客員研究官 中根 英昭
独立行政法人 国立環境研究所 大気環境研究領域上席研究官
夢の物質として登場したフロンがオゾン層を破壊することが明らかになり、モントリオール議定書とその改定による国際的協調によってオゾン層保護対策が進められてきた。その結果、図表1上段に示すように、今世紀の成層圏塩素濃度は、規制がなかった場合と比べると大きく減少する見通しになった。オゾン層問題は、地球環境問題解決の最初の成功例と言われ、過去の問題であるかのように言われるようになった。しかし、残された問題も少なくない。気候変動の影響やフロン以外の物質の影響を考慮しつつ、注意深く観測・監視を行う必要がある。
紫外線の増加による皮膚がんの増加予測を考慮すると目の前の風景がかなり違って見えてくる。図表1の下段には、オゾン層破壊による皮膚がん患者増加数が示されている。注目すべきは、皮膚がんのピークの予測値が2060年付近にあることである。つまり、紫外線の影響が人の一生に亘って蓄積するならば、これから皮膚がん患者が増加することになる。現在は、オゾン層破壊による皮膚がん患者の増加速度がピークに達しただけである。たとえオゾン層破壊がピークを過ぎ、緩和されるとしても安心することはできない。このような背景を踏まえ、オゾン層の現状とオゾン層研究の方向性を探る。
オゾン層の変化をもたらすものはフロンだけではない。成層圏で塩素や臭素を放出するフロン類や有機化合物、臭化メチル等に加え、温室効果ガスであるN2Oが酸化されたNOやNO2(NOx)、メタン・水蒸気・水素等の水素化合物が酸化されてできるOHやHO2(HOx)は化学的にオゾンを破壊する。メタン自身はオゾンの破壊を妨げるが、メタンが酸化されてできる成層圏の水蒸気は「オゾンホール」の原因である雲(極域成層圏雲)の材料である。NO2は、冬から春の南極や北極ではオゾンホールを和らげる働きを持っている。
オゾン層を変化させるのは化学変化だけではない。温室効果ガスが増加すると、地表面の気温は上昇するが、成層圏より上では気温が下がる。すると、南極オゾンホールは出来やすくなるが、高度40km付近の上部成層圏ではオゾン層破壊が緩和される。対流圏に生じる大規模な波動(プラネタリー波)の変化は対流圏や成層圏の異常気象をもたらし、成層圏における熱帯上空から高緯度域へのオゾンの輸送やオゾンホールの強さに大きな影響を及ぼす。このように、気候変動によって起こる対流圏と成層圏の変化はオゾン層の変化をもたらす。逆に、オゾン層の変化は気候変動をもたらす。火山噴火による成層圏の硫酸エアロゾルの増加もオゾンの減少をもたらす。以上を図表2にまとめた。気候変動については、一応現在進行していると思われる方向を示したが、気温低下以外はそれ程確かではない。
2‐1.2つのオゾン層破壊メカニズム
化学反応によるオゾン層の変化は、2つのオゾン層破壊メカニズムによってもたらされる。その第一は、フロン、ハロン等、成層圏で塩素(Cl)や臭素(Br)を放出する化合物が、気体同士の反応でオゾンを破壊するメカニズムで、1974年にモリーナとローランドが理論的に予測したものである。第二は、南極オゾンホールの中で起こっているような、雲やエアロゾルの表面反応が大きな役割を果たす、不均一反応を含むオゾン層破壊である。前者は高度40km付近の上部成層圏で重要であり、後者は15〜20km付近の下部成層圏で重要である。オゾン層の破壊に対する寄与では後者が大きい。以下、それぞれについて具体的に述べる。
(1)気相反応による上部成層圏のオゾン層破壊の機構
フロン等が成層圏の短波長の紫外線によって分解し、塩素原子(Cl)を放出する。その塩素原子がオゾンと反応して、一酸化塩素(ClO)を生成し、ClOが酸素原子と反応して酸素分子と塩素原子を作る。この塩素原子が再びオゾンと反応して…、というように連鎖反応的にオゾンを破壊し、オゾンと酸素原子を2個の酸素分子に変えてしまう。この反応は気体の分子やラジカル、原子のみが関わる気相反応であって比較的単純である。このメカニズムによるオゾン層破壊は、酸素原子が多い上部成層圏(高度40km付近)で有効である。しかし、このサイクルは無限に回るのではない。塩素や一酸化塩素はメタンや二酸化窒素との反応などによってHClやClONO2のような塩素を貯留する分子(貯留物質)に取り込まれて活性を失う。上部成層圏では、塩素の多くはHClの形をとっている。ここでは、塩素がオゾン層破壊物質、メタンや二酸化窒素はオゾン層破壊緩和物質である。
