[特集2]

消防防災に関する科学技術動向
−安心・安全を目指す科学技術の特性と方向性の考察−

客員研究官 松原 美之
独立行政法人 消防研究所 研究統括官

環境・エネルギーユニット 浦島 邦子


1.はじめに

  総務省消防庁が毎年とりまとめている「消防白書」には、火災、危険物施設・コンビナート災害、風水害、火山災害、地震災害、ガス・毒物・劇物・原子力に関連した災害まで、実に幅広い災害の現状に関する情報がとりまとめられている。消防白書の統計によれば、火災件数は平成10年から増加に転じており、火災死者数については平成9年以降2,000人を超えているという分析がなされている1)

 平成15年版消防白書では、「多発する企業災害とその対応」と題した緊急報告が組まれている。図表1に示されるように、平成15年は、全国各地の産業施設で火災・爆発・事故が頻発した年であった。図表1には含まれていないが、平成15年4月11日には鹿児島県の花火工場の爆発事故が発生しており、死者10名、負傷者4名という犠牲者を出していることは記憶に新しい。一方、平成16年は台風23号をはじめとする多数の台風による被害、新潟県中越地震による土砂崩れを中心とする被害など資源災害が多発した年となった。平成15年度は産業災害、平成16年度は自然災害が多発した。新潟県中越地震での土砂崩れでは、土砂崩れ対応消防活動の安全化が課題となった。そして、この年の自然災害を締めくくるかのように12月にはスマトラ沖を震源とする巨大地震による津波が歴史上まれにみる規模の被害をインド洋沿岸一帯にもたらした。

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 平成17年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針2)(平成16年5月26日・総合科学技術会議)では、「国家的・社会的課題への新たな取り組みに向けた科学技術の戦略的・総合的な推進」が戦略的重点化の項目として新たにたてられた。そのひとつとして安心・安全な社会を構築するための科学技術の総合的・横断的な推進が、本方針の中に掲げられている。「日本人とユダヤ人」(イザヤ・ベンダサン著)では、「日本人は安全と水がタダだと思っている国民である」とされ、安心で安全であることが当然のことであった日本が、安心・安全な社会の構築を科学技術政策の重点のひとつとしなければならない時代になったことを実感させられる。安心・安全な社会を構築するためには、事故・災害の発生原因を理解し、予防と発災後の対応に関する議論をつくすことが不可欠で、そのための科学技術が必要となる。近年、科学技術の評価の指標として、一般市民の生活に成果が如何に反映されるかという視点が重視される傾向にある。安心・安全な社会を構築するための科学技術は、自然災害の発生機構解明に関わる学術的な研究から、災害時の被害軽減に直結する実学的な研究まで、幅広い研究領域にわたっている。消防防災の科学技術は、災害被害から国民の生命財産を守る消防が直面する科学技術的課題という、安心・安全な社会を構築するための科学技術の中でも、最も一般市民生活に近い研究領域である。本稿では、このような観点から、安心・安全を目指す科学技術のうち、実践的な部分である消防防災の科学技術を対象として、その現状と近未来の展望を分析し、これらの科学技術の特性を踏まえた推進の方向性について提言する。

2.消防防災の科学技術の現況

2‐1.消防防災の予防と対応

 昭和23年に消防が警察から分離し、自治体消防として新たな発足をしてからの半世紀の間に消防防災は、消火活動・火災への事後対応から出発し、その後、火災の予防、危険物災害への対応、救急・救助活動への対応、地震など自然災害への対応、原子力災害への対応へと対応領域を拡大してきた。

 現在、消防防災において、予防と緊急事態に対応して図表2に示すような取り組みがなされている。潜在的災害危険への予防的対応として、長周期地震動が巨大タンクに与える影響評価、廃棄物施設の火災安全、崖崩れ現場での消防活動安全化などへの取り組みがあげられる。また、災害発生後の行政対応(基準改正など)の事例として、歌舞伎町小規模雑居ビル火災を受けた消防法改正、石油タンク耐スロッシング技術基準、テグ市地下鉄火災を受けた基準改正などあるが、この事例でもわかるように国内外の火災を考慮した取り組みがなされている。

