知京 豊裕
客員研究官
インフォマティックスとは、コンピュータやネットワークを使って情報の収集と分類を行い、新しい知識体系を構築することである。この手法を材料科学に適用し、革新的な材料開発をめざすものがマテリアルインフォマティックスである。その構成としては、計算科学やデータベースを使った材料設計、材料合成実験計画表、材料探索のためのコンビナトリアル材料自動合成法、材料高速評価法、得られた結果のデータベース化、ネットワークを介したデータの共有、データの視覚化と新材料を予測するデータマイニングなどの要素があり、これらを統合してマテリアルインフォマティックスは構築される1)。
インフォマティックスに関して先行しているのはバイオインフォマティックスや有機材料のインフォマティックスである。バイオインフォマティックスは、自動解析装置が開発され、大規模な遺伝子配列データの処理が可能になっており、これらのデータから遺伝情報データベースの構築や数理統計を用いたデータ解析が行われている。解析結果を使ったテーラーメード医療は、バイオインフォマティックスの発展成果のひとつである。また、有機系材料やポリマー(高分子)開発でもコンビナトリアル手法を使った大量かつ系統的な合成手段と大量データ処理技術を使った新材料の開発が進められている。
従来、セラミックス、ガラス、半導体といった無機材料のインフォマティックスは構築されていなかったが、近年、コンビナトリアル材料を使った触媒材料合成の過程に対し、材料設計からデータ蓄積までをひとつのセットとして研究開発する機関が出現してきた。特に企業の研究において、システマティックな材料探索が進められ、それに伴って大量のデータ解析も必要となり、この分野でもマテリアルインフォマティックスの重要性が唱えられるようになってきた2)。
無機材料のマテリアルインフォマティックスを考える際に、先行する他のインフォマティックスとの比較を行うことにより類似点と相違点がより明確になると思われる。上記に述べたように、先行するインフォマティックスとしてはバイオインフォマティックスや有機合成におけるインフォマティックスがある。
バイオインフォマティックスは、すでに盛んに研究されている分野であり、遺伝子情報、遺伝子統計学などを融合してバイオインフォマティックスが構築されている4)。バイオインフォマティックスでは、ゲノムと呼ばれる生物の遺伝子情報を系統的に整理することを目的としており、DNAの塩基配列データの収集、系統的保管などのデータベースに関する機能、データを視覚化して直感的に比較検討するようなデータ解析ソフトから構成されている。現在のバイオインフォマティックスは、解析装置が自動的に大型のデータベースを作成している。そのために、最新のコンピュータ技術が導入され、大量のデータを高速に取り扱えるようになっている。異なる研究機関で生成されるデータはそれぞれ独自の形式であるために互換性の問題があるが、互いのデータを共有するためのツールを使い、機関間のデータ共有が行われている。
その他の分野でインフォマティックスの開発が進んでいるのは有機合成の分野である。組み合わせによって多数の化合物群を一度に合成することができるコンビナトリアル手法による有機合成は、材料合成の速度を飛躍的に向上させ、他の先駆けて新しい材料を創製することが可能であるため、新ポリマー材料開発から医薬品開発に展開されている。コンビナトリアル合成を用いることで、分子構造がよく似た大量のライブラリを作製することが可能になり、特定の化学構造、官能基との特定の反応に対しての活性の有無が調べられている。その結果、目的に合致する可能性のあるものがあれば、その組み合わせを集め、商品化することができる。ここでもロボットによる自動化が進みつつあり、これらに関する多くのベンチャー企業が設立されている。ただし、ここでのインフォマティックスは、構築の目的が他の企業に先行して結果を独占することであるために、各企業やグループ内で閉じたデータベースとなっている。
セラミックス、ガラス、半導体といった無機材料の研究でも、過去に多くの材料特性や結晶構造などの豊富な材料データが蓄積されてきた。しかし、この分野での過去のデータは、研究の過程で得られた成果を報告されたままの状態で集めたものであり、ひとつひとつの閉じた研究の中で蓄積されたものである。したがって、データ形式は様々であり、あるデータは数値データであり、他のデータはグラフのみで与えられているために、データ交換ができないという問題がある。さらに無機材料研究におけるインフォマティックス構築の難しさは、ひとつの材料が多面的な性質を持ち、しかも各特性が単純な「ある」「なし」で表現できないことに起因している。これは、比較的デジタル的に特性を表現しうる有機材料やバイオ研究の場合と大きく異なっている。たとえば、酸化ジルコニウム(ZrO2)は、一方ではゲート絶縁膜材料として、他方ではイオン伝導体として知られている。