触媒反応サイクルにおいて、ClをNOで置き換えても同じような触媒反応サイクルが可能である。1970年代始めに成層圏を飛行する超音速ジェット機計画を断念させたのはNOによる触媒反応サイクルであった。このサイクルは高度30km付近の中部成層圏で最も有効に働く。この場合、NO2はオゾン層を破壊する役割を果たす。
(2)南極オゾンホール等に見られる不均一反応を伴う下部成層圏のオゾン層破壊の機構
第二のオゾン層破壊メカニズムは、オゾンホールの中で典型的に起こっているような、気体だけでなく、液体や固体の雲やエアロゾルの表面で起こる「不均一反応」を含んだメカニズムである。不均一反応は、オゾンホールや火山噴火起源の成層圏エアロゾルによるオゾン層破壊、絹雲によるオゾン層破壊のメカニズムとして知られているが、ここではオゾンホールのメカニズムについて紹介する。南極や北極では、冬から春にかけて成層圏の強い西風(ジェット気流)が極を取り巻くように吹く。これは極渦と呼ばれるが、南極では南極大陸の2倍以上の面積が極渦の内部になる(日々の極渦については、国立環境研究所の極渦予測ホームページ2)を参照)。極渦の内部と外部の空気は余り混合しないため、極渦内部の気温が低下して約−78℃(195K)以下になると、極域成層圏雲(Polar Stratospheric Clouds;PSC)という成層圏の雲が発生する。そこでは、オゾン層破壊をもたらす触媒サイクルを停止させた貯留物質HClやClONO2が、PSCの表面で塩素分子に変化する。春になり光が当たると塩素分子が分解して塩素原子が発生し、再び触媒反応サイクルによってオゾンを破壊し続ける。そして、オゾンがほとんどなくなるまで続く。
このメカニズムのオゾン層破壊は、もともとオゾンの多い下部成層圏で寄与が大きい。従って、成層圏の塩素濃度がピークに近い濃度で高止まりしている現在のような状況では、成層圏の気温が下がってPSCが出来る気温である約−78℃(195K)以下の領域の面積が増えればオゾンホールの面積が拡大する。また、成層圏の水蒸気が増加すれば、同じ気温でもPSCが発生し易くなる。更に水蒸気の増加は成層圏の気温を低下させるため、二重の意味でオゾンホールを強める要因になる。
北極の場合には、PSCができる気温が広範囲に広がるかどうかがその年によって大きく異なる。南極ほど気温が下がらないのは、極渦が弱く、蛇行しやすいからである。時には、極渦が分裂して、極渦内の空気が中緯度に広がることもある。そもそも、極渦自体が北極海の上空に停滞しているのではなく、北ヨーロッパの上空やシベリアの上空、時にはロンドンやパリの上空にまで広がる。極渦が分裂した片割れが北海道上空に来ることもある。そのように中緯度との相互作用が強いので、極渦内部の空気も暖められやすい。極渦が蛇行する原因は、対流圏で発生して成層圏に伝わる地球規模の大気波動(プラネタリー波)のためである。プラネタリー波は、アルプス、ヒマラヤ、ロッキーなどの大規模山脈の存在や大陸と海洋が交互に分布することなどによって出来る対流圏の波動が成層圏に伝播してできるため、北半球のほうが南半球よりはるかに強い。このように、極域の成層圏の気温が高いために、北極では南極オゾンホールほどのオゾン層破壊は起こっていなかった。
南極オゾンホールもプラネタリー波の影響を受けるが、北極に比べるとずいぶん弱く、毎年オゾンホールができる。しかし、2002年にはプラネタリー波の活動が極めて強く、極渦が強くゆがみ、南極域の成層圏の気温も高く、オゾンホールも早く消滅した。このような現象は「成層圏の異常気象」というべきものであって、「オゾン層の回復の兆候」ではない。現に、2003年には史上2番目に面積の大きなオゾンホールが観測された。2‐2.気候変動と成層圏オゾン
気候変動と成層圏オゾンの関係には大きく分けて、
- 成層圏オゾンの減少が気候に及ぼす影響(対流圏の寒冷化)
- 気候変動がオゾン層破壊に及ぼす影響(多様。成層圏異常気象の増加があり得る)