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 一方、緊急事態対応として、災害発生時の緊急対応には苫小牧石油タンク火災消火と危険除去や三重県RDF(Refuse Derived Fuel:ごみ固形燃料)貯槽爆発事故時の消防活動、新潟県妙見堰崖崩れ現場の消防活動などがあり、火災原因調査が必要だったものとして、苫小牧石油タンク火災、大和市イオンショッピングセンター爆発などがある。

2‐2.消防防災科学技術高度化戦略プランの概要

 消防の対応すべき対象が拡大するにともなって、消防防災と科学技術との関わり方も、(1)科学技術の発達による新たな災害の登場、(2)科学技術による消防活動の高度化、の2つの側面で変化して来た。図表3に消防研究所(以下「消防研」という)の研究領域と関連する研究を実施している組織(大学を除く)、図表4には消防研が80年代後半から90年代前半に向けて実施してきた研究が、どのように移行してきたかを示すものである。この図からわかるように、消防研での研究は、その場に対応したテーマが必須であり、またそれが消防研の宿命でもある。消防研におけるこのような従来の取り組みも考慮して、平成13年11月、外部有識者からなる消防防災科学技術懇話会(座長・上原陽一横浜国立大学名誉教授)での審議を踏まえた消防防災科学技術高度化戦略プラン(以下、戦略プラン)が総務省消防庁により策定・公表された3)。昭和23年自治体消防発足以来、初めてこのような戦略プランが策定された。これは、図表4に示すような消防研における研究領域の変遷を背景として、概ね平成17年度頃までの到達点をイメージして作成された。平成7年に発生した、都市直下型地震である阪神・淡路大地震は、大規模広域災害直後に発生する情報の空白期間の課題を提起した。平成11年に茨城県東海村ウラン燃料加工施設で発生した、臨界事故時に提起された救助作業従事者の被爆問題、平成12年の群馬県の化学工場で発生した、ヒドロキシルアミンの爆発事故時に提起された新規物質に潜在する危険性の問題などが戦略プランには反映されている。


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 消防防災の科学技術は、事前対応、事後対応、さらには、発生原因の分析から未然防止につなげるPDCAサイクル(1)を形成していくべきものである。図表5に、消防防災の科学技術の安全サイクルを示す。


(1)PDCAサイクル
 計画(Plan)を実行(Do)し、評価(Check)して改善(Act)する一連のサイクルをいう。

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 情報技術、センサー技術、新素材等の新技術は、災害を予防する科学技術、災害に対抗する科学技術として活用が期待される。戦略プランでは、消防防災の科学技術的課題を以下の9本の柱に整理している。

(1)防災情報通信システム等の高度化

(2)住宅防火対策等の推進

(3)防災力の向上

(4)消防活動支援施設、消防活動用資機材等の高度化

(5)特殊災害対策の強化

(6)危険物施設等の保安対策の充実

(7)救急・救助業務の高度化

(8)環境への配慮

(9)国際化への対応

 これを踏まえて、戦略プランは図表6に掲げる5領域を、消防防災における研究開発の重点領域として提言している。

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3.近未来の安全・安心に関する懸念

3‐1. 高齢化社会に対応する消防防災

 現在、10万人あたりの住宅火災死者発生割合は、81歳以上の階層では21才から25才の階層の27.4倍となっている。これから到来する高齢化社会に向けて、高齢者の被害の拡大が懸念される。

3‐2.環境問題と安心安全社会の背反

 製品などを燃えにくくする難燃剤として、かつて塩素系のものが使用されていたが、有害物質発生の問題から臭素系のものに替わった。しかし、臭素についても環境や健康への影響が懸念されている。また、焼却によって発生するダイオキシン類の原因物質とも指摘されている。このため、臭素系難燃剤のコンピューター製品などへの使用は困難となっているが、このことは家庭内・オフィス内での火災発生危険の増大につながる。また、環境対策として導入されたごみ固形化燃料RDFの施設では、全国的に異常が発生する、爆発事故に至るなど安全を脅かす問題が起こっている。

