情報通信ユニット 野村 稔
現在、米国政府における情報通信技術の研究開発は、国家科学技術会議(NSTC)が策定したネットワーキング及び情報技術研究開発(Networking and Information Technology Research and Development:NITRD)プログラムに基づいている。NITRDには12の政府機関が参加し、7つの個別研究分野がある。高性能コンピューティング(High-End Computing:以下HECと略記する)に関する個別研究分野としては、「HECのインフラストラクチャおよびアプリケーション(HEC I&A)」と「HECの研究開発(HEC R&D)」がある1,2)。
2003年3月にはNSTCの下にNITRDの特別プロジェクトとしてHEC Revitalization Task Force(タスクフォース)が編成された。共同議長(Co‐Chair)は、DoD/ODDR&E、DOE/Office of Science、National Coordination Office、Office of Science and Technology Policyからのメンバーが務め、その他の参加機関は、DARPA、DoD/HPCMP、DoD/Missile Defense Agency、DOE/NNSA、EPA、NASA、NIST、NSA、NSF、OMBなどが入っている。レポートに載っている名前は、総勢で約70名となっている。
このタスクフォースの使命は、今後の科学技術で米国がリーダーシップを維持するための強力な計画の策定である。タスクフォースは、2004年5月に、今後5〜10年間に渡る、HEC研究開発、HECリソース、HECシステムの調達への対策を盛込んだ「米国政府のHEC計画」(以下、HEC計画と略記)を作成した3)。科学技術の発展、国家安全保障、国際競争力にHECは必須である。しかし、米国政府のミッション遂行に使われているHECシステムは、政府機関の計算ニーズを必ずしも満たしていないという問題意識がある。こうした問題意識の背景には、日本の最近のHECへの取り組みについての危機感があると考えられる。
HEC計画の具体化の動きと推測される少なくとも3つの法案が2004年度の第108回米国議会で審議された。このうち、2004年エネルギー省高性能コンピューティング再生法(以下、再生法と略記する)が11月末に成立した。今、米国政府はHECの研究開発と活用により、国力を上げる戦略を強力に進めている。
本稿の目的は、まず第2章において、「米国政府のHEC計画」の概要を紹介することである。次に、その内容についての注目点を第3章で述べる。
以下、「米国政府のHEC計画」を要約して示す。
タスクフォースは、HECを活用して研究を進めているさまざまな専門分野の先端的科学者からの意見を徴集した。それによると各分野の目標達成には、今日のHECリソースの100〜1,000倍までの能力が必要と見積もられている。図表1は、各領域での「科学的チャレンジ」と「現状の能力の100から1,000倍の能力で得られることが期待される成果」を示す。
2‐1.HEC:科学技術でリーダーシップをとるための戦略的ツール
(1)HEC再生(Revitalization)の背景
最近の政府機関による調査の結果、「現在のHECリソース、アーキテクチャ、そしてソフトウエアツールと環境は、現状において必要とされるニーズを満たしていない。同時に、次世代のHECシステムの設計、開発のために必要なアイデアやエキスパートの供給も削減されており、代替システムの調査研究も殆ど停止していた」ということが判った。
この結果が再生計画の必要性をもたらしたと記述されている。
(2)目標
- HECの使用容易性と生産性を向上する(Make high-end computing easier and more productive to use)
- 新世代のHECシステム・技術に対する発展と革新を促進する(Foster the development and innovation of new generations of high-end computing)
- 政府のHECを効率的に管理、調整する(Effectively manage and coordinate Federal high-end computing)
- 政府機関のミッション遂行に必要なHECをいつでも利用可能にする(Make high-end computing readily available to Federal agencies that need it to fulfill their missions)