がある。この2つの間にはフィードバック効果があるが、取りあえず分けて考える方が理解し易い。気候変動の主な要因として、二酸化炭素、メタン、N2Oは当面増加を続け、対流圏を温暖化させ、逆に成層圏を寒冷化させる。成層圏の気温が下がるのは、温室効果ガスの増加によって宇宙に放射される赤外線が増加し、熱を放出するからである。フロンはオゾン層破壊物質であると共に今後減少に向かう温室効果ガスである。代替フロンであるHFC・PFC、及びSF6はオゾン層を破壊しない室温効果ガスであるが、今後の増減は対策に依存する。気候変動がオゾン層破壊に及ぼす影響はあまり良く分かっていないが、大気の流れの変化によるオゾン分布の変化、成層圏への水蒸気の輸送量の変化、成層圏の異常気象の増大を通して成層圏オゾンに影響を及ぼすと考えられる。以下、具体的に述べる。
(1)フロン及びオゾン層の変化が気候に及ぼす影響
成層圏オゾン層がフロンによって破壊され、下部成層圏オゾンが少なくなった場合、オゾンは赤外線や紫外線を以前ほど吸収できないため気温が下がる。このため、対流圏界面での下向きの赤外線が減少して対流圏が以前より冷えることになる。つまり、対流圏が寒冷化することになる。しかしこの効果はフロンによる温暖化より効果は小さく、フロンの放出は正味の温暖化をもたらす。逆に、フロンが減少するとオゾン層が回復して対流圏の気温を上昇させる要因が生ずるが、フロンによる温暖化の効果は減少する。但し、代替フロン、特にHFC、PFCの増加による温暖化の効果も合わせて考える必要があり、今後どれだけ温室効果の小さな物質によってフロンの代替を行えるかによって、今後の正味の温暖化の程度が決まる。
(2)気候変動がオゾン層に及ぼす影響
気候変動は地球システムのほとんど全てに影響を及ぼすため、オゾン層に対する影響は多様である。ここで重要と考えられるものをあげる。
- 温室効果ガスの増加による対流圏の温暖化と成層圏の寒冷化;成層圏気温の低下による南極オゾンホールの長期化及び北極オゾンホールの出現の可能性(但し、成層圏気温の低下によって上部成層圏ではオゾンは増加する)。
- 気候変動による、地球規模の波動(特にプラネタリー波)の変化による成層圏異常気象の頻度・強度の増大の可能性、それに伴い成層圏オゾン層の異常が増大する可能性。大気の流れの変化によるオゾン分布の変化の可能性。
- 成層圏の化学、放射環境を変化させる物質の成層圏への流入(及び流出)の変化、特に水蒸気と水蒸気の前駆物質(メタン、水素等の水素化合物)、N2O、塩素・臭素化合物、成層圏エアロゾルの前駆物質(二酸化イオウ、OCS等が重要である)。
- 成層圏オゾンの対流圏への流入量の変化(将来増大するとのモデル計算結果がある)。
(3)オゾン層と気候変動の関係に関する国際的な研究動向
オゾン層は成層圏の熱源であり、成層圏から中間圏にかけての気温の鉛直分布を決定している。このことは、成層圏の化学だけではなく、成層圏の気候、気象を決定していることになる。従って、オゾン層の変化は成層圏の気候、気象に影響を及ぼすことになるが、成層圏は大気全体の気候システムの一部であるので、対流圏の気象、気候を変えることになる。世界気候研究計画(WCRP)の中にSPARC(Stratospheric Processes and their Role in Climate)というプロジェクトがあり、成層圏の変化(オゾン層破壊や水蒸気の増加、気温の低下)と気候変動の相互作用という観点から国際的な研究協力が行われている。
対流圏界面という成層圏の下端がそれ程単純なものではないということが分かってきており、化学的にも、気象力学の上でも特徴のある大気の領域として、上部対流圏・下部成層圏(Upper Troposphere and Lower Stratospher;UTLS)という研究領域が出来てきている。熱帯域対流圏界面での水蒸気の輸送からの興味に加え、絹雲が関与したオゾン層破壊、航空機排ガスによる温暖化とオゾン層破壊、成層圏から対流圏へのオゾンの流入とその逆過程などが起こっている領域ということもあって、SPARCの中でも重要な研究領域とされている。
3‐1.全球的なオゾン全量
図表5に、1960年代半ば以降のオゾン全量を示す。ここで、オゾン全量の単位について触れる。オゾン全量は、地上から大気上端までのオゾンを1気圧(0℃)に圧縮した時の厚さで表される。全球平均で約3mmであるため、オゾン層を「厚さ3ミリの宇宙服」と呼ぶこともある。オゾン全量観測の精度は3桁あるため、「オゾン層の厚さをcmで表して1,000倍した」単位が使われてきた。この単位は、「ドブソン単位(DU)」、あるいは「m atm-cm(ミリアトモスフェアセンチメートル)」と呼ばれる。オゾン全量の地球平均値は300DU(m atm-cm)となる。
