[レポート2]
大学におけるシニア研究者の現状とこれからの役割
―シニア世代の研究者を有効活用する―

浦島 邦子
環境・エネルギーユニット

伊藤 泰郎
客員研究官


1.はじめに

 日本は世界一の長寿国となったが、現在、例えば65歳は決して高齢者とは言えず、元気な人が多い1)。「シニア」は年長者・熟練者・先輩・定年者等いろいろな意味があるが、ここでは大学や企業において定年間近かあるいは定年直後の人々を「シニア」と呼び、これに該当する研究者を「シニア研究者」と呼ぶ。ここで言う「シニア研究者」とは、その年齢に該当する人材全体を意味しているのではなく、知的な蓄えやスキルをもっており、アクティブに科学技術の研究開発に力を発揮できる層の人々を特定して呼ぶ。

2.世界の定年と労働力人口の比較

2‐1.定年と労働力人口の比較

 日本を含め世界の先進国の定年規準年齢は図表1に示されるように、いずれの国も年金支給開始年齢と同じである2)。国としての定年のないアメリカも、雇用者毎には定めて運用している。いずれの国も長寿化により年金支給開始年齢を引き上げる傾向が見られ、それに伴って定年も65歳となってきた。しかし、先進国の中で、フランスだけは他の国と異なり、若年者の雇用を確保するということを理由に、定年を65歳から60歳に引き下げた。

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 日本もほとんどの企業で定年は段階的に延長され、2013年には65歳になるところが多い。このしっかりとした日本の雇用制度が安定した生活の保障を意味し、安心して働ける職場として日本を戦後復興させ、発展させてきた原動力でもある。実際に主要先進国の60歳以上の人の労働人口は、図表2に示すように他の先進国と比較すると日本は圧倒的に高い3,4)。この事は日本人の勤勉性を現す尺度であると同時に、長寿であって定年後も元気のよい新しい労働力が存在すると見ることができる。

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2‐2.「2007年問題」

 日本は平均寿命が82歳で世界一の長寿命国であり、さらに出生率も1.29にまで低下し、少子高齢化が世界でも最も先行している国で、日本の高齢化対応が世界でも先例として注目されている。日本の人口構成は図表3に示すように逆ピラミットの形状をしており5)、この型は世界の他の国とは異なり、少子高齢化を示す典型的な構成である。この図表で54〜56歳に相当する人口の多い年代が第一次ベビーブームで、団塊と呼ばれている世代に相当する。世界ではベビーブーマー、日本では団塊世代と呼ばれているこの世代を指すこととして、「2007年問題」とも言われているのは、人数の多いこの年代の人々が間もなく定年年齢を迎えること、豊富な経験とノウハウを蓄積していること、元気で活力を維持していること、などという理由からである。この団塊世代のリタイアに関して、多方面で検討されているが、財務省の財政総合政策研究所が平成15年11月から研究会を実施しており、報告書を出している。同報告によると、該当する人たちが2007年から2010年までの間に大量にリタイヤすることによって、日本経済に多大な影響を及ぼし、GDPが約16兆円も減少するという試算を出している。その理由として、年金負担の増大、地域福祉コストの増大、技術の空洞化、管理職のリストラ失業などを上げている6)。団塊世代には、日本の経済や技術発展を推進させてきた人達が多く存在し、それより上の世代でも定年後も現役として第一線で活躍している人も多い7,8)

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2‐3.日本における大学教員の年齢分布

 全大学教員の年齢分布は図表3に示した日本全体の構成とほぼ同様な傾向が見られる。図表4と図表5に、平成13年度の全大学の理学部と工学部に所属する教員数の年齢別分布と全体に占める理・工学部教員数の割合を示す9)。団塊の世代の人たちはこの図表では50〜55歳未満および55〜60歳未満の部分に位置する。全体を見て、この世代は数が多く、特に工学部の教員は全体の比率から考えると多い。集中的に起こる団塊世代の定年退職は、若者の新規採用を増加させる事になるので、決して暗い現象ばかりではないが、団塊世代と言われる年代の人々の蓄えた知識や経験は、日本の知的資源であり、これは決して若者からは得られない大きな財産である。