HECの使用容易化と生産性の向上の中で、研究者にとっては、新規アイデアから結果が導き出されるまでのTime to Solutionの短縮が最も重要であり、これをHECシステムの研究開発目標にすべきであると述べている。Time to Solutionの要素を図表2に示す。全体の最短化には、計算だけではなく各フェーズにおける最短化の努力が必要であるとしている。
(3)計画の範囲(注1)
HEC計画は、今後約15年以内に製造され得るHECシステムにとって必要となる全てのコア技術をロードマップとして示している。主な要素を以下に示す。
- ハードウエア、ソフトウエア、システムにおけるコア技術の研究開発
- 科学、工学コミュニティにいつでも利用可能にするHECの性能(Capability)、供給能力(Capacity)の向上、及びアクセス容易化の戦略
- ユーザ要求を満たすHECシステムの効率的な政府機関での調達の戦略
NITRDプログラムの中でHEC関連の年度予算は約9億ドルであり、その内で、HEC計画に関連する活動は約1.58億ドル(2004年度)である。再生化の活動が成功した場合には、HECに関する全体で26億ドルの政府の長期的な活動へインパクトを与えるだろうと述べられている。
(注1)この計画書では、ビジュアリゼーション、ネットワーキング、グリッドコンピューティング、セキュリティ、アプリケーションソフトウエア、小規模クラスタ等ついては検討から除外されている。
2‐2.研究開発
研究開発に関しては、政府機関の計算性能へのニーズと商用システムの性能間の乖離の問題が示されている。HEC市場は、Webを活用したコマース市場やビジネス用コンピューティング市場などと比較すると、コンピュータ産業界が注意を向けるほど大きくはない。市場での売上対比で見ると、HECの調達(procurement)は年約10億ドルであるが、サーバー市場は年500億ドル以上である。このため、産業界がサーバー市場へ集中することになり、産業界で製品化されるHECシステムは、サーバー市場で必要とされる小規模システムのために設計された非常に多くのプロセッサから構成されるものになっている。そうした膨大な量のプロセッサからなるマルチプロセッサシステムは、HEC向けのプログラム開発が非常に難しく、重要なアプリケーションにおける高性能レベルの達成に問題があった。
近年、プロセッサの性能改善が継続しており、理論的なピーク性能は急峻に上昇している。しかし、マルチプロセッサシステムでは、プロセッサのスピードとメモリバンド幅の不均衡が増大しており、実運用環境での実効性能を抑えてしまう。プロセッサのスピードの伸びは年率約40%であるのに対して、メモリのスピードは年率約7%の改善である。
実効性能の現状として、米国で投資が集中しているクラスタシステムは、全てのアプリケーションに適しているわけではなく、国家の優先度の高いアプリケーションでは別のアーキテクチャが適しているものがあることが述べられている。又、並列効率としては次のような記述もある。
現在のHECは、各々が独立したオペレーティングシステムを持つ小規模のノードを数百接続したクラスタに集中しており、一般にはピーク性能の10%以下、そしてあるアプリケーションでは時々1%以下の並列効率になっている。原文を以下に示す。
「The current HEC focus on clustering hundreds of small nodes, each with a separate OS, results in poor parallel efficiency, generally below 10% and sometimes lower than 1% of peak on some applications.」
図表3は、主要なHECセンターで見られる理論的なピーク性能と実効的なシステム性能(Sustained system performance:SSP)間での乖離を示している。
(1)HEC技術へのユーザ要求
HECの効果的な活用に向けた当面の主な挑戦として以下の項目が述べられている。
- 複雑なアプリケーションでの高い実効性能の達成
- 複雑なアプリケーションソフトウエアの開発とメンテナンス
- 入出力双方で劇的に増加するデータ量への対応
- 空間軸と時間軸の双方でマルチスケールへの対処、マルチディシプリナリ・シミュレーションへの対応
又、将来のHECシステムのために以下の目標が述べられている。