3‐3.放火など犯罪に伴う災害・テロ災害

 放火及び放火の疑いのある火災は、全火災の22.9%(平成14年14,553件)を占め、増加傾向が続いている。平成13年9月1日に死者44名を出した新宿歌舞伎町小規模雑居ビル火災も放火と見られている。韓国テグ市地下鉄ではガソリンによる放火であり、従来想定していた地下鉄施設などの火災対策・避難安全対策の想定条件の見直しが必要である。

3‐4.インフラの老朽化に伴う事故

 美浜原発の減肉による蒸気噴出事故に代表されるように、大型施設の経年劣化が危惧されている。特に、危険物施設における火災・漏えい事故については、昭和50年代中頃から概ね緩やかな減少傾向が継続していたが、平成6年を境に増加傾向に転じている。図表7に野外タンク貯蔵所の、また図表8には危険物施設における火災・漏えい事故件数の推移を示す。平成14年中、火災170件、漏えい331件合計501件あり、腐食劣化が35.1%と最大の原因である。

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3‐5.巨大地震など自然災害

 2003年9月26日十勝沖で発生した地震はマグニチュード8を観測する巨大地震であった。この地震により、苫小牧市の石油タンクに火災が発生し、44時間にわたって炎上した。結果としてこの火事は消火できず、燃え尽きて鎮火した。今回の規模の地震は、再来周期が100年から200年と予測されていたが、実際は50年で起こったことから、再来周期の見直しが検討されている。特に、図表9に示す地震が懸念されている地域に存在する石油タンクなどは、早急に予防対策が必要になる。

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 以上の懸念を踏まえて次のような重点研究領域を推進すべきである。

4.近未来の重点領域の展望

4‐1.高齢化社会に対応するために

 住宅火災による被害を少なくするためには、火災感知器を広く普及させることが大切である。エアコンなど住宅内で常時稼働する電気器具を、火災感知にも使えるようにする応用技術の研究が消防研で進められている。試作機は、エアコンに煙センサーなどを組み込み、発光体や音声で知らせるだけでなく、無線通信によりテレビ画面に割り込んで警報を表示したり、電話回線を使って外部に緊急通報する仕組みも採用されている。また、高齢や障害のため警報音の聞き取りが困難な人に対しての開発も進められている。臭気によって知らせる方法もあるが、どのような臭気をどのぐらい発すれば火災と認識することができるか、基礎的なデータが必要となる。また、就寝中の災害を想定して布団や枕を振動させたり、フラッシュランプを点滅させるなどの方法も研究対象となる。さらに、火災を自動的に外部に通報するための通信ネットワークシステムの研究も推進しなければならない。これらの技術開発により、減害効果が期待できる5)

4‐2.環境問題に対応した難燃化&消火技術の革新

(1)オゾン層破壊物質の使用禁止にむけて

 オゾン層破壊物質であるハロンの生産禁止に伴い、新しいタイプの消火剤や消火技術が開発されている。これらの消火剤の中には、特定条件では逆に物体の着火を促したり、消火剤がフッ化水素など人体に有毒な燃焼排出物の生成を促進する場合があることなどが報告されている。消火剤を安全に使用するために、着火・消炎現象と燃焼排出物生成過程など、これらの消火剤の諸作用を高度な数値シミュレーションを通して明らかにしていく必要がある。

 ハロンに替わる消火設備の候補のひとつがウォーターミストであり、これは水を利用した消火設備の中で、従来のスプリンクラー設備や水噴霧消火設備よりも、放出される水粒子の分散性に配慮した消火設備を指している。ウォーターミストでは、従来のスプリンクラー設備よりも数分の1程度の総放水量で同等の消火能力が期待できるため、火は消えたものの室内が水浸しになり、資産が利用不可能になるといった水損被害を最小限に抑えることができる。ウォーターミストの消火原理はいまだ未確立の部分が多いため、火災をいくつかの段階にわけ、段階ごとにウォーターミスト消火設備が備えるべき最適の条件を確定し、その利用指針を明らかにしなければならない。また、天井等に設置した固定型消火設備の他に、消防隊が使用する消火ノズルへの適用も検討されている6)

