumi.pdf

9) 総合科学技術会議、花粉症対策研究検討会資料、2005.:http://www8.cao.go.jp/cstp/kentoukai/index.html

10) 環境省、花粉観測システム:http://kafun.nies.go.jp/

11) 文部科学省、がんトランスレーショナル・リサーチ事業:http://ctrp.tri-kobe.org/

12) Cox, L.S., Sublingual Immunotherapy:State-of-the-Art, ACAAI 2005 Annual Meeting:http://www.acaai.org/NR/rdonlyres/A4905AC5-6185-437B-BADE-BBA87AEF8BD1/0/R05Cox.ppt

13) 農業生物資源研究所、スギ花粉症予防効果ペプチド含有イネ生物多様性影響評価書の概要、2004.:http://www.env.go.jp/info/iken/h170411a/a-3.pdf

14) 食品安全委員会、遺伝子組換え食品(種子植物)の安全性評価基準、2004.:http://www.fsc.go.jp/senmon/idensi/gm_kijun.pdf