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3.大学におけるシニア研究者の現状

3‐1.日本の大学と学会の事例

 日本の大学における今までの退職年齢は、私立と国公立で大きく異なり、東京大学と東京工業大学では60歳、他の国公立大学では63から65歳、私立大学では65〜70歳にしている大学が多かったが青天井のところもあった。しかし、厚生年金の支給開始年齢が段階的に65歳になることに決定したことに伴い、定年もほとんどの大学で65歳になりつつある。大学によっては定年後、学内の役職業務を外れて、一定期間教授として講義などを担当するシステムを採用している例もある。この場合は一般の非常勤の講師とは異なる位置付けである。その結果、従来は国公立大学をリタイアした後、さらに私立大学で教授として教育・研究をすることが多かったが、今後はそのようなケースは減少すると思われる。

 最近、学会関係でもシニア研究者の社会的貢献の重要性に鑑みて、いろいろな取り組みが進められている。例えば、電気学会では長年電気学会の会員であって、高度な技術力・専門性を有する会員を「IEEJ Professional(仮称)」として専門分野や得意分野でのキャリアデータを登録、技術コンサルタント、講師、実験指導員等として活躍できる「知識・経験流通サービス」を実施している。この新しいサービスに対するアンケートをとった結果、回答者の中に50代以上の会員が約70%もおり、このような学会としての知的サービス活動に対して、50歳以上の学会会員が高い感心を示している10)。シニア年齢層の人たちも、自分たちの蓄えたノウハウの継承が必要であると認識し、それに積極的であることを示しているといえる。

 地元大学の教員を中心として設立されたNPO北関東産官学研究会は、近県大学および地元の企業会員、大学・高専・研究所などに所属する個人会員および公共団体などの賛助会員から成る特定非営利活動法人で、シニアエンジニア紹介事業なども視野にいれながら、北関東地域の産業と大学などの発展に寄与していくべく活動を行っている。その全体の概要を図表6に示す。大学や企業などで研究者、技術者として長年培ってきた技術を持つ人たちが登録し、大学発の技術をマーケットに結びつけるコーディネーターや、技術を必要とする中小企業に対して、研究者の紹介を行う事業などを実施している。その活動は、シニア研究者が中心となって行っている11)。従来から企業における研究者や実務の経験者を大学教授に迎える例は特殊ではなく、一般的に行われてきたことであり、企業から大学に専任として迎えることも最近多くなったが、特殊な技術や経験を必要とする教育には非常勤教員が多い。これは実務経験を教育現場に活かすことの重要性が高いことの表れである12)

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3‐2.北米の現状

 アメリカは1969年に雇用における年齢差別法(Aged Dicrimination in Employment Act:ADEA)が成立し、40歳以上の人を雇用する場合には年齢や性別による雇用の区別を禁止している。退職者に対してはNPOの全米退職者協会(American Association of Retired Persons:AARP)が活発に支援している。この組織は、全米で50歳以上の人3,500万人の会員が所属する世界最大のNPO団体である。

 北米では、定年に対する認識が日本とは異なり、例えば外部資金を獲得できるような研究者は、組織を追い出されることなく、研究を継続することができる。よって大学での外部資金獲得に対する意識が日本とは大きく異なる。大学の中で教育研究に高い業績を上げた教授や準教授には一定期間雇用の後、終身雇用の権利(テニュア)が与えられる。通常、このテニュアは、発表論文数、外国人研究者による推薦なども判断の一部に含まれるような厳しい審査によって与えられる。したがって、テニュアが得られない教員は転職せざるを得ない。さらに主として外部から資金を獲得できなければ研究も出来ず、実際に研究を進める大学院生や研究員を雇うことも出来ないため、研究活動範囲が狭くなり、研究成果発表に出かける旅費もないことになる。また、外部資金の一部はオーバーヘッドとして大学の収入となることから、多額のグラントを獲得できる優秀な教授は他の大学から引き抜かれて移動することもある。給料は授業に対して支払われることから、多くの大学では9ヶ月分しか支払われない。当然研究費として獲得した外部資金の一部は、自分の給料として充当することができる。