- 実効性能(ピークではなく)で100倍の増加(現在の多くの科学技術問題を解くために要求される性能レベル)
- 簡単に並列化されない問題に対しての超高速プロセッサと新アルゴリズムの開発
- 性能を決定付けるメモリとプロセッサ間通信でのバンド幅とレイテンシの改善
- 多様なアプリケーション要求に応えるアーキテクチャ
ソフトウエアツール、プログラミングモデル、及びオペレーティングシステムに関わるソフトウエアの不足も重視している。現行のものは、1,000プロセッサーまでは相応の性能を期待できるが、2010年に目標とされている100,000プロセッサでは、実質的な改善がない限り、ほとんど性能が期待できないとしている。
(2)HEC研究開発の戦略
HEC計画では、今後のハードウエア、ソフトウエア、システムにおけるユーザ要件への対応として、キー技術の(1)ロードマップ、(2)研究・評価システム、そして(3)HEC研究開発投資の優先度が示されている。以下では、それぞれ順を追って概要を述べる。
(1)ロードマップ
ロードマップはハードウエア、ソフトウエア及びシステムから成る。またアプリケーションからのトップダウンの要求と、技術の進化からのボトムアップの要求を基に決められ、定期的な更新が必要であることが言及されている。このロードマップの特徴は、今後10年に渡る2つのシナリオが記述されていることである。
まず、「現在のプログラム」は、2004年度からの新たなリソース割付が無いと仮定した場合の今後のシナリオを示している。
また、「ロバスト(強力)な研究開発計画」は、新HECシステムへの計画、実行、システム配備などがタイムリーに行われた場合を想定した今後のシナリオを示している。
詳細を図表4から9に示す。
【ハードウエアロードマップ】
以下では、「現在のプログラム」と「ロバストな研究開発計画」を対比して示す。
「現在のプログラム」では、更なる研究努力がない場合には、次5年以降の改善はほとんど無いであろう。その期間の改善は、産業界主導のCOTS(Commercial-Off-The-Shelf:汎用量販品)技術の進展と既存又は過去の研究投資の結果に主に依存するだろう。又、技術のブレークスルーがない限り2015年ごろムーアの法則が終焉するだろう。
「ロバストな研究開発計画」は、それに対する推進策を示している。
【ソフトウエアロードマップ】
以下では、「現在のプログラム」と「ロバストな研究開発計画」を対比して示す。
「現在のプログラム」シナリオは、新アーキテクチャを次の5年にリリースするDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)のHPCS(High Productivity Computing Systems)プログラムによる進展に依存する。DARPAのプログラムは、2010年に終了するため、「現在のプログラム」による将来の改善は、主にそれらのアーキテクチャに基づくことになるだろう。「ロバストな研究開発計画」は、それに対する推進策を示している。
【システムロードマップ】
以下では、「現在のプログラム」と「ロバストな研究開発計画」を対比して示す。
「現在のプログラム」シナリオは、既存の研究活動(HPCSを含む)に依存し、次の5年以降は進展が難しいだろうとしている。「ロバストな研究開発計画」は、それに対する推進策を示している。
(2)研究・評価システム
将来の10,000から100,000プロセッサに及ぶ大規模システムを正しく機能させるためには、適切な開発と評価が必要とされるため、タスクフォースは、研究・評価システムの調達をHEC研究開発の不可欠な戦略として提言している。
タスクフォースが研究・評価システムと呼んでいる「早期アクセス」システムは、プロトタイプの早期段階でのテストを可能にし、新しいアルゴリズムや計算手法を開発するために必要なプラットフォームを提供する。又、このシステムは、ソフトウエアに関する機能性とスケーラビリティの研究を評価するためにも必要である。ソフトウエア開発での試験ではしばしばハードウエア故障を引き起こすため、アプリケーションソフトウエアの開発上で支障が生じる。そのため、ソフトウエア開発用のテストベッドとアプリケーションソフトウエア開発用のテストベットを分けることが必要である。
研究・評価システムの評価で得られる性能情報は、HECシステムの将来の調達を成功に導く貴重なものである。この評価によって失敗のアプローチを識別できたとしたら、政府は、期待通りに実行しないシステムを購入しなくてすむことになる。又、この評価は、失敗の原因を取り除くことで更に意味あるアプローチを提案できうるものでもある。