ゲート絶縁膜材料としてのZrO2は、できるだけ酸素空孔を少なくして絶縁特性を向上させることが求められる。したがって、ここでは絶縁特性を向上させるための添加材料や絶縁特性などが中心的データとして蓄積されている。一方、イオン伝導体やセンサーとしてのZrO2は、逆に空孔濃度を増やして伝導性を確保することが求められる。したがって、ここでは電気抵抗を下げるための作製条件と伝導性を高める不純物材料が中心的データとして蓄積されている。同じ材料でありながら、研究目的が異なると、蓄積データがまったく異なったものになっている。したがって、ひとつひとつの材料をそれぞれ異なった手法で合成し、特定の特性だけを評価するという従来の実験データの蓄積方法では、マテリアルインフォマティックスを構築することは不可能である。
この状況を変えることができるのがコンビナトリアル材料合成手法の導入であり3)、実際に無機材料開発にも適用されはじめている。組み合わせによって多数の化合物群を一度に合成することができるコンビナトリアル手法は、上記で述べたように触媒などの材料開発では有効であることがすでに認識されている。さらに、インフォマティックス構築のためには、材料開発の各段階で、系統的かつ自動的にその特性が計測され、データとして残るようなシステムが必要である。したがって、「コンビナトリアル材料合成」に、さらに「高速材料評価手法(High Throughput Screening)」の確立も必要であり、これらはマテリアルインフォマティックス構築のためには不可分の関係にある。
すなわち、各実験は、組成や成長条件などを系統的に変化させることが可能であるコンビナトリアル材料合成に、それらの特性を系統的に評価することが組み合わされたものでなければならない。上記のZrO2の例を取れば、ZrO2という材料の合成に対して、製造条件のほかに、酸素分圧や電気抵抗といった材料特性を自動計測し、これらをデータセットとして蓄積する。このデータセットの一部は高誘電体ゲート絶縁膜情報として利用でき、別の一部はイオン伝導体情報として利用することができる。このようなデータセットでの収集と蓄積がマテリアルインフォマティックス構築の第一歩となる。つまり、今後の材料開発は、マテリアルインフォマティックスを構築するためのデータフォーマットを意識しながら行うことが必要になる。コンビナトリアル手法で得られた大量のデータには、処理の自動化も不可欠である。
このような視点で考えると、有効な蓄積データセットはまだ少ない。また、このようなマテリアルインフォマティックスを構築しはじめた研究機関はあるものの、今のところ、それぞれの研究機関が異なる目的でマテリアルインフォマティックスを構築しようとしているために、結果が分散している。マテリアルインフォマティックス構築の基礎的段階にある現状では、まず、互いにデータを共有することでデータベース情報を補完する状況を実現することが必要であろう。評価項目が多岐にわたる材料研究では、すべてのデータを一度に自動計測することは現実としては困難であり、複数の機関間でデータを補完しあうように進めるほうが、無機材料の研究開発全体のために有効である。
無機材料のマテリアルインフォマティックス構築に関する研究活動は、各国、各研究グループが個別に開発しているというのが現状であり、そのために成果はかなり限られたものとなっている。現時点は、コンビナトリアル実験に関係するデータ管理や保存についての議論の段階にとどまっており、そのデータを使って新材料を見つけ出すデータマイニングまでには進んでいない。その原因は、各研究グループが個別の方法でのデータ蓄積を行っているために互いにデータの共有ができないことであり、結果的にデータマイニングに値するデータが蓄積できていないためである。また現状では、特性評価に時間がかかっており、短期間に多くのデータを集めるということができていない。これらの問題のために、データマイニングを通じて新材料を予測するというマテリアルインフォマティックスの本来の目的までは、まだかなりの距離がある。
しかし、この最終的な目的を意識した取り組みは、特定の分野ではすでに行われている。特に、触媒ではその特性が触媒能の「ある」「なし」で判断できることから、研究が盛んである。計算科学に基づいて材料物性を予測する研究は、東北大学の宮本/久保グループなどが、触媒開発などで新しい材料の予見と企業による実証などで成果を上げている5)。
近年、多くのコンビナトリアル手法を使った材料開発が報告され始めているが、マテリアルインフォマティックス構築に寄与すると考えられるデータセットになっているものは、全体のわずか10%程度であろうと見積もられている。しかも、その内容は、バイオインフォマティックスなどの他のインフォマティックスの手法を、そのまま触媒開発など限られた材料開発に適用しようとするものである。