図表5に戻る。1980年から1990年にかけてほぼ単調にオゾン全量が減少している。その後、1992〜1993年にはオゾン全量観測が始まって以降最小のオゾン全量(1980年以前より5%減少)が記録された。これは、1991年6月に噴火したピナツボ火山の影響であったと考えられている。その後、オゾン全量は1999年頃まで一旦増加に転じ、1997〜2001年の平均値は1980年以前に比べて3%の減少であった。
図表6に示すように、地域別、季節別に見ると、1980年以前(1964〜1980年の平均)と比較した最近5年(1997〜2001年)の間のオゾン全量の減少は、北半球中緯度と南半球中緯度ではそれぞれ3%及び6%であるが、北半球では冬から春にかけてオゾン減少が大きいのに対して、南半球では年間を通して同程度のオゾン減少が見られる。3‐2.上部成層圏オゾンの「回復の始まり」の検出
図表1に示したように成層圏の塩素濃度が1997年頃をピークに緩やかに減少していることが推定されるため、最近、観測データに基づいて「オゾン層の回復」を検出しようとする研究の流れが出てきた。検出が最も容易な高度領域は、不均一反応がない上部成層圏である。米国NASAの研究者らは上部成層圏に注目し、衛星センサーのオゾンと塩化水素(HCl)の濃度データを解析した。そして、1997年以前にはHCl濃度が直線的に増加(オゾン濃度が直線的に減少)していたが、1997年以降はHCl濃度の増加(オゾン濃度の減少)が緩やかになり始めたことを発表した。これが「オゾン層の回復の第一歩」の検出であると主張している5)。
3‐3.南極オゾンホールの推移
図表7に、1979年から2003年までのオゾンホールの面積(オゾン全量が220DU以下の面積)及び最低オゾン全量(日々のオゾン全量最小値の年間最小値;すなわち、その年のオゾン全量最低値)を示す。2002年は成層圏の気温が高く、オゾンホールの面積が小さく、最低オゾン全量も大きかった。これは、成層圏の大規模な波であるプラネタリー波が異常に強く、そのために極渦が変形して、極渦内に極渦外の空気が流入しやすくなり、極渦内の気温が高くなってオゾン破壊が起こりにくくなったことによる。2003年は2002年とは逆に、2000年と同程度の大きなオゾンホールになり、最低オゾン全量も小さかった。最低オゾン全量は1993年ごろからほぼ一定であるが、オゾンホールの面積は1995年以降も増加している。ただ、オゾンホールは極渦の内側と同じ位の大きさになっており、更に面積が拡大する余地は小さい。
3‐4.北極の「オゾンホール型」オゾン層破壊
北極の冬〜春季の極渦内では、南極オゾンホール内とほとんど同様のオゾン層破壊反応が進行しており、例えば2000年には高度約18kmで70%以上のオゾンが失われた。図表8は、1979年から2003年までの北緯60度以北の3月〜4月の平均オゾン全量の推移である。1990年代に大きく減少し、その後若干の回復が見られるが、年毎の変化が激しく、長期変化を云々することは困難である。
3‐5.地上太陽紫外線量の変化
地上における太陽紫外線量は、オゾン全量の他、雲量によって大きな影響を受ける。日本における精度の高い紫外線観測は1990年あるいは1991年に始まったばかりであり、更にピナツボ火山の影響で1993年頃にオゾン濃度が低下したため、長期傾向を捉えるのは困難である。南半球ではピナツボ火山噴火の影響が少なく、1990年代にオゾン全量が単調に減少してきた。図表9はニュージーランドにおける地上紫外線とオゾン全量である。オゾン全量の減少と良い相関を持って地上紫外線が増加してきており、かなり注意を要するレベルに達している。
2002年のWMO/UNEPのオゾン破壊科学アセスメント1)において、現在のオゾン層保護のための規制シナリオ、二酸化炭素やメタン等の温室効果ガスのシナリオを基に、「化学気候モデル」と呼ばれる気候変動の効果も含む3次元モデルを用いて、オゾンホールと春季北極域のオゾン全量を予測した。その結果は、南極オゾンホールについてはオゾン層の回復が始まる時期が2000年付近ではなく2010年代まで遅れるが、ほぼ図表1のシナリオから単純に予測されるオゾン層の回復が見込め、北極域についても気候変動が原因で北極にオゾンホールが出来るようなことは起こらないということになった。ただ、現在の成層圏化学気候モデルは、「その他の要因」の影響を十分に取り込んでいない等、発展途上にあることに留意する必要がある6)。