(2)エネルギー分野に対応する消火技術の革新

 1995年12月、高速増殖炉「もんじゅ」において、二次主冷却系の配管室でナトリウム漏洩・燃焼事故が発生した。この事故以降、ナトリウムの燃焼挙動を詳細に観察し、消火の条件などの研究がすすめられている。ナトリウムは極めて低い酸素濃度にすることで燃えなくなるが、温度条件により再び発火したり、低酸素条件下において特異的な酸化反応を見せることがある。つまり、いったん消えたかに見えるナトリウムも、温度や特定のガスが充満するなどの一定の条件下では再び燃える可能性がある。ナトリウム漏洩火災の消火を確実に行うためには、残ったナトリウムの安定化や、燃焼残渣の環境温度における発火機構の解明、さらに不活性ガス系以外の消火剤の探索などが必要になっている。

 燃焼という観点からさらに注意が必要な金属にリチウムがある。リチウムを利用したリチウムイオン電池は、エネルギー密度が高く、繰り返し利用できるなどの利点があるため、携帯電話やパソコン、ビデオカメラなどのバッテリーに広く利用されている。 リチウムは禁水性であるため、火災時にはガスや粉末の消火剤を利用することが考えられる。希ガスや粉末の消火効果はどの程度あるのか、ナトリウムのような、特異的な燃焼挙動はないのかなど、リチウムの燃焼特性の把握を行うとともに、リチウム火災における消火の研究を進めなければならない。

 コストや性能、環境適応などの利点をうたってさまざまな新エネルギーが研究されている。こうした新エネルギーについては、それが普及する条件として、消防・防災の観点からの安全性評価が不可欠である。例えば、現在試験されている燃料電池自動車は、水素を利用するものが一般的であり、駐車場やトンネルにおける安全対策について対応が求められている。これまでのガソリン車と同様な消火方法では、必ずしも消火効果が上がらないばかりかかえって危険性を増すことも十分考えられる。そうしたことから適切な消火技術と予防技術が不可欠である7)

(3)廃棄物処理施設に対応する消防防災技術の革新

 近年は分別収集の取り組みにより、廃棄物処理施設には大量の廃棄物が不燃物として収集されている。プラスチック類も不燃物に分類されているが、なかには大きな発熱量をもつものがある。また電池やスプレー缶・ガスボンベのガスなどそれ自体発火性をもつ物質が不燃ゴミに混入していることもある。廃棄物処理施設では、破砕などの工程で起こる衝撃火花や摩擦火花、あるいは化学反応などが着火原因となり、火災が起こる可能性がある。そこで、廃棄物処理施設における廃棄物の現状調査から始まり、そこでの火災の特性に応じた火災予防と消火システムについての研究が必要となる。

4‐3.社会治安の低下による大規模・複雑建造物の非安全化・脆弱化に対応する技術の革新

 大規模・複雑建造物は、通常想定される着火源、火災性状に対して安全性が確保されるよう設計・建造されている。放火あるいはテロ活動により発生する火災の場合、ガソリンの散布等、通常の火災での想定を上回る火災荷重、火災拡大が発生し、例えば地下施設における避難誘導、消防活動を困難とするなど、大規模・複雑構造物の脆弱性が露呈する。

 こうした事態に対応するためには、消防隊や住民が遭遇する環境条件を明らかとする研究を実施するとともに、消防活動や避難が困難となる大規模火災の潜在危険性を洗い出し、消防活動支援や避難支援など被害軽減のための高性能防火服の開発、避難誘導システムの開発につなげていく技術革新をはかる必要がある。