一方、現存するデータベースをマテリアルインフォマティックスの構築に使えないかという検討も行われている。例えば、X線回折のデータベース、Linus Paulingファイルなどの相図に関係したデータ、自由エネルギー計算に必要なJANAF表などのデータが、National Institute of Standards and Technology(NIST)など、海外の国立研究所から多く提供されている。日本でも(独)物質・材料研究機構などが複数の国際データベースへのアクセスをサービスしており、これらは材料開発に必要な基礎的なデータを提供している。しかし、これらのデータは、前述したように、あるものは数値データであり、あるものは図表で表現されたデータである。そのために、現実的には、これらは新しい材料を予測するためのデータベースにはなっていない。
これらのことを念頭におき、今後、マテリアルインフォマティックス構築に必要な課題をまとめると、以下のようになる。
(1)データ共有をめざしたデータベース形式の再定義
(2)データベースのネットワーク化とデータ共有のためのソフトウェア開発
(3)データの解析ソフトとデータの視覚化ソフト開発
(4)データベースからのデータマイニングに関するソフトウェア開発
(5)データマイニングと計算科学の融合による新機能予測
(6)これらを統合するプラットホームの標準化
特に(6)は今後のマテリアルインフォマティックスの根幹をなすものとなる。これらの実現は、単独の機関では不可能であり、国内はもちろん国際協調のもとでの長期的な作業が必要になってくる。
4‐1.コンビナトリアル手法の導入とデータ形式の共有
材料開発プロセスの効率化も、マテリアルインフォマティックス構築の目標のひとつである。無機材料における従来の実験では、個別に試料を作製し個別に評価をおこなってきた。しかし、コンビナトリアル手法を使うことで一度に数百種類という規模で試料合成が可能になるため、マテリアルインフォマティックスを構築するためには、この手法の導入が前提となる。実際、コンビナトリアル手法を使った新しい無機材料研究が始まっている6〜8)。
コンビナトリアル手法を取り入れた合成過程では、材料合成、評価、解析の順でデータが蓄積される。これをできるだけ効率的に進めるために材料設計から合成まで各プロセスを統合、管理し、律速となる段階をできるだけ短時間で行えるようにするために、各合成プロセスを管理できる装置が必要である。評価と解析は個別の要素が強いために個別の評価装置が必要になり、データ収集にもっとも時間を要する箇所である。また、得られた系統的な結果を効率的に解析するために、データ管理や解析ツールが必要となる。これらの過程をすべて自動化できれば、より望ましい。
どのような特性を評価するかは、これまでは各材料研究開発の目的に依存していた。しかし、インフォマティックスの構築をめざしてデータを共有するためには、最低限の共通事項の計測、例えばX線回折による構造評価や電気抵抗などの計測に、それぞれの材料特有の特性評価を加えた、ひとつの共通のデータ形式として保存されることが望ましい。この場合、データマトリックスの中に空白の項目もありうるが、この点は他の領域のインフォマティックスとは異なる点である。
データはまず個々の研究機関のもつデータサーバに蓄積され、これらのサーバが互いにリンクされてひとつの巨大な仮想データベースを構築する。最も便利で現実的な手法はWeb技術を用いることである。さらなる合成プロセスの効率向上のために、Webを介したデータのやりとりで他の機関の合成条件などを入手し、それらを基に次の合成計画ができれば研究効率を飛躍的に上げることができる。
新しい材料開発に求められる既存のデータ(相図や熱力学データ)が分散していても、Webを介して入手することができれば、従来よりは材料設計を加速することができる。これまでの無機材料分野には、合成で使用したデータやその結果を、研究者や研究機関の壁を越えてその後の合成に再利用できる仕組みが無い。従来の実験報告は、合成結果報告の記録に実験の詳細がほとんど記載されていないため、他者による後日の実験で、同じ試みを再び繰り返している場合が多い。また、情報交換が不足しているために、異なる目的のために、別の研究者が同じ材料を同じ手法で合成していることもある。例えば燃料電池用の触媒と集積回路の金属ゲート材料の探索は、ほぼ同じ材料であり、計測する項目も仕事関数と表面電位計測とかなり似通ったものである。これらの2つの領域の研究が同じ手法で合成、評価されれば、材料合成の研究速度を加速度的に向上させることができるはずである。そのためには、各機関が情報を共通形式によるデータとして記録し、Webを介して検索できる状況としなければならない。したがって、まず共通のデータ形式を開発し、共有できるデータを充実させることが重要である(図表2)。
