[1]ヒト胚性幹細胞研究に対するNIHの研究拠点グラント
ヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)は、体内の全ての細胞に分化できる能力を持つため、基礎研究や治療などを目的とした臨床研究の非常に重要なツールであると考えられている。しかし、世界的にも未だ研究の初期段階にあり、分かっていないことが多い。そのため、幹細胞に関する基礎生物学的な知識やヒトES細胞の扱い方に関するトレーニングの実施によって、研究者を増やすことが必要と考えられる。米国の国立衛生研究所(NIH)の研究機関の一つである国立一般医科学研究所(NIGMS)は、3年間で900万ドル規模の「ヒトES細胞研究のための探索的な研究拠点グラント」を設置し、8月に支援先3研究機関を決定した。各研究機関では、中核的な施設を設置して研究者のトレーニングと支援を行うほか、ヒトES細胞の性質や機能に関する根本的な知識を深めるためのパイロット的な研究を実施する。
[2]「形式的手法」を利用した組込みソフトウェアの品質向上
家電や自動車などの身の回りにある様々な機器には、製品や装置の機能仕様を実現する「組込みソフトウェア」が搭載されている。この組込みソフトウェアの不具合(バグ)は、出荷済製品の回収などの大きな社会問題を引き起こすため、その品質向上が急務の課題である。北陸先端科学技術大学院大学と日本電気(株)は共同で、組込みソフトウェアのバグを減らす技術の研究開発を行なった。従来のノウハウに頼るテスト手法ではなく、数学や論理学を活用した「形式的手法」を採用し、効率的な検証を達成した。企業のソフトウェア設計者が「形式的手法」を容易に使える環境を構築し、実業務への適用を目指す。この結果は、2005年6月に行われたe-Societyプロジェクトの中間成果報告会で報告された。
[3]崩落した南極棚氷の下に生態系を発見
地球温暖化の影響により、南極にあるラルセン棚氷(氷床の縁部が海上に張り出して浮いている氷原)の大規模な崩落が2002年に発生した。この棚氷が消滅した海域の海底沈殿物を米国の調査隊が調査したところ、海面から約850mの深さの海底に、冷湧水域に見られる泥火山、雪のように堆積した微生物及びハマグリの大群生を発見した。冷湧水域とは硫黄分の豊富な水や天然ガスが吹き出ている海域で、バクテリアによる有機物の生産により貝類などの生息が可能となる。従来、日光の届かない冷湧水域の生態系は、メキシコ湾、日本海などでのみ存在が確認できていたが、南極での冷湧水域の発見は初めてである。この発見によって、氷に覆われた地域に生態系を伴う冷湧水域が多数存在する可能性や、氷山の下に他の生物が生息している可能性が出てきた。将来、地球温暖化がさらに進んだ場合、この海域の生態系への多様な影響が懸念されることから、今後、このような影響に対する幅広い調査が必要である。
[4]超音波により溶液が流動性を消失する新現象
化合物が液体に分散した溶液(ゾル)から流動性を失った状態(ゲル)に転移することをゾルーゲル転移という。このたび、特殊な構造をもつパラジウム化合物を有機溶媒に分散させたゾルが、超音波を3秒程度照射することによりゲルに転移し、さらにゲルに熱を加えるとゾルに戻る、という特異な現象が大阪大学の直田健教授らにより発見された。従来のゾルーゲル転移は温度の高低による単純な可逆反応や、光照射による不可逆反応がほとんどで、今回発見された現象は従来のものとは全く異なる。また、超音波の照射による転移は副反応の発生が少ないと考えられ、今後、ゲル化による不透明化と加熱による復帰を利用した光量調整シャッターや弾性変化を応用した瞬時起動ショックアブゾーバーなどへの応用開発が期待される。この研究はZ科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(通称:さきがけ)で実施された。
[5]欧州太陽光発電会議で過去最多の参加者