また、2次元モデル(緯度と高度の2次元)によって計算された地球規模のオゾン層の将来予測も、ほぼシナリオ通りのオゾン層の回復が見込めると予想している1)。しかし、ここで使用されたモデルの多くでは、水蒸気の増加、成層圏気温の低下、極域の力学‐化学過程等が十分に取り扱われておらず、更に改善の余地がある。
オゾン層研究はかなり成熟した研究分野であり、データ解析に使用されるモデルも観測値を良く再現している場合が多く、精密科学の様相を呈している。しかし、下記のような解明しきれていない問題があり、次のような課題が残されている。
(1)「シナリオ通りにオゾン層は回復しているか?地上紫外線はシナリオ通り減少に転じているか?」について観測・監視を継続し、将来予測からのずれがあればそれを検出すること。
(2)フロン等以外の「その他の要因」によるオゾン層破壊要因の影響を解明すること。「その他の要因」とは、成層圏の水蒸気の増加、成層圏気温の低下、N2Oの増加、気候変動による大気の循環や波動の変化等である。
(3)成層圏‐対流圏相互作用の将来予測、成層圏変化の対流圏化学への影響を解明すること。
(4)「紫外線の影響はどの程度蓄積され、どの程度修復されるのか? 皮膚がんは本当に2060年まで増え続けるのか?」という問に答えること。
オゾン層研究が本格的にスタートしたのは1920年代にドブソンがオゾン全量を測定する分光計(ドブソン分光光度計)を開発し、オゾン全量の緯度分布を測定した頃である。オゾン層観測研究はこの後、国際地球観測年(1957年〜58年)を契機としたドブソン分光光度計やオゾンゾンデ(気球)観測の充実、1979年の米国による衛星センサーTOMSの打ち上げ、1984年〜86年の南極オゾンホールの発見とその解明のための集中観測、北極におけるオゾンホール型のオゾン層破壊の解明のための集中観測を通して大きく進んだ。更に、1991年の米国のUpper Atmosphere Research Satellite(UARS)の打ち上げ、同年のNetwork for the Detection of Stratospheric Change(NDSC)の発足、1996年の日本のADEOSの打ち上げ等により充実してきた。今後5年程度は、2002年に打ち上げられた欧州のENVISATと2004年に打ち上げられた米国のEOS AURAに搭載された衛星センサーが最大のデータ供給者になるのは間違いない。
オゾン層研究の目的は、当初はオゾンの緯度分布の理解、輸送のトレーサーとしてのオゾンの挙動を解明すること、そして成層圏の輸送モデルを検証することであった。要するに気象学の対象であった。1974年のモリーナとローランドによるフロンを原因とするオゾン層破壊の発見、1984年〜86年の南極オゾンホールの発見、1988年の北半球中緯度でのオゾン減少トレンドの確認を契機として、地球環境問題としてのオゾン層研究が盛んになった。この中で最もインパクトが大きかったのは「南極オゾンホール」であった。
6‐1.欧米の南極オゾンホールへの取り組み及びそれ以降のオゾン層研究
米国の対応は素早かった。NASAを中心とする国家プロジェクトによる、1986年の先駆け的な小規模な地上観測及び1987年の航空機を中心とする大規模な集中観測によって、
- 「南極オゾンホール」の主な原因はフロンから放出された塩素原子である、
- 「南極オゾンホール」内のオゾン破壊のメカニズムでは、極域成層圏雲(PSC)粒子表面での不均一反応が中心的な役割を果たしている、
ことを基本的に解明してしまった。今年のブループラネット賞を受賞したスーザン・ソロモンは、不均一反応によるオゾンホールのメカニズムを提唱し、更に1986年の観測の遠征隊長として集中観測を主導した。彼女は理論的に主導しただけでなく、南極の屋外で凍えながら自身で観測を行っている7)。米国の科学者や支援部隊は、問題の深刻さから来る使命感、「オゾンホールの原因の解明は米国がやらねばならない」という使命感、知的興奮も相まって、戦場にいるような、あるいはオリンピックの団体戦を戦っているようなチーム魂でつながっていたのではないかと想像される。この過程で、全米科学財団(NSF)はNASAと共に、研究者のオープンなフォーラムを作ること、機動的な予算を確保することにおいて大きな役割を果たした。