4‐2.共通のデータフォーマット形式
インフォマティックスシステムとは、データベースと実験工程に必要なソフトウェアツールの集合体とみることができる。システムの中心部は、実験で集められたデータを共有するデータベースである。現時点で一部の機関で構築されようとしているマテリアルインフォマティクスは、まだ、閉じた系でのデータ共有とデータ検索などのアクセスは可能という程度である。また、そのデータの記述形式にはリレーショナルデータベース形式、例えばSQL(Structured Query Language:構造化問合せ言語)方式が多く用いられている。データを1機関で独占し、材料合成と評価を比較的短時間で行なうという目的のためには、SQL形式でも十分であると考えられる。しかし、より広い範囲でのインフォマティックスシステムの構築、すなわち、他の材料研究への展開は期待できない。
マテリアルインフォマティックスでは、合成手法やその工程など多くの種類のデータが蓄積される必要があり、そのデータ形式も多種多様にならざるを得ない。したがって、できるだけ拡張性のある形式でデータ保存する必要がある。現時点で最も有効なデータ形式は、記載内容をあらかじめ定義したXML(extensible markup language:拡張マークアップ言語)であると考えられる。XMLファイルはテキストファイルであるため、複数の機関でマテリアルインフォマティックスを共有する際に有効である。最大の利点は、データの拡張性である。XMLによるデータ表記は多くの互換性の問題を解決するだけでなく、既存の多くのソフトウェアを利用できる点が特徴であり、既存の各種解析ソフトを用いて解析を行うこともできる。この形式の採用は、2005年8月、イギリスで開催されたゴードン会議で東京大学のLippmaa助教授によって提案された9)。各国からの注目を集めており、今後、世界標準的なデータフォーマットとなる可能性が高い(図表3)。
共通のデータフォーマットで大量のデータが蓄積され始めると、これらのデータを使った新材料探索、つまりデータマイニングが可能になる。データマイニングとは、大規模なデータから情報を抽出し、埋もれた関係を見出すものである。データマイニング技術は、すでに有機合成の場合には、様々な化学反応の原理やモデルを構築するのに使われている。
コンビナトリアル手法を取り入れた有機化学および触媒などは、世界的に見て、すでに産業としての市場が確立されている。米国の市場調査会社であるFreedonia Group, Inc.の“Combinatorial Chemistry: Products & Survice”によれば、コンビナトリアル化学市場は、1996年以降2011年まで年15%〜21%の割合で増加し、その規模は63億ドルになると予想されている18)。このうち、触媒開発では13億5,000万ドル、ポリマー開発でも4億100万ドルの市場規模になるとされている。これらに、無機系の電子材料やデバイスへの応用など、調査項目以外の市場が加わると、関連業種も入れて将来的に80億ドル規模の産業への成長が期待されている。したがって、諸外国では、このような研究開発をさらに効率的なものにするために、インフォマティックスを構築しようとする試みが行われている。
各国のインフォマティックス構築への取り組みの現状をまとめたものを図表4に示す。
5‐1.米国の状況
米国は、最もコンビナトリアル材料研究が盛んな国である。最近では、そのコンビナトリアル材料研究を発展させて、材料設計、合成手法、データ蓄積までをひとつのセットとしてデータベース化しようとする機関が増えてきている。特に、企業において、材料発掘を目的としたシステム開発が進められており、それに伴う大量のデータ処理のためにインフォマティックスの重要性が高まっている。
(1)企業の研究開発
米国のなかでも、コンビナトリアル手法を材料開発に積極的に活かしてきた企業のひとつに、General Electric(GE)社がある。GE Global Researchでは、不均一触媒から、構造材料、バイオ研究に至る様々な開発にコンビナトリアル手法を使ってきた10)。ここには、現在、マテリアルインフォマティックスを開発しようとする研究者が2名おり、そのうちの一人はデータ管理とデータベース作成を行っている。材料の効率的な設計を行うために、効率的な実験計画の立案とデータ取得プロセスの自動化を行おうとしている。彼等が現在使用しているソフトウェアは、データベース用OracleやVisual Basicである。コンビナトリアルライブラリーからのデータを可視化することで、より効率的な材料開発を目指している。