4‐4.社会インフラの老朽化に備えた検査技術・保守維持技術の革新

 錆びや金属疲労、亀裂など、石油タンクも年月の経過に伴い劣化する。さらに設置場所が海に近く、内容物の出し入れにより繰り返し荷重を受けるなど、過酷な環境にさらされている石油タンクの損傷は、危険物の漏洩、火災や環境汚染という大惨事につながりかねない。損傷のほとんどは経年劣化と地震動に起因しており、その腐食環境は複雑で、地震被害も地震動の強さ、地震波形や基礎・地盤、タンク構造や内容物の量などに影響を受ける。したがって安全性評価はタンクの状況に応じて行い、経年劣化および耐震性の評価を同時に考慮することが重要である。AE(アコースティック・エミッション)法により石油タンク底部の健全性を評価するとともに、地震動を予測しコンピュータシミュレーションによって石油タンクの状況を分析するなど、安全性評価手法の確立が必要となる。

4‐5.巨大地震など自然災害発生に備えるやや長周期地震動影響解明と防災情報システム

 地震により、被災している人を救助する救助ロボットの研究も進められている。自立走行型の小さな軽量ロボットが複数組み合わさり、放射能等を防ぐ防護壁になったり、被災者のまわりに取りついて、運びやすいように姿勢を整え、引っ張り救い出すことをめざして開発がすすめられている。消防研によって開発された小型ロボットは、1台あたり5kg程度の重量で、無線操作で複数台の隊列を組み移動する。リーダーの小型ロボットは消防隊員に操縦されるが、リーダーロボットの後ろの小型ロボットはリーダーが発する光を感知しながら自動的に進む。そして、小型ロボットは防護壁ロボットと牽引ロボットのグループに分かれ、個々が連結したり役割を分担しながら、それぞれの機能を果たす。また、中高層マンションのベランダを伝い、建物を昇降するロボットの研究なども行っている。今後は、瓦礫の下に埋もれた人間を探知するロボットなども研究のテーマのひとつとなる。

 地震による貯蔵タンクの被害は、地震動の特性・タンクの構造・地盤の特性・内容物の物性などが影響し合って起こる複雑な現象である。このためさまざまな解析手法を使用し、複数の地震波形を用いたコンピュータシミュレーションによって、地震動によるタンク底部の浮き上がり挙動に起因する座屈等の損傷メカニズムの解明および小規模タンクの安全性評価システム構築が望まれる。これまでの研究で、地震波が予測できればタンク強度を評価できることが明らかになった。さらに精度の高いコンピュータシミュレーションを実現し、被害の事前予測による安全性の確保が必要となる。大型構造物である石油タンクは、地震時の長周期地震動と共振して、スロッシング(タンク内の液体が揺れること)を起こす危険性がある。そのため「地震地体構造区分」という考え方に基づいてスロッシング予測の精度を高める研究が進められている。短周期地震動についても、精度の高い短周期地震動の予測手法のために、地盤のボーリングデータなどを使った研究が実施されている8,9)

 そのほかに、例えば、原子炉災害では一度発生したら拡大防止が困難である。スマトラ沖地震大津波では初期に大きな被害が発生し、22万人もの命が失われた。建物火災でも消防が駆けつけるのは5分程度後であることから、爆発事故などの一次被害は軽減できない。巨大災害ほど事後対応ではなく予防的対応が有効で重要である。即ち、安心・安全な生活を国民に保証するためには、発災後対応だけではなく事前予防が不可欠であり、真の緊急事態に対しては「予防」と「事後対応」の両輪で対応すべきである。