第20回欧州太陽光発電会議が、2005年6月にスペインのバルセロナ国際会議場で開催された。昨今の太陽光発電に対する関心の大きさを反映し、太陽光発電関連の国際会議としては最多となる2,151名の参加者が計74ヵ国から集まった。本会議では、2004年の世界の太陽電池世界生産量(総発電出力)が対前年比61%の伸びで急激に成長したことが報告された。特に、再生可能エネルギー導入者がメリットを得やすい制度を導入したドイツの伸びが大きく、今回の発表件数も最多であった。スペイン、ギリシャ、米国カリファルニア州、中国などが新たな太陽電池モジュール消費市場として注目されており、各国の経済成長や雇用拡大に寄与し始めた段階だと言える。現在、世界市場の約9割を占める結晶シリコン系太陽電池では、高純度多結晶シリコン原料の供給に不安がある。このため、結晶シリコン太陽電池の光電変換高効率化技術、集光式太陽光発電技術、結晶シリコン系を用いない薄膜太陽電池技術などの技術開発が進んでいる。
[6]エネルギー研究開発拠点化推進組織が福井県に設置された
福井県では、2004年から原子力と産業が共生する全国的なモデルケースとするための具体的な計画を策定することを目的として、「エネルギー研究拠点化計画策定委員会」を設置し、議論を進めてきた。このほど2005年7月にその計画を推進するために、県内の(財)若狭湾エネルギー研究センターにコーディネート役として「エネルギー研究開発拠点化推進組織」を設置した。この組織において、県内の原子力発電所、新型転換炉「ふげん」や高速増殖炉「もんじゅ」を利用して、地元産業の創出・育成、研究開発機能の強化や人材の育成・交流などの実施を計画している。具体的には、高経年化対策の強化などの安全・安心に関すること、陽子線がん治療を中心とした研究治療施設の整備、高速増殖炉や原子炉廃止措置の実用化などの研究開発機能の強化、県内外の大学や研究機関との連携推進、県内企業の技術者の技能向上に向けた技術研修の実施、海外研修生の受け入れ促進などの人材育成と交流、原子力発電所の資源を活用した新産業の創出、などが挙げられる。原子炉を単に電力の「生産工場」としての活用のみならず、地域と原子力の自立的な連携を目指して活用する動きとして、今回の取り組みはわが国では初であり、今後の活動が注目される。
[7]医薬品開発に用いられはじめたX線分析装置
X線分析装置は、測定物質にX線を照射することによって測定物質にどのような物質がどの程度含まれているかを測定することができる装置で、無機物や有機物の構造解析の研究開発や有害物質の検出などに用いられている。近年、X線分析装置は高性能化だけでなく、測定の自動化、高速化などにおいて格段の改良が図られてきており、X線分析の適用範囲が拡大している。
たとえば、これまでX線分析が一般的ではなかった医薬品開発においても、開発期間短縮策のひとつとして、高精度のX線回折装置による分析技術が注目され始めた。特に低コストでの製造技術が求められるジェネリック医薬品の製造をきっかけに導入されるケースが多く、このため、米国やインドなどのジェネリック医薬品製造の先進国で導入が盛んである。今後、さらなる適用範囲の拡大に伴い、装置メーカー間の国内外シェアも大きく変わっていく可能性がある。
[8]「すざく」打上げ成功でX線天文観測の国際協力体制が整った
宇宙航空研究開発機構は、2005年7月10日、X線天文観測衛星「ASTRO‐E II(すざく)」の打上げに成功した。X線天文観測衛星とは、宇宙で起こる高エネルギー現象によって発せられたX線を、地球周回軌道上で観測するための衛星である。「すざく」は分光能力とエネルギー帯域の2点において欧米の衛星の能力を上回る設計となっていた。このうち分光能力に関しては、軌道上試験の段階で冷却系に不具合が発生したため、非常に高い分光能力を利用した観測ができなくなったが、他の観測装置は予定通りの性能で稼働することが確認され、早くも8月中旬に地球から約20万光年離れた超新星の残骸の観測に成功し、エネルギー帯域の広さでは世界最高性能が実証された。1999年に打ち上げられた米国航空宇宙局の「チャンドラ」、欧州宇宙機関の「XMM‐ニュートン」とともに、日米欧の国際協力体制のもとでのX線天文観測の進展が期待されている。