 カナダでは1校は国立ではあるが、残りすべての大学が州立大学であり、全ての教員が公務員であることから給料は12か月分支給される。州政府のガイドラインでリタイアは60から65歳というのが普通であるが、年齢と勤続年数を合わせて80になると引退の対象となる。「引退」は“授業からリタイア”することを意味し、研究費を獲得し続ける限り研究は継続できることから早期引退をし、研究に専念する教授も少なくない。実際70歳を過ぎても現役の研究者として研究室を確保しながら勤務している教授も少なくない。大学や学部・学科・資金の性質によって大学に納めるいわゆるオーバーヘッドの比率は異なるが、いずれにせよ外部資金は大学にとっても、授業料に次ぐ重要な収入源である。外部資金の獲得に際して、リサーチサービスという部署が資金運営や研究のサポートをしている。なぜならば、特に若手研究者は研究者としては有能でも、資金運用に関しては未熟なことが多いことから、サポートしてくれる研究推進アドバイザーの役割をしているこの組織の存在意義は大きい。このような組織があることが、研究の活性化に役立ち、研究に集中できることから、ベテランの教授や事業化に結びつく発明をした研究者によって、多くのベンチャー企業も設立されている。その一例として、当時70歳の教授が、通常は加速器を使用してアイソトープを製造していた方式を、原子炉で製造する新しい方式を発明して事業化した。大学内でこのような事業が多ければ、オーバーヘッドによる収入も増加することから大学としては事業化は奨励しているが、一方倒産するケースも多く、リサーチサービスに対する期待と研究者にもマネージメント能力が要求される13,14)

 このように、研究開発に携わる人々への評価も高く、60歳を過ぎても研究活動を精力的に推進できる制度となっている事が、北米が世界的に技術力を維持している大きな要因の一つであろう。

3‐3.欧州の現状

 ドイツはほとんどが州立大学であることから教員は公務員であり、終身官吏として採用され、身分は定年まで保証される。他の欧州の国々と同様に、定年はおおむね65歳であるが、2002年に高等教育制度が改定され、教授の位置付けが大きく変わった。特に大きいのは、研究主体が若手の研究者の方に基軸がシフトした制度に移行したことである。改定では、大学の中で独立して任期制で研究に専念できる準教授というポジションを設け、研究の補助的な役割の助手の制度を廃止した。改正のもう一つの大きな点は、従来に比べて大学の中に競争原理を強く導入したことである。旧法では教授の受け取る俸給は基本給のみのであったが、改正新法では基本給と外部資金に相応する業績給の2本建てになった。研究費を外部から獲得するという競争原理の導入は、世界の潮流になっている。

 フランスは全ての大学が国立であり、教授は全て国家公務員であるので、教授の採用は全て公募で行われている。全国大学審議会が研究指導資格(学位)や専門分野での勤務経験、客員教員経験等の能力の厳格な審査によって教授の有資格者リストを作成し、そのリストに登録された者が大学の公募に応募し、各大学の選考により採用される。教授数は全教員のほぼ3割で、大学による給料格差はなく、65歳の定年まで完全に身分は保証されている。ただし、養育期間にある子供を持っている教授は、定年延長できる制度を設けてある。教授には3ランクの位置付けがあり、このうち最上位に位置付けられている教授の中でも特に研究業績の顕著な教授にのみ、リタイア後に「名誉教授」の資格が与えられる。名誉教授の資格が与えられると、定年が延長になる。名誉教授は大学で推薦はするが、教授の中でも名誉教授の称号が国から与えられるのは極く稀なケースであり、フランスの中で名誉教授はあまり多くは存在していない。したがって、リタイア後に研究者だった人がベンチャーを立ち上げて仕事を継続する場合はあるが、アクティブに研究活動を継続できる教授はあまり多くはない。この状況は、未だピラミッド構造の人口構成を維持しているフランスの国策にも依存していることをうかがわせる。

 ポーランドでは一般の人の定年は男性65歳女性60歳としているが、教授職にはポジションとして2種類が位置づけられている。上位に位置づけられる教授は、大統領が推薦することによって就任することができる、いわゆる特任教授をさし、特任教授になれば他の教授に比べて特別な待遇が受けられる。一般の教授職は普通の職業と同じ60歳でリタイアするが、特任教授は65歳まで現役でいられる権利が与えられ、さらに希望があれば70才まで教育研究活動が続けられる権利を国が保障している。特任教授はさらに70歳でリタイア後も元気であれば国の委員会などの職につくことも可能である。