5.提言

 前章までの「消防防災の科学技術」の現状・将来展望等の動向分析を踏まえ、安心・安全な明日の社会を築くための科学技術に関する提言を行う。

5‐1.アウトプットをアウトカムに

 消防防災の科学技術の成果を安心・安全な社会実現につなげるためには、市民が成果を理解し活用できるようにしなければならない。消防防災の科学技術のユーザーは、消防関係者だけではなく、市民全般でもあるからである。事故を未然に防ぐには科学技術による予防は当然ながら、それをきちんと理解し、管理・使用する人間に対する教育も同時に行うべきである。技術に直接結びつく研究に対してはさまざまな予算が配分されるが、予防教育などに関する分野にも同様に予算を配分すべきである。純粋科学研究のように、研究成果が形にはならないかもしれないが、こうした教育も安全・安心社会の構築には必須である。地震が起こったときなどの被害状況は、場所によってかなり異なることが容易に想像される。よって、バーチャルリアリティのようなシミュレーションを用いて、地域にあった避難訓練を地域市民全員に課すことも、減害の視点から有用である10)。事実、火災が起こった際、実際に消火器を使用できる人の割合はどのくらいだろうか。東京消防庁の火災実態調査(平成12年度)によると、1,921件の火災中、消火器の使用が必要だろうと思われた火災は1,199件だったにもかかわらず、実際に消火器を使用できた例は624件しかなかった。消火器があり、それを使う必要がありながら、使えなかった例が半数近くまで達していることからも、学校のみならず、職場や地域の住民全員に定期訓練や使用方法の実習が必要である。

5‐2.領域横断研究を効果的に

 消防防災科学技術において推進すべき研究領域を、第2期の科学技術基本計画における「4重点研究分野」及び「その他4分野」と比較して眺めると、消防防災科学技術が分野横断的なものとなっていることが分かる。

 例えば、「高齢化社会に対応し火災等災害から安全な社会を築く」ためには「情報通信技術分野の研究成果」、「エネルギー分野の研究成果」、「製造技術分野の研究成果」及び「社会基盤分野の研究成果」の統合と融合が不可欠である。その他の4つの消防防災科学技術の重点研究領域も同様に、複数の要素研究分野における研究成果の統合・融合が不可欠なものとなっている。消防防災に関わる科学技術は、いずれもが図表10に示されるように第2期科学技術基本計画で策定された全ての重点分野にわたった領域横断的研究に位置づけられる。

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 こうした領域横断的な消防防災の科学技術の研究を担う研究者には、「研究課題を柔軟に変えていく能力」と「起こらなかった異常事象に気づく能力」とが求められている。前者の能力が必要となるのは、消防防災の科学技術が領域横断的であるためである。後者の能力が必要なのは、事故を未然に防止する為の研究課題の発掘では、過去の事例に学ぶことと同程度に、事故発生を防止している潜在的要因(事故の被害を食い止めていた要因)に気づくことが重要な為であるからである。
 現在、研究者の業績評価がますます幅広く実施され、重要度が増しているが、現在の多くの研究者評価においては、研究領域の変更は発表論文数の一時的低下などを招くなど、必ずしも有利とならない。よって領域横断的な研究者を育成するためには、安心・安全な社会構築への貢献をある程度の期間にわたって積分する等の工夫を取り入れた評価手法の確立が望まれる。

5‐3.公開性を活かして成果活用市場の拡大を

 消防防災の科学技術は、安心・安全を目指す科学技術のなかで「安全に関する法規制による予防」と「災害発生時の消防対応等」という災害予防と事後対応の両面で、社会還元の方向が明確な実学でもあるという特徴を有している。さらに、同じく安心・安全を目指す「テロ・有事」と「情報セキュリティー」などの研究と「消防防災の科学技術研究」を比較した場合には、後者は研究成果の公開が原則であるという点で大きく異なっている。

 これまでにも、公開性を活用し、消防防災の研究は、情報通信研究機構、防災科学技術研究所、土木研究所、産業安全研究所をはじめとする、多くの国立研究機関(独立行政法人を含む)や大学等がそれぞれの視点で実施している領域の研究と連携し成果を蓄積してきた。将来的にも、ナノテク、情報技術など次期科学技術基本計画で定められるであろう重点研究領域の各分野での研究が、より一層強力に進められることが消防防災の科学技術の進展にも不可欠である。必要なのは、どのような重点研究領域が定められるかではなく、安心・安全の科学技術のように、領域横断的な切り口の研究開発が存在することが理解されることである。

 消防の科学技術を遂行し成果が社会に還元される為に課題が無いわけではない。市場規模が小さいが故に、消防等現場からのニーズに沿った機器の開発へのモティベーションが高まらず、災害と闘う為の科学技術に最先端の研究成果が導入されづらいことである。この市場規模が小さいという課題を解決する鍵も、消防防災科学技術の公開性の活用にある。