また、Symyx社11)は、コンビナトリアル手法を用いて材料開発をするベンチャー企業のなかで、最も成功した例である。この企業は、材料開発のための装置とマテリアルインフォマティックスを構築するためのソフトウェア販売も行っている。他の企業からの材料開発の委託ビジネスも行っており、そのビジネスモデルは他のベンチャー企業の参考になっている。
(2)国立研究所の研究開発
National Institute for Standard and Technology(NIST)は、1999年から、Advanced Technology Programを使って、コンビナトリアル材料研究を行う企業を支援してきた。2001年には、NIST内にもCombinatorial Method Center(NCMC)が設立された12)。このセンターでは、現在は有機ポリマーに焦点を絞っているが、積極的にインフォマティックスの立ち上げを行っている。材料開発研究を加速度的に進めるために、コンビナトリアル研究の作業工程を合理化することを目的に、Laboratory Research Informaticsというシステム(LRIS)が設計された。このシステムは、様々なコンビナトリアル装置の自動制御、データ収集、保存、データベース作成を担っている。言語形式としてはSQLが用いられているが、データベースはWeb上で公開され、外部からの閲覧が可能となっている。
(3)大学の研究開発
Combinatorial Sciences and Materials Informatics Collaboratory(CoSMIC)は、レンセラー工科大学、メリーランド大学とフロリダ国際大学の3大学を中心とする大学間連携の研究組織であり13)、このなかでマテリアルインフォマティックスに関する活動が行われている。CoSMICは、国際的な材料研究を進めるInternational Materials Institutes(IMI)の一環として、National Science Foundation(NSF)から研究費を得て活動している。
CoSMIC でのマテリアルインフォマティックスに関する活動で重要なものは、既存データベースを活用したデータマイニングと材料予測である。現実的なデータマイニングを行うために、既存の相図とコンビナトリアル手法で得られた結果を比較する手法を採っている。フロリダ国際大学のSaxenaは、材料に関する膨大なデータベースの立ち上げに中心的な役割を担っている。レンセラー工科大学のRajan(現アイオワ州立大学)が率いるグループでは、データマイニングに関する様々な解析ソフト開発のプロジェクトを進めている。メリーランド大学のRubloffと竹内らは、コンビナトリアルライブラリーで得られるデータからマテリアルインフォマティックスを立ち上げる研究を進めており、コンビナトリアル材料合成にフィードバックを与えることができるようなデータのハンドリングツールを開発している。例えば、データの可視化や簡単な視覚化技術などを使い、何百ものX線回折スペクトルのデータを同時に立体的に示すソフトウェアを開発して、材料の研究開発を加速している。CoSMICは、今後、インターネットを利用して国際間で共同研究者とのデータ交換も行うWebポートの開発を目指している。
その他の米国の大学でもマテリアルインフォマティックスに関連する研究活動が進められている。例えば、デラウェア大学では、化学工学科のLauterbachらのグループによって、不均一系触媒に関するコンビナトリアル研究が精力的に行われており、ここでもインフォマティックスの構築を目指してしている。また、マサチューセッツ工科大学の材料科学工学科のMorganらは、コンビナトリアル材料合成やデータマイニングに第一原理計算を取り入れた研究を行っており、あらゆる化合物に対して、その結晶構造や物理的特性を計算し、計算結果の妥当性を、実験結果や既存データベースとの比較によって行おうとしている。ここでは、計算結果として得られた膨大なデータベースを、新材料予測のために使用しようとしている。今後、このような計算科学による材料スクリーニング手法が、材料開発のひとつの手法として確立されていくことになるかもしれない。
5‐2.欧州の状況
欧州はもともと触媒に関する研究開発が盛んであることから、触媒や有機ポリマーに関するコンビナトリアル研究が活発であり、早くからインフォマティックスの重要性が認識されてきた。
(1)企業の研究開発
ドイツのhte社では、“virtual library”という計算科学によるスクリーニング手法を用いて触媒開発が行われてきた14)。最近、彼らは、マテリアルインフォマティックスを意味する“MatInformatics”という用語を提唱し、アクセリーズ(Accelrys)社との共同開発として、MatInformaticsに関する環境整備およびソフト開発を行っている。遺伝的アルゴリズムを模倣したデータ相関の解析ツールであるDescriptor Property Relationships(DPR)が開発されている。