(3)HEC研究開発投資の優先度
優先度は研究開発の主要な4つの段階を、以下の様に定義した上で検討している。
(a)基礎・応用研究(Basic and Applied Research):新しいアイデアや専門知識の継続的な創出により、HECの基盤となる概念開発に焦点を絞る。
(b)先進開発(Advanced Development):高性能システムへ向けた革新的な技術やアーキテクチャを選択し洗練する。
(c)プロトタイプ(Engineering and Prototypes):HECシステムとその要素の構築に必要とされる統合やエンジニアリングの実現。
(d)試験評価(Test and Evaluation):HECソフトウエアや現在及び新世代HECシステムを適切な規模で試験評価を行う。
また、ソフトウエアの長期的進化支援は、重要なHECソフトウエアインフラストラクチャを長期間に渡って維持するものとしている。
そして、それぞれに対し研究開発投資の推奨案を図表10の様に述べている。ここでは、「現在のプログラム」に比較した予算の増分の大小で優先度を示している。
2‐3.HECリソース
本計画では、政府機関のミッションを遂行するために必要とされるHECシステムの獲得、運用、維持を「HECリソース」と呼んでいる。
全体的に計算能力が不足しており、強力なHECの投資が必要とされている。政府機関の中には、利用者に対して十分な計算能力を供給できないために他の機関のリソースを借用しているところもある。又、現在、米国の民間機関は、リーダーシップクラスシステムにアクセスしていないので、重要な計算問題に対して真にブレークスルーをもたらす機会が限られているとも述べている。
(1)HECリソースへのユーザ要求
連邦政府の広範な科学分野のHEC要求を調査した結果、2つのクラスのリソース問題があることがわかった。第1番目はアーキテクチャの利用可能性であり、第2番目はHECの供給の問題であり、それぞれを順に述べる。
[1]アーキテクチャの利用可能性
今日のHEC市場は、最も過酷な科学アプリケーションの性能要求を満足する製品を生み出していない。商用コンピューティングのニーズと科学ニーズの間で重なっているところではベンダーは素晴しい製品を供給してくれるが、科学又は国防ニーズで商用ITと重なっていないところでは製品が不足している。
[2]HECの供給(Capacity)
政府の科学技術でのHEC利用要求は、供給(Capacity)の約3倍であり、年約80%の割合で増加している。この傾向は、アプリケーションの高度な利用や、利用領域の拡大に伴って益々増加すると予想される(図表11)。
(2)HECアクセス、アベイラビリティ、リーダーシップへの対応
タスクフォースは、HECリソース問題に対して、アクセシビリティ、アベイラビリティ、リーダーシップシステムの3つの異なった問題にわけ、個々へアプローチすることを提言している。
[1]アクセシビリティ
リソースの共有化について提言している。
- 他の政府機関からのリソースを用いて研究をする政府機関は、共同契約を通してリソースをユーザに供給するなどの選択肢を検討する。
- 各政府機関はミッションの優先度に基づいてリソースニーズを評価調整する。
[2]アベイラビリティ
ミッション遂行に必要なリソースの増加を要求している。
- 計算リソース需要の増加と、既に負荷が過剰なシステムへの増加要求に対応するため、政府機関は、リソース再割当の有用性を検討する。
- 最適リソース再割当のために、理論、実験、計算などの研究や工学のモード間のバランスを評価し、調整することを希望する。
[3]リーダーシップシステム
米国の科学研究者に世界最高性能のHECを提供するために、タスクフォースがリーダーシップシステムと呼ぶシステムの開発を提言している。
システム目標は、現在、市場で得られる性能に比べて少なくとも100倍の性能を目指すものと示されている。リーダーシップシステムの使用に関しては、限られた科学アプリケーション(1年あたり約10)が選択され、かなりの量のアクセス権が与えられるだろう。又、将来、リーダーシップシステムを全体規模で稼動する準備として、より広いアプリケーション(1年あたり約50)がパイロット的な実験のために選ばれ、短時間のアクセスが割り当てられる可能性もある。リーダーシップシステムは、その性格上、数年間使用し、科学ニーズや研究開発活動から生み出される技術に基づいて、定期的に新しいものと置き換えられるものと位置づけられるだろう。HECでのコア技術研究開発はHECシステムに向けられるが、それらの技術は時間と共に、サーバー、最終的にはデスクトップへと適用されるだろうとある。提言内容は以下の通りである。