大部分のパソコン(PC)は、処理能力の80〜90%はまったく使用されていないと言われている。これはPCの電源が入れられてないということではなく、PCの頭脳に相当するCPUの能力を使い切っていないということである。そこでネットワークで結ばれた多数のPCの余剰パワーを集め、仮想的に高性能コンピュータとして利用するのがPCグリッド・コンピューティングである。近年のPCの急速な普及や、CPU処理速度の劇的な向上、ブロードバンドによる通信環境の整備によって、PCグリッド・コンピューティングが発展する環境が整いつつある。このような動向を背景に、豊富な計算資源を社会的に供給するためのPCグリッド・コンピューティングについて検討する。
グリッド・コンピューティングとは「ネットワーク上に分散した多様な情報処理資源を1つの仮想コンピュータとして利用する環境」であり、ユーザにネットワークを介して情報処理資源を必要なとき必要なだけ提供することを目指す。その効果には、分散した情報処理資源の一括利用、遊休資源の有効活用、負荷分散によるピーク負荷の平準化、個別装置障害時でも全体の運用維持による信頼性向上などがあげられる。
グリッド・コンピューティングは幾つかの種類に分類できるが、既存PCを活用して豊富な計算資源の供給を実現するPCグリッド・コンピューティングは、構築の容易さや運用の経済性といった特徴を有している。実際の構築形態は、インターネットに接続された個人所有のPCを中心とするオープンタイプ、企業などの組織が保有するPC群を活用するクローズドタイプ、ゆるい枠組みの中にある複数の組織が持つPCを活用するセミオープンタイプの3タイプに分類される。セミオープンタイプのPCグリッド・コンピューティングについて、地域活性化を目指す自治体などは、地域の計算資源を共通にプールしておき必要な時に必要なだけ利用できるインフラとしての価値に着目すべきである。しかし現状は未だ、具体的な構築法や効果的な活用法が十分には確立されてない。そこでまず、PCグリッド・コンピューティングの持つ潜在的可能性を探るために、様々な観点からフィージビリティスタディを積み上げることが必要である。たとえば構築に関しては、各都道府県の小〜高等学校にある多数のPCをグリッド化し、地域へ高い計算資源を供給することが考えられる。活用策としては、計算機シミュレーションとアニメーションを利用した地域用のバーチャル教材開発や、豊富な計算資源を利用したフルCGアニメ作成による地域のコンテンツビジネス振興などが考えられる。
社会のデジタル化が進むと、情報家電やオンライン型ゲームマシンなど、高性能CPUを搭載し、かつネットワークに接続された機器が社会のいたる所に存在するようになる。将来的にはこれらのCPUパワーの活用も視野に入れるべきであろう。
ヒートアイランドとは、都市部の気温が周辺郊外よりも高温化する現象で、言わば都市とその周辺との気温の格差を示すものである。この現象を緩和するために、2002年9月に設置された、環境省、国土交通省、経済産業省、内閣官房で構成されるヒートアイランド対策関係府省連絡会議は、2004年3月に「ヒートアイランド対策大綱」を策定した。この大綱の中では、人工排熱の低減、地表面被覆の改善、都市形態の改善、ライフスタイルの改善を4本柱としてヒートアイランド対策が体系化されている。
ヒートアイランド現象は、理学や工学の研究分野から次第に政策に結び付いてきた経緯がある。また、気象学、地理学、建築学、土木工学など様々な分野に亘る研究課題となっており、数多くの研究分野が関与しており、それぞれの分野において現象の解明、対策技術の開発や施策への展開など多岐に亘って進められている。また、近年、局地的な温暖化現象であるヒートアイランドと地球温暖化は、資源・エネルギー消費形態などの原因と共に共通の対策が少なくないことが認識され始めている。
ヒートアイランド対策は都市計画的観点から、ある地域全体で一斉に対策を実行する必要がある。政府は、2005年4月に「地球温暖化対策・ヒートアイランド対策モデル地域」として10都市・13地域を決定した。また、東京都では、2005年4月に「熱環境マップ」を作成し、地域特性に沿ったヒートアイランド対策に取組んでおり、このマップに基づいて「ヒートアイランド対策推進エリア」として区部4ヶ所を設定している。この推進エリアは、国のモデル地域にも採択されている。さらに、モデル地域の一つである、東京都品川区の大崎駅周辺地域は、目黒川を活用した「風の道」の確保など環境負荷軽減に向けて事業化が進められている。