3‐4.台湾の現状

 台湾でも公務員や大学教員のリタイアは65歳であるが、教授は70歳まで延長することができる。ただし、毎年審査を受ける。審査は、研究状況や外部資金獲得などによって行われる。企業の場合は、リタイア年齢に5〜10歳の差がある。現在、台湾では、リタイアしたエンジニアがベトナムやマレーシアなどの発展途上国に技術指導に行き、国際貢献しているケースが多い。それらの国での技術指導には今まで培ってきた技術で対応可能であるため、リタイアした人が適任であるという理由からである。今後、東南アジアを主体に中国本土へも人材育成を目的として交流を続ける予定である。

4.大学と高校の関係

4‐1.企業人と教育界

 大学と企業は、以前から教育の上で関係はあったが、国立大学の独立法人化や教員の公募制などの導入により、最近両者の連携は従来に比べて強くなりつつある。大学の教員とは違い、初等中等教育者になるには教員資格の免許が要求される。しかし、平成12年からは、教員免許がなくても教員と同等あるいはそれ以上の資格があると認められる場合には、校長に着任できるようになった。以来、校長を公募によって採用するところも増えて、民間出身校長は平成12年の初年度に広島と東京の3校で採用、平成13年から16年の間には9校、23校、54校、76校と年々増加している。新たな制度であるため現場ではいろいろと問題もあるが、期待以上の教育効果を挙げている例が多い。このシステムで登用された校長は、企業に在職していたシニアの人も多く、今までにはない新しい視点による指導によって教育現場を活性化していることは確かである。

4‐2.高校の授業と大学入試の関わり

 大学教員による高校での講義や交流は、平成14年の統計によると、45都道府県10市1,291校で実施されている15)。教育効果のみならず、日本の大学にとって従来にはなかった教育への新たな取り組みが近年必要になってきた事実がある。それは高等学校の学習指導要領と大学の入試方法に関連した問題である。高等学校の指導要領は、ほぼ10年毎に見直しされるが、現在は多くの科目が2分割されている。例えば理科の科目で見ると、理科総合、物理、化学、生物、地学がそれぞれTとUに分けて扱われている。そしてこれらの科目が選択制であるため、系統的に履修していない高卒者が多くなっている。また、高校の入学段階で理系と文系を分けて選択することが多いため、途中で方向転換する生徒には系統的な履修は難しい事になる。

 一方で、大学の入試方法も多様でかつ科目も減少しているので、専門として入学後に必要な科目でも、試験科目として必須になっていないのが現実である。高校の数学や理科などの科目は積み上げが必要な内容であり、特に理工系の分野を学習する者には土台ともいえる重要な科目であるが、場合によっては履修していない学生もいる。よって、大学では入学した学生のレベルに差が見られるようになり、大学での教育をスムーズに進めるためには基礎学力を揃える事が必要になってきた。したがって、最近は大学入学者の土台となる基礎科目の学力レベルを揃えるための入学前または後の補習的教育が必要になり、実際に多くの大学でこのような補習授業を実施し始めているが、教授を始め在籍する教員がこのような授業を担当すると、研究時間に支障が出ることが懸念される。しかしながら、大学の教育レベルを維持・向上するためには、補習的教育の重要性は当面更に高くなるであろう。

5.提 言

5‐1.シニア研究者の能力や意欲に応じた大学での活動

 現在、国公立大学を中心に年齢によって一律に退職制度を設けている大学がほとんどではあるが、能力があり、外部資金を獲得できるシニア研究者は、北米のように大学に残って研究を継続できるようにするのが科学技術への貢献の点からも望ましい。遺伝子研究の伊藤嘉明教授(元京都大学)は、定年退職後、助手や院生も含めてシンガポール国立大学の分子細胞生物学研究所(IMCB)に研究室ごと移籍して、現在も現役として活躍中である。この例に示されるように、成果や能力に関係なく年齢を基準に退職を決定することは、まだまだ現役として働くことのできる研究者の能力を無駄にし、頭脳流出の原因となるばかりか、定年間際の研究者の研究に対する意欲も低下させ、国としての損失にもなりうる16)。実際、特任教授という形で退職を延長できる大学が増えてきているが、このような制度も明確な査定に基づく結果によって決定されることが望ましい。また、大学における教員の採用も公募のケースが多くなってきているが、求人募集の全てが年齢制限を付けているのが現状である。シニア研究者には年齢に関わらず応募のチャンスを与え、実力重視の公平な審査によって採用すべきである17)