- 最高の計算能力を持ち最優先の研究用にリーダーシップシステムを設置する。
- 政府機関が、国家リソースとしてリーダーシップシステムを管理する。
- 政府機関は、オープンなユーザ施設としてリーダーシップシステムを運用する。
- システムへのアクセスはピアーレビューによる管理を原則とする。
2‐4.調 達
HECシステムの調達は非常に複雑な仕事であり、政府とベンダー双方での煩雑さを軽減するための調達アプローチが必要である。10年前はHECのサービス寿命は5年以上が普通だったが、現在では平均寿命は約3から4年であり調達期間の短縮が必要である。
政府のHEC調達の効率改善に向け、政府機関を横断した3つのパイロットプロジェクト(HECベンチマーク、TCO(Total Cost of Ownership)、調達)の設定を推奨する。
以下、各々のプロジェクトを述べる。
(1)HECベンチマーク・パイロットプロジェクト
実効性能は調達の選定判断として唯一の容認できる性能基準である。計算ピーク性能又はリンパックベンチマークのような単一の性能測定は、有用ではあるが購入判断のベースとして使われるべきではなく、実際のアプリケーションのベンチマーク性能が、実運用環境でのシステム性能の最良の指標であるとして以下を提言する。
- 政府機関のうちで類似のHECアプリケーションを持つ機関を選択し、それらのアプリケーションの基礎となるベンチマークのセットを開発し、このベンチマークをパイロット購入段階で使用する。
- 参加政府機関は、そのベンチマーク結果を用い各政府機関のアプリケーションに合わせて適当な重み付けを行い、各政府機関で必要とするベンチマークの代りに用いる。
(2)TCOパイロットプロジェクト
TCOは、HECサービスを供給するための全ての財政的な観点を含み、次の4つの主なコスト領域に分けられる。
- ハードウエア
- システムソフトウエア
- スペース、ユーティリティ、人員、センター外の通信(ネットワーキング)
- ユーザ生産性(アプリケーションソフトウエア開発コストを含む)
パイロットプロジェクトとして以下を提言する。
- 複数政府機関からなるチームが、TCOの全ての要素(例えば、購入とメンテナンス、人員、センター外通信、ユーザ生産性)を幾つかの類似のシステム間で評価し、TCOを決定付けるベストプラクティスを開拓する。
(3)複数の政府機関による共同HEC調達パイロットプロジェクト
参加政府機関は、上記した2つのプロジェクトによって開発された新しい方法を用いて共同で調達の方法を開発する。そしてその有効性を評価する。評価は、購買力の改善、全体の人件費の削減、調達に要する全時間、及び参加政府機関の要求への適合性などの観点から行う。
以上、「米国政府のHEC計画」の概要を述べた。このHEC計画には、多くの注目すべき点がある。そこで以下では、そのいくつかについて述べる。併せて関連する技術動向も紹介する。
(1)Time to Solutionの短縮
HEC計画には、Time to Solutionという用語が頻繁に使われている。これは、研究者が演算処理結果を手にするまでの時間であり、演算実行時間に加えてプログラムの開発や試行を含む。計画ではこのTime to Solutionを重視し、HECに関する総合力での進化を目標にすべきとしている。又、Time to Solutionは、HECのライフサイクルでのコストを左右するものとして捉えられており、HEC研究開発、HECリソース、調達など全域での考え方の基点としている。
(2)実効性能の重視(注2)
実効性能に関しては、現状のHECシステムに対する認識、研究開発のあり方、調達のあり方などの点で詳細に検討され、その重要性が力説されている。ロードマップには、その改善策が提言されている。
(注2)実効性能関連の情報:米国のHECシステムに関する実効性能の問題は、米国の学術研究者が執筆した米学術研究会議(NRC)報告書(参考文献8))にも取り挙げられている。又、参考文献9)には高い実効性能を達成している日本の地球シミュレータについて説明されている。詳細は資料を参照されたい。
(3)研究開発の優先度
HEC研究開発投資における推奨の優先度付けは力点を示すものとして意味がある。ここにはHEC計画に関係する2004年度予算が示されており比重のかけかたが概観できる。ソフトウエアとシステムの合計額がハードウエアに比べて高いことが特筆される。ハードウエアでの基礎・応用研究、先進開発、ソフトウエアでのプロトタイプ、試験評価と長期的進化支援(Long-Term Evolution and Support)、システムでのプロトタイプへの増分を当初から多く推奨していることも注目される。