 すなわち、消防防災の科学技術は、予防・対策のいずれについても研究成果の公開が原則であり、産学官連携及び府省連携といった効率的・効果的な研究推進体制に、本質的に馴染むからである。府省連携等の体制で、消防防災の科学技術の成果を汎用市場で活用可能なものとすることで、研究開発のターゲット市場を拡大することが出来る。

5‐4.消防防災科学技術に戦略を

 消防防災ロボットを例として、消防防災科学技術の戦略について提案する。

 日常生活環境での実用ロボットが存在しない現状で、より困難な消防活動空間に投入できるロボットを製作することは不可能と考えがちであるが、遭遇する環境や対応すべき環境を限定することで、これまでの研究開発成果を活用した消防・防災ロボットは十分に開発可能である。むしろ、

 という条件を付加することにより、消防・防災ロボット導入の実現性が高い状況にあると言える。現在のロボットが抱えている「消防防災活動現場で使用するには動作が遅く」、「耐久性が乏しく」、「動作の信頼性が低い」などの状況にブレークスルーをもたらすための課題は、製造を担う企業及びロボット研究者が消防ロボットの実現に対して十分な魅力を感じ、本気で取り組める体制を如何に構築するかである。

 そこで消防ロボットを市場として魅力あるものとする為に、

の府省連携プログラムによるプロセスを付加することが必要である。

 これまでに達成されてきた産学官連携によるロボットの研究開発成果をもとに、次のステップを踏んで、一般の消防本部でも導入可能なロボット技術を10年以内に確立し、これをさらに汎用介護ロボットなどの市場につなげるというビジョンと体制を構築することである。

第1期:国の緊急援助隊への導入が可能な活動性能と価格の実現。

第2期:大規模消防本部独自で導入が可能な性能と価格の実現。

第3期:一般消防本部導入が可能な性能と価格の実現。

 消防活動の現場で求められる耐環境・性能要件は、軍事技術に比較しても、同等あるいはより過酷なもので、解決すべき科学技術的課題は高度である一方で、費用・効果比はより民生に近い水準が求められる。

 消防防災の科学技術の成果の公開は容易である。米国が世界の警察として、軍事技術により科学技術を先導することに対比させるならば、日本は、世界の消防として「防災・減災」科学技術のブレークスルーを先導し、国際社会に貢献することも可能なのではないだろうか。

 消防防災の科学技術が効果的に遂行され、成果を社会に還元するためには、こうしたビジョンの作成と体制の構築が不可欠である。


参考文献

1) 消防白書:http://www.fdma.go.jp/html/hakusho/h16/h16/index.html

2) 平成17年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/siryo/008/04081901/007/007.pdf

3) 消防防災科学技術高度化戦略プラン:http://www.fdma.go.jp/html/new/131126yobo410-2.pdf

4) 地震調査研究推進本部:http://www.jishin.go.jp/main/

5) 高齢者など災害弱者に火災の発生をどう伝えるか:http://www.fri.go.jp/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=JRR1&ac2=21&ac3=108&Page=hpd_view

6) 研究紹介:http://www.fri.go.jp/cgi-bin/hp/index.cgi?Page=hpd_view&ac1=JRR1&ac2=21&ac3=112

7) 環境対応技術の火災安全を支える:http://www.fri.go.jp/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=JRR1&ac2=21&ac3=113&Page=hpd_view

8) 2004年9月5日紀伊半島南東沖の地震による石油タンクのスロッシングと長周期地震動、畑山健他、日本地震学会秋季大会

9) 石油タンクにおける危険度予測と危機管理:http://www.fri.go.jp/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=JRR1&ac2=21&ac3=117&Page=hpd_view

10) VR(バーチャルリアリティ)を利用して火災現場を擬似体験:http://www.fri.go.jp/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=JRR1&ac2=21&ac3=109&Page=hpd_view