 一方、大学入学者の学力レベルのばらつきが問題視されている。高校の指導要領と入試科目の両者が改善されない限り、基礎学力の不揃い現象は継続するどころか、更に大きくなる事が予想される。そこで、多くの大学で教育のレベルを維持するために補習を実施しているが、この補習的講義を専任の教授陣でカバーするのには、教員の負担が一段と増加する事になり、研究もままならない状態になることが懸念される。特に「助教」(1)の導入により、大学の若手教員は研究実績を競いつつ、教育にも一定の責任を負うようになるため、彼らの負担を軽減する意味でもこのような補講は研究教育の経験の豊富なシニア研究者に委ねることが解決の一案である。


(1)助教
 将来の教授候補として教育研究を行う人のポジションをさす。数年後には教授−准教授−助教という新たな職制になる見込み。


 また、戦後、開発から応用まで一貫して携わってきた年代の人たちがリタイアすることによって、技術が継承されなくなることへの懸念も問題視されている。特に、学生に人気がないという理由で、授業から削減されつつある原子力や電力などの分野の知識や経験の継承について、大きな問題になりつつある。これらは日本のエネルギーの根幹に関わる問題である。ある程度成熟した分野における技術の継承にはシニア研究者が最適であると思われる。今まで日本の科学技術の発展を名実ともに支えてきた有能な研究者を年齢のみを理由に完全に引退させることなく、有効活用するべきである。実際、前述したように各方面でシニア研究者がリタイア後も活躍できるシステムが立ち上がりつつあるが、まだごく一部の感は否めない。原子力や電力などのような成熟した分野は研究者も減少して問題であるが、今であればまだ授業を受け持つことができる現役の教授もいることから今のうちに、技術継承のためのネットワークを構築するべきである。定年を迎えた団塊世代のシニア研究者が、技術の継承と今後の技術発展に対して貢献できる場を用意することがこれからは必要である。ちなみにこのような重電分野不人気の傾向は日本ばかりではなく、世界中で見られている。資源が乏しく世界一の長寿国である日本は、20年から30年先を見据えた国づくりのために、シニア人材が蓄えた知的資源を有効に活かすべき時である18)

5‐2.シニア研究者による大学以外での教育への支援と産業への新たな貢献

 世界各国の国内総生産(GDP)の伸び率と起業率はほぼ比例関係にあり、起業率の向上はどの国にとっても重要な施策になっている。日本は起業率が世界の中でも最低レベルであるが、過去から常に最低であったわけではない。第二次世界大戦後の日本は、産業復興が最も盛んに行われ、起業率の高い時で経済成長も高かった。日本が戦後の産業復興期以降は起業率が低かったにもかかわらずGDPを高く維持できたのは、工業製品の生産体制の拡大によって支えてきたからであろう。しかし近年「ものづくり」の基盤であり、日本の産業を支えている自動車や電気製品の生産が海外に拠点を移しており、海外依存度が年々増加する傾向は今後も続くと予想される中で19)、国内では活躍の場を淘汰されたリタイアした技術者が中国へ行き、技術指導をすることによって起こる技術流出問題が懸念されているのも事実である。

 日本では、大学研究者の業績は、最近まで研究論文のみによって評価される時代であった。研究熱心ではあるが、企業との共同研究や特許申請には深い関心を持たない教授が多かった。しかし、近年は産学連携が盛んになってきていることから、特許も業績として評価するようになってきている。研究結果が特許に結び付けられる事ができれば、研究結果が活かされることにもつながる。特許の取得は研究者としてのもう一つの喜びであり、科学技術の発展にも寄与することになる。企業には従来から特許部などがあるが、1998年のTLO法制定以降大学でも知的財産を所轄する部署を設けているところが多くなり、大学発の特許も増加している。しかし一方で、教員に対する研究業績や評価がますます厳しいものとなっていると同時に、研究にかける時間も少なくなってきているという声もある。そこで、授業も研究も事務に関しても多忙な日々を過ごしている現役の研究者をサポートすべく、シニア研究者は退職後もTLO(Technology Licensing Organization)などの組織に所属することができれば、大学と外部(企業)とのマネージメントの役割を果たすことができるであろう。大学等の組織の体質を保守的にしないための活性化も必要であり、一種のフリーエージェントとして参加する制度や場を広く準備することも必要ではないだろうか。起業にしても、例えば公的資金を基礎に、レンタルラボで研究する会社をつくるといった、一定の責任はあるがリスクも小さい“企業化”を考えるのもひとつである。シニア研究者は自分の経験を活かし、マネージャーとしてこのような活動に対して、若手も含めて一緒に活動できるようになれば、お互いメリットがたくさんあるはずである。あまり大きなリスクを覚悟しなくても安心して特許を申請することができ、起業が可能となれば、今までの知識の蓄積を有効に活かし、新たな技術展開に結びつける道が開けることにつながる。起業して失敗した場合のリスクを思うと、事業を開始することはなかなかできないのが日本の現状である。そういったリスク緩和を支援することにより、起業意欲を消失することのないようにすれば、今後の科学技術の研究開発の活性化に大いに貢献し、日本の次世代の科学技術の発展に明かりを灯すことになるはずである。