(4)大規模で挑戦的な問題へのリソース対応:リーダーシップシステム
最高性能を必要とする大規模で挑戦的な研究課題への対応としてリーダーシップシステム施設を設置し、産業界や政府機関の研究者に開かれた運用をすることが必要であると記述されている点が注目される。現在、米国でも民間機関は、リーダーシップクラスのシステムにアクセスしてないことにも簡単に触れられており、その改善を促していると言える。又、リーダーシップシステムの開発目標として波及効果が記述されている。HECでのコア技術研究開発は当初は限られた政府ミッションのHECシステムに向けられるが、それらの技術は時間と共に、サーバー、最終的にはデスクトップへと適用されるとあり、HECシステム開発によって極限の技術を開発し、その成果を後の商用製品で積極的に適用していくことを強く意識しているといえよう。
(5)HECへのアクセスの増加
HECへのアクセスの増加として、国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)で、HEC利用の急激な増加が起こっていること、産業界では化学、半導体、材料分野など実験を通して必要なデータを得ることが難しく時間消費が大で高価につく領域でのHECへのアクセスが増加していることが述べられている。
本計画の冒頭では、物理、ナノサイエンス、航空、ライフサイエンス、国の安全、地球科学、エネルギー・環境の各領域に対して、科学的チャレンジと期待される成果という非常に興味深い内容が述べられており注目に値する。そして、特に、気候・気象研究、ナノスケール科学技術、ライフサイエンス、航空宇宙機最適設計に対しては、多数のページを割き、それらの問題の内容とHEC要求を詳細に述べている。HECへのアクセスが今後益々増加していくことが表されている。
(6)TCOを重視した調達(注3)
TCOは、HECサービスを供給するための全ての財政的な観点を含み、ベンチマークと並び、システム購入判断としての重要な要素であると述べられている。特に、HECシステムのライフサイクルにおけるコストドライバとしてのTime to Solutionが重要なファクターとなっていることが言及されている。
TCOの要素としてユーザ生産性も強く意識されている。ロードマップにも、コンパイラへの重要な進展をはじめとしたアプリケーションソフトウエアの開発容易性、HECシステム間の移植性を向上したプログラミング環境などTime to Solutionの重要な課題とされている。ソフトウエア寿命はハードウエア寿命より長いのが現実であり、長期間に渡って開発し蓄積してきた膨大なソフトウエア資産の活用、高度にチューニングされたアプリケーション資産の機能面、性能面での移植容易性は重要な課題である。
(注3)ユーザ生産性関連の情報:ユーザ生産性の議論としてDARPAのHPCSの活動内容が参考文献3)にあり、参照されたい。
(7)実用的な性能測定(注4)
調達においては実効性能を測定できるベンチマークが購入判断の重要な要素であるとし、類似のアプリケーションを持つ複数の政府機関の間で、実運用環境での性能を反映するベンチマークを開発し共用を図るという内容が述べられている。又、実際のアプリケーションが使用できない場合に対応して、合成ベンチマーク(Synthetic benchmarks)という研究がDOD、DOEの支援で行われていることも述べられており注目したい。
(注4)ベンチマーク関連の情報:実運用環境での実効性能測定に向けたベンチマークの新しい動きが参考文献10,11)にあり、参照されたい。
(8)再生(Revitalization)に向けた包括的なアプローチ
HEC計画では、再生(Revitalization)は、研究開発の主要な4つの段階である基礎・応用研究、先進開発、プロトタイプ、試験評価の全域に渡っての革新が進展するよう支援される必要があるとし、これを包括的なアプローチと呼んでいる。そして、このアプローチが継続的な研究開発プロセスの構築に必須であると述べている。
この計画には具体的な記述はないが、2004年11月9日の高性能コンピュータ関連の国際会議(SC2004)でのタスクフォース関連の発表では、前記した4つの段階の目的と実行主体が図表12の様に示されており、このアプローチの推進形態がうかがえるので参考として示す。
(9)ユーザ視点での政府機関の調整がとれた計画