(2)大学の研究開発
ドイツのザーランド大学のMaierらは、コンビナトリアル材料研究のフローチャート(実験計画表)を用いて、新触媒開発を活発に行っている。彼らは、進化論的アルゴリズムを採用して、500種以上の候補材料から目的とする触媒活性に対する組成の最適化を目指して、マテリアルインフォマティックスの構築とデータマイニングを行おうとしている。また、オランダのアインホッフェン大学のSchubertらは、産学官連携のための機関としてオランダポリマー研究所(DPI)を立ち上げ15)、この機関内で共有するマテリアルインフォマティックスを構築しようとしている。
(3)EUとしての取り組み
2005年に、欧州委員会の多国籍間プロジェクトとして、コンビナトリアル材料開発とマテリアルインフォマティックスに関する“TOPCOMBI”と呼ばれるプロジェクトが始動し始めた。“TOPCOMBI”には、EU内の11国から、22の企業、大学、研究機関が参加している16)。フランスのCNRSが主導しており、代表者はCNRSのMirodatosである。予算規模は約45億円とされている。このプロジェクトは、コンビナトリアル手法による触媒開発をEUとして積極的に進めることを目指したものであるが、マテリアルインフォマティックス構築にも力を入れようとしている。
5‐3.アジア各国の状況
マテリアルインフォマティックスに関係する中国系企業として、アクセラジー(Accelergy)社が挙げられる17)。この企業は上海とパルアルトに拠点を持ち、米国で受注した材料開発を、上海にある大規模な開発拠点で行うことで研究開発のコストを削減し、短期間の委託事業として完成させるビジネスモデルを採っている。主として触媒開発用にコンビナトリアル材料合成システムとマテリアルインフォマティックスのソフトウェア販売を行っているが、電子材料の開発も行っている。同社は、米国で生まれた関連のベンチャー企業を積極的に買収しようとしていることが特徴的である。
韓国でもコンビナトリアル材料研究が盛んになるにつれ、マテリアルインフォマティックスへの関心が高まっている。現時点で韓国科学技術院はマテリアルインフォマティックスを持っていないが、多大な関心を示しており、コンビナトリアル材料研究に関する国際会議に頻繁に参加し情報を集めている。
5‐4.日本の状況
(1)企業の研究開発
日本国内でもコンビナトリアルケミストリーによる有機・分子合成や創薬への展開を目指す企業はかなり多い。これらの研究のためのホームページも開設されている19)。しかし、コンビナトリアル材料科学やマテリアルインフォマティックスの構築を目指している企業は残念ながら少ない。国内の企業の中でコンビナトリアル材料合成とマテリアルインフォマティックス構築に熱心なのは旭化成(株)である20)。旭化成(株)は2001年に、サザンプトン大学にコンビナトリアル材料研究のための研究室を設置し、主に新材料の開発と独自のインフォマティックスの構築を進めている。またコンビナトリアル材料合成システムでは(株)モリテックスや(株)日立ハイテクノロジーズ、(株)パスカルがその装置を販売している。特に(株)パスカルの移動式コンビナトリアル材料合成装置は薄膜コンビナトリアル材料合成において標準的な仕様となっている21)。
コンビナトリアル材料科学のための計算科学は(株)菱化システムや(株)帝人システムテクノロジー、住商エレクトロニクス(株)(現、住商情報システム(株)などが販売しているが、これらの会社の多くは海外のソフトウェア会社との連携に留まっている。
(2)大学、公的機関の研究開発
国内ではじめてコンビナトリアル材料科学を始めたのは東京工業大学で、1995年にその基本概念を示している。その後、このコンビナトリアル手法を材料開発に取り入れて研究を進めている機関としては、(独)物質・材料研究機構、産業技術総合研究所関西支部、東京工業大学、東京大学、東北大学がある。このうち、(独)物質・材料研究機構、東京大学、東北大学、東京工業大学で進めているコンビナトリアル材料研究プロジェクト“COMET”は、米国の研究プロジェクト、“CoSMIC”と協力関係にあり、互いのサーバをリンクしてデータを補完しあう試みが始まっている。
しかし、諸外国がコンビナトリアル材料科学のための研究拠点を形成し、長期的な視点でマテリアルインフォマティックスに関する研究を推進しているのに対して、日本ではまだ機関内のプロジェクト研究に留まっている段階と言える。