これに対して欧州では、1987年当時から「南極は米国が不退転の決意でやっているので競合しない、欧州は北極をやることになった」と研究者が言っているのを筆者自身聞いていた。米国ほど素早くはなかったが、欧州各国が得意技を出し合って一体となって集中観測を行う体制を作り、EUとしての予算措置と各国の予算が組み合わされた。そして、1991年から2000年にかけて4回の欧州集中観測を行った。この間、英国ケンブリッジ大学のモデル研究者ジョン・パイルがリードする体制が有効に働いた。また、ノルウェーに欧州集中観測全体のデータセンターが置かれ、観測データと共に、モデル計算結果や補助データ、解析ソフトウェアが使いやすい形で常備されていた。単純化すれば、米国においても欧州においても、「オゾンホール以前」のオゾン層研究は「個人戦」がほとんどであったのに対し、「オゾンホール以降」は「団体戦」が大きな役割を果たすようになったと言える。
1991年に米国の高層大気研究衛星(UARS)が打ち上げられ、1990年代のオゾン層データの主要な供給源となった。衛星観測の中心は団体戦であるが、個人戦を戦う「データユーザー」という広い裾野が形成された。衛星と相補的な、研究者が主体の地上からの遠隔計測ネットワークが1991年に発足した。「成層圏変化検出ネットワーク(Network for the Detection of Stratospheric Change; NDSC)」である。レーザーレーダー、マイクロ波、赤外、可視/紫外分光計を中心とする研究者を主体とするネットワークで、衛星観測と気象観測としてのオゾン観測の両者を補完するユニークな長期観測が行われてきた。現在、ENVISATやEOS AURAの検証に活躍しているが、長期の観測予算がとれない、関連研究予算も縮小しているという問題に直面している。6‐2.日本のオゾン層研究
1980年代までの日本のオゾン層研究は、気象庁による気象観測としてのオゾン観測、大学等における気象力学的な立場からの成層圏力学の理論的研究、超高層大気の研究の立場からの観測研究を中心として行われ、成層圏突然昇温の解明、南極オゾンホールの発見の一端を担う等の成果をあげてきた。世界的にもそれ程組織的に研究が展開されていなかったため、相対的には我が国の研究者の貢献は大きかった。オゾンホールの発見を機に、米国と欧州の研究体制は一新され、組織的な研究(団体戦)が行われるようになった。残念ながら、この時点で日本は機動的に組織的な研究を展開できなかった。「個人戦だと思ってフィールドに出たら相手は団体戦をやってきて粉砕された」という訳ではない。分かっていたが我が国では団体戦が組めなかった、あるいは組まなかったということである。南極や北極が「遠かった」というのも1つの理由である。また、省庁別に予算が出ており、個別にある程度予算が確保できて、オールジャパンの団体戦を組まなくてもそれなりに研究ができたこともある。米国、あるいは欧州との共同研究で一翼を担うという選択をした、せざるを得なかったという側面はあるが、米国と欧州が「自らの問題」として早い時期に「団体戦」の体制を組んでしまった状況においては、結果としては妥当な選択だったと言える。また、成層圏観測研究における優先度の観点から、ADEOS衛星センサー、特にILASに重点が置かれたということで、それも的を得た選択であったと言える。そして、下記のような多くの成果があがった。
- 衛星観測;ADEOS(和名「みどり」)に環境省のセンサーILASが搭載され、約8ヶ月の観測期間中に、北極域のオゾンホール型のオゾン破壊速度、オゾン破壊と極域成層圏雲や窒素酸化物の関係等について総合的なデータを取得し、海外を含む多くの研究者による解析のために提供され、重要な科学的知見が得られた8)。