HEC計画を策定したタスクフォースのメンバーがHEC計画の付録に記載されている。メンバーは全てHECに関係した政府機関のユーザ部門であり、ユーザの視点でHECの有るべき方向性を計画している。又、HEC計画からは、研究開発、HECリソース、調達の全てに渡り一貫して、政府機関のミッションを意識して策定されたことが読み取れる。
HEC計画に関連して、HECに関する再生(Revitalization)を法案名に掲げた少なくとも3つの法案(HR4516、S2176、HR4218)が第108回米国議会で審議された。このうちHR4516は、「2004年エネルギー省高性能コンピューティング再生法」6)(以下、再生法と略記する)で11月末に成立した(注5)。再生法の審議過程をみると、HECは、基礎科学の進展を加速する能力をもつこと、国家安全保障と経済競争力の必須の要素であること、産業への波及効果が大きいこと、政府の関与が必要であること等を述べ、日本の地球シミュレータを何度も引用しHECの必要性を強く言及している7)。再生法には、HECに関する予算として別段に定められた金額に加え、歳出予算期間が3年、予算額は2005年度に0.5億ドル、2006年度に0.55億ドル、2007年度に0.6億ドルの総額1.65億ドルの支出権限が与えられている。エネルギー省は、この資金を使って、HECの研究、HECシステムの開発・購入、ソフトウエア開発センターの設立、同技術の民間部門への移転を行うことになる。
(注5)その他の法案の状況:S2176は、HR4516とほぼ同内容で歳出予算の要求期間が5年、総予算額8億ドル規模であり2004年3月上院で説明された。HR4218は、法案名を「2004年高性能コンピューティング再生法」といい、「1991年High‐Performance Computing法」の改正案である。この法案は、2004年7月下院通過後に上院で受領され商務、科学、運輸委員会に付託された。本HEC計画は、この法案の審議過程の2004年5月に下院科学委員会において説明されている。又、2005年1月の第109回米国議会では、HR28が下院に提出されている。
再生法は、複数のアーキテクチャの研究、アーキテクチャ開発活動と連携したHECシステム用ソフトウェアの研究、高性能ソフトウエア開発センターの設置などを定めている。又、米国内にいる研究関係者が高性能コンピューティング・システム及びリーダーシップ・システムを利用できる環境を整備するとある。HECシステムの利用に関して、米国産業界所属の研究者、高等教育機関、国立研究所その他の政府機関に対し、リーダーシップ・システムを利用する権利を付与することで優先度の高い処理向けのHEC環境を強化している。
以上、HEC計画の概要を紹介し、その注目点について述べた。タスクフォースは、現在、産業界で供給されているHECシステムが、政府機関のミッションを果たすアプリケーションの性能要求を満たすには不十分とし、科学者、大学、産業界、政府機関と連携をとり、科学技術の進展を目指して今後のHEC投資への提言をまとめた。HEC計画では、HECシステムは政府機関が最大のユーザであり、そのニーズを満たすHECの研究開発には、政府による支援が必要としている。日本の地球シミュレータは、卓越したシステムとして米国政府のHEC関係者に認識されており、今後の研究開発の方向性に対し大きなインパクトを与えたのは間違いない。
今、米国政府は、科学技術でのグローバルリーダーシップの維持のために、HECを軸にした戦略を強力に進めている。そして、このHECに関しての極限技術を追求することで、波及効果を生む技術力の維持、継承を図ろうとしている姿がうかがえる。
本稿の執筆にあたって、佐藤 哲也博士、渡邉 國彦博士(地球シミュレータセンター)、中村 壽氏(高度情報科学技術研究機構)、姫野 龍太郎博士、福井 義成氏(理化学研究所)、谷 啓二博士、平山 俊雄氏、松岡 浩博士(日本原子力研究所)、加藤 千幸教授(東京大学)、根元 義章教授、小林 広明教授(東北大学)、上村 洸教授(東京理科大学)、伊藤 聡博士(東芝)他のHECの専門家の皆様から、ご意見、資料のご提供などの協力を頂きました。また、小笠原 敦主任研究員(産業技術総合研究所)、藤井 章博主任研究官(科学技術動向研究センター)には本稿作成において多大な協力を頂きました。ここに関係の皆様に厚く御礼申し上げます。
1) http://www.hpcc.gov/pubs/brochures/nitrd_20041029.pdf
2) 2004年度、2005年度 NITRD BlueBook