 また、シニア人材の活用の場としてJICAが行っているシニアボランティア活動があり、発展途上国を中心に活躍している例もある。このように、定年にこだわらないアクティブなシニア人材の活用は、日本でも少しずつではあるが始まっており、その役割と効果も認識され始めてきている。

 技術者として第一線で活躍できる年齢について調査したところ、図表7のような結果となった。日本では30歳代後半から40歳代前半と答えた人が6割を占めたが、米国やヨーロッパの国では年齢には無関係と答えている人が7割以上いる。しかもアメリカでは50歳以上と答えた人が1割以上いる。

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 働くものは誰もが迎える定年について、多様な選択ができるような仕組みを構築することが、少子高齢化や理科離れといった問題の解決の一端としても寄与できるはずである。

謝 辞

 本原稿を執筆するに際し、当研究所でご講演してくださった浅野和俊山形大学名誉教授、多くの有用な情報およびご意見をくださった佐藤徳芳東北大学名誉教授、佐藤正之群馬大教授、根津紀久雄NPO北関東産学研究会会長、張文雄台湾龍華科技大学校長、Dr. Michil Israel(フランス大使館)、Prof. Jen-Shih Chang(McMaster University, Canada)、 Prof. Dr Jerzy Mizeraczyk(Polish Academy of Sciences, Poland)、Prof. Gerard Touchard(University of Poitiers, France)はじめ多くの関係者にこの場を借りて感謝いたします。


参考文献

1) 少子化対策・高齢社会対策ホームページ:http://www8.cao.go.jp/kourei/index.html

2) 文部科学省科学技術政策研究所 DISCUSSION PAPER‐27、「創造的研究者のライクサイクルの確立に向けた現状調査と今後のあり方」和田幸男、2002年11月

3) 高齢者雇用の現状:http://www.nagano-cci.or.jp/65/genjyou.html

4) 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構ホームページ:http://www.jeed.or.jp/index.html

5) 総務省統計、高齢者の人口・推計:http://www.stat.go.jp/data/jinsui/index.htm

6) 団塊世代の退職と日本経済に関する研究会について:http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/zk068.htm

7) 中高齢者の雇用流動化支援策:http://www.jri.co.jp/research/EPP/report/ageing/2000/a20001101employ.pdf

8) 高柳誠一、小林俊哉、「高齢化・人口減少社会におけるシニア研究者・開発者に望まれる役割」、研究・技術計画学会、2004年年次大会

9) 平成13年度学校基本調査報告

10) 『IEEJ プロフェッショナル制度(仮称)』サービス導入に関するアンケート集計結果:http://www.iee.or.jp/honbu/ieejpro_kekka.pdf

11) NPO北関東産官学研究会ホームページ:http://www.hikalo.jp/

12) 浅野和俊、「欧米の研究教育状況とリタイア後の研究者」、文部科学省科学技術政策研究所講演会資料

13) “カナダにおける産官学共同研究の実態”、政策研ニュース、No.193

14) 文部科学省科学技術政策研究所、講演録‐144、独立法人化による大学における研究の位置づけ

15) 文部科学省平成14年度版高等学校教育の改革に関する推進状況:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kaikaku/2002/02/09/02a.htm

16) (2)「葦の髄」から・時代の頭脳流出に無策(3/2):http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt33/20020301EIMI168101033001.html

17) 文部科学省科学技術政策研究所 調査資料‐94、「科学技術人材を含む高度人材の国際的流動性」、2003年3月

18) 第1回年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議議事録:http://www.mhlw.go.jp/shingi/0104/txt/s0402-1.txt

19) 文部科学省科学技術政策研究所 調査資料‐87、「国際級研究人材の国別分布推定の試み」2002年7月