- NDSCへの貢献等の長期観測データの蓄積;国立環境研究所が1988年以来オゾンレーザーレーダーによるオゾン鉛直分布の観測を続けている他、名古屋大学太陽地球環境研究所が母子里、陸別でFTIRや可視分光計による塩素化合物、窒素化合物の観測、気象研究所や通信総合研究所(現情報通信研究機構)によるカナダ、ニュージーランドでのエアロゾルレーザーレーダー観測が行われた。南極域では、国立極地研究所を中心とする昭和基地における成層圏観測が重要である。オゾンホールの発見に大きな役割を果たす観測を行った。北極域では、国立極地研究所等のスバールバル諸島ニオルセンにおけるPSC観測、名古屋大学や東北大学、情報通信研究機構等によるアラスカにおけるエアロゾルや成層圏微量成分の観測が行われている。また、国立環境研究所等によって1995年以来、欧州の北極域オゾン集中観測への参加やロシアとの共同研究が実施された9)。
- 観測機器開発においては、ミリ波・サブミリ波による観測の技術において日本は欧米と対等に競う水準に達している10)。また、レーザーレーダー(ライダー)の開発や利用、気球や航空機搭載用のエアロゾルセンサーや窒素酸化物センサー等の開発も高く評価されてきた。
- 北海道大学、京都大学、九州大学等による、UARSのデータの解析など、成層圏の力学に関する解析の進展があった。
- オゾン層の将来予測モデルの開発においては、1990年代始めから、当時は計算時間の点から実用的でないとされていた3次元モデルを目指し、CCSR/NIES大循環モデル(GCM)をベースにした成層圏化学モデルを開発する「先回り戦略」を採った。このことが功を奏し、WMO/UNEPの2002年のオゾン層破壊科学アセスメントで、「最も進んだモデル計算結果」の1つとして扱われる成果をあげた6)。このことは、CCSR/NIES大循環モデル本体を開発する大きなグループが存在したことによって可能となった。
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たとえ省庁別の予算であっても「ある程度の予算」ではなく、「十分な予算」が注ぎ込まれていれば、そして、ミッションに対してフルタイムで取り組む数名の研究者がいれば、数十名のチームを作ることが可能になり、日本でも「団体戦」を展開できると思われる。ADEOS衛星のILASチームはその一例であった。8ヶ月という短寿命に終わり、ADEOS‐IIも短寿命に終わってしまったことが残念でならない。ILASはそもそも高緯度域の観測に特化した衛星センサーだったので、ILASチームにとって極域は「遠く」なかった。予算にも「ミッションに対してフルタイムの研究者」にも恵まれていた方であろう。
しかし、もう一度オゾンホールのような問題が生じた場合、1年で国家プロジェクトを立ち上げられるか、という問題は残る。結果として妥当な選択であったとしても、日本の研究者が集まって知恵を絞って議論した結果の選択ではなかった。それぞれが、各省庁から予算を獲得する中での選択であった。研究分野や省庁の垣根を乗り越えることのできるオープンなフォーラムが出来ていなかったという問題があったが、これが現在克服されていることが重要である。学会や国際研究計画の日本委員会等、オープンなフォーラムとして生かせる場はいくつもある。これらの可能性を生かせるように、研究者自身が進化している必要がある。現在は、総合科学技術会議があり、「イニシャティブ」という省庁を越えた連携が可能であるという点では1986年当時より前進している。同時に、総合科学技術会議にある程度の予算の裏付けがないと研究の機動性の確保が困難であるという問題は依然残っている。
欧州のENVISAT、米国のEOS AURAという成層圏センサーを搭載した衛星がデータ取得を始めた中で、独自の成層圏衛星センサーを持たない我が国の観測研究者、解析研究者にとって選択肢は少ない。短期的には得意な技術を生かした「国際協力」の中で研究を進め、長期的には自ら長期に蓄積したデータで勝負することになるであろう。モデル研究者は、スーパーコンピュータの利用や地球シミュレーターの利用が可能であり、研究者層も厚いので十分な成果を期待できる状況にある。