3) The NITRD PROGRAM:FY2004 INTERAGENCY COODINATION REPORT Interagency Working Group on Information Technology Research and Development(IWG/ITR&D)October 2004:http://www.nitrd.gov/pubs/20041020_icr.pdf
4) Federal Plan for High-End Computing Report of the High-End Computing Revitalization Task Force(HECRTF) May10,2004:http://www.nitrd.gov/pubs/2004_HECRTF/20040702_HECRTF.pdf
5) http://www.hpcc.gov/hecrtf-outreach/sc04/20041109_culhane.pdf
6) Department of Energy High-End Computing Revitalization Act of 2004 H.R.4516
7) http://thomas.loc.gov/cgi-bin/cpquery/T?&report=sr379&dbname=cp108&
8) Getting Up to Speed:The Future of Supercomputing(2004):http://books.nap.edu/books/0309095026/html/R1.html
9) 特集:地球シミュレータ(情報処理 2004.2)
10) 科学技術動向2005年2月号 科学技術トピックス
11) 「HPCチャレンジでのSXシステムの性能評価」(SENAC(東北大学情報シナジーセンター大規模科学計算システム広報誌)、Vol.38, No.1, pp.5‐28、2005、小林他)
《用語》CAF:Co-Array Fortran COTS:Commercial-Off-The-Shelf DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency DSM:Distributed Shared Memory EPA:Environmental Protection Agency HEC:High-End Computing HECRTF:HEC Revitalization Task Force HPCC:HPC Challenge Benchmarks HPCMP:High Performance Computing Modernization Program HPCS:High Productivity Computing Systems IDE:Integrated Development Environment MPI:Message Passing Interface NASA:National Aeronautics and Space Administration NIH:National Institutes of Health NIST:National Institute of Standards and Technology NITRD:Networking and Information Technology Research and Development NOAA:National Oceanic and Atmospheric Administration NSA:National Security Agency NSF:National Science Foundation NSTC:National Science and Technology Council ODDR & E:Office of the Deputy Director Research and Engineering OMB:Office of Management and Budget OpenMP:Open specification for MultiProcessing OS:Operating System OSTP:Office of Science and Technology Policy PIM:Processor-In-Memory RAS:Reliability, Availability, Serviceability TCO:Total Cost of Ownership UPC:Unified Parallel C |