2005年1月、国際間の競争と共同歩調の重要性が指摘されるコンビナトリアル手法によるマテリアルインフォマティックスに関して、NIST(National Institute of Standards and Technology)とCoSMIC‐IMI(Materials Institute for the Combinatorial Sciences and Materials=Informatics Collaboratory)によって、今後の方向性を議論し合うワークショップが開催された。このワークショップは“Data Driven Materials Research”と題して、材料科学とインフォマティックスとを結び付けた取り組みが紹介され、例えば、Bowing社はアルミ合金の開発の歴史を交えてインフォマティックスの具体例を示した。同時に他の研究分野から大量データの国際間共有などに関する紹介があり、例えば、天文学の分野からは、この分野の1年間に得られるデータ量は2010年までにペタバイトの単位に達し、そのような膨大なデータから情報を引き出すことそのものが新しい科学研究の分野になりうると指摘された。この会議では、今後のマテリアルインフォマティックス構築の課題、特に、データを共有しようとする際にデータやモデルの精度が異なる問題なども議論された。
また、これに続いてMaryland大学で開催された「第1回マテリアルインフォマティックスに関する国際ロードマップ会議」では、前述した東京大学のLippmaa助教授によるXMLベースのデータ構造とインフォマティック構造が紹介され、今後の標準的なデータ形式としての可能性が議論された。
マテリアルインフォマティックスは、異なる材料合成プロセスや材料データの情報を相互に有機的に結びつけ、素早く材料開発に適用することを目的としている。その過程の中で、複雑な測定結果を取り扱いつつもできるだけ視覚的にその結果を表示しようとする機能も持っており、今後の材料科学の方向を大きく左右する分野であると考えられる。諸外国では触媒などの分野でコンビナトリアル手法を取り入れた企業が存在し、確実に産業化が進んでいるため、中心的な研究拠点を形成し、それらをリンクすることでインフォマティックスを構築しようとする動きが見られる。しかし、無機材料系のマテリアルインフォマティックスについては、世界的にも始まったばかりの段階である。
諸外国の急速な動きに対して、残念ながら我が国では、材料研究のなかでもインフォマティックス構築の重要性が十分認識されていない。第2期科学技術基本政策分野別推進戦略では、技術的目標の一例としてコンビナトリアル手法による材料開発が明記されていたが、インフォマティックスへの発展性は認識されていない。また、日本の最大の課題は、これらの研究開発が、各機関内のプロジェクト研究に留まっていることである。
すべての製造産業の基盤は材料にあることを考えると、我が国でも革新的な材料開発が期待できるマテリアルインフォマティックスの重要性を強く認識し、特に無機材料の研究開発に関しては系統的なデータの蓄積を始める時期に来ていると思われる。今後、日本でこの分野を推進していくためには、以下のような施策が望ましいと考えられる。
(1)日本国内に長期的視点に立つマテリアルインフォマティックスのための中心的研究拠点を設置する。この研究拠点を中心として、複数の研究機関や大学が、XMLベースの標準的なデータフォーマットを使い、Web上で情報を交換して、次の材料開発に生かすというマテリアルインフォマティックスのシステム構築を進める。この研究拠点では、ファンドリ設備やデータベース整備も行ない、企業など外部の機関がマテリアルインフォマティックスをベースとした材料開発やプロトタイプデバイスを作製する場を提供する。
(2)マテリアルインフォマティックス構築は単独の機関では不可能であり、国内はもちろん、国際協調のもとでの長期的な作業が必要である。データフォーマットの標準化に関しては、国際的な場で積極的に発言し、日本が主張するXMLベースのデータフォーマットの国際化を推進していくことが望ましい。
1) 平成16年度 電子情報技術部会 調査報告書(社団法人 新化学発展協会編、2005)「新生代材料開発のためのマテリアルインフォマティックスとコンビナトリアルナノテクノロジー」第6章「外国でのインフォマティックスの現状」p.113
2) 例えば、(1)コンビナトリアルテクノロジー(鯉沼秀臣、川崎雅司監修、丸善、2004)、第7章「マテリアルインフォマティックス」p187、(2)知京豊裕、鯉沼秀臣「コンビナトリアルケミストリーと電子材料開発への展開」、現代化学、11, 27(2002)、(3)H.Koinuma and I.Takeuchi,“Combinatorial solid-state chemistry of inorganic materials”Nature Materials,3(7):429‐438 (2004)