本年4月には東京で第2回地球観測サミットが開催された。地球観測の10年計画が作成されようとしている。我が国では、総合科学技術会議に地球観測調査検討ワーキンググループが置かれ、「地球環境部会」でオゾン層観測を含めた地球環境観測の長期計画がとりまとめられつつある。政府における積極的な取り組みをきっかけとしつつ、「未解決の問題」にしっかり焦点を当て、国際協力と長期的な取り組みをねばり強く続けることが重要である。オゾン層破壊については、「回復するか否か」ではなく、「シナリオ通り回復しているか」が重要であり、それを監視できる戦略的な体制を整備することが必要である。この観点から、観測を中心に以下の提言を行う。(1)フロン等のモントリオール議定書規制物質以外の「その他の要因」がオゾン層に及ぼす影響を評価し、将来予測モデルに組み込んでモデルを高度化すること。
(2)オゾン層がフロン等の削減シナリオに基づく予測どおりに回復するか否かを監視するために、研究者の関与が不可欠な高度な観測を含め、オゾン層の変化を長期に観測することをサポートする予算・体制を整備すること。
(3)長期観測データの保存、観測対象物質量・物理量の変動や長期変化の解析、将来予測モデルやモデルの実行結果の蓄積及びデータ活用の支援を行う体制(データセンター)を、安定した予算措置を伴って確立すること。
(4)成層圏と対流圏の物質濃度と気象要素を、同時にしかも分離して観測する大気化学衛星センサーは、成層圏オゾン層の監視、及び広域大気汚染とそれに基づく対流圏大気質の変化の監視、更に対流圏と成層圏の相互作用に関する情報の取得が可能になる有望なセンサーである。このことを踏まえ、その実現を目指すこと。また、南極オゾンホールのような新しい環境問題の出現に機敏に対応できるようにするためには、研究者のオープンなフォーラムを、機動的に対応できる予算を伴って形成できるような体制整備が不可欠である。
1)WMO, 2003, Scientific Assessment of Ozone Depletion: 2002:http://www.wmo.ch/web/arep/reports/o3_assess_rep_2002_front_page.html
2) 国立環境研究所地球環境研究センター「成層圏解析ソフトウェアシステムによる極渦予測」:http://www-cger2.nies.go.jp/new/analysis/pv/index_stras.html
3) 環境省 「平成15年度オゾン層等の監視結果に関する年次報告書」:http://www.env.go.jp/earth/report/h16-01/index.html
4) 気象庁 「オゾン層観測報告:2002」:http://www.data.kishou.go.jp/obs-env/ozonehp/o3report2002.html
5) 中根英昭、「オゾン層は回復し始めたか?」、国立環境研究所地球環境研究センターニュース、14、8、2003:http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol14-8/vol14-8.pdf#page=2
6) 永島達也・高橋正明、成層圏オゾンの将来見通し―化学気候モデルを用いた評価、天気、49、No.11、67-74、2002:http://www.s-ws.net/tenki/pdf/49_11/p067_074.pdf
7) シャロン・ローン、「オゾン・クライシス」、第10章、地人書館、1991.
8) 中島英昭・横田達也、「オゾン層変動の機構解明」、環境儀、No.10:http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/10/02-03.html
9) 例えば、Rex, M., et al., Prolonged stratospheric ozone loss in the 1995 - 96 Arctic winter, Nature, 389, 835 - 838, 1997.
10) 例えば、Mizuno, A., et al., Millimeter-wave radiometer for the measurement of stratospheric ClO using a superconductive (SIS)receiver installed in the southern hemisphere, International Journal of Infrared and Millimeter Waves, 23, 981‐995, 2002.