ヒートアイランド現象を緩和していくためには、都市をデザインしていく時点から、ヒートアイランド対策をマスタープランとして都市計画の策定に反映させいく必要がある。そのためには、地域の自然特性、熱特性を把握し、特性に応じた効果的な対策を選択することが重要である。また、ヒートアイランド現象緩和効果の予測を行い有効な対策を策定するためには、風の道、緑地の冷気、屋上緑化、保水性舗装、遮熱性舗装等、様々な効果の評価を行うシミュレーション技術の開発が不可欠である。その一方で、都市開発がヒートアイランド現象を拡大、悪化させないよう、ヒートアイランドアセスメントを実施する体制整備が重要である。さらに、ヒートアイランド現象緩和対策において、何を優先的に取組むのか、各対策に対するプライオリティー評価が必要である。
2005年7月にイギリスで主要国首脳会議(グレンイーグルズサミット)が開催され、「グレンイーグルズ行動計画」が合意されたが、この行動計画の中でG8各国が2003年のエビアンG8サミットをきっかけとして進展してきた全球地球観測システム(GEOSS)の構築を推進することが謳われている。
行動計画に現われた「GEOSS」とは、「複数システムからなる全球地球観測システム」のことである。地球観測の先端を行く米国や欧州でも、これまでは「地球観測」というと、地球観測衛星による宇宙からの観測のみが連想され、衛星観測と地表面での現場観測が必ずしも一体的に取り扱われないという傾向があった。地球温暖化や大規模災害などの問題に直面して、地球観測の戦略を技術シーズ主導から利用ニーズ主導へと転換するべき時代に入った。このような観点から、「GEOSS」では、国際的に共通な利用ニーズとして、災害・健康・エネルギー・気候・水・気象・生態系・農業・生物多様性の9つの公共的利益分野が設定され、それぞれのニーズを満たす観測及び解析などの継続と新技術による発展を組み合わせて、地球温暖化などの社会的な問題を解決する上でさまざまなレベルの意思決定を支援することを目指している。
我が国の地球観測推進戦略については、2004年12月に総合科学技術会議が「地球観測の推進戦略」をとりまとめ、利用ニーズ主導の統合された地球観測システムの構築を基本戦略と定めた。これまで我が国には、気象観測を除くと、衛星観測と現場観測を統合して定常的に観測運用を行う組織がなかったが、本戦略によって、利用ニーズ主導の統合的な地球観測への取組みの推進が期待される。
米国は、2005年4月に「統合地球観測システム」の実施計画を含む戦略計画を発表し、宇宙機関・気象機関・地理機関などが省庁間にまたがる作業部会を設けてそれぞれの役割分担や将来計画をまとめている。欧州は「環境と安全のための地球モニタリング」計画を策定し、今後10年以内に衛星観測及び現場観測のデータを利用して環境と安全に関する意思決定を支援し、利用者中心のサービスを提供しようとしている。
グレンイーグルズサミットでは、我が国は高度成長時代に大気汚染、河川汚染等の公害問題を経験し、それらを改善してきたことを示し、科学技術を活用して各国が協力して環境保護と経済発展を両立させる取組みを行おうと訴えた。日本は自国のためだけでなく、国際貢献を図っていくためにも、強い意志をもってGEOSS 10年実施計画に基づくGEOSSの構築を推進していく必要がある。
本稿では、地球観測システムにまつわる世界の動きを概観し、我が国がGEOSSを推進するために、(1)定常的な衛星観測を実施する中心的な機関を設けること、(2)ODA活用により開発途上国における現場観測を拡大すること、(3)利用ニーズ主導で新しい衛星観測技術の開発を行うこと、の3点を提案する。
科学技術動向研究センターは、第3期科学技術基本計画策定のための資料作成として、下図の各調査を担当しました。
そのうち、今月は「科学技術振興による経済・社会・国民生活への寄与の定性的評価・分析」と「国公立大学及び公的研究機関の代表的成果調査」の概要を紹介します。
参考:NISTEP REPORT No.89、No.93
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep089j/idx089j.html
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep093j/idx093j.html