3) 例えば(1)H.Koinuma, “Quantum functional oxides and combinatorial chemistry”、SOLID STATE IONICS 108 1‐7, 1998、(2)X.D.Xiang, X.D.Sun, G..Briceno, Y.L.Lou,K.A.Wang, H.Y.Chang, W.G.Wallacefredman,S.W.Chen and P.G.Schults, Combinatorial Approach to materials discovery,Science 268 1738‐1740(1995)
4) 平成16年度 電子情報技術部会 調査報告書(社団法人 新化学発展協会編、2005)「新生代材料開発のためのマテリアルインフォマティックスとコンビナトリアルナノテクノロジー」、第3章「バイオインフォマティックスとマテリアルインフォマティックスの類似点と相違点」p.11
5) コンビナトリアルテクノロジー(鯉沼秀臣、川崎雅司監修、丸善、2004)、第3章3.3「コンビナトリアル計算科学」p.58、あるいはhttp://www.aki.che.tohoku.ac.jp/soft-j.html
6) Y.Matsumoto, M.Murakami, T.Shono, T.Hasegawa, T.Fukumura, M.Kawasaki, P.Ahmet, T.Chikyow, S.Koshihara, and H.Koinuma “Room-Temperature Ferromagnetism in Transparent Transition Metal-Doped Titanium Dioxide”Science 291 854‐856(2001)。
7) A. Tsukazaki, A. Ohtomo, T. Onuma, M. Ohtani, T. Makino, M. Sumiya, K. Ohtani, S. F. Chichibu, S. Fuke, Y. Segawa, H. Ohno, H. Koinuma, M. Kawasaki, “Repeated temperature modulation epitaxy for p-type doping and light emitting diode based on ZnO”Nature Materials 4 42‐46(2005)
8) K.Hasegawa, P.Ahmet, N. Okazaki, T.Hasegawa, K.Fujimoto , M.Watanabe, T.Chikyow, and H.Koinuma;“Amorphous stability of HfO2 based ternary and binary composition spread oxide films as alternative gate dielectrics”Appl.Surf.Sci. 223 229‐232(2004).
9) 2005年ゴードン会議“Combinatorial & High Throughput Materials Science”プログラムと概要:http://www.grc.uri.edu/programs/2005/combhigh.htm
10) General Electric社GE国際研究所ホームページ:http://geglobalresearch.com/06_about/ourLabs.shtml
11) Symyx社ホームページ:http://www.symyx.com/
12) 米国標準技術研究所(NIST)、コンビナトリアルセンターホームページ:http://polymers.msel.nist.gov/combi/index.html
13) メリーランド大学CoSMICプロジェクトホームページ:http://www.isr.umd.edu/CoSMIC/
14) hte社ホームページ:http://www.hte-company.de/
15) オランダポリマー研究所ホームページ:http://www.polymers.nl/pro1/general/default.htm
16) EUの国際コンビナトリアル研究プロジェクト“TOPCOMBI”ホームページ:http://www.topcombi.org/
17)Accelergy社ホームページ:http://www.accelergy.com/
18) “Combinatorial Chemistry:Products & Service”(Freedonia Group, Incレポート)
19) 日本コンビナトリアルケミストリー研究会ホームページ:http://www.jccf.info/index.html
20) 旭化成株式会社ホームページ:http://www.asahi-kasei.co.jp/asahi/jp/
21) 株式会社パスカルホームページ:http://www.pascal-co-ltd.co.jp/